コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


【王子様と一緒】
◆依頼
『王子様と行く廃墟 DE 魔女退治日帰りツアー』
碇は目の前に出されたチラシを見て目を丸くする。
「何よ、コレ」
呆れて言葉もないといった風情だ。
雑誌に載せる広告を担当してる広告代理店の社員が持ってきたものだった。
昨今のミステリーブームで、廃墟探検だのミステリースポットめぐりだののツアーが乱立しているのは知っていたが・・・
『王子さまと行く』というキャッチフレーズは初耳だ。
「何でもヨーロッパの小国から本物の王子様が来てツアーに同行するみたいですよぅ。」
「はぁ・・・」
「王子さまとお付のメイドさん。そしてツアコンに・・・えーと、名前は覚えてないんですけどぉ、最近ちょっと聞いたことのある霊能者がつくらしいです。」
原稿のゲラ刷りをチェックしながら社員が言う。
「頭の悪い企画ねぇ・・・昔、『可愛いウリ坊のショーを見ながらボタン鍋に舌鼓』とか言うグルメツアー以来のバカさ加減だと思うわ。」
碇は頭痛がするという感じでコメカミに指を当てため息をついた。
「まあ、なんだか王子様の娯楽にお付き合いしましょう的な企画みたいですねぇ。お金持ちって考えることがわかりませんねぇ。」
社員はそう言ってケラケラと笑った。

「・・・ということで、誰かコレの取材に行って来て。」
次の編集会議のとき。碇は例のチラシをヒラヒラさせながら言った。
「・・・本気ですか。」
「本気。」
碇は目が据わっている。
「たまにはこういうエンターテイメントな企画も必要なのよ。なんていうの、スリリングな記事の中に一服の清涼剤として存在するワケ。」
「・・・はぁ。」
編集部員は皆一様に黙り込んでいる。
誰かが返事をしないとこの場はおさまりそうにない・・・
そう思われたとき、碇は急に真面目な顔になって言った。
「と、言うのは表向きで、このツアーには裏があると思うのよね。ヨーロッパからわざわざ極東のこの東京まで出てきてこんな下らないツアーをやるのかってことよ。それにツアコンが霊能者ってことはそれなりの場所ってことでしょ。」
「なるほど・・・」
碇の言葉に編集部員の顔が急に活気付く。
「と、言うわけで。誰か、このツアーに同行してちょうだい。」
碇はそう言うとにやりと笑った。

◆見知らぬ国の王子様
ツアー当日。
ツアーの出発集合場所には20人ほどの人が集まっている。
さすがに「王子様」をウリにしているだけあってか、参加者は女性ばかりだ。
きゃーきゃーと王子様の噂をするものもあれば、魔女・廃墟と言ったミステリーワードにひかれてやって来た者まで多種多様な人間が集まっている。

アトラス編集部から取材をかねて参加したのは4人。
さすがに他の参加者のように浮かれた様子はない。
「えーっと、パンフによると王子様の本国は、秀でた錬金術師を生み出した伝説の残る国なんですって。」
事前に配られたパンフレットを見ながら、無邪気にはチェックしているのは滝沢 百合子。
色々調べてきたのか、王子様の出身国のガイドブックなどまで用意している。
「本物の王子様って言うのが興味津々だよねぇ。私ってば平民だから。」
「でも、ツアコンが霊能者って言うのが気になりますわ・・・」
振る舞いも雅に答えたのは葛城 雪姫。
「そうですね。廃墟・霊能者・・・何かあるのは覚悟のことかもしれませんね。」
相槌を打ったのは参加者唯一の和服美人、天薙 撫子。どこか優雅な仕草が育ちのよさを感じさせる。
そしてもう1人、おしゃべり?に興じている3人の隣りでじっと目を閉じて沈黙しているのは宝条 ミナミ。
一見無愛想にも見えるが、ツアー客の中に怪しげな気配はないかじっと気を張り詰めている。
(それと言って特に変わった人物はいないな・・・)
宝条がそう思い、ふっと息をついた瞬間。
ツアー会社の人間と思しき人物が現れた。

