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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


山サトリ・川サトリ

「ねえ三下君。」
 月刊アトラス編集部・編集長、碇麗香はその豊満な胸元を寛げて、ぼんやりと上を向いていた。
「はひ…なんでしょうか、編集長。」
 そのすぐ傍で、彼女の部下である三下忠雄が同じように上を見上げている。その手に団扇と『月刊アトラス夏の増刊号祭り』と書かれた手ぬぐいを持って。
「なにか…面白いこと無いかしらね。こう…背筋がゾクっとくるような。」
 いつもきびきびした彼女らしからぬその物憂げな口調には、訳があった。
「そうですね…こう、体がヒヤッとするような、こわ〜いのなんかあるといいですねぇ。」
 三下忠雄は、言いながら改めて、壊れたクーラーと窓の外のじめじめした天気を見比べた。
 今日の湿度は120%…と言いたいほどの、日本の梅雨。
 しかし月刊アトラスのクーラーは、半年振りの稼動につき、壊れていた。
「はぁっ。」
突然、碇麗華が息をついた。溜息ではない。彼女が溜息をつくところなど誰が見たことがあろうか。つまり彼女はぴしりと背筋を伸ばし、フレームなしの眼鏡の端をきゅっと上げて立ち上がったのだ。「無心になんてなれやしない。もうこんなぐうたらした事をするのは意味が無いと私は判断したわ。」
「はぁ……。」
 しかし三下は、そんな碇をぼんやりと眺めているばかり。どうやら「ぼんやり」が身に染みている彼にとっては、「ぐうたら」は辛いことではなかったようだ。
「ちょっと、三下くん。」
碇の細い指先が彼の鼻先に突きつけられる。「もう意味がないと判断したことを、いつまで続けるつもり?」
「は? え…あ、は、はいっ」
 鬼上司の言葉に、彼は慌てて立ち上がり、椅子をデスクに収める。思わず敬礼でもしてしまいそうな勢いだ。
「分ったらさっさと取材班を組みなさい。そして例の噂を調べてくるのよ。」
── 例の噂…。
 S県の山奥に「サトリ」がいるという。
 人の心を読み、そして人の心を壊す。化け物。
 目にも留まらぬ速さで動き、出会った者を殺すという。
 だが、かろうじて生き延びた人間の言葉に寄れば、「彼」は草木を編んで作ったものを身に纏っており、まるで干した魚のような姿と匂いを持っているそうだ。
 S県に伝わる言い伝えによれば、サトリから逃げるためには「無心」になるしかないのだという。
 ゆえに、碇と三下もその『無心』とやらを体験しようとしたわけだが…。所詮無理であった。
 三下忠雄はクーラー無しの生活に苛立った碇に追い立てられるようにして、電話に取り付く。
── ええと…こんな時に来てくれそうなのは…。
 思い当たる番号をプッシュしながら、彼はふと思った。
── サトリ…か。人の気持ちが分っちゃうって、どんなだろう。切ないだろうな…それとも「化け物」なら何も感じないのかな…。山奥で、誰も居なくて……サトリは…サトリ自身は何を考えて生きているんだろうか…。
 電話の向こうで受話器が上がる音がした。
 三下は考えるのをやめ、電話の向こうの相手に用件を伝え始めた。


ACT.1
「Sorry! 今日の授業は自主学習でお願いします。いわゆるドタキャンですね。」
この町では見慣れない外国人が、公衆電話にもたれかかるようにして話している。「生徒達には先生がゴメンナサイと言っていたとお伝えくださいね。」
 彼の名はウォレス・グランブラッド。渋谷駅前のなかなか流行っている英会話教室で講師を務める男だ。そして今は夜からの受け持ちの授業を明るく爽やかに断ったところ。元々異様に授業時間が少ない上、良くこんなことをする彼がなぜクビにならないのか。それは渋谷校の七不思議の一つである。
 ここはS県。東京から新幹線を使っても5時間はゆうに掛かる山奥の寂れた町だった。ウォレスの元に「月刊アトラス」編集部の三下から電話があったのは昨晩ももう遅い時間。聞けば、「サトリ」の調査依頼をアトラスから受けて現地へ向かった少女が、予定を過ぎても戻らないのだという。
「無事だといいんですがね。」
 そう呟いて見上げた視線の先には緩やかなフォルムを描く山があった。さほど高くも無い。だが今にも崩れそうな空模様の下で、ウォレスの目にはその影が黒く、鄙びた町に覆いかぶさるように見えた。
「さて…じゃあ行きましょうか…。」
 逢魔ヶ刻。ウォレスにとって、この時間帯ほど都合のいいものはない。人気の無い街角に立った彼の姿が、一匹の気品のある蝙蝠に変化してひらひら舞い上がったことに気付くものなど誰も居なかった。
 そして。
 その姿のまま山道を辿りだして30分ほど。日が長くなっているとはいえ日は更に落ち小雨が降りだした。辺りは薄灰色に包まれ出し、深い針葉樹の枝葉やその幹に絡み付いた蔓が彼の進路を邪魔するようになって、彼はとうとう飛ぶスピードを落とした。
── 人間がこの気候の中にいるのなら、辛いでしょうね。
 梅雨空の下、吐く息が白くなるほど気温が下がり始めている。と、そのつぶらな瞳の端にふと何かが引っかかったような気がして彼は羽を翻した。木々の陰に隠れるように、むき出しになった岩場がそこにあった。小雨に濡れて黒くぬらぬらと光っている。そしてその奥、彼は僅かな裂け目を見つけた。
── ここ…ですか?
