コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


終わりの始まり

「時は満ちた…」
 深紅のスーツを着た男は、感慨深げに呟いた。
「まさに」
「東京を守る結界の内半数を破壊し、その結界自体も怨霊たちの力により弱まっています。最早、我々の障害となるものではありません」
 背後に控える二人の部下も、主の言葉に頷く。
「残るはかの地に残された封印を解くだけ。ここまで結界の弱まった東京では開放された闇の種族の氾濫は抑えきれまい。不人、魎華、リシェル!…作戦を第二段階に移行する」
「はっ」

「おのれ…わしに刃向かう愚か者どもめ…」
 別の一室では、中年の男が一人歯噛みしていた。
「十六夜。お前の仇は必ず討ってやるぞ」
 右腕的存在を無くし、一族の大半も失った当主は怒りに燃えていた。
 そこへ…。
「…七条家当主だな?」
「何奴!」
「我ら呪禁の使い手、貴様ら陰陽師に受けた屈辱は忘れん」
「呪禁だと!? ば、馬鹿な貴様らはとうに滅んだはず…」
「死ね! 」

「……」
 興信所の主草間武彦は、自分に送られてきた手紙を呼んで腕を組んだ。
「こいつはまた…、えらく厄介なものだな」
 彼はその手紙を興信所に訪れていた者たちに示した。
 それは株主総会への招待状であった。会社名は聞いたことも無い名前で、勿論草間がそこの株を買った覚えなど無い。本来ならば質の悪い悪戯として、一笑に付すところだが、宛先を見て笑うことはできなくなった。
 そこには取締役代表ヴァルザックと書かれていたからだ。
「この名前…、恐らく奴だよな。となるとこいつは単なる悪戯じゃないかもしれん」
 現在東京の街を混乱に陥れている謎の組織「会社」。その社長の名前がヴァルザック。単なる偶然の一致というわけではないだろう。
「恐らく罠としか思えんが、どうする行ってみるか?」
 招待状には、知人の方を誘って是非にと書かれている。開催日は明日。
 残された時間はあまり無い。

(ライターより)

 難易度 難しい

 予定締切時間 6/17 24:00

 というわけで、死霊シリーズと理想郷、陰陽師狩りシリーズの第一部最終話となります。
 今まで両シリーズに現れたNPCの大半が登場しますので、誰と会って何をしたいのかをお書きください。戦闘は特に望まない限り発生しません。話し合いが基本です。
 今まで私の依頼に参加されていない方もご参加いただけますが、できれば一度上記のシリーズの作品に目を通された上でご参加いただければと思います。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。

●本社
 東京大手町。皇居などが近く、巨大な摩天楼郡が天を貫き乱立する都市。
 空は暗雲が立ち込め、時折雷が轟いている。圧迫感のあるビルと相まって、この都市に降り立つ者に強烈なプレッシャーを与える。 
 霞ヶ関と並んで、日本の中枢とも言えるこのオフィス街にそのビルは立っていた。
 ルネサンス東京。
 なんとも陳腐な名前であるが、この七十階建てのビルこそが今までこの東京の霊的結界を破壊し、混乱の渦に巻き込んできた組織「会社」の、本社ビルなのである。
 空と同じ灰色の、無機質なンクリート建造物を見上げながら不知火響は、仲間たちに告げた。
「まあ、罠と考える方が自然よね」
 ビルの前に集まった十四人の内、ほとんどの者が頷いた。
 草間興信所に届けられた株主総会への招待状。宛先にあった草間は勿論株主では無い。恐らくは草間興信所に顔を出している彼らを引き合いに出すためのものなのだろうが、今まで邪魔をしてきた者たちを一挙に葬るつもりでいるのだろうか。
「確かに罠かもしれんが、それにしてはやり方がベタだ。それに俺達を殺す機会など幾らでもあったはず。わざわざ全員を呼び出す必要などあるだろうか? 」
「同感。向こうさんのの狙いが何なのかは知らないけど、ここまで関わった身としちゃ見届けない訳にもいかないよねぇ」
 黒いスーツを着た久我直親と、同じくフォーマルな黒のワンピースに身を包んだ鷲見千白が、今回の誘いが罠であることに疑問を呈した。久我の言うとおり、「会社」の者たちはいつでも彼らを殺すことができた。しかし、本腰を入れていなかったかそれとも意図的に手を抜いていたか、とにかく本気で彼らを殺そうとはしなかった。
