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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


狂喜の宴〜ゴーストネットバスターズ〜

◇OPENING

「犬と猫……追い掛けられるのは鼠か、はたまた人間か…」
 机に捨て置かれている雑誌と、ディスプレイに浮かぶ文字を眺めて、一人の男がぽつりと呟いた。
 自分の考え付いたことが実に面白そうで、退屈させない自信があったからだ。
 男は深紅に染まる瞳を薄めると、ディスプレイに並ぶ文字を指先でなぞる。
「行き着く先に待っているのは、真綿で首を絞めるような苦痛に似た快楽に他ならない。フフフッ…」
 その口元に小さな笑みを湛え、無邪気な子供が悪戯を思い付いたように男は微笑んだ。

名前:ざくろ石に夢みし者
件名:貴方は知っているでしょうか?
とある人物に接した人々が、次々と記憶を無くしているということを。
その者は街角で占い師と称して、人々に接近しているそうです。
どうか貴方のお力で、その人物を探し出して、人々の記憶を取り戻して下さい。
そして何故そのようなことをしたのか、確かめて下さい。
とある人物を探し出すのは簡単でしょうが、接触する際にはそれ相当の能力が、必要となることでしょう。
またその人物を追うとなれば「貴方も追われることになる」ということだけは、肝に銘じておいて下さい。

「さてどんな人間が、私のところまで辿り着くのでしょうか」
 そう口にして、男は新規に書き込まれた内容を確かめることなく、椅子から立ち上がる。
 そして長い深紅の髪をひと房手にし、唇を寄せてから窓の外に広がる夜景を眺めた。
 これから始まる愉しい時間が、待ち遠しくてしょうがない。
「さぁ、宴の始まりです。宴には沢山の人がいないと愉しくありません」
 男は恍惚の表情を崩すことなく、机に置きっぱなしになっていた1冊の雑誌へと手を伸ばす。
『特集!ストーカーの魔の手は、すぐそこに!!/月刊アトラス編集部』
「こちらからはどんな人間が、愉しませてくれるのでしょうね」
 雑誌を握り潰したまま、男は再度椅子に腰を下ろすと、プツッとパソコンの電源をオフにした。

 ──狂喜に満ちた一つの宴が、紅い色に染め上げられながら始まろうとしていた…──

◇SCENE.1-御堂譲/興味と行動

「へぇ……面白そうな内容だ」
 モニターに映し出された内容を、目で追い終わった御堂譲(みどう・ゆずる)は頬杖を付いて呟く。
 記憶を無くすという部分も気になるが、最後の方に書かれていた”自分も追われる”という部分を読んだ時、譲の中に「上等だ!」という思いが生まれたのだ。そして同時に細胞が活性化していくような高揚感と、この書き込みに対する興味が体の中を駆け巡った。
 譲はすぐ横に立て掛けてある『竜胆(りんどう)』を手に取り、そっと鞘を抜いて切っ先を眺める。人を斬るための道具じゃないこの長刀は、美しい刃もんとは裏腹に、悪しき気を断ち切ることが出来るからだ。
 きっとこの刀が役に立つだろう。
「先ずはこの占い師って奴に、直接接触してみた方が良さそうだな」
 譲はパソコンの電源を切ると、竜胆片手に自室を後にした。

 街はいつもと変わりなく動いている。デート中のカップルや、友達との買い物を楽しむ者、ナンパに精を出している若者など、別段何かが変わった様子はない。
 そう、何も変わりはなかった……。
「ねぇ、キミ、キミ♪これから時間な〜い?一緒にカラオケ行こうよ☆」
 目の前に立ちはだかるように現われた、一人の茶髪の女。否、これは茶髪を通り越して金髪になっているな、と冷静に相手の容姿を確認しつつ、譲は手にした竜胆を素早く相手に見えない位置へと移動する。さすがに真剣を堂々と見せるわけにはいかないからだ。
 しかしその間も、女の口は動きっぱなしで、どうにか譲をゲットしようとしていた。
 昔から女に好かれやすい体質&容姿を兼ね備えた譲は、街に出れば9割の確率で逆ナンパに遭遇する。他の男連中が聞いたら「是非ともナンパにお付き合い下さい」と頼み込まれそうだが、こうも毎回だとなんだか女性に対する見方が変わってしまいそうだった。
「キミいくつ?高校生くらいだよねぇ。あたし近くの大学生なんだぁ」
 少々げんなりしていた譲だったが、ふいに聴こえた声に「そうか」と小声を洩らす。
 大学生ということは二十歳前後。特に女という生き物は全体比率からして、占いや心理テストというものが好きなはず。本人が占ってもらわないにしても、占い師の情報くらい持っているかもしれない。
 譲は今迄適当に聞き流していた女の言葉に耳を傾けるように、にこっと笑みを浮かべて相手を見た。
「少し訊きたいことがある」
「何、何?」
「ここらで占い師の噂を聴かないか?こう占ってもらうと、記憶を無くしてしまうらしい、という噂を持つ占い師なんだが」
「記憶を無くす占い師?あ〜あのすぐそこの裏路地で、たまに見かける占い師さんのことかなぁ?なんでもその人に占ってもらうと、皆放心状態でそこを離れていくらしいよ♪」
「本当か!?」
 空に目を向けていた女の肩を掴む勢いで、譲は相手に詰め寄る。もしそれが本当なら、強ち見当違いというわけではないだろう。記憶を失ったことで、他の人間には放心状態に見える、ということも考えられる。
 女が譲の気迫に押されたのか「今日はいるかも…」と呟くと、譲は「ありがとう」とお礼を言い残し足早にその場所へと向かった。
 これ以上、何かがあってはいけないのだ。

