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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バニライム乱舞
●オープニング【0】
『あなたもバニライムになりませんか?』
 そんな書き出しで始まる投稿がゴーストネットの掲示板にあった。投稿者は『魔法少女バニライム』という特撮番組の制作会社だ。
 何でも『魔法少女バニライム』のDVDの発売を記念して人数限定のイベントを行うことになり、それに出演する『バニライムガールズ(仮)』を募集したいのだということだ。もちろんそのイベントにはバニライムに変身する少女、大月鈴(おおつき・りん)役の香西真夏(こうざい・まなつ)が出演する。
 応募条件は若い女性であること、ただそれだけ。イベントは屋内で、特に芝居をする必要もなく、指示通りに動けばいいらしい。そしてバイト代2万円と3食支給される他、イベントで着用した衣装もプレゼントということだ。女の子であれば、これは意外と美味しいアルバイトではないだろうか? まあ、ハプニングが起こり得るかもしれないってのは予め心得ておくとして。
『応募してみようかな?』
 瀬名雫が件の投稿にレスポンスをつけていた。雫が応募するのなら、一緒に応募してみてもいいかもしれない。
 でも、ちょっと待って。バニライムの衣装って、バニーさんじゃなかったっけ?

●朝食会【1】
「んーっ、美味しいよねっ♪」
 雫の明るい声が室内に響いた。もぐもぐと口が動いている。
「ほんと、具で味が変わるし……さらさらと入るね」
 茶髪で細身な少女、月見里千里は雫の言葉に頷きながら、レンゲを口元へ運んだ。一方の手には陶器の器が、その中には白粥と幾ばくかの具が入っていた。
 ここは真夏の所属する事務所だ。今日の『魔法少女バニライム』のイベントに出演することとなったメンバーが、朝の8時から事務所へ呼び出されていたのだ。
 そして今日のスケジュールを確認がてら、真夏を囲んでの朝食会が行われていた。メニューは白粥、自分で好みの具を取ってゆくという形だ。
「ファルファ、そこのメンマ取ってくださいな〜」
 金髪細身の少女、ファルナ・新宮は傍らに座っていたメイドのファルファにそうお願いした。ファルファはすっと手を伸ばし、メンマの載った皿を取った。
「でもぉ……みさ、3食支給ってあったからお泊まりかと思っちゃったぁ」
 杉森みさきは照れ笑いを浮かべながら、よく冷えた緑茶へ手を伸ばした。その拍子に、肩まで伸ばしたウェーブのかかった赤い髪が頬へとかかった。
「はは、3食は文字通りに朝昼晩のことだから心配しなくていいよ」
 テーブルの奥、真夏の隣に座っていた人のよさそうな中年男性が笑って言った。この男性、真夏の事務所の社長で、名を本村洋一(もとむら・よういち)という。
「帰りもなるべく遅くならないようにするからね」
 本村は皆を気遣うように言った。色々と考えてくれているようである。
「だって、鈴花ちゃん」
 真夏が右斜前に座っていた眼鏡をかけたお下げ髪の少女、王鈴花ににっこりと話しかけた。鈴花はこくんと頷くと、隣に居る少年にちらりと視線を向けた。少年は食事の手を止めて、きょろきょろと部屋を見回している。
「すみません、内海監督は?」
 黒髪細身な少年、世羅・フロウライトが本村に尋ねた。この朝食会の席で、女性でないのは本村と世羅だけであった。
 世羅がここに居るのはイベントに出演するため――ではなく、鈴花の保護者として居るのだった。もちろん鈴花のことが心配だからだ。
「ああ、監督さんなら直接会場に行かれるそうだよ。徹夜で、他の現場のフィルム編集に立ち会うとか言ってたかな」
 本村はそう世羅に説明すると、みさきに視線を向けた。先程からしきりに首を傾げていたからだ。
「どうかしたのかい?」
「うーん……みさ、ここ来たことあるような気がするなぁ」
 ぽつりつぶやくみさき。みさきがこの事務所へ来るのは、当然ながら初めてのことである。見覚えのあるはずがない。
「デジャヴュかな?」
「雫ちゃん、違うってば。きっと予知能力だよ」
「いえいえ、どこからか電波が届いたのかもしれませんね〜」
 雫と千里とファルナが、各々の考えを口にした。まあ、一番可能性があるのは雫の考えだろう。
 と、その時、勢いよく部屋の扉が開かれた。
「グッモ〜ニン☆」
 明るく元気な声と共に、銀髪細身で背丈の高い女性が部屋に入ってきた。
「プリスさん!」
 真夏がその女性を見て驚いたように言った。
「誰だい?」
 世羅が女性を警戒しつつ真夏に尋ねた。すると、真夏が答えるより早く女性が自己紹介を始めた。
「ナイストゥミーチュー☆ ワターシはプリンキア・アルフヘイム、『魔法少女バニライム』でマナちゃンたちのメイクアップをさせテ頂いた者デース。気軽にプリスかプリシーと呼んでくだサイネ。今日は、ウツミさンの頼ミを受けお手伝イに参りましたデース」
「プリスさんは今のメイクさん。5月から担当してくれていて、すっごく上手なの。上手く言えないんだけど……何か力を引き出してくれるような、そんな感じで」
 プリンキアの言葉を、真夏が補足した。
「ドウゾ、ヨロシくデース☆」
 パチンとプリンキアがウィンクを放った。

