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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


白物語「律」
------<オープニング>--------------------------------------
[141]霧の夜に
from:サウス
 水のある場所に、グランドピアノが現れるのだそうです。
 思い出のある曲。またはそれが想起される曲。そんなものを弾くと、霧の中にそれが浮かぶというのが噂です。
 ちょっとロマンチックでおもしろそうでしょう?
 でも私は「ねこふんじゃった」しか弾けないんですよね。
 この話をしてくれたトモダチも人づてに聞いたっていうだけだし。
 誰か他のこの噂知ってる人って居ませんか?実際に弾いてみた人とか、体験談教えて欲しいな♪レスお待ちしてまーす♪

Reply?
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 戯れに鍵盤に指を置けば、その澄んだ音色は思わぬ強さで瀬音の流れに乗って響き渡った。
 暁闇をすらも埋める霧の白さの中、ぽつりと赤が点る…真名神慶悟の口元、霧よりも滑らかに螺旋を描いて天へ向かう紫煙を生み出す炎だ。
「さて、これも結界の一種と見るべきか?」
慶悟は呟きつつ、黒漆の縁に指を走らせた。
 僅かな取っ掛かりすら感じさせないグランドピアノは、橋の真ん中、車道のセンターラインを跨ぐ…この時刻、日中より少ないとはいえ、交通がない方がおかしい。
 返答する者はなく、もやつく視界は1mの先も見通せない。
 スレッドのたった直後の記事を見はしたが、特に意に止めていなかった為、怪異に遭遇してみはしたものの…改めて、眼前に現したい想い出はない。
 それ以前に、ピアノの心得がない。
「弾かずに逃げる…ってのもな。」
同じ音を続けて押し、ふと、指が覚えている曲があったのを想い出した。
 それはまさしくBBSに記載のあった『ねこふんじゃった』である。
 黒鍵を多用したこの曲は、楽譜として見れば難易度の高い曲である…が、人づてにこの曲を教わり演奏出来る者も多いだろう。
「どうにもドタバタした思い出、ってのかな…。」
曲調から、現れるとすればそんなものだろう、とあたりをつけ、慶悟は銜え煙草のまま鍵盤に手を置いた。
「どんなのが出てくるかな?」
口の端だけで器用に笑い、慶悟は軽快な4/4拍子を奏で始めた。


 どこかで空気が抜けているのか、古いオルガンは時折音が出なくなる。
「もうッ、慶悟!ちゃんとペダル踏んでてよッ。」
キーの手応えのなさに、椅子に腰掛けた少女が声を高くした。
「踏んでるもんッ。」
負けん気に言い返したのは…幼き日の慶悟である。まだ頭が黒い。
 ピアノのそれと違い、オルガンが音を出す為に空気を送り込む為のペダルは、幼い慶悟が踏むには椅子からの位置が遠すぎ、彼は懸命に足を伸ばしてつま先だけで踏み込む無理な体勢を強いられている。
「はじめから弾くから、ちゃんとお姉ちゃんの手を見てるのよ?」
血のつながりを示し、慶悟とよく似た切れ長に二重の目をした少女…彼の姉はどうやらしかつめらしい表情をかなりの努力を要して浮かべてみせると、背の中程まである黒髪を揺らしてもう一度『ねこふんじゃった』を弾き始めた。
 けれど、落ちないように椅子についた両手だけで体重を支え、ペダルを踏む慶悟にそんな余裕は微塵もありはしない。
 曲の頭から最後まで、彼女は何度も弾いて漸く気が済んだのか、
「どう、分かったでしょ?」
と、顧みて漸く弟の姿が隣にない事に気付く。
 足が攣りそうになった慶悟は、かなり早い時点で椅子から降り、両手を使って顔を真っ赤にしながらオルガンに空気を送り込んでいたのだ。
「せっかく教えてあげてるのに、もう!」
オルガンの下に潜り込んだ慶悟が、怒れる姉の足から逃れる場所はなかった。
 一転。
「さっき、お客様がお土産を持ってきて下さったのよ。」
暖簾の影に隠れて手招く姉に、幼稚園のスモッグのまま慶悟は応じて台所を覗き込んだ。
 いつも和装の母が割烹着で夕食の支度をしている…テーブルの上、包装を解かれたプラスチックの透明な容器は、如何にも甘そうな赤さが見える。
「いい?あたしが母さんに話しかけてる間に、慶悟はあれとスプーンを二つ持って縁側に行くのよ。」
授けられた作戦に、口元を引き締めて頷く…空腹なわけではなかったが、悪戯のスリルを逃す慶悟ではない。
 姉は満足そうに頷くと、台所の母の背に声をかけた。
「お母さん、今度の参観日なんだけど…。」
立っていても見えはしないのだが、気分的に匍匐前進で食器棚、テーブルの順に向かい、難なく目的の品物をゲットすると、駆け足で縁側まで走った。
 左の腕で容器を抱え、スプーンを握り締め、追っ手の気配がないか耳を澄ます…まだ母と姉との会話が続いているのに安堵すると、優秀な共犯者が来るまで待とうと引き戸を開けて縁に腰掛けた。
 戦利品を持ち上げ検分すると、ラベルに書かれた「○」と「−」とを組み合わせた独特の文字。
「すごい、がいこくごだ。」
よほどに高級なお菓子か…もしかしたら、アイスクリームなのかも知れない。
 容器の冷たさに、慶悟は我慢しきれず、包装を解く。
 厳重に銀色のアルミで口を密封されたそれは、子供心にとても高価な為だと思った。
 半ばまでを捲って、スプーンを突っ込む…所々に荒い粒の混ざって柔らかいキレイな赤をたっぷりと掬い上げ、勝利の味を堪能しようと口に運び…。
 直後、火がついたような慶悟の泣き声に、慌てた母と姉が台所から縁側に駆け付けた。
「まあまあ。慶悟、これを食べてしまったの?」
スプーンと容器とを持っていては、弁明の余地はない。
 だが、それどころでなく泣き続ける慶悟を首にしがみつかせ、母は苦笑まじりで急いで水を持ってくるよう姉に申しつけた。
「慶悟、これはお菓子じゃなくってね、韓国のお味噌なのよ。」
今なら分かる…あれはコチュジャン、という唐辛子味噌…道理であの辛さは尋常じゃなかったはずだ。
 その晩、慶悟は父に罪を問われたのだが、共犯であったはずの姉はそ知らぬ顔でしらばっくれてくれた。


