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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


紅水鏡

◆オープニング◆
「というわけで、今回頼みたいのは、これだ」
暑い中、わざわざ来たというのにソファに座るやいなや、
そう切り出された。まあ、いつものことか、と思いながら聞く。

「この鏡。依頼人が置いてったんだが」
そう言って、机の上に布にくるまれた、直径30cmほどの丸いものを置く。
布を取り去って、中を見ようとすると、止められた。
「ここで開けるのはやめてくれ。俺は死にたくない」

死にたくないって・・・。そんな危険な物なのか?
「何だかわからんが、その鏡の近くにいた人間が、片っ端から
行方不明になって帰ってきてないらしい。それで、最後に行方不明に
なった人間の家族が、布で包んで持ってきたんだ」

その包みを、こちらにそうっと押しやりながら草間は言った。
「と言う訳で、後は頼む。行方不明になった人間を見つけてくれ。
それが無理でも、これ以上犠牲が出ないように、ということだ。
気をつけてな」

・・・断れなかった。いくら何でも、こんな危険な仕事は嫌だ、と
言ったが、草間は聞いてくれず、結局いつものように受けてしまった。
ため息をつきながら、空を見上げた。厭味な程、蒼かった。


◆迷い道◆
とりあえず、情報を集めることにした。
そこから、何かが見えてくるかもしれない。

草間の話では、鏡自体は結構古い物のようだったので、
古美術商の知人に当たることにした。美術品に限ったことでは
ないが、古い物には人の思いが積み重なっているもので、その中には
当然悪いものもある。たまに、そういうものに当たってしまった時、
除霊してやっていたのだ。昔母が世話になったらしく、頼まれると
断れないというのもあったが、今回のように、こちらが情報を
得ることもあったので、ギブアンドテイクというところだ。

「お邪魔します」
目的の古美術商の店に入り、奥に引っ込んでいるであろう、店主に
声をかける。いつも、客はほとんどいないのだ。だが、それでも
売れればかなりの額が入ることも多いので、やっていけてるのだという。
「はーい」
奥から、初老の女性が出てくる。彼女が、この店の主人だ。
上品な感じのする人で、背はそんなに高くないのだが、どことなく
存在感があるせいで、大きく見えるのだった。
「あら、忍さん。今日はどうなさったの?」
「ちょっと見ていただきたいものがあって」
そう言うと、彼女の表情が真剣なものに変わった。
「そう、お仕事なのね。なら、奥にいらっしゃいな」
「失礼します」
案内されて、店の奥へと入っていく。もちろん、入るのは今回が初めてでは
ないのだが、いつもその趣味の良さには驚かされる。さすがは古美術商、と
いったところだ。アールヌーボーの家具で統一されている。のだそうだ。
自分にはよく判らないが、初めて訪れたとき、そう教えてくれた。居間に
入ったところで、荷物を置かせてもらった。

「そこに掛けてね」
ソファを指差しながら、彼女が言う。遠慮せず、座らせてもらう。
そして、相手が座るのを待って、鏡をテーブルの上にのせた。
「実は、これなんです。鏡なんですが。近くにいた人間が行方不明に
なってるらしくて。一応、写真ももらってあるので、持ってきました」
言って、鏡の横に草間から預かった鏡の写真を置く。
「拝見しましょう」
テーブルに置いてあった眼鏡ケースから、老眼鏡を出してかけ、
写真を手に取る。しばらく、じっくり眺めていたが、やがて口を開いた。
「噂だけは聞いていたけれど。まさか本当にあるとはね」
「ご存知なのですか」
「ええ、古美術商仲間の間で、時々聞く噂があるのだけど。その噂の鏡が
これみたいね。聞いていたのとそっくりだわ」
老眼鏡を外しながら、写真をテーブルに置く。その写真を、今度は自分が手に取った。
鏡は、ふちの部分が、紅く塗られている。ふちには鳳凰が彫られており、その細工は
見事だった。他は、普通の鏡と何ら変わりはないように見えた。
「それで、その噂というのは?」
「ええ、それはね。とても悲しいお話なの」

