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鬼去来
------＜オープニング＞--------------------------------------
闇の中に、大きな陳列用のガラスケースが並んでいる。
明かりは非常口を示す青白い光のみだ。窓にはカーテンが引かれ、昼か夜かさえ定かではない。
カシン、という微かな音が館内に響いた。
リノリウムの床を引っ掻くようにして、何かが移動している。
硬いものが床を擦り、進んでいるのだ。
カシン。カシン。カシン。
それはどこか、人の歩む音にも似て。
非常灯の明かりの中、尖った爪が光った。
×
「鬼ねえ」
草間はメールで送られてきた依頼書の内容を確認しながら、ぼそりと呟いた。
「この間の携帯に鬼が取り憑くとかなんとかの騒ぎはどうなったんだ」
頬杖を突いたまま呟き、マウスを動かす。
「騒ぎって、もう当たり前ですよぉ。所長！」
応接セットに雑巾がけをしていた事務員が言う。小さなフレーム無しの眼鏡が可愛らしい娘だ。先々週入ってきたばかりである。
赤茶に染まった髪を三つ編みにしている。野田桃子という名だ。
口が達者で声が高く少しやかましいが、働き自体はまずまずだった。
「今の若いヤツらは鬼がそんなに好きなのか」
「好きって……。お仕事、鬼と若い人に関係するんですか？」
「そうだな。八割正解」
草間はキーボードを叩く。
「安っぽい仕事だが、まあいいだろう」
灰皿においてあった煙草を取り、深く吸い込む。
桃子のすぐ脇にあるプリンタから、紙が二枚吐き出された。
「そのリストにある番号にＦａｘを送っておいてくれ」
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東京都武蔵野市にある、個人経営の民俗博物館に展示されている
「鬼の剥製」
が、人を襲うという噂がある。
実際近隣では、何かに腕や足を食いちぎられたという事件が続出している。
今回の任務は、この剥製が本当に誰かを傷つけているのかということの調査。
依頼主は博物館の経営者。市井の学者である。
即時動けるもののみエントリーせよ。
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×
「いいですか、絶対に展示物に傷をつけないようにしてください」
よれよれのスーツを着た初老の男性は、全員に言った。
「大丈夫☆ 一回鬼退治してみたかったんだ♪」
「展示物に傷をつけないように！！！」
月見里千里に向かって依頼人は怒鳴った。探偵たちの安全には興味がないらしい。口がすっぱくなるほど傷をつけるな、と繰り返された。
深夜である。住宅街にぽつん、と置いてあるような四角い建物の前に、探偵たちは並んでいた。依頼人は博物館の出入り口にある階段に立ち、全員にことの説明をしていた。先刻から同じことを繰り返している。
「問題の鬼の剥製は二階にあります。絶対に傷をつけないでください」
「はい！」
教師に質問するように、森崎北斗は手を上げた。
「うむ、北斗君」
依頼人もノリノリだ。学者崩れなので聞かれるのは好きなのだろう。
「例えば、鬼が襲ってきた場合撃退していいんですか」
「許す。だが、傷をつけるな」
「……うーん……」
自分の米神をぐにぐにと北斗は押す。
こんな悠長にしていていいのだろうか。ミラルカ・エインは腰に刺した刀の柄を握った。既に犠牲者も出ているという。害成すものは切り捨てなければならない。それが武士の努めだ。
探偵たちは博物館内に入っていった。両開きのガラス扉を依頼人が開ける。
「明日の朝までに頼む。休館ではないのだ。警備保障は全て切ってあるが、展示物に触るなよ」
依頼人は全員が中に入ったのを確認して、外から施錠した。
「それじゃ頼むぞ」
鬼が外に出ない用にか、それとも自分たちを閉じ込めるためか。檻がそのまま棺桶になったら笑えない。
「さてと、お仕事お仕事☆」
千里がぴん、と天井に右手をかざした。手のひらから蛍のような淡い光が溢れ出し、全身を包む。光の繭が出来上がり、それが内側から割れる。一度くるっと回転して、謎のポーズをとった。
「変身終了！」
