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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


エンドレス・ワルツ

 草間の声で、日刀静はハッと顔を上げた。
 居眠りをしてしまっていたらしい。最近本職が忙しく、無理をしているという認識があった。
 時計を見てみれば、ほんの二分ばかりのことだ。しかし、一瞬自分が何処にいるか判らないくらい深く眠っていたようだ。
 契約の更新をしに来たのだが、そのついでに次の仕事を受けようと思ったのだ。常駐事務員のシュライン・エマ嬢が、先ほどからキャビネットの前をウロウロして仕事をチョイスしてくれている。
 それを眺めるうち、退屈と疲労が相まって、ついこっくりといってしまったらしい。
「横になってもいいわよ、疲れてるんじゃないの?」
 キャビネットからファイルを一つ引っ張り出したシュラインが言う。静はその言葉を無視し、
「依頼人か?」
 と親指でパーテーションの向こうを指さした。
 最近さらに商売繁盛中の草間興信所では、仕方なくパーテーションを使って依頼人対草間探偵用とエージェント対草間探偵用に応接セットを区切ることにしたらしい。
 ちなみにこのパーテーションは三日前に入ったばかりだという。ただ区切ってあるだけなので、依頼人や草間の声はエージェントに丸聞こえである。
「ええ」
 覗こうとする静の首根っこを、シュラインがぐいと押さえた。
「金額の話もしてるから、聞いたらダメ」
「シュライン」
 とんとんとテーブルを叩く音がして、シュラインが呼ばれた。草間がパーテーションの上からひょいと顔を覗かせる。
「丁度いい。日刀くん」
 ひらひらと手招く。
「ループする毎日を、ぶった切ってみないか」

×

 依頼人の名前は元木裕次郎。50そこそこのくたびれた雰囲気の男性で、今にも消え入りそうなオーラを発しているのが若干気になる他は、取り柄も魅力もない。
 ループする毎日とは、今日。6月20日であるという。彼は記憶しているだけでも10回以上、6月20日を経験しているという。
 目が覚める時間も、その時最初に目に入るものも同じ。部屋の中を引っかき回してみてもそれは変わらず、会社へ行くのをやめても、ふと気を抜いた瞬間、「繰り返すあるべき時間」の中に放り込まれているという。
 例えば意識して、会社へ行かないと決める。部屋で時間を過ごし、ふと眠気に襲われる。そして「ああいけない」と目を開くと――そこは、会社なのだ。そしてその時刻、やるべきことをやっている自分に気づく。
「気が狂いそうです」
 と元木は言った。疲労のためなのか、生命活動を象徴する気が弱すぎる気がする。まるで臨終間際のようだ。
 静は淡々と話を聞き、草間を見やった。
 満足そうな顔で虚空を見つめている。頭の中の電卓がまめまめしく働いているのだろうコトは想像に難くない。
「なにか、そうなる原因と予想されることは」
 静はつっけんどんに問う。元木は顔をくしゃくしゃと歪ませた。
「わかりません。ええ。何しろ、わたしには17日くらいから、記憶が曖昧なんです。あるでしょう、そういうこと。ええと、日刀さんでしたね。一週間前、明確にナニをしたか覚えていらっしゃいますか」
「仕事上、覚えていますが」
「そうですか」
 元木はしゅんと小さくなる。静は付け加えた。
「元木さんも、仕事ならば覚えているんじゃないですか。19日になにかの納期があったとか会議があったとか。そう言うことから思い出せませんか」
「それが」
 元木は首を振った。
「昨日のことですが、10回以上繰り返した今日の後ろにある日ですよ。一週間以上昔のことだ。しかも、こういうお仕事と違って経理事務なんて地味でしてね。先月も先々月も似たようなコトをやっている。正確な記憶なんて」
「お察しします」
 相づちを打ったのは草間だった。
「では、この日刀くんをつけましょう。前金は先ほど頂いたとおり。成功報酬は、解決後に諸経費と一緒に請求致します」

×

 今日子を呼ぼうと思った静は、番号を選択する寸前でそれを思いとどまった。
 大した仕事でもなさそうだ。草間に表示された成功報酬も、危険を想定していない額だった。今日子も自分同様疲れているだろう。少しくらい休ませてやりたい。
 静は携帯をポケットに押し込んだ。
 
