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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


エンドレス・ワルツ

 草間の声で、須賀原紫は横を向いた。
 店の常連客である草間の事務所へ興味本位に遊びに来たのである。草間興信所の常駐事務員であるシュライン・エマ嬢が正面に座っている。お茶を出したついでに、所長の手が空くまでの話し相手を務めてくれていたのだ。
 急な仕事の依頼で、草間はすぐ隣にある応接セットに座っている。顎をひねりながら、手元のファイルをぱらぱらとめくっている。
 紫は、先ほど入ってきた依頼人らしき中年男性を見やった。
 眉を顰める。
 妙なオーラを纏っているのだ。
 依頼人の男性は、50を少し越えたばかりに見える。猫背気味で、せわしなくネクタイに触れている。緊張をしているのか、何度も唇を舐めていた。
 見た目は至って普通の男性である。落ちくぼんで疲れ果てたような瞳は、興信所などを頼ってやってくる人間ならば当然かもしれないが、それにしても顔色が悪い。
 紫のようにオーラが見える類の人間でなくても、死相が出ているという印象を受けるかも知れないほどだ。
 身体から発散する光も、驚くほど弱い。しかも不安定で、ところどころどす黒く見えた。
 腰のあたりと首の回りに、青黒い輪が薄く見える。何かに捕らわれているような気だ。だが、男性の振る舞いには息苦しさのようなものは見えない。
 紫は掌で口元を押さえた。
 草間は、この奇妙なオーラに気づいているだろうか。
 シュライン・エマ嬢も、じっと二人の方を見ている。
「あの」
 紫はたまらず立ち上がり、声をかけた。
 草間が顔を上げる。
「体調とか、お悪くないですか」
 中年男性に問いかける。男性は目を丸くした。
「いいえ、そんなことは全く。少しばかり疲れてはいますがね……な、なんでしょう」
「そうですか。そんな気がしたもので」
 紫はゆっくり首を振った。
「占い師かなにかの方ですか」
「そういうわけではないですが、似たような事を少し」
 紫の答えに、中年男性は目を輝かせる。
「草間さん、この方が、私を解放してくれるんですか」
「は? あ……うん、そうですね」
 草間は言葉を濁し、それから立ち上がって紫の手を取った。
「ちょっといいかな」
 応接セットの裏のついたての裏側へと紫を誘う。
 少し困ったような顔をしてから、うんと頷いて口を開いた。
「あの男性だが、なんでも同じ毎日を繰り返しているらしいんだ。ここに来るのも三度目だそうだ。オレは今日初めて会ったがね。同じ毎日から解放してもらいたいということでここに来たんだが、何か気づいたのか」
「妙な雰囲気だったからな。気になって声をかけてみたんだが、まずかったかな」
「ふむ」
 草間は俯き、「その直感を頼ってアルバイトをしてみないか」と持ちかけてきた。
「そんなに危ない話ってわけじゃなさそうだが、エマをつけよう。二人で、あの男性を繰り返しから解放する糸口でも見つけて貰えないか。必要経費は全額負担、報酬はこれだけだ」
 尻ポケットから電卓を取り出し、数字を打って紫の前に翳す。
 紫は目を丸くする。月の給料の二倍弱という額だ。何日かかる仕事か判らないとはいえ、驚くほどおいしいアルバイトであることは間違いない。
「もし、仕事を休むようだったら、その分の給与も負担していい」
 草間は付け加え、電卓の向こうからいたずらっぽい眼差しを向けてくる。
「どうだ」
 紫はこっくりと頷いて見せた。
 
