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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


本当は恐ろしい君と僕の童話 第二幕『サンドリヨン』

 第一場 トンネルでドレスを脱がされた裸の継母

 興信所に行くなど、そもそも僕の本意ではなかった。
 切っ掛けは、突然の――そして余りに残酷な――親友喪失で精神失調を来たし、僕が勤務するT大学附属病院精神科を訪れた、一人の外来患者だ。

 八日前――二十代の若者5名(女2、男3)が、馴染みの飲食店を目指し、夜の池袋市街を徘徊していた。だがどうした訳か、人影も無い見知らぬ歩行者用地下通路に迷い込む。
 天井が低く、電灯の切れ掛かったそのトンネルに入った時、
「『ここ、何か感じる』とR子が言った」(E男(23)談)
 Y子(21)(因みに彼女が僕の患者だ)によると、親友の(つまり、この後死ぬことになる)R子(21)は昔から「そういうのが分かっちゃう人」だったらしい。
 霊感という妄想形態を取ったその自己愛は、だが今度ばかりは、地震前の動物の様な電気的異常への違和感が関与していたのかも知れない――ふと目をやった携帯電話が、
「デタラメな字が並んで、何やっても全然ダメ」(K男(23)談)
 という状態だった。
 そして、光射す出口前の角を曲がった時、彼らはそれが街明かりでないことに気付いた。外が見えないほど眩しいその巨大な光は彼らの目を眩ませ、それから約40分間、彼らの記憶は中断する。

 40分後の午後22時58分。歓楽街を北東方面に逸れた路上に集団で倒れていた彼らを、巡回中の警察官が発見、保護した。彼らの話とは裏腹に、昏倒の理由は目的の飲食店での泥酔であると、従業員の証言等から推測された。第一、そんな歩行者用通路など、付近に存在しなかった。
 但し、R子の姿が無かったため、警官が暫く辺りを見回ったものの見付からず、先に帰ったものと判断された――最も、それだけなら、そもそも警察も飲食店員に証言を取る必要は無い。

 翌午前07時27分、変わり果てたR子の死体が発見された。現場は、昨夜の路上から北西に1kmほどの工事現場敷地内。衣服は着ておらず、指紋と歯の治療痕からR子本人と確認された。顔で識別することは肉親でも不可能な――いや、肉親には決して見せられないような状態だった。

 興信所に行くなど、そもそも僕の本意ではなかった――まして、「怪奇探偵」だなんて。
 だが、患者がそんな場所に相談するのを、見過ごす訳にはいかない。結局、Y子を説得し切れず、僕が代行することで譲歩してしまった。
 ただ僕自身、病院でR子の司法解剖時の写真を――まだ執刀前にも関わらず、鋭利なメスのような切口で内臓や眼球を奪われたその死体を――見て以来、Y子達の記憶が幻想でないことを、感じ始めていた。

 第二場 かぐや姫には月から残酷なお迎えが

 精神科病棟の記録室に入るなりその女性は、「整頓し過ぎて仕事していないみたいね」と失敬な感想を述べ――実際、日頃から普通に使用されていた――、棚の上の小型脳神経標本を突付いた。
 興信所から来た彼女の名は、「レイベル・ラブ」といった。
 金髪の白人女性で、彼女もまた本業は医師だと名乗ったが、それ以上のことは言わずにおいた。正統医療の現場で、闇医者を名乗るのは何かと面倒だと思ったのかもしれない。
 このT大学附属病院で働く依頼主の袴田(ハカマダ)医師は、今、別室に居る。
 甘い和菓子が欲しくなるような抹茶色のカーペットが敷かれた、六畳ほどの薄暗い部屋。閉ざされた暗いカーテンの縁が、逆光で焦茶色に透けている。それを背にゆったりした椅子に横たわる黒髪の小柄なY子と、その斜め前の椅子に座る銀縁眼鏡の袴田医師。その様子を、レイベルは記録室のモニターの前に腰掛け、見つめていた。親密関係(rapport)形成などの前段階を終え、トランス状態を深めている段階。
 退行催眠――袴田はレイベルの別室立会いに対し、Y子の許可を取ったが、無論、病院側には話してもいない。
 やがて、Y子は深トランス状態へと移行し、「あの夜」へと導かれる。
 レイベルの視線の先、「貴方は今どこに居ますか?」と、画面上の袴田がY子に訊ねた。

