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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


エンドレス・ワルツ

 引き合わされた依頼人に、神無月征司郎はぺこりと頭を下げた。
 依頼人もおずおずと首を傾ける。椅子に座って征司郎を見上げる形なので、妙な格好だ。
 草間に促されて、征司郎は依頼人の正面に座ることになった。
「こちら、元木裕次郎さん。今回の任務の依頼人だ」
 草間は元木氏を紹介する。
「そんで、こちらは神無月征司郎。当所のエージェントです」
「よろしくお願いします」
「さて。それでは今回の依頼のあらましを、私が纏めさせてもらいました。間違っていたら、元木さん訂正をお願いします。質問があったら、神無月くんよろしく」

 元木裕次郎氏は、もう10回以上も同じ「6月20日」を経験しているという。
 朝、目が覚めると6月20日の決まった時間という事が繰り返されているのだ。そして、途中までは気づかずに出社したりもする。しかしふと気づくのだという。おかしい、これは昨日もやったハズだと。
 そんな事が何回か繰り返された後、元木氏は自分の部屋を荒らしてみた。しかし、部屋は翌日には元通りになっていたのだという。荒らした記憶はあるのに、部屋は変わらない。
 日記やメモを書いておいても、それは次回には消滅してしまうのだという。
 それを繰り返し、元木氏はすっかり疲弊しきってしまったのだという。
「私はもう、6月21日にはいけないんでしょうか……」
「それは、絶対に思い違いとかではないですよね?」
 ぐったりと呟いた元木氏に、征司郎はにこにこと問いかける。
「違います」
 それから、ため息をつく。
「この質問に答えるのも三度目だ。三度目の初顔合わせというのも、疲れるものですね」
「草間興信所にいらっしゃったのも三度目」
「ええ。草間さんがこれから提示する金額を言い当てても構いません」
 手元の電卓に目をやっていた草間が、ギョッと顔を上げる。
「はあ、ちなみに」
 電卓を差し出す。
 元木氏はそれを受け取り、ぱちぱちと叩いた。
「どうぞ」
「……げ」
 草間は呟き、征司郎の肩をちょいと叩いた。
「本物っぽいな」
「本物だから引き受けたんじゃないんですか」
「いや。依頼は何でも受けるのが興信所のモットーだ」
「そうですか」
 ふむ、と征司郎は頷く。
「僕なりに考えたのですが。元木さんが繰り返しているのは、今日6月20日であるということだけで、全く同じ出来事の繰り返しというわけではないんですね」
「違います。全く同じ出来事を繰り返してしまうなら、そもそもここへはこれないでしょう」
「ああ、そうですね。でも、6月20日に何が起こるかは全てご存じなわけだ。例えば、今日ニュースでやるものとか、テレビ番組の内容、事件など」
「そうです。あ、あと2分で、ここの事務員さん――シュラインさんとおっしゃったかな。戻ってくるハズです」
 草間が顎をさすった。どうやら、常駐事務員であるシュライン・エマ嬢の事を依頼人に告げた覚えがないらしい。
「所長ー、コーヒー買ってきましたよ」
 丁度二分後、がちゃりとドアが開かれる。紙袋を抱えたシュラインが所内に入ってくる。「あら、依頼人さんですか?」
 首を傾げて元木氏を見やる。
「おかえりなさい、シュラインさん」
「は?」
 シュラインはぽかんと口を開けた。
「え、なんですか? 予知能力者」
「違う。いいから、その新しい豆でコーヒーを煎れてくれ」
 草間はとまどっている様子のシュラインを奥へと押しやる。
 応接セットの椅子に座り込み、足を組んだ。
「まいったな。どうして彼女が出ていたか判りますか」
「ええ。朝、草間さんがコーヒー豆をひっくり返してしまったので、行きつけのお店までおつかいに行ってきた――んでしたよね」
 ぴしゃりと草間は額を叩いた。
「ご名答です」
「はは、面白いですね」
 征司郎は笑い、それから元木氏に視線を戻した。
 くたびれた中年というイメージを全身で体現しているような男性である。鳥のように痩せており、額は少し禿げかかかっている。髪には白いものが多く、着ているワイシャツもよれよれだった。
「すごくつまらなく聞こえるかも知れませんが」
 征司郎はふと思いついた事を告げてみる。
「あんまり深刻に悩まずに、毎日違うことをしてみるというのも一部分では解決であるように思われます。と、この提案は何度目ですか?」
「初めてです」
「そうですか。初めてのことも沢山あるんですよね」
「ええ。でも、誤解をしないでほしいんです」
 征司郎の提案に興味を示した様子を見せたが、すぐに元木氏は暗い顔に戻ってしまう。
「私には、決まった6月20日があります。今、11時ですね。この時間、私は本来会社にいて、ジェネラルコンテンツという会社からのお客さんに対応している時間なんです。今ここではお見せ出来ませんが、居眠りなどしてしまったとしましょう。今。
 ハッと気づくと、私はジェネラルコンテンツさんからのお客様に応対しているんです。つい先頃まで話していたあなた達などは知らなかったように」
「気を抜くと、定められた6月20日に引き戻されると」
「ええ」
 頷いて、元木氏はぶるぶると首を振った。
「一度、私のデスクの番号に電話をしてみた事があります。電話は繋がりませんでした。無音です。決まった流れの中に、私の名を語る妙な電話なんて、かかってこないんですから」
 ああっと元木氏は呻く。
「私は、私はどうしてしまったんでしょうか」