 そして向かった先で出会ったのは、薄い黒のコートを着た紳士風の男。小さなテーブルには黒い布が掛けられていて、如何にも占い師ですといった雰囲気を醸し出している。
 この男だろうか、という疑念が、譲にないわけじゃなかった。けれどそれを否定するだけの材料もない今、一歩一歩着実に、その者へと足は向かっている。
「いらっしゃい。男の方が来るのは珍しいですね」
 人の良さそうな笑みを浮かべ、目の前の男は「どうぞ」と椅子に座ることを勧めた。占い師の風体は別段怪しい感じはしない。ただ髪と瞳の色が、血のように紅いのが印象に残る男だった。
「さて何を占いましょうか?貴方くらいの年代だと恋愛か……進路でしょうか?」
 譲が椅子に腰掛けるのを確認したように、占い師は早速占い内容に触れてくる。それを聞きつつ譲の手は、決して竜胆からは離れなかった。万が一ビンゴだった場合の防護策なのだ。
「いえ、僕が占ってもらいたいのは、探してる”モノ”が何処にあるのかってことです」
「探し物ですか。それはどんな物ですか?」
「”物”じゃないんです。僕が探している”モノ”のは、とある占い師なんですよ。占ってもらった人間は、皆記憶を無くしてしまうらしいんですがね。その占い師の目的と素性が知りたいんです」
 挑戦するように、譲は占い師へと視線を向けた。これくらいでボロが出るような奴ではないかもしれないが、少しでも動揺を見せれば儲けもの。生憎と自分には竜胆がある為に、何かの術は通用しない。それは相手が手出し出来ないということに繋がるのだ。
 けれど目の前の占い師は動揺を見せるどころか、余裕すら感じる笑みを浮かべる。
 その目は少しも笑っていないというのに……。
「その前に少し貴方のことを占ってあげましょう。そうですね………逃げ出したい衝動、そしてそれを受け入れる覚悟。貴方はその年で随分と、同年代の人とは違う生き方をしてきたようですね」
「何ッ」
 脳裏に一人の人物が浮かび上がる。が、それはすぐに払い除けた。
「また変わったものも、お持ちのようだ。とても素敵な長刀ですね。……本当に珍しい一品です」
 そう言って笑う占い師に対し、譲は竜胆を握り締める手に力を入れる。
 コイツ……普通の占い師じゃない。
 直感的に譲はそう思った。
 占い師だというのに、この男は譲の生年月日を訊いたり、名前を訊いたりしないのだ。
 それに占い師というよりは、心を見透かされた、もっと言葉を限定するなら”過去を読まれている”としか思えなかった。
 譲はギリリと、奥歯を噛み潰す。
 それを見ていた占い師は、何が愉しいのかクスッと笑った。
「さて、そう言えば占い師について…、でしたね。占って差し上げましょう。貴方が占って欲しい相手は、貴方から近い位置に居ながら、とても遠い位置にいますよ。そして目的は……」
 ニヤリと笑みが歪む。
「直接会ってお聞きした方がいい」
 言ってその眼がチラチラと、譲の後方へ向けられた。
「それは………」
「さっ、これ以上は、どうにも答えようがありません。それに私も店仕舞いの時間ですので、ここらへんで宜しいですか?今回は無料で宜しいですよ」
 言葉を続けようと譲が口を開こうとした瞬間、相手は頬杖を付きながら、また小さく笑みを浮かべて言葉を遮る。
 この有無を言わさない雰囲気に、譲はその場から数メートル離れた場所へと移動した。
 そしてそこから占い師の動向を、見つめることにする。
 決定的な証拠はないが、譲の中でこの占い師を当たりだと確信したからだ。
 手にした竜胆が不穏な気配を感じ取ったのか、さっきから小刻みに震えているのも、そう思った一つの理由だと言えよう。
 兎に角、あの男を尾行(つ)けてみれば判ることだ。
 譲が占い師に鋭い視線を向けていると、ふいに後ろから肩を叩かれる。
 振り向いた先には白銀の髪をした男と、長い黒髪を束ねた男が立っていた。

