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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


白物語「靴」
------<オープニング>--------------------------------------
「編集長〜…。」
三下の声の情けなさは今に始まった事ではない。
 が、今はまた一味違った。
 輪をかけて腹筋に力の入ってなさっぷりに脱力すら覚えるか弱さだ。
「何ッ!?」
対して、いつでも凛と張った碇の声は、聞けば自然と背筋が伸びる(声のせいだけではないが)。
 デスクの上、決裁待ちの書類の山を裁きながら碇は目も上げない。
「へへ、へん、集長おぉ〜…ッ。」
「誰が変ですって!?」
笑った末に暴言を吐いたような妙な区切りをした部下に、どこからかの光源でキラリと眼鏡を光らせて顔を上げた碇は、手にしたペンをポロリと落として絶句した。
 その前例のない偉業を成し遂げた三下は、不気味に啜り泣きながら其処に立っていた…背後の風景に、半身を透かしながら。
「編集長〜、僕、一体どうしたらいいんですか〜…。」
 外回りから帰ってきた彼は、どこかに身体を忘れて来ていた。
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 水野想司が中学生の身に甘んじているのは、ひとえに『世を忍ぶ仮の姿』というシチュエーションが気に入っているからである。
 吸血鬼ハンターというもう一つの顔を持つ想司だけに、義務教育にさほど重きを置かないのは必実であろう…社会に出るよりも先にもう手に職はついているのだから。
 彼の中では授業よりも、試験よりも重要なのは、闘争本能を満足させる大義名分である。
「つまんないなー、こんな日は要っちで遊びたいなー。」
まるで親しい友人に対するように…自称・魔王である海塚要の名を呟いた想司だが、その『遊ぶ』に込められた意味は世間一般で言う所の…一緒に遊園地に行ったり、映画を観たり、ゲーセンでスコアを競ったり、ナンパに繰り出したり、法律で年齢制限がかかっているご禁制の品に手を出したりという健全な代物ではない。
 この場合の『遊ぶ』は『死闘』を意味する。
 未だ成長過程にある彼は線も細く小柄で、尚且つ黒目がちの大きな眼は、通りすがりのお姉様達にもなんて可愛い♪と評されてしまう愛らしさ…でも中身はバイオレンスな危険人物な想司である。
 本日は彼のストッパーと化している同級生、森里しのぶが真面目に期末試験を受けている為、想司は街に野放しという一般市民に危険な状態である…のだが、近頃は想司が一方的に気に入った要に被害が集中している為、いっそ周囲に被害が及ばないだけマシかも…と、己の知らぬ所でスケープ・ゴートにされている事を当の要が知る由もない。
 まぁ、其処まで差し迫って死闘を繰り広げたい気分でもなし、今日は目下ライバルとみなしている月刊アトラス編集部員、三下忠雄と遊ぶとする事にして、想司は受付嬢に愛想を振りまきながら、エレベーターに乗り込み三階を指定する。
 狭い箱が上昇する僅かな間、想司はおもむろに小脇に抱えた学生鞄を開いた…蓋の裏、銀ナイフがベルトでずらりと並んで止められ、ポケットには透明な水で満たされた小瓶や、組み上げれば何か形を為すだろうと想像させる黒光りする金属群などが詰め込まれていた。
 蛇足ながら、教科書は一冊も入っていない。
 慣れた手付きでナイフを引き抜いて片手に構えると同時、鈴の音を立ててエレベーターが目的の階に着いた事を知らせて自動ドアが開き、想司は一歩足を踏み出した。
 一見、すたすたと気兼ねなく歩いているようだが、足音は全くない…扉を開け放たれたままのアトラス編集部からの会話が耳に届く。
「大丈夫っスよ、三下さん…俺がそう簡単に成仏させやしません!」
湖影龍之助の力を込めた断言…そこに想司が会いにやって来た人物の固有名詞が混じるのに、想司はナイフを持ったまま可愛く首を傾げた。
対する三下の声も聞こえる。
「違うんだよ、龍之助くんッ、僕はまだ死んでないんだよ〜ッ!……………多分…。」
断言するが、語尾に行く程自信を失っているのは何故か。
「どうも…何処かに忘れて来たみたいで…でもどこで落としたか覚えてないんだよ〜〜〜……ッ。」
