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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陽の章 木街 

●オープニング
「なるほど…、木街で深夜に殺人事件が多発ですか…」
 界境線からの客を出迎えて、陰陽寮暦博士月読昴はその蛾眉を顰めた。
「木街というのは、朧の材木を一手に引き受ける場所なのですが、最近深夜にその材木を扱っている商人や職人が何者かに襲われるという事件が多発しているそうなのです」
 朧の外から集められた木は総てこの木街へと運ばれる。そして運ばれた木はここで加工され、建物の材料となる。木造の家屋が大半を占める朧では、もっとも重要な産業の一つであろう。
「それでその襲われ方なのですが、それがどうも奇妙なのです。夜道を歩いていると、倒れていたはずの材木がいきなり立ち上がり、枝や根っこで締め付けてくるとか…」
 木がまるで動物のように動き回っている姿を見た者もいるという。現在木街ではこのような不可解な事件が多発して、中には木を切りすぎたことによる祟りではないかという言葉まで出ている始末。
「このまま事件を放って置きますと、木街の治安はおろか、朧の林業自体のも打撃があるかもしれません。これを調査して、できれば解決してはもらえないでしょうか? 」

(ライターより)

 難易度 やや難

 予定締切時間 6/10 24:00

 今回は朧の木街が舞台となります。
 夜な夜な現れる木の化け物とは何物なのか。なにせ木町というだけあって、材木商が軒を連ねて立ち並んでいます。そして店の蔵や、木を保存しておくための池などにもたくさんの木材があります。
 ただし襲われるポイントはある程度決まっているようで、材木商「喬木屋」付近で事件は起きています。しかしながら、喬木屋の総ての材木を調べてみても特別な以上は発見されていないとのことです。 どうやら木の化け物が正体を現すのは深夜のようで、それ以外は普通の木材と同じような形をしているようです。これを見つけて、撃破するのが今回の依頼内容です。
 木街はこれ以外に、漆器などの器や、箪笥などの家具の製作も盛んです。昼間のうちに木街の観光を行うのもいいでしょう。
 自分なりの楽しみ方を探してみてください。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ちいたします。 