細い体にぴったりとした黒い全身タイツ。額には金色の兜のようなものをつけ、肩や胸には重点的に金色のガードがついていた。
「……？」
啓斗は首を傾げ、眉をゆがめる。
「おぉ！、少し重装気味のような気はするが、頼もしい限りだ！」
ミラルカが声を上げた。無意識のうちに耳がぴくぴくと動いてしまう。
北斗がその耳を掴んだ。
「無礼者！ 何をするっ！」
全身に鳥肌が立つ。耳はウィークポイントなのだ。また、クルガ族の誇りの象徴でもある。
「変な耳だなぁ、と思ってさ」
悪びれずに北斗は答える。にやっとミラルカは笑った。既に答えは用意してあるのだよ−−−と自信に満ちている。
「これはコスプレというものだ。無知め」
「兄貴……」
「俺に聞くな」
「いつまでそうしているんだ」
一歩離れた場所で、直弘榎真が面倒そうに言う。暗闇に溶けるような、漆黒の髪をした男だ。
「あ、お仕事お仕事っと」
思い出したように、面々はエレベーターに乗った。上へ引っ張られるような気持ちの悪い感覚が襲う。思わずぺたっと耳が寝た。
「……来るな」
榎真がぼそっと。
ちーん、と間の抜けた音がする。エレベーターが二階に到着したのだ。外から押し潰さんばかりの殺気を感じた。
「かがめ！」
ミラルカが叫ぶ。その声に頭を押されたように、それぞれが低い体勢を取る。
ぐわん、と空気が揺れた。重力が上からではなく横から襲ってくる。全身にかかってくる重さに、北斗は目を閉じた。エレベーターの扉が、円形にひしゃげる。外側からの重力に耐え切れず、千切れた。
「走れ！」
閃光のような指示が飛ぶ。リノリウムの足場を蹴って、展示室内に散った。散りながら、ばらばらにならないほうが良かったかもしれない、と思うミラルカは展示室の隅にある、太い柱の後ろに隠れた。鞘から刀をすらりと抜き放つ。
「なんかわくわくするね」
側には、千里が居た。ミラルカも頷く。
「さすがは鬼。一筋縄ではいかんな」
「鬼は退治されるって相場が決まってるんだよ☆」
可愛らしくウインクをした。
「ミラルカちゃんは桃太郎ってとこかな？」
「……おるぞ……おるぞ、肉の臭いじゃ。雌がおるな」
しわがれた声が闇の奥から吹雪いてくる。背筋が凍るような冷たい声だ。老婆のようにも思える。
「柔らかい肉の臭いじゃ……若人もおるな」
千里が見つかったの？ とささやく。首を振った。炙り出すために適当なことを喋っているだけに過ぎないだろう。
「見えておるぞ。出て来たらどうじゃ。隠れても無駄じゃ」
息を殺す。
頭上にあった非難口を示す緑のランプが、ばちっと爆ぜた。
「出てこんかあぁぁぁぁ！！！」
鼓膜が破れるほどの音だ。両耳を押さえる。
「隠れておれ」
すっとミラルカが立ち上がった。
「あたしも戦う」
「温存しておけというのだ。もう二回しか残っていないだろう」
「……わかった。無茶したら怒るよ」
素直でいい子だ。自分が言わんとしていることを理解してくれる。
遠くでかたん！ と音がする。その音に込められた真意を、本能的に察知した。
「そっちか！？」
鬼が叫ぶ。
「散！」
北斗か啓斗、どちらかが言った。
合わせ、ミラルカが走り出す。注意をひくために鬼の前方へ立った。相談など必要ない。
「いざ！」
腹の奥から宣言する。
「こそこそ隠れおって！」
暗闇だ、手探りの戦闘である。ミラルカは瞳を閉じて、神経を耳や肌に集中させた。わずかな音や空気の振動も逃さないためだ。まっすぐに構えた刀が冴え冴えと耀く。
鬼が吼えた。重い足音を立てて、走り出す。鬼の干からびた瞳孔が獲物を捕らえて膨れ上がった。
獲物に攻撃する瞬間−−−それは獲物のみに意識が集中し、他方への意識が失せる瞬間でもある。
北斗が左から走りこんだ。
ぬめりを帯びて光る鬼の爪。ミラルカへ振り下ろされる。
「北斗！」
右に隠れていた兄が、鎖鎌を投げた。鎌が鬼の右腕に食い込み、鎖が動きを封じる。
「ぬうっ！」
今度は注意が鎖鎌へと移動する。
「こっちだぜ！」
左から北斗が襲い掛かった。双子は左右に分かれていたようだ。既に抜いた忍者刀で左腕を切り落とす。水袋が落ちたような音がする。
「南無……」
全てを正視していたミラルカが、一閃した。ぱっと鬼の首が飛ぶ。
剥製だからか、血は出なかった。
「やったの？！」
影から千里が問う。
「勿論！」
北斗は親指を立てて、千里に合図した。
「まだじゃ！」
