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夢御殿
＜オープニング＞
生徒が立て続けに四人、自殺した。
初老の女性はそう呟き、膝の上の鞄をせわしなくさすった。
詳しくどうぞと草間が促すと、今度はしきりに汗を拭く。興信所に居る自分という状況に動揺しているのか、それとも話す内容があまりに深刻なのか。
草間は辛抱強く老女の言葉を引きだし、それから溜息をついた。
「つまり、あなたが理事長をつとめる私立高校で、生徒の自殺が四件続いたと。しかも、それが誰か生徒の呪いだという噂が広まっている」
「その生徒が誰かは判らないのです。憶測が憶測を呼び、生徒たちはぎこちなく毎日を過ごしているという報告が上がってきています。
生徒たちの心配を取り除いてやりたいのです。呪いの事件が本当ならば、呪いをかけた生徒の名前、そして何故呪いなどをかけたのかを」
「その噂がデマだという可能性については考えてはおられないんですね」
草間の問いかけに、老女――柳沢学園理事長は沈黙した。
「わたくしは、八割がた本当だろうと――思っています。だから、草間さんのところへ」
ああそうですね、と草間は相槌を打つ。頭の中ではすでに、見積もりを始めている。
「だって、屋上から飛び降りた最後の一人を、わたくし目撃したんですの。大きな眼のついた掌が、あの生徒の背中を押すのを――」
老女は震えながら、それでもしっかりと草間の見積もりを聞いた。
「それで、来週から丁度修学旅行なんですの。構内に探偵さんが入りこんで調べるというのは難しいですから、出来れば」
草間はぽかんと口を開け、それから
「ああ、はい。わかりました」
とうなづいた。
＜喫茶店 Ｍｏｏｎ−Ｇａｒｄｅｎ＞
店内の照明が落とされているが、窓から入ってくる午後の光だけで十分な明るさがある。隠れ家的人気を持つ喫茶店は日光をたっぷりと取り入れる作りになっているのだ。
定休日にもかかわらず、Ｍｏｏｎ−Ｇａｒｄｅｎには数人の人影があった。
カウンターの奥にマスターの神無月征司郎。客人のために丁寧にひいたコーヒーを、カップに注いでいる。店の中に芳しい香りが漂っていた。カウンター席に座っていた日刀静、シュライン・エマはブラックを受け取った。
「私と征四郎、虎之助は教育実習生として潜入よ。理事から教師たちに話はつけてあるわ」
全員の書類を手渡し、シュラインはてきぱきと言う。
「私はグラマー、征四郎は科学、虎之助は世界史だそうよ」
「ブレンドしたりするのは得意ですけどね」
のほほんと征四郎は答え、作り上げたカフェ・ラテをテーブル席に運んだ。静のパートナー今日子と、月見里千里、九夏珪が座っている。
「残りは転校生ね。制服は学校で用意してくれるそうよ」
「やった☆ あそこの制服可愛いんだ」
「行ったことあるのか？」
「前のお仕事でね」
千里は珪にウインクする。
「事前に皆が必要とした情報を、教師たちが集めてくれたわ。まずは一枚目を見て頂戴」
全員が書類に触れる、かさこそという音が響く。
「自殺者は四人。木下祐子、森脇千恵、橋場尚子、井上香奈。クラス、学年ともにばらばらだわ。共通点があるとすれば、木下と森脇は同じ吹奏楽部だってことぐらい……他の二人は部活も違うわ」
「共通点があれば、生贄って可能性もあったわけだ」
陰陽師らしく珪が言う。
「いじめとかそういうものもなかったそうよ。接点自体がないから……。知り合い同士ってわけでもなかったみたい」
「何も解らないってことですか」
言い終わるか終わらないか。虎之助が口を止めた。定休日のはずの店に、少女が現れたからだ。走って来たのか、息を弾ませている。
「こんにちわ！」
栗色の髪を揺らせ、少女は眩しいほどの笑顔を向けた。
「頼子ちゃん？ どうして？」
嬉しそうに千里が椅子から立ち上がる。
「お役に立てるかもしれないと思って」
「元気そうで安心したわ」
初めて会ったときの、暗い表情は何処にもない。はつらつとして若さに溢れている。
