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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


本当は恐ろしい君と僕の童話 第一幕『灰かぶり』

 第一場 浴槽で灰かぶりを装う裸足の義姉

 階数表示が四階を告げ、マンションのエレベーターが開いた。長髪の青年が恋人の部屋へ向かう。
 ドアの前。呼鈴――反応なし。
「ぁんだよ、ったく……」
 ぼやきつつ取り出した合鍵で、ドアを開く。
「うっ!」
 夏の締め切った部屋とはいえ、異常なまでの熱気。
 室内には薄く煙――それに何かが焦げたような、この匂い。
(火事!?)
 男は口元を押さえ奧へ急ぐ――と、
(水音?)
 女の名を呼びながら、キッチンへ。
「A子っ、居るのか!!」
 蛇口は閉まっている。女も居ない。だが、
『T男……』
 男を呼ぶ声――リビング? ドアを開ける――急激な温度差に汗が引く。
『T男、イラッシャイ、T男』
 クーラーの利いたリビングに、女が飼っている九官鳥。いつもの女の台詞を真似ては床を跳ね、こちらを見て首を傾げる。
「くそっ!」
 男は身を翻し――と、水音の正体が分かった。左――バスルームだ。シャワーの音だ。駆け寄ってドアノブ――が、手を止めた。磨りガラスの内側に、黒い煤の不気味なマダラ模様。僅かずつ、ドアの縁から漏れる煙。中からはシャワーの音。向こうの様子は見えない。
 一瞬の、本の一瞬の躊躇の後、男はドアノブを捻った。
「!」
 幾種もの強い異臭と今まで以上の高熱を伴う黒煙が、視界を遮る。咄嗟に左腕を覆って顔を背け、換気扇のスイッチを入れた。吸い込まれ、段々薄らぐ煙の向こう、バスルームがゆっくり姿を見せる。
 しゃああああ。足元近くに転がるシャワー――勢い良く流れ出る水。
 桝目状の浅黄のタイル壁。右側の段、熱変形したシャンプーやコンディショナーのプラスチック容器から、漏れ出た幾本もの乳白色の長い筋。
 窓際のガラス瓶には、煤で汚れ、存在しない黒い花と化した一輪の薔薇。
 浴槽へ続く正面の壁に特に濃い煤、黄土色と焦げ茶色のマーブル模様の焦げ跡。
 浴槽に水は――ない。だがその底に、何やら黒いカタマリが見え始めた。
 ごおおおお。換気扇が煙を吸い出していく。
 見下ろす浴槽の底に多量の灰。何かの燃えカスらしき幾つかの小さな黒いモノ。そして何よりも、爪に真っ赤なペディキュアが塗られた左右の人間の足が――足だけが――転がっている……!!
 臑から上を失ったその足を取り巻く光景は、現実感を置き去りにし、マネキンのそれを想わせる。だがそれは、紛れもなく人間の足なのだ。先ほどまで、彼の恋人の一部であったモノなのだ。
 ごおおおお。煙を全て排除しても猶、換気扇は回り続けている。
 その音に、男の悲鳴が重なった。

 数時間後、そのテレビニュースを前にする碇麗香の姿があった。
「これは、まさか……」
 1951年メアリー・リーザー、1964年ヘレン・コンウェイ、1966年ジョン・ベントレー……
 脳裡に浮かぶ過去の事件達が、調査の必要性を告げていた。

 第二場 マッチ売りの少女を放火魔と呼んだのは誰だ

「荼毘に付したとしても、もう少し舎利が残るでしょうに――」
 勿論、その浴槽にはもう被害者の遺体は――遺体という言葉がそぐわぬほどに灰と化したそれは――ない。手にした資料写真を見て、「宮小路 皇騎(ミヤコウジ コウキ)」はそう漏らしたのだった。
 長く伸ばした髪を後ろで束ね、二十歳の端正なその顔立ちに涼やかな表情を浮かべた青年。
 その財力と陰陽の力で日本の闇社会に名を馳せる宮小路家のコネクションが、警察庁に働き掛け、捜査情報の入手と現場への立入を可能にした。
 焦げ痕の残る浴槽の底に幾許(いくばく)かの灰、黄土色に変色した壁、溶けた容器もその内容物の痕跡も、そのままに。その部屋の全てが煤けて、白黒映画のような陰影だけを見せている。捜査のために現状保存されたそのバスルームは、まるで時間が止まってしまったかのように、自らの醜態を晒し続けていた。
 宮小路はリビングにあったプラスチック製の椅子を持ち出し、一人、バスルームのドアの前に腰掛けている。資料の束とバスルームを交互に眺めながら、まず、現時点で重要と思われる事実を頭の中で纏めてみる。