 微かに感じる人の気配。ウォレスは『変化』を解き、その場に降り立つ。身に纏った服が雨に濡れ、蝙蝠であったときは気にも留めなかった不快感を感じる。
 洞穴…と言っていいだろう。奥は曲がりくねって見えない。そして明かり一つ届かない暗闇の中だった。だが彼には闇に対する恐怖などはない。ただ警戒だけは解かずにゆっくりと奥へ歩きだした。


ACT.2
「…来たはいいけど…そう簡単に会えるとも思えないなぁ。」
 下の町はサトリの噂で持ちきりだった。彼らは朱姫が山に入ると言うと無茶だ、危険だと強く止めて来たが彼女は軽く手を振り、日が暮れる前に必ず戻ってくるからと町を後にしてきた。
 だから、初日のタイムリミットは後僅か。沢伝いに山を登ってきた朱姫は、ふと傾き始めた太陽に気付いて、その細い手首に巻いた腕時計を見ようと一瞬足元から目を離した。
 その時だった。ズルリと足を滑らせ、彼女は岩場の角でふくらはぎを酷く切ってしまった。
「痛っ…。」
 彼女らしからぬ失敗。だが彼女は皮膚と一緒に裂けたジーンズを背負ったナップサックから出したキャンプ用のナイフで切り裂く。露になった足には長く裂けた切り口が見えた。
 むせ返るような血の香りと気の遠くなるような痛み。だが彼女はそれでもザックの中身を探った。山に登る準備はきちんと整えてきてある。この中に包帯や化膿止めも入っている筈だ。
 だが、その時だった。
 川べりの笹薮が、ガサリと大きな音を立てた。はっとそちらに目をやると、藪は更にがさがさと揺れて、『それ』は薄闇の中のっそりと姿を現した。ごつごつと痩せ細った身体に蓑のようなものを蔓草で巻きつけ、頭部を大きな葉を大雑把に繋ぎ合わせたもので覆っている。
── あれは…「サトリ」?