「身体だけなくなるなんて、どうやって…そんな傘忘れるみたいに出来るモンなんスか?」
想司は愕然とした…健康なる肉体に健康なる精神は宿る…ならばその前後を逆にすればとてつもない力を得る事が出来るのではないか。
 三下の戦闘に向けた意気込みを感じ、自然、想司のナイフを握る手に力が込もる。
 その己が身の危険すら省みない心意気に、すっかり嬉しく楽しくなってしまっている…想司は花のような笑みを満面に広げると、足を早めた。
「ふはは!魔王に相談を持ちかける時点で血迷ってるぞ三下よ!」
別に誰も相談を持ちかけては居ない。
 全くの前触れなく会話に参入した自称・魔王の海塚要、気分としては、稲光をバックにマントを翻らせたいところなのだが、この不快指数ばかりが鰻登りな気候でマント装備ははっきり言って自殺行為…の為、手は飽くまでもマントがあるつもり、で虚しく空を打つのみである。
「だが、安心しろ!全能たる私だ!貴様の体をしかと見つけて、『眼からビーム』が出るように改造し、帝国戦闘隊長の座を進呈してやろう!」
 いつから会話を聞いていたのやら。
 気分だけは派手な登場でそう高笑う要の背に、ジャックナイフが柄まで突き立った。
「話は全部聞いたよ!」
血だまりに沈む要を踏み越え、想司はオフィス出入り口でナイフを投じた姿勢を正すと笑みを湛えたまま三下に歩み寄り、その両手を握(ったつも)り、上下にぶんぶんと振り回す。
「『自分の最大の弱点は精神力の無さだから、暫く身を封じ、魂を極限の域にまで高めたい』って!?ブラボーだよ三下さんっ☆僕が見込んだ修羅だけの事はあるよねっ♪ぢゃあ、三下さんがお留守の体を見つけて、僕が改造手術を施したげる☆脚に強化バネ装備だよっ♪そしたら僕と死合おうね!」
 少女めいた容貌で、実に無邪気に物騒な台詞を吐いた想司は、さて、と踵を返した…その下で潰れている要が変な音を立てるが一顧だにしない。
「ちょっと待ったぁ!」
ご機嫌な想司に、だが、制止がかかる。
「三下さんの身体を好きにさせないぞ!」
ビシィッ!と指をつきつけ果敢に叫んだのは龍之助である。
「そのとおり!三下には栄光ある帝国戦闘隊長の座が用意されているのだ!然るにその身体は私のものだ!」
 想司の足の下、きっぱり死んでいた要はその異常再生能力でもって地獄に門前払いを食らい、難なく復活する。
 三人の男の間に飛び散る火花。
「身体が!」
「身体を!」
「身体に!」
問題の焦点は遠いお空の彼方に消えている。
 それぞれの権利を主張する三つ巴に、三下はおろおろとするしかない。
「三下さんの身体って、男の人に大人気ねッ♪」
すかすかとすり抜ける三下の精神体の頭の辺りを、ピコピコハンマーらしき銀色のおもちゃで叩く月見里千里が、おもしろーい♪とはしゃいだ声を上げる。
「もてる男は……辛ぇな。」
ぽん、とこれまた肩に置かれた気分の手…日下部敬司の親身な感想に救いを求め、三下は祈りの形に手を組んでその長身を見上げた。


 想司は、道を挟んで向かい側にある喫茶店で、ソーダフロートを飲んでいた。
 店内には、半袖のシャツから覗く肌が鳥肌をたてそうなほどに冷房がよく効いている。
 窓が大きく取られて採光の良い室内…正面出入り口の様子がよく見えるが、外からは観葉植物の影になるような席を選んで想司は要の様子を見物していた。
『ふ…出遅れはしたが、魔王である私に不可能はない!さぁ!出るがよい我が僕達、我が意に忠実なる者よ!』
しつこいようだが、気分だけブワサッとマントを広げ、要は高らかに呼ばわった。
 しばらく待つが、何も起きない。
 両手を広げたまま固まっている要に、首筋をハンカチで拭いながら歩く中年男性が『暑いからな…。』と哀れみの視線を向け、子供連れの母親は180度方向転換して道を戻っていく。
 何故に想司が周囲の音を明確に拾っているのかと言えば…先ほど要の襟元に取り付けた盗聴機能付き発信器の為だ。
 片耳に装着したイヤホンからは、高性能マイクの拾うノイズの少ない音が聞こえる。
『どうした事だ!』
視覚的にも暑苦しい上、熱の吸収効率の良い黒ずくめの姿で、要は額から汗を垂らしながら召喚に応じない骸骨剣士に首を傾げた。
「お馬鹿さんだね☆骨ばっかりで力のないヤツ召喚してみてもアスファルトでぎっちり固められた道路が砕けるわけないじゃい♪」