「こんにちは、皆さん。本日は『王子様と行く廃墟 DE 魔女退治日帰りツアー』にご参加いただきまして真にありがとうございます。えーっと、僕が本日、ツアーを担当させていただくコンダクターのスリープウォーカーと申します。よろしくお願いしますね。」
背の高い飄々とした青年がお決まりの挨拶を述べる。
なんだか無意味にニコニコと笑顔を作っているような変な感じのする青年だった。
しかも、ツアコンと言うことは、この青年が霊能者なんだろうか。
「えーっと、それから、本日ツアーでご同行いただくルダランド王国の第一王子でいらっしゃいます、システィア・ルダランド様でーす。」
間の抜けたツアコンの紹介に、側に停まっていた大型バスから一人の少年がメイドらしき少女にちょっと小突かれながら降りてくる。
淡い光沢の絹糸のような金髪に、上等な磁器のようにしろくすべらかな肌。線の細い物腰も貴族的な優雅さを感じさせる。
何と言うか・・・月並みだが、イメージできる限り完璧な王子様だった。
メイドらしき少女の方が偉そうなのが気になるが・・・
「私はメイドのアリス。そしてこちらがルダランド王国、第一王子のシスティア様にございます。」
王子はうつむいたまま一言も喋らず、メイドの少女がベラベラと説明する。

今回の目的は王家に伝わる呪いをとく為に、位の高い魔女の魂が必要であること。
その魔女が都内某所の廃墟となった建物の一室に身を潜めていること。
魔女にはすでに術が仕掛けられていて、身動きもままならない状態になっているので安全に退治できること。

「怪しい・・・」
その説明を聞きながら思わず呟いてしまったのは滝沢だった。
他の三人も心の中でうんうんと相槌を打つ。
他の参加者も微妙に気がついているのかもしれない。
王子様はともかく、このツアコンとメイドは妙におかしい。

胡散臭そうな視線を一身に集めながら説明を終了したツアコンは、そんなことはまったく気にせず、ニコニコ顔を崩さないまま参加者をバスの方へと誘導し始めた。

◆道は何処へ?
移動中のバスの中には奇妙な空気が満ちていた。
何も考えずにただはしゃぐ者。
最前部の席に座った王子に近づこうとして、メイドに小突き返される者。
何かあったときの為に休息を取る者。
そして、何らかの怪しい気配はないかと神経を研ぎ澄ます者。

「ふぅ・・・おかしいわ・・・」
神経を集中し、辺りの気配を探っていた天薙がふうっと息を吐く。
「何が?」
隣りの座敷に座った滝沢が、お菓子を口に放り込みながら尋ねる。
彼女は遠足気分組みのようだ。
「死霊の気配がするの・・・もう出発のときからずっと何だけど・・・でもはっきりとした位置がつかめないの。」
「死霊!?」
「えぇ。でもこのツアーの中に気配があるってだけで、はっきり誰に憑いてるのかまでは分からないわ・・・あの霊能者が押さえ込んでしまっている所為なのかしら?」
「そんなに能力がある霊能者なの!?」
滝沢はお菓子をゴクリと飲み込むと、のほほんと椅子に座って居眠りをしているようなツアコンを眺めた。
「・・・悪いけど、そんなに能力が有りそうには思えないなぁ。」
「能力値が桁はずれて高い場合は、その力をまったく感知させないこともできるそうだよ。」
後ろの座席から不意に声がかかる。
何かのためにと体を休ませていた宝条が言ったのだった。
ずっと黙っていて気が付かなかったが、彼女は喋ると艶のある響きの良い声をしていた。
「そうですね。あのツアコンさんの能力が高かったら、その能力を見極めるのは難しいかもしれません。」
おずおずと声をかけたのは葛城。
「いずれにしろ、怪しいのはあのヘンな訳ね。」
そう言うと滝沢は座席を立ち上がった。
「じゃ、直撃レポーターがインタビューしてきましょっか♪」