●疑惑
 木街は朧の北にある街で、材木など木に関わる商品が扱われている街である。朧の住宅は一部が煉瓦造りとはいえ、それは金持ちの贅沢であり、一般庶民が手をだせる代物ではない。よって、朧の住宅の大半は木造である。
 そして、その材料となる木材は全てこの木街に集められ、加工される。そして各街に運ばれ組み立てられるのだ。その他、木を使った工芸品なども盛んに作られており、火街同様職人が多い街といえる。
 その木街を歩きながら、小説家空木栖は釈然としない気持ちにかられていた。
 今回この街に来ることになった理由、陰陽寮の出来事が、彼に疑問を抱かせる原因となっていた。
 彼は、自分の小説のプロットを考えていたが、あまり良いアイデアが思い浮かばなかったため朧に訪れていた。現代の都市とはどこか違うこの場所ならば、何か面白いアイデアが思い浮かぶのではと思ったためである。
 街中などをのんびりと眺め、ふと彼が思いたって向ったのが市役所であった。
 この市役所の中には、朧の治安を預かる組織「陰陽寮」が存在している。陰陽寮とは陰陽師と呼ばれる陰陽の術をすなる者たちの総称である。陰陽の理を理解し、あらゆる符術を使いこなせる陰陽師になるには、学問の研鑚と修行は勿論必要ながら、生まれ持った才能も必要である。すなわち選ばれたエリートのみがなることができるのだ。
 若くして、この陰陽寮の暦司を預かる月読昴は、この街の治安一切を任されていた。その彼は、近頃開通した界境線より降り立つ「資格」ある者に、特殊な事件の解決をよく依頼している。
 空木が気になった点は、まさにこの事であった。
「こういった事はここでは良く起こる事なのか? それと見た所この話を請けた者は皆、この場所の住人ではないようだが、一切合切外の者に任せる事に疑問は無いのかな? 」
 彼の問いに、月読はその愁眉を顰めた。
「以前は妖の者はごく稀にしか、地上に姿を現しませんでした。先々代の暦博士の時に玉藻前も封印する一歩手前なで追い詰めたこともあって、妖はほとんどその力を失っていたのです」
 朧ではまだ高価で珍しい、硝子窓から町並みを見下ろした彼はその当時の事を思い返すように呟いた。
「それが丁度、そうあの界境線と呼ばれるものが開通した時から、妖の者の動きが活発化したのです」
「界境線が開通してから…? 」
「はい。ご存知の通り、あの鉄道路線は空間の歪みが生じて偶然繋がった場所。その歪みが何らかしらの影響を及ぼしたのかもしれません。とにかく、今や朧のあちこちで妖の者が現れるようになってしまったです。それかもしかすると、この街の歪みが現れているのかもしれませんね」
 陰陽の理に基づいて作り出された都市「朧」。陰陽五行の力を高め、どちらかというと陽の力に基づいて発展してきたこの都市は、陰の力をさほど重視していなかった。街を強固な結界で 囲い自分たちの都合のいい力だけを増幅させたため、それ以外の力や、怒りや憎しみ、悲しみといった負の気、陰気の逃げ場は無くなり地に澱んだ。それが下水道に溜まり妖の者の発生原因となっている。言い換えれば妖の者を生み出したのもまたこの都市の人間なのだ。
「実を言いますと、皆さんに御願いしている依頼は、陰陽寮に持ち込まれた依頼のごく一部でそのほとんどは他の陰陽師が担当しています。ですから、ほら、ここにはほとんど陰陽師がいないでしょう」
 彼が指摘したとおり、現在陰陽寮にはほとんど狩衣姿の陰陽師がいない。本来なら八十名以上いるとされる陰陽師が四、五人しかいないのだ。
「あんたはどうなんだ?動かないのか」
「そうですね。私が動ければ話は早いのですが…」
 月読はもどかしそうに頭を振った。
「先ほども申し上げましたとおり、この都市は今、非常に不安定な状態になっています。この中心街にすらいつ妖の者が入り込んでくるか知れたものではありません。現に市長すら玉藻の虜になっていたのですから…」
「ここを守るために離れられないと? 」
「お察しの通りです。この中心街の結界維持と、市長を始めとする方々をお守りするため、私はこの場を離れることができないのです。それに天文博士が…」
「天文博士? 」
「ああ、いえいえこちらの話です。御気になさらないで下さい。それより依頼の件ですが…」
 微笑を浮かべて話題を変える月読。だが、彼が言いよどんでいた天文博士とは何者なのか。それに妖の者の動きが活発化した理由とは何なのか。どうやらこの都市には、まだ隠された秘密があるようである。

「…木さん、空木さん! 」
 横合いから呼びかけられて、彼は思索を中断させた。
「ああ、天薙君か…。どうした?」
 漆黒の双眸で見つめたのは、この朧にあわせたかのような着物を纏った女性であった。天薙撫子である。
「どうしたんですか? ずっと黙ったまま考えこんでいたようですけど? 」
「大したことじゃない。ちょっとな…。それより例の店はまだなのか? 」
「見えてきました。多分あれです」
 彼女が細く白い指先で指し示したのは、木街のどの店よりも立派な店構えをした材木屋「喬木屋」であった。

●喬木屋
 喬木屋は、木街に軒を連ねる材木屋の中でも最も歴史が古く、手広く商売を行っている店である。この店から暖簾分けした店は多く、材木商の組合でも一番の発言力のある者がここの店主である。
 となれば、当然のことながら人の怨みも相当買っている可能性がある。真っ当な商売だけで、何百もの材木商の中で、常に首位を保つ売り上げを出せるはずがないからだ。喬木屋は店を開いてから今日に至るまで、同業者の中での売上は常に首位。他の街にも店を出しているくらいなのである。
 もしかしたら木の伐採などで、怨みを買っているかもしれない。木を沢山売っているということは、それだけ木を切り倒しているのだから…。
 天薙はそんな思いを胸に抱きながら、喬木屋の暖簾を潜るのだった。