 一瞬、痛みを忘れてその姿を凝視する。サトリと思われる「それ」はこちらを警戒するように、川べりをジグザグに、しかし確実に歩み寄って来る。その時。
『サトリなのか? …いけない…無心にならなきゃ…』
危機感の全く無いような調子でその言葉を発したのは、朱姫ではなかった。何も考えないのは得意だった。だがそれはこんな怪我をしていない時の事。『そうか。でも…足が痛い…。』
 サトリが近づいてくる。だが朱姫はなぜかぼんやりとそれを待ち構えていた。そして次の瞬間、ひやりと足に何かが触れた。思わず驚きに見開いた朱姫の目の前で、サトリは傷に白く粘る何かを擦り込んでいた。
『痛みが…消えてく…。』
 流れていた血があっという間に止まる。まだ傷口は塞がっていないのに。朱姫はサトリの葉に覆われた顔を覗き込もうと背を屈めた。
『私を助けてくれたのか?』
 葉の影から垣間見えるサトリの口元は歯が無かった。ぽっかりと空いた空洞のようなものから、溢れるように朱姫の思考が飛び出してくる。『ありがとう。…いやそれは私が言う台詞で、っていう台詞も私が言うべきで…ああ、もう! なにがなんだか判らなくなってきちゃったよ。』
 そして、サトリは彼女の膝裏と肩を抱いて軽々と抱き上げ、歩き出した。

── あれから5日…。
 矢塚朱姫は岩肌にナイフで刻んだ目を数え、経った日付を確認し溜息をついた。サトリに連れてこられた洞窟の最奥、崩れた岩肌と湧き水に自然と穿たれた窪みがまるで寝床のように段を作っているその場所は、少し前から雨が降り出た雨の雫で水溜りが出来始めている。
 そして彼女は天井から斜に差し込んでくる薄明かりの中、膝を抱えて座り込んでいた。
 明かりから僅かに離れた場所では、彼女に背を向けるようにサトリが身を縮めて寝息を立てている。
 数日も経たずに足の傷は跡も残らず癒えた。だが朱姫はその数日の間にサトリの孤独を知ってしまった。一人で魚を獲り、一人で眠り、一人出歩く。ただそれだけなら朱姫もサトリを放って帰ることが、もしかしたら出来たかもしれない。だがある日、サトリは一輪の花を摘んで朱姫の元に戻って来た。
 花を愛でる意識が、サトリにはある。
 ならば、孤独を感じる心も、サトリにはきっとある。
 もう放っては置けなかった。人を殺したと言うのも嘘のように感じられた。
 サトリはことごとく朱姫の心を読み、口にしたがしかし彼女に害を与えるそぶりはひとかけらも見せなかったからだ。
── きっと、心配しているだろうな…。
 真っ先に思い浮かんだのは兄の顔だった。いつまでもこうしてはいられない。それは朱姫自身が一番良く分かっていた。
『…てる…してるだろうな…。』
もぞり、とサトリが身じろいだ。『いつも心配ばかり掛けてしまう…。』
 それは、サトリの声だった。『…起きたのか? …少し寒いね。サトリはそんな格好で寒くはないのか?』
 口を閉じる間も無く、サトリは身体を起こしながら話続ける。彼女自身が口を開いてサトリに尋ねるより早く、サトリは彼女の心を口にする。
『…どこかへ行くのか? そうか。食べ物をとりに行くんだな。私も行こうか?』
 サトリは低く呟きながら、のろのろと洞穴の入り口の方へ歩き出す。朱姫は慌ててその後ろについていこうと、腰を浮かせかけた、その時だった。
「お嬢さん、そろそろお家に帰る時間のようですよ。」
 岩の陰に男が一人佇んでいた。
『誰だ?』
 サトリ=朱姫が叫ぶ。だが男は動じず、それどころか酷く余裕ありげに一歩踏み出してきた。
「私ですか? 私はウォレス・グランブラッド。そちらのサトリ氏の取材兼あなたのお迎えです。」
 暗い洞穴の中にゆっくりと進んできたウォレスは、先程から身を潜めて二人…いや、一人と一匹なのか…のやり取りを見聞きしていた。そして、姿を現しても差し支えなかろうとこうして出てきたのであるが…。
『同業者?』
 サトリは言いながらウォレスと朱姫の間に立ちふさがった。言葉の他に、喉の奥から唸り声のようなものが上がり始める。その声は、警戒と威嚇。対してウォレスはいつ飛び掛られても良いように構えながらも冗談めかして肩を竦めた。
「仲良くしようじゃありませんか、御同輩。」
