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<敵対組織>
●依頼
「今日も遅くなるのかしら?」
冬美が哲夫に向かってそう聞いた。この頃、毎日のように朝帰り
になっているのが不満のようだ。訴えるような目と声をしていた。
「今回の一件が終われば、少しは暇がとれるさ」
そう言って、哲夫はその場をはぐらかした。哲夫は冬美に自分の
仕事が何であるかを教えていない。それは冬美を巻き込まないため
であり、また、自分自身が非難の目で見られるのを防ぐためでもあ
った。
「次のターゲットはこいつらか」
哲夫は組織に属する殺し屋である。今日もいつものように、渡さ
れたターゲットのリストを見ていた。敵対組織の幹部、情報を調べ
ている探偵など、組織にとって邪魔な存在が殺しの対象になってい
る。当然、重要な人物ほど報酬も大きい。哲夫は何気なしにリスト
を捲っていたが、とあるページを見た時点で凍りついたようになり、
リストを床に落としてしまった。そこに載っていたのは、敵対組織
の殺し屋である、冬美の顔だった。
「俺が……冬美を……?いや……冬美が、そんな……」
哲夫の頭は混乱していた。冬美はカタギの人間であると信じてい
た。その冬美がリストに載っているのだ。しかも、敵対組織の殺し
屋として。報酬はSランク、1人の人間を殺すにしてはあまりにも
破格である。そして哲夫は考えた。本当にこれが冬美なのかを調査
してもらおうと。もし本当なら、始末までを頼もうと思った。
「始末だと……どちらを?」
冬美を殺させるか、自分を殺させるか。哲夫はそのことばかりを
延々と考え続けていた。
●真相
「確かに冬美は殺し屋のようだ。情報が正しいかは保障しかねるが
な」
レイベル・ラブがぶっきらぼうにそう言った。一応自分か集めた
情報ではあるが、取立て屋のチンピラに任せたものである。どこま
で信用して良いものかは疑問だと言うことだ。哲夫はもちろん信用
出来なかった。レイベルがどうと言うことではなく、確実な確証が
欲しかったのだ。なにせ、自分の恋人が殺し屋かどうかという問題
である。1人の調査結果だけでは信用し切れないのだ。
「彼女の……冬美さんのオーラからは、殺し屋だと言うことがわか
ります」
これは須賀原紫の証言である。紫は人間のオーラを見ることが出
来る。そこから真実を知ることが出来るのだ。しかし、哲夫は渋い
表情を浮かべていた。先程から、チンピラから仕入れた情報やオー
ラなど、哲夫にとっては信用のならない証拠ばかりだったためであ
る。哲夫は殺し屋ではあるが、それ以外は普通の人間である。無理
のない話だろう。
「俺が小鬼を放って調べたがな、冬美は十中八九殺し屋だろう。こ
れを見てみな」
そう言って、鬼伏凱刀は自分の使役している小鬼を見せた。それ
を見て驚愕の表情を浮かべる哲夫だったが、それよりも、小鬼の怪
我に注目した。急所のみを狙った、正確無比な切り口。それが殺し
屋の手口であることは、同業者である哲夫には良く分かった。凱刀
もそれに注目したからこそ、冬美が殺し屋であると言ってのけたの
だ。
「そう……か。冬美も……」
哲夫は愕然としていた。分かっていた結果ではあったが、1つで
も良いから違うと言う声を聞きたかったのだ。しかし、哲夫にも真
実が分かってしまっていた。悩み、苦しむ哲夫を、七森沙耶が真剣
な表情で見つめていた。その視線に気がついた哲夫が沙耶を見、2
人の目が合った瞬間、沙耶が口を開いた。
「冬美さんが例え殺し屋だったとしても、それでも哲夫さは冬美さ
んを愛し続けることはできますか?」
沙耶の言葉を、哲夫は何度も頭の中で反芻させていった。そして、
自分がどちらかが死ぬことしか考えておらず、2人で助かる道を考