◆突撃
「こんにちは。システィア様。日本はいかがですか?」
滝沢は持ち前の人好きする笑顔をめいっぱい振り撒きながら、王子たちが座る前部の席へと割り込んだ。
「あ、これ日本のお菓子です。ツアコンさんもいかがですかぁ?」
隣りの席に座ったメイドとツアコンが何か口を開こうとする前に、滝沢は畳み込むように喋りかける。
まさしく突撃インタビューだった。
「ありがとう。お嬢さん。でも、私はお菓子を食べないので、他の皆様でお分けください。」
王子ははかないという表現がぴったりな微笑を浮かべると、流暢な日本語で礼を言った。
「じゃぁ、ツアコンさん、メイドさんどうぞ♪美味しいんですよ、このお店のお饅頭♪」
滝沢はずいっとツアコンの目の前に和紙に包まれたお饅頭の箱を突き出す。
ツアコンの顔が一瞬ひるんだように見えたが、すぐに例の笑顔を取り戻すとニコニコと言った。
「ありがとう。僕甘いもの大好きなんですよ。」
そう言って遠慮なくお饅頭を手に取る。
「メイドさんはいかがですか?」
「結構よ。ダイエット中だから。」
メイドの方はすげなく断る。
さっきから何やらノートパソコンをいじっていて、こちらのことは気にもとめていないようだ。
滝沢はすげなく追い返せない状況をつくり、そこに入り込んだのを確認して、もう一度王子に声をかけた。
「日本語お上手なんですね。」
「はい。」
王子は言葉少なに答える。
なんだか元気がない・・・と言うか生気がない。
上流貴族の優雅さと言うものなのか。
「王子様は大変勤勉な方で、日本のことを良くお勉強なさってるんですよ。」
横からツアコンが口をはさむ。
気が付くと、箱にあった饅頭を半分以上平らげている。
「これから行く廃墟ってどんなところなんですかぁ?ツアコンさん。」
「廃墟です。」
ツアコンの答えはそっけない。
よくこんな訳のわからない人間がツアコンをやっているものだと感心するくらいだ。
そして見る間に、箱の中のお饅頭は姿を消してしまった。

滝沢がお饅頭一箱と引き換えに得られた情報はこのくらいのものだった。

◆到着
「みなさん、お疲れ様でした。目的地に到着いたしました。」
街中を走っていたバスがスピードを落として停車する。
出発からほとんど走っていない。
こんな近場に・・・?と乗客たちが窓の外をのぞくと、そこには・・・

「サンシャイン60!?此処は池袋じゃない!?」
目の前にそびえるのは東京でもメジャーな高層ビル。
「此処が廃墟?まさか・・・」
参加者たちが疑問の声をあげる中、二人の人間だけが異常に気がついていた。
「ここはサンシャインじゃありません・・・」
天薙が青い顔をしてバスから降り立つ。
「サンシャインなのは形だけ。此処はすでに私達が住んでいる世界ですらない・・・」
霊感の強い天薙には耐えがたいほどの邪気が辺りを取り囲んでいるのを感じる。
いや、囲んでいるなんてモノじゃない。邪気のプールの中へ漬け込まれてしまっているような息苦しさだった。
そしてもう1人、葛城も異変に気が付いていた。
「見える者」には見えているだろう、葛城の体を淡い燐光が取り巻いている。
コレは彼女に異変が置きつつある前兆と言っても良かった。
彼女自身も薄々感づいている。
「なんだか・・・気持ちの悪いところですね・・・」
はっきりとは分からない。
だが、今までの経験から、こういう状態が好ましいものでないことはよくわかっている。
「異界・・・」
その言葉に宝条と滝沢の二人も高い空を貫く高層ビルを見上げた。

晴れ上がって美しい空にビルの果てはかすんで見えなかった。

◆目的
ツアー一行がビルの中へと案内されて行く。
きちんとした順番はなく、みなその場にいた順番に入り口をくぐり始めたが、宝条は1人足早に列の先頭につくと、ツアコンと王子の二人に近づいた。