「馬鹿っ！」
ミラルカと啓斗が同時に叫ぶ。
そして−−−紙くずが飛ばされるように、北斗の体が飛んだ。壁に叩きつけられる。
「北斗ちゃん！」
千里が走り出す。
「出るな！」
ミラルカが静止する。が、お構いなしだ。千里の性格を考えたら、あたりまえか。
切り落とされたはずの鬼の腕が、千里へ向かってくる。一番弱いと判断したのだろう。
「可愛いだけじゃないんだからね！」
スーツで増幅された筋力。千里は全体重をかけて踵落しを放った。コントロールを失い、ふらついた腕を、ミラルカが串刺しにした。そのまま床に杭のように刀を打つ。普通の日本刀なら折れているだろう。
「北斗ちゃん、大丈夫！？」
「俺は……全然」
呆然と壁に背中を預け、北斗は座っていた。北斗の後ろに、守るように啓斗がいた。壁と弟の間に入って、クッション代わりになったのだ。
「兄貴がっ……！」
「大丈夫だよ、治るから」
顔を歪めて泣きそうになる。千里はそっと背中を叩いて安心させた。
「大丈夫だから……お願いだから、泣かないでよ……」
自分も泣きそうになってしまう。
「一時撤退じゃな」
冷静にミラルカが言う。一塊となった四人の前に、首のない鬼がぬっと立っていた。
「む……これは。我輩の刀は使えぬし……」
その時、展示棚のまばゆい照明が耀いた。天井の控え目な照明もまた、電気がつく。
「ぎゃっぁ！！」
鬼が無事な片手で首を押さえた。目はないのに、条件反射というやつだろう。
「早く！」
己を見失っている北斗の腕を、千里は無理やりに引っ張った。ミラルカが動かない啓斗を背負い、全員でその場から離れる。
「おのれっ！ 逃がさぬぞっ！！」
背中にいつまでも、鬼の呪い声が絡み付いてきた。
×
「その通路を左に行け。休憩室だ、一番光がある」
廊下を走っていると、天井のスピーカーから榎真の声が降って来た。姿がないと思ったら。
「鬼は光に弱いらしい。俺もすぐに行くから」
電気をつけたのは榎真のようだ。
千里は微笑んだ。
「急ごう。手当てしなくちゃ」
北斗が頷く。
たどり着いた休憩室は、展示室と違って明るかった。自動販売機の光もある。展示室は展示品を傷めないように、光が押さえられているのだ。
「……それっ」
千里が翼のように両手を広げると、自動販売機と似たような機械が出現した。ぱかっと蓋が開く。中には薄い緑色の液体が満たされていた。
「ミラルカちゃん」
そっとミラルカは啓斗の体を機械の中に横たえる。蓋が静かに閉まった。
「棺桶じゃないだろうな？」
「メディカル・カプセルっていうんの。怪我治してくれるよ」
あと、一回か。
オールマイティな千里の力も、それなりの制限がある。
透明な蓋の向こうで、啓斗は辛そうに瞳を閉じていた。ミラルカの背中が、啓斗の血で濡れている。
北斗が自動販売機を蹴った。
壊れたのか、がらがらっと中の缶が出てくる。
「……うむ。ちょうど喉が渇いていたところだ」
ミラルカはコーラを拾った。そして一気に飲む干す。
「……？！」
げっほげっほと咳き込んだ。目を白黒させた。焼け付くような痛みが喉を走ったのだ。無数の虫が走り抜けたような。
「首がないのに動いていたが、あれはなんだ？」
やっと榎真が合流した。
「わからぬ」
「壊しちゃったね、剥製」
「正当防衛だ！ ぶっ壊してやる……っ！」
北斗が怒鳴る。
ふっと榎真が瞳を伏せた。悲しそうな横顔に、千里は首を傾げる。
「なんにせよ弱点はわかったんだ。どうにかすればいい。火を起すとか、もっと灯りをつけるとか」
「そうだな……」
乗ってこない。
「光はこれ以上ないよ。多分……」
「あんたがその、なんでも出せる力使ってでかいライト作るとか」
「それだけで足りるのか？」
それぞれの口が止まる。負傷者が出たことで、士気は極端に落ちていた。
「夜明けを待つしかない、な」
やっと榎真が眉を開いた。
「持久戦とは辛いな」
炭酸のダメージから回復したミラルカ。
「もしだけど、鬼じゃなくて、鬼の剥製に幽霊が取り付いているとしたら？」
千里の口が動いた。ひらめいた瞬間に喋ったのだ。
「入れものを攻撃しても意に介さぬ。その理由か」
「うん」
「幽霊なら俺たちでなんとか出来ると思う」
北斗は兄の啓斗を一瞥した。
「あんまりやりたくないけど」
×
「むっ……」
ミラルカが唸る。建物中の光という光、全てが消えたのだ。
