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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陽の章 陰陽寮 歪み

●オープニング
 朧の中心街にある市役所。
 その地下に、巨大な祭儀場があることは、限られた人間しか知ることは無い。治安維持を司る暦司とは別のもうひとつの陰陽師の組織天文方。
 風水と陰陽に基づいて土地や星の位置から吉凶を占い、朧の市政を決めるこの場所は、今未曾有の混乱に陥っていた。
「朧上空の時空に乱れが発生。時空震が起きています! 」
「どこを中心にしている!? 」
「分かりません! 現在発生源を索敵中」
「結界に綻びが生じています。復旧間に合いません! 」
「やはり…あの者たちが帰ってくるのか」
 儀式に取り掛かっている陰陽師たちからの連絡に、祭壇の中央に立っていた白髪の老人は自分の想像していた事が起こることを予期していた。
「天文博士様。これはもしや…」
「おお、これは月読か。そなたも来ていたのだな。」
「はい。この異常な気の乱れはもしやと思いまして」
 何時の間にか祭儀場に現れていた、暦博士の月読に振り返りながら天文博士は重々しく頷いた。
「有無。そなたの想像通り、恐らくは…」
「時空震の発生源が確認できました! 」
「どこだ! 」
「…ここです! 市役所の上空が発生源になっています」
「奴らめ…。ここを最初に狙うつもりか」
 月読はその報告を聞くや否や、すぐさま走り出した。天文博士は慌てて彼を引き止めた。
「どこへ行く! 月読」
「時間がありません。暦司の動ける陰陽師総てに対応させます。後、界境線からきたお客人にも…」
「馬鹿な…。奴らと同じ世界から来る者たちに頼るつもりか! 」
「彼らは信用できます。とにかく今は時間が無いのです。何とか、彼らをやり過ごさなくては…」

(ライターより)

 予定締切時間 6/24 24:00

 難易度 やや難

 随分と慌しいオープニングとなりましたが、どうやら陰陽寮の上空に何者かが現れるようです。月読たちはある程度正体に感づいているようですが、果たして一体何者が現れるのでしょう。
 その上空から現れる者から市役所を守るのが今回の依頼となります。具体的にどのように戦うのかを記していただければ幸いです。
 うまく敵が何者なのか推理して、対応してみてください。勿論分からない、もしくは私の依頼に初参加の方であれば、戦闘方法だけを記していただいても結構です。
 皆様のご参加をお待ちして居ります。

●戻りし存在
 かつて、朧は都市では無かった。都市というべきよりは、一種の巨大な結界陣であったのだ。圧倒的な闇の存在を封じるための…。
 文明がまだ発達しておらず、闇の支配する様々な場所に妖怪や幽霊などと言われる存在が跳梁跋扈していた時代、人は無力であった。闇の力に怯え、恐怖するだけの存在。
 しかし、それも術や気など特殊な力を身に付けること一変する。中国は道教で育くまれし仙人たちの道術。それを元に独自の術に発展した陰陽道。気の力を用いることで、あらゆる存在を凌駕する武術の数々。どれもが、矮小な存在であった人が闇の存在に対抗しうる力であった。
 人が数を増やし、力をつけるにつれ、徐々に立場が変わってゆく。畏れる存在から畏れられる存在へ。かつて地に満ちていた妖の者たちは、その住みかを追われ、深山幽谷や海の底などに逃げていく。それでもまだ、人に対抗しうる存在は残っていた。古の時代にカミとまで呼ばれた強大な存在がいたのである。