●会場入り【2】
 朝9時――一同は本村と共にイベント会場へ入った。そして同時にスタッフ証を配られる。
「君もスタッフとして登録しておいたから」
 本村はにこにこと世羅に言った。無言で軽く頭を下げる世羅。少なくとも、これで鈴花と離される心配はない。
「……千里ちゃん、大丈夫?」
 雫がこっそりと千里に耳打ちをした。事務所ではそうでもなかったが、会場が近付くにつれて次第に千里が無口になっていたから心配したのだ。
「あはは……緊張しちゃってー。毎週チェックしてる番組の、出演してる当人と一緒に舞台に出るんだと思うと、ねー……?」
 苦笑する千里。その表情は緊張のためか、少し引きつっていた。
「あ、それ分かるよっ。雫も昨日の夜は、なかなか眠れなかったもん!」
 雫は大きく頷いた。やはり主役と一緒というのは、何かしらプレッシャーになるようである。
「昨日はよく眠れましたよね〜」
 ちなみにそんな2人の前では、ファルナがそうファルファに笑顔で話しかけていた。まあ……中にはこういう人も居る訳だ、うん。
 一同が楽屋に入った後、本村が出ていったのと入れ替わりに黒髪の清楚な美少女が入ってきた。手には大量の衣装を抱えていた。
「皆様の衣装をお持ちいたしました」
 少女が衣装を置いて出てゆこうとした時、ふとみさきと視線が合った。
「あっ……」
「ほへ?」
 間抜けな返事を返してしまうみさき。少女はみさきの顔を見て驚いたようだった。
「いえ、何でも……」
 少女はそう言ってそそくさと楽屋を出ていった。みさきは首を傾げながらも、衣装の山の中から自分の衣装を探し始めた。
「みさの希望通ってるかなぁ……おリボンとかレースふりふりとかついた可愛い奴」
「あ……鈴花も衣装探さないと……」
 とことこと衣装の山に近付き、鈴花も自分の着るべき衣装を探し出した。
「ファルファ、それじゃあ着替えましょうか〜」
 ファルナの言葉にファルファが無言で頷いた。そして、すでに自らの衣装を手にしていた2人は、今着ている衣服を脱ぎ始めた。世羅がまだ楽屋に居るにも関わらず、だ。
「ハイハイ、ボーイは外で待機デース」
 すかさずプリンキアが困惑する世羅を楽屋の外へと追い出した――。