×

 征司郎は元木氏を自分の経営する店に連れて行った。
 喫茶店「Moon−Garden」は、征司郎の住居も兼ねている。小さいが、瀟洒な印象を与える自慢の喫茶店だ。
 親から引き継いでこの方、手入れを怠ったことがない。
「綺麗なお店ですね」
「ありがとうございます。ではどうぞ」
 征司郎は「臨時休業」の札の掛かったドアを開いた。元木氏を招き入れる。
「いろいろお話をしながら、二人でここで夜明かしをしてみませんか」
 臨時休業の札は外さない。照明の電源を入れ、カウンターへ元木氏を座らせた。
「何がいいですか」
「では、コーヒーを」
「各種取りそろえていますけど」
「ええと……ああ、コーヒーの銘柄なんて判らないんです。あまり高くないもので」
「おごりですよ」
 征司郎はくすくす笑い、棚から豆を取り出した。手動のコーヒーミルに入れ、挽く。
 コーヒーの匂いが緊張を解きほぐしたらしい。
 元木氏は肩から力を抜き、ゆったりとカウンターにもたれかかった。
「昨日――いえ、6月19日のことは覚えていますか」
「まあ、少しは」
「何か、こういう事が起きるだろう特別な事とかなかったですか」
「特別な事なんて、ここ数年縁がない」
 元木氏は苦笑する。
「何年も前に、妻に捨てられましてね。私が女を作ったのが原因です。ようやっと建てたマイホームも子供も、何もかも奪われてしまいました。それから、会社も替えて平凡な毎日ですよ。こういう事でなくても、毎日は似たり寄ったりです」
 もしかしたら、今のように色々試している方が刺激的かもしれない。元木氏は苦笑した。
「世の中は、思っているより広かったですか」
「そうですね。興信所になど足を踏み入れたりしなかったでしょうし、会社をさぼって喫茶店に入ることもなかったでしょう。実際、豆を挽くのさえ今初めて見ています」
 元木氏はもう一度ため息をついた。
「これは、明日を想像する事を忘れていた私にあたったバチなんでしょうかね」
「そんなことを言ったら、かなりの人数が同じ日のバチにあたらないといけないでしょうねえ」
 暫く黙って豆を挽き、ゆっくりとドリップしてコーヒーを煎れる。
 元木氏の前にそれを置き、ゆっくり微笑んだ。
「どうぞ。美味しいですよ」
「ありがとうございます」
 元木氏はカップを手に取り、ブラックのまま口に運んだ。
「これはいい匂いだ」
 ゆっくりとすする。
「じゃあ、思い出話でもして、一日を過ごしましょう。これはこれで、贅沢な使い方だと思いますよ」

×

 元木氏の話を聞きながら、征司郎はやはりこれでいいのではないだろうかという思いを強くする。
 昔の、本人が平凡だと愚痴った毎日を語るよりも、ループする6月20日について語る彼の方が明らかに健康的なのである。明るいと言ってもいいだろう。
 これを明日へと連れて行くことに意味があるのかどうか。
 征司郎はどうしても考えてしまう。
 壁掛け時計が鳴る。もう9時であった。
「この時間、いつもならもう布団にはいるのです」
「え、随分早いですね」
「テレビを見る以外に、やることもない部屋ですから」
 苦笑して言い、元木氏は手元の紅茶に目を落とした。
 どうせならと、人気のコーヒー紅茶を飲み比べて貰っているのである。
「今は思います。どうして、テレビと眠ることで時間を使ってしまっていたのか。ちょっと夜の散歩でもすれば、新しい発見は沢山あったのに」
「今夜、6月21日に進めたら、それをやればいいんですよ」
 征司郎は頷く。コーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れた。
「本当に、行けるんでしょうか。『明日』に」
 元木氏が呟く。
「行けますよ」
 うんうんと征司郎は頷いた。
「ちょっと失礼。奥へ行ってきます。テレビでも見ていて下さい」
 店の中に置かれていたテレビの電源を入れる。ニュースがやっていた。
 征司郎は手洗いに、奥へ行く。まだ先は長いのだ。
 ううんと伸びをした。
 