えていなかったことに気がついた。
「俺は……冬美が何であろうと、彼女を愛している」
一言一言を声に出していく内に、哲夫は自分を馬鹿馬鹿しく感じ
ていた。冬美が殺し屋であることに愕然としていた自分を恥じたの
だ。一瞬でも、冬美を軽蔑した自分を愚かだと後悔した。自分も殺
し屋であることを忘れていたのだ。哲夫の言葉に満足し、やさしい
微笑を浮かべていた沙耶は、哲夫から冬美の居場所を聞いた。目的
はもちろん、冬美にも同じ質問をするためだ。
「あたしも行きます。2人が一緒に幸せになるのが一番ですからね」
宮沢ヒナタも沙耶と同じ考えだった。だからこそ、ついて行くこ
とにしたのだ。冬美が哲夫に対して少しでも情があれば、組織より
も哲夫を選ぶ。そう、組織への忠誠よりも、2人の絆のほうが強い
ことを信じた結果である。
「面倒なことをせずとも、別の1人の人間として生きる道もあるの
だがな」
1人つぶやくレイベルの言葉は、暗黙の内に黙殺された。
●逃亡作戦
「2人の組織のほうには、それとなく敵対組織の殺し屋が殺り合う
と伝えておいたぞ」
凱刀が紙を人の形に切りながらそう言った。幻術によって、これ
を2人そっくりに見せるのだ。このようなことをしているのはもち
ろん、冬美から哲夫を愛し続けると言う言葉を、沙耶とヒナタが聞
き出してきたためである。
「一応、準備は整いました」
紫が感情を込めずに声をかけた。飄々とした表情で作業を進めて
いる紫は、今回の行動にさほど興味を示していないようであった。
「そろそろ時間ですね。全員持ち場について下さい」
ヒナタの指示で、それぞれの持ち場につくこととなった。凱刀が
双方の組織の立会人、紫が哲夫の付き添い、ヒナタと沙耶は冬美の
友人の振りを、レイベルが取立て屋に頼んで人払いをさせていた。
まず、哲夫に偽冬美を殺させ、次に冬美に偽哲夫を殺させる作戦だ。
開始時刻は午前零時。後は時間が立つのを待つだけだった。
午前零時。作戦通り、哲夫の前に偽冬美が現れた。
「なるほど。確かに敵組織の殺し屋だ」
哲夫側の組織のボスが、偽冬美を見ながら言った。ボスを連れて
来たのは、もちろん殺すことを確認させるためだ。
「さ、殺れ」
凱刀がボスに聞こえないように哲夫に指示した。哲夫は頷き、そ
して、首尾よく哲夫は偽冬美を殺した。殺すときの哲夫には表情が
無かった。偽者とは言え、冬美と同じ姿をしている者を殺すのに少
しの躊躇もしないところに、プロの殺し屋を思わせる。
「良くやった。これで我々の組織が最強となるだろう。これからも
私のために働いてくれよ」
その言葉を聞き、哲夫は頭に血が上るのを感じだ。哲夫は殺すと
きに躊躇はしなかった。しかし、殺した後になってから自責の念に
かられてしまったのだ。そんな哲夫を凱刀が睨みつけ、紫が興味の
無さそうな態度ではあったが、一応押さえつけた。
哲夫が偽冬美を殺してから少し後、冬美の方でも偽哲夫を殺す番
が来ていた。哲夫と同じく、偽者を殺すところまでは完璧だった。
しかし、冬美の居る組織のボスが言った言葉に、冬美は憤慨してし
まった。冬美が哲夫と出会ったのは、組織によって仕組まれていた
ことだったのだ。哲夫が冬美に惚れ、油断が出来るのを待っていた
と言う。
「やっぱりそう言うことか……」
ヒナタが一人呟いた。ヒナタは、初めからそうではないかと考え
ていたのだ。殺し屋の世界に詳しいわけではなかったが、相手を油
断させて殺すというのは、どの世界でも一般的であったからだ。当
然、ヒナタはそれを面白く思っていなかった。しかし、ここで失敗
するわけにはいかないのだ。その思い、ヒナタは黙っていたが、当
の冬美、そして沙耶がそれに対して反応してしまったために、作戦
は完全に失敗してしまった。