●変身前の乙女たち【3C】
「皆、可愛いよねっ♪」
 雫は皆の姿を見回して言った。バニライムに変身する真夏が燕尾服バニーさんであるのはまあ当たり前なのだが、他の者の衣装もカラフルで個性的であった。ちなみに雫は虎縞模様のバニースーツだ。
「えへ……みさ、バニーさんってちょっとやってみたかったんだぁ。そっかぁ、こんな感じなんだぁ」
 みさきがくるくると回転しながら鏡に自分の姿を写していた。レースのフリルがたくさんついた、オレンジ色のバニースーツだ。
「わぁっ、千里ちゃんセクシーだねっ!」
 雫が感嘆の声を上げた。真っ赤なバニースーツに身を包んでいた千里だったが、普通のバニースーツではなく、首より下、胸より上の部分が網タイツで覆われていたのだ。普通に肌を露出するより色気がある。
「そう? 似合ってるかなあ?」
 照れながらもぐっと胸を突き出すように身体を反らす千里。
「ほんと、似合ってますね〜」
 横からファルナが口を挟む。ファルナは黒の、ファルファは紫の各々オーソドックスなバニースーツだった。
「ほら、鈴花ちゃん! そんな隅っこに居ないで、こっちへ来ようよ」
「で、でも……」
 真夏が楽屋の隅で恥ずかしそうにもじもじとしていた鈴花の手を引っ張ってきた。鈴花の姿は白の燕尾服バニーさん、つまり真夏と色違いである。
「ベリィキュ〜ト♪ よーク似合っテマすヨー」
 笑顔で鈴花に話しかけるプリンキア。そして、皆に鏡の前に座るよう指示をした。しかしさすがに全員は座れなかったので、先に真夏に鈴花、みさきと千里の4人が座った。
「デハ、今カラお嬢様方全員を『本物のバニライム』に変身させマース。ウフ、楽しみニシテクダさいネ……☆」
 プリンキアはそう言ってメイクボックスからメイクブラシを取り出すと、そっとキスをした。

●変身後の乙女たち【4】
「モウイイですヨー」
 楽屋の扉がガチャッと開き、中からプリンキアが顔を出した。着替えやメイクも全て終わったらしい。世羅はやれやれといった様子で楽屋の中へ入っていった。
「えっ……?」
 驚きの表情を浮かべる世羅。別にバニースーツに驚いた訳ではない。そういう衣装だということは分かっているのだから。
 驚いたのは皆の雰囲気だ。世羅が外に出されている間に、皆の雰囲気ががらっと変わっていたのだ。
「どうデス? 皆サン、バニライムですヨー」
 世羅の反応を楽しそうに見ているプリンキア。確かに皆、バニライムになっていた。もちろん姿形は違うのだが、根底にある雰囲気が皆同じだったのだ。真夏のそれと。
「何だか力が沸いてくるよねっ」
 雫がガッツポーズを取りながら言った。バニライムになったからか、身体の中から不思議と力が溢れてくるようであった。
「ちょっと、その辺りをお散歩してきますね〜」
 ファルファを連れて外へ行こうとするファルナ。
「あ、待って! あたしも一緒に行くからっ」
 千里が慌てて2人の後を追いかけた。他の皆も、つられるようにして外へと出てゆく。
 楽屋に残ったのは恥ずかしそうにうつむいている鈴花と、視線が泳いでいる世羅、そんな2人の様子を楽し気に見つめているプリンキアの3人だけだった。

●狐な女の子【5A】
 ファルナとファルファ、そして千里の3人は会場内を興味深気に歩き回っていた。スタッフも大勢行き交っているので、そうは長い時間うろうろとすることも出来ないのだが。
「あっ、見て見て! 可愛い〜っ♪」
 千里がファルナの肩をぽんぽんっと叩いた。
「はい?」
 くるり振り返るファルナ。見ると、そこには狐の耳と尻尾をつけた6、7歳くらいの可愛らしい女の子がちょこまかと通路を走っていたのだ。
「あんな子もスタッフなんだね」
「そうみたいですね〜」
 そんな2人の会話が聞こえたのか、女の子はとてとてと2人に近付いてきた。
「おねえちゃんたち、バニライムのおねえちゃんみたいだね〜」
 にこーっと微笑む女の子。
「そうです〜、皆バニライムですよ〜」
 ファルナも笑顔で答える。
「せーや、バニライムのおねえちゃん守ってあげるの〜」
 女の子は嬉しそうににこにこと話した。
「大丈夫、お姉ちゃんたちもバニライムのお姉ちゃんは守るから」
 千里は女の子の頭を優しく撫でてあげた。

