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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


【月光蝶・後編】
◆謎
謎の少女・今日子に依頼され月光蝶の行方を探していたのだが、月光蝶が導いたものは恐ろしい呪詛に囚われた少女の姉・今日子の遺体だった。

「なるほどね、あの遺体が見つかった裏にはそんなことがあったの・・・」
三下から提出された書類を見ながら碇は言った。
もちろん書類を作成したのは三下ではなく、探索に加わった一同なのだが。
「三下 明日香の死と謎の少女・今日子か・・・」
「はいぃ・・・」
三下は元気なく肩を落として答えた。
さすがに親族が事件に関わってるとあって神妙にならざるをえない。
「とりあえず、目下のところわかった情報をまとめて、三下 明日香に呪詛を書けた人物の割り出しと、蝶のことを依頼してきた今日子の事を調べるしかないわね。今日子とは連絡取れないの?」
「取れます・・・」
「じゃあ、彼女と連絡とってもう一度接触するのね。それから、明日香の方は彼女の身の回りを洗うこと。事件は現場百回。あ、あと会社の連中とかにも聞いたほうがいいかな・・・」
碇は三下など眼中になくなってしまったかのようにブツブツと思案し始めた。
「あの〜・・・」
三下が恐る恐る声をかける。
「これって僕の企画ってことで通していいんですか・・・」
語尾は消え入りそうに小さい。
「そんなことは自分で企画書書いてから言え!他人に書類作らせて何を言ってるか!罰として校庭50週!」
「は、はいぃっ!!」
碇の怒声に三下は慌てて編集部を飛び出していった。
どこにもない校庭を目指して・・・

◆姉・明日香
久我 直親はエアコンの効いた建物を出ると深くため息をついた。
「地道な調査というのは案外大変なものだな。」
呪詛によって殺されていた明日香の死の真相を探ろうと、明日香の友人たちに聞き込みをしていたのだ。
「次は明日香の勤務先でもあたってみるか・・・。」
「いいアイデアかもしれませんね。」
不意に、背中を走るゾクリとするものと一緒に声がかかった。
「!」
久我が声の主をみると、そこには真昼の日の光には不似合いな朧な影のような男性が立っている。司 幽屍だった。
「日の光の下に幽霊というのも変な話ですが、ご勘弁願いますか。」
司はちょっと皮肉な笑みを浮かべて久我に言った。
久我も調査に幽霊が加わっているとは聞いていたが、こうしてコミュニケーションを取るというのは何とも不思議な感覚だ。
「いや、それは構わんが・・・いいアイデアというのはどういうことだ?」
「先程、久我さんがご友人に聞き込みをしていらっしゃった時に、何人かの方が共通の人物を思い浮かべていたようなので、それが気になるんですよ。」
「思い浮かべていた?」
「はい。私は幽霊なので人間の言葉を聞く・・・というよりは、その心を感じることによって意思の疎通をはかるようなところがありまして・・・。皆さん、色々と立場的に難しいものがあるのか口には出されませんでしたが、ちょっと思い当たる人物があったようですね。」
「それが、会社にいる人間だと?」
「そのようです。『上司』『田崎専務』と。」
「なるほど・・・」
久我も友人たちの話の内容から会社のことが気になっていた。
休みも返上で明日香一人が何かの仕事をしていたこと。
それがその田崎専務という人間の直属で行われたいたらしいと言う事・・・
「やはり、鍵はその人物にあるようだな。」
「はい。」
司は久我の言葉に頷く。
「それで、よろしければ久我さんと行動をご一緒させていただきたいのです。なにせ、私がこの姿で参りますと通る話も通らない可能性が・・・」
「なんだ、幽霊というのは便利なのか不便なのかよくわからないな。」
久我は苦笑してそう言うと、会社へ向かうために司と共に車に乗り込んだ。

