コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ポータブル・デビル

------<オープニング>--------------------------------------

=============================================================

現在、若者の間で「携帯電話にとりつく鬼」という噂が広まっている。
私の独自の調査によると、鬼にとりつかれると以上のような症状が出る。
1. 携帯の不具合(雑音が入りやすくなる、メールの配信時間が狂うなど)
2. 不運に見舞われる。怪我、落とし物、盗みにあうなど。この時期に、呪いのメールなどが届くようになる。
大抵この段階までで携帯を解約する者が多い。一度とりつくと、携帯会社を変えない限り鬼はついて回ると言われている。
 噂では、呪いのメールの次には呪いの電話が「友達などの番号表示」でかかってくるようになる。呪いの電話を一定回数取ると呪い殺される。

=============================================================


 持ち込まれた企画資料をぱらぱらとめくり、碇はそれをデスクの上に戻した。
「何カ所くらいに持ち込んだの、これ」
 デスクの前に立っている、大柄な男性に声をかける。ぼさぼさの長い髪に、がっしりとした巨躯。顔のパーツが全て大きく、特徴があるので覚えやすい。
 北城というフリーのライターである。碇のところに、よく企画を持ち込んでくる男だ。顔が広く、見た目に反して仕事は堅実。信頼出来る男だった。
「ここが一社目だ」
 北城は答え、ぐいと大きな顔を碇に近づける。
「オレの知り合いからの密かな情報もある。ある携帯会社が、他社携帯を使えなくする極秘プランを一年くらい前から進めてたって話だ」
「時期が丁度いいというわけね」
 碇は赤いボールペンを取り、企画書の上にさっと「採用」の文字を書いた。
「同行者をこちらで用意するわ。面白いネタなら、特集を組むことも考える。もうじきなのよね、会議が。時間はないけど」
「何とか会議までにしっぽをつかんでくるさ」
「アテにしてるわ」
 ぽんぽんと碇は北城の肩を叩いた。
 東京都新宿区――早稲田。
 営団地下鉄早稲田駅に程近い公園である。細長い公園の上には小さな神社がある。
 古びた遊具の上に、白装束の男が立っていた。
 狩衣に似ているが、それよりもかなり袖の長い上着をまとっている。下は白袴と足袋。骨組だけで作った、円形の遊具の頂点に立っている。
 相模牡丹は、握りしめていた粘土色の生き物を放りだす。
 二本の角を生やした異形が、大地の叩きつけられてギギッと鳴いた。
 痩せこけた手足の先には尖ったかぎ爪が生えている。口は耳まで大きく裂け、鋭い牙が並んでいる。
 子猫ほどの大きさの鬼であった。
 ここ一年ほど、「携帯に鬼が取り憑く」という噂が流れている。牡丹が高校に入学する少し前からだ。
 鬼が取り憑くと、携帯に不具合が起きる。これが初期症状だ。それを放置しておくと、今度は奇妙なメールが届くようになる。発信者やタイトルの部分に、「呪」「死」「恨」などの文字が並んだメール。
 このメールが届く頃、甲高い何かの笑い声が聞こえてくる謎の電話がかかってくる。
 呪いのメールと電話が一定回数を越えると、携帯電話にとりついていた鬼が具現化し、持ち主の頭を食ってしまうというのが噂の内容だ。
 牡丹は、これをただの怪談系都市伝説だと思っていた。どうせ根も葉もない噂話だろうと思っていたのだ。
 今日の夕方まで。
 クラスメートが一人、「呪いのメールが来るんだ」と騒いでいたのである。すでに牡丹が知っているだけでも六人が、そう言って携帯を変えていた。彼の場合少し違ったのは、非常に金欠であり、携帯電話を買いかえる金がなかったということだ。
 授業中に、彼の携帯電話にメールが届いた。その瞬間、彼の肩に鬼が見えたのである。
 隙を見て鬼を捕らえ、牡丹は術を掛けた。鬼に掛けられていた目くらましの術を頼りに、この鬼を操っている者を見つけようと考えたのだ。
 牡丹が人気のない場所を選んでここへやってくると、先客がいた。
 それが、この男である。
「我の鬼をいじめるのは、お前か」
 遊具の上に立ったまま、男が問う。
 生臭さが辺りに充満している。野の獣の気配だ。
「やっぱりお前が親玉なんだな」
「主と言え」
 男が遊具から飛び降りる。ふわりと着地した。
 髪に巻きつけた鈴が、しゃらりと鳴る。
「こういうふざけた真似は、辞めて貰おうか」
 牡丹は学生鞄の中から数珠を取り出す。
「はっ!」
 腕に巻き付け、ぱんと掌を打ち合わせる。
 男が跳躍した。
 牡丹の数珠がきらめくたび、男が場所を変える。それもほんの少しだけだ。
 見切られている。
 細い瞳と薄い唇が、牡丹を嘲笑っていた。
「中中やるな小僧。だが、それでは我ではなく」
 男がザッと足袋で足下の砂を巻き上げる。
「この鬼程度の相手が丁度良かろう」
 土埃の中から、小さな鬼が大量にあふれ出した。
 どれも粘土色の肌をした、野卑な小鬼だ。だが、数が多い。
 わらわらと牡丹の足下に群がり、膝や腕に飛びついてくる。
 牡丹は数珠を払い、鬼を打ち壊した。
 数珠で殴られた鬼は、ばらばらと砂のように崩れる。泥人形か何かなのだろう。
「それ」
 男が袖を振るう。
 牡丹の周囲を、青白い鬼火が囲んだ。ぐるぐると高速で回りながら、牡丹の回りで増殖する。
 そちらに気を取られた隙を狙って、鬼が牡丹に殺到した。
 足をすくわれ、公園の地べたに転がる。
「ははははははははは!」
 男が哄笑する。
「おのれの分をわきまえるとよいぞ」
 濃密な生臭さが、一瞬だけ更に濃くなる。
 突風が吹きすぎたように、臭いが消えた。
「くそ」
 鬼に手足を噛みつかれながら、牡丹は身体を起こす。
「ふんっ」
 気合い一声。
 数珠から細かな雷が走り、牡丹の身体にまとわりついていた鬼をことごとく打ちのめす。
 灰色の砂を払いのけ、立ち上がった。
 掌に収まるほどの小さな鬼が一匹、ばたばたと後じさる。一匹だけ残したのだ。
 これぐらいなら、持ち運べる。
 牡丹は鬼を捕まえ、弁当袋の中に押し込んだ。
 指先で結び目を叩き、封印する。
 弁当袋の中で鬼が大人しくなった。
「ちっ」
 ばさばさと汚れた制服を払う。
「明日学校が終わったらまた見つけ出してやるぜ、狐の野郎め」
 学校には、しっかり行くつもりのようだ。