◇SCENE.2-ゴーストの3人組/尾行と思案

「誰だ」
 譲の怪訝そうな声がすると、二人の青年は譲と負けない程の先鋭な視線を占い師へと向けたのち、こちらへと視線を移す。
「私は十桐朔羅(つづぎり・さくら)。ゴーストネットの書き込みを見て、調査をしている」
 銀髪というには少し色が抜け過ぎて、白髪に見えなくもない頭髪に、透けるような肌という表現がピッタリくるような、色白の肌を持った青年が挨拶をした。
「奇遇だな。私もゴーストネットの書き込みについて調査している、宮小路皇騎(みやこうじ・こうき)という者だ。君は?」
 長い黒髪を後ろで束ね、外見は涼やかな表情ながら、何処か人間的余裕を漂わせた青年が挨拶をする。
 その皇騎に尋ねられた茶色の髪に蒼い瞳をした青年は、二人へ向き直って軽く会釈をした。
「僕は御堂譲(みどう・ゆずる)。同じようにゴーストネットの書き込みに、興味を持ったんですが…」
 そこで譲は口を噤(つぐ)んで、先程接触した人物へと視線を戻す。
「何か気になることでもあったのか?」
「気になる、と言えば気になることなんですが、それが的を得ているか、と言えばまだ断言出来ないんですよ」
「どういうことだ」
 朔羅は先程二人を見ていて、途中から譲の態度が強張ったように見えたのを思い出した。
 それが関係しているのだろうか。
 しかし考え込んでいた朔羅の耳に、「動くみたいだ」という皇騎の言葉が聞こえて、占い師の動向を見つめる。言葉通り、これから何処かへ移動するのか、男はコートを翻して颯爽と歩き出していた。
「どうしますか?僕はあの男を、尾行してみるつもりですけど」
 譲はギュッと持っている真剣の鞘を握り直し、二人の意思を確認する。
「私も行こう。どうもあの書き込みをした人物と、あの男が同一人物に思えてならん」
「十桐さんは、どうします?」
「………私も共に行動しよう」
 急ぎ決断した三人の眼は、ある一人の男へと向けられ、そして尾行は開始された。