 これらは、さしもの人の術師たちにも手に余る存在であった。そこで彼らは滅ぼすのでは無く、封じてしまうということを思いついた。巨大な結界陣に闇の者たちを押し込め、その場所をこの次元から切り離し、異なる人工的に作りあげた擬似空間に封印する。そして、その思惑は見事に成功し、強大な闇の者たちは結界の奥深くに封印されることになった。
「そんなことが…」
 陰陽師である都築亮一は呆然と呟いた。他の者たちも信じられないといった表情をしている。確かにスケールの大きすぎる話である。異なる次元を生み出し転送する術など、過去でも現在でもほとんど存在しない。かの霊峰高野山の最高位の陰陽師である都築であっても、そのような域の術は執り行えない。いや、いかな術師といえど執り行えるはずが無い。
 しかし……。
「事実です」 
 陰陽寮暦博士月読昴は、普段の柔和な表情からは考えられないほどの厳しい表情で、厳然と言い切った。朧に訪れていた異界の者たちは、ある者は異常な気の乱れから、またある者は嫌な予感を感じて陰陽寮に集まっていた。その彼らに、月読はこの朧の創造理由について教えた。今回の事件はその事に大きく関わるからだ。
 彼らがいる陰陽寮が存在する朧市役所上空には、巨大な黒い歪が生じている。それは赤く禍々しい雷を発しながら、徐々にその大きさを広げている。これは、異界から無理やり空間をこじ開ける時に起こる現象である。大気が僅かに震動しているように感じられるのは、歪の発生によって起こされた時空震によるものだ。
「じゃあ、今上空に現れているのは、その封印されていた連中に関係するのか? 」
「ええ、彼らは二十年の時を経て、この都市に戻ってきたのです」
 二十年前。この朧では、地下の封印が破れ大量の妖の者が氾濫する事件が発生した。妖とは闇の者たちの総称である。理由は定かではないが、朧で発生した陰気、すなわち憎しみ、悲しみ、嘆き、絶望などの感情は、総て地に溜まるように作られている。それが長い時をかけて蓄積され、妖の者たちが力を増したのではないかと思われている。事実、朧に張られた強力な結界を破壊した事からも、封印される時より強くなったと見るべきである。
 彼らと朧の陰陽師を始めとする術師たちの戦いは熾烈を極め、その時は何とか妖の者を地に返すことに成功したが、その時、朧の結界を破り元の次元、すなわち現代の日本に逃げ出した者たちがいた。流石にそれを追う事はできなかった当時の陰陽師たちは、それを放置することにした。そしてその彼らが戻ってきたのである。さらに力を増して……。
「何モンなんだろうな、兄貴…」
「ああ……。まさかあの吉野で遭遇した……いや、まさか、な」
 弟守崎北斗に頷きながら、兄守崎啓斗は脳裏に嫌な予感がついて離れなかった。かつて現代の日本の吉野で遭遇した、謎の男。白いコートを羽織って怨霊後醍醐天皇を開放していたあの男は、確かに強烈な気を発していた。
「だけどまぁ、俺達と同じ世界から来たって事は戦えなくは無いってことだよな。上等じゃねぇかよ。相手になってやるさ」
 兄の心配をよそに、北斗は不敵な笑みを浮かべた。
「いい気なもんだな。足元をすくわれなければいいが」
「なんだとぉ」
 横合いからかけられた嘲笑まじりの声に、ムッとした北斗が振り返ってみると、そこには自分よりはるかに小柄な少年が立っていた。夢崎英彦である。
「ってなんだよお前は? ここは餓鬼のくる場所じゃねぇぞ」
「自分も餓鬼のくせによく言う」
「何ぃ! 」
「夢崎じゃないか。体は大丈夫なのか? 」
 啓斗は懐かしそうに夢崎に声をかけた。以前の依頼で一緒になったとき、夢崎は自分の能力のためにかなり出血して具合も悪かった。その時、啓斗が抱えてやったりしたのだが……。
「ああ、あの時は世話をかけたな。だが、もう問題ない。それよりこいつを持っておけ」
 そう言って彼が差し出したのは、愛用の苦無であった。その刃の部分はハンカチで巻かれている。
「こいつは? 」
