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調査コードネーム:館〜第三室〜
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この地にそびえ立つ年季の入った館。
その玄関先に、女は立っていた。
年の頃、二十歳過ぎだろうか。
生気を失ったその顔には、満面の笑い顔が浮かんでいる。
「ふふふ……」
女は風に髪を振り乱しながら、中へと入っていく。
「三室目……赤の色ね」
そして女は館の中へと消えていった……。
「草間さん、速達郵便で〜す」
「おう、ご苦労さん」
差出人は望月権蔵からだった。
「なんだ、望月のヤツ。車持ってるんだから直接来れば良いのに」
そしてペーパーナイフでその封筒を開けてみた。
すると見慣れた封筒が入っている。館への招待状だ。
一緒に入っていたのは、望月の一筆。
『申し訳ありません、草間さん。急用が入り、お届けするのがこのようなことになってしまったことをお許し下さい』
そして招待状を見てみると、
『第二の関門突破、おめでとうございます』
これが付け加えられていた。
そして、二カ所だけだが、達筆の文字に変化があった。
文字に薄い輪郭が付いたのである。しかし、意味不明なことに代わりはない。
その文字は、普通に読んで英文字のBとTの変形。
後の文字には、代わりがない。
これは何を意味するのだろうか……。
そんなとき、呼び鈴が鳴ったのだった。
◎悩める少女
草間がドアを開けてみると、そこには見慣れた二人が立っていた。
神崎美桜(かんざき・みお)と都築亮一(つづき・りょういち)だった。
「よお! よくきてくれた!」
草間は元気に挨拶するが、美桜は何故か言葉にならずに落ち込んだ感じで会釈する。
「美桜、ちゃんと草間さんに挨拶しないと。こんにちは、草間さん」
「や、やあ。それにしてもどうしたんだ? 今日はやけに元気がないな、美桜さん」
都築はこれでもようやく美桜を連れ出して来たらしい。
相変わらずアムタも一緒だ。今日はアーミー服を着ている。美桜は白の半ズボンと半袖のニットとショールといった、ごく普通の格好だ。
「さあ、上がってくれ。今日も招待状が来ている」
都築達は連れ添いながら、興信所へと入った。
美桜にとっては見慣れた興信所の中。でも今日はなぜか精神的に不安定のようだ。あちこちを見回しては、ふうと大きなため息をつくばかり。
「美桜。お前のことは必ず俺が守る。だから元気をだしてくれ」
都築は美桜を慰めるが、うんと力無く頷くだけだった。
「これが、届いた招待状だ。よくよく見ると、達筆の字の二文字、英文字でいえばBとTの変形文字に輪郭が付いているのだ。これには都築も注目した。
「BとT、ですか。ちょっとこれだけじゃわかりませんね。主が何を言わんとしているのか……」
「ああ。美桜さん、これを見てくれないか? 美桜さんの意見も聞きたいのでね」
だが、美桜はやはり関心がなさそうにするだけだった。
「すみません、草間さん。美桜、今日は変なんです。どうか許してやって下さい」
「ああ、いや。人間だから、そういう日もあるだろう。美桜さん、元気出してくれよ」
草間は優しく美桜を労った。頷きはするものの、やはり俯き加減の美桜というのは似合わない。
そんな時、呼び鈴もならさずに、扉が開く音が聞こえた。入ってきたのはシュライン・エマである。
「ふう、間に合った。あら、皆さんお元気?」
「お元気じゃないぜ、エマ! 誰がきたかビックリしたじゃねーか!」
「あらら、ゴメンなさい。だって、遅刻寸前だったんだもん」
エマのアルバイト開始刻限というのは、さして設けられていない。だが、フレックス制なので、何時間の実働というのは決まっていた。
「およ? 美桜ちゃん、どうしたの? 元気ないわね」
エマが美桜を見て言う。それに対応したのは都築だった。
「すみません、エマさん。今日の美桜、精神的に不安定で……。ほら、美桜。エマさんにもご挨拶して」
その時も、美桜は軽くエマに会釈するだけだった。
「う〜ん、美桜ちゃんとあろう者が、こんなんじゃダメよね。あら? 招待状、もう来てるの?」
草間は招待状をエマにも見せた。
「BとTに輪郭がついてるわね……。ルーン文字なら、ベオークとテュール? ああ、でもそんな難解なものなのかしら……」
深刻になるエマ。これでも翻訳家の端くれ、文字に関してはなかなかの読解力を持っている。
しかし、今回も主の招待状の文字を解読することは不可能だ。
「舐めてるわね。『第二の関門突破、おめでとうございます』が付け加えられただけ……。この主の顔を、早く拝んでやりたいものね」
都築が言う。
「そのとおりですよ。今、我々に課せられているのは、その文字の解読の前に、ゲームに挑み、それをクリアして主を引きずり出すことです。面倒ですが、仕方がありません」
「そうよね。分かったわ、挑んであげようじゃなの、ね、美桜ちゃん」
軽く頷く美桜。今日に限って、美桜は大人しい。これで本当に主が主催するゲームに太刀打ちできるのだろうか。
早速揃った四人は、主の館へ向かう準備をし、そしてそれぞれの武器を手に、興信所を出たのだった。