宝条は最初から王子に興味があったわけではない。
むしろ興味の対象は「退治される」という「魔女」の方にあった。
何故、今この時代に「魔女狩り」モドキな行為が行われるのか?
何故、「魔女」は退治されるのか?
その理由が知りたくて、このツアーに潜り込んだのだ。

「魔女はこのビルの最上階にいるんですか?」
宝条は黙々と歩くツアコンに尋ねた。
「はーい。最上階の展望室のところにいますよ。」
王子の隣りをぴったりと歩くツアコンは、暢気な声で答えた。
この男は本当に表情を読みづらい。
腹の中で何か別のことを考えていそうなのだが、それがどうにも読み取れないのだ。
「どうして、その魔女を退治しなくちゃならないんですか?教えていただけませんか、システィア様?」
宝条はイチかバチか王子に直接尋ねる。
「わが国には「テンカの珠」という宝玉があるのですが、その宝玉の力を引き出すには魔女の生贄が必要なのです。」
王子は細い声で答えた。
「生贄?その宝玉の為に罪もない魔女を生贄にするんですか!?」
罪もない。
宝条は咄嗟にそう言ってしまったが、その言葉が王子に与えた影響は大きかったようだ。
王子は明らかに動揺し、青ざめた顔を宝条のほうへ向ける。
「ちょっと、余計なおしゃべりはやめてくださらない?」
振り返るとメイドだと言う少女が立っていた。
幼いこの少女は宝条の胸の高さほどしか身長がない。
まだ、12〜3歳くらいではないのか?
「システィア様は高貴なお方で、本来ならば貴方のような人は近づけないのよ!」
そう言う少女は王子を小突いたりしていたのだが、そんなことはお構いなしで突っかかる。
「さぁ、列に戻ってくださいねぇ。最上階まではエレベーターで一気に上がりますよ。」
メイドに食い下がろうとした宝条を、ツアコンが抵抗させないニコニコ顔で宝条を制した。

◆異界のビル
一行が進むビルの中は完全に無人だった。
いつもなら展望台へと続くエレベーターのチケットをチェックする人間もいない。
しかし、ビルの中の電力などは全て通常に動いているようだ。
完全に人間だけがいないビル。
異界。
その言葉が先に進むにつれて、じわじわと現実味を帯びてきている。

天薙は顔色も冴えないまま一行に続いている。
魔女退治と言うことでツアーに参加した天薙だったが、今はこの値へ足を踏み入れたことを苦々しく思っていた。
事と次第によっては王子を助け共に戦うことも考えていたが、どうもその王子が胡散臭くてならなかった。
巫女としての勘・・・なのかもしれない。
バスの中からずっと感じていた死気がどうも王子から感じるような気がする。
彼女が今までめぐり合ってきた「人ならざるもの」の気配を濃厚に帯びた王子。
いや、それが王子から感じるのかもわからないほど、死臭のようなものが色濃く漂っている。
そして、霊能者だと言うあのツアコン。
何度探っても影ばかりが目に付いて何も感じない。
黒い紙を切り抜いて作ったような、ぺったりとして何もない影。
そして、宝条が聞いて来たという「テンカの珠」という宝玉の話も気になる。
テンカ・・・天下・・・
天を下にくだすほどの力・・・
こんなツアーで遊び半分にやるようなことではないと思われる。
「おかしいわ。」
裏がある・・・碇はそう言っていた。
たしかにこのツアーには裏がある。
「もしかしたら、このツアーを無事終わらせることが目的になるかもしれないわ・・・」
和装美人のたおやかな外見とは裏腹に、燃えるような意思の持ち主である天薙はそっとこぶしを握り締めた。