「ここ一番で使え。合図をよこせば、俺の能力で相手を内側から破壊してやる。先日の礼だ。刃の血は拭くなよ」
「そうか……。すまないな」
「はぁ? 手助けだぁ?務まんのかよ、こんな餓鬼が…。って痛て! 」
 北斗は自分の頭を抱えた。啓斗が彼の頭に拳骨を見舞ったのだ。相当に痛かったらしくしばらく頭を抱えている。
「なんだお前、手伝ってくれるヤツにその口のきき方は」
「兄貴! 殴るなんて反則だぞ! 」
「自業自得だな」
「なんでお前がそこで口出しするんだよ! 」
 三人が、上空で起こっていることなど気にもかけないように話しているのを見て、金髪の男は目を細めた。
「可愛いねぇ。やっぱり子供は元気なほうがいいよ」
「そういうものかな…」
「そうだよ。それに月読君も綺麗な顔してるし、やっぱり美形が一番だ」
 自称謎の人、その実まさに謎な阿雲紅緒の言葉に、空木栖は適当に相槌を打った。
「しかし、連中が何を目的にしているのか…。やはりここの結界を破壊することか」
 歪みから現れようとしている連中の正体が、彼の予測どおりだとすれば東京で行っていた事と同じ事が繰り返されるだろう。彼らの望みはこの地に住まう妖の者の開放なのだから……。
「月読様! 」
「何か? 」
「実は……」
 陰陽師の一人が、月読の近くまで走りより、何事かを耳打ちした。蛾眉を顰めた彼の表情は鋭さが増し、伝えられた事が芳しいものでは無いことを物語っていた。
「ご苦労。すぐさま皆に、臨戦態勢をとるようにと伝達してください。私もすぐにそちらに向います」
「はっ」
 狩衣を翻して駆け出してゆく陰陽師。それを見届けて、月読は一行に振り返った。
「どうやら向こうが行動を開始したようです。歪みがさらに酷くなっているようです。皆さんもついて来て下さい」

●降臨
 朧の空は雲ひとつなく晴れ渡っている。しかし、市役所の上空にだけは、一点の染みのように黒い歪が生まれていた。これこそが異界、現代の東京とこの朧を繋ぐ次元の通り道であろう。
 最初に観測された時は、握りこぶし大の大きさしかなかった歪は、現在は市役所全体を覆うかのように広がっている。時折、赤い雷光が閃き、空が静かに震動していた。
「間もなく来ますね。これは…」
 外に待機していた陰陽師たちに指示を下しながら、月読は上空の歪をみて感想を漏らした。朧初始まって以来の出来事に、民衆は不安に慄いていた。陰陽師や、町の自警団の者たちが通り歩いている人々を市役所から遠ざけようとするが、軽い恐慌状態に入っている群集は、彼らの言葉を聞こうともせずに騒いでいる。物見高い者など、建物の窓から覗いている者までいる始末だ。
「天文博士様はあまり私たちを信用されていないようですね」
 陰陽寮には治安維持を司る暦司と、天体の動きや地脈などから吉凶を占い市政を補佐する天文方に分かれる。どちらにも一人ずつ博士と呼ばれる者が統括するのだが、先ほど陰陽寮で顔合わせした天文博士は、一行の事をさも胡散臭い連中のように一瞥するだけであった。
 天薙撫子が感想を漏らすと、月読は「ああ」と苦笑した。
「確かにそうですね。あの方に限らず、この朧に住む者たちは閉鎖的な者が多いのです。朧の外から来る者は、皆異端の存在と見ている感じもありますしね。不快な気持ちにさせてしまったのであれば謝ります」
 月読の言葉どおり、天文博士に限らず陰陽師たちの態度もいやに余所余所しいものであった。依頼などで行動を共にした事は無いのも、忙しいだけではなく、自分たちと接触を持ちたくないためなのかもしれない。 
「いえ、別にそういうわけでは無いのですが、私は朧に住む人間でなくても、平穏に暮らす人々を護りたい気持ちに違いはないつもりです」
「そう言っていただけるのであれば有り難い。助かります。正直言いますとね、何とかやり過ごすのが手一杯だと思うんです。連中の力は圧倒的ですからね」
