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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ぶんぶくの恋

*オープニング*

ここに一匹の狸が居る。メスの狸で生後一年と言ったところだろうか。狸の平均寿命は5〜7年と言うから、今がお年頃のぴちぴちレディなんだろう、多分。本来ならオスの狸と恋に落ちて幸せな家庭?を築いて行くのだろうが、彼女が恋したのはなんと人間、しかも寄りにも寄って月刊アトラス編集部の三下忠雄だったのだ。

 「…困ったなぁ……」
 ぼやくような声で三下が頭を掻く。その足元にはちょこんとお座りして彼を見上げるメス狸、茶釜子(三下命名)の姿が。狸とは言え、よくよく見れば結構睫毛が長くてくりくりの可愛い目をしていて、きっと狸界ではなかなかの器量好しで通るのだろう。それが、何の因果で三下なんぞに惚れたのか…三下を見上げるその黒い目は、まさに恋する乙女の輝きでキラキラと光ってさえ見えた。
 「うーん、キミが僕に惚れてくれるのは嬉しいけど、でも僕とキミには種族の差と言う越えたくても越えられない高い壁が…」
 と、狸に語ってどうする、三下。だが茶釜子はその言葉を理解したかのように、しゅんと項垂れて目を瞬いた。その様子があまりにも可哀想で三下は思わず抱き締めたくなるが、そこはぐっと理性で押え込んで。…って、狸に心揺さぶられてどうする、三下。
 「第一、キミ…何処から来たんだろう?あんな変身能力と言うか…特殊能力を持っているんだから、フツーの狸じゃないよね?一体ドコであんな能力を身につけたんだろう?それに、キミの家族は?本当の飼い主とかは居るのかな?」
 だがその問いには、茶釜子は首を傾げるばかりだ。同じように三下も首を傾げる。うーん、と腕組みをして悩んだ。
 「……やっぱここは、一人で悩んででもしょうがないよな……」
 ぶつぶつ言いながら三下は、携帯電話を取り出してメモリを捜す。相談に乗ってくれそうな、優しい誰かの名前を見つけようと……。

*興味津々*

 それは絵本作家の那神・化楽が仕事で白王社のビル内に居た時の事だった。スーツの内ポケットにいれた携帯電話が着信を示す。次回作の打ち合わせも既に終わり、雑談に移っていた頃だったので、化楽はそのままジェスチャーで担当者に挨拶をすると編集室を出て人通りの激しい廊下で着信のボタンを押した。
 「はい、那神……、ああ、三下さん。お久し振りです。お元気でしたか?……はぁ、相談ですか。俺で役に立てる事でしたら喜んで……って、え!?狸に惚れられた??」
 それを聞いた途端、自分の中の自分で無い場所がざわりと蠢くのを一瞬感じる。だがそれは本当に一瞬だったので、それに気を留める事なく、話の続きに没頭した。
 「ええ、それで……はァ、なる程。はいはい、お話しは分かりました。じゃ、今その狸はそこに居るんですね?じゃあお邪魔させて頂きます、はい……ええ、後程……」
 そうして通話ボタンを切り、携帯電話をポケットに戻す。口髭を指で撫でながら化楽は楽しそうに微笑んだ。
 「狸に人間が惚れた…或いは、人間に惚れた狸か……次回の絵本の参考になりそうで…」
 余り狸は得意な分野では無いのだけどね。そう言いつつも嬉しそうな様子の化楽であったが、自分の気付かぬ自分の内側で、何かがやや興奮気味にざわついているのには残念ながら気付いていなかった。実際の所、その感情が実は化楽自身のものなのか、その内側に潜むもの自身のものなのかは定かではなかったのだ。化楽は、三下に指定された、白王社の小会議室へとのんびりと歩いて行った。