◆妹・今日子
「あ、だめだ・・・電話使用されてませんになってるよ・・・」
虚しくアナウンスの流れる受話器を持ったまま、三下は手帳を閉じた。
「おかしいな。昨日まではこれでちゃんと通じてたのに。」
「キミもさぁ、ちゃんと親戚くらい覚えておきなよっ!」
大塚 忍が三下の頭を軽く小突いて言う。
「し、親戚たって、物凄く遠い親戚なんですよう。」
「まぁまぁ、三下さんを苛めても始まりませんよ。」
宮小路 皇騎が軽く仲裁に入る。
先日、宮小路が入手した情報で、依頼人の今日子が実は鬼籍の人物であることが判明した。
大塚と宮小路は今日子が事件の鍵ではないかと、今日子のことを調べることにしたのだった。
「まったく、人間相手だと思って油断したな。最初から彼女も霊視してればわからないことじゃなかった・・・」
大塚は悔しそうに唇をかむ。
「私も迂闊でした。結果がこんなことになるとは・・・。しかし、悔やんでいても始まりません。とりあえず、今日子さんのことを知っている限り教えていただけませんか?三下さん。」
「それが・・・あんまり詳しいこと知らないんだよ・・・」
三下は申し訳なさそうに俯き加減で答える。
「先週・・・いきなり編集部に訪ねて来てさ、いきなり「月光蝶を探して欲しいんです!」って言われちゃったんだよ。」
「よくわからないその人物を親戚と簡単に信じちゃったのか?」
大塚はやや呆れ気味に三下を見やる。
「だって、可愛かったし、美人だったし、同じ苗字だったし、可愛かったし・・・」
「・・・可愛い女の子に頼まれたら殺人でも引き受けそうだな。」
大塚の冷ややかな目線が三下を貫く。
すると何故か三下は照れるように頬を赤らめモジモジとし始める。
「だってねぇ・・・」
三下はモジモジとテーブルにのの字を書く。
「三下さんは明日香さんの葬儀には行かれたんですか?」
「うーん、葬儀は無理だったけどお線香はあげに行きます。遠い親戚とはいえ、少なからず関係しちゃってるわけですから・・・。」
「今回のこと、明日香さんの実家ではなんて言ってるの?」
「明日香を今日子が探してくれたのねぇ・・・って・・・。」
「能天気な家系だわ。」
大塚は呆れたように肩を竦めて見せる。
「今日子が明日香を殺したかもしれないじゃない。」
「ええっ!?」
大塚の言葉に三下が驚きで目を丸くする。
「そ、そうなんですかっ!?」
「まだわからないわよ。でもその可能性も捨てられないということ。」
「そうですね。そう言うことも考えられるのか・・・」
宮小路が大塚の言葉に頷く。
「呪詛といい、死んだ人物の登場といい、おかしな事だらけですから、あらゆる可能性を考えるべきですね。」
「あの子が殺人鬼だなんて・・・」
三下の頭の中では話が一気に膨れ上がってしまったらしい。
「あ、そうだ。私たちもお焼香に行くのに同行させてもらうわ。」
「え!?そうなの?」
「調べて欲しいんでしょ?欲しくないの?」
大塚は有無を言わせぬ気迫で三下に言う。
「わ、わかりました・・・。」
そして結局押しに弱い三下のなのであった。

◆上司
「申し訳ございませんが、事前にお約束を頂いておりませんとご面会はお受けかねます。」
受付穣はそう言って丁寧に頭を下げる。
しかし、決して譲らない強固な態度でもあった。
久我は会社を訪れ、田崎専務に面会を申し出たのだったが、どうも何かの営業かと思われているのか取り次いではもらえそうに無い。
「まいったな、本当に人間相手は厄介だ。」
受付を離れ、苦い顔でぼやく。
「おい、幽霊さん、そっちの守備はどんなもんだ?」
そして、姿を消して側にいるはずの司に小声で声をかけた。
『この建物の上の方を見てもらえますか?』
司も同じく小声で返す。
もちろんこの場合の見るは霊視でと言うことだ。
「あ・・・」
久我も司が感じたと同じモノを感じ取る。
「呪詛の気配・・・」
『はい、呪詛の気配を持った男がいます。たぶん、彼が田崎専務でしょう。』
「こんなに近くにいるのに、なんともならんのか・・・」
久我は受付の方を恨めしげに見やる。
『私に任せていただけますか?』
「ん?あぁ、構わないが・・・?」
『では、少々失礼します。』
そう言うと司は久我へと憑依した。
「!」
柔道で投げを食らった時のようにグルンと世界が一転し、司と久我の意識が入れ替わる。
「では、いきますよ。」
体の中の久我の意識にそう呟くと、久我に憑依した司は受付の前に歩み出た。
「あの、お客様・・・」
受付穣が何度言われてもダメという顔で久我を見返す。
「すいません、トイレ借りますね。なんか、ここエアコンが効いてるから。」
そう言って愛想よく笑うと、すたすたと建物の奥へと問答無用で入っていった。