 条件一、鑑識記録によると、灰の中から歯が発見されている。よって、現場ではほぼ間違いなく全身が燃え尽きたのであり、脚しか残っていなかったのは、上半身が別の場所にあるためではない。
 条件二、同じく、燃え残った服の断片が発見されている。よって、彼女は入浴していたのでも、シャワーを浴びていたのでもない。
 条件三、同じく鑑識記録によると、燃料の痕跡は認められていない。また、燃料使用は火勢を強めるが、結果、建物自体の火災を招く。しかし、浴室内のタオルにすら引火していない。よって、燃料は使用されていない。
 条件四、現在、被害者の恋人は極度の精神不安状態にあるが、現場の状況と照らし合わせても、遺体発見状況に対し、彼が嘘や思い違いを述べている可能性は低い。
 条件五、被害者の恋人が鍵を開けるまで、現場は密室だった。

 次いで宮小路は脚を組替えると、条件を元に仮説と反証を繰り返す。

 仮説一、浴室内での突発的な事故。
 反証、現場には火元が存在せず、鑑識記録からもライター等の発見、或いは漏電の事実も無い。また、被害者は煙草を吸わない。加えて現場は浴室であり、当然、消火のための水は豊富にある。実際、遺体発見当時、シャワーが出たままになっていた。
 仮説二、キッチン等での着火を消すために浴室を訪れたが、間に合わなかった。
 反証、遺体発見当時、浴室の扉は閉まっていた。生命の危機に瀕した状態で、扉を閉める余裕があるとは思われない。また事件当時、浴室以外の部屋で、コンロ、暖房器具、ライター等を使用していた形跡は無い。
 仮説三、焼身自殺。
 反証、通常、何らかの燃料が使用される。よって、条件三に反する。また捜査情報により、現段階に於いて遺書及び自殺を仄めかす言動、動機は認められない。更に、自殺手段に焼身を選択する心理として、以下の二点による可能性が高いが、そのどちらでもない。心理一、個人の死のみではなく、社会に於ける自身の関係性――家族、家等の心中・焼失を目指すもの。心理二、自殺を演出化することにより、自身の主張・抗議を広く社会へアピールするもの。
 仮説四、被害者への憎悪、または妄愛による焼却としての他殺。
 反証、通常、何らかの燃料が使用される。よって、条件三に反する。また条件五により密室であり、争った形跡、血痕等も見られない。
 仮説五、他殺後に事故や自殺へ偽装。
 反証、仮説一、二、三の反証により、事故にも自殺にも見えない。よって偽装でもない。
 仮説六、他殺後に証拠隠滅のため焼却。
 反証、死体の匿名化としては、現場が被害者の自宅であるという時点で矛盾している。死因、その他死体から分かる情報の隠滅目的の可能性は残るが、これも燃料、密室、及び、争った形跡、血痕等がないことを考慮すると考え難い。
 仮説七、他殺後、儀式、或いは見立てとしての焼却。
 反証、現場に作為性が感じられない。