 元木の家は三鷹市にあった。閑静な住宅街という印象だが、すぐ側に大きな工場がある。白いトレーラーが何台も並び、駐車場も広い。その工場の裏手あたりから住宅街が始まっていた。
 JR中央線「三鷹駅」と「吉祥寺駅」の丁度間くらいに位置する場所に、元木のアパートはあった。
 古びたアパートである。若くなくとも女性ならば入居を断念するだろうというような薄汚さがある。
「数年前に妻に捨てられましてね。何もかも取られてしまいました」
 元木は自嘲気味にそう説明する。静は頷いた。
 まず、部屋を見せてもらう。オトコのやもめ暮らし、さぞやと想像してドアを開けたが、予想に反して部屋は小綺麗だった。
 綺麗にしているというよりは、ものがないのだろう。本棚も雑誌もなく、部屋にはちゃぶ台と万年床、そしてテレビくらいしか置いていない。
 元木は万年床に横たわった。
「朝、こういう格好で目が覚めます。目を開けると、そこの目覚ましが見えるんですね。6時48分。ああ早くに目が覚めてしまったなぁと思うんです。それで起きるでしょう。ドアを開ける。明るいけど晴れてはいない。洗濯物を洗濯機に放り込んで、帰ってきたら回すつもりでね。この洗濯物も、毎日同じなんですよ。他の服を選んでも、気づくと今と同じ服を着ている」
 元木は心得ているのか、部屋の中を説明しながらウロウロする。
「8時15分。会社はここから歩いて10分もしないんです。それで出かける。鍵をかける。外へ行きますか」
「お願いします」
 静は説明をしながら歩く元木について行く。ふと、足を止めた。
「俺に会うのは何度目ですか」
「三度目ですよ」
「三度とも、こうして?」
「いいえ。一度目は、全部草間さんのところでお話して、あなたがきれいなお嬢さんを連れてきました。それで部屋で夜明かしを計画したんですが、どうも夜更かしは苦手で。気づけば」
「6時48分」
「ええ。二度目は、あなたと外で過ごすことになりました。こんな中年の男性とねえ、カラオケですよ。二人きりで黙ってカラオケにいてね。そうしたら、私はバカなのかな。やっぱり居眠りしてしまったんですね」
 ふぅ、と静はため息をつく。
「とりあえず会社まで案内してもらったら帰りましょう。貴方の部屋で夜明かしをする必要がありそうだ」

 会社から戻ってこようとして、静は妙な歪みを感じた。
 道の一角が、陽炎のようにぼうっと揺らいでいるように見えるのだ。
 静はそこへ向かった。
 車など通れるのかと危ぶまれるほど細い道だが、白い線が引かれてあり、一応歩道と車道に区切られている。だが、電柱さえはみ出すほどの細い歩道だ。民家の壁に背中をすりあわせるようにして歩かなければならない。
 すぐ目の前を、のろのろとピンクのヴィッツが走っていく。
 細い道と細い道がぶつかる角に、その歪みはあった。
 電柱がすぐわきにあり、根本のあたりに派手に亀裂が入っている。1カップの中に水を入れてタンポポを差したものが置かれている。
「日刀さん」
 元木が追いついてきて声をかけた。
「これは?」
「ああ、また何かあったんですね。ここは子供がよく飛び出すんです。人通りも車通りも少ないから、子供は安心して走る。車は不注意を起こす。普段はこうやって誰も通らないのに、そういう不幸な接触事故が多いんです。また、誰か事故にあったんでしょうね」
 元木は手を合わせ、細い道の先を指さした。
「ここは近道なんです。見ての通り危ないですけれどね、まっすぐ行くと、ウチのアパートですよ」
「使ったことは」
「二度くらいですかね、引っ越してきてからだから、三年の間に二回。これで三回目だ」
「おすすめしません」
 静は首を振る。この歪みでは、事故くらい起こるだろう。事故で済んでいて、いいと思うべきなのかも知れない。
 昔ここにあった鳥居でも壊したのか。歪みは明確な害意を感じられるほどにひどいのだ。
 一瞬、この歪みを断ち切ってしまおうかと静は思う。
 だが、それはやめにした。
 善意で、過ちを正してやるばかりでは誰も気づかなくなる。何故事故が起こるのか、その対策を講じ、理由をもっと考えるべきなのだ。
「じゃあ、近道で帰ってみますか?」
 元木は相変わらず疲れた様子でそう言い、ふらふらと先に進み始めた。
 