 小会議室の扉をノックすると、中から「はーい」と言う声が聞こえる。それで化楽は扉のノブをゆっくり静かに回して開き、身体を滑り込ませた。そう広くはない会議室内を見渡すが、狸はおろか三下の姿さえ見えない。おかしいな、と思って化楽はそっと静かに声を掛けた。その室内に漂う、人間では感知する事のできない程の極々微かな獣の存在感に、ひっそりと何かが、細波のように打ち寄せる。
 「失礼します、三下さん…?那神ですが」
 「ああ、那神さん!お待ちしてましたー!」
 声だけが響く。どうやら三下は、窓際の辺りでしゃがみ込んでいるらしい。仕方がないのでそちらの方へと化楽の方から歩み寄った。並んでいる机をぐるっと大回りして窓際へと足を進めると、そこには床にしゃがみ込んだ三下と、件の狸―――茶釜子が黙々と何かを食べていた。
 『……お、こいつか』
 「こんにちは、三下さん。お久し振りです…この子が、その狸ですか?」
 「お久し振りです、なんか変な事お願いしちゃって済みません……そうです、この子が茶釜子です」
 『茶釜子…名前のセンスは頂けねぇが、……な、なかなかの器量好しじゃねぇかよ、おい…』
 「しかしまた、どうして俺に相談を?」
 ふと、化楽は浮かんだ疑問を口にする。すると、立ち上がった三下がにっこり笑って人差し指を立てた。
 「え、だって那神さん、『ポンちゃん』シリーズを書いているじゃありませんか♪犬も狸も似たようなもんでしょ?」
 「……いや、…確かに、狸は犬科の動物ですが…」
 それだけで自分が選ばれたのだと思うと少々情けない。それとも、三下には他にまともに相談できる相手がいなかったってことなのだろうか?
 『犬と一緒にされちゃたまんねぇけどよぉ、…でもこんだけの別嬪ならしょうがねぇかもなぁ』
 何処かで誰かが、ぺろりと舌舐めずりをした。二人の足元で茶釜子が頭を上げ、ん?とでも言うように辺りを見渡し、化楽の向こう側に居る誰かを見つけた。きょとんと可愛らしい黒くつぶらな瞳でじっと見つめる。そのいたいけな瞳に、何故か化楽はがーん!と衝撃を受けて身体ごと揺さぶられたような感覚を覚え、自分の存在自体がぶれて形を無くすような気がした。
 「…………!?」
 「茶釜子?どうかしたのか?」
 「おう、俺の事に気付いたみたいだなぁ、さすが、女は勘が鋭いっつうかな」
 あれ、と思って三下が化楽を見る。そこに立つ男の姿は先程と何ら変わりが無い。だが何かが違う。…ような気がする。何が違う訳でもない、多少目つきが鋭くなって言葉遣いが少々変わったぐらいの話で。でも違うとすれば、例えばこの化楽の肉体を構成する分子の種類が、先程とは全く違う物質にかわってしまった、とでも言うような。
 『…那神さん?どうかしましたか?」
 「どうもしねぇよ?それよりもお前、コイツの事を知りたいんじゃなかったのか?」
 「え、そりゃまぁ…知りたいと言うかですね、もし茶釜子に飼い主とかが居て、そこから迷い出て来てしまってとするならばやっぱりそこに帰してあげた方がいいと思う訳ですよ。もしかしたらそこに親とか居るかもだし、そうじゃなくてもきっと飼い主さんは心配していると思うんですよねぇ」
 「まぁ、コイツにとって人間に飼われる事が必ずしも幸せであるとは限らねぇけどな。どっちにしてもこのまんまこの辺をうろうろしてちゃ、ヘタすっと保健所とかに捕獲されちまう可能性もあるもんなぁ」
 に、しても…と化楽は改めて足元の茶釜子を見る。ちょこんと前足をきっちり揃えて座っている様子を見詰めると、へにゃ、と目許が緩んだ。
 「…やっぱり何回見ても、可愛いじゃねぇか…」
 「………はい?」
 訝しげな三下の声にも気付いた風もなく、その場にしゃがみ込んだ化楽が何をしたかと言うと、そのまま長身を屈めて茶釜子の腹の下辺りに鼻先を突っ込もうとしたのである。
 「な、那神さんッ…?」
 驚いて目を丸く見開きながらその様子を見る三下。その化楽はと言えば、床に手を突いて身を屈め、思った以上に毛並みのいい茶釜子の柔らかい腹に鼻先を突っ込んでいるだけで、猫好きな人とかが良くやるような仕種なだけなのに、どうしてセクハラっぽく見えてしまうのだろうか。
 「……どうしたんすか?なにか…」
 「や、匂いを嗅いでたんだわ、コイツの」
 「…………匂い?」
 よいしょと化楽は身体を起こし、にやりと笑って三下を見る。
 「コイツの匂いを辿っていけばな、なにか分かるんじゃねぇかと思ってな。それに、同じような匂いを感じたのなら、その周囲に仲間が居るかもしれねぇし。多分、狸だからいつも同じ道を通ってお前んとこまで通ってきていると思うんだわ。だから、それを逆に辿れば今何処に住んでいるかが分かるだろ?何処かの家から通ってきてんのなら問題はねぇが、そうじゃねぇんなら本格的に元の居場所を捜してやらねぇとなぁ」
 「そうですねぇ。…でも那神さん、茶釜子の匂いを辿る事なんて出来るんですか?」
 んな、犬じゃあるまいし…そう言った三下に向かって化楽は唇の端を持ち上げてにやりと、その上品な風貌には似つかわしくないような笑みを浮かべた。
 「ほら、言うだろ?…愛のパワーって奴は何者にも勝るんだよ」
 じゃ行くか!と一人意気込んで化楽は小会議室を出て行こうとする。その後ろ姿を呆然と見送ったまま三下が口の中で呟いた。
 「愛の……って、那神さんが?…茶釜子に??」
 そこはかとなく、ライバルの香りを感じてしまった三下である。