 
×


 JR「新宿駅」の南口を抜けると、強い日差しが降り注いでくる。
 土曜日の午後とあって、人通りは激しい。正面の道を車がのろのろと走っている。その向こうには、新宿新南口を抱くタイムズスクエアビルが見えた。
 左に曲がり、Flagsビル前の広場へ出る。幅の広い階段の両脇にはエスカレータがあり、人々が入り乱れて上り下りしている。
 ビルのオーロラビジョンには、13時半と表示されていた。
 牡丹は学生鞄の中から紙袋を取り出す。茶色い紙袋の上の部分をねじってあるだけだが、開く気配はない。しかし、中で何かがごそごそと動いていた。
 昨日の鬼である。
 牡丹はねじってある口の部分を指先で弾き、袋ごと階段へと投げ落とした。
 階段の途中でバウンドし、ばさばさと転がって紙袋は一番下まで落ちる。
 解けた口から、鬼が顔を出した。
 早足で歩いてきた女性が、バッと紙袋を蹴り上げる。気に掛けた風もなく、エスカレータへ向かっていく。
 牡丹の左目さえたやすく欺く目くらましは、あの鬼には掛かっていない。だが、やはり一般の者から見えない程度の力は鬼自体にもあるようだった。
 式鬼にするにしても、最低レベルといっていい。少し腕に自信のある術者ならば、恥じて使わない程度のものだ。
 だが、と牡丹は学生鞄の上から得物の木剣を押さえる。
 昨日のように大量に操るにはかなりの技量がいる。それをやすやすとやってのけたあの男――。捨て置くわけにはいかない。
 どうせ、ああいうタイプの妖怪が考えるのは人間に仇をなすことばかりなのだ。
 牡丹はズボンのポケットに手を突っ込む。数珠を握った。
 鬼が、ぴんと背を伸ばして立ち上がる。
 走り出した。
 鬼の首筋に、牡丹の追跡の「糸」が絡まっている。この数珠から伸びるものだ。
 牡丹は鬼を追って階段を駆け下りた。
 
