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奇跡の石
●与えられた指命
「なんですか? それ」
碇麗香が手に持つ石ころに興味を持った三下忠雄は何気なくそう尋ねた。
「ん。ちょっとね……」
憂いのある笑顔を洩らし、麗香はいつになく静かに答えた。
「どうかしたんですか? 何だか元気がないように見えますけど」
「うるさいわね。何でもないったら、何でもないわよ。そんなことより原稿は出来たの?」
「えっと……その……」
想像通りに返された忠雄の曖昧な返事に、麗香は一つ嘆息する。
「仕方ないわね……じゃあ、折角だから取材をお願いしようかしら?」
すっと麗香は石ころを差し出し、薄く微笑んだ。
「この石……何の石か調べて来なさい。方法はどんなやり方でも良いわ。勿論、誰かと協力しても構わない。ただし、絶対に割ったり砕いたりしないこと……いいわね」
麗香の指令に逆らえるはずもなく、忠雄は無言で石ころを受け取った。
一見すると本当にただの石だ。何かの原石のようにも見えるのだが、そこまでの知識は忠雄には無い。
「ヒントを一つあげる。その石はどんな願いごとも叶えるの。ただし……その石の正しい使い方を知っている人だけに……ね」
●輝石に囲まれて
「とは言ったのものの、何処から始めたら良いんだろう……」
これって本当に取材なのかな。単に自分が使いたいけど、使い方が分からなくて……でも調べるのが面倒だから、押し付けただけじゃないのか……などと思いながらも、餅は餅屋の精神で忠雄はとりあえず宝石店に行ってみることにした。
ふと、店の前まで来た時。忠雄はぴたりと歩みを止めておもむろに告げた。
「どうでもいいけど……こそこそするのは止めてくれませんか?」
忠雄はゆっくりと振り返り、後方にある電柱に話し掛ける。
「一緒に来たいなら来たいって、堂々として下さい……朱姫さん」
「な、なぜ分かった!?」
名を呼ばれ、矢塚朱姫(やつか・あけひ)は電柱の影からぬっと姿を現わした。
「そりゃ分かりますよ。これだけ露骨について来られたら……」
「流石だな……三下。私の尾行が分かるとは、ずいぶんと鍛えられたようだ」
腰まである黒髪を掻きあげ、朱姫はそう言いながら苦笑した。
「ところで宝石店に何の用だ? ……誰かにあげるプレゼントでも買いに来たとか?」
「だと良いですけどね。残念ながら取材ですよ。今回は」
そう答えながら、忠雄は扉を開けた。一面絨毯ばりの床と重厚な造りの店内を見回しつつ、奥で作業をしている店員に声を掛けた。
「すみません、ちょっと良いですか」
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
店員はにっこりと微笑み二人を見やると、そそくさと宝石のつめられた箱を取り出し、商品の説明を始めた。
「そちらのお嬢様にでしたら、こちらのガーネットがお似合いでしょうね。もしくは、こちらのシトリンなど……」
「ちょ、ちょっと待って……! 別に買い物しに来たんじゃあ……」
言いながらも、ちらりと朱姫は忠雄を見やる
何となくその視線の意味を理解し、忠雄は一番手頃そうなアクアマリンのペンダントを注文した。勿論、領収書付きで。
「それで、ちょっとお尋ねしたいのですが、こちらの石について何かご存じありませんか?」
忠雄が懐より取り出した石を興味深げに見つめ、店員は少し待つように告げると店の奥へと消えていった。
「これ……何だ?」
小首をかしげ、朱姫はカウンターに置かれた石をコツンと小突く。
「何でも、どんな願いでも叶える石だってさ……」
「ふーん……こんなものがねぇ……」
手に取り、不思議そうに見つめる朱姫。しばらくして工房長らしき男が現れ、石の鑑定を始めた。
「……ほう、これは珍しい」
「え? ご存じですか?」
「ええ……これはジオドという原石です。しかし、こんなに大きいものは私も初めて見ます……もしや……」
その時だ。バンッと窓が開かれ、小柄な少年がふわり……と一同の前に舞い降りた。