 男は雑踏を抜けると、まるで三人を誘うように緩やかな速度で移動して行く。恐らく尾行されていることには気づいているはずなのに、男は結して撒こうとはしなかった。
「どういうつもりだ」
 冷静さを欠かない程度に、苛立たしそうな皇騎の声がする。
 隣りの譲も険しい表情を浮かべているところからして、皇騎と同じように思っているのかもしれない。逆に全くと言っていいほど、表情に変化がないのは朔羅だった。
 しかし朔羅が何も感じていないわけではない。表情こそ崩してはいないが、男の行動には聊か理解しがたいものがあるのだ。
 それを言葉にするなら…───
「このまま私達を、案内するつもりでしょうね」
 至極単純な答えが口から出た。
「……そういうことだろうな」
「僕達は尾行させられている、ってことですね」
 繁華街から外れ、徐々に住宅街へと景色が移ろいで行く中、占い師の足は1戸の高級そうなマンションへと向けられる。
 時刻は夕暮れを過ぎ、街が夜の顔を覗かし始める頃。マンションのエントランスには、淡い色をした照明が付けられていた。
 男は自室と思われる番号が書かれたポストから郵便物を取り出し、オートロックの施錠を外して中へと消えて行く。
 ──…どうやら此処が、占い師の住居であることは明白だった。
「このまま入りますか?」
 一旦入り口で足を止め、譲が他の二人に尋ねる。部屋番号は郵便受けから察しが付いていたし、尾行させていたのならオートロックを解除することも考えられたからだ。
 しかしそれを皇騎が、即座に否定した。
「否。いきなり接触するのは危険だと思うが」
「…………そうだな」
 続くように朔羅も入ることを拒む。
 このまま入るのは、男の手の上で踊らされているような気がした。それに罠かもしれない。尾行させるくらいなのだ。何か考えがあると思う方が、利口ってものだろう。
「深追いは”危険”ってことですね……」
 それに譲も部屋番号を押し掛けていた手を引き、エントランスから数歩後退する。
「取り合えず、何処かに移動した方がいいな。此処では目立つ」
「というと?」
「………此処の地下駐車場はどうだ」
 ポツリと朔羅が口にした。
「そうだな。そこも調べた方がいいだろう。あの男が車を所有している可能性もある」
 朔羅の言葉をキッカケに三人はその場を離れ、地下駐車場へ向かうことにした。
 けれど到着したそこには、優に100台くらいは入るだろう広さに、ズラリと高級外車が並んで駐車してある。右を見ても左を見ても、見えてくるのはポルシェやフェラーリといったスポーツカーや、ベンツばかりだ。
 この中で三人は左右に分かれ、あの占い師のルームナンバーと同じ駐車スペースを探す。
「確か……××××号室だったな」
 コンクリートに埋め込まれたナンバーを注意深く確認しながら、朔羅は順序良く車を探して行った。
 分かれて探している所為か、スペースを探すことは、そんなに手間取らないで見つかりそうだ。
 徐々に近づいてくる駐車スペースのナンバーに、朔羅は一台一台車の方も確認していく。
 そして漸く目的の駐車スペースを発見した朔羅は、他の場所を探していた二人を呼び寄せた。
 そこには一台の車が駐車されている。
「これは……確か……イエローバード……CTRか」
 随分と珍しい車だな、と俯き加減で考えそうになった朔羅の前に、思わぬ人物達が車の陰から姿を現し、視線と視線がぶつかった。

その頃───…
 高級マンションの一室で、コートを脱いだ男が独りグラスを傾ける。中に入っているのは深い紅をしたビンテージもののワイン。デカンタされていなくても、充分味わいのあるワインだ。
 ワイングラスに口を付け、コクリと喉奥に通した後、男は声高らかに笑い出す。
「くっくっく…はっはっは!愉快だよ、本当に愉快だ。猫も三匹、犬も三匹。さぁ皆さん!!私を愉しませて下さい!!」
 深紅の長い髪をパサリと払い除け、男は一人愉快そうに口元を歪ませる。