 悲鳴が、響き渡った。
 
×

 階段を一気に飛び降りて、牡丹は愕然とする。
 鬼が――いる。
「きゃああー!」
 すぐ横で女性の悲鳴が上がった。
 彼女の腕に、小さな鬼が食らいついている。ハンドバックの中から、小指ほどの大きさの小鬼が飛び出し、彼女に襲いかかっているのだ。
 目くらましが――解かれた?
 何故だ。
 あたりは、灰色に染め上げられようとしていた。
 殆どの者の鞄や上着の中から、鬼が出てきている。鋭い牙をがちがちと鳴らし、近くにいる人間に手当たり次第に噛みついている。
「うわあっ」
 目にかぎ爪を突っ込まれ、男性が呻いた。
 牡丹の隙をつき、囮の鬼が追跡の糸を断ち切る。
「くそっ」
 牡丹は鞄の中から木剣を取りだし、側にいる鬼を切り捨てた。
 追う。
「すまない」
 胸の中でわびる。
 これだけの数の鬼を、一人では相手に出来ない。
 親玉を倒した方が、早い。
 
×

 タイムズスクエアビルの前を通り、場違いに古い旅館の前を折れる。
 鬼が、もの凄いスピードで道を走っていく。牡丹を振り切るつもりなのだ。
「させるか」
 牡丹は身を低くして駆け抜ける。
 この道にも、鬼が溢れていた。
「ギギイッ!」
 鬼が甲高い声を上げる。
 巨大な神社が――あった。
 立派な門構えである。新宿の駅前にこんなものがあること自体奇妙に思える。だが、その奥にはきちんと砂利を敷いた敷地が広がっているようだった。
 ただ、門の前には扇形のバリケードが築かれている。
 生臭い臭気が鼻孔をくすぐる。
 昨夜の男が、門の中に飛び込んだ。
 消える。
 その後ろから、赤毛の男が走ってくる。鬼を手で払い除けながら、バリケードに近づく。
 飛び越える。
 消えた。
 続いて、大柄な男もバリケードを越える。
 男が消えた後、轟音を建てて門が揺れる。
 牡丹は門に駆け寄った。
 強力な結界が張られている。
 木剣で軽く突いてみる。びくともしない。
「くそ」
 吐き捨てる。
 どぉんと地響きがした。
 
×

 巨大な鬼が、道をふさいでいた。
 腕には棍棒を握り、頭の上に赤い浴衣を纏った少女を乗せている。
 生臭い臭いが鼻につく。まだらの耳と、二色に分かれた尾を持っている。
「あっちは化けネコか」
 ふぅ、と牡丹はため息をつく。
 木剣を振るった。
「何か知ってそうだな」

 ネコ娘が、誰かに向かって甲高い声を張り上げている。
 鬼が棍棒を振るう。鬼の影で見えないが、誰かを襲っているようだ。
 牡丹は跳躍して鬼に近づき――
 着地と同時に、木刀を横に払った。
「グゥォォオオオォーーン!」
 鬼が絶叫する。
 膝を折った。
「きゃあーっ!」
 少女が転げ落ちる。
 真っ二つに断ち割られた鬼の向こうに、高校の制服を着た少年が立っていた。
 髪を短く刈り込んでいる。よく日焼けしていた。学年は牡丹と同じくらいだろう。
 その後ろに、眼鏡を掛けた弱腰の男が立っている。こちらはスーツ姿だった。
「化けネコ」
 牡丹は砂と化した巨大鬼の残骸の中に一歩踏み入る。化けネコがぴょこんと立ち上がった。
 昨夜の男の臭いがする。眷属か。
「あっちの神社に結界が張ってある。お前の主人だろ」
「そ、そうだよーっ!」
 少女が震えながらも胸を張る。
 牡丹は不機嫌に目を細めた。
 低俗な者ばかり、選んで回りにおいているのだろうか。この化けネコはまだ齢30といったところだ。運良くか悪くか、変化してしまっただけの雑魚である。
「あれは俺には破れねえ。お前、何とか出来るな」
 牡丹は顎をしゃくる。門を示した。
「出来ないよっ! 出来るわけないじゃんっ」
 それもそうだ。
「お前じゃムリそうだ」
 ため息をつく。
 少女がフーッと唸った。
「弱くなんてないよっ!」
「なら、やってみるか」
 木剣の切っ先を向ける。
 その間に、制服姿の少年が割って入った。
「弱いものいじめは、カッコ悪いっスよ」
 木剣を押しのける。
 牡丹は少年を睨んだ。
「そのネコは、今この惨事を起こしてるヤツの下僕だぞ」
「だからって、弱い者いじめしていいってコトには、ならないッスよ」
 ふん、と牡丹は鼻を鳴らす。
 それもそうなのだが。