 ……分かんない……
 ――分からない?
 ……迷っちゃて……みんなでいつも行ってるのに……
――では、何か見えませんか?
 ……トンネルが――でも…見たこと無い…こんなトコに……
 ――他の友達はどうしていますか?
 ……男の子達は先にトンネルに入ってく……R子は……そう……「ナニか居る」って……R子は昔から霊感が強くて……そう言えば何か変な感じ……
 ――トンネルの中はどんな様子ですか?
 ……暗くて…誰も居ない……出口の近くで……そう……携帯の…時計を…でもみんな…壊れててっ……それからっ……光!…あぁっ!…眩しい!!……
 ――Y子さん?
 ……光が!!…包まれるぅ!…つぅとぅみぃこぉまれるぅぅ!!…ヒぃかァァりィぃぃ……
 ――Y子さん! 大丈夫です、落ち着いて。
 ………………
 ――Y子さん、何か見えますか?
 ……銀色の壁……ベッドの上?…裸!?……体が…体が動かないっ……あっ…壁が開い……な…何!?…誰!?……
 ――何が起きましたか?
 ……小さくて…灰色の…人?……目…黒くて大きな目……見てるっ…みんなで見てる!……な…何か機械を……嫌っ!…止めてっ!!…調べないでっ!!……あっ…ヤだっ!…ヤだってばっ!!……埋めないで!…埋め込まないでっ!!……
 ――「埋める」とはどういうことですか?
 ……て…手首に……何かを…あっ!…はあぁっ!!……あうンッ……あ…あぁ!…むぁた…ヒぃカリぃぐぁぁ……………
 ――Y子さん、何か見えますか?
 ……あ…うぅ…あの店…やっと見つけ――