 正直に言って、今のままでは彼らと正面きって戦えば十中八九こちらが全滅させられている。それほどに実力の差に開きがあるのだ。そんな彼らが、自分たちの牙城とも言える場所にわざわざおびき寄せて罠になどかけるだろうか。そう考えると単なる罠とは思えない節がある。
「とにかく、招待された以上乗らない訳にいかないだろう。何か企んでる事だけは確かだ」
 二人と同じように、黒いスーツにオールバックという姿の雨宮薫が断じた。ちなみに彼の服装のコーディネートは不知火が担当した。どうやらお気に入りの美少年をいじりたかったらしく、彼を玩具にして色々と楽しんでいたようだが…。守役の雨宮隼人には「お似合いですよ」と言われて、ちょっと複雑な気持ちになっていた。
「まぁ、今回は下手に動かないで様子を見るべきだと思うわ。相手の意図もしれないのに動くのは得策ではないでしょう? 」
「…そうだな」
 不知火の言葉に不承不承頷く薫。憎んでも憎みきれない相手ではあるが、相手の本拠地でいきなり戦闘を挑むのは危険すぎるだろう。実力の差は思い知っている。
「こうやって入り口の前で話し合っていても仕方が無い。そろそろ入ろうじゃないか」
鷲見に促され、一行はビルの中に入って行くのだった。

●謁見
 自動ドアが開いた先は、ガランとしたロビーであった。
 見た目からも、かなり大きな会社で社員の姿が見えてもおかしくないはずだが、まったくそんな姿は見かけれ無い。人っ子一人いないのだ。
「誰もいないのでしょうか…」
 不信に思って、辺りを窺う天薙撫子。
 やはり罠だったのだろうか。そんな思いからか一行は緊張して内部を見渡す。 
 そこへ。
「お待ちしておりました」
 何時の間に姿を現していたのか、灰色のスーツを着た男が一行の前に現われた。
「社長がお待ちです。どうぞこちらへ」
 慇懃にお辞儀をすると、彼は一行の返事も待たず一人正面のエレベーターに向って歩いていく。呼び止める暇も無く、男の姿はエレベーターの中へと消えた。
「どうしましょう? 」
「どうするも何も、相手のお誘いにのるしかないだろう」
 ここまで来ては、慌てても始まらない。正直エレベーターが罠で、一行を中に閉じ込めて爆破、などという事もあるかもしれないが、そんな事に気を取られていては目的の人物たちには会う事などできない。
 日刀静は覚悟を決めて、エレベーターへと向った。他の者たちも、思い悩んだり、不信に思ったりはしたものの結局は彼の後に続いてエレベーターに乗り込むのだった。

 流石に巨大なビルだけあって、中のエレベーターも大きく作られている。案内役の男を含めて、十五人もの人間が乗り込んでも、尚余裕がある。
 エレベーターが上に上っている間、一行は案内人に今回の招待の意図や、このビルの事、そして案内人本人について尋ねてみたが、答えは一様に沈黙で報われた。どうやら何も答えるつもりはないらしい。
 エレベーターの中を奇妙な沈黙が支配する。
 やがて、その沈黙に耐えられなくなったのか、天薙が隣にいる男に声をかけた。
「まさか、貴方がいるなんてね。宮小路ちゃん」
「ちょっと縁がありましてね。それより私の方が意外でしたよ。貴女がここにいるなんて思いませんでしたから」
 男、宮小路皇騎もまた、天薙と同じように意外そうな顔で返事を返した。二人は母方の従兄弟という遠縁の間柄で顔見知りであったが、今までこのような依頼で顔をあわせたことはなかった。
「しかし敵の本拠地に来る等随分と無茶をしたものですね」
「お互い様でしょう? 」
「まぁ、そうですね。果たして生きて帰れるのやら…」
 軽口を叩き合っているが、そうしていないと恐怖にかられて逃げ出したくなる。
 今まで色々な事件で相対してきたが、彼らの力は常軌を逸している。どんなに特殊な力ももっていてもヒトである以上、どうやっても勝てない存在。そんなことを感じさせるほど、このエレベーターの先で待っているであろう者たちと自分たちの力には隔たりがある。それでも彼らと会わなければならない。この東京を滅ぼすことだけは避けなくてはならないのだから。