「昔は封印できたのに? 」
「昔に比べて術師の質が明らかに落ちています。術師の血が薄くなるに連れ、資質も低下しているようです。それに比べ妖の者は朧の澱んだ陰気を得てさらに力を増しています。今、正面から戦いを挑まれたら、とてもではありませんが勝てないでしょう」
 朧は、結界陣を維持するために残った術師たちが作り出した都市である。だが、千年近くの年月が流れに従って術師の血は薄まり、また術を受け継ぐ者の数も減ってきている。二十年前の妖の者の出現まで、ほとんど戦いらしい戦いも無かったため、戦い慣れしている人間など皆無に等しい。結界を維持するのが手一杯なのだ。
 その結界でさえ、現在破られようとしている。不利な状況であることは否めない。正直、敵をやり過ごし、結界を再構築する以外に月読に策は無かった。
「こんな時にアレがいてくれたら・・・・・・」
「あれ? 」
「あ、ああ、いえ独り言ですよ。お気になさらず。それよりも準備を御願いします。敵は何とか私たちが食い止めますから、その隙に結界の復旧を手伝って下さい」
「分かりました」
 天薙は敵を迎撃するのでは無く、結界の復旧を手伝うことにしていた。神社の生まれだけあって、結界構築の方が得手だと思ったからだ。しかし、結界を張りなおしたとしても、あまり長くは持たないかもしれない。なぜなら相手は、その結界を力ずくで破ろうとしているのだから。彼女はそんな不安を感じていた。
「さて、いつ現れることやら……」
 そう言って頭上を見上げる月読の視線には、いよいよ巨大化する漆黒の歪が映っていた。

 その時。

「…帰って…きた…」
 何かの声が聞こえてきた。低くささやかくような、しかしそれでいてこの場に居合わせた者たちの耳に、他の誰の声よりもはっきりと聞こえる声。
「わた…し…は、帰って…きた…」
 途切れ途切れながら聞こえる声は、次第に大きくなっていく。
「私は…帰ってきたぞ。朧の諸君!!! 」
 そしてその声は、雷鳴の如く皆の耳に轟いた。
 闇より尚暗い歪より、にゅっと人間のものと思われる指先が現れる。そして腕、体、足とその姿が歪の中から抜け出してきた。巌のごとき堂々たる巨躯を、血で染め上げたかのように鮮やかなスーツに包んだ男の体。最後に顔が闇の中からその形を顕わになった。
 ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、傲岸不遜な表情を浮かべて、己が眼下を這いずり回っている人間たちを見下ろしている。氷のごとき冷たさと輝きをもった瞳。多少口もとにある皺などが、その顔に深みをもたらし熟達した魅力を与えていた。
「凡そ二十年ぶりかな……? 私にとってはどうでもいい時間に過ぎなかったが、君たちにとっては長い時期だったのかな。随分と様変わりしているな」
「ありゃりゃ……。あれは確実にあの人だね」
 千里眼を通して映し出された姿を見て、阿雲は今頭上で偉そうに語っている壮年の男が自分の想像していた通りの人間であることを確認した。幾ら大きいと言っても人間の大きさでの大きいというサイズなので、他の人間はまだその姿が完全には確認できないが、彼の言葉を聞いてやはりという感が強かった。
 「会社」社長ヴァルザック。そして、その真の名は……蚩尤。
「まぁよい。最早君たちでは我々を止めることなどできはしないだろう。己の無力さを悔やみながら滅びることだ…。もうじきこの世界は我らのものとなる。ふふふ…はははははは!! 」
 哄笑を上げる彼の姿に、市役所の周りにいる人間たちは何も声を上げることができない。場は重々しい威圧感に支配され、人間という存在では抗うことは許されない絶対的な力が存在していた。
「蚩尤……。やはり戻ってきたのか、最悪の破壊神が……」