「なんか、物凄い手でもあるのかと思ったぞ。」
憑依がとけ、自分の体を取り戻した久我が苦く笑う。
司の転機?でまんまとビルの中へ入り込み、エレベーターに二人は乗り込んだ。
「ある意味、正攻法で。」
司も朧な姿を取り戻し、久我に笑いかける。
そんな会話をしているうちに、エレベータの昇降ランプが目的のフロアに到着したことを告げる。
「では、本陣出撃といくか。」
「はい。」
二人はドアが開くと同時に足を踏み出した。

いきなりの侵入者に驚き戸惑う秘書に当身を食らわせ気絶させると、久我は専務室のドアに手をかけた。
ドアの外にいても中からの濃厚な「死」の匂いを感じる。
「間違いない。呪詛だ。」
その匂いにこのドアの向うの人物が明日香に呪詛を行った人物であることを確信する。
「ええ。」
司も同じことを感じたらしい。緊張した様子で相槌を打った。
ドアを開くと、正面におかれた重厚な机の向うに窓を背にして男が立っていた。
逆行で表情はよく見えないが、邪悪な気配をひしひしと感じる。
「お前たちのような連中がいるから、三下明日香は死んだんだ。」
男は久我と司を見るなり言った。
「お前が田崎か?俺たちが明日香さんの死に何の関係があるというんだ?」
久我は何があっても対応できるように静かに構えの形を取りながら言う。
「お前らのような連中が、頭の中を探るから俺は三下を殺さなくてはならなかった!」
「!」
言葉と共に田崎の邪気が吹き付けてくるようだった。
「お前らも死ねっ!」
田崎は上着の内ポケットから呪符を取り出し、それを放った。
呪符は鋭い刃となって久我に襲い掛かった。
「結っ!」
久我はすばやく印を切り、呪符を弾く。
呪符はあっけなく久我の結界に弾かれ散った。
「なんだ・・・?」
「死ね!死ねぇっ!」
田崎はまるで何も考えていないように、次々と呪符を繰り出す。
しかし、それらは何の重みもなく軽く久我の結界にあしらわれてしまった。
「田崎をおさえて貰えますか?私が取り押さえます。」
司は久我にそう言うと矢鱈滅法に暴れている田崎の側へと身を躍らせた。
久我は符を取り出し、口の中で小さく呪を唱え、印を切ると暴れる田崎に向かってそれを放った。
「縛っ!」
「!!」
田崎はその符にあっけなく囚われた。
司は動揺する田崎の隙をついてその体に憑依する。
「うわぁぁあっ!」
田崎は苦悶の叫びをあげるとその場に崩れ落ちた。