 都会は、土の底に潜む魔物を召喚するに易しくない土地であった。
『ならば仕方ない!』
これまた気分だけマントの翻りを意識した腕の動きで、要は高々と片手を天に向けた。
『我が眷属と認めし小さき者達よ!盟約に依りて疾く参れ!』
今度は大丈夫だった。
 側溝から、街路樹の梢から、道の向こうから。
 彼の呼びかけに応えてわらわらと集まってくる108匹わんちゃ…ではなく、ネズミやら猫やら犬やら鴉やら鳩やら。
 ある種の拘りを感じさせるのは、同種の物は一匹も居ない辺りか…ネズミならばハツカネズミ、ヒメネズミ、ハムスターなど、猫もシャム、アメリカンショートヘアー、メイクーン…と全部挙げるわけにも行かないないほどのコレクションっぷりである。
『よくぞ集った、我が使い魔達よ!』
「あ、いーなー、可愛い、可愛い☆」
『良いか!不幸そうな漢を見つけたら、片っ端から引っ立てろ!』
 要の指示に、だが彼等は動こうとはしなかった。
 それぞれ、隣の者と顔を見合わせてしばし熟考の後…彼等は要自身に飛び掛かって行ったのである。
『馬鹿者!私の事ではない!』
小動物といえど、数を頼りにかかられるとかなり怖い。
 孤軍奮闘を十数分の後、なんとか無事に事態を切り抜けた要が息を切らすのに、叱られてしまった使い魔達はしょぼんと尾を垂らしたり項垂れたり。
 なんとも心温まる風景に、ちょっと冷えてしまったので今度はカフェ・オレを飲みながら、想司はズボンのポケットで振動を繰り返す携帯を取り出した。
「あ、ちーちゃんだ☆」
彼女が、三下の取材先で調査済みの場所を知らせてくれているので、先行隊は気にせず、要の後を追う心積もりの想司…狙うは漁夫の利、である。
 だが、動物達を引き連れて要が駆け去った後も動く気配がない。
 カップの中身を最後まで飲み干すと、彼は満足そうににっこりと笑って要が向かった先…駅の方角に笑顔を向けた。
「頑張ってね、要っち♪小動物は小荷物扱いだよ☆」
総額で一体幾らかかる事やら。


 三下片手に駅に向かってひた走る龍之助と、108匹使い魔の人海戦術でラストの取材先に赴こうとする要と、身体が見つかったら横から掠め取ろうという労の少ない作戦を取った想司とが駅前でそれに遭遇したのは、都合の良すぎる偶然であったと言えよう。
 最初に気付いたのは龍之助である。
 精神体で全くと言ってよいほどに質量のない三下をひきずるように走っていた彼は、その愛に関しては絶大な動体視力で以て、駅の脇にある交番へ向けて歩く人影に気付いた…いくらオールシーズン対応でも夏場は暑いだろう、よれたような紺の背広の後ろ姿。
 愛する人の背中を見間違える筈はないが、その身体は独力でなく移動していた。
 …人に背負われて居たのだ。
「三下さんの身体ーッ!」
咄嗟に声を張り上げた龍之助、持ち主は「え!?何処にッ!?」と全く気付いていない。
 そして、その龍之助の声に改札から出たばかりの要が反応した。
「おぉ、あれぞまさしく!行け、使い魔達!三下の身柄を確保するのだ!」
要が示す先、三下を背負った少年へ向けて小動物が押し寄せる。
 一両ずらして同じ電車に乗っていた想司は、改札を無視して隣接する自転車置き場との境に隔てられたフェンスを飛び越えた。
「三下さんの身体は、僕が貰うね☆」
「な、なんやねんッ!?」
夏の最中に皮のジャケットを着込み、何故だか首から般若の面を下げた少年は、前後左から突進してくる三者、どれを優先すれば良いか逡巡する…だろう、普通は。
 その間に距離を詰める龍之助、要、想司の目的が、彼の背負った身体にあると知れよう筈もなし。
 三者が全く同時に三下に手をかけようとした瞬間、咄嗟に彼は唯一空いていた右方へ向かってスライディングをかました。
 寸前で目標を見失った三者は、小動物と紛れててんやわんやとしている。
「なんやねんな、びびるやんかー。」
間一髪で難を逃れた少年は、ぐってりとしている三下に潰される形で、阿鼻叫喚を冷や汗モノで眺める先にタクシーで追いついた千里がしゃがみ込んだ。
「あ、三下さんだー元気そうで良かったー♪」
意識のない三下の手首をかくんかくんと振りながら、ある意味現況へ導いた彼女は呑気なものだ。
「おー、なんかすごい事になってるな。」
 料金を支払い、ちゃっかりと領収書を書いて貰った敬司は少年の上から三下を退ける。
