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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


白物語「律」
------<オープニング>--------------------------------------
[141]霧の夜に
from:サウス
 水のある場所に、グランドピアノが現れるのだそうです。
 思い出のある曲。またはそれが想起される曲。そんなものを弾くと、霧の中にそれが浮かぶというのが噂です。
 ちょっとロマンチックでおもしろそうでしょう?
 でも私は「ねこふんじゃった」しか弾けないんですよね。
 この話をしてくれたトモダチも人づてに聞いたっていうだけだし。
 誰か他のこの噂知ってる人って居ませんか?実際に弾いてみた人とか、体験談教えて欲しいな♪レスお待ちしてまーす♪

Reply?
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 それはどんな賑わいの中でも、不意に彼を静けさに落とし込む。
 重なる音が静謐な水面の底に意識を沈めるように…瞼を閉じれば深みに揺らぐ銀の…。
 思考は不意に上がった音高い水音に破られた。
「うぉ熱ぃッ!?」
大上隆之介は叫びと共に飛び上がり、己が身にまさしく降りかかった災難…浴びせられたコーヒーを慌てて手で払おうとするが、生地の良い綿ジャケットの吸水率は抜群で、みる間に斑な琥珀に染まる。
「目は覚めたか?」
 無慈悲に裁きの手を下した…浅田幸弘はウェイトレスから奪ったコーヒーポットを片手に半眼のまま問いかけた。
 友のあまり落ち着いた声に、隆之介はバイト代を叩いて買ったジャケットの染みの苦情を申し立てるよりも先にご機嫌を伺ってしまう。
「も、もしかして怒ってた?」
「かなりね。」
淡々と。
 深夜のファミレス…合コンの頭数に無理矢理付き合わされて終電を逃した加害者と、好みの娘が居なかった腹いせにその後飲み屋を梯子した被害者の立場が逆転していても、そこに同情の余地はあまりない。
 始発の時刻までは、まだ遠い…。