 そんな事を思っていると、エレベーターの無機質な音声が到着した階数を告げた。
「お待たせいたしました。最上階70階です」
 
「社長はこちらでお待ちです」
 案内人は、相変らず抑揚の無い声で一行にそう告げると勝手に一人で歩き出す。恐らく何を言っても無駄であろうことはエレベーターの中で、皆が思い知っていた。
 男が長い廊下を歩いていくと、とある木製のドアの前に立ち止った。
 そこのレリーフには「会議室」と書かれている。
 コンコン。
「入りたまえ」
 おもむろに案内人がノックした音に、室内から渋い男の声が聞こえてきた。一行の中で何人かは聞き覚えのある声であった。
 会社の社長ヴァルザック。
「失礼いたします」
 案内人が開けたドアの先には、かなりの広さを誇る会議室が広がっていた。床には高級そうなワインレッドの絨毯が敷かれ、天井には豪華なシャンデリアが飾られている。輝きの度合いからして、安物のガラスでは無くクリスタルで出来ているようだ。重厚そうな巨大な円形の木製の机には、丁度一行の人数分の椅子が置かれ、奥の席にヴァルザックは座っていた。
 ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、目にも鮮やかな深紅のスーツを纏っている。口に咥えている葉巻から紫煙を吐き出すと、彼はそのアイスブルーの瞳で室内に足を踏み入れた者たちを睥睨した。
「ようこそ、我が会社へ。諸君らの勇気には敬意を表すよ」
「よく来たねぇ。てっきり怖気づいて誰も来ないかと思っていたが…」
 ヴァルザックの後ろから、一行を揶揄すうな嫌味な笑いが聞こえてきた。白いコートを着た銀髪の男がヴァルザックの後ろに控えていた。
「不人! 」
 一行の中で何人かの声が唱和した。
 忘れようにも忘れられない顔。この東京を混乱に導いてきた張本人とも言える男不人。彼の隣には豪奢な長い金髪をもった秘書風の女と、対照的に短めの漆黒の髪をもつ白衣を着た女が控えている。不人と同じく東京で様々な事件を起こしてきた者たち、魎華とリシェルである。
「君たちとは一度ゆっくりと話し合ってみたかった。しばらく会えなくなるからね」
「会えなくなる? 」
 巳主神冴那の問いに、彼はゆっくりと席を立ち上がると、窓辺に寄った。眼下にはコンクリートとアスファルトで出来た道を、忙しなく歩き回るサラリーマンたちが、まるで働き蟻の群のように見える。
「そうそう、私との話合いの前に、もしよかったら七条殿と会いたい者はいるかな? 今回は是非とも君たちとお会いしたいそうだよ」
「奴が来ているのか? 」
 薫が気色ばむように聞き返す。彼の家である天宮家とヴァルザックの話にあった七条家は敵対している間柄である。一度はその一族を根絶する一歩手前まで追い詰めたのだが、不人の邪魔に遭い、当主と生き残りの部隊を逃がしてしまった。
 それ以来、匿ってくれた会社とともに何度と無く戦うことになった。その彼もまたここにいるらしい。七条家と因縁のある者もこの中に複数いる。
「そう、隣の部屋にいらっしゃるよ。折角だから会ってきたらどうだね、シャノワ? 」
「俺をその名で呼ぶなと言ったはずだが? 」
 薫は怒りに満ちた視線で彼の事を睨みつけた。自分をまるで玩具のように扱ってきたこの不遜な男に、一太刀浴びせてやりたいと幾度思ったことか。腰に差した退魔刀の柄に手が伸びる。
「薫様、いけません」
「隼人…」
 その手を、後ろで様子を見ていた隼人が抑えた。彼は薫の耳元に顔を寄せると、小声で囁いた。
「今ここで戦端を開けば、ほぼ確実に私たちは全滅します。手を出してはいけません」
「…分かった」
 不承不承、薫は刀の柄から手を離した。
「それと、この中は術封じの結界が敷かれているのか、一切の術が使えないようです。どのみち戦うのは無理です」
「何だって? 」
「先ほど試してみたのですが、式神がまったく発動しませんでした。何度試してもまったく効果を発揮しません。恐らくは封じられているのではないかと…」
 つまり、この中では自分たちの攻撃手段の大半が既に封じられているということになる。罠だったのかという考えが一瞬頭をよぎるが、そんな小細工をする必要も無い連中である。単なる防衛設備の一環かもしれない。