 予期していたとはいえ、最強にして最悪の存在の出現に、月読もまた他の者同様にその姿をただただ見つめ続けるだけであった。朧に住む者にとって、蚩尤という存在は絶対的なものであり逆らえるものでは無い。なぜなら原初の神のごとき存在なのだから…。
 だが、しかしこの地に住んでいない者たちにとってはそんなしがらみに囚われる事も無い。
「突っ立っている場合ではないでしょう。何か対策を講じないと……。月読さん、協力してください」
「しかし、あれは神にも匹敵する存在なのですよ。どんな術を使っても……」
「それでもかつての先人は封印に成功したのでしょう。なら、何とかできるかもしれません。」
 都築は懐から呪符と五鈷杵を取り出すと、月読の顔を見た。
「……」
「折角我が降臨の儀に立ち会ってくれたというに、何の礼もしないのでは非礼にあたるな。出でよ、地に潜みし妖の者たちよ。汝らを暗黒の地へと追いやった者たちはもはや怖れるに値せぬ」
「何ですって!? 」
「いけません! 地下から何か、何か恐ろしいものが……!!!」
 神崎が地下から溢れ出す邪悪なる気を感じて、声を上げた。
 まるでその声が呼びかけになったかのごとく、彼らの足元から黒い霧のようなものが湧き出してきた。無数に浮かんだそれは、中空に漂うと具現化し始めた。
 黒い光沢を放つ皮膚に鋭い爪の生えた六本の足。耳障りな音を立てて羽ばたく透明な羽。複数の眼が集まったような強大な目に、人の頭も咥えられそうな顎。死人蝿であった。
 それが数えきれないほど無数に姿を現したかと思われた時、虐殺が始まった。
「ぎゃぁああああ!!! 」
「助けてくれぇぇぇぇ!!! 」
「うわぁぁぁぁぁ!!! 」
 不意を疲れた陰陽師や自警団の人間たちは、死人蝿に噛み付かれ絶叫を上げた。赤子並みの大きさを持つ死人蝿は、術などは一切使用しないが強靭な顎に噛み付かれれば、手や足は食いちぎられてしまう。そのような化け物が普通の蝿並みの速度で飛び回るというのであるから、かなりの脅威である。
「やばいぜ、兄貴! 」
「ああ、先にこいつらを仕留めるぞ! 」
 守崎兄弟は、お互いの背を庇って、自分たちの周りを五月蝿く飛び回る死人蝿たちに構えた。
「ちょこまかちょこまかうざいんだよ! いけ式神! 」
 北斗が放った式神は、八咫鴉であった。三羽の鴉が蝿目掛けて攻撃を開始する。
 飛行速度だけならば、鴉の方が確実に上である。自分たちの体を突付きまわす鴉を煩わしく思ったか、死人蝿は、獲物を人間たちから鴉へと切り替える。だが、これこそ北斗が狙っていたことであった。
「はん!所詮図体がでかくたって中身は蟲だな。食らえ!」
 次に彼が放ったのは、炎をそのまま固めて刃にしたような短刀であった。先の依頼で偶然手にいれることができた宝貝「火竜瓢」である。竜の火の息吹を鍛えて作られたというその武器は、相手に投げつけることで、炎を噴出し焼き尽くす。
 鴉に気を取られていた蝿たちは、次々と鴉ごと業火に包まれていく。八咫鴉は火に触れると元の呪符に戻って崩れ去っていくが、もともと擬似生命体である式神は痛みや苦しみといった感情は無い。ただ、術者の命令に従うだけである。囮として用いるのに最適なものと言えるだろう。
 一方、啓斗の方はと言えば、弟とは別の式神を呼び出し、敵をかく乱していた。
 犬鳳凰と呼ばれる、奇妙な鳥である。見た目は鳳凰のように雄雄しい鳥なのだが、伝説に語れる鳳凰のように輝いているわけではない。あくまで単なる鳥である。犬(偽)とよばれる由縁である。
 口から吐かれる吐息も、鳳凰の持つ炎ではなく黒煙である。煙であるから相手に打撃を与えることは適わないが、なにしろ煙い。また黒煙は広範囲に及ぶため視界が遮られ、上手く飛ぶ事が出来なくなる。黒煙にまかれた死人蝿たちは、方向感覚を失い、あらぬ方に飛び去っていったり、中にはお互いにぶつかり合って攻撃しあっている者までいる。そうやって動きの取れなくなった蝿たちを、彼は手に入れたばかりの小太刀で一匹ずつ止めを刺していく。