彼女が語ったのは、大体次のような話だった。

この鏡の持ち主は、江戸時代、吉原にいたという遊女で、ろくでなしの父親の
借金のかたに売られてきたのだという。本当ならば、彼女の姉が売られるはず
だったのだが、彼女が代わりに自分から売られていったという。姉思いで
有名な娘だったようだ。この鏡は、彼女と恋仲だった商人が、中国から
買った物だったらしい。それを、娘に商人が与えたのだ。他にも、かんざしや
着物も贈ったようだが、娘が一番喜んで大事にしたのがこの鏡だったという。
その商人は、時々店に来ては、彼女を見受けしてあげるから、
一緒になろうと言っていたらしい。
彼女の方も、遊女でいるよりも、江戸でも少しは名の通った
商人である、その男と一緒になる方を望んでいた。
しかし、話はそううまくはいかなかったようだ。その男は、本当に
見受けするつもりだったらしいのだが、家族が反対した。遊女などを
嫁にするのはとんでもない、というのである。どうせ、ろくでもない女に
決まっている、絶対に許さない、と両親だけでなく親戚達からも
猛反対されたようだ。さすがに、そこまで言われては、勝手に
店の金を使うこともできず、悩んでいるうちに、親が結婚話を
持ってきた。彼は、遊女と結婚するのだから、他の娘とは結婚など
しない、と言い張ったのだが、もちろん周囲は認めなかった。それどころか、
彼の両親は勝手に結婚話を進め、結納まですまされてしまった。
彼は、遊女との恋を終わらせたくなかった。そこで、ある日、
遊女の元を尋ね、駆け落ちしよう、ともちかけたのである。
しかし、遊女は首を縦には振らなかった。逃げたのが見つかれば、
どうなるか分からない。それに、駆け落ちした後、みじめな
生活をするのも嫌だった。

そして、男は親の決めた相手と渋々結婚し、遊女は後悔しながらも、
男のことを忘れようとしていた。しかし、男が結婚してから一月も
たたない時だった。男が、首を吊ったのである。遊女のことを
忘れられず、親を憎み、悩んだ挙句のことだったらしい。
女々しい奴。世間は、彼をそう見た。しかし、遊女は違った。
自分がいかに愛されていたのか、自分がいかに男を愛していたのか。
男が死して後、やっと気づいたのである。そして、周囲を怨んだ。
男の家族、男の嫁となった女、そして、誰よりも自分自身を。
時を置かず、遊女も首を吊った。その足元には、この鏡が
落ちていたという。

その後、遊郭の者が鏡を人に売った。その時から、この鏡の
近くにいた者は、消えるようにいなくなり始めたのだという。

「遊女、か」
鏡にまつわる話を聞いた後、少し世間話の相手などをして、
早々に辞した。しのぶさんも、もう年頃なんだから、少しは女らしくなさったら、
などと言われたので、逃げるように店を出てきてしまった。
今は、古美術商の店の近くの公園にいた。
自分には、遊女の気持ちも男の気持ちも分からない。そういったことに
興味がないのだ。だが、辛いことであったろう、という想像はつく。

それにしても、厄介だ。どういう由来の鏡なのかは分かったが、
遊女が何を望んでいるのかが分からない。分からなければ、除霊も
できない。鏡を割ってしまうのは簡単だったが、できれば、
きちんと除霊してやりたかった。
そんなことを思い巡らせているときだった。

「なぁ、あんた。その鏡、譲ってくんねぇかな」
唐突に、そう声をかけられた。見ると、16前後の少年が
立っていた。制服姿なのだが、赤毛だ。染めているのか地毛
なのか分からないが、かなり目立つ。
「悪いけど、これは譲れない」
譲る訳にはいかない。新たな犠牲者を出してしまう。
「頼むよ。それ、元々は俺んちのなんだ」
そんなはずはない、と思ったが、少し興味が出たのも事実だった。
少し話を聞いてみても、損はないだろう。
「どういうこと?」
「俺のご先祖の妹のだったんだ。だから、返してほしい」
彼の言っていることが本当なら、彼は遊女の姉の子孫ということになる。
そんな偶然があるとは思えなかった。
「ぼうやの冗談に付き合ってる暇はないんだ。悪いね」
「返してくれよ!!」
ぼうやと言われたのに、少しむっとしたのか、さっきよりきつい口調だ。
「返せというのは適切ではないな。元々、これは君の物ではない。
最初の持ち主が君の先祖だったとしても、今は俺の物だよ」
「くっ・・・」
俺の言っているのは正論である。言い返すこともできないようだ。
うなだれて、諦めたかのように見えた。

