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調査コードネーム:館〜第二室〜
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この地にそびえ立つ年季の入った館。
その玄関先に、女は立っていた。
年の頃、二十歳過ぎだろうか。
生気を失ったその顔には、満面の笑い顔が浮かんでいる。
「ふふふ……」
女は風に髪を振り乱しながら、中へと入っていく。
「二室目……植物ね」
そして女は館の中へと消えていった……。
ある日、草間はポストに入っている封筒を取り上げた。
「……まさか」
案の定、それはあの館からの招待状だった。
『第一の関門突破、おめでとうございます』
これだけが付け加えられていた。
相変わらず、達筆すぎる文字には変化がない。
「まったく、どういうつもりなんだ、あの館の主は……」
今日は望月もいない。まあ煩くなくていいのだが。
するとそんなとき、呼び鈴が鳴ったのだった。
◎第二室への挑戦
ドアを開けてみると、入ってきたのはシュライン・エマで、買い物をしてきてのかえりらしい。両手に紙袋一杯の食料品が入っており、この半分以上はこの興信所の冷蔵庫へと収納される、というワケだ。
「今日は安かったのよ。いろいろ買えちゃったわ。うふ」
そういえば、今日はどこかのデパートで安売りの広告が新聞に入っていたような。さすがにアルバイターだ、そういうところはまんべんなくチェックしていると見える。
「ん? 何難しい顔してんのよ」
草間に問いかけるエマ。無理もない、例の招待状がまた来ているのだから。
「ええ? また来たの? 招待状」
「ああ。付け加えられていたのは、第一の関門突破おめでとうございます、だけだった」
「他の文字は? あの読めなかった文字の変化」
「ないな。まったくそのままだ。この達筆の文字は、何の言語で出来ているんだか……」
そんな時、またも呼び鈴が鳴った。
「ああ、いいわ、私が出てあげる」
と、エマが率先して玄関へと向かった。
「あら! 都築くんに美桜ちゃんじゃないの。さあ、上がってちょうだいな」
どうやら訪ねて来たのは、都築亮一(つづき・りょういち)と神崎美桜(かんざき・みお)らしい。
「お邪魔しま〜す」
「お邪魔します」
二人は靴を脱いで、興信所の中へと歩みを進める。と、ソファには気難しそうな顔をした草間を見ることが出来た。
「草間さん、こんにちは〜」
「おう、美桜さんか。こんにちは。都築くん、こんにちは」
「どうもです、草間さん。ところで、どうしたんですか? やけに深刻そうですが」
草間は都築と美桜に、例の招待状がまた来たことを告げ、そしてそれを見せる。
「第一の関門突破、おめでとうございます……。これだけですか、付け加えらたのは」
「ああ、そうだ。まったく、憎い話さ」
そこに割ってはいったのはエマだ。
「あのさ、前の第一室であの主、ガルム呼び出したでしょう? あれって調べてみたんだけど、北欧神話の地獄の番犬だって話よ」
都築もその話を聞いて、思いついたことを話す。
「ああ、聞いてますね。ギリシャ神話のケルベロスと同じ性質を持った「番犬」ですし」
美桜も興味津々で聞いている。今日の美桜とアムタは、ペアのサファリルックである。
「でも私達には、アムタがいるもんね。私とアムタで、みんなを守ろう、おー!」
前回のことで、美桜も責任を感じているのかも知れない。だが、あの場合、動かずにアムタが出て来なければ、確実に美桜はガルムによって殺されていたに違いない。
いくら空回りの元気でもよかった。美桜にさえ元気でいてくれさえいれば、都築もエマも草間もそれだけで心強かった。
「さて、早速だけど、例の館、行ってみる?」
エマが促した。
「そうですね、行きましょう、草間さん。その分からない文章を眺めていても、進展はないと思いますし。それよりも、一刻も早く主を引きずり出すのが一番の早道です」
「ああ、そうだな。都築くんの言う通りだ。まずは行ってみよう」
美桜がぼつりと言った。
「また変な部屋じゃなきゃいいけど……」
「大丈夫だ。美桜は俺が必ず守る。心配するな」
都築の言葉に、美桜は少し安心したようだった。
各人、それぞれに用意をするが、ここで都築がほぼ束になった数の御札を取り出す。
「皆さんにお預けしておきます。これは結護壁という御札の改良版で、浄化壁。悪しきモノがこれに触れれば、あっという間に霧散します。それとこれは一時的ですが自分の周囲に結界を作ることができる結界壁です。十枚ずつ渡しておきますが、足りなければその時々で言って下さい」
「ありがとう、都築くん。大事に使わせて貰うよ」
草間は感謝しながら、ポケットに御札を入れた。
