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竜神様の家出
●竜神捜索願い
「それで、探してもらいたいのは誰なんだ?」
煙草を指で持て余しながら草間・武彦は静かに尋ねた。
「神社の竜神様です」
「……竜神?」
こくりと頷き、依頼人である女性ー浅葱・美穂(あさぎ・みほ)は僅かに眉をひそめながら、神妙な顔で言葉をつむぐ。
「うちがご奉公にいっている東(あずま)神社は、毎年6月にご神体である竜神様のほこり払いをしているんです。今年は丁度、二週間前に行ったんやけど……掃除をしている最中に、姿を消してもうたんです」
「消えた時の状況とか、何か変わったことは?」
「そういえば……子供の笑い声がしました。お昼でしたんで、近所の子やろかと思うとったんですが、人の気配は殆どありまへんでした。もしかすると……あれは竜神様のお声だったのかもしれまへん」
視線を宙に漂わせながら、美穂はそう答える。考え込んでいて武彦であったが、ふと何かを思い出し、おもむろに古新聞の束を漁り始めた。
「……あった。これだ」
武彦が取り出したのは一週間前の小さな地方記事。池の中央にぼんやりと竜のようなものが浮かんでいる写真が本当に小さく掲載されていた。
「あ、竜神様! この池は……石神井公園? 何でそないな所に」
「それは俺の台詞だ。とりあえず行ってみるか……そうだな。助っ人も何人かいた方が良いな」
そう呟き、武彦は電話を手に取りダイヤルを回した。
「……俺だ。ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
●プラズマ調査(?)
静かに降る霧のような雨の中、神無月・征司郎(かんなづき・せいしろう)は傘もささずに、のんびりと公園内の散歩を楽しんでいた。
わずかに湿るベンチに腰掛けて一息いれていると、何処かで見たような白衣の男性ー国光・平四郎(くにみつ・へいしろう)が歩いてくるのが見えた。妙な機械を手にし、歓喜に満ちた叫び声を上げながら辺りをきょろきょろと見回している。
「おおっ! すばらしい、こんなに強力なプラズマ反応を示すとは! ここか! この辺りか!」
「…………」
触らぬ神に何とやら。とはいえ、このまま放っておいては他の人の迷惑にもなるだろう。
そうこう思っているうちに、早速被害がおよんだようだ。
「そこのキミ! そこで一体何をしているのかね!」
「はぁ? 私はただ、ここでスケッチをしているだけだよ。そういうあんたはナニ?」
うっとうしそうに新見・千春(にいみ・ちはる)は平四郎を睨み付けた。
「我が輩か? 我が輩は物理講師を勤めている国光平四郎というもの。この地域に強力なプラズマ反応がしたので、調査に来たのだよ!」
意気揚々と語る平四郎をぽかんとした顔で見上げる千春。沈黙の後、千春はぽつりと呟いた。
「……あんた、大丈夫?」
「何だと!? それは一体どういう意味かね! 説明したまえ!」
「まあまあ、落ち着いて。そんなに騒いでは他の皆さんの迷惑ですよ」
今にも食って掛かりそうな勢いの平四郎を、征司郎は苦笑を浮かべながら制する。
気が付くと、何時の間にか見物人が大勢集まって来ていた。その場をしずめるため、とりあえず三人は近くの茶屋で一息つくことにした。
●休憩時間
石神井公園の中央付近。広場の隣にある茶屋の中央を陣取り、シュライン・エマと那神・化楽(ながみ・けらく)は小休憩をとっていた。大分雨模様が強くなって来たのか、茶屋の屋根をうつ音が激しくなってきている。
「……ねえ、竜神がいるのってどの辺りだと思う?」
おしるこに付いてきたしば漬けをかじりながら、エマは独り言のように尋ねた。視線の先には石神井公園の地図が広げられている。
ここ、石神井公園は東西にのびる二つの池を囲むように散歩道が設置されているため、徒歩で散策するにはけっこう時間がかかる。一通り見て回ろうとするならば小一時間は必要だろう。
