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陰の章 花町 八百比丘尼
サァァァァァァァァ。
梅雨独特の、体に纏わりつくような雨が降りしきる。
格子が取り付けられた窓からその雨を見ていた須佐ノ男は、ふと、耳に聞こえていた三味線の音が聞こえなくなったことに気が付いた。まだ曲は途中のはずである。
「どうした? お小夜ちゃん」
お小夜と呼ばれた娘は、三味線を弾く手をとめ俯いていたと思うと、突然須佐ノ男の体に抱きついてきた。
「おいおい…。まだ早いんじゃねぇのか? 」
「助けてください! 御願い! 私まだ死にたくない」
「はぁ? 」
想像していた事とまったく違うことを口走る娘の言葉に、須佐ノ男は素っ頓狂な声を上げた。
彼女の話によると、この頃、花町で芸者を狙った殺し屋がいるという。そいつは普段は衣で自分の顔を隠しているが、ちょうどこんな雨が降りしきる晩に外を歩く芸者に声をかけ、振り向いたその女を食い殺すという。その顔まで見たものは総て殺されているが、姿だけなら見た者はいる。その者の話によると、着物を着た女らしい体つきをした姿をしているらしい。薄布で常に頭を隠しているので、見ればすぐに分かるという事だ。
その謎の殺し屋に怯え、今では芸者はこんな雨の日は絶対に外出しないという。
「だけど、今日あたし、店の番頭さんにお使いを頼まれちゃったんです。どうしても今日中に届けなくてはいけないものがあるそうで…。でも外に出たらあたし殺されちゃう。だから、御願い!あたしを助けて! 」
「…って言われてもなぁ。どうするよ? 」
そう言って須佐ノ男は一緒に来ていた者たちの顔を見回すのだった。
(ライターより)
難易度 普通
予定締切時間 6/18 24:00
花町の依頼です。
今回は芸者のお小夜を守る依頼となります。
雨の降りしきる中現れる、芸者だけを狙うという謎の殺し屋とは何者なのか?
当然雨がふって、しかも日も暮れてますので、かなり視界は悪くなっています。道もぬかるんでいますのでそこを気を付けて下さい。
それでは、芸者を守る気概に満ちたお客様のご参加をお待ちいたします。
●敵
相変らず雨は降り止みそうに無い。
窓の外から相変らず振りつづける雨音が、静まり返った室内に鳴り響く。
芸者お小夜の懇願を聞いた一行を沈黙支配していた。確かに彼女の話は異常である。雨の夜に芸者だけを狙う殺し屋。一体何者なのか…。
「食い殺すね…芸者マニアなストーカーにしてはちょっといきすぎだわね」
その沈黙を破ったのは、不知火響であった。知り合いの陰陽師の少年に食事を奢ってもらえると聞いて、この都市に訪れていた彼女は、この街の雰囲気と、なにより野性味のある美丈夫、須佐ノ男の顔を見れてご満悦であった。今の話を聞いていささか気分を害したか、酒を口に含みながら窓の外を眺めるのだった。
「手向かう術を持たねぇ女を狙うたぁ、感心しないねぇ」
少女遊郷も同じ意見らしく頷く。
「しかし、その女を捕らえて食らうとは…。人の仕業とは思えねぇやな」
不知火が言った通り、ただのストーカーの犯罪にしては手段が常軌を逸している。幾ら好きな女を付け狙ったからといって、普通の人間が人を食いはしないだろう。
とすれば恐らく残された可能性はただ一つ。
「妖、か…」
不知火を朧に連れて来た雨宮薫の言葉が、敵の正体を言い当てていた。
「とにかくお小夜さんを守ればいいんだろ。だったら俺が身代わりになるぜ」
守崎啓斗の発言に、須佐ノ男は彼の顔をジト目で凝視した。
「なんだよ、その顔は? 」
「お前、女装趣味なんか? 」
ずばりと言われて、守崎は赤面した。
「んな!? 違ぇよ! ただ、俺は一応変装になれているから…」
「やっぱり女装趣味じゃねぇか」
「違うって言ってんだろう!!! 」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を見て、お小夜はクスクスと笑いだした。
「どうしたん?お小夜ちゃん」
「お二人って仲がいいですね。兄弟みたい」
「兄弟…か…」
小夜の言葉の中にあった兄弟という言葉に、一瞬須佐ノ男が複雑な顔をしたがそれに気がつく者は誰一人いなかった。
「あ、あの、囮が必要なら僕も…」