*狸と狐と獺と*

 慌てて化楽の後を追った三下(と茶釜子)は連れ立って昼下がりの街中を歩いて行く。その道のりはうねうねと裏の人通りの少ない道が選ばれており、回り道をしている分、多少無駄な道のりとも言えたが、安全であるぶん、こちらの方が茶釜子にとってはいいのだろう。化楽は時折身を伏せては道路に顔を近付け、匂いを確認するような仕種をする。茶釜子の腹に鼻先を突っ込んで、さっきと同じように匂いを嗅ぐ。本人は匂いを再確認しているんだ、と言い張っていたが、三下の目には何故かセクハラしているかのように映るのだが…。
 そうこうしているうちに二人と一匹は街中を抜け、静かな住宅街のこれまた外れの方へと入っていった。背後には竹薮などが鬱蒼と茂っている、都会の喧騒からすっぱり切り離されたような雰囲気さえある周囲の中、一軒の和風建築が目に入った。すると茶釜子がたたたっとそちらの方へと駆け寄り、大きな門の前で二人を振り返るときゃん!と一声小さく鳴く。そしてそのまま勢いよくジャンプして、塀を越え、屋敷の中へと入って行ってしまった。
 「あっ、茶釜子!?」
 「どうやらここが、お嬢の家らしいなぁ。よし三下、行くぞ」
 「行くぞって…どこにです?」
 「決まっているだろう。この家の中にだ。あのお嬢の飼い主とやらを拝みに行くのさ。やっぱり嫁に貰うとなると其の親を見ておかねぇとな。どんなにイイ女でも親がろくでもねぇと結局本人もろくでもねぇからなぁ」
 「…はぁ」
 化楽の言う事は尤もなのだが、果たして誰が誰を嫁に貰うと言うのか。またもほんのり嫉妬混じりの感情を抱いてしまった三下であった。
 兎にも角にも、化楽と三下がこっそりと裏の勝手口から忍び込んで様子を窺うと、広い庭の一角に、ひとりの男がいた。年の功は四十代後半から五十代の前半ぐらいだろうか。背が高く彫りの深い、少々日本人離れした容貌の男ではあるが取り立てて変わったところはない、普通の男性である。楽しげな足取りで、さっき塀を越えた茶釜子が庭へとやって来る。男を見つけて嬉しそうに駆け寄るのを、男も気付いてこれまた嬉しそうに両手を広げて差し伸べる。茶釜子がまた勢いよくジャンプして、その男の腕の中に飛び込んだ。そんな茶釜子を愛おしそうにぎゅっと抱き締め、男は茶釜子の顔を覗き込む。ん?と軽く首を傾げた。
 「おお、どうした。やけに楽しそうじゃないか?」
 すると茶釜子が男を見上げてきゃん!と可愛い声で鳴く。暫く、茶釜子と見詰め合っていた男が、笑みを浮かべながらでこう言った。
 「ほほぅ、犬神ねぇ…それは珍しいものにあったな?犬神は言うなれば、お前の仲間に近いのだから、仲良くしても損はないかもね」
 え?と化楽と三下が顔を見合わせる。同時に、二人が小声で囁き合った。
 「…もしかしてあの人、茶釜子と話をしてませんか……?」
 「…もしかしてあいつ、茶釜子のコレ(親指を立てる)なんじゃねぇのか……?」
 ………。数秒の沈黙の後、三下が裏手でぺしっとツッコミを入れる。あっはっはっ、と化楽が笑って誤魔化した。
 「や、冗談冗談。確かに茶釜子と話をしているようだったな。それに俺の事まで分かっていやがった。普通の人間に見えるんだがなぁ」