 覚醒後のY子を病室まで送った後、袴田は記録室でレイベルに語った。
「退行催眠で患者が語る物語は、普段抑圧されてる感情や古い記憶――催眠で設定された場面のそれに限らず、組織化された患者の人生体験としての記憶――の複合体であって、事実としての過去ではあり得ません。なぜなら退行催眠による療法の目的は、患者自身が深層心理に潜む心的外傷に気付き、癒すことであり、事実の想起ではないからです。そこを履き違えると、『偽りの記憶症候群』――つまり、実際にない事柄を体験したと強く信じ込み、またそれを信じない人を拒絶し、孤立してしまうという症状を引き起こし兼ねません」
「つまり、先ほどのあれも事実ではない――と?」
 そう言って、レイベルはその緑色の瞳を袴田に投げ掛けた。
「記憶の捏造が出来る限り起きないように、誘導には気を付けたつもりですが――目撃証言の『異なる情報』、警察の取調べによる『想像の反復』、『過度のストレス』、そして『催眠療法』――偽りの記憶形成要因が見事に揃っていましたから……」
「その結果が、あれ――そう、余りに典型的な。ヒル夫妻も顔負けの」
 レイベルの艶やかな唇に、僅か、笑いが浮かぶ。
「精神科医である以上、僕もこの手の妄想には慣れています。彼らの妄想は、常に典型的な様相を呈する――それは恐らく、不安感や違和感を解消するためには、分かり易く典型的であることが重要だからでしょう。これは、オカルトや疑似科学、陰謀史観と同じ構造です――それ故に、彼らはそうしたものを妄想の元ネタとして意識的無意識的を問わず、取り込んでしまう――」
 発光体、EM効果、アブダクション、リトルグレイ、インプラント――CE-4。
 レイベル・ラブという人外の個人史の中で無闇に増殖してしまった――袴田の言葉を借りれば、組織化された人生体験の蓄積としての――知識の底から、元ネタの一言で纏められてられてしまった単語群が、どこか呪文にも似た響きを伴ってレイベルの脳裡に紡ぎ出される。だが彼女は、それらを口にすることは敢えて控えた。
 それを知ってか知らずか、袴田は言葉を続ける。
「――ですが、そうした表層的な妄想の背後にあるのは、飽く迄も無意識に潜む病理です。トンネルを産道、光を母胎外、小人型宇宙人を胎児、検査や手術を分娩室の暗示と捉え、誕生という人生初にして最大の心的外傷が、無意識的に喚起されたのだという人もいます。トンネルや空飛ぶ円盤という『円』のモチーフは、脳血流の減少によって神経細胞が刺激され、瞼の裏に生じた大小の円形残像が原因だとも、或いはユング――精神医学者のC.G.ユングは、集合的無意識に潜む個別化と統一の元型イメージが、神の座である天上に投影された曼荼羅であると言いました――」
「でも、あなたは――」
 不意にレイベルが口を挟む。その顔に再び笑みを浮かべて。
「――その仮説たちに満足してないわ。でなければ、草間興信所を訪れる必要はなかった――でしょう?」
 袴田は下唇を噛むようにして、暫く黙り、そして、溜息と共に漏らす。
「ええ。遺体の写真を見た時に、ふと思ってしまったのですから――分かり易く典型的な物語を求めているのは僕の方なのか――と。ただ、事実、歩行者用トンネルは存在せず、目撃証言の無い完全空白時間に、そんな体験をする余裕も無かったはずなんです。彼らが体験したと言う時間と空間は、どこかへ消えてしまったんです」
「現実は余りにも典型的で、そして酷く不可解――」
 レイベルは長い髪を揺らして立ち上がり、袴田に訊ねる。
「――最後に一つ、確認したいことがあるわ。Y子さんが言っていた手首の――」
「『埋めないで』?――念のため、催眠後に診てみたんですが、左手首の内側に一つ――虫刺されがあっただけでした」
「虫刺され?」
「ええ。どう見ても、ただの。例の昏倒時に刺されたみたいと本人が――もう、大分治りかけていました」
「じゃあ、本当に何か埋められたなんてことは――」
「ないでしょう――寧ろその方が、分かり易いんですが。もし、必要ならレントゲンを撮ってみますか? 本人を安心させるためにも、良いかも知れない」
 二人は、記録室を後にした。
 そして、レントゲンには勿論、骨以外、何も写っていなかった。

