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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


あの夏を忘れない
●オープニング【0】
 鈴浦海岸の海開きも近いある日、ラジオをつけると鏡巴の声が流れてきた。番組のゲストに小説家を迎えているようで、会話には代表作の話や新刊の話も出てきていた。
「三次さんはこの時期冬美原にお住まいなのですよね?」
「ええ。この2年、夏場は長期で住んでますね。短期の滞在だと10年前から」
 小説家――三次集(みよし・しゅう)は巴の質問に即答した。大学在学中にデビューしたライトノベル系の小説家で、31歳の独身男性だ。
「10年前からですか」
「人を探しているものですからね」
 そう言って理由を説明する三次。デビュー間もない21歳の夏の夜、鈴浦海岸で出会った女性を探しているのだという。
「デビュー後何を書けばいいか悩み、旅先のここで出会ったのが彼女……『けいこ』さんでした。たった1晩、数時間だけの会話でしたけど、彼女のおかげで再び筆を執る気になったんですよ」
 以来、三次は夏になると彼女を探していたが、未だに見つけられていないのだという。
「でしたら情報を募られてはいかがですか? 有力な情報にはお礼をするということで」
 巴がそう提案すると、三次はすぐに快諾した。
 お礼出るなら、彼女を探してみようかな?

●教えてください【2B】
 7月1日、鈴浦海岸海開きの日――天川高校『情報研究会』部室に、1人の青年が訪れていた。
「へ? あの時の話?」
 目をぱちくりとさせながら、情報研究会会長の鏡綾女が目の前の青年に尋ねた。こくこくと頷く青年、倉実鈴波。その手には三次の新刊がしっかりと握られていた。
「いやー……鏡さんへの繋がりって、一樹から聞いてたここしかなくって」
 苦笑しながら言う鈴波。従妹の倉実一樹から巴と綾女が姉妹であることを聞いていた鈴波は、状況を知るために迷わずここを訪れていた。
「うーん、何かあったかなあ……お姉ちゃん、肝心な情報をなかなか出してくれない人だから」
 腕を組んで思案する綾女。少しして、再び口を開いた。
「あたしが聞いたのは、それが8月の夜中だったってことくらいかなあ? 場所は、鈴浦海岸ってことくらいしか分からないし……」
「……あ、夜?」
 鈴波がきょとんとして聞き返した。
「うん、夜だよ。放送でも言ってなかった?」
 そう綾女に尋ね返されたが、鈴波は苦笑して首を傾げるだけだった。

●妙な記事【4A】
 夕方、鈴波は鈴丘新聞社の資料室を訪れていた。現場の鈴浦海岸に向かうにはまだ時間がある、何せ三次が『けいこ』なる女性に会ったのは夜なのだから。
「10年前、10年前……っと」
 鈴波は10年前の夏の新聞縮小版を両手に抱えると、テーブルに持っていった。当時何かしらの事件がなかったか調べるためである。
 ぱらぱらと新聞縮小版を捲ってゆく鈴波。字が細かいので途中で眠気が襲ってくる。だが、何とかそれを堪えながら鈴波は新聞縮小版を読み続けた。
「ないなあ、事件」
 聞きようによっては不謹慎に思われる言葉をつぶやきながら、なおも読み続ける鈴波。そして、ふとその手が止まった。
「何だこりゃ?」
 鈴波の目に止まったのは『鈴浦海岸にUFO?』という見出しの小さな記事だった。何でも光の玉が天に向かって上がっていったのだという。しかしその記事は『恐らく市販の打ち上げ花火が、光の加減によってそのように見えただけだろう』というどこかの大学教授のコメントで締められていた。
 結局、それ以外にこれといった記事は見付からなかった。

