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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ポータブル・デビル

------<オープニング>--------------------------------------

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現在、若者の間で「携帯電話にとりつく鬼」という噂が広まっている。
私の独自の調査によると、鬼にとりつかれると以上のような症状が出る。
1. 携帯の不具合(雑音が入りやすくなる、メールの配信時間が狂うなど)
2. 不運に見舞われる。怪我、落とし物、盗みにあうなど。この時期に、呪いのメールなどが届くようになる。
大抵この段階までで携帯を解約する者が多い。一度とりつくと、携帯会社を変えない限り鬼はついて回ると言われている。
 噂では、呪いのメールの次には呪いの電話が「友達などの番号表示」でかかってくるようになる。呪いの電話を一定回数取ると呪い殺される。

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 開け放したままにしてあったドアを、黒月焔はコンコンとノックした。
 筋肉の固まりのような男の向こうから、碇麗香が顔を覗かせる。続いて男も振り返った。
 肩にかかるほどに伸びた髪はもつれ、絡まりあっている。岩でも噛み砕けそうな立派な顎に、太い眉が男らしい。何で鍛えているのか、首の辺りにもしっかりと筋肉がついていた。
「面白そうな話だから、立ち聞きさせてもらったぜ」
 碇に向かって片目を瞑ってみせる。
「今噂になってる、携帯に取り憑く鬼――オレも結構興味がある」
「渡りに船とはこのことだわ。いらっしゃい、黒月くん」
 よほど目上でない限り、碇は男性を「くん」付けで呼ぶことに決めているらしい。鋭い視線はそのままに、焔を手招いた。
「急ぎの仕事になるかも知れないけれど、聞いての通り『携帯鬼』の調査よ。これは、私の方でも少し気になって調べていたんだけど――予想よりずっと大きな話に発展しそうなの。それで、この男に付いて調査をサポートして貰いたいのよ」
 この男、と呼ばれて指さされた男が頭を掻く。
「北城透だ。フリーライターをやってる」
「黒月焔」
 焔は短く名乗り、腕を組んだ。
「あんた、随分といい躯をしてるじゃないか。フリーライターってのは、そんなに肉体派でないとつとまらないのか」
「そういうワケじゃないが、タフでいるに越したことはないだろう」
「タフ過ぎよ」
 碇はぴしゃりと言う。
「タフガイを気取るのもいいけど、そのうっとうしい髪はなんとかしてちょうだい」
「それはオレも同感だ」
 黒月はくくっと笑う。
 北城は肩をすくめた。

×

 携帯に取り憑く鬼――便宜上、『携帯鬼』と呼ぶことにしたその鬼の噂が始まったのは、一年ほど前のことだという。
 東京都を中心に、今では日本中に広がっていると言っても過言ではないらしい。
 メールが届かないなどの携帯本体の不具合から、謎のメールや電話の混線などの過程を経て、最後には呪いのメールまたは電話が頻繁に掛かるようになる。これが最終段階で、ある一定の数の呪いを受けると、携帯から鬼が出現。頭を丸かじりされるというのが『携帯鬼』の噂の全てだ。
「丸かじりか」
 なんとも鬼らしい設定だ。
 アトラス編集部の角にある打ち合わせ用の小部屋である。部屋といってもドアもなにもあったものではない。背の高いパーテーションに区切られた四角い筒のような空間である。 焔はいつもながら窮屈さを感じさせるこの空間で、北城と向かい合っていた。
 小さなデスクの上には資料が置かれているが、それを見るつもりは毛頭無かった。北城の口調、碇の乗り気を見れば判る。
 都市伝説だと思っていた、この『携帯鬼』の噂は――
 本物である可能性が、大きいのだ。
「こいつは極秘の話だぜ。携帯鬼の噂が流れ出してからこっち、頭部のない変死体が発見されている。それも、二十近くだ」
 焔は北城の顔を見た。
 義憤に駆られているわけでもなく、面白がっているわけでもない。その表情は静かで、何を考えているのかは読みとりにくかった。
「大した数だな」
「ご丁寧に、側には必ず壊れた携帯電話――画面なんかが完全に死んで動かない、携帯電話の本体が転がっているそうだ。これがまた、噂に拍車を掛けるってわけだな。
 警察の方じゃ、噂を現実にしようとした愉快犯だとか、まあそんな線で追ってるようだ。だが、オレが思うに」
「鬼はいる、だな」
 北城が頷いた。
「あんたもこんなところでアルバイトなんてしてるんだ。なんか、見えたりするんじゃないのか」
「まあな。だが、何でもかんでも見てるってワケじゃない。世の中には、見えなくてもいいものが多すぎる……」
 室内でもかけたままにしているサングラスを軽く叩き、焔はにやりと笑った。
 焔のサングラスは特別製だ。強い力を持つ「龍眼」の機能を常人レベルまで落とす働きをする。この力と共に、嫌なものも沢山見てきた焔の処世術であった。
 サングラスの奥で、焔は目を閉じる。
「だが、仕事とあれば見ないわけにはいかないだろう」