 第三場 ブレーメン・カルテット

「ワリぃ、遅くなった。聞き込みに手間取っちまって」
 そう言って、「陣内 十蔵(ジンナイ ジュウゾウ)」が自分の探偵事務所に駆け込んで来た。部屋の奥に積み上げられた古新聞の上の鳥かごの周りに、どちらも二十代の女性である和服姿の「当麻 鈴(タイマ スズ)」と白衣を着た金髪のレイベル・ラブが立っている。
「上手なものねぇ、この子のお喋り。名前は何と仰るのかしら?」
 カゴの中の九官鳥について鈴が訊ねると、陣内は驚いたような顔をした。
「こいつ、喋ったのか?――いや、名前は知らねぇんだ、預かりモンなんでね。けど、俺の前じゃ、まだ一度だって喋ってないんだぜ? おい、何か言ってみろ」
 そう言って陣内は鳥カゴを小突いたが、ただ「ガァ」と威嚇されただけだった。
「ったく、大した鳥だよ。人を見やがる」
「そうやって、すぐ叩くからだ」
 レイベルにさらりと告げられ、陣内は部屋の中央のソファにどさりと腰掛けると、ノートパソコンを開いて向かいのソファに座っているもう一人の人物――長い髪の青年のことを訊ねる。
「で、こちらさんは?」
「初めまして、『宮小路 皇騎(ミヤコウジ コウキ)』と言います」
 陣内、当麻、レイベルの三人は、草間興信所で受けた「女性臓器消失遺体事件」の捜査に当たっており、事前の予定通り、この事務所に情報交換のため集まった。その捜査中に鈴と出会ったのが宮小路であり、彼はアトラス編集部の依頼で「浴室女性焼死事件」を追っていた。
「ああ、その事件か。昔、俺が警察やってた頃の後輩だった堤(ツツミ)って奴が担当刑事やってるよ。その鳥を持ってきたのも奴なんだが――確か、被害者のペットだって言ってたな」
 陣内の台詞に、事件情報から被害者のペットのことを知っていた宮小路は得心がいった。
「なるほど、偶然かと思いましたが、そういう訳でしたか。ところで、その焼死事件――いえ、私の調べでは死後に発火したと見ているのですが、遺体が灰になった原因は低温火災に伴う人体ロウソク化現象で説明が付きます。重要なのはその前提となる死因と火元で、これは、浴室掃除中に洗剤の混合による塩素ガス中毒で死亡、その後、窓際のガラス瓶による集光で発火したようです。ただ、当麻さんによると――」
 宮小路は既にソファに着いた鈴の方を見る。
「はい。うちの視た限りでは、この二つの件、何か同じ霊的存在が関わっているんじゃないかしら。ただ、それが何とまでは……。でも、その分、感じるんです。ええ、とても強く」
「となると、私の事件もただの事故とは言い切れない――それで、こちらに御一緒に」
 宮小路が言った。
「あなたの力――」
 レイベルが、向かいのソファに座る鈴に問い掛ける。
「――その霊的な存在とやらの居場所を探ることは出来ないの?」
「近くに寄れば、感じ取れるのですけれど……」
「存在しないトンネルには近づけないものね。でも、分かったわ。つまり、あなたが大勢居れば、どれかは近くに当たるはずよ」
 その言葉の意味をまだ分からずに居る鈴に代わり、宮小路が答えた。
「なるほど――当麻さん、失礼ですが、これに息を吹き掛けて戴けませんか?」
 宮小路が取り出したのは、一本のメモリースティックだった。それを見て、レイベルが言う。
「へぇ。あなた、面白いものを使うのね。でも、私はアナログなのも嫌いじゃないの」
 彼女が取り出したのは、一本の注射器だった。

 第四場 ハメルンの笛の音が聞こえる

 さらさらと、微粒子が東京の空に舞う。
「さぁ、元気に殖えなさい。私の子供達」
 池袋サンシャイン60の屋上スカイデッキから、レイベルは細菌の乾燥粉末を風に流していた。まるでバイオ・テロのような話だが、目に見えぬほど細かいそれに、気付いた者は無かったろう。
 レイベルは特殊な医者である。闇医者ということ自体もそうだが、何より、治療に有用であれば、その方法を選ばない。シャーマニズム宗教の呪医が用いる祈祷術、異端の天才医師パラケルススも用いた錬金術、神農氏から連綿と受け継ぐ中国の漢方、そして先端医療。
 鈴から血液を採取したレイベルは、それを元に細菌レベルの極微小ホムンクルス(人工生命)を生成、培養した。もし誰かがそれを顕微鏡で見たのなら、鈴と瓜二つの姿をした小さな裸の女性が、うずくまった状態のまま激しく分裂増殖している様子が見えただろう。
 それは、本体である鈴と同じ性質を持つため、風に乗って東京中に増殖、拡散したそれらのどれかが、目標となる霊的存在に接近すれば、その存在を感知して連鎖反応的にレイベルへ情報が伝わり、居場所が特定されるという訳だ。
 暫く下界を眺めていたレイベルだったが、やがてエレベーターで地上へ戻ると、池袋駅方面へと足を進めた。だが――
 いつまで経っても駅に着かない。それどころか、ここはどこだ――ふと気付けば、目の前に見慣れぬ歩行者用地下通路がある。
「へぇ、意外と早かったわね。そちらから来るなんて」
 レイベルは迷いもせず、そのトンネルへ足を踏み入れた。