「ふふふ、お利口さんだねシャノワ。そう、君達が戦って勝てる可能性など万に一つも無い。ここではね」
「くっ…」
「折角の機会だ、当主にお会いしたい者は先に行って来たまえ。あの方も君たちに会いたがっていたしな。…魎華、案内して差し上げろ」
「はい」
 ヴァルザックに促されて、魎華が彼らの前に進み出た。
「当主にお会いしたい方は、私について来てください。」
 そう言って返事も聞かずに、さっさと室内を出て行く。一行の中の数人が、複雑な面持ちで彼女の後について行くのだった。

●呪禁師
「何ともあっけない最後だったね」
「所詮、陰陽師などこの程度のものよ」
 自分達の足元に横たわっている老人を足蹴にしながら、妖艶な笑みを浮かべた着物姿の女と、老人の面を被った者が侮蔑の言葉を吐いた。
「復讐完了と。さっさとずらかろうぜ…!」
 紅い髪をした男が、二人にそう呼びかけて部屋のドアを振り向いた時、そのドアが開け放たれた。
 ドアを開けた女は、室内の惨状と初めて見る三人の人間の顔を見て、訝しげな表情を浮かべた。
「貴方達…、何者? 」
「ちっ。見つかっちまったか…」
「お前達は…呪禁師か!? 何でこんなところに! 」
 女に伴われて連れてこられた一行は、見覚えのある顔に驚きの声を発した。陰陽師と敵対する呪禁師。彼らともまた、幾度となく戦ってきた間柄である。
「おやまぁ、こんなところで顔を合わせる事になるなんて奇遇だねぇ」
「大怨か! 」
 大怨と呼ばれた女は、自分の名前を呼んだ薫の顔を見て、
「おや、天宮の坊やじゃないか」
 と朱唇に笑みを浮かべた。
「そこに倒れている奴はまさか…」
「ああ、そうだよ。七条家当主さ。既にくたばってるけどね」
 床に倒れ付した老人、七条家当主であった男は、信じられないといった表情で目を見開き絶命していた。溢れ出した血のせいで、絨毯はどす黒い赤色に染め上げられている。
「殺した所でそれは罪の償いにも何もならないだろう? 傷つけられた者を癒すだけの力にもならない。むしろ命を奪うのは容易い事。七条の犯した罪は死では償いきれない。だからこそ生かして償わせなければ意味がない。殺して全ての苦しみから開放してやるとでもいうつもりか? 」
「いい事言うじゃないか。確かにこいつの罪は死んで償えるほど甘いもんじゃないさ。ただ、生かして苦しみを味あわせてやるほどあたしらは暇じゃないのさ。あんたたちみたいに、まだまだ殺してやらなきゃいけない奴が多いんでね」
 大怨と、その他の二人の呪禁師がくぐもった笑い声を上げる。彼ら呪禁師は、かつて陰陽師に権力闘争で破れ、虐げられた歴史がある。彼らにとって、陰陽師という存在自体が復讐の対象と言っても過言では無い。
「それで、当主を殺したと?」
「そうさ。こいつもうちらの組織の敵だったからね。居場所を探すのに手間どっちまったけど、やっと殺せたよ。まさか、あんたにまで会えるとは思ってなかったけどね」
「大怨! 」
 今まで黙って皆の会話を聞いていた日刀が、大怨に呼びかけた。
「あんたらがこいつを殺した理由は聞かない。復讐は理屈じゃないからな。が…永坂から伝言を聞いた。伝えるぞ『ありがとう…ごめんなさい』それだけだ」
 以前対峙した時から、ずっと伝えたいと思っていた事。大怨が復讐の手伝いをした者の残した最後の言葉。復讐を望んだ彼女が、それを果たした後、一体どのような気持ちであったのか。それは誰にも分からない。
「そうかい、あの子がね…」
 大怨は顔を曇らせて、少し俯いた。復讐を手伝ったことからも、何かしら賛同できるところがあったのだろう。その彼女の最後の言葉は、復讐を果たせた事に対する感謝の気持ちなのか、それとも…。
「貴方たちが怨みを晴らせば、晴らされた者たちがまた怨みを抱く…。このまま復讐を続けていけば憎しみの連鎖が続くばかりですよ」
「……」
 宮小路の言葉に、大怨は押し黙った。宮小路は陰陽師としてではなく、ただの人間として彼女を説得したかった。
「復讐は何も生み出しはしません。憎しみと悲しみを残すだけです…。復讐だけの人生など悲しすぎます。ですから…」
「つけあがるんじゃないよ」
「えっ? 」