×

 元木裕次郎はテレビ画面を見ていた。
 東京都のローカルなニュースを伝える時間らしい。うまい紅茶をすすりながら、画面の端に表示された時計を睨む。
『……に。昨夜……19日……市の路上で……50代後半くらいの男性の……ひき逃げ……身元の確認を……目撃者は不明……』
 耳に入ってきた断片的な言葉に、裕次郎はガタッとカウンターから立ち上がった。
 何市と言った。今。
 画面の右下に出ていたテロップが、視界の隅に残っている。三鷹市――確かにそう見えた。
――19日に、何か変わったことがありませんでしたか。
 神無月の声がよみがえる。
 裕次郎はぶるぶると震え、もう一度椅子に座り直した。
 50代後半の男性。裕次郎は今年で58になる。身元は確認中。
 違う。
 何か、思い出してはいけないことを思い出しかけている気がする。
 裕次郎はぶるぶると首を振った。
 あれが自分である、はずが――ない。
 
×

 征司郎が奥から戻ると、元木氏は紅茶をがぶりと飲んでいるところだった。
「火傷しますよ」
「あ、いえ。平気でしたよ」
 元木氏の手がカウンターの上でサッと動く。
 何かを、掌の中に隠した。
 征司郎は内心で首を傾げる。
 気づかなかったふりをして、元木氏の隣に座った。
「神無月さん」
 元木氏がカウンターの向こうを見ながら、呟いた。
「ちょっと、判ってしまったんです」
「原因ですか?」
「いいえ」
 ゆっくりと元木氏は首を振った。
「このままで、いいんだって事を――です」
 元木の瞳がうつろになる。
 小さく欠伸をした。
 目を閉じる。
「元木さん!」
 肩を掴もうとした征司郎の手が、それをすり抜ける。
 元木裕次郎はゆっくりと薄れ、消えた。
 掌の中に隠されていた、何かの錠剤のケースが一瞬だけ見えた。
 
×

 元木裕次郎は、細い路地を歩いていた。
 夜トイレに起きたら、明かりがつかなかったのだ。前々から明滅を繰り返していた蛍光灯の寿命が来たらしい。
 朝までこの状態でもいいが、帰りに蛍光灯を買い忘れたら面倒だ。どうせ起きてしまったのだ。裏道を通ればコンビニエンスストアまでは片道5分。買いに行こう。
 そう思って部屋を出てきたのだが、やはり眠い。
 ぼうっとしながら道を歩いていると、黄色い小型乗用車が隣を走っていった。開かれた窓から、聞いたことのある歌が大音量で流れている。店に入れば必ずといっていいほどかかっている。女性の歌だ。
 裕次郎は眉を顰めた。うるさい。
 車はかなりのスピードを出している。と。
 ウィンカーも出さずに、角を曲がろうとする。
 電柱の影から、女性がふっと飛び出してきた。
 
 脳裏に、見知らぬ男性の顔が浮かぶ。
――このままで、いいんですよ。

 裕次郎は内心で呟く。
 女性を助けようと、路地を走った。

×

 翌日、興信所を訪れた征司郎を、草間が仏頂面で迎えた。
「昨日の依頼人だが、おとといの夜に亡くなっていた」
「幽霊だったんですね」
 征司郎はあっさりと頷く。草間が目を丸くした。
「気づいていたのか」
「逃げられる、直前にでしたけど」
 ふわぁと欠伸をする。
「おかげで、手に入ったのは前金だけだ。ほら」
 草間は封筒を差し出す。
 左下に「草間興信所」と印刷されている。現金で報酬が支払われる時に使われる封筒だった。
「報酬分だ。これで前金がパァ」
 ため息をつく。
「ありがたく頂いておきます」
 にっこり笑い、征司郎は草間の手から封筒をもぎ取った。
 こんこんと興信所のドアが叩かれたのは、その時であった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0489 / 神無月・征司郎 / 男性 / 26 / 自営業

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、和泉基浦です。
 依頼・エンドレスワルツをお届けします。
 今回はループ物ということで、ループをどう断ち切るかがポイントでした。
 つかみ所のない依頼だったのか皆様悩んだプレイングが目立ちました〔笑〕
 それぞれのプレイングを踏まえてこうしたらラストとなりました。
 いかがでしたでしょうか。
 要望・苦情等がございましたらお気軽にテラコンよりご連絡ください。

 征四郎様こんにちは。依頼人に何が起こったのか、断片的ですのでわかりにくいかもしれません。
 他の方のノベルもご一読していただけると幸いです。
 日刀静様のノベルが一番わかりやすいかもしれません。

 またご一緒できることを楽しみにしております。  基浦。