×

 新宿東口に回り、スタジオALTAビルの前で曲がり、丸井を越えたところに、紀伊国屋がある。
 北城と焔はそこにいた。
 階段を上がってすぐの入り口のところに、二人の男が陣取っているというのは何とも妙な格好だが、夏の土曜。そして午後の新宿である。そんなものは目立たないくらい、紀伊国屋の階段には人間がたむろしている。
 目の前を沢山の人間が歩いている。歩道では収まりきらず、車道の方までふらふらと歩いているものも多い。車は極端な徐行運転で、のろのろと走っている。台数自体も少なかった。
「都内は車で移動するもんじゃねえな」
 焔は手すりに寄りかかったままそう呟いた。
「特に新宿の側はな。歩いて20分、車で35分て世界だ」
 人の流れを眺める焔をよそに、北城は肩から提げていた大きなバッグの中身を広げていた。レンズが別になる、大きなカメラのようだ。
「おい」
 焔は屈み込んでいる北城の背中に声を掛けた。
「それじゃ、見えないんじゃねえのか」
 北城の持つカメラを指さす。
 レンズの部分に、札のようなものが貼ってあるのだ。
 よく見ると、カメラ自体も随分古ぼけている。
「いーんや。これだから、見えるんだよ」
 北城は少しばかり得意げに言い放つ。
「あんたはどう見るんだ?」
 焔はにやりと笑ってサングラスのつるに指をかけた。
「さあてね」
 サングラスを外す。
 目を開くと、目の前に異装の男が立っていた。