「いらっしゃいませ」
 店内は店構え同様に広く、何人かの客が手代の者たちと商談を行っているようだ。畳の上で熱心に話し合っている。丁稚の少年たちが、その客たちに茶や菓子などを運んで忙しそうに動き回っている。
 天薙と空木の二人が中に入っていくと、一人の手代が進み出てきた。
「いらっしゃいませ。ようこそ喬木屋へ。毎度有難うございます。手代の櫛木と申します。材木が入用でしょうか? 」
「いえ、私たちは陰陽寮の依頼を受けて参ったものなのですが…」
「陰陽寮の方ですか? これはこれは…」
 櫛木は陰陽寮と聞いて、少々驚いたようだ。それも無理は無い。何か事件が起こったとしても、大抵はその街の自警団が担当するし、陰陽寮の陰陽師たちは皆生え抜きのエリートであり、そう簡単に会える人間では無い。
「今回、そちらで発生した事件に関して、どなたかからお話を伺いたいのですが…」
「かしこまりました。ただ今番頭の者に伝えて参りますので、少々お待ちくださいませ」
 そう言うと、手代の櫛木は店の奥へと引っ込んでいった。
 その間、丁稚の少年が彼女達に茶を持ってきた。それを啜りながら待つことしばし。
 ようやく、先ほどの櫛木を伴って三十代くらいの品のいい笑いを浮かべた男が彼女たちの前に現れた。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。手前は当店の番頭を務めております樹科と申します。このような処では何ですので、どうぞ奥までお越しくださいませ」
 樹科は慇懃に頭を下げた。

 店の奥には、静かな中庭が広がっていた。様々な庭木が植えられており、今はつつじの花がその仄かに紅い花を咲かせている。
 時折、池に備え付けられた鹿威しがカコンと小気味良い音を立て、それ以外は殆ど物音はしない静かな場所であった。店の喧騒とは正反対の場所である。
 やがて番頭が二人に案内したのは、やや奥まった場所にある一室であった。中はそこそこ広く、障子の外からは丁度今見頃のつつじの花が楽しめる場所になっている。畳敷きの部屋で、床の間には花と掛け軸が飾られている。特別な客等を接待するための応接室のような部屋であろうか。
「ささ、どうぞどうぞお座りくださいませ」
 樹科に促され、二人は畳の上に座った。そして二人の前に樹科が座り、先程と同じ丁稚の少年が二人に淹れなおした茶と菓子を運んできた。流石に一流の店だけあって、客を持て成す茶もいい葉使っているようだ。安物の番茶では味わえない芳しい香りが鼻腔を擽る。
「お手間を取らせまして誠に申し訳ございませんでした」
 丁稚の少年が下がるのを見届けて、樹科は深々と頭を下げた。
「いえ、お構い無く…」
「この度は当店で発生いたしました事件に関して、お越しいただけたとのことで…」
 相変らず愛想の良い笑顔で尋ねる樹科。番頭になるだけあって物腰や言葉使いも洗練されている。
「はい、今回の事件で色々とお伺いしたいことがありまして」
「なんなりとお申し付けください。お答えできることであれば喜んでご協力させていただきます」
「有難うございます。ではお尋ねしますが、今回事件に遭われた方はこの店の関係者だと聞いているのですが、その通りなのでしょうか? 」
 今回の事件は喬木屋の周辺、特に店の裏にある材木置き場で特に多く発生しているという。しかもその被害に遭うのはほとんどがこの店の関係者。陰陽寮で得られた情報からも、何らかしらの因果関係があると見て間違いないだろう。
「はい。夜中、材木置き場に行った職人や店の者が突然木の化け物に襲われたそうです。本来丸太になっているはずの木に枝と根が生えて、動き出したとか…。その襲われた場所を翌日調べてみても、不信な丸太は何処にも見えないのです。しかし、その日の夜にまた別の場所で他の者が襲われたそうで…」
「場所が変わるのですか? 」
「ええ、うちの店の置き場である事は変わりないのですが、いきなり襲われた場所は毎回違います。うちの蔵は大きいですからね。夜な夜な移動しているのかもしれません」
 そういう樹科の顔には疲労の色が色濃く出ていた。正体不明の木の化け物のせいで、店の者は怯え、蔵に近寄ろうとしない。昼間はまだいいが、夜は不審者がいないか見回りをしなければならない。それらの処理に追われ、激務が続いているのだろう。よく見れば顔色も土気色で良くない。
「もう一つお伺いしたいのですが、その、木を集める際に禁忌に触れるようなことはしていませんよね? 」
 天薙の「禁忌」という言葉に、樹科がピクリと反応した。わずかにこめかみが引きつっただけであったが、黙って彼の顔色を窺っていた空木は見逃さなかった。
(おや? )
「いえ、そんなことはございませんよ。うちは真っ当に商売をさせてもらってますから」
「そうですか…」
 営業スマイルで答える樹科に、天薙は表面上頷くのだった。

