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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


天才美少女呪術師黒須宵子・害虫大戦争の巻
〜 1 〜

「黒須宵子(くろす・しょうこ)」が初めてゴーストネットに現れたのは1年前の4月のことである。
彼女は自らを「天才美少女呪術師」と称し、メールにて相談を受け付ける旨を書き込んだ。

初めはあまり相手にされなかったが、半信半疑で彼女にメールを出し、そして実際に彼女に依頼した者から「見事に望んだ通りの結果を得られた」という書き込みがたびたびあったりなどして、彼女の名声は徐々に高まっていった。

そして去年の冬。
「次のG1の大本命を完走させないように彼女に依頼した」という書き込みがあり、その3日後に行われたG1レースで、本当に大本命と目されていた馬の騎手が落馬したのである。
この一件で、もはや彼女の実力を疑うものはほとんどいなくなった。
その後黒須宵子本人がゴーストネットに現れることはほとんどなくなったが、彼女に恋敵やライバルを蹴落としてもらったという報告は、毎月数件コンスタントに書き込まれ続けていた。

その黒須宵子が、突然ゴーストネットに帰ってきた。
彼女の書き込みの内容は、以下の通りである。

−−−−−

投稿者:黒須宵子

題名:害虫駆除のお願い

皆さんお久しぶり、宵子です。

実は先日、ちょっとした手違いがあって、家の中を害虫(の霊)に占拠されてしまったんです。
私も自分で何とかしたかったんですが、さすがに数が多すぎてどうにもなりませんでした。
そこで、皆さんのお力をお借りしたいと思います。
もちろん心ばかりではありますがお礼はさせていただくつもりですし、一番多くの害虫を退治して下さったら、あなたの好きな(というより、嫌いな?)相手一人を、いつもよりじっくりたっぷり念を入れて呪ってさしあげます。

それでは、協力して下さる方はいつものアドレスまでメール下さい。
お待ちしています☆

−−−−−

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 2 〜

黒須宵子の名は、ゴーストネットでもそれなりに知られている方である。
ところが、さすがに害虫の霊をどうこうできるような人間はそう多くなかったのか、それとも「あの黒須宵子でさえ手こずるような相手」と言うことで腰が引けてしまったのか、結局彼女の呼びかけに答えた者はわずかに二名だった。

まず、「黒須宵子親衛隊」を自称するハンドルネーム「KUROGANE」。
そして、悪霊退治の専門家である司幽屍(つかさ・ゆうし)である。





幽屍が待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに一人の男が待っていた。
身長およそ一メートル九十センチ、全身にがっしりと筋肉のついた小山のような大男である。
「ええと、キミが『KUROGANE』くんですか?」
幽屍が声をかけると、彼はこくりと頷いて、それから興味深そうに幽屍を見つめた。
「いかにも、俺が『KUROGANE』こと金山武満です。
 あなたが司幽屍さんですね? 宵子さんからメールで話は聞いています」
「私を見ても、驚かないんですね」
感心したように幽屍が言うと、武満は豪快に笑った。
「害虫でさえ化けて出るんだ、人間が化けて出ても何の不思議もないでしょう。
 もっとも、本物の幽霊を見るのは私も初めてですがね」
「いや、それはそうですが、実際にそこまで割り切れる人は珍しいですよ」
幽屍がそう言ったとき、武満が幽屍の背後にいる「誰か」に向かって手を振った。
「おお、宵子さん! お待ちしてました!!」
幽屍が振り返ってみると、そこには一人の少女の姿があった。
「キミが黒須宵子さんですね?」
幽屍が尋ねると、その少女はにっこりと微笑んだ。
「はい。司幽屍さん、ですよね? はじめまして」
セミロングの黒髪に、透けるように白い肌。
何かこだわりがあるのか、服装は上着からスカート、ソックスや靴に至るまで黒系統でまとめられており、胸元には大きな銀色のペンダントが揺れている。
(「天才呪術師」かどうかはともかく、少なくとも「美少女」の部分は看板に偽りなし、のようですね)
宵子の姿を見て、幽屍はふとそんなことを考えた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 3 〜