 ――凡そ、考えられる可能性は検討した。だが宮小路自身、納得のいく結論は得られなかった。となると、残るのは通常の原因では有り得ない状況――
「やはり、人体発火現象ですか――」
 イギリスを中心とした欧米で報告されることの多い、まるで、人体が自ら燃え上がったかのように、被害者の体だけが炭化した状態で発見されるという謎の事件群。
 それは、第一報を見た碇麗香の脳裡に浮かび、依頼を受けた宮小路もまず思い浮かべたことだった――そして、現場を前にした今、それは或種、確信に変わっていた。 
 だが、人体発火現象それ自体の原因が完全に解明されている訳ではない。これが人体発火現象だと言うことは、結局、原因不明だと言っているのに等しい。故に宮小路は、事前に過去の人体発火現象例とそれらを説明付ける仮説群を、コンピュータ・ネットワークを通じて調べ上げてあった。ただ、それらの仮説はどれも、信憑性が高いとは言えない代物だった。
 バクテリアの活動に原因を求める「リン発火説」、及び「バクテリア燃焼説」。また、プラズマの発生によるものとする「球電説」――どれも理論上は可能かも知れないが、証拠に基づかないだけに、実際起こり得るかというと机上の空論の感は否めない。
 地表上の霊的力場を結ぶ直線=レイライン上で発生するという「ファイア・レイン理論」の水平軸的な概念では、被害者の上にも下にも人が住むという都市の垂直軸を説明し得ない。
 そんな中、限定的ではあるが、ほぼ断定し得る仮説として――「人体ロウソク化現象」があった。
 閉め切られ、酸素の限定された空間内で発生した火災は、燃え広がることなく狭い範囲内を燃やし続ける低温火災となり、まるでロウソクのように人体のみが燃え、やがて酸素減少と共に鎮火する。実際に人体が突然発火したところを目撃・体験したというケースを別とすれば、人体発火とされる過去の事件状況と細部まで火災学的に合致する。ただそれさえも、過去の事件群と今回のケースを比較検討した場合、問題点が残る――つまり、死因と火元の問題である。
 過去のケースでは、被害者は主に老人――特にアルコール依存症であることがしばしばで、心臓麻痺、或いは着火によるショック死と目され、現場からはランプやパイプなどが発見されている。だが、今回は二十代の女性であり、火元も見付かっていない。
 では、何が――
「……?」
 宮小路が資料に落としていた視線を上げたその時、まるでタイミングを計ったかのように、曇りガラスの窓からバスルームに陽光が射し込んだ。
 宮小路が、まるで何かに憑かれたかのように立ち上がる。
 バスルームに踏み込み、資料を持った左手を浴室の中に差し伸ばす――その紙の上で、窓際のガラス花瓶の集光が、焦点を結んだ。
「収斂発火……!」
 火元が、存在した。

 暫くして、一階に着いたエレベーターから、宮小路は姿を現した。オートロックの自動ドアを潜り、マンションのエントランスを出ると、目の前に和服に唐傘という風流な出で立ちの若い女性が一人、今出て来たマンションの上階を見上げ、佇んでいる。
 彼女の視線の先に目をやると、どうも例の現場辺りを見ているらしい。それに、この女性――。
 再び彼女に視線を戻した宮小路は、声を掛ける。
「どうかなされましたか?」
 すると、漸く気付いた彼女は、視線を下ろした。
「あら、青年さん。以前、うちとどこかでお会いしませんでした?」
「ええ。私も今、そう思っていたところです」
 どこか安手の恋愛ドラマ染みてきたが、そうではない。女性の名は「当麻 鈴(タイマ スズ)」――彼女もまた、草間興信所やアトラス編集部に出入りする一人なのだ。互いに一度や二度、見かけたこともあったろう。
「失礼。こんな所に――」
 宮小路はすっと鈴の左肩辺りに手を伸ばす。
「あら」
 彼が手に取ったものを見て、鈴が少し驚いたような笑みを浮かべた。
「――花が咲いていましたよ」
 一片(ひとひら)の細長い花弁。
「白菊――確か花言葉は、『真実』」
 そして宮小路は、鈴からある「真実」を知らされた――彼女が追っている事件の現場で感じたのと同じ特殊な霊の働きを、このマンションからも感じたのだと。

