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DeadEnd Train
------＜オープニング＞--------------------------------------
深夜、三時。
踏み切りが動き出す。警報の音はしない。静かに遮断機がおり、赤いランプが一定のリズムで明滅する。
重たい音を立て、列車が踏み切りに近づいてくる。
ほんのりと青白い光を放っている。オレンジ色の車体は薄汚れ、雨の後を走りぬけてきたようだ。
電車が、踏切を通り過ぎる。突風が吹いた。
この時間、この線路の上を走る予定の電車などはない。そしてここは高田馬場。
シルバーにグリーンのラインが入った山手線の車両しか、この上を走る筈はないのだ。
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山手線の線路上を、幽霊電車が走っているという噂がある。この幽霊電車が走るようになってから、山手線の車内で「眼に見えない痴漢」にあうという被害も続出している。
今回の任務は幽霊列車の破壊である。
（以下略）
草間興信所 草間
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ＪＲ山手線「代々木」駅。午前３時。
重たい音が、遠くから響いてくる。
真名神慶悟は吸いかけの煙草を足元に落とした。
立ちあがり、踏みにじる。
「いいか」
後ろをふり返り、声を掛けた。
華奢な雰囲気の少女と、日本刀を持った青年が柱に寄りかかり、近づいてくる電車のライトを睨んでいる。
青年の名は日刀静。隣の少女は彼の相棒だそうで、確か名は今日子といったはずだ。
「いつでもいい」
静がぶっきらぼうに答える。
慶悟はホームの端に近づいた。
オレンジ色の古びた車体が、ホームに近づいてくる。
電車が動いている時間では到底ない。そして本来この線路を走るのは、銀地にグリーンのラインが入った山手線の車両のはずだ。
電車の灯りが徐々に大きくなってくる。
「……予想より速い」
慶悟は呟いた。
「我、汝が行く手を塞ぎ、金輪を絡めん！」
足を片幅に開き、慶悟が叫ぶ。
通りのいい声が、夜の代々木駅に響く。
赤い光が電車を包み込む。火花が飛び散る。
電車のスピードが緩む。しかし、止まらない。
「まだ走れるか」
慶悟は大して動じた様子もなく呟く。
「我が内なる理に従いて疾く！」
懐から札を取りだす。
電車に向かって投げた。
「急々如律令！」
空中に四散した無数の札が淡い光を放つ。
赤黒い肌をした鬼が、電車に向かって飛び降りた。
獰猛な顔立ちに、鋭い牙をのぞかせた鬼が電車にしがみつく。そこここに歯を立て、食らいつく。
火花が散った。
スピードがかなり緩む。だが、止まらない。
やはり中から叩かなければダメそうだな。
鬼が吠えた。先頭車両が、ホームから出る。
電車が、代々木駅を通過しようとしている。
「行け、静！」
慶悟の横を、静が走りぬける。
静はホームから跳躍した。
静が窓ガラスを蹴破り、中へと飛びこむ。
幽霊電車が、代々木駅を通過した。
×
生臭い。
車内に転がりこんだ静は身体を起こした。
獣の匂いのような、濃厚な生臭さが車内を満たしている。
飛び散ったガラスを踏みしめ、静は立ちあがった。
「誰じゃ」
「誰じゃ」
「誰じゃ」
無数の声が響き渡り、静の回りを気配が飛びまわる。
「去れ」
「去れ」
「黙れ、低級霊！」
静は刀を抜き、一喝する。
ヒステリックな笑い声が車両に満ちた。
空中から、長い髪が現れる。髪を振り見だした女の首が、宙に浮いていた。
それも、無数に。
一様に、血の抜けきったような青白い顔をしている。髪が長く、首から下はない。切断面は無残に潰れていて、刃物で切られたわけではないとすぐに判った。
首だけの女が、静を取り囲んだ。
「消えよ」
首が同時に口を開き、叫ぶ。
「消え去るのはお前らの方だ」
静は一気に車内を走りぬける。
銀の光が空中で弧を描く。
首が溶け崩れ、消えた。
「低級霊が寄り集まっているのか……紫剣の、仕業か？」
貫太は鼻をこすった。この生臭い獣の気。
「違う……これは獣の臭いだな」
×
「我が寝所に立ち入るはお前か」
甲高い声が響き渡った。
静はふり返る。
車両の反対側、進行方向に男が立っていた。
金色の豊かな髪を、鈴のついた髪止めで一つにまとめている。袖の長い白い和服を着ていた。下は白袴に、足袋。
目の縁と唇を朱色に塗っている。ぞっとする程美しく整った――しかし、紛れもなく男性の顔立ちであった。