「どうでしたか? 」
「何か隠しているな…。疚しいことがあるのかもしれん」
 喬木屋を辞して、事件現場である材木置き場に向う途中、天薙の問いかけに空木は腕を組んで考え込んだ。取り繕ってはいたが、天薙の口から「禁忌」という言葉が出た時のあの顔は、確実に何かそれに関係していることがある。そう空木は感じていた。
「何か禁忌に触れるような真似をしたのかもしれん。だが、あくまで推測であって証拠は無い。ひとまずはその木の化け物とやらに遭って見るほうがいいだろう」
「そうですね…」

●材木置き場
「暑いな…」 
 守崎啓斗は、額に薄っすらと滲んだ汗を手の甲で拭いながら呟いた。
 今は丁度梅雨の時期。現代の東京に比べれば、車やバスなどによる排気ガスなども一切無いため暑くはないものの、やはり夏に差し掛かる時期。雨が降らない時はじめじめとした暑さを感じさせる。
 加えて今は、丁度太陽が自分の頭上に差し掛かる真昼の時間帯。暑いわけが無い。
 萌黄色の麻の着物を着て、水辺なら少しは涼しいだろうと木が保管されている池へとやってきた彼は、しかしやはり暑いことにため息をついた。
 木街は木の街。しかし切り出した木はいつまでも新鮮な状態ではいられない。何日も頬って置けば次第に乾燥するか、腐り始めてしまう。特にこの時期はものが痛みやすいので、材木は可能な限り神新鮮な状態で保存しておきたい。
 そこで、水街から引いた水路に丸太を浮かべることで、木を生かして置いておくのだ。切り出されても木が死ぬ事は無い。実を言えば住宅の木材に使われてさえ木は生きているのだ。しかしそれには加工するまで新鮮な状態で保存しておくことが必須となる。
「まぁ、汁椀が手に入ったからいいとするか…」
 先程店で包んでもらった赤塗りの椀を思い浮かべて、満足げに頷く彼。
 木街は勿論材木など木を扱った建築業が盛んだが、その他にも木を使った家具や工芸品の製作も盛んに行われている。特に朧漆器と言われる、朧独自の漆を用いた漆器は、朧のほとんどの街で使われるほど需要が高い。
 芸術性の高い器ともなれば、何十、何百万とする器もあるが、高校生である彼がそんなものに手を出せるはずも無く、彼は普段使いの器の中から、赤い椀を選んだ。艶やかな赤色が一際自分の目を引いたからだ。望んでいた器が手に入って、守崎はご満悦だった。じめじめとした暑さがなければ。
 ふと視線を移すと、喬木屋の材木置き場からまだ小学生くらいの少年がこちらに向って歩いてきた。
「よう、そっちは終ったのか?」
 守崎に声をかけられた少年、夢崎英彦は面白くもなさそうな顔で鼻を鳴らした。
「関係ないだろう」
「関係ないって…、俺達同じ依頼を受けただろ? 」
「それだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもないさ」
(む、むかつく…。このくそ餓鬼! )
 自分よりも五歳以上も年下に見える夢崎にそう言われて、さしもの守崎も気分を害する。
「それより、そっちはどうなんだ? 何か見つかったのか?」
「別に何にも見つからねぇよ」
 痛いところを突かれて、守崎は口を尖らせた。何か事件の手がかりはないかと、現場を探ってみたが特に目ぼしい発見はなかった。やはり深夜を待つしかないのだろう。
「役に立たないな」
「…っ! ほんとにむかつく餓鬼だなお前!」
「それに、餓鬼に餓鬼呼ばわりされたくない」
「何ぃ! 」
 流石に頭にきた守崎は、生意気な餓鬼をこらしめてくれようと胸倉を掴もうとした。だが、よく見てみると、夢崎の顔色が酷く悪い。血の気が引いて真っ青である。
「おい、どうしたんだよ? 顔色が悪いぜ」
「余計なお世話…だ…」
 そういいながらも、夢崎の足はふらついている。不機嫌そうな表情も、どちらかといえば不愉快そうというよりは、何かを堪えているような辛そうな感じに見て取れる。
「お前、どこか悪いんじゃ…」
「余計なお世話と言ったろ。俺に構うな…」
 頭を抑えながら、その場を立ち去ろうとする夢崎。だが、何歩も歩かないうちに足がふらついて倒れそうになる。
「そうも言ってられないだろ」
 意地っ張りな少年を見ていられなくなって、守崎はその小さな体を支えた。思いのほか華奢な体つきに驚く。
「随分と痩せてるな…。ちゃんと飯食ってるのか? 」
「余計なお世話だと言ってるだろうが…。邪魔だ、一人で歩ける」
「あっそ。そうかよ」
 どうあっても自分を受け入れない夢崎に、守崎はため息をついて彼の脇と足に手を入れると抱え上げた。突然抱えられて狼狽する夢崎。
「なっ! なにするんだ、降ろせ! 」
「今のままじゃ何もできないだろ。少し休めるとこまで行くぞ」
「降ろせって言ってるだろ! 」
「はいはい」
 ぎゃあぎゃあと不満を言う夢崎に、弟がいることで年下の少年をあしらうことに慣れている守崎は適当に受け流しながらその場を後にした。