英国紳士風のそのいでたちと相まって、こんな洞窟には不釣合いに見える。「私はあなたを傷つけたい訳ではないのですから。」
そしてサトリの後ろで呆然としている朱姫に手を差し伸べた。「帰りましょうお嬢さん。お家の方が心配していますよ。」
 その時だった。今の今までのろりと動いていたサトリが、目にも留まらぬ速さでウォレスの目の前に飛び出してきた。
『やめろ! サトリ!!』
 朱姫の声がサトリの口から飛ぶ。だが遅い。瞬間、ウォレスの腕がサトリの鋭い爪で引き裂かれた。
「…痛いですよ。」
 ウォレスはだが、静かにそう言うと裂かれた腕を庇いつつもまたもう一歩前に進んだ。サトリはそんなウォレスに怯んだ様子を見せる。
『ウォレス…大丈夫なのか?』
 彼を傷つけたサトリ自身の口から彼を気遣う言葉が出てくるのは、なんとも奇妙な光景。
「大丈夫。私はちょっと人とは違いますからね…ほら。」
そう言って差し出された腕には、既に直りかけた傷口が見え、朱姫は一瞬息を呑む。そしてウォレスは尚もサトリから目を離さぬまま、冗談めかした口調でこう言った。「でも折角ならばあなたの可愛らしい口から同じ言葉を聞きたいものです。」
『あ…あぅ…。』
 その時、サトリの口から唸りとも喘ぎとも取れない声が漏れた。
「…?」
 ウォレスはいぶかしげに眉を潜めた。その視線の先で、朱姫が喉元を両手で掴み、まるで魚のように口を開けたり閉じたりさせている。
『声…出ない。…なんで? サトリ…お前なのか?』
 朱姫は信じられないという目でサトリを見詰めた。サトリが、朱姫をゆっくりと振り返る。
 その瞬間、サトリの腕は朱姫に向かって振り上げられた。
── いけないっ。
 その時、ウォレスの行動は素早かった。彼女とサトリの間に走りこみ、彼女を小脇に抱える。、 そして。
『何を…』
「し…静かに。…『影化』」
 低く呟いた。途端に彼女の姿もろとも、ウォレスの体が細かな粒子になって消えていく。それに気付いた朱姫がウォレスの顔を必死に見上げる。
『まって、サトリを置いては行けない。かわいそうなんだ、寂しい子なんだよ。』
 消えていく二人の前で、おろおろと動き回り、手を差し伸べてくるサトリの口から、そんな声が漏れる。
「今は、駄目です。」
朱姫の訴えるような金色の目を受け、酷だとは思いつつも、ウォレスはきっぱりと言い切った。「このままではあなたが、とり込まれてしまいますから。」

 二人が次に姿を現したのは、山の入り口まで戻ってきてからのことだった。雨は相変わらず降り続いており、朱姫とウォレスはずぶ濡れになっていた。麓を見下ろすと遠くに町の明かりが見える。
「失礼しました。声はもう出ますか?」
 突然抱きかかえた非礼を詫びながら朱姫の細い身体を離し、ウォレスはそう尋ねた。
 朱姫はウォレスの胸元を軽く押すように一歩離れながら答える。
「…出るよ。」
 だが、彼女の本来の声とは似ても似つかない、掠れた声だった。この5日間一言も声を発することが無かったのだと、彼女はその時漸く気付いた。
 ウォレスは、整ってはいるが幼さを残した少女の顔をじっと見詰めた。金の瞳は物憂げに伏せられ、隠そうとしているが多少のショックを受けているようだった。
「サトリは…」
ウォレスは呟くように言った。「あなたにはなんの危害も加えなかったようですね。」
 すると、朱姫はぱっと顔を上げ、ウォレスに向かって関を切ったように話し始めた。
「そうなんだ。うぅん、それだけじゃない。サトリは私の足を直してくれたんだよ。ホラ…」
彼女はちぎれたジーンズから、ほっそりとした足をウォレスに向かって指し示してみせる。「見て。凄い怪我しちゃったんだ。でもなんとも無いだろ? サトリが薬をくれた。だからサトリが人を殺したなんて、きっと何かの間違い……。」
 だが、朱姫は自分をじっと見詰めるウォレスの視線に気付いて、口を噤んだ。
「信じたい気持ちは、わかります。あなたは数日サトリと一緒に過ごした。気持ちをどれだけ読まれてもそれを恐怖とは感じなかった。サトリを信頼していた。…そうでしょう?」
 優しい声だった。聞いているうちに、なぜか涙が出てきた。
 自分とは違う異形のもの。言葉が通じなくても、伝え合える何かがあったと、朱姫は知った。けれど…。