 「って言うか、犬神って何の事ッすかね」
 「あれ、分かってねぇの?それ、俺の事なんだけど」
 「…は?那神さんが、犬神?」
 「違う違う。那神じゃねぇ。お・れ・の事」
 ほれほれ、と人差し指で自分の指差す化楽と目を合わせたまま三下はとぼけたような声を出した。確かに今日会ったばかりの頃の化楽と今の化楽とでは違うような気もする。だがそれは、別の人格とか言うのではなくて化楽の性格の一部、相手に気を許すと出て来る本音のような部分だと思っていたから。目を瞬いてその真意を探ろうとでも言うかのように、化楽をじっと見詰める三下の肩を、にこにこ笑った化楽がぽんと叩いた。
 そうこうしている間に、縁側の雪見障子がすうっと開いて、そこから一匹の狐が姿を現わした。しかもその狐は後ろ足二本だけで立って歩いているでは無いか。開いた障子の向こうには、他にも猫やネズミ、いたち、かわうそなどの動物達が居るのが見て取れる。しかもみんな、それぞれに寛いでいる様子なのだが、どこか人間臭い。そう、それこそ、小さな人間がそれぞれの動物の着ぐるみを着て動き回っているような。
 「……なんなんだ、ここは。ちょっと変な感じがすんなぁ」
 そう小声で囁く化楽に、三下も無言で頷く。ふと、思い当たったように呟いた。
 「そう言えば、今座敷に居た動物達って……みんな、昔話や民話なんかで、化けて人を騙すとか言われている動物達ばっかだったよね?」


おわり。…?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34歳 / 絵本作家 】

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■         ライター通信          ■
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 ども、ライターの碧川桜です。たたた大変お待たせ致しまして申し訳ありませんでした(汗) 今回、プレイングの関係上、個別で書かせて頂きましたのでいつも以上に時間が掛かってしまいました……っても言い訳になりませんけど(滝汗)
 では、気を取り直して……。
 那神・化楽サマ、はじめまして!お会いできて光栄デス。プレイングも楽しく読まさせて頂きました。今回、複数の方にご参加頂いたのですが、それぞれ皆さんのプレイングがとっても楽しかったので、同時参加ではなく三下さんとのツーショット(違)ですべて仕上げさせて頂きました。ご了承くださいませ。ちなみに、茶釜子の故郷?に付いては皆さん同じ結果になっています。と言うか、計らずしもまた新たな謎と言うか妙な伏線を張ってしまって済みません。いや、少しは東京怪談らしく、不思議・謎と言った部分を押し出した話を書かないと…と思ったので(汗)←あれのどこが!?と言うツッコミは不可で(おい)
 とにかく、ご参加ありがとうございました。如何だったでしょうか?
 それではまたいつか、お会いできる事をお祈りしつつ……。