◇SCENE.3-ゴースト&アトラスの3人組

「お前は……」
 朔羅は驚いたように、相手を見つめた。そこに己にとって、あまり歓迎できない人物を発見したからだった。
「何、やってんだお前」
「そっちこそ、何をしてる?」
 眉を顰めて呆れたように問うてきた人物を目の前に、朔羅はこれでもかというくらい”出会いたくなかった”という顔をして、フンッと視線を外す。朔羅にとっては、腐れ縁としか言いようがない人物、それが目の前にいる沙倉唯為(さくら・ゆい)なのだ。
「沙倉さん、お知り合いですか…?」
 そんな二人の様子をキョロキョロと見ていた少女、矢塚朱姫(やつか・あけひ)が不思議顔で唯為を見上げた。
 すると唯為は意味ありげな笑みを浮かべて、朔羅へと視線を向ける。勿論、その視線の意味に気づいた朔羅は、ハァと溜息を洩らすしかなかった。
 この人は昔からこうだったな。
 諦めに似た胸中とはこのことだろう、とこの時朔羅は心底思う。
「ん?まぁな。俺の可愛い遊び相手」
「遊び相手?」
 不思議そうに、譲が朔羅の顔を覗き込んだ。
 二人にそんな雰囲気は伺い見れないし、なんとなくだが仲が良いようには見えなかったのだ。
 とそこに皇騎の「それよりだ…」という、静かな声が駐車場に響く。
 ここで自己紹介をしている暇はない、という思い故、少々声のトーンが低くなってしまった。
 けれど何を仕掛けてくるか判らない相手だけに、談笑していることは得策ではないはずだ。
 その思いが相手にも伝わったのか、今会ったばかりの矢塚朱姫が口を開く。
「実は私たち…アトラスの人間です。今回妙な投稿があって、このマンションに調査を」
 張り詰めた空気が広がる中、少女が自分達が此処にいる理由を語り出す。そこにはアトラス編集部の編集長、碇麗香から既に「駐車場にいる3人」と話しがあったことも伝えられた。
「だろうな。そこの男とは、昼間も会ったからな」
 と皇騎はチラリと男へ視線を向け、直ぐに朱姫へと視線を戻す。
「なるほど…読めたな。結局、俺たちがある意味最初に目をつけた『3人』はお前達…ゴーストネットの人間だった、ってわけか。とすると、例の書き込みの占い師も…?」
 唯為は顎に手を持っていき、鼻高々という表現が合うような態度を示しながら、朔羅を見つめていた。
「……そのようだな」
 朔羅はその視線を業と無視するように、目の前の車に視線を向ける。
 やはり唯為の馴れ馴れしい態度は、苦手な部類に入るらしい。
 そんな二人の様子をフォローするつもりはないが、譲が真剣な面持ちで唯為を見た。
「実は……僕達は個々に、調査をしてたんです。そしてその占い師を、尾行してきたところなんですが……」
 譲はまだ自分達が調査してきたことを、お互いに言い合っていないことに気づき、皇騎へ体を半歩向けた。
 それに察するものがあったのか、朱姫が話し始める。
「私…3人に接触することでカーマインの手がかりを探ろうって考えてここに一人で乗り込んで来た。でも、先に冴那さんが来てて…ここにいると思ったのに、いないんです。何かあったのじゃないかって、胸騒ぎがしてならない」
 長い髪をサラリと揺らしながら、朱姫は先に来た人物を案じてか俯いてしまう。
「私の調査では、占い師と称する男、占いをする前に必ず過去の出来事を、勝手に占うらしい。生年月日も名前も訊かず、ましてや手相を見るわけじゃない。それなのに言い当てるらしいな」
 胡散臭い奴だ、と今度は朔羅が小さく舌打ちをした。
「占い師…何も聞かずに云い当てる、だと?そんな話があるか」
 顔見知りであるが故か、朔羅の調査内容に、口調を聊か荒げた唯為の声がする。
 けれどそのまま直ぐに黙り込み、目線だけは朔羅に向けつつ、何やら考え込む姿勢を取り始めた。
 そしてその思案の最中、唯為が呟いた「『Mad Carmine』…」という言葉が漏れる。
 言葉を聞き取った譲は、チラリと視線を向けた後、占い師と接触した時の嫌な感じを思い出した。嫌なというより、気味が悪いとでもいうようなカンジ。
 それを胸中に収め、譲は重い口を開いた。
「……それは本当です。僕は占い師という男と接触しましたけど、確かに僕を見ただけで過去を言い当てられました。あれは過去を読まれている、という感じの方がしっくりきます。そればかりか、僕の持つ竜胆の力も、薄々気づいているようでした」
 口調とは裏腹に、譲の表情は固く険しいものになる。
 それほど相手に対する疑念が、強いのかもしれない。
「私がゴーストネットの書き込みに精神干渉した際、そこには底知れぬ高揚感と幸福感、そして嘲笑う気配が感じ取れた。それに…ざくろ石というハンドルネーム。ガーネットという宝石の意味に、『勝利』という言葉があるのも少し気になるな」
 譲に続いて、皇騎は誰を見るわけでもなく言葉を紡ぐ。
 それは己に対しても、再確認する行為でもあった。
 そして……各々言い合ったところで、結論は一つ──…。
「あの…単純に考えたんですけど、あなた達も占い師を追ってここに来たワケでしょう? もしかして、さっき沙倉さんが云った何とかってヤツと同一人物なんじゃあ…」
 此処に居る全員が感じていた思いを、朱姫がハッキリとした口調で言い放つ。
 もう全てを語り尽くしたのだ。それ以外に答えはない。
「だろうな。唯為が言っていた『カーマイン』も、こちらの書き込みに利用された『ざくろ石』も、同じ深い紅を現す言葉だ。同じ場所に集まること自体、同一人物としか考えられないだろう」
 目線だけで唯為の存在を認め、朔羅は朱姫の言葉に同意する。
 それに譲は頷き、皇騎も「やはりそれしか考えられまい」と、朔羅に向けて言葉を投げ掛けた。
 と此処まで黙って聞いていた唯為が、一旦自身の持つ刀に視線を落としたのち、顔を上げて自信タップリの表情を皆に見せる。考えが纏まったらしい。
「ここで団子になってても仕方ない。こうなった以上手分けしてマッドな紅ヤローをどうにかしないと、な」
 そう口にした言葉に、朱姫が力強く頷くと、全員がそれを合図にしたように軽く頷いて見せた。
 後は各々あの男を、追い詰めればいいのだ。いいや、追い詰めなくてはいけないのだ。
「それじゃ、僕達は正面から行きましょう」
 手にした竜胆を一度鞘から抜き、その刃を数秒見やった譲が、決意表明でもするように言葉にする。その足は既にエントランスへと向かい、歩み出していた。
 譲の姿を後方で見ていた二人も、無言のまま足を動かし出す。
 それは譲と同じエントランス方向だ。
 皇騎の革靴が鳴らす音と、朔羅の草鞋が鳴らす音が次第に二人から離れていく。