須佐ノ男に連れてこられた栗田芽琉が、おずおずとそう申し出た。確かに彼は女性のようにほっそりとした体付きをしている。ちょっと化粧をして着物を着れば、十分に芸者として通じるだろう。
「まぁ、有難うございます」
「ぼ、僕に近づくなぁ!」
小夜が礼を言って近づこうとすると、栗田は慌てふためき後ずさった。様々な理由で女嫌いな彼は、女性に近づかれるだけで拒絶反応を起こす。女性アレルギーと言っても良い。
だが…。
ぽふ。
後ずさった彼は、後頭部になにやら柔らかい感触を感じた。
「あら、大胆ね、坊や」
怖る怖る後ろを振りかえった栗田の視線に入ってきたのは、不知火の豊かな胸の谷間であった。
「は、鼻が…!!! 」
ブピュウ。
「ち、ちょっと…! 」
お約束とも言えるタイミングで鼻血を噴出し、栗田は気を失って倒れるのだった。
●雨の中
雨が降りしきる中、花町にある一件の茶屋から、七人の芸者が傘を差して姿を現した。銘々に異なった着物を着て、優雅な足取りで歩き出す。そして、それに遅れて十人前後の男女が後について彼女たちを追った。
小夜を警護するために、囮を申し出た者が六人もいたためである。うち二人は男であったが…。
「か弱い女性を狙うなんて許せないものね」
その中でも、もっともはしゃいでいたのは不知火であった。郷に入りては郷に従えとばかりに、店から芸者用の着物を借りて、艶やかに着こなしている。響姐さんとよんで頂戴なと、すっかり乗り気である。
「……」
流石に自分達芸者を狙う者が潜んでいる夜の街を歩くのが怖いか、小夜は無口になっていた。
「安心なさいなお小夜ちゃん。私達で必ず貴方を守るわ」
「は、はい…」
元気付ける不知火の言葉も、小夜の緊張を拭い去ることはできなかった。無理もあるまい。辺りの店はまだやっているため照明がついているとはいえ、辺りはかなり暗い。それにこの雨だ。叫び声を上げても悲鳴は誰にも届かないかもしれない。
「お小夜さん、少々お伺いしたいことがあるのですが…」
「はい、なんでしょう?」
横合いから彼女に尋ねたのは、天薙撫子である。彼女は普段から着物を着ているため、何の違和感も無く芸者の艶やかな着物も着こなしている。
「襲われた状況や目撃情報を確認したいのですが、芸者の方が殺されたのはこんな雨の降る夜なのですか?」
「はい。雨が降る晩に、芸者がお客様をお見送りした後、一人で夜道を歩くと後ろから声をかけられ、振り向くと衣を被った人が立っていて、いきなり鬼のような形相で喰らいついてくるそうです」
「鬼…」
天薙は顎に手をあてて考え込んだ。鬼のような形相とは、そんな表情をした人間なのか、それとも鬼そのものなのか。あくまで通りを歩いていた人間が遠目で確認しただけなので、そこまで詳しくは分からないという。ただ、襲われたいずれの芸者も心臓を喰い破られていたという。常軌を逸した行動であることは間違いない。犯人が人間であるならば。
「被害者が複数人いた時は襲われないのですか? 」
「いえ、数人で連れだっている時も襲われるそうです。前は五人で歩いていたのに全員殺されてしまったとか…」
同じ芸者仲間が殺されて悲しいのか、顔を曇らせる小夜。数人でという事になれば、このような状況でも襲われる可能性はある。警戒しておく必要はあるだろう。
一方女装組みの方はといえば、守崎はなれたもので、すっかり芸者に成りすまして静々と足をすすめている。だが、栗田は五人もの女性に囲まれ持病の女嫌いアレルギーが発病していた。
「お、女、女が…」
鼻血こそ出さないものの、大分足取りは乱れて千鳥足で何とか歩いている。はた目から見ればかなり怪しい姿であろう。これで護衛の役目が果たせるのだろうか。
「はぁ…」
そんな姿を見て守崎は深々とため息をつくのだった。
「さて、奴さん現れるかな」
少女郷は腕を組みながら、先を歩く芸者組を見つめた。囮を務める人数が多いため、敵が警戒して出てこない可能性もある。その場合はどうするのか。
その問いに、須佐ノ男は単純明快な答えを出していた。
「敵が出てこないのなら、それが一番だ。別に俺たちが退治しなくちゃならない義務はねぇからな」
今回の依頼はあくまで小夜の警護であり、敵を捕らえることでは無い。そんな仕事は陰陽寮が担当することだ。須佐ノ男は別段気負う風でも無く、のんびりと芸者組の後姿を眺めている。
だが、そんな彼の態度が気に食わない男がいた。
「何をのんびり構えているんですか。彼女たちが心配では無いのですか? 」