 駅前にはもうタクシーすら止まっていない。
 人目のない時刻にも関わらず、水を吹き出す噴水の縁に腰かけ、隆之介は頭を振って髪から滴る水気を飛ばした。
 整った面差よりも、粗野ではないが野性味のある表情と動きとが彼の個性を際立たせる。
 しかし、如何にアウトドアが似合うといえども、初夏に足がかかるとはいえまだ春の気配は濃く、水浴びをするには季節・時刻共に些か無謀である。
 漆黒の髪は濡れて更に艶を増し、水の流れに背に張り付く。
「さ、寒ぃ〜ッ。」
合わない歯の根にガチガチと賑やかな隆之介に、幸弘は預かった上着のシャツを放って寄越した。
「一枚犠牲にして拭いておけば大分違うよ。」
街灯の淡い光に薄茶の瞳を金に閃かせ、隆之介はまるめて投げられたそれを空中で受け止めた。
 手の中、思わぬ重みのそれは缶コーヒーが仕込まれていてほのかに暖かい。
「お、サンキュー♪」
シャツを介して持ち、しばし両の手でくるんで暖を取る隆之介の隣に、口元に運んだ缶コーヒーの湯気を吐息に流しながら幸弘が腰掛けた。
「うー、まだなんかコーヒー臭ぇ…。」
髪の一房を摘み、眉をひそめる隆之介だが、幸弘はそれを意に介した風もない。
 先の暴挙は、流行歌ばかりを流していた店内、曲調が変わると同時に黙りこくった隆之介に『人を付き合わせておいて寝るんじゃない』という幸弘の遠慮のない主張であった。
 隆之介はプルトップに指をかけ、缶から空気の漏れる小さな音と共に友人に問いを向ける。
「な、幸弘。さっきファミレスでBGMにかかってた曲の題名知んない?」
「お前を瞬殺したクラシック?『月の光』…ドヴュッシーの方。」
「おぉ、あれだけで分かるとは流石、俺の運命の親友!」
「お前の節操のない運命に勝手に僕を巻き込むな。」
親友と書いてトモと読む…運命の女性を探しての遍歴を知る彼との付き合いが最も長いというのも、運命といえなくもないかも知れない。
 幸弘は熱いコーヒーをゆっくりとすすり、「で?」と目線だけを隆之介に向けた。
「カラオケで歌えない曲にお前が興味持つなんて、珍しい、というよりも似合わない…。」
「ンなこた自分が一番分ってるよ!!」
友人の正直過ぎる見解がこれ以上言葉の刃となる前に、隆之介は語調を強めて阻止する…も、幸弘はそんな彼の顔をまじまじと見つめた後、身を捩って背を向け、その肩を震わせた…こちらの方が余程に傷つく。
 ひとしきり笑って幸弘の気が済む頃には、隆之介はすっかりむくれてしまっていた。
「悪い、悪い。」
腹部を押さえて涙まで浮かべながらの謝罪に、あまり誠意は感じられない。
 茶色く染みのついたジャケットを肩にかけ、膝で頬杖をついた隆之介は、ぷいとそっぽを向いた。
「良くわかんないんだけどイメージがあるんだ…記憶の底で揺らめいてるような…光みてーのが掴めそうで掴めないよう…な。」
「何か記憶の手がかりになりそうだったのか?」
引き締められた隆之介の片顔に、幸弘は片手で髪を掻き上げ、素直に非を認めた。
「……悪かったよ、今度何かで埋め合わせる。」
「……ホント?」
金に光を透かした瞳が、背後からの乳白色の風に遮られた。
 否、それは風でなく…霧の流れだ。
 まるで噴水から生じたかのように瞬く間に周囲を覆い尽くし、街灯の灯りをぼんやりと丸く写して仄白い視界に…間違いなく、寸前までなかったグランドピアノが石畳の上に忽然と姿を現した。
「じゃぁ、今アレで『月の光』弾いてくれ♪」
「女の子向けの作り話じゃなかったのか。」
合コンの席で、想い出を見せるピアノの話は既に披露済みである…「君との想い出を奏でてみたいなー♪」などと巫山戯た事をほざいていたので酒の席での与太話だと…。
「ってお前、楽譜もないのに弾けるわけないだろッ!ベートーヴェンならまだしも…。」
「そんなに差があるモン?」
「月球図と月球儀位には。」
よく分からない対比だが、月とスッポンまでひどい格差ではないらしい。
 警戒心など微塵もなく、ピアノに近寄った隆之介は譜面台に無造作に置かれた楽譜に目を止めるとニッと笑った。
「幸弘、楽譜あるぜー。」
「……出来すぎてて信用出来ない。」
見れば幾分黄ばんで端に虫食いの跡が見られるも、それは確かに、ドヴュッシーの『月の光』。
 幸弘は譜面を広げてざっと目を通した。
「もう何年も弾いてないから指動かないよ。」
「それでも弾いて♪俺の為に♪」
野性ともいうべき勘を備えた隆之介の言質にはピアノ自体への不安要素はなく、併せて友人の記憶の手がかりとなるかも知れない曲…ここまで整えられてはもう後には引けない。
 椅子の位置と高さを合わせると、幸弘は慎重に鍵盤に指を乗せた。