 第三場 ブレーメン・カルテット

「ワリぃ、遅くなった。聞き込みに手間取っちまって」
 そう言って、「陣内 十蔵(ジンナイ ジュウゾウ)」が自分の探偵事務所に駆け込んで来た。部屋の奥に積み上げられた古新聞の上の鳥かごの周りに、どちらも二十代の女性である和服姿の当麻鈴と白衣を着た金髪の「レイベル・ラブ」が立っている。
「上手なものねぇ、この子のお喋り。名前は何と仰るのかしら?」
 カゴの中の九官鳥について鈴が訊ねると、陣内は驚いたような顔をした。
「こいつ、喋ったのか?――いや、名前は知らねぇんだ、預かりモンなんでね。けど、俺の前じゃ、まだ一度だって喋ってないんだぜ? おい、何か言ってみろ」
 そう言って陣内は鳥カゴを小突いたが、ただ「ガァ」と威嚇されただけだった。
「ったく、大した鳥だよ。人を見やがる」
「そうやって、すぐ叩くからだ」
 レイベルにさらりと告げられ、陣内は部屋の中央のソファにどさりと腰掛けると、ノートパソコンを開いて向かいのソファに座っているもう一人の人物――長い髪の青年のことを訊ねる。
「で、こちらさんは?」
「初めまして、宮小路皇騎と言います」
 陣内、当麻、レイベルの三人は、草間興信所で受けた「女性臓器消失遺体事件」の捜査に当たっており、事前の予定通り、この事務所に情報交換のため集まった。その捜査中に鈴と出会ったのが宮小路であり、彼はアトラス編集部の依頼で「浴室女性焼死事件」を追っていた。
「ああ、その事件か。昔、俺が警察やってた頃の後輩だった堤(ツツミ)って奴が担当刑事やってるよ。その鳥を持ってきたのも奴なんだが――確か、被害者のペットだって言ってたな」
 陣内の台詞に、事件情報から被害者のペットのことを知っていた宮小路は得心がいった。
「なるほど、偶然かと思いましたが、そういう訳でしたか。ところで、その焼死事件――いえ、私の調べでは死後に発火したと見ているのですが、遺体が灰になった原因は低温火災に伴う人体ロウソク化現象で説明が付きます。重要なのはその前提となる死因と火元で、これは、浴室掃除中に洗剤の混合による塩素ガス中毒で死亡、その後、窓際のガラス瓶による集光で発火したようです。ただ、当麻さんによると――」
 宮小路は既にソファに着いた鈴の方を見る。
「はい。うちの視た限りでは、この二つの件、何か同じ霊的存在が関わっているんじゃないかしら。ただ、それが何とまでは……。でも、その分、感じるんです。ええ、とても強く」
「となると、私の事件もただの事故とは言い切れない――それで、こちらに御一緒に」
 宮小路が言った。
「あなたの力――」
 レイベルが、向かいのソファに座る鈴に問い掛ける。
「――その霊的な存在とやらの居場所を探ることは出来ないの?」
「近くに寄れば、感じ取れるのですけれど……」
「存在しないトンネルには近づけないものね。でも、分かったわ。つまり、あなたが大勢居れば、どれかは近くに当たるはずよ」
 その言葉の意味をまだ分からずに居る鈴に代わり、宮小路が答えた。
「なるほど――当麻さん、失礼ですが、これに息を吹き掛けて戴けませんか?」
 宮小路が取り出したのは、一本のメモリースティックだった。それを見て、レイベルが言う。
「へぇ。あなた、面白いものを使うのね。でも、私はアナログなのも嫌いじゃないの」
 彼女が取り出したのは、一本の注射器だった。

 第四場 金の鍵で開く一番奥の部屋だけは決して覗いてはならないと言ったのに

 都内某マンション、宮小路家所有の一室――
 コンピュータのモニターを前に座す、宮小路皇騎の姿。
 鈴の息の掛かった――文字通り、吐息の吹き掛けられた――電子霊符(メモリースティック)を右手に、左手に結印。
「一心謹請霊符天真神。増え行け。疾く参れ。急急如律令」
 スティックをマシンに装填。式(プログラム)を起動(はし)らせる。
 陰陽を家の道とする宮小路家にあっても、彼の存在は特異なものであった。大学でコンピュータ関連を専攻し、ハッキング技術に秀で、時にネットワークへと精神感応を試みる。
 宗家跡取とは言え、御家内でも守旧派の一部には彼のことを悪く言う向きもあった。だが同時に、経済面でも派を広げる宮小路家のコンピュータ関連部門を支えているのも、彼だ。よって、表立っての批判がなされることは無い。
 宮小路自身は、そんな彼らとは全く考えを異にしていた。
 電脳世界は、陰(0)と陽(1)からなる電子の宇宙である。「太極」より陰陽「両儀」が生じ、「両儀」より「四象」が、「四象」より「八卦」が、「八卦」より「六十四卦」が生じ、「六十四卦」を以って万物の成るこの現実世界と、何ら変わりは無い。陰陽師にしてハッカーという自身の有様に、疑問を覚えたことは無かった。
 陰陽(0/1)の電脳世界に、宮小路の放った式が駆け巡る。それは、鈴の呼気データの組み込まれた無害なウイルス様プログラム。圧倒的な感染力を持って東京中のネットワークに拡がっていく。
 本体の罪穢れを吸い取って分身と成る償物(あがもの)――その為に息を吹きかけてもらった訳だが、疫病神を親に持つという鈴のそれは、一息でメモリーをオーバーしてしまった。仕方なく、呼気の量を弱めてもらってやり直し、三本目にして漸く利用可能なものが出来上がった。そうして出来たこの鈴の分身プログラムは、鈴本人と同様、事件に関与していると思(おぼ)しき霊的存在と感応する。感染した先々の端末付近にその霊が在れば、自動的かつ瞬時に宮小路の元へ反応が返って、場所が特定されるという寸法だ。
「さぁ、後は気長に待つとしましょうか」
 宮小路はモニターに映し出された東京の地図上に、感染を示す緑の点が増殖していくのを見つめていた。 どれ位たった時だったろうか、地図上が殆ど緑で覆われたその画面に、警告音と共にただ一つ赤い点が点った。
「はい、掛かりました――と」
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「!? ここは――」
 まさに今、彼の居るこの建物――。
 途端、室内の電気系統が全てダウン――コンピュータがフウゥンと嘆いて停止した。と同時に、窓から光度100万カンデラを越える圧倒的な光が差し込んだ。
 咄嗟、宮小路は目を細め立ち上がり、すっと足を踏み変えた。
「四縦五横、禹為除道蚩尤避兵、令吾周遍天下帰還、故嚮吾者死、留吾者亡、急急如律令――」
 刀印を持って四縦五横。踏み越え、左足を踏出。
「天逢――」
 右足。
「天内――」
 奇妙な足捌きを以って、光の方へ。
「天衝。天輔。天禽。天心。天柱。天任。天英――南斗北斗三台玉女、左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武避万鬼、前後輔翼、急急如律令」
 宮小路の姿が光の中に消えていく。
「乾。坤。元。亨……」
 悪星邪気を踏破する九星反閇で、次元の壁を踏み越える――。