×

 真っ白い着物を着た男だった。何と言えばいいのか、振り袖のように袖の長い上着に白い袴、足元は足袋という出で立ちなのだ。
 長い髪は暖かな茶色で、肩のあたりで一つに結んでいる。赤い紐に、銀色の鈴を通してあった。
 目元にぐるりと赤い化粧を施している。唇も、古風な朱色に塗られている。しかし、整った容貌は明らかに男性のものだった。
 その異装の男が、焔と北城の丁度目の前の空間に、浮いていた。
「みたいとあらば、我が見せてやろうぞ」
 男はくくくと喉を鳴らす。
 袖をゆるやかに振るう。
 男の身体に隠されていた通りが再び見えるようになる。
 焔は息をのんだ。
 鬼が見えた。
 階段のすぐ下に立っている青年の肩に、鬼がいた。
 粘土色の肌をしている。大きさは猫一匹ほどだ。若者が覗いている携帯電話の画面を、一緒に眺めている。
 粘土色の二本の角。関節が浮き上がった痩せた身体。ぽっこりと膨れた下腹部。両手足の爪は、鉤爪状になっていた。
 鬼は巨大な口を開け、ケケケと笑いながら若者の携帯電話を眺めている。
 焔は通りに視線を投げた。
 通りを行く人間の肩に、粘土色の鬼がいる。
 通話をしながら歩く高校生の頭に、ネズミほどの鬼が何匹も群がっている。鬼が一匹、はあたりを観察しており、まだ一人の鬼にも取り憑かれていない老婆へと飛び移る。
 ある中年男性の腕には、小猿ほどの大きさの鬼がぶら下がっている。
 携帯電話に、小指大の鬼を鈴なりにぶら下げている女性もいた。
 殆どの人間が、ネズミから猫ほどの大きさの鬼を連れているのだ。中には、子供の身長と同じくらいまで肥大した鬼を頭に載せて歩いている中年男性もいる。
「目くらましを解いてやったぞ。我の周りを嗅ぎ回りし愚か者よ」
 男の長い爪が北城を指さす。
 階段の下にいた青年が悲鳴を上げた。
 悲鳴と怒号があちこちで起きる。
 鬼が見えるのだ。皆に。
「はははははははっ!」
 男が甲高い声で笑った。
 空中で踵を返し、ふわりと通りに着地する。
 焔と北城の方を見た。
 鬼が、人々に食らいつき始めている。突如自分の周囲から現れた異形に、人々はパニックに陥り始めている。
 腕を噛みつかれた子供が泣きわめいた。
 北城がカメラを小脇に抱え、階段を駆け下りる。
 焔も続いた。
「なんなんだ、あの男はっ!」
 人々の間をすり抜けながら、焔が叫ぶ。
「知らねえ!」
 北城が叫んだ。
「だが、きっとこの鬼騒ぎの元凶だぜ。オレが調べてたのを知ってやがった」
「ははん、自分の式鬼の正体を暴こうとする、正義のジャーナリストを御大自らつぶしに来たってワケか!」
 目の前に、小学生ほどの身長にまで育った鬼が立ち塞がっている。
「失せろ!」
 焔は声を上げる。
 龍眼が熱くなる。
 鬼の身体に、青黒い光の網が巻き付いた。
 締め上げる。
 鬼の身体が、粘土のように崩れた。
「てぇコトは、こいつァ罠だな」
「違いない」
 焔の言葉に北城が頷く。
「それじゃ、律儀に飛び込んでやるとしようぜ」

×

 伊勢丹の横を折れる。車通りが増えた道を走っていくと、タイムズスクエアビルが見えてくる。
 新宿駅新南口、高島屋・東急ハンズ・ベスト電器などが入っている超大型駅ビルである。
 男がまた道を折れた。人々の間を巧みにすり抜け、時にはビルの横壁を駆け上がって道を渡る。
 男が通った場所から、鬼が見えるようになるらしい。そこここでパニックが起きていた。
 走りにくいぜ。
 焔は内心で舌打ちする。
 小さな鬼どもが、焔達に明確な害意を向けてくるようになったのだ。
 横合いから、ネズミ程度の大きさの鬼が飛びついてくる。
 顔面にぶつかりそうになった鬼を、北城の手が殴り飛ばす。
「サンキュ」
 焔はウィンクする。
「ごちゃごちゃうるせえんだ、チビども!」
 焔は懐から札を取り出した。
 ある事件以来、ほんの少しだけ学び直した黒魔術の札だ。
「雷!」
 数枚を空に投げ上げる。
 細い雷が、焔達の周囲を走った。
 小鬼どもが砕けていく。
 タイムズスクエアビルの目前だった。
 歌舞伎町からここまで、新宿駅を半周したことになる。
 雷の音に振り返り、男が立ち止まる。
「来よ」
 高い声で唸る。
 跳躍し、横合いへと飛び込んだ。

×

 堂々たる門構えの、神社が――あった。
「こんなところに神社があるのか」
「公開されてるのは見たことねえけどな」
 息さえ乱さず焔についてきた北城が答える。
「中か」
「だろうな」
 焔は砕けた小鬼の身体を踏みつける。
 門の奥に、本殿か何かがちらりと見えている。白い砂利を敷き詰めてあり、敷地もかなりあるようだ。
 ただ、扇形のバリケードが人の侵入を拒んでいる。
 焔は問答無用でそれを飛び越えた。
「ここからが地獄の一丁目ってワケか」