「誰もいないビルって不気味ですね・・・」
きょろきょろと周りを見回しながら列についているのは葛城。
その横をカメラを片手に滝沢が歩いている。
「だめだぁ、シャッターが下りない。無人のサンシャインなんて珍しいから、写真とりたかったのに!」
「ここは異界らしいですから・・・機械が上手く動かないのかもしれないですね。ミステリースポットとかでシャッターが下りないって話はよく聞きますし・・・」
葛城が想像していた廃墟とはかなりイメージが違ったが、十分にミステリアスだった。
「だったら、余計心霊写真とか取れたかもしれないのに!」
滝沢は悔しそうにカメラをしまう。
「あ、デジカメ駄目でもポラだったらどうかな?」
そう言って今度はバッグの中から、小型のポラロイドカメラを取り出す。
「準備万端なんですね。」
準備のよい滝沢に葛城が目を丸くする。
「だって、旅行にカメラは必需品でしょ♪」
そう言うと、滝沢は先頭を歩く王子の後姿に向かってシャッターを切った。
「あ、ポラは大丈夫みたい♪あとで、王子様と写真とろうね。」
「は、はい・・・」
葛城は滝沢のニコニコに圧されて思わず返事をしてしまった。

「では、みなさーん、順番にエレベーターに乗り込んでください。」
ツアコンの合図に一同がぞろぞろとエレベーターに分乗する。
宝条と天薙は王子やツアコンと一緒のエレベータに乗り込み、滝沢と葛城は列の後ろの方だったために別のエレベーターとなった。

◆写真
「え・・・なにコレ・・・」
滝沢は画像が浮かび上がってきたポラを見て息をのんだ。
王子の後姿を撮ったはずの写真には、王子の姿は映っていなかった。
代わりに写っていたのはまるで切り絵のような黒い影。
薄っぺらで真っ黒なシルエットのみが写っていた。
「カメラがおかしいのかなぁ・・・」
でも、よく見ると隣りにはツアコンの後姿が普通に写っている。
「どういうこと・・・?」
心霊写真?
でもどうして王子が・・・?
腑に落ちないものを感じる。
だが、時すでに遅く、参加者達は滞りなく最上階の展望室へと運び込まれてしまった。

◆魔女
最上階の展望室は何事もなく静かだった。
窓の外に広がっているはずの街の展望がまったくなく、青い空だけが広がっているのを除けば。
「魔女は・・・どこに?」
天薙があたりの様子をうかがう。
展望室には魔女どころか、参加者以外の姿はまったくない。
売店なども無人のままだ。
「皆様、お疲れ様でした。こちらが最終目的地の最上階展望室です。」
ツアコンが声を張り上げて言う。
ニコニコ顔は相変わらずで、なんだか剣呑なものすら感じる。
「あの〜、魔女は此処にいるんですかぁ?」
参加者の中から声があがる。
「はい。魔女は此処にいますよ。もう皆さんはその姿を見ています。」
「え?」
一同が騒然となる。
互いに顔を見合わせるが、最初から見覚えのある顔ばかりだ。
「まさか・・・」
宝条がさっきの王子の言葉を思い出し青ざめる。

生贄・・・

「はい、此処にいらっしゃる皆さんが「魔女」です。」
集合の合図をかけるときと同じように、なんの感情も出さずにニコニコしたままツアコンはそう告げた。

◆生贄
「ご安心ください。皆様の命を頂いた後は、きちんとご遺体はお家へお送りいたしますので、このツアーは遅れなく日帰りで終了いたします。」
ツアコンの声だけが、しんとなった展望室に響く。
「やはり女性を集める餌は白馬の王子様に限りますね。では、寄せ餌の王子様。ご苦労様でした。」
そう言うとツアコンはパチンと指を鳴らした。
それと同時に王子の姿が淡い燐光となって蛍のように散り分かれて浮かび上がった。
「霊能者が必要だったのは、ミステリースポットだからじゃなくて、死霊の王子様をこの世につなぎとめる為だったのね・・・」
影しかない王子の写真を握り締めて滝沢が呟いた。
王子は生きている人間ではなかったのだ。
これでさっきの影の写真も合点が行く・・・
「どうして・・・どうして私達が・・・」
涙目で葛城がつぶやく。
「さっき王子様が説明してたでしょ。聞いてなかったの?」
横から口をはさんだのは王子のメイドだと言っていた少女。
「この「転化の珠」を使うには魔女の命を生贄に差し出さねばならない。でも、一人一人探して殺すんじゃ手間がかかる。だからツアーを仕組んだのよ。」
少女はにやりと笑う。
「ミステリーツアーをでっち上げて、霊感少女達を呼び集めるのはそう難しいことじゃなかったわ。ツアー会社のメインマシンに侵入して勝手にツアーを組み込んだら、あとは釣れるのを待つだけですもの!」
「なんて事を・・・」
宝条がこぶしを握る。
此処に集められた少女達は、他の人よりほんのちょっぴり好奇心が強かっただけ。
それなのにそれだけのことで殺されるなんて・・・
「宝条さん、滝沢さん、葛城さん。私が合図したら他の皆さんを安全な場所まで離して下さいますか?」
天薙がぎりっとツアコン達をにらみつけている宝条達に声をかける。
「私がなんとかやってみますわ。」
そう言って怯える参加者達を背に一歩前へと歩み出た。