●樹木子

 日が沈み、辺りが暗くなると木街で働いていた者たちは家路に就く。
 木街に限らず朧の夜は早い。朝日が昇るとともに仕事を初め、日が沈めば仕事を終えて眠りに就く。まだ照明器具が発達していないこの街では、夜ともなれば辺りは漆黒の闇に覆われてしまうし、この頃は妖の者の動きも活発だということで皆出歩かない。さっさと布団に被って寝てしまう。
 だが、時間に縛られ夜遅くまで電気をつけて、あくせくと仕事する現代人とこの朧の人々、どちらが理に適っているだろうか。人間の頭脳とは夜になればなるほどその思考力が低下する。決して朝早くから夜遅くまで活動するには適していないのだ。
 現代人は電気や機会によって便利になった反面、朧にあるような余裕を失ってしまったのかもしれない。朝早くに起きて、夜早くに寝る。そんな余裕も…。
 だが、そんな夜の木街で、一人材木置き場をうろついている男がいた。 
 喬木屋の番頭樹科である。彼は提灯を手に、一本一本丹念に木を調べている。見回りできているのだろうか。
 ふと、彼が一本の木に視線をを移すと、それは動き出した。
 急に根元の部分に根っこが生え始め、切り落とされたはずの枝は何本も生える。そしてそれは見る間に幾重にも枝を茂らせた樹になって立ち上がった。その根元も何本もの根っこが生え、醜く蠢きながら樹科に近づく。
「やはり現れたか…」
 しかし彼は驚かず、むしろこの化け物が現れることを予期していたかのように落ち着き払った態度を見せた。そして、その姿が歪み、一瞬後にはまったく別の姿をしていた。
 空木である。彼は夜中に木の化け物が現れると聞いて囮役をかって出たのだ。予想どおりに木の化け物が現れてくれて、むしろほっとしているようでもある。
「無駄足を踏まずにすんだな」
 人の言葉を理解する能力が無いのか、はたまた感情というもの自体を持ち合わせていないのか、その化け物は、目の前の男が突然姿を変えても何の驚きも示さずに、突進してくる。
 空木がそれを迎え撃つために小刀を何本か懐から取り出した、その時。
 カァァ! カァァ!
 建物の上から、甲高い鳴き声を上げて三羽の鴉が化け物に襲い掛かった。鴉たちはその鋭い嘴で化け物の体や枝をついばみ始める。流石にこの攻撃は堪えたのか、何本もの枝を伸ばし、鴉たちを絡め取った。そして力付くで締め上げる。
 すると、鴉たちは光輝き、一枚の呪符に姿を変えた。どうやら鴉たちは式神だったらしい。攻撃を受けて術が解けたのだ。
「このやろう! 」
 さらに建物の上から少年と思われる声が聞こえたかと思うと、黒い一陣の影となって化け物に舞い降りた。忍者装束に身を包んだ守崎である。彼は空中から化け物に蹴りを浴びせる。
 ガコォ! 
 派手な音を立てて、化け物に蹴りが炸裂した。しかし、幾分根を空に浮かせながらも、その一撃を堪えた化け物は、先ほどと同じように枝を伸ばして彼を絡め取った。
「な、なんなんだ、こいつは! 」
 慌ててその呪縛から逃れようとするが、枝はするすると伸びて彼の体に絡みつき、締め始める。とてつもない力で締め上げられ、体が軋む。
「い、痛てぇ! 離せ、化け物! 」
 だが、もがけばもがくほど、枝が体に食い込んでくる。そのうち手足の自由が利かなくなってくる。
「いい気に…なるんじゃねぇよ!!! 」
 守崎はまだ自由な頭を後ろに反らすと、反動をつけて化け物の体に頭突きを浴びせた。