「心配ねぇ。するだけ無駄だと思うが」
須佐ノ男は、自分に食って掛かる都築亮一をあっさりと受け流した。そんな行為が尚更都築の癇に障る。
「あの子は、美桜は貴方を心配をして今回の依頼を受けたんですよ。それなのに…」
「だからこそ、任せているんじゃねぇか。信頼してるから先に歩かせてるんだよ。八卦紫寿仙衣も着ている。ちょっとやそっとのことじゃ打撃を食らわねぇよ」
「しかしですねぇ」
「あんたよ」
須佐ノ男は歩みを止めて、都築の顔に視線を向けた。
「な、なんですか? 」
「あいつを信頼してないんじゃねぇか?」
「……! 」
いきなり思いもかけない一言を言われ、面食らう都築。
「仲間って奴は、信頼することが第一だ。いつまでも守ってやれなきゃという考えは、相手にとって逆に失礼だぜ」
「貴方は美桜の何を知っているというんですか? 」
「知らねぇよ。ほとんどな。ただ、信頼はしている。そして信頼したからには任せる。それが俺の主義ってもんだ。あいつもそれを理解してるからお小夜ちゃんの近くにいるんだろ」
都築が気になっている少女を、須佐ノ男は視線で示した。小夜の隣で色々と話し掛けている少女の顔に不安な色は無い。或いは不安を感じているのかもしれない。だが、その不安を押し殺して依頼にあたっている。須佐ノ男はそれを尊重していた。
「まぁ、心配するのは勝手だけどな。俺に心配するように言うのは筋違いってもんだぜ」
少女が好意を抱いている男の器を見極めてやろうとこの依頼を受けたが、果たして彼はどうなのか。単に無神経で自分勝手なだけなのか、それとも……。
見極めるにはいま少し時間がかかりそうであった。
「嫌な状況だな」
多少雨量が増したようで、雨はけぶるように降り注いでくる。この雨音では、よほど大きな物音でも立たない限り、音は聞こえない。さらに雨のせいでさらに視界も悪くなってきた。ただでさえ、ネオンで照らされた現代の東京に比べ、蝋燭などが照明となっている朧の夜は暗い。その上雨も降ってくるとなると、前方を歩く芸者人の姿をおぼろげながら捉えるのが精一杯である。
雨宮はこの雨を苦々しく思っていた。小夜を護衛するのが難しくなってきた。何事も起きなければ良いがと思うが、もし彼女たちが何者かに襲われてもすぐには気がつけまい。
「仕方ねぇな、この雨だと…」
「だが、敵にとっては非常に有難い状況だ。一応符は渡したが…」
「あの折鶴か?」
隣を歩く少女遊の言葉に彼は頷いた。
実は店を出る前に、雨宮は小夜に折鶴を渡していた。ただしそれは普通の紙で折られたものではない。妖を退ける結界を構築するための呪符である。しかし、これらの術は作成した陰陽師以外が使用したのでは大した効果は上げられない。あくまで気休めといったところだろう。
「響や他の連中もついていることだし、大丈夫だと思いたいが…」
「おっ。どうやら敵が餌に食らいついたようですよ」
なにやら嬉しそうに呟いたのは、楊水鏡であった。芸者陣に潜り込ませて置いた囮の浮遊霊が、小夜の話にあった衣で顔を隠した者の姿を捉えたからだ。それはこの雨だというのに傘もささず、雨に打たれながら彼女たちの前に立ち尽くしている。顔は薄い衣で隠されているのでその形を窺い知ることはできないが、華奢な体付きからして女なのかもしれない。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
じと目で問う雨宮に、楊はほがらかな笑みを浮かべて答えた。
「いやぁ、別に他意なんてありませんよ。ただ、芸者だけを狙う殺人者に秘められた想いとやらに興味があるだけです」
「お前なぁ…」
「ささ、そんな事を言っていると、戦闘が始まってしまいますよ。急ぎましょう」
●八百比丘尼
「喰わせろ…」
衣を被った謎の者は、一行にそう告げた。低いしゃがれた老人のような声。雨音に消し去れそうな低い声であるというのに、妙にはっきりとその言葉は彼らの耳に入って来た。
「貴方が芸者の人を狙う殺人犯なのですか?」
神崎美桜が振るえる声で問うたのに対し、目の前の者は何も答えは返しはしなかった。
重苦しい沈黙が一同の中を支配する。
その沈黙を破ったのは、謎の者であった。
「喰わせろ…。柔らかい肉を、温かい血を!!! 」
やおら衣を剥ぐと、何時の間にか手に生じていた鋭い爪を振りかざし、謎の者は小夜に踊りかかった。
「う、うわぁぁぁぁ!!! 」