エマもまた、その御札を取り出しやすいように胸ポケットに入れる。
躊躇したのは美桜だった。彼女としては都築の作った物は式神しか受け入れられず、御札という摩訶不思議なものを持つのは、なんとなく気が進まなかった。
「私は……、アムタがいるからいいもの……」
「それだけじゃ不安なんだ。アムタだけじゃない、美桜を傷つけることにもなるんだ。さあ、持っていてくれ」
「亮一兄さん……」
美桜は感無量だった。どうしてそんな気持ちになるかは、分からない。でも兄貴分の都築が今回ばかりは頼もしくて、嬉しかったのだ。
「よし、いざ館に向けて出発!」
こうして一行は、館への道をひたすら歩くのだった。
◎緑の部屋
「亮一兄さん」
「ん? どうした、美桜」
「私、あの執事さんの思念を読んでみます。手伝ってくれますか?」
この作戦はいい案だと、エマも草間も思った。少しでも主の正体が知れるのなら、美桜の特殊能力である人や動物の心が読めるというものは、最大の武器にも感じられた。
草間はそのことを承知して、ノッカーを叩く。
すると案の定、執事は出てきた。
「ようこそ、おいで下さいました。どうぞ中へ」
案の定、招待状は回収され、謎が一旦相手の手元へと戻る。
案内されるまま、四人は廊下を歩く。この前の黒の部屋だった場所が、開かずの間になって厳重に木で釘打たれているのが不気味だ。
「さあ、ここでございます……」
その時だ。都築が軽い衝撃を美桜に送る。すると美桜はちょっとだけつまずいて、床にへたり込んでしまう。その場所は上手い具合に執事の足下だ。
「あ、す、すみません。ちょっと立ちくらみがしたものですから……」
その瞬間、執事の足に掴まった美桜は、特殊能力を働かせた。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
「ええ……、大丈夫です。ありがとうございます……」
立ち上がって態勢を立て直し、改めて四人は部屋の中へと案内された。
そこは壁も床も緑一色。そして奇異なのはその部屋全体に、熱帯に生息しているマングローブと呼ばれる木が張り巡らされていることだった。そして部屋の隅には、これまた純和風な牡丹の生け花が一輪。
テーブルとチェアは、相変わらず部屋の中央。ベッドも黒の部屋と同じく開閉式のものだった。
「それではここで一晩をお過ごし下さい。夕食は出ますのでご心配なく……」
執事はそれだけを言い残して、ドアを閉め、去っていった。
「どうだった? 美桜」
都築は美桜の特殊能力の成果を聞く。
しかし、返答はサッパリしないものだった。
「うーん、分からないの。あの人、意識や感情がないのかな……。全然伝わって来なかったの」
草間が言う。
「どうせ主の傀儡だろうさ。それなら合点がいく」
「傀儡ねぇ。あの無表情さを見るだけで、私は吐き気がしてくるわよ」
エマも過激だ。
その時、霊波による会話が始まった。この館の主だ。
『ようこそ、わが館へ。まずは第一の関門、無事に出られた事を祝福しますよ』
「へっ、何言ってやがるんだか。あんなモノでやられる俺達じゃないぜ」
草間がタンカを切る。
『あなた方が、守護神を持っていると気づかなかったのは、こちらのミスでした。ですが、今回はどうでしょうね』
すると、部屋中に張り巡らされているマングローブが、蠢き始めた。そしてその中の一本の蔦がかなりの高速でエマと美桜を縛り付ける。そして宙に浮いた。
「エマさん! 美桜!」
二人は宙づり状態だ。これではどうにもならない。振り回され、二人とも目が回り、返事も出来なくなってしまった。
「マズイな。このままじゃ俺達全員、マングローブのオモチャにされるだけだ!」
その間にも、もう一本の蔦が、こちらに向かってきていた。
あっけないほど掴まったのは、草間だった。体をグルグルと巻かれ、完全に身動き出来ない状態だ。
「草間さん!」
残されたのは都築のみ。現状からすれば、彼も時間の問題だろう。
「主よ、ゲームには参加しますが、このような状態であれば、俺もペナルティを課しますよ」
『ほう、面白いですね。今の状態で、あなたに何ができるのでしょうかね』
都築は神気を高め、結界壁を片手に持ちながら、ツクヨミを取り出した。
ツクヨミは破邪の剣。忌まわしきものを切る、幻の剣でもある。
「美桜、エマさん、草間さん。今助けます!」
都築は襲いかかるマングローブをツクヨミでなぎ払い、そして何とか三人が囚われている位置まで来た。そして威勢よく、その剣を振るったのである。
美桜、エマ、草間がマングローブから解き放たれた。
「ふう、どうなるかと思ったぜ、ありがとう、都築くん」
「いえ、当然のことですよ。しかし、これには恐らく仕掛けがあるはずです。それを探しましょう」