「あんたは何様のつもりだい? あんたは虐げられたことがあるのかい?虐げられた者たちの気持ちが分かるとでも? あんたたち陰陽師たちのせいで、他の術師がどれだけ迷惑を被ってきたと思うんだい? 復讐にすがる事でしか生き甲斐が見出せない人間もいるんだよ。世間知らずのお坊ちゃん、それでもあんたは復讐なんて無意味だと言えるかい? 」
 大怨が時折見せていた、悲しみに満ちた表情。そして復讐への念は、虐げられてきた者にしか分からないのかもしれない。宮小路を問い詰める彼女の表情もまた、悲哀に満ちていた。
「所詮、わしらは相容れぬ存在なのだろうよ。どう話し合ってもな…」
 老人の面をつけた男、翁が呟いた。
「お願いです。もう争いは止めてください」
 彼にそう呼びかけたのは神崎美桜であった。この中でも最年長であると思われる翁ならば、話を聞き入れてもらえるのではないかと、一縷の望みを託して説得する。
「檻の外で親戚と見世物のように見ている両親が憎かった。皆、殺したいと思っていないと自分が保てなかった。でも本当は、愛して欲しかった。抱きしめてくれるだけでよかったのに力が制御できなかった。私は亮兄さんに殺されてもいいと思ってます。それが私に出来る償いだから。」
「……」
「翁さんが殺した男性にも肉親がいます。その人も憎んで生きていると思います。憎しみは憎しみを生むだけです。私は、二度とこんな悲しみを生み出したくないんです。お願いです。協力してください。」
「お嬢ちゃんは幸せものじゃのう」
「え? 」
 翁は腰に手をやり、天を仰いだ。満面の笑みを湛えた老人の顔は、しかしどことなく哀愁を感じさせる表情である。
「憎しみを捨て去る事ができるほどの出会いが出来た人間は幸せものじゃ。じゃがの、そういう出会いが出来る者は限られているのもまた世の常。憎しみにしがみつくことでしか、己の悲しみを克服できない者もいるんじゃよ」
「そんな…」
「事実じゃ。自分の尺度だけで人を諭すというのは無理というものじゃ。さりとて、他人の気持ちが分かるはずも無い人間が、他人の気持ちを分かろうとするのも傲慢。さてさて、どうすれば人は分かり合えるのかのう…」
 どこかおどけた口調の中に、神崎の説得に対する拒絶の意味が深く込められていた。人が人と真に分かり合うのは不可能。翁の言葉からは、そのような意味合いが感じ取れた。
「おいおい、翁も大怨も何言ってやがるんだ。こいつらは敵なんだぜ。なら死合うしかねぇじゃねぇか! 」
 紅蓮の髪の男、罵沙羅が声を荒げた。敵となにやらしんみりと話し合っている二人を見て、いささか呆れて始めている。
「お前らと俺達は殺しあう関係でしかないんだよ! 話し合いなんかしたところ無駄だ、え、違うかお前も、そっちのお前もよ」
 巨大な鉄の爪をつけた手で、隼人と、それに日刀を指し示す。
「呪符なんてものは、相手に呪いをかけるもんだし、お前の持っている刀は人を切るためのもんだろうが! そんな奴らが説得だぁ!? 笑わせるんじゃねぇよ」
「違います。私は断じて好きで戦っているわけではありません。大切な人を守りたいから…。それだけです」
「俺が望むのは今日子を救う事だけだ」
「けっ、よくまぁぬけぬけと…。てめぇらからは血の匂いがぷんぷん臭うぜ。それにお前達も戦っている時は顔が活き活きとしてだろうが。結局はお前たちも俺と同じで、戦いにしか生き甲斐を見出せないんだよ! 」
「「違う!! 」」
 罵沙羅の言葉に、隼人と日刀は異口同音に否定した。そんな二人を見て、彼は哄笑を上げる。
「ひゃはははは!! どうあっても否定するつもりかよ。だが、このシチュエーションで俺達をどうする? このまま見逃してくれるってか? そんなことはできやしねぇだろう。なんせ俺達は敵同士なんだからな! 殺しあうしかねぇんだよ」
「残念だけど、あんたたちはここで死んでもらうよ。私たちの大願のためにね」
「抵抗するなとは言わん。好きなだけ抵抗するがいい。生きるためにな」
 呪禁師たちは一行に対して各々の武器を取り出して、構えた。
 どうしても戦うしか無いのか。一行の胸に暗澹たる思いが立ち込める。
 その時、一行をこの場へ案内してきた魎華が何時の間にか姿を消していることに、この場の誰もが気がついていなかった。

●転移
「さて、では何から話し始めようか…」
 ヴァルザックはその太い指を胸の前に組んで、おもむろに口を開いた。一行は全員席に着いている。