「これでよしっと。夢崎はっと……」
 彼が視線が向けた先では、夢崎が「こんな出血サービスはしたくないんだがな」と文句を言いながら作っておいた、己の血を塗りつけていた石や鉄くずを、召喚した白鷺に持たせていた。
 白鷺はそれを持つと、はるか上空へと飛び立つ。しばらく空を飛びながら、死人蝿のせいでもっとも混乱が大きい場所を選びだし、そこにもたされた石や鉄くずを落とした。それらは引力に引かれ、真下の地面に落ちるだけ…のはずであった。
 しかし、それはまるで意思をもったかのように途中で軌道を変えると、飛び回る死人蝿に襲い掛かった。石や鉄が弾丸のごとく体を貫き、塗られた血液が触手のように蠢き、内部から抉る。夢崎は自分の血液を凝固するまで自在に操ることができる。その能力を活かした技であった。
「鬼さんこちら。手のなる方へ」
 まるでこの戦場に似つかわしくない笑い声が上がった。
 見れば、一人の少女が死人蝿に囲まれて、しかし余裕の笑みを浮かべてそれらをかわしているではないか。まるで体操のようにリズミカルな動きで、蝿の群を翻弄している。人間とは思えぬ体さばきである。
「かわしているだけでは面白くありませんけど……、仕方ないですわ」
 和泉白雪は、漆黒の髪を振り乱しながら回避をし続ける。
 本当ならば、この醜悪な蝿どもの水分を奪って木乃伊にしてやりたいところだが、流石に蝿と口付けするのは御免被りたい。生理的に嫌なものは嫌なのだから、まさしく仕方が無い。ただひたすらに避けつづけるのみである。
 第六感も働かせて、敵の動きを予知すればこの程度の攻撃、幾らでも回避し続けられる。面白くは無いが、囮としての役割は十分に果たしていた。
「鬼よ、行け!」
 月読は、人形に切られた紙に息を吹き込むと地に投げる。それは光輝き、2m以上もある巨大な鬼の形を成した。丸太のように太い豪腕を振るって、赤銅色の鬼は蝿たちを次々と叩き潰していった。
 都築も彼と合わせて、呪符を放ち蝿たちを鬼の方向へと誘導させた。同じ陰陽師同士、術のコンビネーションは抜群であった。
 その傍らでは、神崎が「頑張って! 」と声をかけながら傷つき倒れた者たちを癒し続ける。敵を察知するテレパス能力と併用して使用しているため、彼女の体には大きな負担がかかっていたが、それでも彼女は傷ついた人たちを癒し続ける。戦い傷つく人を一人でも少なくするために……。
「こっちは任せておいても大丈夫そうだね。なら僕はあっちを担当しようかな」
 阿雲の視線の先には、はるか頭上の先で眼下に繰り広げられている惨状を、面白い見物だという風に眺めている蚩尤の姿があった。
「阿雲。無茶はするな。敵は強大だぞ」
「そんなこと言っても、このままじゃ解決にならないでしょ。大丈夫、僕は強いから」
 顔に笑窪を刻んで、己を心配する空木を振り返る。彼を安心づけると、彼はふわりと大地から飛び上がった。そして蚩尤を目指してどんどんと上昇する。
 一方の蚩尤はと言えば、人間と死人蝿の群の戦いを観戦しながら、些か物足りなさを感じていた。
「ふむ、中々良い戦いを繰り広げているが……、華が無いな。もっと美しくそして私の心を満たしてくれる闘いを繰り広げて欲しいものだが……ん? 」
 もの凄いスピードで上昇した阿雲が、笑顔のまま蚩尤の顔に拳を繰り出した。容赦の無い一撃は彼の顔を確実に捉えたかに見えたのだが……。
「社長、いえ蚩尤様。出過ぎた真似をいたしまして」
「不人か」
「はい」
 蚩尤の背後にある暗黒の中から、一本の腕が伸びて阿雲の拳を掴んでいた。やがて腕だけではなく、体全体が姿を現した。白いコートを羽織り、銀髪をたなびかせた男。さらに彼の後に続いて、金髪の妖艶な女と、黒髪の白衣の女も姿を現す。