 第五場 カチカチ山にはぼうぼう鳥と泥の船

 光が収まると、そこが霧に包まれた深い森の中であることに気が付いた。
「こちらからお伺いするつもりが、どうやら招かれたようですね」
 宮小路が霧中へと声を投げ掛ける。
「お蔭で手間が省けたわ」
 霧の中から金髪を揺らし現れたのは、レイベルである。
「あれは――やっぱりアレですかね?」
 宮小路の目線の先――木々の開けた叢(くさむら)に、半ば地面に埋もれた機械とも建物とも付かない銀色の巨大な円盤状物体が、森とは余りにも不釣合いなその異形を誇示している。
「そうね。少なくともお菓子の家には見えないわ――」
 レイベルがそう言った時、不意に、音も無く円盤の一部が開きだした。内部から漏れる光が、霧に反射して、ぼんやりと輝く。タラップのように突き出た開口部から、幾つかの小さな人影が姿を現す。
 全身を覆う灰色の肌に、頭でっかちで大きな黒い目をした――七人の小人。
 中央の三人が、その小柄な体格で支えあうようにして、不釣合いに大きい水中銃のような形の妙な機械を持っていた――その銃口を、二人の方へ向けて。
 咄嗟に、宮小路が結印する。
「誓願勧請『髭切』よ顕(あ)れ、金剋木、九天応元雷声普化天尊!」
 灰色小人が機械の引金を引いた瞬間、宮小路の目前で雷のような激しい火花が散った。やがて煙が引くと、そこに一本の日本刀が、その身に鋭い光を宿して大地に突き立たっていた。
「やはり、そういうことでしたか――」
 宮小路は身代わりとなって攻撃を吸収した「髭切」を引き抜きながら、そう漏らした。攻撃の性質が分かっていなければ、少し面倒なことになっていたところだった。
 鈴の話によって推理に見直しを迫られた時のこと、宮小路はあることを思い出していた。「女性臓器消失遺体事件」のキーワードである「キャトル・ミューティレーション」という単語を、自身が追っている「浴室女性焼死事件」の資料の中で見た記憶があったのだ。それは、人体発火現象の「球電説」の記述だった。球電――つまり、自然発生したプラズマである球状の雷によって人体が急激に焼失するというその説の中で、家畜の体内に侵入したプラズマが内臓及び目、性器などの開口部のみを消滅させるに留まった状態がキャトル・ミューティレーションであると展開されていたのだ。球電という自然現象が、そう立て続けに人を死に追いやるとは思えない。だが、それが意図的に起こされたものだとしたら?――強力なマイクロ波によって人為的にプラズマを発生させることは可能だ。一説には、兵器への応用も某国において研究されていると言う。
 その推測から、宮小路は金属を好むプラズマの性質により、その発生を刀へと逸らした――陰陽道の文脈に言い換えれば、金気の刀によって木気の雷を剋した。
 ベキベキィッ――突然、宮小路の背後で大きな音がした。振り返って見れば、何と、レイベルが一抱えもある木を、地面から引き抜いている。白衣の金髪女性が、片手で大木を抱えている光景を見て、味方の宮小路までもが唖然とする。
 そのままズンズンと近付いて来るレイベルに向かって、灰色小人はプラズマ兵器を向けた。残りの四人達は、訳の分からない言語で何やら囁き合っている。レイベルは木を盾のように構え、歩みを止めない。
 やがて木全体から白い水蒸気が立ち上る。仕方なくレイベルがそれを投げ捨てると、それは落ちる前に全体が炎に包まれ、そのまま地面を幾度か転がって、直ぐに消炭と化した。
「まぁ、いいわ。木なら幾らでもあるみたいだし」
 そう言って、レイベルは笑みを浮かべてみせた。