自分のやってきたことが正しいのだと、誇りたい気分だった。
「興信所の皆さんにはお世話になってるし、私、なんでもしちゃいますよ！」
軽い談笑を交わしながら、千里の隣に座った。
「自殺した四人のことを調べているんでしょ？ お役に立てるかどうか解りませんが、ちょっとした情報を持って来ました」
バッグからＢ５のプリントを出し、全員に渡す。ルーズリーフに手書きしたものを、コピーしたようだ。十人ほどの名前、クラス、特徴が書き込まれている。
「私が集めたかぎりの、犯人だと噂されている人たちです。私は二年だから突っ込んだことはわかりませんが、三年はかなりぎすぎすしているみたいです。殺人者と一緒に寝泊りするのだから、当然かもしれないけど……」
「ありがとう。役に立つよ」
虎之助に笑顔で返し、頼子は続ける。
「で、三年生の神楽センパイに話つけてきちゃいました。センパイは修学旅行実行委員長なんです。いろいろなことを知っているはずだし、困ったことがあったら相談してくださいな」
潜入先に味方がいると心強い。
学校内では出来るだけ会話をしないこと、知り合い同士だと悟られないことなどを全員で話し合い、やがて別れた。
生徒の気持ちとは反対に、旅立ちの日はいやになるほど晴れ渡った空だった。初夏の陽気を感じながら新幹線に乗り込む。柳沢も他の学校と同じように、修学旅行専用車両−−−つまりは貸切−−−だった。車内のどこを見ても同じ制服というのは、気持ちの良いものではない。
虎之助は教師たちと同じ席に座っていた。隣には征四郎がいる。そして、通路からはひっきりなしに女子生徒が話しかけてくる。教育実習生、それもいい男となると当然かもしれない。
大学ではどんなことをしているのか、どれぐらい学校にいるのか、彼女はいるのか……様々な質問をぶつけられる。虎之助はそれぞれ丁寧に、かつ楽しく答えていった。女の子がそばに居るのはいいことだ。
「センセー呪いって知ってる？」
「いいえ？」
つり目の女子がにやっと笑った。
「気をつけないと呪われちゃうよ！」
「誰に気をつければいいんですか？」
「坂上とかやばそうじゃない？」
ポニーテールの女子が間に入る。
「やばそう！」
きゃはは、と笑い声が生まれた。
坂上みほ、か。確か頼子さんの情報にもあった名だ。注意する価値はありそうだ。
「やめてよ！」
笑い声を悲鳴が切り裂いた。三つ向こうの座席で、少女が叫んだのだ。ボブショートの、背の高い少女だ。
「わた……わたし……」
瞳に涙の粒が盛り上がる。
「綾？」
ポニーテールが首を傾げる。
「私、呪われてるんだから……！」
車両にいた生徒全員が綾を見た。警戒心に触れたのだ。
「冗談でしょーもう」
笑い飛ばすつり目。
「冗談じゃないわよ！！！ なんにも知らないくせにっ！」
綾は通路を抜け、別車両へと走っていった。
征四郎と視線を交わす。相手も頷いた。
二人は席を立ち、綾を追いかけた。
「綾……さん？」
食堂車両に綾は居た。目元を涙で赤くしている。虎之助がそっと声をかけた。
小動物のようにびくっと震える。
征四郎は安心させるため、自分たちの身分を明かした。そして、必ず守りますから、と続ける。やっと綾は虎之助たちを正視してくれた。
「私、殺される……」
「大丈夫だ」
そっと虎之助が綾の肩を抱いた。柔らかい手触りで、壊れやすいそうもののように感じた。髪からふわりとシャンプーの甘い香りがした。
「詳しい話を聞かせていただけませんか？」
「声が聞こえるんです。日がたつ後とに頻度が増して……死ね死ねって。その声を聴いていたら、頭がぼーっとしちゃうんです。気が付いたらホームから飛び降りそうだったりして、気が抜けなくて……」
「出来るだけ一人にならないように。よければ、俺が一緒についているよ」
綾は虎之助にそっと微笑んだ。
「ありがとう。話を聴いてくれて。友達は呪いだって言うと、笑ってごまかすか話を変えちゃうんだ……」