×

「原因追及で一番大切なのは、あなたが夜、眠らないことだ」
 静はちゃぶ台の上に、どんと買ってきたものを置いた。
 コーヒーとレモン。中年男性が雑音と思って倦厭するようなロックミュージックのCD。 後から今日子がやって来ることになっている。自宅のプレイステーション2と、とってきの恐怖ゲームを持参して。
 呼び出すつもりはなかったのだが、今日子から電話がかかってきてしまったのだ。興信所で新しい仕事を請け負ったと告げると、もう「行く」の一点張りである。仕方なく、眠気が覚めるようなモノを持ってきて貰うことにした。
 恐らく、二度目の自分が考えたことも同じだったのだろう。大音量のカラオケで、部屋ではない場所で、元木を眠らせなくする。そして何が起こるか観察しようとしたのだ。
 失敗に終わったようだったが、今度は助っ人今日子がいる。それに、同じ失敗を繰り返すほどバカではない。今度はもっとうまく「眠らせない」ようにしてやる。
 地味な仕事だという気持ちが少し胸をよぎったが、依頼人が本気で苦悩している以上、地味だろうが間抜けだろうが立派な仕事だ。気は抜けない。
 問題は、自分の身体に蓄積された連日の疲労だろう。睡魔との戦いは、想像しているより苛烈になるかもしれない。
 
 22時。元木が眠気を感じ始める時間に、ゲーム機の電源を入れた。
 ミニキッチンに立った今日子が、「インスタントでは効かない」と買ってきたコーヒーをドリップしている。きちんとしたコーヒーは、かなりの量のカフェインが入っているということだった。
「あと、新茶も買ってきたから」
 手元に目を落としたまま、今日子が言う。
「お茶?」
「お茶にも入ってたと思うんだ、カフェイン」
「お茶の方がありがたいですねえ」
 うんうんと元木が頷く。静はため息をついた。
 あと八時間以上、この部屋に三人でカンヅメである。

 今日子の煎れたコーヒーをすすりながら、静は足下の目覚まし時計を見た。
 23時50分。時間が経過するにつれて眠気はますが、元木と今日子は結構元気にゲームに興じている。何もすることのない自分が一番眠たいかも知れなかった。
 チチッと小さい音がして、蛍光灯が明滅する。
 静は上を見上げた。
 暗闇。
 蛍光灯が切れたのだ。
「キャーーーーーーーーッ!」
 今日子が絶叫する。
「なになに!? 消したの、静くん!?」
「いや」
「切れたんですねえ」
 おやおやと元木が言う。
「仕方がない。コンビニまで近いですから、買いに――」
 元木が沈黙する。
「コンビニ……コンビニ。そうですよ日刀さん!」
 がたんっと音がする。元木が立ち上がったのだ。ちゃぶ台にすねでもぶつけたのだろう。
 暗かったテレビ画面が明るくなる。どうやら暗い場所を移動していたのを、今日子が操作して明るい場面へと切り替えたらしい。白々とした光が部屋を照らす。
「思い出しました。私は19日の夜、コンビニに……コンビニに行ったんですよ夜中に! こうやって電気が切れて!」
 元木は息を切らし、ダッと部屋から駆けだした。
 今日子と静も後を追う。
 元木はコンビニと連呼しながら、アパートから飛び出して細い道へ入った。
「……歪み道!」
 静は息をのむ。あちらを選んだと言うことは、19日の夜、彼は其処を通った記憶があるのだろう。
 追いかける。
「静くんっ」
 今日子が袋に入った刀を投げてくる。プレイステーションと一緒に持ってきてくれていたらしい。
 黄色い乗用車が、静たちの横を走り抜けた。
 
 元木裕次郎は、夢うつつで路地を歩いていた。
 夜トイレに起きたら、明かりがつかなかったのだ。前々から明滅を繰り返していた蛍光灯の寿命が来たらしい。
 朝までこの状態でもいいが、帰りに蛍光灯を買い忘れたら面倒だ。どうせ起きてしまったのだ。裏道を通ればコンビニエンスストアまでは片道5分。買いに行こう。
 そう思って部屋を出てきたのだが、やはり眠い。
 ぼうっとしながら道を歩いていると、黄色い小型乗用車が隣を走っていった。開かれた窓から、聞いたことのある歌が大音量で流れている。店に入れば必ずといっていいほどかかっている。女性の歌だ。
 裕次郎は眉を顰めた。うるさい。
 車はかなりのスピードを出している。と。
 ウィンカーも出さずに、角を曲がろうとする。
 電柱の影から、女性がふっと飛び出してきた。