 第六場 十二時の鐘が鳴っても、ガラスの靴だけは、まだ

"『灰かぶり』
 王子様のお妃捜しを兼ねたお城の舞踏会が三日間開かれることになりました。継母と二人の義姉は美しく着飾って出掛けましたが、少女は姉がわざと灰の中にばら撒いた豆を帰って来るまでに拾っておくよう言い付けられていました。いつもそのようなイジメを受けていたので、少女は「灰かぶり」と呼ばれていました。ですがその日は鳥達が来て豆を全部拾ってくれました。次の日には鳥の手助けに加えて、灰かぶりが実母の墓に植えて涙で育てたハシバミの木に美しいドレスや金の靴が現れ、舞踏会に行くことが出来ました。灰かぶりと王子は互いに引かれ合いましたが、十二時の鐘と共に彼女は去ります。そして舞踏会最後の三日目。昨日と同じように去る灰かぶりは、片方の靴を落としていきました。実は彼女が速く走れないように王子様が階段にタールを塗っておいたのです。王子様はその靴を手掛かりに灰かぶりを探します。姉達は足を切ってまで靴を履き、王子は二度とも騙され掛けますが、二回とも城に向かう途中で鳥が歌で足の血を教えます。そして灰かぶりには靴が合い、二人は再会することが出来たのでした。そして結婚式の日、教会に招かれた二人の姉は鳥達に両目を抉り出されてしまいました。シンデレラと王子様は目出度く結婚し、幸せに暮らしましたとさ"

