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ぶんぶくの恋
＊オープニング＊
ここに一匹の狸が居る。メスの狸で生後一年と言ったところだろうか。狸の平均寿命は５〜７年と言うから、今がお年頃のぴちぴちレディなんだろう、多分。本来ならオスの狸と恋に落ちて幸せな家庭？を築いて行くのだろうが、彼女が恋したのはなんと人間、しかも寄りにも寄って月刊アトラス編集部の三下忠雄だったのだ。
「…困ったなぁ……」
ぼやくような声で三下が頭を掻く。その足元にはちょこんとお座りして彼を見上げるメス狸、茶釜子（三下命名）の姿が。狸とは言え、よくよく見れば結構睫毛が長くてくりくりの可愛い目をしていて、きっと狸界ではなかなかの器量好しで通るのだろう。それが、何の因果で三下なんぞに惚れたのか…三下を見上げるその黒い目は、まさに恋する乙女の輝きでキラキラと光ってさえ見えた。
「うーん、キミが僕に惚れてくれるのは嬉しいけど、でも僕とキミには種族の差と言う越えたくても越えられない高い壁が…」
と、狸に語ってどうする、三下。だが茶釜子はその言葉を理解したかのように、しゅんと項垂れて目を瞬いた。その様子があまりにも可哀想で三下は思わず抱き締めたくなるが、そこはぐっと理性で押え込んで。…って、狸に心揺さぶられてどうする、三下。
「第一、キミ…何処から来たんだろう？あんな変身能力と言うか…特殊能力を持っているんだから、フツーの狸じゃないよね？一体ドコであんな能力を身につけたんだろう？それに、キミの家族は？本当の飼い主とかは居るのかな？」
だがその問いには、茶釜子は首を傾げるばかりだ。同じように三下も首を傾げる。うーん、と腕組みをして悩んだ。
「……やっぱここは、一人で悩んででもしょうがないよな……」
ぶつぶつ言いながら三下は、携帯電話を取り出してメモリを捜す。相談に乗ってくれそうな、優しい誰かの名前を見つけようと……。
＊ライバル(？)登場＊
「三下サーーーンッ！」
語尾にハートと音符が付く勢いで白王社近くの喫茶店に姿を見せたのは、前回のぶんぶく茶釜猫捕獲作戦にも参加をした、湖影・龍之助である。やたらと大きな声に、その時店内にいた人々から注目を浴びるのも気にした様子もなく、龍之助は窓際のソファー席でアイスコーヒーをのんびり飲んでいた三下の隣（←ポイント）に腰を下ろした。その思惑には全く気付かず、三下は隣に来た龍之助の方を向いてすまなさそうに笑う。
「やぁ、龍之助クン。ごめんね、呼び出したりして」
「とんでもないっすよっ、三下さんからのデートのお誘いなら何を置いてでも駆け付けますって！」
瞳をきらきらさせながらそう語る龍之助に、三下はあっさりと「いや、デートじゃないんだけどね」と否定した。龍之助は、見ていて面白いほどにがっくりと肩を落とす。
「…まぁ、高嶺の花は落としてこそ価値があると言いますし……で、本題に入りましょうか。あん時のぶんぶく狸、まだ三下さんとこにいるんすか？」
普通の人との価値観のズレを多少と言わす節々に言葉に滲ませながら、龍之助は三下に言った。通り掛かったウェイトレスを引き止めて、自分もアイスコーヒーを注文する。龍之助の言葉に、三下が溜め息混じりで答えた。
「居るって言うか…別に僕の部屋に居候している訳じゃないんだけどね。時々扉の前で座ってたりするから、仕方なく部屋の中に入れたりは……」
「なんですとっ！？あの狸、三下さんの部屋に上がり込んだりしてるンすかっ！？なんつー、羨まし…じゃない、失礼な事を！」
「ま、僕も一人暮らしだし、その辺は構わないんだけど……でも、どんなに懐いてくれて可愛いと言ったって狸だよね？普通に考えたらやっぱり自然に返した方がいいのだろうけど、もし茶釜子がずっと人に飼われて来た狸なら、へたに自然に返さない方が安全かも…とも思うんだよね。でもさすがにその辺の事情を茶釜子に聞く訳にもいかないし…どうしようかって思ってさ」
