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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


あの夏を忘れない
●オープニング【0】
 鈴浦海岸の海開きも近いある日、ラジオをつけると鏡巴の声が流れてきた。番組のゲストに小説家を迎えているようで、会話には代表作の話や新刊の話も出てきていた。
「三次さんはこの時期冬美原にお住まいなのですよね?」
「ええ。この2年、夏場は長期で住んでますね。短期の滞在だと10年前から」
 小説家――三次集(みよし・しゅう)は巴の質問に即答した。大学在学中にデビューしたライトノベル系の小説家で、31歳の独身男性だ。
「10年前からですか」
「人を探しているものですからね」
 そう言って理由を説明する三次。デビュー間もない21歳の夏の夜、鈴浦海岸で出会った女性を探しているのだという。
「デビュー後何を書けばいいか悩み、旅先のここで出会ったのが彼女……『けいこ』さんでした。たった1晩、数時間だけの会話でしたけど、彼女のおかげで再び筆を執る気になったんですよ」
 以来、三次は夏になると彼女を探していたが、未だに見つけられていないのだという。
「でしたら情報を募られてはいかがですか? 有力な情報にはお礼をするということで」
 巴がそう提案すると、三次はすぐに快諾した。
 お礼出るなら、彼女を探してみようかな?

●海を見下ろし【1B】
 7月1日、鈴浦海岸海開きの日――海岸沿いの直線道路を、1台のロードスターが走っていた。海岸に人出はそこそこ見られるが、道路は混んではいない。夏休みともなればまた違うのだろうが、今は気持ちよく走ることが出来た。
「……っと」
 稲葉大智は強く踏み込みかけたアクセルを、すぐに元の位置へ戻した。ここは公道だ。レースとは違って、スピードを出し過ぎる訳にはいかない。
(素直な道だな)
 大智は海からの潮風を受けながら、そんなことを考えていた。海岸沿いの道路は凹凸が少なく、かつ視界も良好なので非常に走りやすかった。
「……7日に冬美原でコンサートを行うMyuの新曲、『サマーソニック』をおかけしました……」
 カーステレオから、ラジオの音声が流れていた。喋っているのはパーソナリティの巴だ。
(そういえば)
 大智は先日のラジオのことを思い出していた。三次という作家が人を探しているという話のことだ。
 大智はしばらく先の、やや高台にある駐車場へ入り車を降りた。カーステレオからはラジオが流れ続けている。他に車は止まっておらず、人も大智1人だけだった。
 駐車場は綺麗な海を見下ろせ、見晴らしのよい場所だった。ここも夏休みになれば、カップル等で混み合うのだろう。
「探しても見付からない……か」
 穏やかな海を見つめながら、大智はつぶやいた。三次が10年間探してもその女性を見付けられないのには、何らかの事情があるのではないか。大智の頭にはそんな考えが浮かんでいた。
(彼女もまた旅人だったかもしれない。地元人ならそこそこ見付かるはずだろうし、何らかの手がかりもあるだろうからな)
 大智の考える通り、『けいこ』なる女性が旅人であったならばここで見付かる可能性は薄い。たまたま冬美原に立ち寄っていただけなのかもしれないのだから。
「ましてや芸能界なんかに入っていたら……」
 そうつぶやいてから大智はふっと笑みを浮かべた。不意に頭に浮かんだ予測、しかし何故それが浮かんだのかはっきりとは説明出来ない。
 先程ラジオから流れていた歌声が大智にそう思わせたのかもしれないし、目の前に広がる穏やかで綺麗な海がそんな気分にさせたのかもしれない。
 大智は携帯電話を取り出すと、どこかへメールを打ち始めた。文面は『7日に来るアイドルの本名って何ていったか?』というものだった。