「一つ、聞きたい事があるんだけどさ」
「何かな? 」
「私たちに情報をリークしていた人がいるみたいなんだけど、知らない? 」
 かつて、草間興信所等にメールなどの連絡方法で彼ら「会社」の動きを教えてくれた人物がいた。どうやら会社にいるらしき者からの情報であったようだが、この頃、まったく連絡が無かった。
 ここに訪れれば、あるいは接触できるのではと、淡い期待を持ってこの場に赴いた鷲見であったが今のところ何のアプローチも無い。
「ああ、彼の事か…。くっくっく。君の後ろに立っている小林君がそうだよ」
「えっ? 」
 彼女が驚いて後ろを振り向いてみると、そこに立っているのは先ほどの案内人であった。相変らず虚ろな顔つきで彼女の事を見つめている。
「彼は我らと同じ種族であったのだがね。どうも人間に近しい考えを持っているようで、我々の考え方に反対だったようだ。それで妨害工作をしてくれたのだが、今はそれもできん状態だ」
「なんだって? 」
「彼の心を殺した。彼は今、私の操り人形に過ぎんよ」
 ヴァルザックは小林と呼んだ男の顔を見て、嗜虐的な笑みを浮かべた。心底面白くてたまらないと言った表情である。
「あんたは、そうやって自分より弱い者を虐げて来たのかい? 」
「そうだよ。実に面白い遊戯だ。矮小な輩を嬲るというのはね」
 会議室に哄笑が響き渡る。一行の中の幾人かは武器を持つ手に力が入ったが、立ち上がる事はできなかった。一人でも圧倒的な力を誇るものが三人もいるのだ。現状動けば殺されることくらいは誰の頭でも理解できた。
「他に何か聞きたいことはあるかね? 」
「じゃあ、私が質問させてもらいましょうか? 」
 長く白い、優美な足を組んで椅子に座っていた藍愛玲が顎を手に乗せて問うた。
「かまわんよ。何が聞きたい? 」
「東京の結界を壊して、魔界とのゲートが開けば、弱肉強食の理に従い、早々に人間は死滅するでしょう。それが貴方達の望みなの? 」
「ふむ…」
 何本目になるのだろうか、吸い終えた葉巻を灰皿に捨てると、象牙で作られた葉巻入れを空け、ヴァルザックはまた葉巻を取り出した。やるかね? と身振りで藍に薦めたが、彼女は首を横に振り断った。大人びた印象を与える彼女であるが、まだ未成年である。
 彼が葉巻を掴むと、不人が恭しく火を用意し、葉巻に火をつける。やがて葉巻から煙がたなびくが一行の方にはまったく匂いも煙も向っては来なかった。空調設備が働いているらしい。
「というよりは、我々闇の者が本来の居場所を取り戻したいというのが本音なのだがね」
「本来の居場所? 」
「そう、本来の居場所だ。かつて我々はこの世界を席巻していた。総ての存在の頂点に存在し、人は捕食されるだけの矮小な存在でしか無かった。闇に怯え、立ち向かう術も無かった卑猥なる存在。だが、人は数を増やし、知恵をつけ、我らに対抗する術を持った。故に我々はかつて住んでいた場所を追われ、地下奥深くへ逃げ込むしか無くなった。これが魔界の始まりだよ。まぁ、中には地上に残った者たちもいたがね…。ほとんどは狩られたのではないのかな」
 かつて彼ら会社の者たちは、天海僧正が構築したと言われる霊的結界を破壊してきた。鬼門封じと呼ばれる浅草寺、関東を荒らした平将門ゆかりの首塚、兜神社、鎧神社。五色不動の一つ目黒不動。その他にも、数多の死霊が眠るという鈴ヶ森、千住の小塚原跡等も穢され、もはや東京の結界はかなり弱っていた。
 加えて、京都などでは祟徳上皇を始めとする日本の大怨霊までが開放され、その被害は日本全域に及ぶほどとなっている。
「しかし、私たちは待った。愚かな人間が増長し、この地球を弱らせる事を。そして十分にこの地の守りが弱まるのを待ってから、暗黒の地より舞い戻ってきたわけだよ」
「もし貴方たちが生あるものを滅ぼそうとするのなら、私たち植物は最後の一本に至るまで貴方たちを許さない」
 ヴァルザックの話を聞いて、眉をそびやかしたのは着物姿の女性風見藤夜嵐であった。植物という言葉にヴァルザックは嘲笑を浮かべる。
「これは否ことを…。私たちは植物を滅ぼすつもりなど毛頭ない。他の生態系にも干渉するつもりは無い。ただ、闇の者たちの居場所を確保したいだけなのだよ」
「居場所…」