 その時──…
「朔羅ッ」
 突然朔羅は唯為に呼び止められた。その声はまるで子供が母親に置いてかれそうになって、不安を露にするような縋る声。
 そんな声色に驚いたまま、目だけで相手を見ていた朔羅の耳に届いたのは、
「…気をつけろよ」
 という身を案じる言葉。
 そこには普段の余裕が感じられず、別の思いが宿っているようで一瞬朔羅は、ウッ、と息を詰まらせる。
「十桐家の大事な跡取だ。間違っても無茶するなよ」
 言った本人である唯為の表情が、どこか寂しげに見える。唯為自身も何故こんな思いに支配されたのか、よく判ってはいない。
 嫌な予感が、胸一杯に広がっていったのだ。
 それに対し、呼び止められた朔羅は、その向こうで顔を歪ませて笑っている唯為に、何を言えばいいのか瞬時には対応出来なかった。
 ただ普段自分をからかう時には、絶対に見せないだろう表情だったのは、不意打ちとしか言いようが無い。これでは自分も唯為に言葉を掛けなくてはならないではないか。
 なるべくなら関わり合いになりたくないと思っていたのに、最後の最後でそれは卑怯だと心の中で舌打ちをした。
 だが──…
 朔羅は歩く足を止め、唯為に向き直ってふふ…と小さく笑みを浮かべる。
「その言葉。そっくり返そう。無茶はするなよ…大事な本家の当主なのだからな」
 言うや否やくるりと背を向け、朔羅は遅れを取った距離を取り戻すように、皇騎の後ろを付いて行った。
 その後ろで朱姫の呟きが聞こえたような気がしたが、朔羅は気持ちを入れ替えるように凛々しい顔つきになる。
 が何か気になり、もう一度チラリと振り返った先で、いつもの唯為を垣間見ることが出来た。
「どうかしたんですか?」
 朔羅の動きに譲が尋ねる。
「いや……。私達は私達のことをしなくてはな」
「あぁ……そうだな」
 三人は揃い、正面入り口へと歩いて行った。