◎赤の部屋
館に着いたとき、都築は館の周辺を式神を使って何かを調べていた。
「む? 都築くん、どうした?」
見るからに挙動不審に見えた草間は、都築の行動が分からずに質問した。
「主は、内から呪結界を施している、と言っていましたよね?」
「ああ、確かそういっていたな」
「それを逆手に取って、外からその呪結界を施している石などを探していたんです。しかし、見つかりませんでした」
「じゃあ、どうするんだ?」
「保険として、退魔符と呪殺符を館の周囲に張っておきます。これで幾らかは、内の呪結界は少なからず弱まるハズです」
都築は、館の外壁に御札を何枚か貼り付けた。
これでなんとか凌げるかも知れない。いずれにしても、ゲームの内容次第ではあるが。
「美桜ちゃん、行くわよ」
エマが美桜を促すが、美桜は行きたくない風だった。
「美桜。お前は俺が必ず守る。今日だけは力を使うな」
都築が諭す。現状では、美桜は危険な力を発揮しかねないと思ったからだろう。
「よし、いくぜ」
ノッカーを叩く草間。ドアが開き、いつもの執事が出てきた。
「お待ち申し上げておりました。さあ、どうぞ」
四人は執事の促されるまま、部屋へと案内された。
攻略してきた二つの部屋は完全に閉鎖され、不気味に佇んでいる。
そして入るべき部屋は、壁も床も天井も真っ赤な部屋であった。
「うわ、なんだ、この部屋は!」
草間がたまらず声を上げる。
「ここで一晩お泊まり下さい。食事は出ますので。それでは」
それだけを告げ、執事は去っていく。
「うう……」
美桜が苦しそうな声を上げた。この赤は血の色に近い赤だ。美桜の想いには、何が去来しているのだろうか。
「確かにこれは、精神を病みますね。ここで一晩とは、主も人が悪い」
すると霊波による会話が始まった。主の登場だ。
『ふふふ。ご機嫌麗しゅう、皆さん』
「何がご機嫌麗しゅうよ。こんな部屋にぶち込まれて、正常で居られるとでも思っているの?!」
エマが半分キレかかったような声を出す。真面目にエマを怒らすと、どうなるものか、知れたものではない。
『あら、元気のない方が一人いらっしゃいますね。では、少しばかり面白い趣向を試してみましょうか』
主の言葉の次に起こったこととは、床が十センチほど下がり、壁から血が流れてきたことだった。
「く、悪趣味もいいところね。こんなことじゃ、私たちは負けないわよ!」
『そうですか? しかし、パニック状態になっている方が、一人いますがね』
その人物こそ、美桜だった。都築は、震える美桜を見て、すぐに抱きしめる。
「美桜、見るな。そして思い出すな。もうあの時のことは、遠い昔なんだ……」
昔……。美桜が犯した、人生の汚点ともいうべき事件は、亮一の両親を暴走した力で自殺に追いやったということだった。その時は、力の制御が出来ずに引き起こされたものだったが。
「亮一、兄さん……!」
罪の意識が美桜を襲う。そして懸命に耐えた。
「大丈夫だ。もう今のお前なら、昔を越えられる。そうしなければ、人は生きていけないからな」
「亮一兄さん……」
「さあ、エマさんと草間さんのところに行っているんだ。これからちょっとした実験をしてみる」
「うん、分かったわ」
草間とエマは、都築が神気を溜めているのを感じる。一体何をするつもりだろうかと、心配になるが、ここは見据えるしかないだろう。
「十二神将を出してみます! あの札が効いていれば、容易に出せるはず!」
草間は驚いた。まさかこの場で十二神将を出せば、恐らく館が崩壊になるはずである。被害は大きくて全壊、小さくてもこの部屋は壊滅するだろう。
しかし、草間もエマも、敢えてそれを止めなかった。精神的にも赤の部屋でやられているだけに、正気を失いつつあったのは言うまでもない。
それでも。巨大な十二神将は出てこなかった。
「だ、ダメだったか……!」
神気を溜めすぎた都築は、その場にガックリと跪いた。
「大丈夫か、都築くん!」
「都築ちゃん」
「亮一兄さん……」
三人が都築の元に集まる。
「はは、どうやら誤算があったようですね……。保険の札も効かないと言うことですか」
主の声が聞こえてくる。
『小細工はなしですよ。外に張られていた御札は、呪結界が反応して破り捨てました』
「何! それじゃあ、外からも中からも、何も出来ないということか……」
都築が悔しそうに呟く。自分の技に自信が合っただけに、落胆も大きい。
現に外に張った札は完全に真っ二つに切り裂かれており、風に踊っていた。
「草間さん、俺は少しやりすぎました。ちょっと休ませて貰ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。存分にやすんでくれ。しかし、この壁の血をどうにかして止めたいものだが」
壁を伝って流れ出る血。染料に違いないが、ここまでの演出はゴメンだった。
「さて、どこに仕掛けがあるか、よね?」
するとエマの疑問に応えたのは、美桜だった。あちこち探していたのだろう、天井に近い部分にランプが点滅している。
「エマさん、あれは?」
「何? あ、あれかしら!」
それは小さな真っ赤な箱。そして真ん中に緑色のランプがあって点灯しているのだ。