ゆるりと身を起こし、爽やかな笑顔で忠雄に微笑みかける。
「三下さんっ! こんな所にいたんだね☆」
少年は軽やかにカウンターから飛び下ると、明るい笑顔のまま拳を構えた。
「へ……?」
さり気なく朱姫を後ろに下げ、忠雄はきょとんとした目で彼ー水野想司(みずの・そうじ)を見つめた。
「三下さん……僕は嬉しいよっ☆ 何でも願いが叶う石……それに願ってまで、僕と戦いたいだなんてっ♪ ついに……ついに、内なる修羅を覚醒させたんだねっ☆ さあ、もう言葉は要らないよ! 拳で会話っ♪」
だっと駆け寄り、想司は鋭い突きをくり出す。それを紙一重でかわし、朱姫をカウンターの奥へ導くと忠雄は横手に飛び退いた。
ヒュー……と低く口笛を吹き、想司は満足げな笑みをもらす。
「僕の攻撃をよけるとは、さすが最強の漢だね☆」
「……伊達に編集長のツッコミは受けてないからな……」
口の端に流れる血を拭き取り、忠雄はにやりと微笑みを浮かべる。
「ち…ちょっと、二人とも……!」
朱姫の声も虚しく、二人は目にも止まらぬ速さで攻防を繰り広げ始めた。
取り扱っているものがものだけに、店員は警備員に呼び掛けて二人を止めようとするものの、全くの隙が見られない。
「……っ!」
足をすべらし、忠雄はその場に崩れ落ちた。その隙を逃さず、想司はとどめの一撃を与えようとする。
すぱーっん!
その時。乾いたはりせんの音が、店内に響き渡った。
「……ってぇー……」
後頭部を抱えて振り返ると、あくまでも穏やかな笑顔を浮かべる朱姫の姿があった。
「……たく! そんなに暴れたいなら、表でやれ」
「……それもそうだね」
「まてまてまて! 僕は取材を……!」
暴れる忠雄を引きずり、想司は意気揚々と店を出ていった。
「で。ジオドって何ですか?」
何事もなかったかのように朱姫は工房長に尋ねた。
少々外の様子を気にしながらも、工房長は返事をするように頷き、後ろの棚から一つの箱を手にとって、朱姫の目の前で開けてみせた。
箱の中には白と紫の渦巻き状の模様のついた板のような石が入っていた。石の中央はぽっかりと穴が空いており、細かい水晶の結晶がびっしりと張り付いている。
「ジオドとは…このように結晶が集まりひとつの石のような状態になっているものです。その中でも……」
工房長はひょいと鑑定中だった石を持ち上げ、そっとカウンターにのせる。
「このように完全に球体になっているものを『ディスカバリージオド』と呼び、願いを祈りながらあることをすれば、その願いごとが叶うという伝説が伝えられています」
「あること?」
「詳しくは私も知りません。もし、ご興味がおありでしたら、専門家をご紹介致しますよ」
程なくして、満身創痍(まんしんそうい)の忠雄がよろよろと店に戻って来た。その後を追いかけるように想司が飛び込んでくる。
「まて! 僕はまだ三下さんの最強の力を堪能してないぞ!」
「もう……勘弁して下さい……」
「ずいぶんと気に入られたようだな、三下」
苦笑しながら呟く朱姫を三下は子犬のような目で見上げる。
「それより、さっさと取材を済ませてしまわないと、また怒られるんじゃないのか?」
朱姫から手渡されたメモを見て、忠雄は小さく頷く。
「それじゃあ……僕は仕事があるから、また今度な」
ぽん、と想司の頭に手を乗せると、想司は不満そうに頬をふくらませる。
「……じゃ、僕も行く」
「え?」
「僕もついてく。で、終わったら勝負だっ☆」
うきうきと構える想司に、忠雄はがっくりと肩を下ろすのだった。
●中につめられたもの
忠雄から受け取った原稿に目を通し、麗香は小さく頷いた。
「お疲れさま」
机に原稿を置き、穏やかな口調で告げる。
「で……貸した石はちゃんと持ってる?」
「あ、はい」
あわてて三下は預かっていた石を手渡した。
「それで、願いの仕方なんですが……」
「それなら知ってるわ。ちょっと下がって」
麗香は懐よりナイフを取り出し、額に手を当てて静かに目を閉じた。ゆっくりと腕をあげ、きっと石を睨むと素早くふり下ろす。
キン……!