 後ろからやってきたらしい黄色い乗用車は、音もなく狭い道を走っていく。
 歪みから、黒い手が伸びた。
 乗用車に伸びる。掴んだ。
 無数の手が、乗用車を掴む。
 静は刀を抜いた。

 本気になれば、これくらいの距離は詰められる。
 身を低くし、アスファルトの大地を蹴る。
 黒い無数の手が目前に迫る。
 刀を振るった。
 
 電柱のあたりを覆っていた歪みが、晴れる。
 きらきらと輝く粉が宙を舞う。砕けた歪みが、微細な光の反射を狂わせているのだ。
 黒い手が消えると、黄色い車も消えた。
 そして。
 
 半透明の姿になった、元木裕次郎氏が立っていた。
「もと……き、さん?」
 追いついてきた今日子がおずおずと声をかける。
 元木は微笑んで、電柱の根本にあるタンポポの花を指さした。
「判ってたんです。わたしはもう、とっくに――死んでいたんですね」
 静は刀を鞘に収めた。
「昨日、三鷹市で事故があった。ひき逃げ。若い女性をかばって、男性が一人亡くなった。身元は判っていない」
 静はゆっくりと呟く。20日早朝、朝刊でふと目にとめた小さな小さな記事だった。
「あれが、元木さんだった」
「そうなんでしょうねえ」
 うんうんと元木は頷く。
「早く死にたいと思っていました。妻に当てつけてね。でも、あり得ないはずの明日――もう、昨日になってしまいましたが――に、わたしは捕らわれてしまったんですねえ」
「生きたいと思っていたんじゃないですか」
 静は問う。
 元木は首を傾げた。ほんの少しだけ。
「わかりません。もしかしたら、電球をどうしても替えたかったのかもしれない」
 おどけて言う。
 その半透明の身体が、ゆっくりと揺らいだ。更に薄くなり、足下から空気に溶けていく。
「6月21日――午前、0時2分」
 静が腕時計の文字盤を読み上げると、元木は近づいてきてそれを覗き込んだ。
「二日、余計にいてしまいました」
 微笑む。
「いるべきところへ帰りたいとも、思っていたのかもしれません。6月20日を繰り返しながら」
 すでに、元木は胸のあたりまでがない。
「たんす預金があります。50万ほどですが……草間さんの成功報酬には足らないが、持っていって下さい」
 ゆっくりと、元木は頭を下げた。
 白髪で一杯の頭が、ふぅっと大気に溶けた。
 
 ×
 
 男性がこつこつ貯めた金を、静は草間の前に置いた。
 事情を説明する。
 草間はかりかりと頬を掻いた。
「残念な話だが、返すのも失礼だ。じゃ、歪み道を修正して未来の交通事故死亡者を助けるためということで、これは貰っておこう」
 腕を組み、頷く。
 デスクの上の電卓を叩き、
「歪み訂正代で、これくらいでどうかな」
 と液晶盤を静に見せる。
「いくらでもいい」
 静はぶっきらぼうに答えた。
 卓上のデジタル時計を見やる。2002年6月21日。9時24分。
 静は入り口を振り返る。
 痩せた中年男性が、ドアを叩いたりしないかと。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

 0425 / 日刀・静 / 男性 / 19 / 魔物排除組織ニコニコ清掃社員

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、和泉基浦です。
 依頼・エンドレスワルツをお届けします。
 今回はループ物ということで、ループをどう断ち切るかがポイントでした。
 つかみ所のない依頼だったのか皆様悩んだプレイングが目立ちました〔笑〕
 それぞれのプレイングを踏まえてこうしたらラストとなりました。
 いかがでしたでしょうか。
 要望・苦情等がございましたらお気軽にテラコンよりご連絡ください。

 静様こんにちは。ご参加ありがとうございます。
 今回は今日子嬢に通い妻のようなことをしていただきました〔笑〕

 またご一緒できることを楽しみにしております。  基浦。