部屋中を探してみるが、まだマングローブはジタバタしている。早いところ見つけなければ。
すると、一カ所だけ、奇妙な点にようやく気づいた四人。なぜ、こんなところに牡丹があるのかということだ。しかも、なにやらこの牡丹も蠢いていて不気味だ。
「牡丹……、そうかボタンか! これが元凶だ!」
都築はツクヨミで、その牡丹を一刀両断した。するとどうだ、牡丹は一気に枯れ落ち、マングローブも全てが枯れて、天井からボタボタと枯れ枝が落ちてくる。
なんとかゲームは終了したようだ。
それよりも心配なのは、美桜とエマ。あれだけ振り回されて、目を回しているに違いない。
「おい、美桜さん、エマ、大丈夫か?!」
「うーん、大丈夫ですぅ」
「ええ、なんとか……。ちょっと気分悪いけどね」
でもなんとか耐えきったようだ。体にも支障はなさそうである。
『ほう、神剣ですか。これは侮れませんね』
「本来であれば、十二神将を呼ぶところでしたがね。それでこの館を壊せば、あなたも嫌が応でも出てくるでしょう」
『ふふ、面白い事を言いますね。この館は厳重な呪結界によって守られています。特に内部からの攻撃は無効化する力がありますからね。幾ら神剣などでも、無理というモノですよ』
なるほど、と四人は思った。だからこそ主はこの館全体に呪結界を施し、屋内でゲームを楽しもうという魂胆のようだ。
それにしては、なんという手の混みようだろう。先の黒の部屋といい、今回の緑の部屋といい、
常人には不可能に近い趣向である。
主は悪魔なのか。いや、そうとしか考えられなかった。
ようやく夕食になった頃、執事が食事をワゴンに乗せて持ってきた。
「あら? 美桜ちゃん、お泊まりセット持ってきたの? 偉いわね」
エマがめざとくそれを発見して、感心したようだ。
「えへへ。どうせ泊まらされると思ってたんで、用意してきたんです」
すると草間が途中退場可能か、勇んで扉を開けてみた。
なんとそこには、巨大な猫の口があった。どうやら今回も一晩を過ごすしかなさそうだ。
「はあ、驚いた〜。あんなの反則よ! 途中退場ありにして欲しいものだわ」
エマが文句たらたらである。
彼女だけでなく、ここにいる全員がその想いを同じくしているのだが、主には逆らえない。
なぜなら、あの文章の謎が残っているからだ。
しかし、ここはもう、そのような段階ではない。いかにしてこのゲームをクリアし、主を引っ張りだすかが勝負の決め手となってくるだろう。
四人は深更になってから、ようやく寝付いたのだった。
翌朝、四人はほぼ同時刻に目が覚めた。
『お目覚めですか』
主が訪ねてくる。それに呼応したのは都築だった。
「あの文章、ヒントを下さい」
『ヒントですか。では一言だけ。あなた方の知識では、絶対に解読出来ない。それが私に言える尤もたるヒントですよ』
「では、俺達はあなたを引きずり出すことに専念していい、ということですね?」
『ご自由に。いずれにせよ、各部屋のゲームを攻略していくという条件付きですが』
四人は部屋を出た。猫のトラップも仕掛けられてはいない。
「ふあ〜あ、また朝帰りかぁ」
草間が眠そうな声でぼやく。
「まあ、無事に帰れるだけ、ありがたいと思わないとね」
エマが言う。まさしくその通りだ。
「さあ、みんなも興信所に来てくれ。朝のコーヒーを堪能しよう」
草間の言葉に、エマも都築も美桜にも、笑顔が戻る朝焼けの空だった。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女 26歳
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0413 神崎・美桜(かんざき・みお) 女 17歳 高校生
0622 都築・亮一(つづき・りょういち) 男 24歳 退魔師
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■ ライター通信 ■
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○都築さん、神崎さん、5度目の御登場ありがとうございます。
○シュラインさん、4度目の御登場ありがとうございます。
○館〜第二室〜をお届けします。
○今週は、金曜から土曜に掛けて第三室が入る予定です。
不定期で申し訳ありません。
○先立つものは大丈夫でしょうか。私にはそれが一番心配です……。
せめて良い小説を書く。それが私に課せられたものと思っております。
○まだ、活躍してないPCさん。次回は出番ですよ。
○それでは、近いうちにまたお会いしましょう。
夢 羅 武 市 より
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