×

 視界が黒く染まった。
 見事な玉砂利敷きの地面に着地し、焔はゆっくりと立ち上がる。
 空が黒かった。
 赤黒い空が天を覆っている。
 視線の向こうに、一定間隔を置いて連なる無数の赤い鳥居が見えた。
 その先頭の鳥居の上に、男がいる。
 鳥居に腰掛け、こちらを睨みつけていた
 焔のすぐ隣に北城も着地する。振り返っても、バリケードやタイムズスクエアは見えなかった。
 ただ、輝く玉砂利が延々と広がっている。
「ここは、てめえの結界の中か」
 焔は鳥居の上に座る男を睨みつける。
 視線がぶつかりあった。
 金色の瞳がじっとりとこちらを見ている。
「愚かなり、人よ。うぬらが契約せし我の邪魔を何故するのだ」
「そいつぁ済まねえな。だがな、人間一人一人は細胞じゃねえんだ。お前と契約したバカとオレらは全く違う人間様でね」
 焔は立ち上がった。
「人間って一言でくくるんじゃねえよ。キツネ」
「ほ!」
 男がのけぞって笑う。
 男の尻に、金色の尾が数本生えた。そして、耳。先端が白い。
「よく見破った。褒めてやろうぞ」
「褒美にその妙なしゃべり方を」
 焔は足下の玉砂利を蹴り上げる。
 空中で掴んだ。
 投げる。
「やめてくれると嬉しいぜ!」
 龍眼が輝く。こめかみから額までが熱に包まれる。
 丸い石が、尖った石鎚になる。
 石鎚は幻覚だが、見事かかればそれは本物の石鎚と変わりない。
 皮膚は勝手に裂け、傷が出来る。
 鳥居の目前に、灰色の壁が出来た。
 石鎚は壁に当たり、突き刺さる。
 ぽろりと落ちた。
「ははははははははは!」
 壁の向こうで男の笑い声が響く。
 壁が、ゆっくりと崩れる。否――
 鬼の、形を取る。
 3メートルほどの、手足が細く腹が突き出た二本角の鬼が、目の前でできあがった。
 手には粘土色の棍棒を握っている。
 振るった。
 焔は北城を突き飛ばす。
 二人の頭上を、棍棒が薙いだ。
「撮影してろよ」
 焔は起きあがり、北城の前に立つ。
「『携帯鬼の正体見たり』ってな」
 竜眼が輝く。
 鬼の身体が炎に包まれた。
 背後からフラッシュが焚かれる。
 鬼が悲鳴を上げた。
「なんだ、そのフラッシュ」
「フラッシュじゃねえよ」
 振り返った焔に、北城がにんまりと笑ってみせる。
「幽霊化け物見通す千里眼のレンズ……撮影すりゃ、邪気を封じる力もある」
「大したカメラだな」
 焔がザッと玉砂利を蹴る。
 また一つ手に取った。
「撮影ついでに、援護も頼むぜ」
 石を投げる。
 鬼の眉間へと石が吸い込まれる。
「水ッ」
 石から、水が噴き出した。
 鬼の身体へと水が降り注ぐ。
 燃え上がった火が消え――
 もうもうと蒸気を上げ、鬼の身体もひび割れる。
 崩れた。
「意外と脆いな」
 焔は手にした砂利をぽんぽんと宙に投げながら、再び見えるようになった鳥居の上を睨む。
 冷ややかな眼差しに変わった狐が、こちらを見ていた。
「お前の力の源は、その眼か」
 尖った爪を突き出す。
「美しいぞ、その輝き。我が食ろうてやろうか」
「食えるもんなら食ってみやがれ!」
 焔は石を投げる。
 狐が袖を振るった。
 石が反転する。
 焔の眼を石が襲う!
 フラッシュが焚かれる。
 焔は膝を突いた。
 右の眉の下から、血が一筋流れている。目に入ったようだ。右目は見えない。
「そのカメラも不愉快だのう」
 くくっと狐が笑う。
「壊してくれようぞ」
 尖った爪を向ける。
 焔達の回りの玉砂利が浮かび上がった。

「つまらぬことばかりするな、野狐」

 低い声が響いたのはその時だった。
 
×
 
 焔は後ろを振り返る。
 重厚な仕立てのスーツに身を包んだ男が、どこまでも続く玉砂利の大地に仁王立ちしていた。
「アラキ……テンゼン?」
 北城が呟く。
 荒祇天禪……。早朝のニュース番組で、一度だけ見たことがある。業界トップクラスの企業の社長に、朝刊から気になる記事を一つ選ばせ、コメントを貰うと言うものだ。
 一度だけ、それに出ているのを見たことがある。
 多数の企業を傘下に持つ、一大企業の社長――会長、だったか。
――財界の大物が、何だって。
 焔は血を拭う。傷口が燃えるように熱く、痛む。