◇SCENE.4-占い師との対峙

 アトラス編集部から依頼を受けた二人と別れ、三人はエントランスのある表へと向かうことにした。車があるということは、このマンション内にまだいるということになる。インターフォンを鳴らして、相手が部屋にいればラッキー。後はアトラスの方から得た情報と、こちらの情報から相手の真意を探ればいいのだ。
 尾行直後同様、譲が一歩前に行き、入り口脇にあるコールボタンをルームナンバーを確認しながら押していく。
 そして『CALL』ボタンを押すと、Luー、Luーと部屋を呼び出す音が聞こえてきた。
 3回、4回、5回…とコール音は聞こえてくるが、部屋に居るはずの男からの応答はない。
「おかしいな…」
 譲は一度切ってから、再度部屋への呼び出しをしてみるが、全く返答がなかった。
 とその時、地下駐車場から、大きな排気音が聞こえてくる。
「これは確か……」
「あの男の車です!」
「急ごう。此処で逃げられるわけにはいかん」
 その言葉にエントランスから走り出した譲は、丁度出てきた車の目前に飛び出す形になった。
「待てッ!」
 両手を左右に広げ、道を塞ぐ格好を取ったことで、車は道路に出る一歩手前で停止する。
 とガチャリと運転席のドアが開き、中から一人の男が姿を現す。──占い師と名乗る男だ。
 真っ紅な髪をサラリと流し、薄手の黒っぽいコートを身に纏う。そして手にはシルバー色の杖らしきものを握り締め、厚みのある本を一冊抱えていた。
 こうして見てみると、男が占い師だなんて誰も思わないだろう。見た目派手だが学者………もしくはモデルという風体だ。
「おや……」
「貴方に訊きたいことがある」
 譲の横にやって来た皇騎が、男にキツイ眼差しを向ける。
「貴方は……確かそこのボウヤを占っている時に、私を見ていた人ですね。…っとそちらの銀髪の彼も、私を見ていましたね」
「…………」
 一歩遅れて譲の横に並んだ朔羅を見つつ、男は至極冷静に言葉を返した。
 けれどこの時の三人の眼は、視線で相手を傷付けることが出来るくらい、研ぎ澄まされたナイフのような鋭さで相手を睨み付けている。
 普通なら怯んでしまい、ここまで冷静でいられるわけがない。
 それくらい三人の眼は、先鋭的だった。
 しかし男はその眼差しすらもお見通しだったのか、いきなりクックック…、と喉を鳴らして笑い出す。
「猫の次は犬ですか……。本当に貴方達は、私を愉しませてくれる」
「どういう意味だ。それより真意を教えてもらおう」
「真意?そんなものは、一つしかありません。………愉しいからですよ。人の持つ記憶と呼ばれる部分を奪うことも愉しいが、こうして私を追ってくる人間が現われることも、愉しくて仕方がない」
 男の口角が、ニヤリと上がる。
「てめぇ…」
 その物言いに、譲は持っていた竜胆の鞘を抜き、相手へ向かって軽く斬りかかった。とはいえ本人を斬るのではなく、その悪気を斬り付けるつもりで切っ先を向けたのだ。
 だがそれをひらりとかわした男は、次の瞬間には手にした杖を竹刀のように握り直して、譲の鳩尾を叩き付ける。
「ぐっ…」
 膝を付いてその場に崩れ落ちる譲に、男は余裕の笑みを浮かべて譲へと視線を向けた。
「刀という物は、”斬る”のではなく”叩く”ものなんですよ。よく覚えておくことですね。ってそれは、そういう使い方じゃないんでしたっけ。これは失礼…」
 ククク…と、男がまた笑みを洩らす。
 それを見ていた皇騎は胸の前で印を組むと、ブツブツと聞き取りにくい言葉を発し始めた。そして言い終わると同時に光の網が、男目掛けて飛んで行く。皇騎の持つ術の一つ、『羂索』である。
 しかし男はコートで全身を覆い隠すと、その網を弾き飛ばして消し去ってしまったのだ。
「どういうことだ。何故、弾くことが出来る…」
 それに驚いた顔をしたまま、皇騎はギロリと男を睨み付ける。何故ならこの術は、不動明王の力を用いたもので、そうそう弾かれるようなものではない。普通の者なら、簡単に捕らえることが出来る術だからである。
「このコートには結界が張られているんですよ。糸一本、一本にしっかりと……ね。ですから私自身を、どうこうすることは出来ません」
 残念でしたね、と男は涼しい顔をして、コートを払い除けた。
 譲の竜胆は相手に避けられ、皇騎の羂索は弾き消されてしまった。
 残るのは朔羅の能力のみ。
 自然、男の視線が朔羅へと向けられ、表情が待ち望んでいるように見て取れる。
 今迄言葉すら発しないで見ていた朔羅は、男が浮かべる薄笑いに対抗して、自身も口元に小さな笑みを浮かべた。
「あなた自身には何かをすることは出来ない。ということは、内面ならどうにかなる、という可能性があるな」
「やってみますか?貴方の能力で」
「そうだな……」
 朔羅は口元に指先を持っていき、小さな声で言葉を紡ぐと、スーッと指先を男に向けて差し向けた。その眼は笑みを浮かべた顔からは想像も出来ない程、冷たい色を覗かせている。
「ふ……何を………っと──このノイズはなんだ!?」
「力の方向を変えただけだ。あなたの思考を乱しているに過ぎんがな」
「なるほど……これは面白い能力だ……だが……」
 男は何かを振り払う仕草をした後、ニタリとした笑みを朔羅へと向けた。それだけで己の力が消え去ったのを、朔羅は感じる。
「これくらいなら、どうとでもなりますね。しかし……実に面白い!!貴方達の能力は、実に面白いものでしたよ」
「何が言いたい」
 まだ鳩尾を手で押さえているが、なんとか立ち上がった譲が相手に問う。すると男の手がすぅと本を開き、何やら書き込まれたページを数枚手にした。
「今日はとても愉しい時間を過ごせました。そんな時間を提供してくれた貴方達の能力に免じて、奪った記憶をお返ししましょう。まぁこんなのは、前座に過ぎなかったのですがね」
「人の記憶をなんだと思っている」
「記憶?そんなものは、どうでもいいんですよ。記憶なぞ、あってもなくても人間は生きていけるものです。なければまた作ることが出来るし、あれば過去に囚われ続けることになります。私はね、そんな記憶や感情というもので遊ぶのが、大好きなんですよ」
「愉しむ。ただそれだけの為に、記憶を奪ったというのか」
 普段なら何事にも乱されることなく振舞う皇騎が、手の平を強く握り締めて男を睨み付ける。
「その通りですよ。さてそろそろお別れです。いずれ又、何処かでお会いしましょう」
 言葉が終わるや否や、男が手にしていたページを破り取り、それらを空高くに舞い散らせる。ヒラヒラと紙が道路に撒き散らされ、一瞬三人の眼がそれらに向けられた。
 瞬間──…
 地響きに似た排気音が、聞こえてくる。
 ハッと三人は、男が居た場所へと視線を向けるが、時既に遅し。
 気づいた時には譲の横をすり抜けるように、一台の車が闇夜へと消え去る姿だけが目に入る。