「それで、一体どうしてこんなことになったんです?」
宵子の家の中を見て、幽屍は呆れたように宵子に尋ねた。
室内には怪しげな煙が立ちこめ、辺り一面にゴキブリや蝿、蚊などの幽霊がうろついている。
「実は、先日家を空ける用事が出来たので、その時に害虫退治をしようと思ったんです」
そう答えると、宵子は部屋の真ん中の方にある小さな円筒形の物体を指さした。
「ほら、水を使って殺虫剤を部屋中に、っていうのがあるじゃないですか。あれを使ったんです」
「なるほど、この煙はそのせいですか」
幽屍は一度納得したように頷くと、宵子に話の続きを促した。
宵子は少しの間何か考え込んでいたようだったが、やがて意を決して再び口を開いた。
「実は、その時ちょっと呪術に使う触媒がいくつか出しっぱなしになっていたみたいで」
それを聞いて、幽屍は開いた口がふさがらなかった。
それだけのことでこれほど大量の害虫の霊を呼び出した彼女の霊力にも確かに驚きはしたが、彼はそれ以上に宵子の意識の低さに驚いていた。
(こんないい加減な気持ちで呪術など使っていては、いつかは私のように死んでしまうかも知れない)
幽屍はそう考えて、諭すように宵子に言った。
「なるほど、ことの次第はわかりました。
 しかし、呪術で悪戯するなんていけませんねえ」
その言葉に、宵子が頬を膨らませて抗議する。
「悪戯なんかじゃありません。こう見えても、私はプロなんですよ」
「プロ、ですか。それにしては、あまりにも杜撰なミスですね」
幽屍があえて厳しいことを言うと、さすがに痛いところをつかれたのか、宵子が一瞬言葉に詰まる。
すると、そこに武満が助け船を出した。
「まぁ、世の中の天才肌の人間の多くには放心癖が見られる、とも言いますし」
それで済む問題ではないだろう。
幽屍はそう思ったが、これ以上議論しても恐らく宵子たちを説得することは出来まい。
そう考えた幽屍は、ここはとりあえず一度引き下がることにした。
「それはさておき。とりあえず、この害虫を何とかしてしまいましょう」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 4 〜

「それじゃ、まず同じ幽霊同士、説得できるかどうか試してみますかね」
そう言うと、幽屍はおもむろに一番近くにいたゴキブリの幽霊と意志の疎通を図ろうとした。
例え言葉は通じなくても、同じ幽霊同士なら少しは話が通じるだろう。
この幽屍の考えは、半分は正しく、しかし半分は間違っていた。
確かに、同じ幽霊同士、意志の疎通は出来た。ここまでは幽屍の計算通りだった。
だが、幽霊になっても所詮ゴキブリはゴキブリでしかなかったのである。
意志の疎通を図った幽屍が確かめられたことは、結局「ゴキブリは幽霊になっても本能のみで動いている」ということだけだった。

「ダメみたいですね」
やれやれ、と言った様子で幽屍が首を振ると、武満が静かに一歩前に進み出た。
「やはり、駆除するしかありませんか」
どうやら、この男はやる気満々のようである。
その様子を見て、幽屍は彼にこう尋ねた。
「ところで、キミはどうやって害虫の霊を退治するつもりなんですか?」
すると、彼はポケットの中から一対の手袋を取りだして、それを両手にはめた。
「ここに来る前にお祓いしてきてもらったんですよ。これさえあれば大丈夫です」
「はぁ」
本当に大丈夫だろうか、とかなり不安になる幽屍。
しかし武満はそんな彼には構わず、威勢良く害虫の霊の群の中へと飛び込んでいった。
「うおおおおお! 宵子さんのためならこの程度の霊の百や二百ぅぅ!!」
ぶんぶんと両の拳を振り回し、害虫の霊を蹴散らそうと努力している武満。
その効果は全くなかったわけではないのだが、とても効率的とは言えず、これでは日が暮れても片は付きそうにない。

「やれやれ。やっぱり、私がどうにかするしかありませんか」
幽屍はそうため息をつくと、武満の周囲にいるごく一部を除いた害虫の霊を、サイコキネシスを使って家の反対側の隅に向かって追い込み始めた。





そして、幽屍が家の中程まで来た時。
突然目の前のドアがぶち破られ、短剣を持った少年が飛び出してきた。
予想外の事態に幽屍が驚いていると、少年はびしっと幽屍に短剣を向けてこう言った。
「『美少女天災柔術士』の黒須宵子……の、用心棒か何かだねっ☆」
あまりといえばあまりの言葉に唖然とする幽屍。
しかしさすがは年長者、すぐに落ち着きを取り戻すと、苦笑しながら少年に説明を始めた。
「私は彼女の用心棒なんかじゃありませんよ。この害虫の霊を駆除するように彼女から頼まれただけです」
「え? これって警備のために飼ってるんじゃないの?」
少年のさらなる勘違いにも、もはや動じることはない。
「いえ、彼女がちょっと呪術を暴走させてしまっただけです」
「呪術? 柔術じゃなくって?」
誤解の三段攻撃も、幽屍は落ち着いて受け流す。
「どうも、その辺りから誤解があるようですね。そもそも、あなたは誰で、どうしてここにいるんです?」
「えっと、僕は水野想司(みずの・そうじ)♪ この家に『美少女天災柔術士』の黒須宵子って人が住んでるって聞いて、勝負してもらいにきたんだけど☆」
その言葉でことの真相を理解した幽屍は、半ば呆れながらも想司にこう提案した。
「とりあえず、害虫駆除を手伝ってもらえませんか? その後で、本人も交えてゆっくり話をしましょう」
「ん、いーよっ♪」
想司は迷うことなく彼の提案に同意し、二人はすぐに害虫の追い込みを再開した。