●開演直前【6A】
 開演5分前。一同は舞台袖へとやってきていた。世羅は鈴花を護るべく、プリンキアはメイク直しのための待機で、他の者はもちろん舞台に立つためだ。
 先程会場入りした『魔法少女バニライム』の監督、内海良司は出演者の中に見知った顔を見つけると気軽に話しかけてきた。
「おや、君たちも居たのか。元気だったかね?」
 相変わらずスキンヘッドにサングラスといった風貌の内海。
「お久しぶりです〜」
 にこにこと答えるファルナ。ファルファと鈴花、そして世羅は軽く頭を下げた。
「鈴花ちゃんとか、ファルナちゃん、監督さんと知り合いなんだぁ……いいなぁ」
 驚いたように言うみさき。
「前にエキストラで出たんだよ」
 世羅がみさきに説明し、鈴花がこくんと頷いた。
「楽しかったですよね〜、ファルファ?」
「はい、マスター……」
 ファルナの問いかけに、ファルファが短く答えた。
「はいはいはい、あたし知ってる! それって第14話『亡者のダンス』でしょっ?」
 千里がぐいっと身を乗り出して言った。さすが毎週放送をチェックしているだけのことはある。
「知ってたんなら、鈴花ちゃんに会った時にすぐ言えばよかったのに」
「雫ちゃん、甘い。真のファンは、極力知らない振りをするものなんだから」
 雫の突っ込みをよく分からない理由でかわす千里。緊張が度を超えて、やや暴走モードへとシフトチェンジし始めたのだろうか。
「うつみサン、遅かっタですネ」
 プリンキアが内海のそばへ近寄った。
「いやー、編集が押した、押した。まあ、加奈子の復帰作だ。納得ゆくまでやらないとな。でだ……メイクは『いつもの通り』なのか?」
「ハイ、心置きなークやらセテいただきマシタ☆」
 くすっと微笑むプリンキア。
「まもなく開演でーす!!」
 スタッフの声が舞台袖に響いた。

●開演【6B】
 11時、イベントが幕を開けた。司会の女性に名前を呼ばれて、1人ずつ舞台へと出てゆく少女たち。世羅とプリンキアはそれを舞台袖から見守るだけだ。
 最初に名前を呼ばれたのは千里だった。客席へ両手で大きく手を振りながら、舞台へと元気に飛び出してゆく。
 次は雫。こちらも元気よく舞台へと飛び出していった。
 3番手はみさき。客席に愛想を振りまきながら、ゆっくりと歩いてゆく。カメラのフラッシュが激しくたかれていた。
 4番手は鈴花。やはり大勢の人前は恥ずかしいのか、おずおずと舞台へと出てゆく。客席の一部から歓声が上がった。
 5番手はファルナ、そして6番手はファルファ。2人は手を繋ぎながら舞台へと出てゆく。ファルナは客席や舞台に笑顔を振りまいていた。
 7番手でいよいよ真夏が登場すると、歓声と拍手が一際大きくなった。まさに真打ち登場という奴だ。
 最後に監督である内海が登場し、イベントは本格的に始まる――。

