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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:そうだ温泉に行こう!  北海道編
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

「んんん。定山渓‥‥行ってみたいです‥‥」
 悩み苦しむ女性の声は、星空に吸い込まれてゆく。
 純白に近い月の光が、彼女の懊悩をからかうように、長い金髪を照らす。
 那須高原。
 無造作に設置された四阿の一つで、観光雑誌を読む美女。
 だが、十二単と拾った本は、なかなかミスマッチだ。
「‥‥やはり‥‥ひこうきというものに乗らなくてはならないのでしょうか‥‥」
 まあ、栃木から北海道に移動するなら、それが一番効率的だろう。
 たいして悩むことでもない。
「ええと‥‥お金は‥‥大丈夫。なんとか足りそうです」
 声に出して紙幣を数える。
 三二まんえん。
 たぶん、これでひこうきに乗れると思うのだが‥‥。
 決心をつけかねるように頭を振る。
 要するに怖いのだ。
 この時勢、空の旅を恐れる人間も少ないだろうが、彼女にイマドキを求めるのは酷というものだろう。
「‥‥きしゃで青森まで行って、蝦夷には泳いで渡るとか‥‥」
 無茶なことを考える。
 いくら泳法に自信があっても、五〇キロメートルを越える津軽海峡は泳げまい。
「あら? とんねるがありますね‥‥ここを使えば、歩いて渡れるのでしょうか?」
 不可能である。
 徒歩で青函トンネルはくぐれない。
「‥‥しんだいとくきゅう? 北斗星? あら、素敵なお名前。これなら、蝦夷に渡れそうですが‥‥海の上を走るきしゃなのでしょうか?」
 どうも、一般的でない認識であった。
「‥‥不安です‥‥あ!」
 なにか思い出したように、ぽんと手を拍つ。
「以前にお世話になった、化粧好きの御仁に相談してみましょう☆」
 嬉しそうに言って、懐中から携帯電話を取り出す。
 十二単と携帯電話。
 あまりにも絵にならない情景を、満天の星空が苦笑しながら見つめていた。




※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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そうだ温泉に行こう!  北海道編