奥にある書斎の片隅で害虫の霊が全部まとめて押しつぶされるまで、それほどの時間はかからなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 5 〜

幽屍が想司を伴って戻ってくる頃には、武満の周囲に残っていた害虫の霊もほとんど片づいていた。
部屋中に立ちこめていた煙も、宵子が扉や窓を開いて回ったために――そして、想司が窓を蹴破ったために――すでに全て室外へ逃げている。

「こっちは、なんとか、片づき、ました、けど?」
幽屍が戻ってきたのを見て、最後の一匹を叩きつぶしながら、すっかり汗だくになった武満が尋ねた。
「ええ、こっちも全て片づきました」
幽屍がそう答えると、武満は完全に疲れ切ったというようにその場に大の字になって倒れ込んだ。
「じゃ、これで、事件、解決、かぁ」

その時、キッチンの方から宵子が紅茶とクッキーを持って戻ってきた。
「皆さん、どうもありがとうございました。とりあえず、お茶でも飲んで一休みして下さい」
そう言って、宵子は一同を見回し、その視線が、想司のところでぴたりと止まる。
「あの、この子は?」
「ああ、水野想司くんといって、何やらキミに用があるみたいですよ」
幽屍がそう説明すると、その瞬間宵子の目がキラリと輝いた、ように幽屍には思えた。

「私が黒須宵子よ。想司くん、それで一体誰を呪ってほしいの?」
宵子は想司の方に歩み寄ると、にこやかに笑ってこう言った。
しかし、想司は別に誰かを呪って欲しくて彼女の所に来たわけではない。
そこで、彼は答えの代わりにこう聞き返した。
「呪うって、やっぱり『呪術師』なの? 『柔術士』じゃなくて?」
「え? うん、そうだよ?」
予期せぬ問いに、きょとんとした表情で答える宵子。
それを聞いて、想司はつまらなそうにため息をついた。
「なぁんだ、そうだったんだ」
宵子はさっぱり事態を飲み込めていないらしく、ただ困ったような顔で想司の方を見つめている。
「彼はあなたが『美少女天災柔術士』だと聞いて、勝負してもらいに来たんだそうですよ」
幽屍がそう説明すると、宵子はようやく合点がいったというように頷いて、優しく想司の頭を撫でた。
「そうだったんだ。ごめんね、ご期待に添えなくて。
 あ、でも、何か私に頼みたいことがあったら、いつでも来てね」
「うん」
小さく頷く想司。
すると、宵子は突然想司を抱きしめた。
「もう、想司くんったら、かわいいっ!」





幽屍はそんな想司と宵子の様子を黙って見守っていたが、突然背後に強烈な殺気を感じて振り返った。

殺気の主は、「黒須宵子親衛隊」を自称する男・武満だった。
「想司君、だったね」
彼は額にくっきりと青筋を浮かび上がらせつつ、努めて平静を装ってこう呼びかけた。
「そんなに強い相手と戦いたいのなら、俺が相手になろうじゃないか」
それを聞いて、今度は想司の目が輝く。
「えー? いいけど、おじさん強いの?」
もちろん、強くない相手がこんなことを言い出すはずがないことは想司も百も承知のようだ。
その証拠に、想司はすでにやる気満々と言った表情を浮かべている。
だが、武満が反応したのはその部分ではなかった。
「お、おじさん!? 俺はまだ22だ!!」
「そっか♪ じゃ、おにーさん強いの?」
武満が抗議すると、想司はあっさりと言い直す。
相手が「おじさん」であろうと、「おにーさん」であろうと、恐らく彼にとってはどっちでもいいことなのだろう。
しかしその差を大いに気にするらしい武満は、想司が素直に言い直したことに少し満足そうな表情を浮かべると、堂々とこう名乗った。
「俺は東郷大学空手部主将、金山武満だ。これなら相手にとって不足はないだろう?」
「空手部の主将かぁ☆ じゃあ強いんだねっ♪ さ、勝負勝負っ☆」
想司のその言葉を合図に、互いに身構える想司と武満。
と、その時、宵子が咎めるように武満に言った。
「金山さん! 子供相手に何を考えてるんですか!」
「心配いりません宵子さん。ちゃんと手加減はしておきますから」
一旦構えを解き、にこやかに答える武満。
だが、その言葉とは裏腹に、武満の殺気は全く衰えていない。
そして次の瞬間、想司の一言がその殺気を極限まで高めた。
「手加減なんかいらないよっ☆ やるからには全力でかかってきてよ♪」