◆攻撃
「そう簡単には行かせません!」
天薙がつぃっと歩みでる。
「私がお相手仕りますわ。」
「あらら。」
気の抜けた返事をしたのはツアコン。
「まぁ、こういうほうが面白いかな。誰が相手する?僕?それともアリス?」
「私がお相手してあげるわよ、オバサン!」
まだ18の天薙にとんでもない暴言をふっかけて進み出てきたのは、先ほどのメイド・・・アリスと名乗った少女だ。
相手の幼さに一瞬ひるんだが、気を取り直して立ち向かう。
「口の悪い子ね。」
「私、あなたみたいな正義の味方って大っ嫌いなの。」
見るとアリスはマイクのついたヘッドホンをしていて、そのコードを弄んでいる。
「子供を舐めてると痛い目見るって教えてあげるわ。」
「黙りなさい!」
天薙は持っていた御神『神斬』をすらりと構える。
その構えには一部の気負いもなく、それでいて隙もない。
「じゃあ、私のほうから攻撃しろって事かしら。」
アリスはにやっと笑うと、指先でマイクをチョンッと突付いて言った。
「第3スプリンクラーOPEN!」
その言葉を合図に天薙の頭上のスプリンクラーが作動する。
もちろんその程度で動揺する事はないが、天薙はずぶ濡れになってしまった。
「小細工はおよしなさい!」
すうっと滑らせるように刀を振るう。
軽々しく、まるで剣舞のような可憐な動きでアリスに切りかかった。
「きゃっ!」
アリスはいつの間にか移動してきたツアコン・・・スリープウォーカーに抱え上げられ刃をかわす。
アリスを抱えたまま、スリープウォーカーはスススッと印を切り防御の結界を張ろうとする。
「そんなものは通用しません。神をも斬る「神斬」の力、その穢れた身をもって知るがいい!」
キィィンッとガラスを斬るような鋭い音と主に蒼い閃光を散らしてスリープウォーカーの結界を切り裂く。
そのまま、刃はアリスとスリープウォーカーの喉元へと迫った。

その瞬間。

「第4!第5!第6配電盤!」
アリスが声高に叫ぶと、バンッと言う音と共に天井のパネルが外れ落ち、ズルリと妖しげな触覚のように太細様々のコードを吐き出す。
吐き出されたコードは生き物のようにのたうち、天薙の上に躍りかかる。
「猪口才な!」
そんな障害はものともせず、天薙は一閃の元に切り捨てた。
ところが・・・
「電源ON!」
「キャアァァァ!」
アリスの一言で形勢は逆転してしまった。
濡れた床を這ったコードから、ずぶ濡れの天薙を高圧の電気が襲ったのだ。
電圧の勢いに天薙は激しく弾き飛ばされる!
「天薙っ!」
壁にぶつかる瞬間、咄嗟の判断で飛び込んだ宝条が抱きかかえて激突だけは避けられた。
しかし、衝撃に気を失った天薙はぐったりと崩れ落ちてしまった。
「とどめよ。」
アリスは倒れた天薙にむけてゆっくりと微笑んだ。