 鉛色の空から、細かい雨が降り続けている。
 東京。
 そびえ立つ摩天楼も、陰鬱な気分に項垂れているようだ。
 もう幾日、青空を見ていないだろう。
 気分だってくさろうというものだ。
 窓に映るロクでもない光景に漫然と視線を送りながら、シュライン・エマは小さく息をついた。
 バイオリズムが低下しているのだろうか。
 どうも仕事が乗らない。
 ふと視線を転じると、上司も彼女と似たり寄ったりの表情でタバコをふかしている。
「ちょっと武彦さん。シャキッとしなさいよ」
 一応、注意は喚起するが、なにしろシュライン自身が全然シャキッとしていないので、あまり説得力がなかった。
「‥‥いやぁ。人間には太陽が必要なんだなぁ」
 人間煙突の分際で偉そうなことを言う。
 やれやれと思ったが、シュラインの唇は毒舌の弾丸を発射しなかった。かなりの線で同意見だったので。
 蝸牛の徒競走のような時間が流れてゆく。
 まあ、たまにはまったりと過ごすのも悪くはない。
 あまり続くようだと経営の観点から甚だ好ましくないが、早々に見切ってダラダラすることにしょう。
 ところが、そう決めた途端に電話が鳴ったりするものだ。
 人、それをマーフィーの法則と呼ぶ。
 溜息を漏らしながら受話器に手を伸ばした。
「お電話ありがとうございます。こちら草間興信所。シュライン・エマがお受けいたします」
『あら。その節は大変お世話になりました。ご無沙汰しております』
 聞き覚えのある声が鼓膜を刺激する。
 シュラインは記憶の引き出しを開け、一つの人名を拾い上げた。聴力に優れた彼女は聴覚的記憶力にも秀でているのだ。
「玉ちゃんじゃない!? 元気してた?」
『はい。おかげさまで。ところで、化粧好きの御仁は?』
 しばらく前、玉ちゃんが事務所を訪れたとき、壁には大きな写真パネルが貼られていた。被写体になっていたのは‥‥
「‥‥玉ちゃん‥‥私が悪かったから、その認識は改めて欲しいかなぁ。なんて思うだけど‥‥」
 恋人のため、シュラインは弁護を試みる。
『はぁ』
「武彦さんは化粧好きなんじゃなくて‥‥ただ、どうしようもない守銭奴で、嫌煙権を主張する人の天敵で、呆れるくらい大雑把なだけよ」
 どうも弁護になっていない。
 なんとなく、他人の前で恋人を誉めるのは照れくさいのだ。
 このあたり、青い目の美女の不器用さの現れかもしれない。
『‥‥あの‥‥シュラインさんの仰ったものと化粧好きでは‥‥どちらがマシなのでしょう?』
 真剣に悩む気配が、電話線を通して伝わってくる。
 シュラインは話題を変える必要性を感じた。
「ところで、玉ちゃん。何の用事だったの? また依頼?」
『いえ。じつは‥‥』
 説明を始める。
 興味を抱いたのか、所長がシュラインのデスクに近づいてきた。
 気を利かせてハンズフリーボタンを押す大蔵大臣。
 スピーカーから澄んだ声が流れ出す。
 どうやら玉ちゃんは、北海道の温泉に行ってみたいらしい。だが、飛行機が怖いのと世間知らずなのが禍して、一人で計画を立てることができない。というのが、おおよその事情だった。
 探偵カップルの顔に微笑が浮かぶ。
 彼女と会ったときのことを思い出したのだ。
「よし! 俺たちも北海道に行くか」
 状況を理解した怪奇探偵が簡単に決定する。
「たち?」
 胡乱げなシュライン。
「もちろん。俺とシュラインだ。たしか北海道には武神や巫がいるだろ。宿も探してもらえそうじゃないか」
『あらあら。おふたりもご一緒に? それは心強いですけど‥‥』
「心配するな。俺たちの分の旅費は自腹で出すから」
 二手先を読んだように怪奇探偵が言い切る。
「勝手に決めないでよ‥‥」
 ごく微弱な事務員の反論。
「いやか?」
 何となく寂しそうな黒い瞳。
 ああ! そんな目をされたら断れないじゃない!
「‥‥わかったわよ。みんなで行きましょ。じゃあ玉ちゃん。一旦こっちに出てきてくれる? どう動くにしても東京からの方が都合がいいから」
 仕方なさそうに言うシュラインの顔は、だが、わずかに綻んでいた。