「やっぱり会社の人たちだね」
 阿雲が予想していた通りの連中がここに集まった。かつて阿雲たち一行が住んでいる東京の街を混乱の巷へと追いやった張本人たち。
「ふふふ、そういう君の顔には見覚えがあるな……。確か私たちの邪魔をしてくれた人たちのお仲間だったね。名前は確か……」
「阿雲だよ」
「そうそう阿雲君だったね。よくもまぁ、こんなところまで来たものだ。ご苦労様」
「そちらこそ。それよりいい加減僕の手を離してくれないかな? 」
「おお、これは失敬」
 白いコートの男、不人は嫌らしい笑みを浮かべながら阿雲の手を離した。
「蚩尤様。お戯れもそこまでにしてそろそろ決着を……」
「魎華。それでは面白く無い。我々が手を下したら直ぐに決着が付いてしまう。時間は無限にあるのだ。楽しもうではないか」
 金髪の女は、主の言葉に「は」と不承不承に頷いた。彼女、魎華にとっては眼下で繰り広げられている事など無駄としか思えなかった。
「まぁ、良いではないか。しばらく人間どもが苦しむ姿を楽しむというも一興だ。私の実験生物が一匹もいなくなっては困るしな」
「無駄な事を……。あんな連中、さっさと滅ぼしてしまえば済む事でしょうに」
 もう一人の白衣の女の言葉に、魎華は露骨に顔を顰めて見せた。まさしく無駄としか思えない行為である。人間が苦しむ姿を見るのなら、直ぐに殺してしまえばいいのだから。
「とにかく、今は退くぞ。地下で色々とやることがある。……眼下の陰陽師諸君! せいぜい頑張って私たちを止めてみてくれたまえ。気晴らし程度は抵抗してくれないと困るよ。そのために生かしておいてあげているのだからね。はっはははは!!! 」
 蚩尤の哄笑が朧全域に響き渡る。
 破壊神の降臨に、空は暗雲に包まれ雷鳴が神を称えるかのように轟く。
 もはや人間に未来は無いのであろうか……。  

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /属性】

0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)/金
    (あまなぎ・なでしこ)
0725/和泉・白雪/女/11/小学生/水
    (いずみ・しらゆき)
0622/都築・亮一/男/24/退魔師/木
    (つづき・りょういち)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生/水
    (かんざき・みお)
0655/阿雲・紅緒/男/729/自称謎の人/土
    (あぐも・べにお)
0554/守崎・啓斗/男/17/高校生/木
    (もりさき・けいと)
0568/守崎・北斗/男/17/高校生/水
    (もりさき・ほくと)
0555/夢崎・英彦/男/16/探求者/金
    (むざき・ひでひこ)
0723/空木・栖/男/999/小説家/土
    (うつぎ・せい)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陽の章 陰陽寮 歪みをお届けいたします。
 ついに、「会社」の連中が朧に到達いたしました。
 彼らの登場により、朧の状況は大きく変わります。さらに熾烈になる戦いの中で、朧はどうなってしまうのでしょうか?それはお客様たちの活躍によって変わって来ます。
 この作品に対するご意見、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のご意見はなるだけ反映させていただきます。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。