 少年と牡丹の足下で、灰色の砂がうごめいていた。
 砂は次第に固まり、集まってゆく。

「龍之介君!」

 男の声が響くのと、牡丹と少年が高々と持ち上げられるのが同時だった。
 
 ×
 
 ぐるりと世界が反転する。
 復活した鬼が、牡丹と少年を掴んで持ち上げたのだ。
「か、庇ってあげたのに」
 少年が隣でため息をつく。余裕があるようだ。
「所詮は魔物だ」
 牡丹は目を閉じた。殺してやった方が、あの化けネコのためかも知れない。
 人に仇なす前に。
 牡丹は木剣を振るった。
 
 少年の身体が宙に舞う。鬼の頭部めがけて飛び降りたのだ。
 牡丹は木剣を構え治す。
 鬼の右肩から左の腰までを袈裟懸けに斬った。
 
「ぶええっ!」
 灰色の砂埃にまみれ、少年がぺっぺっとつばを吐いた。
「うわっ、口入った! 大丈夫なんスかねえぇ!?」
 うええと悲鳴を上げている。
 土埃が晴れたところには、化けネコが一人で立ちつくしていた。
 化けネコが、門を見ていた。
 門の奥の空間が、黒くねじれている。
 引き裂けた。
 突風が道を吹き抜ける。
「稲荷様ぁっ!!」
 化けネコの悲鳴が響いた。
 
×

 牡丹は紙袋を抱え、校内を散策していた。
 あちこちに、小鬼がいる。まだあまり育っておらずネズミ程度の大きさのものから、子犬くらいまでに育ったものまでだ。
 目くらましに慣れ、左目は鬼の姿を的確に見て取ることが出来る。
 桐の針を紙袋から取り出し、投げた。
 鬼の頭に針が突き刺さる。
 鬼が砕けた。
 牡丹はため息をつく。
 学校の生徒の約半数に、鬼が取り憑いているのだ。駆除するには何日かかるやら。

 紙袋の中には、桐で出来た針と一緒に月刊誌「アトラス」が入っている。
 『携帯鬼は実在した! 君は新宿の悪夢を見たか』
 というおどろおどろしい文字が表紙に印刷されていた。興味半分に手に取ってみると、なんと記事を書いたのは門の中に入っていったあの男達だったようだ。
 金髪に白装束の、あの男の写真が載っている。胸のあたりに「WANTED!」という文字が印刷されていた。
 やっぱり、探して殺した方が早いかも知れない。
 また桐の針を投げ、牡丹は苦笑いした。
 

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0788 / 相模・牡丹 / 男性 / 17 / 高校生修法師
 0218 / 湖影・龍之助 / 男性 / 17 / 高校生
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター
 
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 大変時間が掛かってしまいました。
 ポータブル・デビルをお届け致します。
 書き直すこと3度余りという力作?ですので、楽しんで頂けたならば光栄です。
 今回は大きく三つに舞台が分かれていますので、他の方の分も読んで頂くと、この新宿携帯鬼騒動の全貌が明らかになります。

 相模牡丹さん
 アトラス編集部との絡みがプレイングになかったので、参加PC全員の名前が判らないという状況になってしまいましたが、「突如脇から現れた強くカッコイイ謎の高校生」という扱いにしてみました。
 是非、ここで登場している「湖影龍之介」さん編も目を通してみて下さい。他人から見た牡丹さんの戦闘シーンが読めます。
 ご意見ご感想などありましたら、テラコン・メールにてよろしくお願い致します。
 お待ちしております。