そう三下が、ミルクとガムシロップたっぷりのアイスコーヒーを啜りながら言うと、何故か龍之助は感涙に咽んだ。
「くぅう……さすが三下さん、優しいっすねぇ……狸にまで細やかな気遣いをするなんて…ますます惚れ直したっす！」
「いや、僕、男だしー」
…どうやら三下は、未だ気付いていないらしい。龍之助の心の中で、『そう、モテモテの魅力的な人って大体が鈍感なんだよなー』とまたズレた価値観が器用に脳内変換をした。
「でも少なくとも、茶釜子は普通の狸じゃないっすよね。木の葉を使うという古典的、且つ中途半端な変身とは言え、自分の姿を変化（へんげ）させられる能力って普通に山に住んでたら身につかないと思うんす。いえ、実はそう言う変化狸の里があって…と言うのなら話は別ですけどね」
「うん、僕もそう思うんだよね。だからもしかしたら茶釜子にはちゃんとした飼い主が居て、その飼い主さんに技を仕込まれた…とか或いは、そう言う術を掛けられた…とか。いずれにしても、僕の所に居ても茶釜子の能力を活かしてあげる事もできないし、もしその飼い主さんの元にあの子の両親とか兄弟とか居るんなら、返してあげた方がいいと思うんだよね」
そう三下が言うと、ふと思い出したように龍之助が宙に視線を彷徨わせる。
「…そう言えばさっき、茶釜子は常に三下さんンとこに居着いてる訳じゃなくて何処かから通ってきてるみたいだ、って言ってましたよね。もしかしたら茶釜子はちゃんと誰かに飼われていて、それでその家から三下さんとこにやって来るのかもしれないっすよ？」
そう龍之助に言われて、そうか、と納得したみたいに三下は頷く。からん、とアイスコーヒーの氷がグラスの中で揺れて音を立てた。自分のグラスを揺らして同じように涼やかな音を立てた龍之助が、ストローの先を噛むのを止めて言う。
「…でもどっちにしても、茶釜子が好き勝手にその家を出たり入ったり出来るってことは、その家を突き止めて茶釜子を返したとしても、またやって来るかもしれないっすよねぇ。……ここはやっぱり、イッパツ、茶釜子には綺麗さっぱり三下さんの事は忘れて貰いましょう！」
そう言い切る龍之助に対して三下は、軽く首を捻る。
「…龍之助クンの言いたいことは分かるけど…どうやったら茶釜子に諦めさせる事が出来るんだろう？」
「ふっふっふ……その辺の事もばっちりっすよ！この俺にドーーンっと任せてやってください！三下さんの為なら例え火の中水の中！………ところで三下さん」
「ナニ？」
急に声を潜めて顔をこちらへと寄せる龍之助に、何か人に聞かれては困るような重大な話でもあるのだろうか、と三下は少々不安げな様子で同じように身を乗り出して顔を寄せる。すると龍之助は、にっこりと笑ってこう言った。
「龍之助クン、だなんて他人行儀じゃないっすか。龍之助（ハァト）って呼んでくださいよッ」
………。
＊渡さない！＊
三下と龍之助が連れ立って三下のアパートに戻って来た。白王社から徒歩十分、六畳一間の古びたアパートの戸口の前に、何か犬のような動物がちょこんと座っているのが見えた。
「あ、今日も来てる。…おーい、茶釜子ー」
遠くからその姿を認めて三下が名を呼ぶと、行儀良く座っていたその動物…勿論、メス狸の茶釜子がこちらを向く。三下を認めると急に目がキラキラと輝いて、一声鳴くと凄い勢いで走って来て三下の胸に飛び込んだ。それを三下も両腕で受け止めてぎゅっと抱き締めてやる。すると茶釜子は目を細めて、猫ならごろごろ喉を鳴らしているであろう表情で何処かうっとりと三下に抱き締められている。
……って、まるで愛するもの同士の抱擁みたいじゃないか。
三下が、茶釜子と再会の喜びに浸っている横で、龍之助が苦々しい表情をちらちらさせつつ、三下に言った。
「…三下さん、取り敢えず部屋の中に入りませんか？」