 翠のはちがねに覆われた頭に頭突きを浴びせられて、さしもの化け物もダメージを食らい、その体を
大きく振るわせた。
 ヒュン!  
 さらに突風が吹く音がしたと思うと、化け物の体に幾つもの裂傷が生じていた。風が吹きに抜けた先には一匹の鼬が空を飛んでいる。これもまた陰陽師が用いる式神鎌鼬である。
「残念ですけど、貴方の思い通りにはさせません! 」
 裂帛の気合とともに、伸びきった枝に銀の閃光が疾った。それは枝に撒きつくと、いとも容易く寸断する。化け物から開放されて自由を取り戻す守崎。流石に締め付けられて辛かったのか荒い息をついている。
 木は突然枝を切り落とされた事に驚いたのか、その動きを止めた。それを見て、天薙は自分が放った妖斬鋼糸に自分の手に戻した。彼女の五行属性は金。加えて化け物を攻撃した武器もまた金属を薄く伸ばした鋼糸と呼ばれるもの。化け物の正体は分からないが、木の格好をしている以上木の属性である可能性は高い。金は木に大して相剋の関係にあり、普段の威力よりも効果を上げることができる。わずかな衝撃でもあっさりと枝が切れたのはそのためである。
 あらためて鋼糸を構える天薙を見て取って、化け物は反対の方向へと逃げ出した。不利を察したらしい。
 しかし、数歩も動かぬうちに、化け物の近くでバシャという何かがはじける音がしたかと思うと、血に塗れた釘や鉄の破片がその身に突き刺さった。
「文句があって人を襲うなら、刈られる前に抵抗するべきだと思うがね」
 相変らず不遜な態度でそう言ってのけたは夢崎である。彼はあらかじめ自分の血と鉄片や釘の入った袋を幾つか、この材木置き場に配置しておいた。血を操るという能力を持つ彼としては、それを使って攻撃するトラップを仕掛けておいたのだが、少々血を使いすぎていた。現在も顔色はあまり良くない。
 何度も何度も血に塗れた鉄片や釘に突き刺され、その力を失っていく化け物。だが、逃げ出す足を止まらず、徐々に闇の中に紛れ込もうとしている。
「言霊よ…」
 化け物の周りに数本の短刀を放って、何事かをつぶやく空木。だが、それはなにも効果を発揮する事はなかった。空木の属性は土。木属性の化けものには相性が悪い。術も効力が発揮しにくくなるのだろう。
「仕方ないな」
 そう言うと夢崎は事前に仕入れていた鉈を取り出し、よおら自分の手を切りつける。そして噴出す鮮血を鉈に塗りたくると、空いている手に呪符を握った。
「式神召喚! 」
 彼の言葉に応えて、呪符は白い羽毛に包まれた一羽の鳥へと姿を変える。
 陰陽寮に彼が要求した式神は白鷺であった。白鷺は彼の手にある鉈を掴むと、空に舞い上がった。先ほどよりは確実に遅く、のたのたと材木置き場を移動する化け物の頭上にあっという間に追いつく。
 そして、はるか上空から白鷺は掴んだ鉈を手放す。鉈は重力に引かれてまっさかさまに化け物の体に落ちる。すると鉈はその動きを変えて化け物の体を切り裂き始めた。まるで意思を持っているかのように動きまわり斬りつける鉈。夢崎にコントロールされた鉈に全身を切り裂かれた化け物は、やがてその動きを止め、崩れ去るのだった。
 それを見て夢崎はがっくりと膝をついた。血を使いすぎて貧血を起こしたのだ。慌てて守崎が介抱に向う。
「馬鹿野郎! 無茶してんじゃねぇよ!! 」
「五月蝿いな…。疲れた。寝る」
「っておい、こんなところで寝るな! 」
 すぅすぅと寝息を立てる夢崎に、守崎は頭を抱えるのだった。