 第五場 カチカチ山にはぼうぼう鳥と泥の船

 光が収まると、そこが霧に包まれた深い森の中であることに気が付いた。
「こちらからお伺いするつもりが、どうやら招かれたようですね」
 宮小路が霧中へと声を投げ掛ける。
「お蔭で手間が省けたわ」
 霧の中から金髪を揺らし現れたのは、レイベルである。
「あれは――やっぱりアレですかね?」
 宮小路の目線の先――木々の開けた叢(くさむら)に、半ば地面に埋もれた機械とも建物とも付かない銀色の巨大な円盤状物体が、森とは余りにも不釣合いなその異形を誇示している。
「そうね。少なくともお菓子の家には見えないわ――」
 レイベルがそう言った時、不意に、音も無く円盤の一部が開きだした。内部から漏れる光が、霧に反射して、ぼんやりと輝く。タラップのように突き出た開口部から、幾つかの小さな人影が姿を現す。
 全身を覆う灰色の肌に、頭でっかちで大きな黒い目をした――七人の小人。
 中央の三人が、その小柄な体格で支えあうようにして、不釣合いに大きい水中銃のような形の妙な機械を持っていた――その銃口を、二人の方へ向けて。
 咄嗟に、宮小路が結印する。
「誓願勧請『髭切』よ顕(あ)れ、金剋木、九天応元雷声普化天尊!」
 灰色小人が機械の引金を引いた瞬間、宮小路の目前で雷のような激しい火花が散った。やがて煙が引くと、そこに一本の日本刀が、その身に鋭い光を宿して大地に突き立たっていた。
「やはり、そういうことでしたか――」
 宮小路は身代わりとなって攻撃を吸収した「髭切」を引き抜きながら、そう漏らした。攻撃の性質が分かっていなければ、少し面倒なことになっていたところだった。
 鈴の話によって推理に見直しを迫られた時のこと、宮小路はあることを思い出していた。「女性臓器消失遺体事件」のキーワードである「キャトル・ミューティレーション」という単語を、自身が追っている「浴室女性焼死事件」の資料の中で見た記憶があったのだ。それは、人体発火現象の「球電説」の記述だった。球電――つまり、自然発生したプラズマである球状の雷によって人体が急激に焼失するというその説の中で、家畜の体内に侵入したプラズマが内臓及び目、性器などの開口部のみを消滅させるに留まった状態がキャトル・ミューティレーションであると展開されていたのだ。球電という自然現象が、そう立て続けに人を死に追いやるとは思えない。だが、それが意図的に起こされたものだとしたら?――強力なマイクロ波によって人為的にプラズマを発生させることは可能だ。一説には、兵器への応用も某国において研究されていると言う。
 その推測から、宮小路は金属を好むプラズマの性質により、その発生を刀へと逸らした――陰陽道の文脈に言い換えれば、金気の刀によって木気の雷を剋した。
 ベキベキィッ――突然、宮小路の背後で大きな音がした。振り返って見れば、何と、レイベルが一抱えもある木を、地面から引き抜いている。白衣の金髪女性が、片手で大木を抱えている光景を見て、味方の宮小路までもが唖然とする。
 そのままズンズンと近付いて来るレイベルに向かって、灰色小人はプラズマ兵器を向けた。残りの四人達は、訳の分からない言語で何やら囁き合っている。レイベルは木を盾のように構え、歩みを止めない。
 やがて木全体から白い水蒸気が立ち上る。仕方なくレイベルがそれを投げ捨てると、それは落ちる前に全体が炎に包まれ、そのまま地面を幾度か転がって、直ぐに消炭と化した。
「まぁ、いいわ。木なら幾らでもあるみたいだし」
 そう言って、レイベルは笑みを浮かべてみせた。