だが、突然こちらに向かって突っ込んできた。
驚いて、咄嗟に身を守ろうと構える。しかし、彼の狙いは俺ではなく
鏡の方だった。油断していたのかもしれない。あっけなく
盗られてしまった。

「待て!!」
鏡を奪って、走り去ろうとする少年の後を、走って追いかける。
が、早い。少年の背はみるみる遠ざかっていく。
うまくいけば、いいネタにもなりそうだったし、見失う訳にはいかない。


それに、見失ったら確実に犠牲者が増える。それも、避けたい。
公園を出て、路地の方に入っていく。この辺りの地理は、多少詳しい
つもりだった。このまま行けば、行き止まりだ。そこまで追い詰めれば、
捕まえることができるかもしれない。少年が、この辺りの人間でないことを
願うだけだ。

「しつこいよ、アンタ。しつこいと女に嫌われるぜ、顔が良くてもさ」
こちらが狙ったとおり、袋小路に追い詰められ、息を切らせながら
少年が言う。
「失礼だな・・・。これでも俺は女」
「えぇっ!!」
本気で驚いたようだ。俺を上から下まで、眺めている。確かに、髪もあまり
手入れせずにボサボサになっているし、服装も動きやすいように、着飾ったり
はしていない。化粧もしていない。知らない人間には、よく男と間違えられる
のだった。だから、古美術商の知人にも、女らしくしろ、などと言われてしまう。
「・・・見世物じゃないんだが」
言うと、恥ずかしそうにうつむいてしまった。案外、気はいいのかも
しれない。

「あのさ、それ返してくれないか?」
とにかく、俺の目当ては鏡だ。鏡さえ返してもらえればいい。
だが、少年には返すつもりはないようだ。鏡を、両手で抱きしめて
離さない。
「言っただろ、これは俺んちの物だ」
「いいから返すんだ。あまりその鏡に関わらない方がいい」
「知ってるさ!!だから、俺が割るんだ」
「!!」
鏡のことを知っている。少なからず、そのことに驚いた。
どうも、彼が言っていたことは本当のようだ。詳しく話を
聞いてみることにした。

公園に戻り、ベンチに並んで座った。
「この鏡さ、ご先祖さんは必死で探したんだって。妹の形見だからな。
でも、見つからなかった。それで、自分の子供に見つけて割ってくれ、って
頼んだんだそうだ。その頃には、もうこの鏡は何人も人を犠牲にしてたから。
妹の不始末は、姉である自分が、っていつも言ってたらしい。俺は
そういうのわかんないけど」
「しかし、この持ち主は江戸時代の人間だ。いくら何でも、現在まで・・・」
そう、信じられなかった。何代にもわたって、鏡を追い求めているなど。
「そりゃそうだよ。もちろん、ずっと続いてたわけじゃない。
しばらくは、うちの家系の人達は鏡のことなんて思い出しもしなかった。
昔、そういう話があった、ってのだけ何となく伝わってただけで。
俺、あんまり信じてなかったんだけど。さっき、あの公園を
通りかかったらさ、何か・・・うまくいえないけど、何かを感じたんだ」

彼には、少しは霊感があるのかもしれない。こういう、いわくつきの
品物には、独特の気が宿っているものだ。霊感の強い人間なら、
何となくでも、その気を感じる。まして、持ち主と縁が深いのなら、
なおさらだろう。
「そのとき、小さい頃にばあちゃんに聞いた、鏡の話を
思い出してさ。急に、俺が割ってやる、って気になって。
それで、公園の中に入ってみたら、どんどんその何かが強く
なってきてて。で、探して歩いてたら、あんたがいたんだ」
もしかしたら、鏡に憑いている遊女が呼んだのかもしれない。
俺はそうも思った。