●顔を知るために【3A】
 大智は本屋を訪れていた。本を買いに来たのではなく、別の目的があってここを訪れていたのだ。
(顔を知らないからな……)
 大智がここを訪れたのは、7日に来るアイドルMyuの顔を知るためだった。恐らく芸能雑誌を見るなり、ブロマイドを見るなりすれば顔を知ることが出来るだろうから。
 先程大智が送ったメールは、すでに読まれていた。ラジオの番組中で。それに対する答えは『本名は公表されていない』というものであった。
(事務所の戦略か、それとも出せない事情があるのだろう)
 そんなことを考えながら大智がレジの横に置かれているブロマイドに視線を向けると、何とそこにはMyuのブロマイドが売られていた。
 アップなので背丈等は分からないが、元気そうで可愛らしい少女であった。1枚手に取ってしげしげと見つめる大智。と、突然背後から声をかけられた。
「あっ、稲葉さんだっ!」
 誰が声をかけてきたのかと、振り返って確かめる大智。立っていたのは夏の制服姿の少年だった。しかもその顔には見覚えがある。
「うわあ……また会えるなんて思わなかったです!」
 少年は目を輝かせて言った。大智が最初に冬美原を訪れた日、サインを書いてあげた少年であった。
「鈴糸山のオフロードコースのことでまた冬美原に来たんですかっ? あ、でも、あのコースはまだ色々と問題あるみたいだし……」
 興奮して喋り続ける少年にばれないよう、大智は手にしたMyuのブロマイドを後ろへと隠した。

●『けいこ』の正体・1【6】
 7月6日、夜の鈴浦海岸。ここに9人の男女が集まっていた。集まっていたのは、真名神慶悟、稲葉大智、倉実鈴波、宝生ミナミ、海堂有紀、宮小路皇騎、南宮寺天音の7人と、三次と巴の2人であった。三次と会えるよう巴を通じて連絡した結果、三次の都合のよい今日になったのだ。
「彼女のことが分かったんですか?」
 7人の顔を見回して尋ねる三次。最初に口を開いたのは皇騎だった。少し浮かない表情だ。
「大変言いにくいんですが……『けいこ』さんはすでに亡くなっています」
「何……ですって?」
 三次が驚きの表情を浮かべた。三次だけではない、大智と有紀も同様の表情だ。しかし大智の場合は驚きではなく、困惑の割合が多いようだったが。逆に皇騎の言葉に頷いているのは慶悟、ミナミ、天音の3人。きっと何らかの手がかりをつかんでいたのだろう。
「本名は岡本圭子、17歳。20年前に死亡届が出されていました」
「にっ……20年、前?」
 困惑する三次。それはそうだろう、三次が『けいこ』に会ったのは10年前の話だ。もし『けいこ』が圭子であったならば、三次の会った圭子は何者だというのだ――。
「……20年前、この海で1人の少女が亡くなっています。浜辺でよく歌っていた、歌手になりたかった『けいこ』という名の少女……聞いたことのある人の話だと、天使の歌声だったそうです」
 ミナミが静かに話した。
「天使の歌声……」
 ぽつりつぶやく三次。確信に変わりつつあるのか、手で目元を覆った。
「亡くなったのは、歌手デビューのために上京する直前のことだったようですね」
 皇騎がそう付け加えた。少しずつ空白が埋まりつつあった。
「じゃあ、僕があの時会ったのは……」
「幽霊……やろね。迷っていた彼女の魂は、あんたにええことをしてから……上っていったんや」
 天音がすっと天を指差して言った。天音の言葉にしゅんとなる有紀。今の今まで生きていると思っていたのだが、どうやら外れてしまったらしい。
「ここにはそういう言い伝えがあるねんよ。10年前、海から上がっていった光の玉の話、知らへん?」
 得意げに話す天音。それに鈴波が反応した。
「あっ、あの記事かあ」
 納得する鈴波。慶悟とミナミも納得しているようだった。
「恐らく志半ばで亡くなってしまった彼女は、悩んでいたあんたの姿を見かねたんだろうな」
 慶悟はそう言い、ポケットから錆びた指輪を取り出した。
「海中で見付けた物だ。あんたが持ってるのが一番いいだろう」
 三次に指輪を手渡す慶悟。指輪の裏に、20年前の日付と『KEIKO』という文字が彫られていた……。