 第六場 十二時の鐘が鳴っても、ガラスの靴だけは、まだ

"『灰かぶり』
 王子様のお妃捜しを兼ねたお城の舞踏会が三日間開かれることになりました。継母と二人の義姉は美しく着飾って出掛けましたが、少女は姉がわざと灰の中にばら撒いた豆を帰って来るまでに拾っておくよう言い付けられていました。いつもそのようなイジメを受けていたので、少女は「灰かぶり」と呼ばれていました。ですがその日は鳥達が来て豆を全部拾ってくれました。次の日には鳥の手助けに加えて、灰かぶりが実母の墓に植えて涙で育てたハシバミの木に美しいドレスや金の靴が現れ、舞踏会に行くことが出来ました。灰かぶりと王子は互いに引かれ合いましたが、十二時の鐘と共に彼女は去ります。そして舞踏会最後の三日目。昨日と同じように去る灰かぶりは、片方の靴を落としていきました。実は彼女が速く走れないように王子様が階段にタールを塗っておいたのです。王子様はその靴を手掛かりに灰かぶりを探します。姉達は足を切ってまで靴を履き、王子は二度とも騙され掛けますが、二回とも城に向かう途中で鳥が歌で足の血を教えます。そして灰かぶりには靴が合い、二人は再会することが出来たのでした。そして結婚式の日、教会に招かれた二人の姉は鳥達に両目を抉り出されてしまいました。シンデレラと王子様は目出度く結婚し、幸せに暮らしましたとさ"

 〜〜――アテンション・プリーズ。当機はタダ今太陽系軌道上を順調に飛行中。ワタクシ宇宙船地球号機長、宇宙名(スペースネーム)シンデレラから宇宙意志 BADHBHCATH 様へ御連絡申しアゲマス〜〜感謝その1:私シンデレラは知っていたのデス最初に報告したあの汚れたメスブタは霊能力があるんだといつもブヒブヒ鳴いていましたがそれはウソなのでした(みえみえだっつーのバカ!)。指摘するとクラスのみんなが私の存在を透明化しました(目玉に理科室のホルマリンに入った魚の様などろりと濁った灰色の膜を張るのでス)。そのくせ精神デンパで私の頭のナカに悪口をぐぢぐぢぐぢぐぢぐぢぐ送るのです。どうしてそういうことするのかなぁ。正しいのは私ナノに。あの中学にはバカしかいませんでした先生はみな俗物でした。彼らはみな同じ。誰かが縦笛を吹いたらみなで行進を始めるに違いないよ大通りをファーストフードの0円のスマイルで行進するに違いないよ。ミミズミンチのダブルバーガーは夏季限定発売の230円になっておりマス御一緒にホタテはいかがでスか? 自動犯罪機に120円を入れたらよく冷えたヤツの首がゴロリ。愛、それは BADHBHCATH(宇宙の光=導きの主)。偽りの霊能力を騙るメスブタは貴方の本物の霊力で穴あきチーズになりまシた。感謝その2:あの高校にいた年中発情期のメスイヌはパブロフの実験で頬以外に耳と鼻にも穴を空けられてソコからいつでもよだれをたりらりらり。私にだけは見えてたゾ。誰にでもバカみたいにチギレるほど振っていたシッポも見えてたんダゾ。あのメスイヌは狂犬病にかかっていて意味もなく私をつねりましタ髪の毛を引っ張りハサミで切りましタ何も言わず冬の川に突き落としましタ牛の乳を右と左の鼻の穴から流し込みましタ100円ライターで腕をアブりましタジュグジュグジュグジュグアブりやがっタイヌがイヌがイヌがよおおおああああぶっ殺す! ぶっ殺した! ぶっ殺してやったんだよおおお!!! 脳みそがウメボシ(紀州産・産地直送)のバカイヌは BADHBHCATH 様の宇宙波動(1憶メガHz)で電子レンジに入れて乾かしたシャンプー後の黒猫のように灰リハイリフリハイリホー。私の報告にジンソクなお裁きアリガトウございまス。これでまた一つ地球は浄化されたのですね。精神レベルが第六次元に進化し地球人民が銀河連邦のヒいては貴方が主催する大宇宙意識連合の一員に正式に加われる日も遠くないと感じられます(ダメダメ私としたことが気が早いんだから地球(テラ)にはイラナイ悪の魂がまだたくさん寄生しているもっと報告してハイジョしなくては排除排除排除)。夢・未来・そして BADHBHCATH2002。御破算で願いましてーは1円ナーリ2円ナーリ3人目のイラナイ魂は? 香水まみれの泥棒ネコ。御名答。私の地球での仮の母親(モチロン私は認めてませんがだってあの人はただの子宮(フクロ)で私の宇宙遺伝子は前世の銀河連邦戦士から転生したものですかラ)であるメスネコは私を雑事に縛り付けて私が美しくなることを妨害しています。穢れた匂いを持ち込んで亡くなったお父さんと私の家をぬらぬらぬらと汚していまス。就きましては偉大なるかなかな大宇宙の良識 BADHBHCATH 様。次はこのメスネコの魂を滅すカテとお成り下サイ。チャンチャカツカチャカチャンチャンチャーンキョンシー三分クッキング宇宙波動で特製ミートパイの出来上がり。チャララー火曜サシコロス劇場東京血煙紀行秋葉バラバラ殺人事件火星人は見た! 宇宙粉末でヤツをKILL!? 追伸=先日貴方のもと(光る球体)に招かれて左手首に埋め込んでもラった精神電波宇宙通信機は現在もコノように順調に貴方の言葉を私に届け私の言葉を貴方に届けています。ビリビリと腕の神経を通して伝わる貴方の宇宙言語の超波動が私のマインドレベルを覚醒覚醒覚醒。なお貴方からお預かりしたネオ・チルドレンは今も私のオナカのナカで順調に育っていまス――〜〜