×

「朝、いつも通り――六時半に目覚ましがなるところから、この狂った一日は始まるんです。いつ寝たかなんて覚えてない。それで目を覚まして、会社へ行きます。同じ時刻の電車に乗って。それで、いつも座っている人の朝刊を盗み読みするんですが、その日付が今日。あたりまえですが、6月20日なんです。それで会社へ着く。仕事をする。帰社時刻になって、家路へ着く。アパートに着くのは八時半です。二年前に妻に逃げられましてね、晩飯はコンビニ弁当。みじめな暮らしですよ。子供はいません」
 依頼人の男性、元木裕次郎氏は淡々とそう語る。紫の横で、エマ嬢がメモを取っている。
「繰り返すという事に気づいたのはいつですか」
「何日前か、なんて言葉に意味はありません。私はいつも6月20日にいるんですから。ふと、通勤電車で読んでいる新聞の内容がいつも同じだということに気づいてしまったんです」
 裕次郎氏ははじめ、それは自分の思い違いだろうと思った。しかし、それから気づいてしまったのである。自分が同じ日々を暮らしているということを。
「いろんなことをやりました。会社へ行かない。家に火をつけてみる。部屋のものを壊してみる。でも、気づくと朝なんです。そして、部屋は変わらない。自分が昨日――というのもおかしな表現ですが――やったことがすべてなかったことになっているんです。どんなに違うことをしても、私は6月20日より先に進めないんです」
 ぴしゃり、とエマ嬢が額を叩く。
「それってつまり、今日まで――というのも変な言い方ですけど、何をやっても6月20日の朝が来るっていうんですね」
「完全に同一というわけではないと」
 紫はエマの後に言葉を続ける。裕次郎氏は頷いた。
「私は、もう6月21日より先には進めないんでしょうか……」
 すがるような眼差しで紫を見てくる。紫は眉をひそめてうつむいた。
 進めますよ、と安易な言葉をかけてやるのは好みではない。男性はかなり疲労している様子で、繰り返す日々にうんざりしているように見える。
 だが、現在の時点では糸口が全く見えてこない。繰り返す日々と、彼の奇妙に歪んだオーラは必ずや関係があるとは思うのだが。
 紫はぱしっと膝を叩いた。
「まず、元木さんの部屋へ案内して貰えますか。それから、会社まで……」
 時計を見上げる。
 午前10時。
「一番最初の日の動きを、時間はともかく追ってみましょう」
 元木とエマも立ち上がった。
 いってらっしゃい、という草間のおざなりな声が、興信所のドアを閉める直前に聞こえた。
 
 ×
 
 紫はまず、裕次郎氏の住むアパートへ行ってみることにした。場所は三鷹市。23区と市部の境目だ。
 アパートは古くさく、いかにも「くたびれた中年男性が独りで住んでいますよ」といった雰囲気だ。日当たりが悪いからか、道に面したベランダに洗濯物は全く見えない。
 一階の部屋に案内しようとする裕次郎氏を、紫が制する。
 何処からか、妙な気が漂ってきている。ごく僅かだが、アパートの周辺がどす黒く見える。日当たりが悪いのではないと、紫はようやく気づいた。
 どす黒いオーラが、アパートを薄く取り囲んでいるのだ。日陰と間違える程度の、ごく弱いものだが、長期的に見て健康にいいとは言えない。
 紫は黙ってアパートの前を通り過ぎた。細い路地を歩くと、何歩も行かないうちに大きな道へと合流する。申し訳程度に歩道と車道を分ける線が引いてあるが、それも電柱の太さと同じくらいという少なさだ。電柱がある部分は、どうしても車道に出ざるを得ない。
 淀んだ空気は、その電柱のある部分が発生源らしい。壁に沿うようにして狭い歩道を歩く。エマと裕次郎氏も付いてきた。
「ここをまっすぐ行って少しのトコロに、会社があります。先に行くんですかスガワラさん」
「スガハラです」
 さりげなく訂正し、紫は進む。角に電柱がある。そこから、黒い気が立ち上っている。
 紫は足を止めた。
 進めなくなったのである。
 すぐ横を、大型のトラックが走っていった。運送会社のものなのか、見慣れない黄色い菱形のマークをつけてある真っ白なものだ。道をふさぐようにして走っていく。危ない。
 紫の足下に、分厚いガラス片が落ちている。気は、そこからも濃密に発散されていた。
「こんな所を通って、今まで何もなかったんですか」
 紫は裕次郎氏を振り返る。間に挟まれ、エマがきょろきょろと首を動かした。
「いいえ、普段は通らないですよ。ごらんの通り危ないから…。二回くらいでしょうかね、使ったのは」
「賢明です」
「はあ、さっきみたいに危ないですからねえ」
 気の抜けた裕次郎氏の返事に、紫は内心で首を振る。
 俗に言う、自縛霊というヤツだ。事故が起こりやすいスポットは、立地条件の他に、何らかの「歪み」がある。それは磁場であったり、過去の因縁であったりするのだが。
 ここは、歪んでいる。それも、電柱の付近が激しく歪んでいる。
 これほど強烈な歪みを見たのは初めてだった。
 殆ど人為的とさえ思える。
 こういった歪みが居住区にあるのは非常に稀だ。大抵は、神社仏閣の周辺や墓地にある。生前の思いが残っているという場合もあるが、最近多いのは呪いなどをやった痕跡だ。中途半端な呪いは、歪みだけを残してしまう。
 ここは、それにひどく似ている。だが、場所から考えると自縛霊などの「思い」の痕跡の仕業にも思えるのだ。
「考え込んでないで、先に進んでもらえる?」
 エマが、紫の肩をちょんちょんとつついた。
「また車が来たら危ないから」