鋭い音が鳴り響き、数秒おいて石は綺麗に二つに割れる。
「おおっ」
忠雄の傍らにいた想司と朱姫は思わず感嘆の声をもらす。
目の錯角だろうか? 割れた石の中から虹色の輝きをもった蝶々が次々と飛び立った。
キラキラと輝く粉をまき散らし、やがて蝶々は溶け込むように消えていった。
「……今の何?」
いぶかしげな瞳で尋ねる想司に、麗香は静かに答えた。
「ディスカバリージオドの中には精霊が封じられている……そういう言い伝えがあるの。今のが、この石の中に封じられていた精霊ってところかしら。ただし、この精霊達はとても気紛れで逃げやすいの。石にわずかにはいったヒビや割れ目から封印を抜け出して、もぬけの空が多いらしいわ」
「ふーん。だから割ったり砕いたりしちゃだめだってことだね」
「そういうこと」
軽く片目をつむり、麗香は告げる。
「ディスカバリージオドの中にいる精霊を目にしたものは、内に秘めた願いを叶えるそうよ。あなた達の願いも……叶うといいわね」
「……うん……」
「…………」
二人はそれぞれ胸に手を乗せて、小さく頷いた。
「ところで編集長はどこでこれを手に入れたんですか? 日本じゃまず見つからないって聞きましたが」
「それは秘密よ。さ、今日はとっとと仕事を切り上げてのみにでも行きましょう。あなた達も来るわよね?」
「えっ……? あ、はい!」
「ラッキー☆ とことん食べるぞー!」
「そうそう……三下君。言い忘れたけど、この前の宝石店での領収書……あれ経費で落ちないから。ご愁傷様」
「エーーーー!? そ、そんな……」
がっくりとうなだれる忠雄の背を、麗香は薄く笑みを浮かべて叩いてやった。
●ぼくのお願い
「へー……そんなことがあったの。私も見たかったな」
想司が信頼をおける友の一人、森里しのぶはうらやましそうに告げた。
「ねえ、どういうお願いしたの? 教えてよ」
「……や、だっ☆」
「もう。ま、大体予想はつくけどね……」
シーザーサラダをつつく、しのぶの姿をじっと見つめていた想司だったが、ゆっくりと視線を目の前のジュースに移し、ぽつりと呟いた。
「……しのぶと…百合子さんが幸せになればいいって……」
「え?」
「な、なんでもないよっ!」
顔を真っ赤にさせてジュースをのみ始める想司。そのあまりにもわかりやすい行動にしのびはくすりと微笑んだ。フォークを置き、静かに目を閉じると穏やかに言葉を紡ぐ。
「……そのお願い、叶うといいわね」
「……うん……」
ストローに口を付けたまま。想司は小さく頷いた。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0424 / 水野想司 / 男 / 14 /吸血鬼ハンター
0550 / 矢塚朱姫 / 女 / 17 /高校生
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。奇跡の石をお届け致します。久しぶりにアクションを書いたような気がします(まて)三下忠雄氏は動かしやすそうでそうでもないかな、とか思ってみたり。
本文中のジオドは、宝石店よりは東南アジアの雑貨店にパワーストーンとして良く売られています。ディスカバリージオドとまではいかないまでも、奇跡を呼ぶ効果があるそうですので、ご興味のある方は探してみてください。
水野さん:初めまして。うーん。あんまりどたばたなギャグに出来なかったかもしれませんね(汗)や、でも可愛い男の子が書けて楽しかったです。三下との決着はご想像にお任せしますね☆(え)
矢塚さん:初めまして。買ってもらったペンダントは弟からの貢ぎ物といった所でしょうか(笑)デザイン的には天使の卵シリーズのようなものがお似合いかな、と思うのですが如何でしょうか?
それではまたお会い出来るのを楽しみにしています。
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