 穏やかな陽射しと乾いた風が二組の恋人たちを包む。
「おめでとうございます。新山さま」
 声をかけたのは草壁さくら。
 同行の調停者は、優しげな瞳で見守っている。
 とある事件に絡んで札幌に長期滞在している二人だ。
「ありがとう。さくらちゃん。武神くん」
 新山綾が応える。
 退院の日である。
「でも、まだ無理は禁物だぜ」
 しかめつらしい顔で巫灰滋が釘を刺す。
 綾の入院に際して、最も心配していたのがこの男だ。
 退院を一番喜んでいるのも巫なのだが、素直に口に出来ないのが浄化屋の浄化屋たる所以であろう。
「ところで、さくらとダンナはこれからどうするんだ?」
「例の件も、とりあえずは一段落したようですし、一度東京に戻ります」
「俺は暫く札幌に残るぜ。綾が本調子になるまではな」
「ありがと‥‥」
「気にすんなって‥‥俺がそうしたいからやってることだ」
「ハイジ‥‥」
「綾‥‥」
 なんだか、完全に二人だけの世界に入り込んでいる。
 さくらの視線が彷徨った。
 まさか対抗して自分も恋人といちゃつくというわけにもいかないし、お熱くて結構なことだと、温かい目で見守るほど達観もできない。
 困ったものである。
 まあ、二週間に及ぶ入院生活の後だけに、迸る情熱は一層激しいのだろうが。
 と、電子音が響く。
 携帯電話だ。
 助教授、浄化屋、調停者の三人が同時に懐やポケットを探ったのは、なかなか滑稽な光景である。
 これも文明社会なればこそ、ということにしておくのが無難だろう。
 ちなみに、正解は調停者だった。
 二言三言話した後、金髪の恋人に端末を渡す。
「シュラインからだ」
「あら? なんでしょう?」
 などと言いつつ端末に耳をあてる。
 しばらく話を聞き進むうち、緑玉の瞳が大きく見開かれた。
 どうやら、なにか驚くべき報告があったらしい。
 巫が素早く観察する。
 またトラブルだろうか。
 平穏な生活というのもいささか退屈だが、たまには厄介事から解放されたいものだ。まして、退院したばかりの綾もいる。
 今はトラブルに首を突っ込むべきではなかろう。
 軽く心定める浄化屋だったが、その決心は空回りに終わった。
「皆で温泉にでも行きませんか、というお誘いです」
 通話口を右手で押さえたさくらが、簡単に事情を説明する。
 東京から三人ほどで北海道を訪れるので、適当な宿を見繕って欲しい。ついでだから、ここにいる面子も一緒にどうだ、という内容だった。
「わたしは賛成。ゆっくり温泉浸かって、病院臭さを落としたいわねぇ」
 最初に飛び付いたのは綾だった。
「俺も良いぜ。綾の快気祝いも兼ねてパァッといくか。混浴だったら最高だな」
 なんだか邪な考えに支配されている浄化屋。
 調停者も頷いた。
「はい。判りました。こちらは全員賛成です」
 ふたたび端末に語りかけ、更に二、三言話して通話を終える。
「で? どこの温泉にする?」
 やや性急に綾が訪ねた。
「あちらの希望では定山渓温泉が良いそうです」
「ぐあ! 定山渓だったら混浴の宿はねぇじゃねえか‥‥」
「なにを期待してたのよ」
「食事が美味しくて値段も手頃なお宿、ご存じありませんか? 新山さま?」
 浄化屋の嘆きを無視して話が進む。
「そうねぇ‥‥」
 助教授が腕を組んだ。
 道産子の綾だが、さくらが期待するほどには温泉に詳しくない。
「ホテル鹿の湯なんてどうかしら? 一度泊まったことあるけど、食事も良かったし露天風呂もあったし」
「お値段は?」
「えっと‥‥一万五千円くらいだと思ったけど‥‥」
 記憶の糸をたぐりつつ答える。
「あら。お手頃ですね」
 一泊二食付きでこの値段なら、さほど高額ではない。
「この時期はウニが美味しいわよ。解禁になったばかりの積丹のが届いてるはずだから」
「それは楽しみですが‥‥定山渓は内陸の温泉地では?」
「江戸時代じゃないんだから。あっという間に直送品が届くわよ」
「それはそうでしょうけど。何となく風情がありませんね‥‥」
「山菜料理も出るはずよ。いまはフキとヒメタケが旬ね」
「あら。そちらは本当に楽しみです」
「カ、カニは出るんだろうな!?」
「なに興奮してるのよ、ハイジ。北海道なんだから出るに決まってるじゃない」
「よっしゃ! またタラバ喰いまくるぜ!」
「バカねぇ。毛ガニの方が繊細で上品な味なのよ☆」
「そ、そうなのか?」
「食べたことないの?」
「‥‥小さいのに高価いからな‥‥」
 自他共に認める貧乏人が頭を掻く。
「あらら。じゃあ、さくらちゃんと武神くんも?」
「冷凍ものくらいですね‥‥東京ではあまり流通していませんから」
「そっか。それじゃあ、この機会にゼヒ食べてもらわないと‥‥ということは、少しばかり準備が必要になるわね‥‥」
 悪戯を思いついた童女のように茶色い髪の魔術師が笑う。
 張り切っているな、と、巫は思った。
 入院生活のストレスを発散するだけが目的ではあるまい。おそらく、助けてもらったことに対する感謝を、このような形で表すつもりなのだ。
 なんとも不器用ではあるが、じつに綾らしい。
 さくらと調停者の顔にも笑みが浮かぶ。
 ちゃんと判っているのだ。
 穏やかな風が三色の髪を撫でていた。