●『けいこ』の正体・2【7】
「幽霊でも何でもいい……もう1度会いたかったのに……!」
 指輪を受け取った三次は、目に涙を浮かべ苦し気に言った。いたたまれない雰囲気だった。
「会い……」
「ちょっと待った」
 皇騎が何か言いかけようとした時、ここまで沈黙を守っていた大智がそれを制した。皆の視線が大智に集まった。
「状況証拠は揃っているが……まだ確信ではないはずだ。写真があるのなら別だが」
 大智が皆の顔を見回した。反応がない。つまりこの場に写真はないようだ。
「すまないが、これを見てもらいたい」
 大智は三次に1枚のブロマイドを手渡した。目を見開く三次。
「こ……これはっ? 『けいこ』さんに似ている……いやっ、これは『けいこ』さんだっ!」
 驚きの表情で大智を見る三次。ふっ、と笑みを浮かべ、大智は三次に説明した。
「それは明日ここでコンサートを行うアイドル、Myuのブロマイドだ」
「Myuって、『天使の歌声』というキャッチフレーズでデビューした、あの?」
 さすがミュージシャンであるミナミはよく知っているようだった。そして自分の言葉にはっとした。
「天使の歌声……?」
「芸能界に入っていれば、見付けることも難しいだろう。ともあれ、条件には合致していると思う」
 しかし、そこに鈴波の何気ない一言が発せられた。
「ん? Myuってアイドル、まだ17じゃあ?」
 一瞬の沈黙。
「あのぉ……『けいこ』さん、おいくつだったんですかぁ?」
 有紀が三次に尋ねた。
「あの時で……確か17くらいかと思いますが」
 ……何だか話がおかしくなってきたようだ。
 三次の会った『けいこ』がMyuであるなら年齢がおかしくなる。Myuが『けいこ』の娘であることも、年齢上考えられない。ではMyuが圭子の娘なのかというと、Myuが年齢を誤魔化していたら考えられなくもないが、圭子が歌手デビューする直前だったことから考えると可能性は薄い。
「そうなると、転生なんかなぁ」
 天音はそう切り出し、言い伝えの続きを語った。天に上がった魂は人々を善行に導く存在へと変わる、と。
「頭痛い……」
 頭を抱え、鈴波がつぶやいた。何しろ話がややこしいのだ、そうなるのも仕方ないだろう。
「あっ……」
 巴が何かに気付いたのか、不意に声を上げた。見ると、白いワンピースの少女がこちらへとやってくる所だった。
「Myu?」
 ミナミが驚いたように言った。やってきた少女は、紛れもなくMyuだったのだ。
 驚く一同を他所に、Myuがこちらへと明るく声をかけてきた。
「こんばんはー」
「あっ、こんばんは……」
 どぎまぎしながら返事する三次。Myuはそんな三次の顔をじっと見つめ、にこっと微笑んだ。
「不思議だなあ……あたし、あなたと何だか初めて会った気がしないの」
「えっ?」
 驚く三次。これはまさか、ひょっとして――。
「……行きましょうか」
 巴が小声で皆を促した。2人だけにさせてあげようというつもりなのだろう。
 一同は静かにその場所を離れた。ある者たちはそのまま巴と飲みに、またある者たちは夜の海岸でデートを楽しむことにした。
 三次とMyuがその後でどのような会話を交わしたのか、それをここに記すのは野暮というものだろう。
 確実に言えることは、三次は冬美原に完全に引っ越してきて、Myuが冬美原を訪れる回数が増えたことくらいだ――。

【あの夏を忘れない 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0519 / 稲葉・大智(いなば・だいち)
           / 男 / 27 / モータージャーナリスト 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0597 / 海堂・有紀(かいどう・ゆき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0800 / 宝生・ミナミ(ほうじょう・みなみ)
               / 女 / 23 / ミュージシャン 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・長らくお待たせしました。気付けば7月も半分過ぎましたが、少しせつなくほのかに甘いお話をお届けします。今回のお話は別々の話として2回に分ける予定だったんですが、鋭いプレイングがいくつか来ていたので1回にまとめました。高原にしてみれば予想外になりますけど、皆さんのプレイングがそれだけよかったということですよね。
・本文では『けいこ』やMyuについて色々な主張がなされていますが、どれも間違いではないです。ですので、どういう流れなのかは想像がつくのではないでしょうか。
・それはそうと冬美原に何度も参加されている方なら、そろそろ何かに気付いてきたのではないでしょうか? 今回のお話に、その片鱗は見えているのですが。
・ちなみに今回のお話のタイトルの元ネタは……分かりますか?
・稲葉大智さん、2度目のご参加ありがとうございます。ファンレターありがとうございました、多謝。本文にもありましたは。新市街の方は走りやすいのです。車の色は指定がなかったので触れていません。プレイングは鋭かったと思いますよ。まさか今回突いてくるとは思いませんでしたから。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。