「樹木の精よ。何ゆえ、人などに義理立てする?人は大地を腐らし、水を濁らせ、空気を澱ませ、最後には植物を滅ぼし始めている。これ以上母なる地が穢されるのを、黙って見届けるつもりか? 愚かな人間という存在を無くすことで、この星は美しさを取り戻すのだよ」
 人は生態系の頂点に達したと増長し、山を切り崩し、木を切り出し、動植物たちを絶滅に追いやってきた。地下から石油を掘り出し、黒い煙で大気を汚した。川には油やゴミを垂れ流し、腐臭を放っている。既に何十、いや何百万種も生物が人間という種のせいで絶滅させられた。確かに他の生命から見れば、人間とは何と愚かな生物であろうか。
「植物は地球に最初に生まれた生命であり、後から生まれた動物たちの母親の様なものです。ゆえに全ての動物を愛しています。食べられても切られても、それを許してしまえる」
 風見はそれでも人という存在を信じていた。今、過ちを犯していてもいつかきっとそれに気がつき、正すに違いない。人もこの世界に住む住人なのだから。しかし。
「随分と思い上がった言葉だな、樹木の精よ。お前は総ての植物を代弁できるほどの存在か? 他の植物はどう思っているかな? 少なくとも他の生物が植物するのは生きるためという目的、理由が存在する。だが、愚かなる人間どもは、文明という、自分たちが楽をするためだけに他の生物を虐げて来た。それは許されることではないと思うがね。君には聞こえないのか? この星の嘆きと苦しみに満ちた慟哭が。このまま人間の好き勝手に振舞わせておけば、やがてこの地は滅ぶよ。私はそれを愁いているのだ」
「それが貴方の望み…?」
 ヴァルザックの考えを聞いた巳主神は、彼に問うた。
「その通りだ」
「そう…、脆弱で…人の心は喧騒と闇に呑み込まれ真の音…真の光を見聞く事が適わぬ…この世界で起きる…様々な闘争…。勝つ為には戦わねばね。今まで私が人と共に赴いて来たのは人の世に私自身、依存しているのが事実だから。お手伝いしてきた迄。でもいつでも人の世など去る事はできる…」
 彼女自身、人では無い。六百年を生きる蛇の化身。むしろその本性はヴァルザック等に近いと言える。
「私は別にどちらでもかまわないわ…。存在できればいいのだから。ただ貴方を思って…」
「私と一緒に来るかね? 人などという存在と一緒にいるよりずっと居心地が良いと思うが」
「さぁ、考えておきましょうか…」
 彼女は否定とも肯定とも取れる、不思議な笑みを浮かべるのだった。これまでは人間と行動をしてきたが、別にいつまでも人間という存在に縛られる必要は無い。自分の言葉どおり、単に人の世に自分がいただけで、人の世だけが総てでは無い。
「不人…、やっぱり私は貴方と一緒にいたい」
「今の社長のお言葉を聞いてそれでも? 」
「ええ」
「ほう…」
 きっぱりと肯定の返事を返した氷無月亜衣に、不人は珍しいものを見つめるかのように、目を細めた。
「まったく君は面白いね。自分たちを滅ぼすと言っている種族と一緒にいたいなんて…。正気かね? 」
「分からないわ。狂っているのかもしれない。だけど…」
 氷無月は一行に振り返ると、
「私のしていることは人間に対する裏切りかもしれない。だけど・・・赦しは乞わない、救いなど求めない。私は自分の想いに逆らえない。みんなと敵対することになっても、私は不人とともにいる。後悔は、しないわ」
 堂々と敵対宣言をおこなうのだった。今までも、彼女は不人に協力してきたふしがあるため、特に驚く人間はいなかった。自分で選んだ道である以上、誰が何を言ったところで無駄であろう。
「だが、残念ながら私たちは次のステージに赴くことになっていてね。どうしても会いたいというのなら、そこまで付いて来ることだ」
「次のステージ? 前にも言っていましたね。一体何処なんですか、そこは? 」
 都築の問いかけに、不人は冷笑を持って答えた。
「ふっ。それは…」
「社長…」
 その時、先ほどまで七条家当主に会いたい者を隣の部屋に案内していた魎華が、何時の間にかヴァルザックの隣に控えていた。彼女は彼の耳に顔を寄せると、何事か呟いた。
「ほう、なるほどな…。手間が省けたな」
 パチン。
 ヴァルザックはやおら席が立ち上がると、指を鳴らした。
 すると、時空が歪み、辺りが闇に包まれた。