突進してくる謎の者の、顕わになったその素顔を見て栗田は情けない悲鳴を上げた。
巨大な耳、つりあがった目、耳まで裂けた口。それはまさしく鬼と呼ばれる者の顔であった。鬼面の者は、その華奢な体付きからは考えられないほどの脚力で小夜の元に駆けつける。
そしてその無防備な顔目掛けて、爪が振り下ろされる。
「きゃああああ!! 」
だが、上げられた悲鳴は小夜の者では無かった。
鬼面の者と小夜の間に割って入った神埼が、身を呈した庇ったのだ。強烈な斬撃により斬り裂かれる袖。しかし、その破けた跡から血が噴出すことは無かった。その下に着た薄手の衣が完全に衝撃より守ってくれたからだ。
宝貝八卦紫寿仙衣の効果である。
「むううう!生意気な。なれば貴様から喰ろうてくれるわ! 」
鬼女は、今度は神崎に向けて切りかかろうとする。しかし、その振り上げた手は振り下ろされる事は無かった。性格には振り下ろすことができなかったのだ。
「な、なんだこれは…」
鬼女は驚愕の声を上げた。自分の腕が自分の意思に反してまったく動かないのだ。腕だけでは無い。体全体が自分が動こうとする方向と、まったく異なる方向に引っ張られる。これは一体どうしたことか。
「やれやれ、随分と物騒な方ですね」
芸者の一人の影から現れたのは、骨董店『琥珀堂』の店主にして人形師の明神綾之丞であった。白磁の、まるで陶器のごとき顔に、酷薄な笑みが浮かぶ。
「さて、貴方の動きはこのインタリオで封じさせてもらいました」
そう言って得意そうに彼が視線をやったのは、傍らに立つ無表情な芸者であった。いや、そうではない。それは無表情では無く、表情を浮かべる事などありはしなかった。命の無い傀儡人形なのだから。
明神自慢の傀儡「インタリオ」。一応青年型の人形だが、その中性的な顔だちは女装させれば十分に女型としても通じる。事実、彼はこのインタリオを、囮の芸者陣に紛れ込ませていたが、何ら違和感は生じていなかった。
インタリオの細い指先からは、ピアノ線のように細い、人の目で見ることもできないような糸が伸びていた。そしてそれは鬼女の体に纏わり付き動きを封じている。
「もう指一本動かす事はできないでしょう。さぁ、諦めて・・・!!! 」
余裕たっぷりの彼の顔は、しかし驚愕の色に染め上げられた。
「ガァアアアァ!! 」
鬼女は咆哮を上げて、もがき出した。華奢な体からは考えられぬ腕力でひっぱられた糸は、耐え切れなくなり全てちぎれ落ちた。
「馬鹿な!」
明神と、それに天薙の口から同時に信じられないといった声が上がる。実は天薙も同じような武器、妖斬鋼糸でその動きを拘束していたのだが、それも引きちぎられたのだ。鍛えられた鋼を糸のように細くしたその武器は、見かけは糸でも強力な拘束力を持つ。それがちょっともがいただけで破られてしまったのだ。まさに鬼に相応しい力としか言いようが無い。
「こ、この野郎! 」
隙を見計らって繰り出された守崎の苦無は、しかしその爪に弾かれた。
自分の邪魔をする一行を怒りの眼で見つめ、再度鬼女は小夜に襲い掛かった。武器を構えず、無防備な彼女が一番組みし易いと見たのだろう。
「符呪、剪紙成兵術! 」
呪と紡ぐ声と共に、小夜の懐に入っていた呪符が輝き、周りに数人の鎧を着た兵士が現れた。驚きの表情を見せる小夜を尻目に、彼らは手にした剣や槍で鬼女に切りかかる。
だが…。
「シャアアア! 」
鬼女がその腕を振り下ろすごとに、その構えた武器ごと兵士たちの体が切り裂かれる。切り裂かれた兵士たちは血を流す代わりに、偽りの生命を失い一枚の符に戻る。
「これは、また…」
この術を放った楊水鏡は、その力の凄さにただただ呆れるばかり。
少し離れた所から一部始終を見ていた須佐ノ男は、鬼女の姿を見て、ポツリと漏らした。
「まさか、八百比丘尼か…? 」
「八百比丘尼? 」
「朧では禁忌とされる人魚の肉を喰らった事により、八百年の生を授かった人間。だが、毎夜女の心臓を喰らわねばたちまち置いた老婆と貸してしまうという魔性の妖。既に滅びたと噂されていたが、まだ生きていやがったか…」
鬼女、八百比丘尼は須佐ノ男の言葉ににぃと口を歪めた。それはまさに醜い嘲笑であった。
「行くぞ、少女郷! 」
「おう! 」
共に退魔刀を抜いた雨宮と少女遊は、息のあった連携技で左右から八百比丘尼を斬りつけた。しかし、彼女はそれを両手の爪でこともなげに防ぐと。二人を弾き返した。