 他には、夜中、トイレが怖いので付き合って欲しいと頼めば身の毛もよだつ怪談話をいくつも披露され「そんなトコロに比べれば、うちなんて全然怖くないでしょ?」と違う次元で励まされたが却って眠れなくなってそのまま夜明けを迎えたり、熱を出して寝込めば額のタオルに直接氷を乗せられて布団を水浸しにされたり…と、光景は寸劇のように暇なく繰り広げらる。
 懐かしく、はあるものの、両手が塞がっていなければ頭を抱えたくなるような場面ばかり。
「まいったな、これは…。」
苦笑まじりに、慶悟は右で演奏を続けながら、左の指にすっかり短くなった煙草を挟むと上げた片足の革靴の底で揉み消す…自然、絶えるはずの左の旋律が重ねられた。
 椅子の上から伸び上がるように。
 金茶の虎模様の猫が、前肢を使ってリズムの要点を担う旋律を至極真面目な顔で受け持っている。
 慶悟は一旦眉を上げると、その好意にありがたく甘えて新たな煙草に火を点けた。
 タイミングを計らって猫はピアノの天蓋に飛び乗り、終盤、どうにもその手では構造的に奏でられない旋律を慶悟に譲る。
「どうも。」
慶悟は猫に礼を言うと、軽快な曲の〆に相応しいキリの良さで終わらせた。
 曲自体に長さに比べ、幻の見えていた時間の方が長かったように感じられる。
「随分と久しぶりに…姉さんの笑い声が聞けた。」
モノトーンで構成された鍵盤に視線を落とした。
 家族の思い出は、もう夢にさえ見ない。
 姉の笑顔も母のぬくもりも父の背中も守られていた自分も…暖かなそれらを手繰るには、全てを凌駕して覆う闇が濃すぎる。
 ずきりと胸の奥から警告のように走った痛みが、慶悟にそれ以上の思考を止めさせた。
 猫はグリーンの瞳でまじまじと慶悟を見つめ、一声にゃあと鳴く。
「で、お前は何だ?この…霧と、ピアノと。同じ気配で今更無関係とは言わないよな?」
猫の眼に視線を合わせて上げられた黒の瞳が、不敵に強い光を宿す先、一条の暁光が霧を裂いた。
 光の領域を厭うように、水の粒子は意思を持って橋の向こうへと引いていく。
 併せて、徐々に輪郭を崩していくグランドピアノの上で、猫はぱたりと尻尾を振ると、もう一声だけ鳴いてみせ、軽い音で天蓋を蹴って霧を追う。
 その後ろ姿を見送り、慶悟は金に光を透かす髪に指を入れてかき回すと、大きく欠伸をした。
「帰るか。」
車道の真ん中、朝日に背を向けた慶悟の横を、よたついた新聞配達の原チャリが走り抜けて行った。


「スゥード、ご苦労様。」
出窓を大きく開いて迎える声に、金茶の猫は得意げに髭を動かし、細い指が毛並みを撫でる心地よさにゴロゴロと喉を鳴らす。
「彼も気が済んだみたい…だけどびっくりしたね、勘がいい人も居るんだね。」
同意を求める響きを声に込めるも、猫は喉を鳴らすばかり。
 目覚まし時計が6時になると同時にけたたましいベル音を響かせ、猫が飛び上がるのに手は慌てて時計を止めた。
「もうこんな時間…レスは明日にして、そろそろ寝ようか。」
異論はない、とばかりに猫は出窓からフローリングの床に飛び降り、顎の骨が外れんばかりの大欠伸と伸びをしてみせた。


[171]Re:霧の夜に
from:K
 俺の唯一弾ける『ねこふんじゃった』を弾いてみたんだが、久しぶりにその曲を教えてくれた人を想い出したよ。頭身の低い自分を見る機会もそうはないから面白かったな。

>サウス
貴重な体験に礼を言っておくべきかな?

Reply?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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今回は普段の依頼だと流しがちになってしまいそうなPCの過去話をメインに持って来てみたかったので、完全個別と相成りました…あぁすっきりした(違)
慶悟氏の思い出話、かなり好き勝手させて頂きました。
ちなみに、北斗の実体験は混ざってませんので…念の為(笑)
ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。