●トラップ【5】
 夜の海は静かだが、その静けさが怖くもある。鈴波はそんな鈴浦海岸を1人で歩いていた。
「静かだなあ……。こんなに静かだと出そうだな……海坊主とか、無数の手とか」
 そこまで言って、鈴波は慌てて頭を振った。一瞬にして何か考えが妙な方向へいってしまったらしい。
 1人で来るのも何なので、声はかけてみた。例えば綾女とか、従妹の一樹とか。しかし見事に断られ、こうして1人で寂しく歩いている訳である。
「楽しいことでも考えようかな。そういえばもうすぐ七夕かあ……アイドルが来るって言ってたよな」
 七夕の日にMyuなる新人アイドルがコンサートを行うという話は鈴波も耳にしていた。
「この人が相手というのはどうだろう。会いたい女性は実はすでに亡くなっていて、三次さんには見えていない。だからこのアイドルの身体を借りて再会……って、こないだ読んだ小説そのまんまだ、これ……」
 溜息を吐き、空を見上げる鈴波。綺麗な星空であった。と――鈴波の身体ががくんと沈んだ。
「おわっ!?」
 砂浜に見事に転がってしまう鈴波。腰を押さえながら振り向くと、そこには誰が掘ったのかは知らないが、ぽっかりと穴が開いていた。
 結局その夜はこれといった収穫もなく、鈴波は腰を痛めたまま海岸を後にすることになってしまった。

●『けいこ』の正体・1【6】
 7月6日、夜の鈴浦海岸。ここに9人の男女が集まっていた。集まっていたのは、真名神慶悟、稲葉大智、倉実鈴波、宝生ミナミ、海堂有紀、宮小路皇騎、南宮寺天音の7人と、三次と巴の2人であった。三次と会えるよう巴を通じて連絡した結果、三次の都合のよい今日になったのだ。
「彼女のことが分かったんですか?」
 7人の顔を見回して尋ねる三次。最初に口を開いたのは皇騎だった。少し浮かない表情だ。
「大変言いにくいんですが……『けいこ』さんはすでに亡くなっています」
「何……ですって?」
 三次が驚きの表情を浮かべた。三次だけではない、大智と有紀も同様の表情だ。しかし大智の場合は驚きではなく、困惑の割合が多いようだったが。逆に皇騎の言葉に頷いているのは慶悟、ミナミ、天音の3人。きっと何らかの手がかりをつかんでいたのだろう。
「本名は岡本圭子、17歳。20年前に死亡届が出されていました」
「にっ……20年、前?」
 困惑する三次。それはそうだろう、三次が『けいこ』に会ったのは10年前の話だ。もし『けいこ』が圭子であったならば、三次の会った圭子は何者だというのだ――。
「……20年前、この海で1人の少女が亡くなっています。浜辺でよく歌っていた、歌手になりたかった『けいこ』という名の少女……聞いたことのある人の話だと、天使の歌声だったそうです」
 ミナミが静かに話した。
「天使の歌声……」
 ぽつりつぶやく三次。確信に変わりつつあるのか、手で目元を覆った。
「亡くなったのは、歌手デビューのために上京する直前のことだったようですね」
 皇騎がそう付け加えた。少しずつ空白が埋まりつつあった。
「じゃあ、僕があの時会ったのは……」
「幽霊……やろね。迷っていた彼女の魂は、あんたにええことをしてから……上っていったんや」
 天音がすっと天を指差して言った。天音の言葉にしゅんとなる有紀。今の今まで生きていると思っていたのだが、どうやら外れてしまったらしい。
「ここにはそういう言い伝えがあるねんよ。10年前、海から上がっていった光の玉の話、知らへん?」
 得意げに話す天音。それに鈴波が反応した。
「あっ、あの記事かあ」
 納得する鈴波。慶悟とミナミも納得しているようだった。
「恐らく志半ばで亡くなってしまった彼女は、悩んでいたあんたの姿を見かねたんだろうな」
 慶悟はそう言い、ポケットから錆びた指輪を取り出した。
「海中で見付けた物だ。あんたが持ってるのが一番いいだろう」
 三次に指輪を手渡す慶悟。指輪の裏に、20年前の日付と『KEIKO』という文字が彫られていた……。