「こいつ…! 」
「強い…! 」
「これならどうです! 」
相手が手ごわい妖と見て取って、都築は五鈷杵と呼ばれる仏具を八百比丘尼に投げつけた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 」
九字を切り、魔を退ける光が五鈷杵から放たれる。
「くぅぅぅ! 」
苦しみの声を上げて、顔を手で覆い隠す八百比丘尼。その隙を見計らって、都築は神剣ツクヨミでその首を薙ごうとした。
「もらった! 」
しかし、八百比丘尼は後方に鮮やかに飛び退り、空中で一回転して店の屋根に飛び上がった。
「この怨み、晴らさでおくべきか。覚えておれ、人間ども! 」
言うが早いか、先ほど見せた驚異的な脚力で店の屋根を次々と飛んで八百比丘尼は立ち去った。
「待ちやがれ! 」
「よせ。奴の力は分かっただろう。下手に追い討ちをかけたらこっちがやられる」
追いかけようとする守崎を制止し、彼自身呪符を取り出して何事か呟いたが、諦めたのかそれを懐にしまう。
「式神の追跡は無理だな…。もう姿が見えん」
「ああ…」
雨宮も悔しそうに頷く。八百比丘尼の逃げ足の速さもさることながら、今も雨が降り視界が悪い。闇に紛れ込まれては、いかに式神の眼でも追跡するのは不可能だろう。
「まぁ、いいさ。お小夜ちゃんは無事に守れたんだし、別にあいつをとっ掴まえる義務は俺たちにはねぇ。任務完了ってやつだろ」
傘を拾い上げて、須佐ノ男はあっけらかんと笑った。
「ついでにお小夜ちゃん、さっさと届け物をすましちまいな。その後、俺達はどこか風呂にでも行こうぜ。このままだと風邪を引いちまう」
戦闘を繰り広げるというのに、悠長に傘を差している者など誰もいない。皆戦いに気をとられてずぶ濡れになっていた。
一行はひとしきりお互いを笑いあうと、その場を後にするのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /属性】
0554/守崎・啓斗/男/17/高校生/木
(もりさき・けいと)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)/金
(あまなぎ・なでしこ)
0773/明神・綾之丞/男/29/骨董店『琥珀堂』店主/人形師/水
(みょうじん・あやのじょう)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生/水
(かんざき・みお)
0622/都築・亮一 /男/24/退魔師/木
(つづき・りょういち)
0806/栗田・芽琉/男/17/コンビニバイト/水
(くりた・める)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶/火
(たかなし・あきら)
0721/楊・水鏡/男/28/道士/水
(やん・しゅいじん)
0116/不知火・響/女/28/臨時教師(保健室勤務)/火
(しらぬい・ひびき)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)/水
(あまみや・かおる)
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。
陰の章 花町 八百比丘尼をお届けいたします。
八百比丘尼を捕らえることはできませんでしたが、無事小夜を守り抜くことができました。よって依頼は成功と言えます。
おめでとうございます!
今回は雨が降っているという設定だったので、視界が悪くなるというハンディがありました。このように天候による戦場の変化ということも注意していただけると、より活躍しやすくなるかもしれません。
この作品に関するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたら、お気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ反映させていただきたいと思っております。
それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。
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