「お前か、この電車を走らせてるのは？」
静は抜き身の刀を下げたまま、男に一歩近づく。
むせかえるような生臭さが吹きつけてくる。
男は袖で口元を隠し、ほほと笑った。
「いかにも」
うなずく。
「紫剣流は……何処だ」
静は刀を上段に構える。
「なんじゃ、お前あの者を知っておるのか」
男が眉を潜める。
「居場所など知らぬ。去ね」
男が吐き捨てる。
「嘘をつくな！」
静は男に向かって走った。
×
「静くん！」
電車に飛びつこうとした今日子の襟首を、慶悟が掴んだ。
「放して！」
「危ない。俺の式鬼に食われかねないぞ」
電車がホームを走りぬける。
慶悟は今日子から手を放した。
「さて、どうやって追うか……ん？」
重たい排気音が近づいてくる。
電車を追うように、小さな光が線路を走ってくる。
赤いバイクだと気付いた時、目の前でそれが止まった。
「真名神さん！」
バイクにまたがっていた娘が声を張り上げる。ヘルメットもかぶらず、長く伸ばした髪を三つ編みにしている。
草間興信所に最近入ったアルバイトの女性だ。確か――
「野田桃子です」
それだ。
「どうしたんだ？」
「草間さんの言い付けで、幽霊電車を追ってたんです。とりあえず、乗ってください」
桃子は後部座席をばしばしと叩く。
「この先で、鉄道作業員の方が今夜工事をしてるんです！ 早く止めないと！」
慶悟は眉を潜める。
線路から飛び降り、バイクにまたがった。
「私も行く！」
今日子が線路へと飛び降りる。桃子が困ったように眉を潜めた。
「走った方が速いわ」
今日子はまっすぐな瞳で線路の向こうを見つめたまま言う。
その手足に、灰色の体毛が生え始めていた。
×
男が跳躍し、隣の車両に移った。
静は追いすがる。
「知らぬと言っておる！」
男が叫ぶ。
ざっと袖を振る。
天井から、灰色の塊がぼとぼとと落下してきた。
床に落ちた塊は、むくむくと立ちあがる。獰猛な顔つき、巨大な牙。痩せこけた手足の先にはかぎ爪が生えている。
子供ほどの大きさの鬼だった。
「こんなものッ！」
静は太刀を振るう。
鬼は脆く、一閃で崩れ去る。
だが、数が多い。
天井から次々と鬼が落ちてくる。
「逃げるな！」
静は鬼を蹴り倒し、男に追いすがる。
恐怖業隻流剣術――「虚無」
「今日子のような人間を増やすわけにはいかないんだ！」
静の切っ先が、男の肩をえぐった。
「ぐわぁっ！」
男の悲鳴が響く。
血まみれの腕を振るう。静は弾き飛ばされた。
静は空中で体勢を立てなおし、網棚を蹴った。
刃がきらめく。
白檀の香りが漂った。
×
静の振るった刃が、止められていた。
木製の扇に、刃が押さえられている。
赤毛の少年が、男と佐倉の間に立っていた。
狩衣をまとい、素足に高下駄といういでたちだ。赤い髪を伸ばし、雅やかに扇をかざしている。
整った容貌は涼しげで、佐倉の刃の重みなど全く感じていないように見えた。
「くっ……！」
静が跳躍し、後じさる。
少年がすっと横へ移動する。男をかばうような位置だった。
「童子」
男がかすれた声を漏らした。
立ちあがりかけ、男がぐらりと揺れる。
少年の腕が、男の身体を支えた。
静は迷わず打ちかかる。
少年が扇をかざす。静は弾き飛ばされた。
「この男は貰っていくよ」
少年が片手で男を担ぎ上げた。
「君の仲間がこの電車を追っている。狼の少女を守った方がいいぞ」
男の腕から血が滴り落ちる。
少年が扇を広げた。
「今回の君の敵は僕たちではない。目標はよく見るんだな」
投げる。
扇は一直線に静へと向かってくる。
白壇の香り。
静はそれを切り落とした。
少年と男の姿はかき消えていた。
×
電車が近づいてくる。
窓から、静が顔を出した。
「もっと近づけるか？」
「やってみます」
桃子が大声を張り上げる。バイクがスピードを上げた。
「電車を破壊する！ 飛び降りろ、静！」
静が慶悟を見る。うなずいた。
跳躍する。
慶悟は後部座席に立ちあがった。
「巡りし五行！ 土気は理を縛り、金水・陰気は絶え、木火・陽気を今ここに奉ず！」
車体が紅蓮の炎に包まれる。
とりついていた式鬼が燃え上がった。
「震の方、巽の方、遥けき峰より疾く来たれ雷！ 急々如律令！」
バイクが電車に近づく。
「零よ！」
雷鳴が轟き渡った。
青白い、男とも女ともつかぬ光が空中に現れる。人間の姿をしているが、四肢には雷鳴がまとわりついている。
車両に突っ込む。
「人がいるわ！」
今日子が叫んだ。
線路を走る。
「遠ざけないと……」
速度を上げる。狼が、帯電する電車のすぐ横を駆け抜けていった。
数人の男性が固まり、幽霊電車のほうを呆然と見ている。