「うぉおんどりゃあああぁあ!!」
まさしく悪鬼羅刹のごとき表情で、武満は渾身の力を込めた必殺の正拳を放った。
相手が普通の中学生ならば、殺してしまってもおかしくないレベルの威力である。
しかし、銃より速い体術を誇る想司の前では、その程度の正拳など全く無力であった。
「えい☆」
武満の正拳をかわしながら、カウンター気味に右フックを放つ想司。
「はばらぶえっ!?」
武満はそれをまともに受けて妙な悲鳴を上げ、まるで香港映画のワイヤーアクションのように回転しながら吹っ飛んでいった。

「すっごーい! 想司くんって強いのね」
「うん♪ まぁねっ☆」
嬉しそうにしている宵子と想司を一瞥すると、幽屍は庭の隅で地面にめり込んでいる武満の方へと向かい、彼の顔をのぞき込んで尋ねた。
「キミ、大丈夫ですか?」
すると、武満は困ったような笑みを浮かべて一言こう言った。
「ははは……少し、手加減しすぎましたよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 6 〜

害虫駆除の翌日。
幽屍は、もう一度宵子の家へ来ていた。
ただし、今度は彼女には見つからぬように、である。

「やっぱり、彼女はこんなことを続けるべきじゃありません」
そう考えた幽屍は、彼女に「自主的に」呪術師を廃業させるため、一つの作戦を考えた。
すなわち、彼女に軽い呪いをかけて、呪いの怖さを実感させることである。

とはいえ、宵子の霊力は生身の人間としてはかなり高い部類に入る。
弱すぎる呪いでは効果を発揮しないかも知れないし、自分が呪いをかけたということに気づかれても厄介なことになる。

そこで、幽屍はいろいろ考えたあげく、あえて至近距離から呪いをかけることにした。
これならば効果があったかどうかはこれ以上ないほどハッキリわかるであろうし、万一先に見つけられたとしても、今なら「ちゃんと害虫が全部駆除できていたか心配になって見に来た」とでも言えば何とかごまかせる。

「少しかわいそうな気もしますが、これも宵子さんのためです」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、幽屍は宵子への呪詛を開始した。

と、その時。
家の中でのんびりと本を読んでいた宵子が、突然頭を抑えてその場に蹲った。
呪いが効いてきたのだろうか、と幽屍は思った。
しかし、彼はすぐにその考えをうち消した。
彼が宵子にかけた呪いはこのように直接相手に苦しみを与えるような呪いではない。
それに、そもそも彼の呪いはまだ完成していないはずなのだ。
では、なぜ?
幽屍がその答えを導き出すより早く、事態は次の局面を迎えた。
宵子が身につけていた銀のペンダントの鎖が突然切れて、ことりと床に落ちたのである。
そしてその次の瞬間、信じられないようなことが起こった。

「っ!?」
幽屍は一瞬自分の身の上に起こっていることが理解できなかった。
例えるならば、思い切り腹を殴られたような痛みが、突然彼を襲ったのである。
もちろん、霊体である彼を殴りつけることなど、普通の人間には出来ない。
となれば、考えられることはただ一つ、霊力による攻撃に他ならなかった。