●ドキッ! 少女だらけの○×クイズ【7A】
 イベント開始30分後、会場では『魔法少女バニライム・○×クイズ』なるものが行われていた。観客は全員立ち上がり、○だと思えば右手を、×だと思えば左手を上げ、間違えたらそこで座るという方式だった。
 舞台上では真夏以外の少女たちも○×クイズに挑戦していた。観客席から向かって右側に○のプレートが、左側に×のプレートが吊るされていた。
「それでは第4問! 第14話『亡者のダンス』で登場した蜘蛛怪人の名前は『ペモーナ』である、○か×か?」
 右往左往する少女たち。
「×だよっ、間違いないからっ!」
 自信たっぷりに言い放つ千里。そして○から×へと移動する。
「待ってぇ〜……あっ!」
 みさきがその後を追いかけようとしたが、足が滑ったのか躓いてしまった。倒れそうになったみさきは、目の前の千里の腕をぎゅっとつかんだ。
「へっ!?」
 その拍子に千里もバランスを崩してしまい、前からやってきたファルナの身体にぶつかってしまった。
「きゃあっ」
 後ろへ倒れそうになるファルナ。慌ててファルファがそれを支えようとする。が、ファルナの手がファルファの胸元にかかり――紫のバニースーツがずるんと落ちた。ファルファのたわわな胸が露になった。
 突然のハプニングに沸き上がる観客たち。カメラのフラッシュも今日一番の多さだった。しかしファルファは平然とファルナの身体を支えていた。
 呆然と見ている雫、おろおろするばかりの鈴花、顔を見合わせている真夏と内海、反応は様々であった。
「落ち着いてくださーい! 皆さん、落ち着いてーっ!!」
 司会の女性だけが、何とかその場を静めようと奮闘していた。

●終演、そして明かされること【8】
 ○×クイズでのハプニング以降、大きなハプニングは起こらなかった。もっとも、ハイヒールを履き慣れていない何人かが躓いて転ぶという小さなハプニングは何度かあったのだが。
 やがてイベントは、盛大な拍手の中で幕を閉じた。大成功と言っていいだろう。
「お疲レサマデース☆」
 プリンキアが戻ってきた出演者たちを出迎え、飲み物を手渡していった。飲み物を受け取り口にする少女たち。
 と、そこに1人の男性が現れた。
「近くで見ると……凄いな」
 その場に居た全員の視線がその男性に向けられた。
「草間さんっ!?」
 千里が目をぱちくりとさせながら叫んだ。どうしてここに草間が居るのか、全く分からなかったからだ。それは他の者も同じことだった。
「犯人は全員確保。もう何の心配もいりません」
 その後ろから、本村とスーツ姿の眼鏡をかけた細身の青年が姿を現した。
「姫川さん、犯人ってどういうことですかっ!」
 真夏が青年――姫川里志に問いただす。それに答えたのは本村だった。今回のイベントが何者かに狙われていたこと、そして密かに草間たちに警護してもらっていたことを話す本村。
「黙っていて、本当に申し訳ない!」
 本村と姫川は深々と頭を下げて一同に謝った。内海以外の全員は、少し釈然としない表情で顔を見合わせていた。

●打ち上げ【9】
 夜6時過ぎ――ホテルにてイベントの打ち上げが行われていた。テーブルの上には中華料理が所狭しと並び、立食パーティ形式となっていた。
「すんませんっ、こっ、これにサインお願いしまっス!」
 征城大悟は『魔法少女バニライム』の巨大なポスターをざっと広げ、真夏にサインをお願いしていた。その表情は嬉しさのためか、緩んでいた。
「待ってよ、次はあたしの番なんだからっ!」
 月見里千里は紫色の丸坊主等といった大悟の容貌に少したじろぎながらも、きっぱりと言い放った。
 真夏は2人のやり取りに笑いながらも、しっかりと手を動かしてサインを行っている。さすがに女優の一員である。

「捕まえた犯人はどうしたの?」
 もぐもぐと口を動かしながら、雫が草間へ尋ねた。
「イベントが終わってから4人共警察へ引き渡した。今頃は取り調べの真っ最中だろう。余罪があるだろうから、たっぷり絞られるのは間違いない」
 草間はぐいっとビールを飲み干した。仕事の後のビールはさぞかし旨いに違いない。
「あんたは今日何もしてないだろ」
 同じくビールの入ったグラスを手にした真名神慶悟が皮肉っぽく言い放った。しかし怒っている素振りは見られない。むしろ楽しそうである。
「ところで少し耳に挟んだんだが、主犯格の女が持っていた発煙筒、見付かっていないらしいが……?」
 草間に尋ねる慶悟。だが草間がそれを知るはずがなかった。