×

 
 裕次郎氏の勤務する会社に潜り込むことは出来なかった。暫くアパートの周りなどを散策し、三人は彼の部屋に呼ばれる事になった。
 やもめの一人暮らしにしては部屋は片づいており、出てきたお茶もまずくはなかった。紫はちらちらと時計を見、それから切り出した。
「元木さんが寝るまで、ここにいさせてもらってもいいですか」
「ああ、やっぱりそう来ましたか」
 せんべいをばりばりかじりながら、元木は目を細めて頷く。
「でもね、ダメでしたよ。それ」
「ダメ?」
「ええ。見ての通り、私は冴えない男ですから、泊まっていってくれる友達もいませんがね。その代わり、タイマーというものがある」
 裕次郎氏は誇らしげに胸を張る。
「そこのビデオにね、録画をしておいたんです。ダメでした。なんにも写ってはいませんでしたよ」
「あの」
 おずおずとエマが手を挙げた。
「それって、部屋の中のものが変わらないっていう事から考えて、当然だと思うんですけど」
「あっ……そうですね」
 ぽん、と裕次郎氏は手を叩く。
「してやられました」
「まあ、それはいいです。泊めて頂いても構わないでしょうか」
 紫は言い、腕を組んだ。
「第三者が見ているというパターンは今までなかったわけですから」

 紫はカーペットの上で目を覚ました。
 部屋の中は真っ暗だ。いつの間にか眠ってしまったらしい。
 身体を起こすと、柔らかいものに手が触れた。「ううん」という小さな声が聞こえる。エマだ。
「元木さん」
 紫は立ち上がり、蛍光灯のひもに手を伸ばす。
 付かない。
「元木さん!」
 返事もない。
 紫はポケットから携帯を取り出した。6月20日、23時54分。
 今日がもうじき終わる。
 紫はエマを揺さぶった。
「エマさん、エマさん。元木さんが居ません。外かもしれない」
「へえ?」
 エマが素っ頓狂な声を上げ、ガバッと起きあがった。
「外? いない?」
「今日がもうじき終わってしまう。探さないと」
 紫はエマの腕を掴んで起こす。
 玄関に鍵は掛かっていない。不用心だが、このまま開けていくしかない。
 月の綺麗な夜だった。
 時折、車の排気音が聞こえる以外は静かだった。振り返ってアパートを見ても、明かりのついている部屋はない。
 紫はエマの腕を掴んだまま、路地へ入った。
 あの歪みの電柱が怪しい。

 元木裕次郎は、夢うつつで路地を歩いていた。
 夜トイレに起きたら、明かりがつかなかったのだ。前々から明滅を繰り返していた蛍光灯の寿命が来たらしい。
 朝までこの状態でもいいが、帰りに蛍光灯を買い忘れたら面倒だ。どうせ起きてしまったのだ。裏道を通ればコンビニエンスストアまでは片道5分。買いに行こう。
 そう思って部屋を出てきたのだが、やはり眠い。
 ぼうっとしながら道を歩いていると、黄色い小型乗用車が隣を走っていった。開かれた窓から、聞いたことのある歌が大音量で流れている。店に入れば必ずといっていいほどかかっている。女性の歌だ。
 裕次郎は眉を顰めた。うるさい。
 車はかなりのスピードを出している。と。
 ウィンカーも出さずに、角を曲がろうとする。
 電柱の影から、女性がふっと飛び出してきた。
 