●『けいこ』の正体・2【7】
「幽霊でも何でもいい……もう1度会いたかったのに……!」
 指輪を受け取った三次は、目に涙を浮かべ苦し気に言った。いたたまれない雰囲気だった。
「会い……」
「ちょっと待った」
 皇騎が何か言いかけようとした時、ここまで沈黙を守っていた大智がそれを制した。皆の視線が大智に集まった。
「状況証拠は揃っているが……まだ確信ではないはずだ。写真があるのなら別だが」
 大智が皆の顔を見回した。反応がない。つまりこの場に写真はないようだ。
「すまないが、これを見てもらいたい」
 大智は三次に1枚のブロマイドを手渡した。目を見開く三次。
「こ……これはっ? 『けいこ』さんに似ている……いやっ、これは『けいこ』さんだっ!」
 驚きの表情で大智を見る三次。ふっ、と笑みを浮かべ、大智は三次に説明した。
「それは明日ここでコンサートを行うアイドル、Myuのブロマイドだ」
「Myuって、『天使の歌声』というキャッチフレーズでデビューした、あの?」
 さすがミュージシャンであるミナミはよく知っているようだった。そして自分の言葉にはっとした。
「天使の歌声……?」
「芸能界に入っていれば、見付けることも難しいだろう。ともあれ、条件には合致していると思う」
 しかし、そこに鈴波の何気ない一言が発せられた。
「ん? Myuってアイドル、まだ17じゃあ?」
 一瞬の沈黙。
「あのぉ……『けいこ』さん、おいくつだったんですかぁ?」
 有紀が三次に尋ねた。
「あの時で……確か17くらいかと思いますが」
 ……何だか話がおかしくなってきたようだ。
 三次の会った『けいこ』がMyuであるなら年齢がおかしくなる。Myuが『けいこ』の娘であることも、年齢上考えられない。ではMyuが圭子の娘なのかというと、Myuが年齢を誤魔化していたら考えられなくもないが、圭子が歌手デビューする直前だったことから考えると可能性は薄い。
「そうなると、転生なんかなぁ」
 天音はそう切り出し、言い伝えの続きを語った。天に上がった魂は人々を善行に導く存在へと変わる、と。
「頭痛い……」
 頭を抱え、鈴波がつぶやいた。何しろ話がややこしいのだ、そうなるのも仕方ないだろう。
「あっ……」
 巴が何かに気付いたのか、不意に声を上げた。見ると、白いワンピースの少女がこちらへとやってくる所だった。
「Myu?」
 ミナミが驚いたように言った。やってきた少女は、紛れもなくMyuだったのだ。
 驚く一同を他所に、Myuがこちらへと明るく声をかけてきた。
「こんばんはー」
「あっ、こんばんは……」
 どぎまぎしながら返事する三次。Myuはそんな三次の顔をじっと見つめ、にこっと微笑んだ。
「不思議だなあ……あたし、あなたと何だか初めて会った気がしないの」
「えっ?」
 驚く三次。これはまさか、ひょっとして――。
「……行きましょうか」
 巴が小声で皆を促した。2人だけにさせてあげようというつもりなのだろう。
 一同は静かにその場所を離れた。ある者たちはそのまま巴と飲みに、またある者たちは夜の海岸でデートを楽しむことにした。
 三次とMyuがその後でどのような会話を交わしたのか、それをここに記すのは野暮というものだろう。
 確実に言えることは、三次は冬美原に完全に引っ越してきて、Myuが冬美原を訪れる回数が増えたことくらいだ――。

【あの夏を忘れない 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0519 / 稲葉・大智(いなば・だいち)
           / 男 / 27 / モータージャーナリスト 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0597 / 海堂・有紀(かいどう・ゆき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0800 / 宝生・ミナミ(ほうじょう・みなみ)
               / 女 / 23 / ミュージシャン 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・長らくお待たせしました。気付けば7月も半分過ぎましたが、少しせつなくほのかに甘いお話をお届けします。今回のお話は別々の話として2回に分ける予定だったんですが、鋭いプレイングがいくつか来ていたので1回にまとめました。高原にしてみれば予想外になりますけど、皆さんのプレイングがそれだけよかったということですよね。
・本文では『けいこ』やMyuについて色々な主張がなされていますが、どれも間違いではないです。ですので、どういう流れなのかは想像がつくのではないでしょうか。
・それはそうと冬美原に何度も参加されている方なら、そろそろ何かに気付いてきたのではないでしょうか? 今回のお話に、その片鱗は見えているのですが。
・ちなみに今回のお話のタイトルの元ネタは……分かりますか?
・倉実鈴波さん、3度目のご参加ありがとうございます。えっと……高原の気のせいなのかもしれませんが、ひょっとして一樹さんの方と間違われました? プレイングを読んでいて、少し気になったもので。新聞社に調べに行ったのはよかったと思いますよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。