「……あ？ああ、うん。そうだね。じゃこっちだよ」
そのまま腕に茶釜子を抱いたままで三下が歩き出す。肩に担がれたような姿勢になっている茶釜子が、後ろから付いて来る龍之介を見て、キッ！と視線を尖らせて明らかに睨んで来た。
『…こいつ……絶対俺の事を邪魔者だと思ってんな……？』
だが違うぞ、茶釜子！邪魔者なのはお前の方だ！俺と三下さんは生まれる前から赤い糸かテグスかロープで結ばれた宿命の間柄なんだ！狸のお前なんぞに渡す訳にはいかないんだよ！！
何も分かっていない三下を挟んで、人間の龍之助と狸の茶釜子の間で眼には見えない火花が飛び散る。ある意味、平和な風景でもあったが。
三下が鍵を開け、扉を開けて中に入る間にも茶釜子と龍之助は視線の攻防戦を繰り広げていたが、二人と一匹が部屋に入ると、三下の腕から茶釜子が飛び降りて、龍之助の方へと歩いて行く。足元の匂いをくんくん嗅いでいる所を見ると、どうやら取り敢えず龍之介の正体を探ろうとでもしているらしい。その様子を上から見下ろしていた龍之助だが、三下が、
「で、龍之助くん、イイアイデアがあるって言ってたけど…どんなアイデアなんだい？」
と話し掛けて来たので視線を茶釜子から三下に戻して、ああ、と頷いた。
「簡単な事っす。三下さんに、ちゃんとしたお相手がいて、その間にはどうやっても割り込めないんだと悟れば、茶釜子だって三下さんの事を諦めるんじゃないっすか？そりゃあ失恋の痛手は苦しいだろうけど、どっちにしても叶わない想いなんだから、ここはぐっと心を鬼にして諦めさせてあげましょうよ」
「それは分かるけど…僕には恋人なんかいないよ。その振りをしてくれるような女性も……」
「あまーーーーい！」
龍之助が、びしっと三下の鼻先に立てた人差し指を突き立てて叫ぶ。ぎゃ！と足元で茶釜子がびっくりして飛び上がった。
「女性じゃダメっすよ！人間と狸とは言え、同じメスなら自分も可能性がある、とか茶釜子が勘違いするかもでしょ？ヘタすっと人間の女に変化するかもだし。だからこう、根本的に不可能なんだって事を見せ付けてやるしかないっすよ！そう、例えばっ」
「…例えば………って、うわぁ！？」
足元では茶釜子が、がぁあっ！と叫んで立ったままの二人を見上げ、その足元で右往左往している。そして何故か三下も、視線が右往左往していたり。何故かと言うと、いきなり龍之助が三下に、真正面から抱き着いたからである。
「り、り、ゅ、りゅ、りゅうのすけくんっ、こ、これは……？」
「だからですね、三下さんが女に興味がないと茶釜子が誤解をすれば…例え美人に化けたとしても無理なんだと思えば、すっぱり諦めきれるっしょ？」
そう耳元で囁きつつ、背中に回した腕がさわさわと三下の腰を辺りを撫でていたり。その手付き、なかなか堂に入ったセクハラオヤジ振りである。
「ね、だから三下さんも協力してくださいよー。ちゃんと俺を抱き締めて？いかにも恋人同士みたいにしないと、茶釜子は騙せませんよ？」
「そ、そりゃそうだけど……男同士なんだし……」
「逆に考えれば、男同士だから抱き合えるんすよ。こんな事、芝居だと言っても女の子には頼めないっしょ？」
まぁ、確かに。そう言い包めながら龍之助と三下がもぎゅもぎゅ抱き合っていると、人間の言葉はさすがに分からない茶釜子、狸の眼にはそのぎこちない抱擁が愛し合う二人の抱擁に見えたらしい。きゅうぅん、と悲しそうに鼻で鳴くと、そのまま尻尾をだらりと垂らしたままでとぼとぼと三下のアパートを後にした。
「あっ、茶釜子…！？」
「駄目っすよ、三下さん！ここは心を鬼にして茶釜子の事は見送ってやるんす！じゃないと、意味無いでしょ？」
「………」
はぅ、と三下が悲しそうな顔をする。でもこれで茶釜子が狸としての幸せを手に入れられるなら…と思い、我知らず熱くなる目頭を龍之助の肩先に押し付けた。何故かその横では、龍之助が妙に嬉しそうに表情をしている。