イタコの真似はできるといっても、呪いを解いたりはできない。虎之助は、誰かに相談しなければならないな、と考え始めていた。
新幹線で京都に入り、クラスごとにバスに乗り換える。このまま市内を観光し、一日目の宿に行く予定なのだ。綾のことがあったので、征四郎はＤ組のバスに乗っていた。綾はＤ組なのだ。
「あら？」
バスに乗り込むと、シュラインが一番前の席に座っていた。
「偶然……というわけではないようですね」
にっこりと笑ってから隣に座る。次に虎之助が乗り込んだ。軽くシュラインに会釈をする。
「シュラインさんも綾さんのボディーガードですか？」
「犯人らしい女の子を見つけたの。少し調べさせてもらおうと思って」
「坂上みほ？」
虎之助にシュラインはあら、と言う。
「さすがね。結局行き着くところは同じなのね」
「別行動の意味がありませんでしたね」
くすくすと征四郎は笑った。
「次の犠牲者と思しきは綾さん、犯人として一番確率が高いのがみほさんか。女の子ばかりだな」
フェミニストとしては心が痛む。
「あー」
バスのステップを軽い足取りで昇って来た、千里が声を上げた。
「みんなそろっちゃった☆」
みんな……千里の後ろには、珪、静、今日子が続いていた。
それぞれ新しく出来た友人の側の席へと移動していく。
征四郎はまたくすくすと笑ってしまった。
軽い振動とともにバスが動き出す。駅のターミナルを抜け、まっすぐな道路へ出た。さすが観光地とあって、町並みも美しい。街の概観を損なわないよう、自動販売機の設置を禁止している地域もあるという。
移動中の時間を利用し、生徒たちはカラオケを始めた。なんでもついているバスだ。マイクを回してそれぞれが歌っている。その中には千里たちの姿もあった。
征四郎は修学旅行のしおりを取った。パンフレットというよりしおりと呼ぶのがふさわしい作りだ。パンフレットによれば
「次は法隆寺ですか」
「法隆寺といえば1400年の伝統がある寺ね。世界的な仏教宝庫としても重要視されている建物だわ」
「つまり、すごく古くて観光人気があるってことですか」
シュラインは苦笑して、その通りよ虎之助、と言った。
「修学旅行の基本ルートですよね。法隆寺、清水寺、金閣寺、三十三……」
「俺も行ったことあるぜ」
「僕もです」
「……私、修学旅行北海道だったから……」
ぽつ、とシュラインが言った。
そうこうしているうちに、バスが止まった。着いたようだ。学生たちは気の合う仲間と一緒に境内を散策するようだった。征四郎たちもバスを降りる。
「綾さん」
虎之助がバスの出口で少女を呼んだ。ふらりとステップから降りてくる。征四郎たちを一瞥もくれず、歩き出した。
「あれ？」
「……様子が変だ」
さすがにイタコもどき。虎之助は何かを感じ取ったようだ。
「ひっ！」
バスに残っていた一団から悲鳴が上がった。
「俺は綾さんを追う！」
走り出した。綾の背中を追う。綾は歩いているはずなのに、走っても追いつけないというのはどういうことだろう。石畳を抜け、砂利道を進む。綾は道に迷うことなく、法隆寺内、観光の目玉とも言える夢殿へたどり着いた。
「綾さん！」
全身で叫ぶ。だが、綾は止まらない。
木造の夢殿に登り始めた。爪が弾けて血が飛ぶ。全身を爪だけで支えて、虫のようにするすると上る。綾の全身から言いようのない悪い気が流れていた。
追いかけようとするが、さすがに上れない。二階建て程度の高さなのだが、屋根に上がるとっかかりがないのだ。
と、綾が飛び降りた。
石畳に頬の骨を打ちつける。ごりっと音がした。だが、また立ち上がり夢殿に上ろうとする。抱き締めて止めるのだが、力が強く止まらなかった。
「これが女の子の力か！？」
「いた……！」
今日子が叫んだ。どうやら仲間が駆けつけてくれたようだ。これ以上綾を傷つけないで済む……。
「何をしているの？！」
征四郎とシュラインは綾を抱きとめる。が、二人を軽々と跳ね飛ばした。
「出て来い。そこにいるのだろう！」