「なるほど…。それは恐らく樹木子ですね」
 翌日、陰陽寮を訪れた一行に、報告を受けた月読はそう告げた。
「樹木子? 」
「普通の木の下で血を流したり、死体を置いておくとその死体の怨念を受けて木が妖になることがあります。それを樹木子といい、普段は木に化けていながら人が近づくと、捕食するために襲うようになります。朧では、そのような穢れた木は材木として採取してはならないと法で定められているのですが、どうやら喬木屋はそれを破っていたようですね。この件に関しては、取調べの必要がありますね」
 その後、空木は椀を探しに、天薙は和箪笥を見に木街に赴いた。目を覚ました夢崎は血が足りないからと、狐狗狸で肉料理を頼もうとしたが、生憎朧では肉料理はあまり歓迎されないため取り扱っていないことを知らされた。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)/金
    (あまなぎ・なでしこ)
0555/夢崎・英彦/男/16/探究者/金
    (むざき・ひでひこ)
0723/空木・栖/男/999/小説家/土
    (うつぎ・せい)
0554/守崎・啓斗/男/17/高校生/木
    (もりさき・けいと)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陽の章 木街をお届けいたします。
 今回は木の街ということで、木に纏わる妖の物が登場しました。思い描いた通りの活躍ができましたでしょうか?
 この作品に対するご意見。ご感想、ご要望等がございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のご意見はなるだけ反映させていただきたいと思います。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。