エマはそこらにあった椅子を使って、その上に乗り、箱の中を開けてみる。するとレバーがあり、どうも仕掛けっぽい。
「よし、やってみるわ。それ!」
ぐいっと力を入れてレバーを手前に引き戻してみると、浮いた床が戻り、壁の血も流れを止めた。
「おお、やったな、エマ!」
草間は驚嘆の声を上げた。
「へっへー。美桜ちゃんのお陰よ。美桜ちゃん、ありがとう」
「いえ、あの……」
「照れなくて良いの。どう? 少し元気出た?」
「え? あ、はい……」
「うむ、よろしい」
やがて食事の時間になり、四人はそれを全部平らげる頃には、寝る時刻になっていた。
「おっと。例の実験がまだだぜ。帰れるかどうかの瀬戸際だ、扉を開けるぜ」
この役はすっかり草間の役になっていた。しかし、いずれの場合も、失敗に終わっている。
そして草間は扉を開けた。
するとなんと、巨大な猫の手がこちらの中を爪で研いでくるではないか。これには流石の草間も驚いて後ずさる。
「私がやってみるわ。ワン!」
犬の声だ。エマの特殊能力がここで炸裂する。
「ワン、ワンワン!」
すると猫の手は、ゆっくりと元気が無くなり、扉が閉められるほどになった。
草間がこの時とばかり、サッサと扉を閉める。ゾッとする光景に、肝をひやした瞬間だったが、エマに助けられ、ようやくといった感じだ。
「ふう、エマ、ありがとう。あのままじゃ、怪我人続出だぜ」
「ふふ、いいのよ。役に立てて私も満足だし」
四人は開閉式のベッドを引き出して、男は男、女は女に固まって寝ようとする。
しかし、この赤い色の部屋が気になりすぎて、寝付くどころではない。
「眠れねぇ。どうにかならないものかな」
「確かにそうですね」
「私も眠れない……」
エマ以外の三人が訴える。そこでエマは子守歌を歌い出した。
目をつむり、おやすみなさい
今日のことは忘れて、おやすみなさい
ゆっくりと訪れる眠りの精は、
あなたを静かにいざなうでしょう。
せめて暖かく、せめて優しく
おやすみなさい おやすみなさい
するといち早く寝たのは、美桜である。順に都築、草間と眠りに就いていく。
そして歌っていたエマも、いつしか眠りの中へと落ちていったのである。
「ふう、酷い部屋だったぜ」
一夜明け、草間は正直な気持ちを言葉にした。四人は玄関に向かって歩く。
主の声が聞こえる。
『おはようございます。よくあのなかで狂人にもならず、過ごせませたね』
「俺達は、そこまで軟弱な人間ではありませんよ、主。それと今はあなたを引きずり出すことに専念しますので、御覚悟を」
『わかりました。あなた方がそのつもりであれば、これからも面白いゲームで対応するとしましょう。いずれ、招待状をお送りします。また来て下さい』
来たくもないが、謎を解くには来るしかない。なんとも言えない気持ちだった。
外に出る四人。都築が張っておいた御札は、見事なまでになくなっていた。
「内からも外からもダメ……。どうすればいいんでしょうか……」
都築は悔しさで胸がいっぱいだった。
「分からないな。とりあえず、落ち込むのは辞めることだ。さ、興信所へ帰って朝食にしよう」
草間は全員を励ました。
「美桜ちゃん、落ち込むのはこれまでよ。元気出していこうね」
エマの言葉に、美桜は笑顔を見せた。
「ええ、わかりました。もう悩みません」
こうしてまた一つ、ゲームをクリアした四人だった。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女 26歳
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0413 神崎・美桜(かんざき・みお) 女 17歳 高校生
0622 都築・亮一(つづき・りょういち) 男 24歳 退魔師
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■ ライター通信 ■
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○都築さん、神崎さん、6回目のご登場ありがとうございます。
○シュライン・エマさん、5回目のご登場ありがとうございます。
○今回は、美桜さんが精神的に元気がないということで、劇中で
少しずつ回復させてみました。帰りには元気を取り戻すということで。
どうだったでしょうか。
○エマさんの子守歌、私が作詞してみました。え? あまり良くない?
○都築さんの十二神将も欲しかったのですが、そもそも私が十二神将を
知らないので(汗)。それに結界が働いて呼び出せませんでしたし。
残念です。
○これで主のゲームの半分が終わった事になります。
○私の方では、今後の受注は不定期に終わりそうですので、夢羅武市の
名前を見たら、すぐに手続き願います。それなりに余裕は持たせて
ありますが、宜しくお願いします。
○また、意見・感想がありましたらいつでも受け付けてますので、
テラコンにて私信をお送り下さい。お待ちしております(このことをすぐ忘れる)。
○それでは、近いうちにまたお会いしましょう。
夢 羅 武 市 より
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