「だけど…。」
朱姫の瞳から、ほろりと一筋涙がこぼれた。「だけどさっき…私は…。」
 一瞬だけ、サトリを疑った。
 ウォレスはそっと、ハンカチを取り出して彼女に渡す。彼女は素直に受け取って、涙をぬぐった。
── 純粋な子だ。
 うつむいた泣き顔を見ながら、ウォレスはそう思った。そして彼女の今回の行動は、彼の過去を思い起こさせる。
 『彼女』は明るく聡明で、金の髪と白磁の肌を持った…だが、盲目の女性だった。ウォレスは彼女と共にありたいと心から望んだ。そして彼女も彼を受け入れてくれた──吸血鬼である彼を。
── ただ吸血鬼であるというだけで、私は恐れられ、疎まれ、そして追われた。サトリと同じように。だが彼女は私を愛してくれた。今はもう…傍には居ないけれど。
 それは、彼の牙が彼女の喉元を引き裂いたから。
 今でもその感触を思い出すことが出来る。彼女の悟りきった微笑みと一緒に。
「…孤独は、一匙の幸せでもっと深くなるのです。」
ぽつりと、ウォレスは呟いた。朱姫のはっとしたように上げた瞳には酷い後悔が含まれていた。だが、彼はゆっくりと彼女に言った。「だから、私たちはまたあの場所に戻らなければなりません。今度は一時のものではなく、本質的な幸せをサトリにあげるその為に。」
 朱姫の瞳に、不安が過った。頭の良い彼女には、ウォレスが何を言っているのか良く判ったのだ。
「それって…いざとなったら殺してしまうって…そういうこと?」
 ウォレスは朱姫の肩にそっと手を置いた。
「サトリは人を殺しました。最後どうにもならなくなったらそうせざるを得なくなるでしょう。でも…私はなるべくならそれを避けたい。だからそうしない為に何か考えなければ。」
「……分かった。」
朱姫は、深く頷いた。「そうとなったら、私は絶対サトリを殺させはしない。…考える。絶対いい手を思いつくから。」
 ウォレスはくすりと微笑んで彼女の肩を掴んだ手を緩めた。
「その意気ですよ、ミス朱姫。」
 そして二人は町へと歩き出し。
 後から追いかけてきた二人…七森慎(ナナモリ・シン)と砂山優姫(サヤマ・ユウキ)に合流することとなったのだった。


ACT.3
 夜が明けた。朝一番、もの寂しい町の中で漸く開いた駅前のファーストフード店。七森の携帯で朱姫は家に連絡を取り、また朱姫の無事を知った三下は、ほっとしたあまりに電話の向こうでおいおい泣き出したが、彼らがこのままサトリを追跡すると聞いて驚いていたようだった。
 そして、七森と優姫はウォレスと朱姫の、朱姫とウォレスは優姫と七森の話を聞き、お互いに情報交換をし終えたところだ。年齢も外見もバラバラな4人が一緒にいるのは奇妙な風景らしく、他の客の視線を集めている。だが4人はそれと気付かぬ様子で話し込んでいた。
「…助かったよ。これであの子を殺さずに済む。」
6日間のほぼ断食を終えた朱姫がしんみりと言った。「…仲間、いるといいね。」
 全員がその言葉に同意するように頷く。
「兎に角捕まえないことには。ミス朱姫の話を聞けば放っておいてあげたい所ですが、七森さんや優姫さんの話を聞くと、このままではきっとまた被害が出るだけでしょう。…サトリですが、私の感覚からは思うに素早いとはいえ追いつけないほどではありませんでした。ですが無傷で捕獲するには、少々難でしょうかね。」
 と、ウォレスが言った。すると、七森が口を開く。
「なら、俺が禁縛して動きを止めよう。ウォレス、あなたと2人がかりなら大丈夫だろう。」
「ですね。」
 そうして頷き合う。2人の口調が親しいとまでは行かずとも信頼を含んでいるのは、過去に同じ依頼で顔を合わせた事があり、幾度か相手の技量を見る機会があったからだ。とは言え、2人とも特にそれを口に出す気性では無いようだった。
「でも、サトリは人の心を読むのでしょう?」
と言ったのは砂山優姫。「なら私がやることは決まっていますね…テレパスで妨害、もしくはあなた達二人のガード。」
 優姫は力の暴走という不安を抱えながらも、はっきりと宣言する。と、手を上げかねない勢いで矢塚朱姫が言った。
「私も行くよ、勿論!」
2人、という言葉に反応してのことだった。「私には攻撃能力なんて無いけど…でも一緒に行きたいんだ。」