「ほ、ほ、ほ」
 狐が笑った。袖で口元を押さえている。
「鬼遊びをしていたら、本物の鬼が来おったわ」
 狐の回りに、ボウッと青白い炎が浮かぶ。
 くるくると狐を囲むように回り出す。
 狐火だ。
「二百年程度生きただけで、思い上がるとは笑止な。野良狐が」
「我を愚弄すると許さんぞ。野良鬼めが」
 ケーン、と高い遠吠えが響く。
 男の姿が溶ける。着物が、ばさばさと鳥居の下に落ちた。
 黄金色の狐がいた。
「我は百本の鳥居を立てし大狐ぞ。鬼ごときに遅れなど取らぬ」
「なるほど。檀家の数だけ鳥居が立つか――お前、稲荷だな」
 ケーン。狐がまた吼えた。
「こちらも数を増やさせて貰おうか」
 鳥居の中から、粘土色の何かが波のように押し寄せてくる。
 あふれ出た粘土色のものは、たちまち焔達を囲んだ。
 鬼だ。
 それも、ネズミほどの小さな鬼が、玉砂利を埋め尽くすほど沢山。
 北城がフラッシュを焚くと、崩れてしまうような弱い鬼どもだ。だが、数が多い。
 粘土色に染まった大地が脈打つ。
 鬼が跳躍した。
 雪崩のように、焔達に降り注ぐ。

 は虫類のような掌が、ぺたぺたと焔の身体を叩く。張り付く。しがみつく。
 口の中に入ってこようと、小さな身体を押しつけてくる。
 焔はもがいた。
 手に触れた鬼を掴んで引きはがし、投げ捨てる。
 しかし、投げ飛ばしたその指に、また新しい鬼が飛びついてくる。
 足下をすくわれ、焔は玉砂利の上に転げた。
 身体の下で鬼がつぶれ、キイキイと悲鳴を上げる。
 鬼の掌が首筋を這う。
 何人もの鬼が、首を締めに掛かってくる。
 焔は咳き込んだ。
――また、火傷かよ。
 焔は鬼に包まれたまま転げる。
「火!」

 焔の身体が、炎に包まれた。
 
 鬼が、ぼろぼろとはがれ落ちて玉砂利の上に転がる。
 炎を鬼ごと払いのけ、焔は立ち上がった。
 焼けこげた黒いシャツを脱ぎ捨てる。それで鬼を弾き飛ばした。
 北城も鬼に包まれている。
 焔はシャツを燃やし、それで北城の身体についている鬼をたたき落とす。
「雷!」
 なおも飛びついてこようとする鬼を砕いた。
「助かったぜ」
 北城が立ち上がる。
 顔や首筋、胸に無数の掌の痕がある。尖った爪で引っかかれたのか、あちこちに血が滲んでいた。
 強烈な気の膨張を感じ、焔は身を屈める。
 龍眼に意識を集中させる。
 青黒い網が、焔と北城を覆った。
 凍るように冷たい突風が、吹き抜ける。
 玉砂利の上を埋め尽くしていた鬼が、ことごとく弾き飛ばされ、宙に舞う。
 互いの身体にぶつかり、風になぶられ、砕けていく。
 くるくると回りながら、土塊になった小鬼たちは吹き飛んでいった。
「ほ、ほ……」
 狐が鳥居から飛び降りる。
 尾が扇形に開いている。狐火の数が増えている。
 焔は天禪を振り返った。
 彼は、変わらずそこに立っていた。
 何事もなかったかのように、腕を組んで仁王立ちしている。
「契約は、破棄じゃ」
 高い声が微かに震えている。
 狐が、鳥居の林の中に飛び込んだ。
 鳥居が壊れてゆく。見えない拳に握りつぶされるかのように、無惨にへし折れていく。
 その鳥居の列を、狐が猛スピードで走り抜けてゆく。
 一つ一つが防御の壁の役割をしているのだ。
 最後の一つに、狐が飛び込んだ。
 消える。
「ふん」
 天禪が吐き捨てた。
 広々とした玉砂利の大地に、ひびだらけの鳥居が一本、ぽつんと残っていた。
 