今日子は獰猛なほうこうを上げた。
――逃げて！
唸る。
恐ろしい狼が近づいてくるのに気付いたのか、男たちは悲鳴を上げて線路から離れてゆく。
今日子の目の前に、一人の男性が立ち塞がった。
「オン・マリシエイソワカ！」
今日子が走ってゆくのを横目で見ながら、慶悟は呪文を唱える。
無数の光の矢が、空中に現れる。夜空を照らした。
一斉に電車に襲いかかる！
爆音と唸り声が、響き渡った。
×
「あ、あなた……は……」
今日子はじりじりと後退する。
恐ろしいほどの殺気が今日子を襲う。
根の袴姿の――それは、紫剣流であった。
「静を怒らせるには、やはりお前が最も適している」
流が一歩踏み出す。今日子は更に下がった。
「今日子！」
静の声が響いた。
線路の上を走ってくる。
そのまま、流の胴を狙って刀を振るった。
「ははははは！」
流が嘲笑する。
その背後に、狩衣をまとった少年が現れた。
「おのれ……」
少年の肩に担ぎ上げられていた男が流を睨みつける。
流の顔から笑みがかき消えた。
「我を利用しおったな、人間風情が！」
肩から血を流している男が怒号を発する。
「そうカッカするな、狐よ」
流が跳躍する。
「つまらぬ邪魔が入った。静、また会おう」
空中に溶ける。
消えた。
「流！」
男が吠える。
童子のこぶしが、男のこめかみを小突いた。
二人の足元から炎が生じる。
白壇の匂いを残し、二人はかき消えた。
×
少年の肩の上で、男は目を覚ました。
肩から先の感覚がない。切り裂かれた頬も熱を持ち、激しく痛んでいる。
男は歯噛みした。
「おのれ、悔しや……！」
うめく。
少年は空を飛ぶのをやめ、ゆっくりと地上へ下りた。
小さな店が並ぶ、煉瓦敷きの道へと降り立つ。
黒いランタンが掲げられている店のドアを叩いた。
「ここで休めばいい」
肩に抱き上げた男に囁く。
ドアが開かれた。
「おかえり」
中から、青年の声が響く。顔を出した。
「お客さん？」
「そう」
少年はうなずく。青年に男を渡した。
銀色の髪を肩まで伸ばし、片眼鏡を掛けた青年である。店の中からハーブなどの野草の匂いがした。
『時間旅行―Time Travel』
店の入り口には、そう書かれていた。
×
「あれって、依頼人さんじゃあなかったのかなぁ」
報酬を受け取りに来た慶悟を紅茶でもてなしながら、桃子が呟く。
「あれ？」
「日刀さんたちに迫ってた」
あれあれ、と桃子は指先で空中に丸をかく。
何がしたいのか、よく判らない。
「報酬さえ頂ければ、依頼人はなんでもいい。
それこそ、ネズミやカエルだって構わない」
慶悟は紅茶を口に運ぶ。
「熱い……！」
呟いた。
「アレ、熱かったです？ ごめんなさい」
桃子が笑う。
興信所のドアが開いた。
銀行へ行っていた草間所長が帰ってきたのである。
「お疲れ様、真名神くん」
草間は応接椅子に座っている慶悟に、ＵＦＪ銀行と書かれた封筒を差し出した。
「いくらなんでも下ろしてきたままはないんじゃないのか……？」
慶悟は苦笑し、封筒を受け取った。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0425 ／ 日刀・静 ／ 男性 ／ １８ ／ 魔物排除組織ニコニコ清掃社員
0389 ／ 真名神・慶悟 ／ 男性 ／ ２０ ／ 陰陽師
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■ ライター通信 ■
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大変時間が掛かってしまいました。「DeadEndTrain」をお送り致します。
今回は募集人数が多かったので、二人一組で出番を半々くらいに分けるという書き方を取ってみました。
全編に渡り戦闘シーンになりましたが、いかがでしたでしょうか。
なお、今回登場している金髪の男性と扇の少年は、和泉基浦の他の話でも登場しているＮＰＣです。興味をもたれましたら、是非探してみて下さいませ。
真名神・慶悟さん
細かなプレイングをありがとうございました。術の方は全てプレイング通りにさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何しろ強い方なので、他のシナリオにも出ているＮＰＣを二人参加させてバランスを取らせて頂きました。
ご意見ご感想などありましたらお願い致します。お待ちしております。
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