「そうですね……やはり厳島塵じゃ付近でしょう。あの辺りは人も少ないし、幾つか社もあります。落ち着くには丁度良いのではないでしょうか。せっかく羽根を伸ばしに来たのであれば……のんびり出来る場所が一番でしょうしね」
化楽は飲み干した缶コーヒーをさり気なく放り投げる。缶はゆっくりと宙を舞い、吸い込まれるようにしてゴミ箱の中へ入っていった。
「お待たせしました」
深い浅葱色の和傘を片手に天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)と美穂の二人が仲良く戻って来た。
「お帰りなさい。どうでしたか?」
穏やかな微笑みで化楽は注文しておいたおしるこを二人に手渡す。
「とりあえず、石神井池の方には居ないみたいです。何よりあちらはカメラマンが多くてとても落ち着いて探していられませんでした」
「やっぱり、草間さんの推測通り……三宝寺池の方やろな。一息ついたら行くとしましょ」
美穂は座敷に腰を下ろし、おしるこをすすりはじめる。
「……ねえ、あれ何かしら?」
エマが指差した先に、細い水柱が上がっていた。
「ふん……すい? 違う……まさか……!」
「……っ!」
美穂の驚きように、撫子は飲みかけようとしたおしるこを危うくこぼす所であった。
「やれやれ……ゆっくりできると思ったのですがね」
そう言いながら、化楽は優雅に深紫の傘を広げる。
「あ……草間様はまだ戻ってないのですか?」
辺りを見回す撫子。エマはさらりと彼女に告げる。
「大丈夫よ。どうせ武彦さんも気付いていることでしょうし。さ、早く来ないと置いて行っちゃうわよ」
●友情の出会い
「るんるんるん♪ さーって、今日は見えるかなっ☆」
足取り軽く。水野・想司(みずの・そうじ)はスキップをしながら公園内……いや、池の上を歩いていた。結構な雨量のはずなのに、ズボンの裾すら濡れていない……ただ者でないのは確かなようだ。
三宝寺池の中央にある浮島に人影を見つけ、想司は軽やかに声をかける。
「何してんの?」
「うわぁあっ!!」
びくりっと身体を震わせて、浮島にいた少年は恐る恐る想司の方を振り向いた。
「……なんだ。子供か」
「む。そっちだって子供じゃんっ。それに何だよ、そのカッコ」
ひらりと浮島に着地し、想司はむーんと睨み付けた。
想司と同年代くらいの年格好である少年は、平安時代か鎌倉時代を思わせる古い和装を身にまとい、艶やかな青い長髪を後ろで一つにまとめている。何より少年から滲みでる神聖な雰囲気に、想司は第六感でずばりと告げた。
「さては人間じゃないね!?」
「……いかにもワシは竜神。タカナミノウミノミコトという名じゃ。ワシの正体が分かるとは、お主もただの人間ではないな。名は何と言う」
「僕は想司。泣く子も黙る吸血鬼ハンターさっ☆」
高らかに告げ、どこかのアニメに出てくるようなポーズをビシッと決める想司。感心した様子で竜神は想司を見つめる。
「ねえ竜っち。竜っちに会わせたい人がいるんだけど、会ってくれる?」
「……嫌じゃ。ワシはここでのんびりしたい。何処にも行く気なんぞないわ」
「じゃ、力ずくでも連れていっちゃうぞっ」
「ほほう……ワシと勝負するというのか……面白い」
すっと目を細め、静かに手をあげる。途端、池の水が噴き上がり、竜の形を象ると想司に襲い掛かってきた。
「わぉっ。凄いや☆」
ひらりと交わし、想司は後ろ回し蹴りを竜神にくらわせた。
「……っ!」
竜神は跳ね上げられた身体を素早く一回転させて体制を整え、浮島の端に降り立つ。
「ふふん。どーだっ☆」
「もう怒った。手加減はせぬぞ!」
「そうこなくちゃっ☆」
その時だ。池の向こうから平四郎の叫び声が聞こえて来た。
「そこの二人! その浮島は立ち入り禁止地帯だ! さっさとこっちへ戻ってこい!」
「…………知り合い?」
「……んなわけないじゃろ」
そう言葉を交わし、うっとうしそうに二人は拡声器を手にした平四郎を見つめる。
平四郎に遅れて、一緒にいた征司郎も言葉を投げかけてきた。
「坊や達ー。危ないから戻っておいでー」
傍らの千春も何か言おうとしたが、ふと疑問に思い呟いた。
「でも……どうやってあそこに行ったのかな。橋なんかどこにもないのに」