◆君主たるもの
「もう、やめてくださいっ!」
アリスと天薙の間に2人の少女が割り込む。
滝沢は気絶している天薙を庇うように覆い被さり、葛城は泣きながらアリスを睨み付けた。
「私達、何もしてないじゃないですか!もうやめて!」
「邪魔しないで!」
アリスは葛城にも容赦ない一閃を振るおうと、マイクに命令する。
「第4スプリンクラーOPEN!第12配電盤!電源!」
今度は水と電気が一緒に襲い掛かる!
激しい水煙の中で火花が恐ろしいほど弾け散った!
「次はあなた達よ!」
勢いのままにアリスの刃が他の参加者達へと向かう。
『待たれよ。』
低い男の声が響く。
その声に振り返ると気絶しているのか倒れている葛城達の側に1人の若武者が立っている。
『わが姫に仇なす不届き者よ。わが刀の露と散れ!』
鎧に身をつつんだ若武者は、過去世において葛城に仕えていた武者の1人で、今は葛城の守護となり死してなお御霊となっても彼女の側にいるのだった。
「これは僕の担当かな?」
抱きかかえていたアリスを下におろすと、ニコニコ顔のままでスリープウォーカーが対峙する。
その気配ががらりと変わっているのに気が付いた。
「忠義心に燃えてるんだねぇ。これは殺しがいがありそうだ。」
赤黒い手袋をはめた手をゆっくりと突き出す。
すると、大刀を振るわんとかまえた武者が凍りついたように固まってしまった。
「やはり、お姫様が殺されるのを見てから消えるほうが屈辱的でしょ?」
にやりと武者を見て笑う。
鎧に包まれたその顔を見ることはできないが、武者の焦りの気配が伝わってくる。
「先にお姫様だね♪」
そう言って気絶して動かない葛城の方をゆっくりと指差そうとしたとき
「スリープウォーカー!」
『待ちなさい。』
アリスと王子の声が響いた。
『その少女達に手を出せば、この少女の命もありませんよ。』
振り向くと、王子の霊に抱きかかえられたアリスが苦々しい顔でこっちを見ている。
「あらら。」
『キミもこの女の子にだけは大切なようだね。』
スリープウォーカーの内側で膨れ上がってたものが、空気が抜けるように消えさる。
「別に死んじゃっても生き返らせるからいいんだけど・・・痛い思いをさせるとしばらく期限が悪いんだよね、彼女。」
スリープウォーカーの殺気が消えたのを確認した王子は、ゆっくりとアリスを下におろす。
『さぁ、此処から出て行きたまえ。』
「なんだかなァ・・・。今回は諦めてやるかぁ。」
最後まで嘘か本気かよくわからない口調で言う。
「あの女の子にはお饅頭ももらっちゃったからなぁ・・・しかたない。」
そう言うと、半べそでスリープウォーカーにしがみついているアリスを抱えてエレベーターへと姿を消した。

「助かった・・・の?」
ぼんやりとエレベーターの降下表示を見つめながら滝沢が呟いた。
「いや、まだだ!天薙の呼吸が・・・っ!」
気絶したまま動かない天薙と葛城を介抱しようとしていた宝条が慌てて言った。
「呼吸が止まってしまっている!」
「ええっ!?」
滝沢も慌てて胸に耳を押し当てる。
「心臓・・・とまっちゃってるよ!」
先ほどの感電のショックで振動も呼吸も停止してしまったのだ。
「ど、どうしたら・・・」
鎧武者に抱き起こされた葛城が涙目で見ている。
そしてコレばかりは姫を守る忠義の若武者にもどうしようもない。