 〜〜――アテンション・プリーズ。当機はタダ今太陽系軌道上を順調に飛行中。ワタクシ宇宙船地球号機長、宇宙名(スペースネーム)シンデレラから宇宙意志 BADHBHCATH 様へ御連絡申しアゲマス〜〜感謝その1:私シンデレラは知っていたのデス最初に報告したあの汚れたメスブタは霊能力があるんだといつもブヒブヒ鳴いていましたがそれはウソなのでした(みえみえだっつーのバカ!)。指摘するとクラスのみんなが私の存在を透明化しました(目玉に理科室のホルマリンに入った魚の様などろりと濁った灰色の膜を張るのでス)。そのくせ精神デンパで私の頭のナカに悪口をぐぢぐぢぐぢぐぢぐぢぐ送るのです。どうしてそういうことするのかなぁ。正しいのは私ナノに。あの中学にはバカしかいませんでした先生はみな俗物でした。彼らはみな同じ。誰かが縦笛を吹いたらみなで行進を始めるに違いないよ大通りをファーストフードの0円のスマイルで行進するに違いないよ。ミミズミンチのダブルバーガーは夏季限定発売の230円になっておりマス御一緒にホタテはいかがでスか? 自動犯罪機に120円を入れたらよく冷えたヤツの首がゴロリ。愛、それは BADHBHCATH(宇宙の光=導きの主)。偽りの霊能力を騙るメスブタは貴方の本物の霊力で穴あきチーズになりまシた。感謝その2:あの高校にいた年中発情期のメスイヌはパブロフの実験で頬以外に耳と鼻にも穴を空けられてソコからいつでもよだれをたりらりらり。私にだけは見えてたゾ。誰にでもバカみたいにチギレるほど振っていたシッポも見えてたんダゾ。あのメスイヌは狂犬病にかかっていて意味もなく私をつねりましタ髪の毛を引っ張りハサミで切りましタ何も言わず冬の川に突き落としましタ牛の乳を右と左の鼻の穴から流し込みましタ100円ライターで腕をアブりましタジュグジュグジュグジュグアブりやがっタイヌがイヌがイヌがよおおおああああぶっ殺す! ぶっ殺した! ぶっ殺してやったんだよおおお!!! 脳みそがウメボシ(紀州産・産地直送)のバカイヌは BADHBHCATH 様の宇宙波動(1憶メガHz)で電子レンジに入れて乾かしたシャンプー後の黒猫のように灰リハイリフリハイリホー。私の報告にジンソクなお裁きアリガトウございまス。これでまた一つ地球は浄化されたのですね。精神レベルが第六次元に進化し地球人民が銀河連邦のヒいては貴方が主催する大宇宙意識連合の一員に正式に加われる日も遠くないと感じられます(ダメダメ私としたことが気が早いんだから地球(テラ)にはイラナイ悪の魂がまだたくさん寄生しているもっと報告してハイジョしなくては排除排除排除)。夢・未来・そして BADHBHCATH2002。御破算で願いましてーは1円ナーリ2円ナーリ3人目のイラナイ魂は? 香水まみれの泥棒ネコ。御名答。私の地球での仮の母親(モチロン私は認めてませんがだってあの人はただの子宮(フクロ)で私の宇宙遺伝子は前世の銀河連邦戦士から転生したものですかラ)であるメスネコは私を雑事に縛り付けて私が美しくなることを妨害しています。穢れた匂いを持ち込んで亡くなったお父さんと私の家をぬらぬらぬらと汚していまス。就きましては偉大なるかなかな大宇宙の良識 BADHBHCATH 様。次はこのメスネコの魂を滅すカテとお成り下サイ。チャンチャカツカチャカチャンチャンチャーンキョンシー三分クッキング宇宙波動で特製ミートパイの出来上がり。チャララー火曜サシコロス劇場東京血煙紀行秋葉バラバラ殺人事件火星人は見た! 宇宙粉末でヤツをKILL!? 追伸=先日貴方のもと(光る球体)に招かれて左手首に埋め込んでもラった精神電波宇宙通信機は現在もコノように順調に貴方の言葉を私に届け私の言葉を貴方に届けています。ビリビリと腕の神経を通して伝わる貴方の宇宙言語の超波動が私のマインドレベルを覚醒覚醒覚醒。なお貴方からお預かりしたネオ・チルドレンは今も私のオナカのナカで順調に育っていまス――〜〜

 T大学附属病院にその患者が入院することになるのは、あの二つの事件から、数週間後のことである。患者は両事件の被害者と過去に同級生だったことがあり、また「浴室女性焼死事件」被害者のペットである九官鳥の最初の――つまり、ペットショップを通じて転売される前の、飼主でもあった。患者の言動には事件との関連性が伺えるという指摘もあったが、警察も病院も、その妄想をまともに取り扱うことはしなかった。だが、その患者に纏わる物語は、また別の童話だ。