 T大学附属病院にその患者が入院することになるのは、あの二つの事件から、数週間後のことである。患者は両事件の被害者と過去に同級生だったことがあり、また「浴室女性焼死事件」被害者のペットである九官鳥の最初の――つまり、ペットショップを通じて転売される前の、飼主でもあった。患者の言動には事件との関連性が伺えるという指摘もあったが、警察も病院も、その妄想をまともに取り扱うことはしなかった。だが、その患者に纏わる物語は、また別の童話だ。

 『瓜子姫』という昔話がある。
"瓜から生まれた瓜子姫は老夫婦に育てられ、美人に成長し、長者の元に嫁ぐことになりました。ところが、老夫婦の留守中に家で機を織っていた瓜子姫を騙して天邪鬼が侵入し、服を奪って彼女に成り済まし、本物を木に縛り付けてしまいました。しかし、嫁入りの駕籠がその木の側を通った時、鳥が鳴声で告げ口し、或いは天邪鬼に襲い掛かり、正体がばれました。捕らえられた天邪鬼はバラバラに切って山野に捨てられ、瓜子姫は晴れて結婚し、幸せに暮らしましたとさ"
 玉の輿結婚、本人に成り済ます邪魔者、衣服と木、嫁入りの途中で鳥に暴かれる偽者――シンデレラ(灰かぶり)との類似性が指摘されている。加えて、上記の話は西日本型のもので、東日本に伝わる『瓜子姫』は後半が異なる。
"瓜子姫の家に侵入した天邪鬼は、彼女を樹上から揺り落とす、或いはバラバラにする、目を潰すなどして殺し、剥いだ皮で瓜子姫に成り済ましました……"
 この東西の相違を踏まえて、再び灰かぶりとの類似性を考えると、服を失うという行為が実は死の暗示と言えるのかも知れない。故に、十二時の鐘が鳴って魔法が解け服が消えたことは、シンデレラが死んで皮を剥がれたことを意味する。そしてドレス=シンデレラの皮だとすると、死体となったシンデレラはハシバミに現れたドレスのように、つまり瓜子姫のように、木に掛けられるべき存在だと言える。それはなぜか?
 そのヒントが北欧神話の主神オーディンだ。彼は世界樹で首を吊って自分の体を槍で刺し、自らを主神である自分に捧げて(つまり彼は神であり祭祀者であり生贄でもある)、秘術を手に入れた。
 この北欧神話の世界樹ユグドラシルはトネリコだが、西洋でこれと並んで霊的な神木とされてきたのシンデレラに出てくるハシバミだ。これはケルトを始め全世界に伝わる古代神木信仰の名残と見ることも出来る。そして、その木に棲み付いてシンデレラを助けるのが鳥達である。木に吊るされたシンデレラの死体に集まる鳥達――これは、まるで鳥葬だ。
 鳥葬とは高い場所に遺体を置き、鳥獣の餌食にして白骨化させた後、骨だけを葬るという埋葬法のことである。鳥はその空飛ぶ姿から「天=神」と「地=人」を繋ぐ神の使者、もしくは霊魂の化身そのものと見なされた。死者の魂は鳥に食べられることによって天へと運ばれるのだ。鳥は死と再生の仲介者であり、故にシンデレラも鳥達に食べられることで真のシンデレラとして王子の前に再生するのだ。シンデレラは樹木が夏に葉を茂らせ冬に葉を落とすように、衣服を着替えることで死と再生を体験し、新たな自分へと生まれ変わったのだ。目を啄ばまれる姉達は過去のシンデレラ自身である。そう、知恵の泉を口にする代償として片目を失ったオーディン――彼もまた、常に二匹の鴉を従者としていた。