◆転化の珠
『大丈夫。これを使えば彼女の魂は戻ってきます。』
王子が冷たく横たわったままの天薙の胸の上に、そっと赤く輝く宝玉を置いた。
『これは転化の珠。死者となったものを生者へと転じさせることのできる宝玉です。』
「でも、その珠って生贄がいるんじゃ・・・」
宝条が不安げな顔で尋ねる。
そのために今ついさっき、自分達は殺されかけたのだ。
『生贄はいます。私が贄となりこの少女を甦らせます。』
「え・・・」
三人が王子の顔を見つめる。
王子ははっきりとした温かな笑顔でそれに応える。
『私は自分の命が長くないと知ったとき、この珠の力をもって命ながらえようと思いました、そしてあの二人の誘いに乗ってしまったのです。私が息絶える間際、あの男に私の魂は囚われ、この国に連れてこられました。何の罪もないあなた達を生贄にして、自分が生き返るために・・・自分には国を支える使命がある。国を守れるのは自分だけだと。・・・でもそれは間違いであると気が付いたのです。』
王子は葛城の後ろに控える亡霊の武者を見た。
『姿なくとも、私が国を守ることはできるのです。私の国は長く私の先祖達に見守られて来たのですから。』
「王子・・・」
『さぁ、私の姿が消えてその珠が明るく輝いたら、その少女を呼びなさい。戻ってきた御霊が迷わぬように・・・そして、勇気ある少女達に幸続くことを祈っています。』
そう言うと王子は柔らかな輝きを放ってその輪郭を失った。

後には静かな宝玉の輝きだけが残されていた。

◆お饅頭の効能
「あー!本当に載ってる!「ルダランド王国第一王子死去」!」
数日後、アトラス編集部でツアーのレポートを作成するために集まった4人は新聞で王子の死を知った。
「なんだか、よくわからない事件だったですねぇ・・・」
葛城が滝沢の指差している記事を読んで言う。
「まだまだ修行が足りないと神様に言われた気持ちです。」
複雑な面持ちで言うのは天薙。
あの後、無事に生き返った彼女だが、自分の修行不足を思い知る結果となった。
「でも、王子はこれから自分の国を見守る御霊となるんだね。」
黙々とタイプを打ちながら宝条が呟く。

あの後、気がつくと異界から通常のサンシャインへと戻ったビルの中は大騒ぎになった。
恐怖から立直った参加者たちが、ツアー会社を相手に訴えをおこしたりもしたのだが、今のところツアー会社は無関係であると言うことを押し通している。

「それにしても、あの二人組みなんだったんだ?」
宝条が思い出すと腹が立つ!と息巻く。
「邪悪・・・この一言だったわ。対峙したときのあの殺気は半端なものじゃなかった・・・」
アリスという少女を相手に立ち回った天薙が言う。
「死者よりも色濃く死をまとった存在・・・他者の死を見るためならなんでもする・・・そんな感じの嫌な存在だったわ。」
「でも、最終的にはお饅頭が決め手だったのよね・・・」
滝沢がポツリと呟く。
「お饅頭?」
話がよくわからないと言う風に葛城が首をかしげる。
「あ、葛城さんは気絶したたからわかんないと思うけど、あのスリープウォーカーって男が最後に言ったのよ。『あの女の子にはお饅頭ももらっちゃったからなぁ・・・しかたない。』って。」
「それって・・・饅頭もらったから私達を見逃したってこと?」
天薙が一層苦い顔をして言う。
「じゃ、ないかな・・・あの男、私のお饅頭一箱ぺろりと平らげてたし・・・」

罪もなく生贄にされかかったことよりも、饅頭に命を救われたことのほうが理不尽に感じてならない4人であった。

The End ?
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0664 / 葛城・雪姫 / 女 / 17 / 高校生
0800 / 宝条・ミナミ / 女 / 23 / ミュージシャン
0328 / 天薙・撫子 / 女 / 18 / 大学生(巫女)
0057 / 滝沢・百合子 / 女 / 17 / 女子高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは。
今回は私の依頼をお受けいただき、ありがとうございました。
何とかツアーから生還いたしましたが如何でしたでしょうか?
女の子だけのツアーだったのでもうちょっと華やいだ雰囲気に・・・と思ったのですが、やはりちょっときな臭いお話になってしまいました。
準備万端の装備?で出かけた滝沢のおかげで色々やらせていただきました。
最終的に決め手?となったのは水やお弁当と一緒に用意したであろうおやつのお饅頭・・・
なにがどこで役立つかは分からないものです。
これからも元気に頑張ってくださいね。
それではまた、どこかでお会いしましょう。
お疲れ様でした。