 ウォレスはそんな朱姫に深く優しく頷いてみせ…その時だった。
 店内がざわっとどよめいた。
「…! あれ、見てください!」
 優姫が窓越しに外を指差した。寂れた駅のロータリーにいた出勤前の人々が、何かを叫びながらこちらに走ってくる。そしてその後ろに見えるのは。
「サトリ!!」
蓑もどきを纏ったその姿。そして小脇に長い黒髪の女性を抱えている。明るい日差しの中で見ると、それは明らかに異形のものだった。「どうしてこんなところに…。」
「あなたを、追ってきたのかもしれません。」
 朱姫の黒髪に視線を走らせ、ウォレスが冷静に言った。
「行こう。」
 七森が立ち上がる。そして他の三人も慌てたように店を飛び出して行った。

 雨上がり特有の朝靄が、薄く辺りを包んでいる。その中でサトリは恐怖に駆られてもがく女性を小脇に抱えたまま、背を丸めて立ちすくんでいた。
『うぅ…うわぁ…。』
 なんとも言えない呻き声が、喉から漏れている。
「サトリ!」
朱姫の澄んだ声が、辺りに響いた。「それは私じゃない。私はこっちだ。ここに居る!」
 サトリがゆっくりと振り返り、頭部に被った葉の影から朱姫の姿を認める。と、腕の中の女性を朱姫を見比べ、彼女を突き飛ばすように離した、その時。朱姫がはっと目を見開いたその僅かな間に。彼女の目の前にサトリが移動し、その細腰を掴み寄せていた。
── しまった!
 その場に居た誰もが一瞬立ちすくむ。だが、次の瞬間。
 七森は懐から禁符を投げ。
 ウォレスはそのまま逃げようとするサトリに追いすがる。
 そして優姫はその二人の意識をサトリに読まれないように、シールドを張った。
『動・禁!』
 七森の投げた符が、サトリの身体に触れた瞬間、金色の光が走った。その光と同じ速さでウォレスがサトリを後ろから羽交い絞めにし、その耳元に囁く。
「お嬢さんを離しなさい。…それがあなたの為ですよ。」
『サトリ、私を放してくれ。お願いだ。お前を助けたいんだ。』
 朱姫の訴えがサトリの口から漏れる。だがサトリはウォレスと七森に動きを止められながらも朱姫を放さず、もがき続ける。まるで赤ん坊が嫌々をするように。
「…七森さんっ。」
禁縛の印を結ぶ七森の隣、黒紫に輝く視線でサトリを凝視しながら、砂山優姫が訴えるように叫んだ「サトリは……あれは…『魚』です。」
シールドを張った優姫の心に滑り込んでくる、サトリの意識。優姫の額に汗が浮かぶ。「うぅん、魚…よりはもっと人間に近いけど…殆ど中身が空っぽ…あるのは、本能…?…あぅ!いけない!」
優姫の思考に、突然サトリの意識の塊がぶつかる。ウォレスと七森のガードに全てを注いでいた優姫はその直撃を受けて頭に鋭い痛みさえ感じた。だが、押さえ込んで叫ぶ。「…それは駄目、駄目です! …朱姫さんにもシールドを…駄目、出来ない…ウォレスさん、朱姫さんを早く助けて!! 今すぐ!!」
「と、言われましても…。」
 ウォレスでなかったらとうの昔に振り払われていただろう、サトリの怪力。その時だった。
『朱羽…のこと…』
サトリの歯の無い唇から鬱蒼とした声が漏れ出し始めた。『好き…だけど、駄目…なんだ。』
 朱羽…それは朱姫の兄の名だった。朱姫の金色の瞳が驚愕に見開かれる。
「ウォレスさん、七森さん、早く! サトリは…朱姫さんの心の深層を読んで、壊そうとしてます!」
「何だって!?」
「朱姫さんがずっと自分の傍に居るように、気持ちを変えようとしているんです。…嘘、こんな能力のあるモノがこの世に居るの?」
『いつだって護りたい…よ。大好き…だ。でも…気持ちは…受け入れられない…ゴメン…。』
 優姫は得体の知れない能力を持つサトリとの対峙という恐怖と戦っていた。と同時にサトリを通じて朱姫の心も同時に流れ込んでくる。彼女の傷──実の兄に求愛され、乱暴されかかった過去。だがそれでも兄を思う純粋な気持ち。
── なんて子なんだろう。
 彼女とは同じ位の年頃。そして自分にも誰より大事に思う兄がいる。けれど彼に対する気持ちは決して『恋愛』とは重ならない。
 心に流れ込んでくる、朱姫の混乱と憤り。助けてあげたい、とそう思った…その時。
── これは…誰?