「失敗のようだな。だから1人の人間として生きる道を選べば良か
ったものを」
取立て屋に2人を守らせながら、レイベルがそう言った。当然の
ことながら、その言葉は誰も相手にしなかった。
「こうなったら、誰も2人を知らない土地に行くしかないですね」
そう言うヒナタの言葉を、沙耶が引き継いだ。
「海外に行くのはどうですか? この国で組織に追われながら生活
するよりも、ずっと良いと思います」
「でも、そんなことは組織も分かってるわ。既に何人かが監視して
ると思う」
冬美の考えは正しかった。国外に逃げられては面倒なのは分かり
きったことだった。それを見逃すほど愚かな組織なら、逃亡するの
にこれほど悩む必要は無かっただろう。
「それについては簡単だ。もう一度紙で偽冬美を作り、組織の奴等
に殺させれば良いのだからな」
凱刀は再び紙を人の形に切った。そして、偽冬美にしようとした
が、哲夫がそれを止めた。
「待ってくれ。それじゃあ気がすまない。冬美を利用した奴等を無
傷ですませるわけにはいかない」
哲夫の目は決意に満ちていた。先程までの、組織から逃げること
だけを考える瞳ではなく、恋人である冬美を守ることのみを考えて
いたのだ。
「しかし、それでは今までのことは全て水の泡なのではないか」
紫の言葉に頷いた哲夫は、素直に頭を下げた。
「君達にはすまないと思っている。しかし、どの道俺達にはハッピ
ーエンドはない。それならば、逃げることだけを考える情けない男
ではなく、恋人のために生きる男になりたいんだ」
そう言って、哲夫は冬美を見つめた。冬美が哲夫に向かって頷く
と、2人は一緒に立ち上がった。2人の考えを読み取った凱刀は、
それぞれに当て身を食らわせた。
「人としての幸せを願いながら殺し屋なんぞ出来るわけがねぇ。復
讐だとかはまともな人間が考えるもんだぜ」
その言葉が哲夫達に聞こえたかどうかは定かでは無いが、凱刀は
それには構わなかった。そして、どこかへ向かった歩いていった。
その場所は、もちろん空港である。
「私も付き合おうではないか。あなただけでは手に余るだろう。そ
れに、私は自分の患者や依頼人を見捨てたりはしない」
レイベルがそう言って凱刀についていった。
●国外逃亡
残された、紫・ヒナタ・沙耶の3人は、海外逃亡の手続きをとり、
2人にパスポートと飛行機のチケットを渡した。哲夫と冬美が空港
に来たときには、既に組織の人物の姿は無かった。始末したか、ど
こかに誘き寄せたか。それは定かではなかった。
「色々とありがとう」
冬美が笑顔で礼を言った。これから先は楽ではないが、殺し屋と
して生きるよりはマシである。恋人同士が一緒に居るのだからなお
さらだ。ハッピーエンドが無いと言っていた哲夫も、少しでも幸せ
になれるようにと考えていた。時間になり、2人は飛び立って行っ
た。先のことは誰にも分からないが、今は2人の幸せを願うのみで
ある。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0230/七森沙耶/女/17/高校生】
【0569/鬼伏凱刀/男/29/殺し屋】
【0606/レイベル・ラブ/女/395/ストリートドクター】
【0764/宮沢ヒナタ/女/17/学生】
【0777/須賀原紫/男/24/ライブハウスの定員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。白峰なおうです。
2人は無事に逃げ出しました。おめでとうございます。
今回は時間いっぱいかかりましたが、それに見合った出来なのか
は謎です(汗)。
それではまた次の機会にでも。
よしなに……。
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