 時に精神科医や心理学者は、童話に人間の深層心理が隠されていると主張する。
 だがしかし、シンデレラをただ王子様や魔女を待って棚から牡丹餅的なシンデレラ・ストーリーを夢見るだけのネガティヴ少女と見縊ってはならない。なぜなら彼女こそが魔女なのだ。古代の女神であり巫女であり生贄でもあるというあのオーディンのような巫術の体現者、異界との交信者(チャネラー)なのだ。侮っていると後で手痛い竹箆(しっぺ)返しを食らうことになる――あの継母と義姉達のように。
 オーディンの武器であり、稲妻の象徴である投槍グングニルは、小人族ドヴェルグが作ったものである。であるならば、シンデレラにも、灰色の肌をした大きな黒い目の七人の小人達が付き従っていてもおかしくはない。そう、シンデレラは、白雪姫でもあったのだ。でもそれはそう、また別の童話――。

 幕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0044/陣内 十蔵(ジンナイ ジュウゾウ)/男/42/私立探偵
 0319/当麻 鈴(タイマ スズ)/女/364(外見20代半ば)/骨董屋
 0606/レイベル・ラブ/女/395(外見20代)/ストリートドクター

(アトラス編集部からの参加)
 0461/宮小路 皇騎(ミヤコウジ コウキ)/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)

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■         ライター通信          ■
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 初めまして。πジゲンで御座います。この度は、御購入有難う御座いました。
 今回は敢えて最後のアクション描写はせず、そこに至る過程を中心に書かさせて戴きました。今回の事件はこれで解決となりますが、その陰にあるものは、新たな事件へと繋がるようです。また、他の参加者の皆さんの物語を読まれると、謎が解けたり、或いは逆に深まったり(笑)するかと思います。時間があれば、御一読下さるのも一興かと思います。
 かなり長文と成った為、長らくお待たせしてしまいましたが、いかがだったでしょうか? もし宜しければ、テラコン、或いは私のサイト(http://www.page.sannet.ne.jp/yskzkbys/)の BBS まで、御意見・御感想等を戴ければ、幸いです。
 それでは、またの御参加をお待ちしております。

 レイベル 様
 依頼人と同じ医師であり、かつ神秘にも通暁しているというその立場から、多彩な活躍ぶりを見せて戴きました。ですが、複雑なその背景設定を活かし切れなかったかと、感じております。精進します。