「それにしても、いきなり盗んで逃げるのは感心しないな。泥棒
じゃないか」
「それは・・・悪かったと思ってるよ。でも、あんたが意地悪な
こと言うからだ」
別に意地悪をしたわけではなく、正論を述べただけなのだが、彼には
意地悪と取られてしまったようだ。
「俺は、その鏡を除霊してくれ、って頼まれてるんだ。だから、
渡す訳にはいかなかった」
「え?除霊って・・・。あんた、霊能者か何か?」
少年が、驚いたように言う。
「いや、記者だ」
「何で記者が除霊すんのさ?」
当然の疑問だろう。
「たまには除霊もするさ」
はぐらかしておいた。説明するのは面倒だ。
「そういうもんなのか・・・」
納得している。真っ直ぐな少年だ。
「そういえば、あんた名前は?俺、近藤裕」
「俺は、大塚忍だ」
言いながら、ついいつもの癖で名刺を渡してしまった。
「おお、名刺だ。すげー。ほんとに記者なんだな」
渡した名刺を見ながら、何やら失礼なことを言っている。
疑われていたらしい。

「それでさ、あんた、この鏡、除霊してどうすんの?」
名刺を制服のポケットにしまいながら、訊いてくる。
「いや、どうもしないが」
「だったらさ・・・。俺に割らせてくれないかな。それとも、
割ったらまずい?割るんだったら、除霊もしなくていいしさ、
いいだろ?」
確かに、楽にはなる。だが、記事にもできない。それは困る。
「記事にしようと思ってたんだ。だから、割られると困るな」
「記事?どんな雑誌の記者なの、あんた。ねぇ、頼むよ。
俺が割った、ってばあちゃんに報告したいんだ。きっと
ばあちゃん喜ぶらさ。いつも、ご先祖が可愛そうだ可愛そうだ、
って言っててさ。だから、鏡が割れた、って分かったら、
安心するんじゃないかと思うんだ」

まいった。ここまで熱心に頼まれると、さすがに断りにくい。
だが、ネタがなくなるのは、少々きつい。締め切りまで、
あまり時間もない。
「仕方ないな、じゃあ、俺に賭けで勝ったらその鏡やるよ。
割るなり何なりすればいいさ」
「ほんと!?やった。あんた、結構いい人じゃん。で、
賭けって何すんの?」
「コインで決める。表か裏かだ」
「分かった。じゃあ、これ使って」
言って、ポケットから財布を出し、その中から五円玉を出す。
それを受け取って、右手の親指で空に向かって弾く。
落ちてきたコインを、両手で包むようにして受ける。
「さあ、どっちにする?」
コインは、俺の手に包まれていて見えない。
「裏だ」
「よし、開けるぞ」

−数日後−
締め切りに追われて、編集室で記事を書いているときだった。
デスクの電話が鳴る。取ると、先日の少年だった。
自己紹介をした時に渡した名刺を見てかけてきたのだろう。
「あの、大塚さんっていますか?」
「俺だ。どうした。鏡はちゃんと割ったのか?」
「うん。ばあちゃんの目の前で割ってあげた。ばあちゃん、
すごく喜んでたよ。これでご先祖様もゆっくり眠れる、って」
「そうか。良かったな。お陰でこっちは、締め切りに追われてるよ」
「ご、ごめん・・・」
「冗談だ。気にするな」
「うん。とにかく、今日はお礼が言いたかったんだ。
鏡くれてありがとう。それだけ。じゃね」
「ああ」

締め切りに追われることになったが、悪い気はしなかった。
死んだ人間の心を救うことも大切ではある。しかし、生きている人間の方が
大切なのだ。この世は、生きている人間の物なのだから。

                      −終−



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【大塚忍/女/25/怪奇雑誌のルポライター】
NPC
【近藤裕(こんどうゆたか)/男/16/学生】
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■         ライター通信          ■
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初めまして。ライターのれいなといいます。
まだまだ新米で、力不足な部分も多いと思いますが、
私なりに頑張って書かせていただきました。
少しでも気に入っていただけたら、幸いです。

さて、結局、鏡の周囲にいた人間の行方、何故人が
消えるのかという理由は分かりませんでしたが、結果的には
依頼はうまく解決したことになります。今回、一人一人
それぞれに、ノベルを書かせていただきましたが、
いかがでしたでしょうか。

では、またお会いできることを祈りつつ。