「イイですカ? メイクの基本ハ……」
 プリンキア・アルフヘイムはワイン片手に、即興のメイク講座を行っていた。白い頬がほんのり桜色に染まり、何とも上機嫌であった。
 プリンキアを囲み、女性たちが熱心に聞き入っていた。多少なりとも興味があるのか、その輪の中には天薙撫子の姿も見受けられた。

「何やってたの、あんな所で!」
「だってみゆちゃん、みさはバニーさんちょっとやってみたかったんだもん」
「話くらいしてくれたって……」
「だってみゆちゃんのことだから、そんなえっちな格好ダメーとか、胸ないから似合いっこないとか言うに決まってるもん」
「当たり前だよ!」
 髪型こそ違えど、全く同じ顔の双子の姉妹、杉森みゆきと杉森みさきが言い争っていた。いや、争っているのはみゆきの方で、みさきの方はさらっとかわしているようなのだが。
 ちなみにこの2人の見分け方、ショートカットなのが姉のみゆきで、肩まで伸ばしたウェーブヘアなのが妹のみさきである。みさきの手には、真夏のサイン色紙がしっかと握られていた。
「「もう、いい加減にして!」」
 2人の声が、見事にはもった。

「無事に終わってよかったね、お兄ちゃん」
「そうだね、鈴花」
 世羅・フロウライトは皿にいくつか美味しそうな料理を盛ると、王鈴花に手渡した。鈴花は笑顔を浮かべそれを受け取る。
「そういえばお兄ちゃん……貰った衣装どうしよう……?」
 鈴花はイベントで着た衣装をどうしたものかと思案していた。少なくとも着る機会はもうないはずなのだが……。
「お兄ちゃん、いる……?」
 おずおずと尋ねる鈴花。1拍の間があって、世羅が小さく頷いた。
「僕が預かっておくよ」
 世羅はそう答えると、封印してタンスの奥深くへと仕舞っておくことを心に誓った。

 巳主神冴那は1人黙々と唐揚げを食べていた。不思議なことにこの周囲にはほとんど人が来なかった。
「美味しいのに……」
 数度目のお代わりに手を伸ばす冴那。冴那が食していたのは、蛙の唐揚げであった。

「何ですか、それ〜?」
 ファルナ・新宮は、メイドのファルファから料理の乗った皿を受け取りながら、小日向星弥に尋ねた。星弥は口紅らしき物体をくるくると回していた。
「ん〜とねぇ、拾ったの〜。せーや、これしゅらいんにあげるの。しゅらいんもこれもってるの、せーやこないだ見たもん☆」
 にこーっと満面の笑みを浮かべる星弥。
「そうですか〜、喜んでくれるといいですね〜」
 ファルナも笑顔で返す。ほのぼのとしたやり取りだ。
 だが2人共知るよしもなかった。この口紅らしき物体こそが、超小型の発煙筒であったことを。それが分かるのは、また別の日のことであった――。

【バニライム乱舞 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
                   / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
        / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0165 / 月見里・千里(やまなし・ちさと)
                 / 女 / 16 / 女子高校生 】
【 0534 / 杉森・みさき(すぎもり・みさき)
               / 女 / 21 / ピアニストの卵 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
          / 女 / 35 / メイクアップアーティスト 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせいたしました。イベント本編サイドをお届けします。ちなみにこちらのお話での意図は『とにかくイベントを楽しんじゃってください』というものでした。
・今回のお話は『密かに守れ』と密接に絡まっていますので、そちらの方もご覧になられると面白いかもしれませんよ。
・ちなみに本文では触れていませんが、昼食はお弁当でした。バイト代は……多少色がつけられていると思います。
・ファルナ・新宮さん、7度目のご参加ありがとうございます。ハプニング、見事に起こりました。もっとも起こったのはファルファの方にでしたが。衣服系のハプニングは、最初の予定では他にもあったんですが……実は『密かに守れ』の方で阻止されています。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。