「すまなかったな、俺達ゃコイツの知り合いでね。半日がかりで探してたもんだから、ヤツらも頭に血が上ったらしい。」
三下の身体権利の主張が再燃している三人を指し。
「あー、まぁ今日は暑いねんもんなー。」
少年はあっけらかんと敬司の言葉に応じると、立ち上がって膝についた埃を払った。
「しょーじき、知り合いがおってくれて助かったわ。交番届けて一割くれるっちゅーてもどこ貰うたらええか悩むし、引き取り手がなかったら俺が責任もって持っとらんならんし。」
 関西方面の独特のイントネーションで敬司に向かい、ニッと笑ってみせる。
「日下部さん、でもこの人が三下さんの身体持ってった人じゃないとも言えないんじゃない?」
千里が首を傾げるのに、敬司は少年に目線を合わせる…逸らす事なくまじまじと見返してくる真っ直ぐな視線に、小さく笑った。
「千里ちゃんの心配しすぎだな。」
「や、そでもないかも知らん。」
 敬司の否定は、あっさりと本人に肯定されてしまった。
「あっちんある廃線のトンネル歩いとったらそん人が来てなー。俺ン持っとった面に吃驚して後ろ向きにこけて枕木で頭打ったねん。しゃあないから荷物持っておぶって来たんやけど、靴だけめっからへんかったんや。堪忍ー。」
「あ、ホントだ大きな瘤があるー。」
千里が敬司が支える三下ボディの後頭部をさする。
 片手で拝む仕草で謝意を示す少年が示す思わぬ事実に、敬司はなんとも言えず呟いた。
「三下の奴もなぁ…抜けてるっつうか。」
「ところであんたら、俺と会った事、あらへん?」
現実逃避しかけた敬司に、不意に少年が問いを向けた。
 カメラマンという職業柄、人の顔を覚えるのは得手だが、彼と面識のあった覚えは薄い。
「いや…会った事があるか?」
「あたしも初めて、だと思うー。」
二人の答えに、少年は「さいで。」と手にした面で肩を叩き、ひとつ息をつく。
「気にしんとって。したらそん人が目ェ覚めたらお大事にゆーて伝えてやー。」
「面倒かけてすまなかったな。」
「ありがとねー♪」
和やかに別れを告げる彼等の背後で、あまりの騒動に交番から警察官が出て来ている。
 敬司と千里はすかさず他人のふりをしながら三下を抱え上げると、文句のひとつも言ってやろう…とこの場合は意識のある精神体に振り返るが、そこでおろおろしてたはずの三下の姿はいつの間にやら消えていた。
 そしてその後に。
 一足の革靴が、きちんと揃えて置かれていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0218/湖影・龍之助/男/17歳/高校生】
【0759/海塚・要/男/999歳/魔王】
【0424/水野・想司/男/14歳/吸血鬼ハンター】
【0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生】
【0724/日下部・敬司/男/44歳/フリーカメラマン】

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■         ライター通信          ■
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『たまには気分を変えて座談風味』

北斗:またもや大変お待たせしてしまい申し訳御座いませんッ<(__)>
? :せやな、人間謙虚さは大事や…けど反省だけならサルでも出来るっちゅーソクラテスの名言を知らへんのか?
北斗:ソクラテスはそんな遺言残してない!
? :まぁそんなコトはどーでもえぇねん。ちょい聞きたいねんけど…俺ン出番、もっと後と違たん?しかもめっさ端役やん!話違うで!
北斗:皆、何かと戦いたかったみたいだったから…サービス?
? :手ェ抜くなやアホダラ!ふつーこーゆー役をレギュラーにしたいNPCに振るか!?
北斗:いや、一般人に相手させてPCの皆様を犯罪者にするワケにゃいかんし。一撃で終わってしまうしね!
? :こないなヤツんトコに生まれたが運の尽きかい!
北斗:あはは、イヤだなぁ(形はどうあれ)ちゃんと愛はあるから安心して………散れ!
? :散るんかい!(ビシッ)←ツッコミ
済し崩しに終。

ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。