「泳いだのではないのか?」
「まさか。こんな浮き草だらけの池を泳いだら、それこそ自殺行為よ」
「……坊や達ー。そこで待ってなさーい。今、お兄さん達が人を呼んできてあげるからねー」
征司郎達が動き始めるのを確認し、竜神はぽつりと囁いた。
「……おい。今のうちに逃げるぞ」
「え?」
「ここでぼーっとしておれば、やがて人も集まろう。それでは勝負もあったものではない。ワシが良い場所を知っておる。ついてこい」
ふわり……と池の上に飛び下りると、竜神は軽やかな足取りで駆けていく。
「あ、待って待って」
同じように想司も飛び下り、あわてて竜神の後をおいかけていった。
●すれ違い
草間興信所の一行が到着したのは、想司達がいなくなった直後のことだった。
すでに人はおらず、穏やかな湖面に雨が静かに降り注いでいるだけだ。
「何も……ないみたいね」
がっかりとした様子でエマはため息をつく。
「あ、もう来てくださったんですね」
人を呼びに、近くの交番に行っていた征司郎は一行を協力に来てくれた助っ人と勘違いし、爽やかな笑顔で声をかけてきた。
「お忙しい所申し訳ありません。あそこの浮島にいる子供……あれ?」
「子供などいないようですが」
ちらりと横目に化楽は浮島を見やる。
「おかしいな、さっきはいたんだけど……どこ行っちゃったんだろう」
「その子達、どのような風貌か覚えていませんか?」
「確か……小学校か中学生位でしたよ。そうそう、片方の子はずいぶんと古い格好をしていました」
「……そうですか。もしかしたら、まだこの辺にいるかもしれませんね。探してみましょうか」
心の中を悟られぬよう、平常心で化楽は言葉を紡ぐ。
征司郎とともに、一行は二手に別れて捜索をすることにした。
「じゃ、何か気付いたらメールか携帯で連絡をして頂戴。じゃあね」
右手を振って軽やかに微笑むエマ。その後を追うように女性の二人も出発する。
「俺達は反対側から捜索にとりかかるとしましょう」
化楽の言葉に征司郎は小さく頷いた。
●我がままな子供の説得
「な……何だ」
強力な気配を感じ、武彦は視線を池の方へ向けた。タイミング良く木陰から化楽が飛び出してくる。
「ついに本性を現わしたな!」
喉を低く唸らせて、化楽は獣のような早さで駆け抜けていく。
「草間さん! 竜神様が……!」
血相を変えて、撫子と美穂の二人がやってくる。小さく頷き、草間は静かに告げた。
「急ごう。皆もすでに集まっているはずだ」
草間達が到着した時にはすでに全員が集合しており、互いににらみ合っていた。
「坊や……あんたが一緒にいる方はね、帰るべき場所があるの。いつまでも一緒にってわけにはいかないのよ」
切れ長の瞳でじっと見つめ、ぴしゃりとエマは告げる。
「……竜っち……」
「嫌じゃ! ワシはまだ帰りとうない! そうっちと一緒に遊ぶんじゃ!」
「竜神様!」
だっと駆け寄り、美穂はその場に平伏して懇願の声を叫び上げた。
「どうぞお帰り下さいませ! 皆様心配しております!」
「心配なぞ誰もしとらん。ずーっと、ずーっと……あんな暗くて狭い所に閉じ込めて信心の欠片も見えん、欲ばかりに満ちた祈りばかり捧げられる日々はまっぴらじゃ。ワシは帰らん。そう決めたんじゃ!」
後ろの方で睨みをきかせていた化楽がおもむろに歩み寄り、折り畳んでいた傘を突き付けた。
「子供だと思って黙っていたが……いい加減、我がままが過ぎるぞ!」
「……犬神ごときがワシに逆らうというのか……?」
薄い笑みを浮かべて横目で見上げる竜神。眉を寄せながらも化楽はじっと見つめていた。
「ねえ竜神様。そんなに外にいたいなら、こっそり抜け出したりしないで、うちに遊びに来なよ。うちにも不思議な人がいるから結構楽しいわよ」
勿論、ちゃんと神社の人の許可をもらったら……と千春は言葉を付け加える。
竜神のせつなそうな視線を感じ、美穂は
「ちょっとだけですよ」
と、優しく答えた。その言葉に、竜神は満面の笑顔で嬉しそうに飛び上がった。
「よーっし! じゃ今度の満月の日に遊びにいってやるからな! ……さすがに、もう……疲れた」