 紫は息をのんだ。
 黄色の小型乗用車が、角を曲がろうとした瞬間。
 歪みの電柱から、真っ黒な触手が無数に伸び、車を捕らえたのだ。
 そして、裕次郎氏が走り出す。

 女性の悲鳴が聞こえた。
 
「元木さーんっ!」
 エマが叫び、走り出す。紫も続いた。

 柄にもないことをするんじゃなかった。
 げほげほと咳き込みながら、裕次郎はそればかりを考える。
 角のむこうがわへ突き飛ばされた女性は、尻餅をついたまま裕次郎を指さしている。震えていた。
 恐ろしいのかもしれないが、その目には嫌悪の方が勝っている。裕次郎は自分が今どんな状態なのか、その目だけである程度想像がついた。
 ぐちゃぐちゃなのか。
 助からないか。
 裕次郎は声を出そうとするが、口の中に熱い鉄さびの味が広がっただけだった。
 ああ、いやだ。
 がらにもないことを、するもんじゃあない。
 次は――
 電灯が切れていても、買いになんて、出ない――
 
 小型自動車は電柱に思い切り横腹をこすり、そのまま走り去っていった。
 紫らが角を曲がると、また女性の悲鳴が上がる。
「どうしたのッ?」
 エマが叫んだ。
「おじさんが、おじさんがッ――!!」
 女性の声がそれに答える。
 砕けたガラスの破片を血が濡らしている。大量の血が流されていた。
 しかし、血の他には何もない。おじさんと言われた人物の身体――裕次郎氏の肉体は、どこにもなかった。
「消えちゃったのよぉっ!」
 女性はそれだけ叫び、ばたりと倒れた。

×

「依頼人が消えた?」
 草間が問いかける。エマと紫は頷いた。
 新宿――草間興信所である。
 紫とエマはそれから夜明けまで裕次郎氏を捜し歩いたが、彼の姿は何処にもなかった。そして、少し目を離した隙に、女性と血の跡まで消えてしまったのである。
 紫は言いにくそうに草間に報告した。
「僕たちが泊まった元木裕次郎さんの部屋は、空き部屋でした。戻ってみたら、鍵が掛かっていた。隣の方に聞いてみたら、そこはずっと空き部屋だと」
「不動産にあたってみました」
 エマが後を引き継ぐ。
「以前、その部屋に店子が入っていたのは一年以上前だそうです。近所の交番に、昨日の事故のことを話に言ったら」
 紫は小さくため息をついた。
「一昨年の事じゃないか、と言われたんです。目撃情報は未だに探しているけれどと」
 草間は煙草に火をつけた。
「幽霊ね」
 あっさりと頷く。
 それから、机の引き出しを開いた。
「ま、そんなことでもなかろうかと思って前金を貰っておいたんだが。ん、こっちは全部あるな」
 草間は封筒から一万円札を引っ張り出し、ひぃふぅみぃと数えた。
「20万、確かに」
 それから、20枚の紙幣を半分に分ける。
 10枚を手元に、紫とエマに5枚ずつ。
「遊ばれ賃だと思って、貰っておこう」
 うんうんと頷いた。
 紫はふと入り口を振り返る。
 痩せた中年男性が、ドアを叩いたような気がしたのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

 0777 / 須賀原・紫 / 男性 / 24 / ライブハウスの店員

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、和泉基浦です。
 依頼・エンドレスワルツをお届けします。
 今回はループ物ということで、ループをどう断ち切るかがポイントでした。
 つかみ所のない依頼だったのか皆様悩んだプレイングが目立ちました〔笑〕
 それぞれのプレイングを踏まえてこうしたらラストとなりました。
 いかがでしたでしょうか。
 要望・苦情等がございましたらお気軽にテラコンよりご連絡ください。

 紫様初めまして。ご参加ありがとうございました。

 またご一緒できることを楽しみにしております。  基浦。