×

「大丈夫か」
 こちらに歩み寄ってきた天禪が言う。
 焔は起きあがった。
「ああ」
 膝を払う。
「そうか。それならばいい」
 天禪は頷き、踵を返す。
 自分が現れたのと同じ位置に立つ。
 手を空中にさしのべる。
 黒い空が歪んだ。
 掴む。
 両手で引きちぎった。
「くっ……!」
 突風が吹き抜ける。
 焔は腕で顔を庇った。

 あたりに光が戻ってきた。
 足下はごつごつした砂利になっている。
 門の向こうに、黒い車が二台ほど見える。
 タイムズスクエアビルが見えた。

×

 キーボードを叩く三下なんぞを眺めながら、焔は時間を潰していた。
 右目の側に絆創膏を貼ってある。出血はしたが、傷自体は大したことがなかった。一週間立って、もう殆ど治りかけている。
 アトラス夏特集号、企画会議の日であった。
 焔は、会議に出席している碇の帰りを待っているのである。正規のアルバイト料はすでに貰っていたが、今日の会議で特集が通れば、成功報酬として更に上乗せされることになっている。その差額を貰うために、ここにいるのだ。
 会議に出席すらさえてもらえないのか、三下は暗い表情でキーボードを叩き続けている。ちゃんと文章が打てているものか、疑問になってしまう。
 ばん、と編集部室のドアが開かれた。
 しっかりとスリットの入ったタイトスカートでさっそうと歩きながら、碇麗香が部屋に入ってくる。
 三下が顔を上げた。
「ふっ……取れたわよ。特集。
『携帯鬼は実在した! 君は新宿の悪夢を見たか』で、決定!」
 焔はぱちんと指を鳴らした。
「毎度あり」
 椅子から立ち上がる。
 碇はデスクにつくと、引き出しの中から紙袋を取りだした。
「そうそう。北城から預かってるものもあるのよ」
 焔に成功報酬を手渡してから、碇はふとそう言う。
 新しい封筒を出した。
 封筒の上には、「ライター 北城透」と書かれた名刺が貼り付けてある。電話番号やメールアドレスは記載されているが、住所はなかった。
 封筒を逆さまにすると、数枚の写真が出てきた。
 黒い空。並ぶ赤い鳥居。玉砂利の大地。そして。
 焔。
「よく撮れてるじゃねえか」
「昔はカメラマンもやってたらしいから」
 碇は写真を覗き込み、ふぅんと頷いた。
「どこなの、ここ」
「さあな」
 焔は写真をひらひらさせてから、封筒の中にしまう。
 報酬と共にポケットに突っ込んだ。
「それじゃ、またバイトあったらよろしく」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0218 / 湖影・龍之助 / 男性 / 17 / 高校生
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター
 0284 / 荒祇・天禪 / 男性 / 980 / 会社会長
 
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■         ライター通信          ■
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 大変時間が掛かってしまいました。
 ポータブル・デビルをお届け致します。
 書き直すこと3度余りという力作?ですので、楽しんで頂けたならば光栄です。
 今回は大きく三つに舞台が分かれていますので、他の方の分も読んで頂くと、この新宿携帯鬼騒動の全貌が明らかになります。

 黒月様 
 今回、プレイングで最も早くお仕事に手を伸ばして頂いたので、メインで動いていただきました。
 立ち聞きされては誰もこの仕事を奪えません(笑)
 虎人前後編以上の大乱闘をして頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
 なお、今回見事お仕事ゲットされた黒月さんには、北城透の名刺をアイテムとして差し上げます。和泉基浦の作品に限り、彼を呼び出す事が出来るようになりました。ご使用の場合はプレイングにそうお書き下さい。
 ご意見、ご感想などありましたら、テラコン・メールでどうぞ。お待ちしております。