 あっけにとられる一同の前に、その闇が晴れるとまったく違う光景が広がっていた。
 何百人も収容できそうな巨大なホールには、スーツ姿の男たちで埋め尽くされていた。しかし、様子がおかしい。彼らの体は皆、異様な形に折れ曲がり、中には床に倒れ付している者もいる。そして、床は満面の血に深紅に染め上げられていた。一行は一段高く設けられたステージの上より、その光景を呆然と眺めていた。
「こ、これは一体…?」
「なんなんだ、こりゃ!?」
 見れば、呪禁師の者たちや、隣の部屋に言っていた者までいるではないか。皆ヴァルザックの強制転送により、この場に連れ込まれたらしい。
「時は至れり。我らを戒めていた結界は崩壊し、残るはかの地の同属を解き放つのみ」
「道は血によって清められた」
「総ては闇に帰す定め…」
「何人もその定めより逃れることあたわじ」
 ヴァルザックが、不人が、魎華が、そしてリシェルが謳うように宣言する。その声に応えるように血は紅く輝き、意思を持ったかのように、床に何かの紋章らしきものを描き始める。
「何をするつもりだ!? 」
「我らが元いた世界に帰還するのだよ。ねじまがった空間を修正してね」
 ヴァルザックの瞳も、血と同じ深紅の輝きに染まる。
「人よ、せいぜい安寧な日々を満喫するがいい。我らがこの地に舞い戻る時、この世は終わりを告げる。その時こそ我は真の名を取り戻し、この世に滅びをもたらすのだ。人よ崇めよ。怖れよ。我が名を! 我が名は…」
 次の一言が、静まりかえったホールに響き渡った。
「蚩尤」
 呪が発動し、ステージの壁に黒い空間が口を開く。会社の者たちと、そして呪禁師の者たちがその空間に飲み込まれている。
 そしてその空間に、一行以外の全員が消えると、何事も無かったかのようにその扉は閉じるのだった。
 彼らは一体どこへ消えたのであろうか…。
  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
    (あまなぎ・なでしこ)
0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
    (みやこうじ・こうき)
0425/日刀・静/男/19/魔物排除組織ニコニコ清掃社員
    (ひがたな・しずか)
0376/巳主神・冴那/女/600/ペットショップオーナー
    (みすがみ・さえな)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女(高校生)
    (ひなづき・あい)
0716/藍・愛玲/女/18/大学生(専攻は建築学)
    (らん・あいりん)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0622/都築・亮一/男/24/退魔師
    (つづき・りょういち)
0116/不知火・響/女/28/臨時教師(保健室勤務)
    (しらぬい・ひびき)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0485/風見・藤夜嵐/女/946/萬屋 隅田川出張所
    (かざみ・とうやらん)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0331/雨宮・隼人/男/29/陰陽師
    (あまみや・はやと)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 大変お待たせいたしました。
 終わりの始まりをお届けいたします。
 長かった死霊、理想郷、陰陽師狩りのシリーズの第一部がこれで終了しました。
 これからは、舞台を変えて第二部が開始されます。
 その舞台とは一体どこなのか…。大半の方はお気がつきと思われるあの場所で、次のストーリが繰り広げられます。
 さらに熾烈を極める第二部をお楽しみいただければと思います。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ反映させていただきたいと思います。
 それでは、また別の依頼でお目にかかれることを祈って…。