静が近くの桜の木に抜き身を向ける。美しい葉桜の置くから、少女が現れた。
「坂上……みほ？」
少女が小さく頷く。
「やめなさい。自分が何をしているのか、解っているんですか」
征四郎の声が鋭くなる。
「……手を切るんだ」
全員が後ろを振り向いた。
横笛を手にした少年が、一人立っていた。鴇色の髪、前時代的な狩り衣、そして高い下駄を履いている。頭には二本の小さな角が生えていた。
「また会ったな」
「あなた、香織ちゃんに酷いことした人でしょ！」
千里と静が睨む。
少年は冷たい雨に打たれているように、生気がなかった。じっと己の手元を見ている。
「手を、切るんだ。そうしたら、彼女の力はなくなる……」
「だからずっと手に包帯を巻いていたのね」
シュラインは静を見た。静が一瞬迷う。眉をゆがめ、砂利を蹴った。向かってくるとは思わなかったのか、みほの目が見開かれる。
包帯を巻いた細い腕が、抜けるように青い空に飛んだ。
「ぎゃあぁああ！！」
地べたに倒れた綾が叫んだ。意思が戻ってきたのだろう。全身を襲う激痛に内臓が飛び出すほどの悲鳴を。
千里が能力を使い、看護婦に変身する。大急ぎで応急手当を始めた。
「通じない？」
救急車を呼ぼうと、虎之助は携帯電話を耳に当てた。なんの音もしない。
「……霽月様……霽月様……」
腕を押さえ、みほが狩り衣姿の少年を見る。
「僕が仲間にすると思ったのか？ 下賎な人間風情を」
狩り衣の袖口に着いた鈴が、さらん、と鳴った。
「待ちなさいよ！」
去ろうとする少年を、今日子と静が追っていった。
「あれ？！」
千里が手当ての手を止める。喜びに顔を赤くしていた。
「怪我、消えちゃった」
倒れているみほに近づく。額に脂汗を浮かべ、気を失っていた。みほの腕の出血も止まっている。征四郎は上着を脱いで、側に落ちていた腕を拾った。そっと包む。
「急ぎましょう。再生手術が間に合うかもしれない」
静の剣は鋭い。今の医療技術なら、手も元通りになる可能性がある。
仕方がないこととはいえ、女の子の腕を切り落とせるなんて。
腕を無くした少女を抱き上げた。軽い体重だった。小鳥のように細くて、とても刀など向けられない……。
征四郎は静のぞっとする一面を見た気がした。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0689 ／ 湖影・虎之助 ／ 男性 ／ ２１ ／ 大学生（副業にモデル）
0086 ／ シュライン・エマ ／ 女性 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
0165 ／ 月見里・千里 ／ 女性 ／ 16 ／ 女子高校生
0489 ／ 神無月・征司郎 ／ 男性 ／ ２６ ／ 自営業
0425 ／ 日刀・静 ／ 男性 ／ １９ ／ 魔物排除組織ニコニコ清掃社員
0183 ／ 九夏・珪 ／ 男性 ／ １８ ／ 高校生（陰陽師）
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■ ライター通信 ■
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和泉基浦です。
夢御殿をお届けいたします。いかがでしたでしょうか。
修学旅行は季節物なので、大慌てで書きました〔笑〕
他の方のノベルもご覧頂くと、全体がはっきりすると思います。
今回登場しているＮＰＣ奥山神楽（霽月童子）は私の他の依頼にも登場しております。
今後も登場いたしますので、気になった方はご覧ください。
女子高生との旅はいかがでしたでしょうか〔笑〕
今回は口説きませんでしたが。
ご感想をお待ちしております。
お気軽にテラコンよりメールくださいませ。
飛んで喜びますので。
またお会いできることを祈って。 基浦。
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