「……ありがとう、龍之介クン。僕の為にこんな芝居を打ってくれて」
「や、芝居じゃなくなっても全然良かったんすけどね？」
あっはっはっと笑う龍之助に、きょとんとした顔で三下が言う。
「……でも僕、男だよ？」←まだ分かってない。
＊狸と狐と獺と＊
取り敢えず龍之助の抱擁から抜け出した三下と、残念そうな表情の龍之助は、とぼとぼと歩いて行く茶釜子の後をこっそりと尾行した。ここで気付かれては今までの苦労も水の泡、と細心の注意を払って付けて行く。茶釜子は街中の外れ、静かな住宅街のこれまた外れにある、一軒の和風建築に入って行った。
三下と龍之助がこっそりと裏の勝手口から忍び込んで様子を窺うと、広い庭の一角に、ひとりの男がいた。年の功は四十代後半から五十代の前半ぐらいだろうか。背が高く彫りの深い、少々日本人離れした容貌の男ではあるが取り立てて変わったところはない、普通の男性である。とぼとぼと歩いて来た茶釜子に気付いて声を掛ける。
「おお、どうした。元気が無いな？」
すると茶釜子が男を見上げてきゅーん…と切ない声で鳴く。暫く、茶釜子と見詰め合っていた男が、溜め息混じりでこう言った。
「…そうか、彼は女には興味のない人種だったのか……残念だったな。大丈夫、お前にはもっとふさわしい男性が現れるよ。元気出しなさいね？」
え？と龍之助と三下が顔を見合わせる。この男、茶釜子を会話をしているのか、もしかして？
すると、縁側の雪見障子がすうっと開いて、そこから一匹の狐が姿を現わした。しかもその狐は後ろ足二本だけで立って歩いているでは無いか。開いた障子の向こうには、他にも猫やネズミ、いたち、かわうそなどの動物達が居るのが見て取れる。しかもみんな、それぞれに寛いでいる様子なのだが、どこか人間臭い。そう、それこそ、小さな人間がそれぞれの動物の着ぐるみを着て動き回っているような。
「……なんだろう、ここは。ちょっと変じゃないっすか？」
そう小声で囁く龍之助に、三下も無言で頷く。ふと、思い当たったように呟いた。
「そう言えば、今座敷に居た動物達って……みんな、昔話や民話なんかで、化けて人を騙すとか言われている動物達ばっかだったよね？」
おわり。…？
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 0218 ／ 湖影・龍之助 ／ 男 ／ 17歳 ／ 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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ども、ライターの碧川桜です。たたた大変お待たせ致しまして申し訳ありませんでした(汗) 今回、プレイングの関係上、個別で書かせて頂きましたのでいつも以上に時間が掛かってしまいました……っても言い訳になりませんけど(滝汗)
では、気を取り直して……。
湖影・龍之助サマ、またお会いできて光栄です。プレイングも楽しく読まさせて頂きました。今回、複数の方にご参加頂いたのですが、それぞれ皆さんのプレイングがとっても楽しかったので、同時参加ではなく三下さんとのツーショット(違)ですべて仕上げさせて頂きました。ご了承くださいませ。ちなみに、茶釜子の故郷？に付いては皆さん同じ結果になっています。と言うか、計らずしもまた新たな謎と言うか妙な伏線を張ってしまって済みません。いや、少しは東京怪談らしく、不思議・謎と言った部分を押し出した話を書かないと…と思ったので(汗)←あれのどこが！？と言うツッコミは不可で(おい)
とにかく、ご参加ありがとうございました。如何だったでしょうか？
それではまたいつか、お会いできる事をお祈りしつつ……。
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