 朱姫の心の隅にあった人影が、大きく、大きく膨れ上がり始めた。そしてその姿は朱姫の兄の姿を打ち消し、彼女の心を満たした。
『…探してるんだ。ずっと。』
サトリの、口からぽつりと言葉が漏れた。『いつか会えるって…この世のどこかに居るはずだって信じてる。』
「?…なんの事ですか…?」
 サトリの力が緩むのを感じて、ウォレスは驚いたように呟いた。
『次に生まれ変わって出会たら今度は、必ず一緒に幸せになるって…決めたから。』
 サトリの腕が、だらりと落ちた。
「……禁呪…了。」
 七森が静かに囁き。倒れこんできたサトリの身体を、ウォレスがしっかりと受け止めた。


エピローグ
「私には過去世の記憶があるんだ。細かいところはあんまりよく覚えてないけど。」
 ここはS県の南に位置するH村。4人は若い緑の葦原の中に立っていた。目の前にはサトリが消えていった川が、滔々と水を湛えて流れている。
 今朝の電話で、七森は他にサトリが出没する場所が無いか確かめるよう三下に伝えていた。そして三下がここを見つけ出したのだ。あとは優姫の能力であのサトリと同じ波動を感じる場所を探し出しただけ。
 川辺にしゃがみ込み訥々と話す朱姫の声を、他の三人は思い思いの格好で黙って聞いていた。
「ただ、約束したのは覚えてる。また会おうってあの人は言ってた。だから私はずっと探してたんだ。」
 悲恋に終わった、過去の恋人を。だから不思議な事件が集まってくるアトラスの依頼を受け続けていたのだ。そして、それは行方不明の兄を探す優姫も同じこと。
「…サトリは本能で仲間を探していました。」
朱姫とシンクロしていた僅かな間、優姫の心にはサトリの意識も流れ込んできていた。「どうやらつい最近、最後の仲間に死なれたようです。でもあのサトリは若くて、どこに他の仲間が居るのかも、人間とサトリの違いも判っていなかった。それで姿かたちが多少似ている人間の住む町の傍まで来ていたのですね。」
 優姫の言葉に、ウォレスが納得したように頷いた。
「そうして仲間を求めていたからこそ、朱姫の気持ちを理解したのだね。」
「うん…きっとそうだと思う。」
 葦の穂が露を乗せて陽光を受けている。雨上がりの風が爽やかに4人の佇む川辺を抜ける。
「さあ、…帰ろうか。」
七森がぽつりと呟き、ちいさなクマのついたキーを取り出した。「途中までなら送ろう。」
 その言葉に、ウォレスが嬉しそうな顔をした。
「それは助かりますね七森さん! なにせ私はしがない英会話講師。雀の涙の給料で新幹線は辛いのです。」
 おどけたウォレスのそぶりに、少女達は微笑み、七森は苦笑した。

 戻りたい場所、もしくは仮初めの宿。どちらにしても彼らには帰る場所がある。
 そこには自分を待っている誰かがいるから。

<終わり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0550/矢塚朱姫(ヤツカ・アケヒ)/女/17/高校生】
【0565/七森慎(ナナモリ・シン)/男/27/陰陽師】
【0526/ウォレス・グランブラッド/男/150/自称・英会話学校講師】
【0495/砂山優姫(サヤマ・ユウキ)/女/17/高校生】
※申し込み順に掲載させていただきました。
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■         ライター通信          ■
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七森さん、ウォレスさんいつも有難うございます。そして矢塚朱姫さん、砂山優姫さん初めまして。沢山のライターさんの中から選んでいただけて光栄です。蒼太と申します(PC名で失礼致します)
さて今回の皆さんのプレイング、面白いと感じたのはやはり裏設定といいますか、普通にキャラデータを読むだけではわからない部分を読ませていただけたことです。どれも魅力たっぷりだったので、あれもこれも使いたい、生かしたいと欲張ってみた結果がこんな物語、結末と相成りました。いかがでしたでしょうか?
しかし、まるで計ったようにいいメンバーで依頼が入ってくるのは不思議なことですね。
この幸運にだらけないように、もっと頑張って行きたいと思っています。
では、またもご縁がありましたらどうぞ、お付き合いください!