 赤と黒の瞳から発せられた非友好的な視線が、火花を散らして絡み合う。
 男湯。
 それは、戦場である。
 怪奇探偵と浄化屋は、互いに牽制を繰り返しながら露天風呂に浸かっていた。
 この壁の向こうに、アルカディアが存在する。
 そして、彼らの身体能力は二メートル半の壁などたいした障害ではない。
 四人の美女のヌード。
 素晴らしすぎる‥‥。
 だが、問題があった。
 その四人の中には自分の恋人が含まれているのだ。
 この一点が、浄化屋と怪奇探偵の協力を拒んでいた。
 ヌードは見たいが、恋人の裸を他人に見せるわけにはいかない。
 絶対にだ。
「‥‥武さん。意外と長風呂なんだな」
「‥‥お前もな。灰滋」
 空虚な会話が交わされる。
 先に上がるなど論外だ。
 四日も食事を与えていないライオンを檻から出すようなものである。
 抑止力が必要なのだ。
「綾‥‥俺は絶対にお前を護る。この野獣から‥‥」
「シュライン‥‥俺は絶対にお前を護る。この野獣から‥‥」
 内心の決意である。
 違いは、固有名詞だけだ。
 たいした義侠心であるが、じつのところ打算も含まれている。
 一方が立ち去った場合、他方は行動の自由を得る。
 防御にも攻撃にも敷衍できる考えであろう。
 要するに、鏡に映った自分と戦っているようなものだ。
 それは、辛く苦しい戦いである。
 断続的に耳に届く女性陣の嬌声が、興奮を与えると同時に神経を締め付ける。
 業(カルマ)、とでもいうのだろうか。
 ‥‥それほど立派なものでもない。
『この勝負。絶対に負けるわけにはいかん!!』
 二つの人格と一つの決意。
 中天にかかる下弦の月が、呆れたように見つめている。
 そして、暫しの時が流れ‥‥。
 ついに決着のときがきた。
「‥‥なかなか‥‥やるな‥‥武さん‥‥」
「‥‥お前もな‥‥灰滋‥‥」
 言った二人の身体が、湯船に沈んでゆく。
 どうやら、勝利の女神はどちらにも微笑まなかったようだ。
 まあ、かまってやるほど女神さまも暇ではない、といったところだろう。
 しかし、勝者がいないと考えるのは、いささか早計である。
 いままで一言も発さなかった影が、ゆらりと立ち上がった。
 月の宴を黙々と楽しんでいた調停者である。
 体力と気力を温存していた彼は、相争う二人の間で、文字通り漁夫の利を得たのだ。
 卓抜した戦略眼だった。
 最初から勝ち続ける必要はなく、最後の瞬間に勝っていればよいのだ。
 恋人を守りきった男が、敗れた二匹の野獣を引きずって脱衣所に向かう。
「うぅ〜〜」
「ぐふ〜〜」
 勝利とは、常に虚しい。
 川のせせらぎと木々のざわめきが、男たちの背中に笑いかけていた。


  エピローグ

「なんか、急に寂しくなったわね‥‥」
 綾が呟く。
 仲間たちを見送ると、側に残るのは恋人だけだ。
 たしかに寂寥感はあるかもしれない。
 だが、
「そうか? 俺としては、やっと二人きりになれたって思ってるぜ」
 明るい口調で浄化屋が言う。
 気遣っているのは明白だった。
「あー それは、わたしが言おうと思ってたのに」
 恋人の厚情を察した綾が戯けてみせる。
「そいつは悪いことしたな」
「どういたしまして」
「ところで、大学にはいつ復帰するんだ?」
「んー 来週の頭くらいからにしようかなぁ」
「そうか。そりゃ良かった」
「なんで?」
「時間的に余裕があるからな。一緒に出掛けられるだろ」
 頭を掻きながら遠回しに誘う。
 恋人の不器用さに、綾が微笑を浮かべた。
「次は、混浴のところにしようぜ」
「‥‥えっち」
「駄目か?」
「条件付きで、おっけーよ」
「なんなりとどうぞ。姫君」
「ぎゅって抱きしめて。それから、たくさんキスして‥‥」
「仰せのままに‥‥」
 初夏の陽射しが、一つに重なった影をアスファルトに映していた。


                    終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「そうだ温泉に行こう 北海道編」お届けいたします。
えーと‥‥推理もバトルもありません(汗)
ほのぼの、という分野で如何でしょう? だめ?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆
6月17日(月)6月20日(木)の新作アップは、著者MT13執筆のためお休みいたします。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。