満足げな笑みを浮かべ、竜神はぱたりとその場に崩れ落ちる。
「竜っち! しっかり!」
がくがくと揺する想司にエマは穏やかに告げる。
「遊びつかれて寝ているだけよ。本当に困った子……」
優雅に歩み寄り、静かな寝息をたてる竜神の額にそっと唇を当てた。
「さ……帰るとしようか」
武彦の言葉に、一同はゆっくりと頷いた。
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●竜神の訪問先
「空梅雨で干上がり寸前の三宝寺池に恵みの雨、降る……か。もしかしたらあの竜神のお陰なのかもしれんな」
ばさりと新聞を広げながら、武彦は呟いた。
その傍らでスクラップ記事をまとめながらエマはくすりと微笑む。
「そういえば、あの竜神様……今度は『Moon−Garden』に遊びに行っているみたいですよ。珈琲とやらを飲んでみたいんですって」
「……おいおい、そんなに出歩いて大丈夫なのか?」
「ちゃんと務めは果たしているみたいだから、問題ないらしいわ。さてと……これで全部ね」
ファイルを棚に戻し、エマは優雅に振り返る。
「折角ですから、私達も飲みに行きませんか? 征司郎さんの珈琲、結構美味しいって評判なんですよ」
「そうだな……それじゃ一息つきに行ってみるとするか」
新聞を丁寧に折り畳んで机に放ると、武彦はゆっくりと席を立った。
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終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家
+時々草間興信所でバイト
0328/ 天薙・撫子 /女性/18/大学生(巫女)
0374/ 那神・化楽 /男性/34/絵本作家
0424/ 水野・想司 /男性/14/吸血鬼ハンター
0489/ 神無月・征司郎/男性/26/自営業
0700/ 新見・千春 /女性/24/陶芸家
0701/ 国光・平四郎 /男性/38/私立第三須賀杜爾区大学
物理学講師
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました。竜神様の家出をお届け致します。
今回の舞台はとてもローカル地帯であるにも関わらず、なかなか皆様詳しいようで、なかなか嬉しかったです(笑)実は家の近所なので、花見や祭りの際はちょくちょく遊びにでかけていたり。それに緑も多くて落ち着ける場所ですしね。
・シュライン・エマ様:作ってもらった表を参考に、竜神はこれからも色々な場所に遊びに出かけるようです。まだ遊びたい盛りなのかもしれませんが、困ったものですね(苦笑)
・天薙撫子様:和装に似合う雨具……結局、和傘にしてしまいました。色々あったのですが、一番お手頃なのはこれかな、と思いまして。模様は無地かワンポイントだけの大人しいものといった所ですね。
・那神化楽様:犬神は決して低い存在ではないはずなのですが、この竜神君はちょっと元気がありあまり過ぎているようです。子供の戯れとして暖かく見守ってあげて下さい(そうもいかないかな……)
・水野想司様:竜っちとは永久のお友達決定です(笑)良きライバル&親友として遊んであげて下さい。精神年齢が殆ど同じだったようで、付き合いやすかったのでしょうね。
・神無月征司郎様:まったりとした穏やかなマスターにお会い出来てとても嬉しかったです。イラストも拝見させて頂きましたが、素敵なお兄さん、といった方ですね。
・新見千春様:陶芸の題材は集まったような集まらなかったような(笑)でも、これからは竜神が遊びに行くようですので、彼をモデルにして何か作るのも面白いかもしれませんね。
・国光平四郎様:平四郎先生の講議はさぞかし楽しいでしょうね(笑)プラズマ調査は順調に行えたようです。でも、回収までとはいかなかったかな?
それではまた次の物語でお会い出来る日を夢見て……
ー谷口舞ー
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