 舞い散る紙に書かれた文字は、徐々に薄く見えにくくなり、最後には消えてなくなった。

 それから暫くして、記憶を無くしてしまった人達が、記憶を取り戻したという情報が、ゴーストネットの掲示板に書き込まれる。その情報から記憶を奪われた人達は、今では普通に生活しているらしいことが伺い知れた。

 けれど占い師と称していた男の存在は、そのまま煙のように消えてなくなり、噂すら耳にしなくなる。

『また会いましょう』
 の言葉だけを残して───…

◇SCENE.5-御堂譲/苛立ち、そして…

「くそっ!あの男」
 譲は自室に戻ると、手にしている竜胆を壁に投げ付けんばかりの勢いで、悔しさを露にした。依頼が成功したことに変わりは無いが、負けた気分がして苛立ちが増す。
 そして何故竜胆の攻撃が効かなかったのか。
 それが一番、譲には判らなかった。
「何故、悪気を断ち切ることが、出来なかったんだ。僕の力では、対抗出来ないということなのか」
 手にした竜胆を鞘から抜き、譲は己と共にある長刀へと語り掛ける。
 これでは自分は護らなくてはならない人間を、護っていくことが出来ないばかりか、その前に立つことも出来ない。
 ──それでは駄目なのだ。
 カチッとつかを握り締め、静かに瞼を閉じた譲は、あの男と対峙した時のことを思い出した。
 何か感じたことは、なかっただろうか。
 何か気になる素振りは、なかっただろうか。
 そう考えた時、譲は一つのことを思い出す。
「そうだ。対峙した時、あの男からは………」
 悪気が感じ取れなかった。竜胆が反応していた時は、確かに悪気があったのだろう。
 けれど対峙した時、男には微塵も悪気がなかったのだ。
「あったのは………無邪気に遊びを楽しむ心だけか」
 子供が遊ぶ時のように、純粋に遊びを楽しんでいた心を、竜胆は斬ることが出来なかったのだ。
 それでも、と譲は刀を眺めながら思う。
「あの男だけは、許せないな」

 FIN or TO BE CONTINUED.....?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0461】宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)/男/20歳
→大学生(財閥御曹司・陰陽師)
【0579】十桐・朔羅(つづぎり・さくら)/男/23歳
→言霊使い

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「狂喜の宴〜ゴーストネットバスターズ〜」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?

::今回は全部で5シーンあり、SCENE.3は月刊アトラス編集部
より出ている「狂喜の宴〜Mad Carmine〜」とのリンクシナリオということで、
あちらの依頼と共通部分となっています。(勿論文章は違いますが)
::プレイング傾向が皆さん同じ方向だったので、バッチリでした!
::この話しに登場した自称:占い師ですが、今後も登場予定のあるNPCです。
 ので最後は『終わり か 続く』という表現をしました。
 ただこの依頼自体が続く、ということではありません(^^;;
::個人的にたぶん初めてに近い「どシリアス」な作品だった為、
 まだまだ不甲斐ない場面もあったかと思います。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。

***御堂・譲さま
初めてのご参加、ありがとうございます。
今回は追う相手がかなりムカつく男だったため、口調を荒げるシーンがあります。
また竜胆での攻撃については、こちらで考えたものなので、違う場合はお知らせ下さると有難いです。
何故御堂さんが斬ることが出来なかったのかは、最後の個別のような理由からで、結して御堂さんの力が足りないから、というわけではありませんので。

個人的にかっこいい姿の御堂さんに、クラクラしました。
バストアップだけじゃなく、全身図もとてもかっこいい方で、武器の長刀というのも実に好みでございました(*^-^*)
また機会がありましたら、御堂さんのお姿を拝見したいと思います。
それではまたお会い出来るよう、精進致します。