 黒鍵から始まる和音。
 息を継ぐように配された休符が、ふと空間を無にする。
 指慣らしの為か、ゆっくりと指を走らせる幸弘は目を楽譜に据えたままで、他に気を配る余裕はないらしい。
 隆之介は、取り巻く霧から何が現れるかと期待に満ちた瞳で周囲を見回し、リクエストしたにも関わらず演奏に対しては気も漫ろだ。
 …その為か、周囲に変化はなく、微細な水の粒子が白く視界を埋めるのみである。
「ちぇッ、もしかしてデマ?」
真偽の入り交じるネットの上でありがちな…けれど、霧と共に現れるピアノ、までは真…やはり明確な記憶のない者の想い出は、映し出す事は出来ないのか。
 思い至ったその矢先。
 霧の流れがふと割れた。
 直線、隆之介の視線に真っ直ぐに石畳を現す先に白く。
「……毛玉?」
ふんわりとした質感が、丸く地面に落ちていた。
 だがすぐにそれと違うと知れる…それがひょこりと頭を上げた為だ。
 こちらに背を向ける形で、柔らかな銀の髪が左右を見回す動きに合わせて揺らす…幼い、少女。5才程だろうか?
 幼い横顔の白さとは別に、紅の瞳が確たる目的を持って霧の内に何か探す。
 両脇から伸ばした紅葉のような手を支えに、幼女は体重を感じさせない身軽さで立ち上がる…その動きの中で、成長を早送りにして見るように少女は10才程までに姿を変え…そして、隆之介の視線に気が付く。
 迷いのない喜びが、少女の表情に拡がった。
 素足のまま石畳に踏み出す迷いのない足取り、歩一歩進む毎、柔らかな髪は艶めいた銀にたなびき、簡素な白い服に包まれた身体は、そのしなやかな若木のようなラインに花の柔らかさを加えて娘のそれへと変じる。
 そして何よりも、その紅の瞳が。
 純粋な喜びが尊ぶ色に変わり、僅か悲しみを滲ませた後に、内に違う思いを押さえるような憧れに変わり…手を伸ばせば、触れられる位置で彼女は足を止めた。
 ほとんど無意識に…彼女に向かって伸ばされた隆之介の手に応じるかのように、微笑みと共に白い繊手が上げられた、時。
 高音の連なりが、曲の終わりを告げた。
 ペダルでぼかされたその余韻が、最後に霧を振動させる短い間、触れるばかりであった白い指先は朧に霧に溶けるように光を銀の粉を散らして、消える。
「よし、ミスなし!」
久しぶりにしては上出来な演奏に、幸弘は顔を上げると同時にぎょっと表情を強張らせた。
「りゅ、隆之介………?」
恐る恐る…としか形容のしようのない友人の声に、隆之介は手を伸ばしかけたまま固まっていた瞬間からふと我に返る。
 己でも謎の行動に、きょとんと掌を見つめようとした視界が歪んでいた。
「あれ?」
眼から流れる涙に。
 今、初めて気付いた風に不思議そうな表情を浮かべる隆之介に、幸弘はかける言葉を探して宙を睨む。
「……僕の演奏に、泣くほど感動したって事にしとけば。とりあえず。」
あまりに静かな友人の涙に、幸弘はそう言ってもう一度、戯れに五指を鍵盤に走らせた。


[156]Re:霧の夜に
from:ウルフ
 あらら、以外と遭遇した人多いねー。しかも昨日に集中?ピアノも大忙しだ。
 実は俺も昨日ここのスレッド見て遭遇したクチ。夜中の3時頃かな、場所は駅前の噴水でね、トモダチに頼んで最近お気になドビュッシーの『月の光』を弾いてもらった…けど、見えたは見えたけどよく分かんなかったな実際。可愛い女の子が見れたのはラッキーだったんだけどな♪
やっぱ自分で弾かないとダメっぽいかなー?

Reply?
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0365/大上・隆之介/男/300歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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今回は普段の依頼だと流しがちになってしまいそうなPCの過去話をメインに持って来てみたかったので、完全個別と相成りました…あぁすっきりした(違)
初依頼、ありがとうございます♪BGMにひたすらドヴュッシーを聞きながらの執筆で心洗われ…たわりに妙な出来に(笑)
ご友人は全くもって北斗の趣味になってしまいました…互いを知るが故にそれ以上踏み込まずに遠慮のない関係、かな?と勝手に運命の親友のポジションにつけてしまっておりますが…外れていない事を祈ってます。
ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。