幽屍が体勢を立て直すよりも早く、次の一撃が来る。
何とか防ごうと努力してみたが、ある程度勢いを殺すのがやっとだった。
「そんなバカな!」
幽屍の顔に驚きの表情が浮かび、すぐにそれは焦りに変わる。
この攻撃が宵子によるものなのは、もはや明白であった。
彼女の霊力は今や当初とは比べものにならないほどに膨れ上がり、サイコゴーストである幽屍のそれをもしのいでいる。
さらに悪いことに、宵子自身はこの霊力をコントロールしきれておらず、ほとんど意識のない状態になっているようだ。
「あの銀のペンダントが、彼女の力を抑えていたのか」
幽屍はそのことに気づいたが、すでに手遅れだった。
自分がどうにかしなければならない。
しかし、自分だけではどうにもできそうにない。
とはいえ、このままの状態の彼女を放っておいては大変なことになる。
こうなれば、いっそのこと差し違える覚悟でいくしかないのか。
絶え間なく続く宵子の攻撃をなんとかしのぎながら、幽屍がそこまで思い詰めたとき、突然宵子の傍らに老女の霊が現れ、子供をあやすように宵子に話しかけた。
「大丈夫、大丈夫だよ。何も怖いことなんてないんだよ。だから落ち着いておくれ、宵子や」
すると、その言葉に答えるかのように、突然攻撃の手がゆるんだ。
老婆はそれを察知すると、突然幽屍の方を向いてこう叫んだ。
「ほら、何をぼさっとしてるんだい!
 今のうちにこの子の霊力を抑え込むよ、手伝っておくれ!!」
「は、はぁ」
言われるままに幽屍は彼女に手を貸し、ほどなく宵子の霊力の暴走は食い止められた。





「全く、くちばしの黄色い小僧っ子はロクなことをしないねぇ」
幽屍が老婆に礼を言うと、彼女は返事の代わりに一言こう言った。
「小僧っ子、ですか」
あまりの言葉に幽屍が憮然として聞き返すと、老婆はフンと鼻で笑って続けた。
「ああ、そうさ。アンタ、せいぜい生まれてから六、七十年ってとこだろ?
 アタシは生まれて死ぬまで百と七年、化けて出てからもう八年。
 合わせて百十五年もこの世を見てきたアタシに言わせれば、アンタなんてまだまだ小僧っ子だよ」
確かに、そう言われればそうかも知れない、しかし――。
と、幽屍が何か言い返そうとしたその時、宵子が意識を取り戻した。
彼女はゆっくりと目を開けると、枕元にいた老婆を見て目を丸くした。
「ひいおばあさま? どうしてここに?」
その宵子の問いに、「ひいおばあさま」は優しく笑って答えた。
「今日はね、宵子に大事な話があって来たんだよ」
それから、「ひいおばあさま」は幽屍の方を軽く睨み付けると、反論を許さぬ口調でこう言った。
「アンタも聞いていくんだ。
 ここまで首を突っ込んだ以上、アンタにはこの話を聞く権利と義務がある」





「なるほど、宵子さんが呪術師をしているのには、そんな事情が」
話を聞いて、幽屍は驚きを隠せない様子で呟いた。
「ひいおばあさま」こと黒須ウメが語った内容は、彼の想像を遙かに超えていたのである。

彼女の語ったところによると、宵子は恐らく「千年に一人いるかいないか」という強力な霊力を備えた人間であるらしい。
その力は放っておくにはあまりに強大すぎ、宵子自身が正しい霊力のコントロールの仕方を身につけなければ、いつかは霊力を暴走させ、自分も他人も滅ぼしてしまうことになりかねない。
そこで、もともと呪術師であったために真っ先に宵子の霊力に気づいたウメは、彼女に教えられる唯一の霊力のコントロールの方法であった呪術を宵子に教えるとともに、宵子が自分の力を制御できるようになるまで力を抑えておけるようにと、この銀のペンダントに細工をして渡した、ということである。

「いつかは話そうと思ってたんだけど、なかなかいい機会がなくてねぇ。
 まぁ、そういう意味では、アンタに感謝してもいいかも知れないねぇ」
ウメは苦笑しながら幽屍にそう言うと、宵子の方を向いてこう続けた。
「そういうことだから、アンタももっともっと修行をしないといけないよ。
 今のままじゃまだまだ力を使いこなせないってことは、今回の一件ではっきりしたからねぇ」
「はい、ひいおばあさま」
宵子が神妙な表情で頷くと、ウメは満足そうな笑顔を浮かべた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0790/司・幽屍/男性/50/幽霊
0424/水野・想司/男性/14/吸血鬼ハンター

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■         ライター通信          ■
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・このノベルの構成について
このノベルは1〜6の6つのパートに分かれています。
このうち2、3、6については幽屍さんのものと想司さんのもので異なっておりますので、もしよろしければお互いに相手の方の分のノベルにも目を通していただければ幸いです。

・個別通信(司幽屍様)
どうもはじめまして、撓場秀武と申します。
今回は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。
さて、今回のノベルの方はいかがでしたでしょうか?
実は、黒須宵子が呪術師をやっている理由については、当分は裏設定にしておこうかと思っていたのですが、せっかくドンピシャのプレイングをかけていただいたので今回一気に公開してしまいました。