 『瓜子姫』という昔話がある。
"瓜から生まれた瓜子姫は老夫婦に育てられ、美人に成長し、長者の元に嫁ぐことになりました。ところが、老夫婦の留守中に家で機を織っていた瓜子姫を騙して天邪鬼が侵入し、服を奪って彼女に成り済まし、本物を木に縛り付けてしまいました。しかし、嫁入りの駕籠がその木の側を通った時、鳥が鳴声で告げ口し、或いは天邪鬼に襲い掛かり、正体がばれました。捕らえられた天邪鬼はバラバラに切って山野に捨てられ、瓜子姫は晴れて結婚し、幸せに暮らしましたとさ"
 玉の輿結婚、本人に成り済ます邪魔者、衣服と木、嫁入りの途中で鳥に暴かれる偽者――シンデレラ(灰かぶり)との類似性が指摘されている。加えて、上記の話は西日本型のもので、東日本に伝わる『瓜子姫』は後半が異なる。
"瓜子姫の家に侵入した天邪鬼は、彼女を樹上から揺り落とす、或いはバラバラにする、目を潰すなどして殺し、剥いだ皮で瓜子姫に成り済ましました……"
 この東西の相違を踏まえて、再び灰かぶりとの類似性を考えると、服を失うという行為が実は死の暗示と言えるのかも知れない。故に、十二時の鐘が鳴って魔法が解け服が消えたことは、シンデレラが死んで皮を剥がれたことを意味する。そしてドレス=シンデレラの皮だとすると、死体となったシンデレラはハシバミに現れたドレスのように、つまり瓜子姫のように、木に掛けられるべき存在だと言える。それはなぜか?
 そのヒントが北欧神話の主神オーディンだ。彼は世界樹で首を吊って自分の体を槍で刺し、自らを主神である自分に捧げて(つまり彼は神であり祭祀者であり生贄でもある)、秘術を手に入れた。
 この北欧神話の世界樹ユグドラシルはトネリコだが、西洋でこれと並んで霊的な神木とされてきたのシンデレラに出てくるハシバミだ。これはケルトを始め全世界に伝わる古代神木信仰の名残と見ることも出来る。そして、その木に棲み付いてシンデレラを助けるのが鳥達である。木に吊るされたシンデレラの死体に集まる鳥達――これは、まるで鳥葬だ。
 鳥葬とは高い場所に遺体を置き、鳥獣の餌食にして白骨化させた後、骨だけを葬るという埋葬法のことである。鳥はその空飛ぶ姿から「天=神」と「地=人」を繋ぐ神の使者、もしくは霊魂の化身そのものと見なされた。死者の魂は鳥に食べられることによって天へと運ばれるのだ。鳥は死と再生の仲介者であり、故にシンデレラも鳥達に食べられることで真のシンデレラとして王子の前に再生するのだ。シンデレラは樹木が夏に葉を茂らせ冬に葉を落とすように、衣服を着替えることで死と再生を体験し、新たな自分へと生まれ変わったのだ。目を啄ばまれる姉達は過去のシンデレラ自身である。そう、知恵の泉を口にする代償として片目を失ったオーディン――彼もまた、常に二匹の鴉を従者としていた。
 時に精神科医や心理学者は、童話に人間の深層心理が隠されていると主張する。
 だがしかし、シンデレラをただ王子様や魔女を待って棚から牡丹餅的なシンデレラ・ストーリーを夢見るだけのネガティヴ少女と見縊ってはならない。なぜなら彼女こそが魔女なのだ。古代の女神であり巫女であり生贄でもあるというあのオーディンのような巫術の体現者、異界との交信者(チャネラー)なのだ。侮っていると後で手痛い竹箆(しっぺ)返しを食らうことになる――あの継母と義姉達のように。
 オーディンの武器であり、稲妻の象徴である投槍グングニルは、小人族ドヴェルグが作ったものである。であるならば、シンデレラにも、灰色の肌をした大きな黒い目の七人の小人達が付き従っていてもおかしくはない。そう、シンデレラは、白雪姫でもあったのだ。でもそれはそう、また別の童話――。

 幕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0461/宮小路 皇騎(ミヤコウジ コウキ)/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)

(草間興信所からの参加)
 0044/陣内 十蔵(ジンナイ ジュウゾウ)/男/42/私立探偵
 0319/当麻 鈴(タイマ スズ)/女/364(外見20代半ば)/骨董屋
 0606/レイベル・ラブ/女/395(外見20代)/ストリートドクター

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。πジゲンで御座います。この度は、御購入有難う御座いました。
 今回は敢えて最後のアクション描写はせず、そこに至る過程を中心に書かさせて戴きました。今回の事件はこれで解決となりますが、その陰にあるものは、新たな事件へと繋がるようです。また、他の参加者の皆さんの物語を読まれると、謎が解けたり、或いは逆に深まったり(笑)するかと思います。時間があれば、御一読下さるのも一興かと思います。
 かなり長文と成った為、長らくお待たせしてしまいましたが、いかがだったでしょうか? もし宜しければ、テラコン、或いは私のサイト(http://www.page.sannet.ne.jp/yskzkbys/)の BBS まで、御意見・御感想等を戴ければ、幸いです。
 それでは、またの御参加をお待ちしております。

 宮小路 様
 陰陽道とサイバーワ−ルドという、私の好きなものが二つも揃っていただけに、そちら方面の描写がやや少な目に終わったのは、今思えば、己ながらちょっと残念な気がします。しかし、今回は推理的な部分を中心としたクールな活躍を演じて戴きました。彼のヒロイズムが表現出来ていれば幸いです。