「賢いな。動力を落としたんだろ」
あごに手を添える榎真。
「それって、襲われちゃう……ってことだよねぇ？」
「……うん」
千里に榎真が答えた瞬間、高笑いが壁を貫いた。
「見つけたぞ……」
「来たな」
ミラルカが刀を抜き放つ。
「午前二時半ってとこか。夜明けは遠いな」
「ライトを作るといいのかな、えっと……」
「とにかくぶっ潰す！」
めいめい好き勝手なことを言う。
「笑わせるな人間めっ！」
全員が散開した。今まで立っていたリノリウムがへこむ。
「武器は……重力と爪か」
爪はどうにかなるとして、見えない重力は辛い。防ぎようがない。
「怒ったからね！」
千里を中心に光がはねる。また何か作り出すようだ。
「出でよ、ハンマー！！」
「なに！？」
全員が目を見張った。
巨大な、本当に巨大なピコピコハンマーが現れたのだ。
千里が何を考えているのか、よくわからない。頭痛がした。
巨大なハンマーはとどまるところを知らず、壁を突き破りガラスを割る。建物よりも巨大になった。
「うっ……重くて攻撃できない？！」
考えてみれば、原作では巨大なロボットが持っている武器である。千里の細腕が持てるわけがないのだ。
「何がしたいんだよ！！」
突っ込む北斗。
「いやっ……」
手をかざす。榎真は天井が壊れて、露になった星空に向かって。
ぐあ、と獣の吼える声がする。いや、雷鳴だ。
「雷蹄！」
榎真が鬼に指先を向ける。首のない鬼の側に、雷が落ちた。青白いというか、銀色に耀く閃光だ。瞳を焼くような、まばゆい閃光。
「そうだ、光！」
鬼が血を吐くような声を上げる。北斗が鬼を睨んだ。
「……っ！」
鬼の体から赤いオーラが絞り出される。それが北斗の瞳に集まっていった。
「行ってしまえっ！」
北斗が言う。
抜け殻になった体が、どすんと前に倒れた。
×
「兄貴っ！！」
メディカル・カプセルから出てきた啓斗に、北斗が抱きついた。
感動の再開だというのに、眠そうに目を擦っている。
「北斗……良かった。痛いところはないか？」
「何言ってんだよ！！ 俺の台詞だっ！」
「苦しいっ！！」
まだまだ抱き締める。
「やめなよ。完璧に治ったわけじゃないんだから」
微笑みながら千里が言う。目じりに涙が浮かんでいた。
「−−−？」
「いや、元気ならいいや。うん」
「ごめん」
「帰ったらなんかオゴれよ」
「うん」
「絶対だぞ」
「約束する」
やっと北斗が離れた。
「体中が濡れてるのは何でだろう？」
「さぁ？」
べとべとの忍装束を引っ張り、首を傾げる。北斗は悪戯っぽく笑っただけだった。
「で、どうして博物館がぼろぼろなんだ？」
壁は壊れ、天井はなく、展示品などは目も当てられない。
「うーん……」
榎真は思案顔をし。
「逃げるか」
「英断だ」
ミラルカは頷いた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0736 ／ ミラルカ・エイン ／ 女性 ／ １７ ／ クルガ族の侍
0165 ／ 月見里・千里 ／ 女性 ／ 16 ／ 女子高校生
0554 ／ 守崎・啓斗 ／ 男性 ／ １７ ／ 高校生
0568 ／ 守崎・北斗 ／ 男性 ／ １７ ／ 高校生
0231 ／ 直弘・榎真 ／ 男性 ／ １８ ／ 日本古来からの天狗
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■ ライター通信 ■
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和泉基浦です。
鬼去来はいかがでしたでしょうか。帰去来にかけてみました。
今回は学生さんばかりでピチピチしていて、とても楽しく書けました。
皆さんのプレイングも楽しいものばかりで、負けないように！ と必死でした〔笑〕
ご感想・ご要望等ございましたらお気軽にテラコンよりメールくださいませ。
大喜びいたしますので。
初めまして、ミラルカ様。
依頼を受けてくださり、ありがとうございます。
物理攻撃の強いＰＣとして活躍していただきました。
ご縁がありましたら、またお会いしましょう。 基浦。
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