◆口封じ
「明日香さんは口封じの為に殺されたのですね。」
気絶した田崎を側にあったスタンドの電気コードで縛り付けると、司はその体から憑依をといた。
騒ぎを聞きつけた連中が駆けつけたのかドアの向うは騒がしかったが、入り口に久我が結界を作ってあるので他の人は入ってこれない。
「口封じ?」
司は田崎に憑依した時に手に入れた「田崎の記憶」を久我に話す。
「そうです、田崎は明日香さんを使って横領を働いていた。その口封じのためです。」
「しかし、コイツは俺たちが関係あるような言い振りだったぞ。」
久我は縛られて床に転がされた田崎をつま先で小突きながら言う。
「田崎は私たちを恐れていました。正しくは私たちではなく、霊能者・・・ですが。」
「霊能者が?」
久我はますますわからんといった風に眉をひそめる。」
「死者の声をも聞ける者・・・語らずとも心の読める者・・・そこに在らずとも真実を見る者・・・彼が恐れていたのは、自分の悪事が発覚することだった。」
司は横たわった男を冷たい目で見つめながら言葉を続けた。
「私たちならば、明日香さんが黙っていても、真実を探り出すことができる。だから、明日香さんを殺した。そして、明日香さんが死んだ後でも、彼女から色々と話を聞くことができる。だから殺した後も呪詛で縛り付けた。」
「何て野郎だ・・・」
久我はもう一度田崎に小突きを入れる。いや、もうそれは蹴りに近いものだった。
うう・・・と田崎は苦しげにうめいたが意識は戻らない。
「しかし、ちょっと気になるんだが・・・」
「はい?」
久我は先程受けた攻撃を思い出す。
あれだけ強固な呪詛をかけた人間の攻撃とは思えないあっけなさ。
「呪詛をかけたのはこいつなのか?」
「いいえ。田崎は呪詛を金で買ったのです。先程、久我さんに放った呪符も同じくです。」
「・・・だろうな。あまりにも手ごたえが軽すぎた。」
石を投げる時でも、力のある者と無い者ではあたったときの強さが違う。
まったくと言って良いほどそう言った能力が無い田崎が投げても軽いのは当たり前だった。
「俺も子供じゃない。そう言う生業があるのは仕方ないことだと思うが・・・それにしても気分の悪い野郎だな。」
久我は吐き捨てるようにそう言うと、更にもう一発田崎にけりを食らわせた。

◆大切な妹・大切な姉
「・・・なるほど、そう言うことでしたか。」
宮小路は明日香殺害の犯人を突き止めたという連絡を、明日香の実家へと焼香に行く途中の列車の中で受けた。
伝えてきたのは顔なじみの幽霊氏。距離も場所も関係のない世界に生きている彼は別行動を取っているメンバーにそれを伝えてくれたのだった。
「まぁ、そう言うことですので、他の皆さんにもよろしくお伝えください。」
司はそう言うとすぅっと列車の壁に溶けるように消えた。
「面白い知り合いだね。」
「大塚さん・・・」
幽霊との会話に怯える三下に気を使って列車のデッキに出ていた宮小路に、いつの間に来たのか大塚が興味深そうな顔で声をかけてきた。
「ええまぁ。それより話を聞きましたか?」
「大体のところは。まさか横領がらみの話だったとはね。」
大塚は複雑な顔をする。
横領がらみで殺人が起こる。悲しいがニュースでよく耳にするような事件だ。
しかし、もっと悲しいのはこういった事件にも呪詛などという特殊な世界が絡み始めていることだった。
「今の日本の法律では呪詛は裁けないな。」
「そうですね、犯人が負う罪は横領だけです。」
宮小路も悲しげな顔で言う。
「呪詛を生業に生きる人間がいるのも、それに頼り人間がいるのも知っていますが・・・今までは本当に強い苦しみや願いからそう言うことに手を出す人間がいるという程度だったのに・・・まるで気軽な扱いだ。」
「まぁ・・・今にしっぺ返しがくるさ。呪詛って言うのはそう言うものだ。」
大塚は宮小路の方をぽんっと叩くと席に戻ってゆく。
「嫌な話ですが、それを願いますよ。」
宮小路は苦笑でその後姿を見送った。

もう夕刻も過ぎ辺りは暗くなってきていたが、三下 明日香の実家に到着した一行は、早速、お焼香の為に部屋へと上がらせてもらった。
葬儀はとうに済み、明日香の母親だという女性に案内された部屋の片隅に祀られた白い祭壇だけが明日香の死の名残を見せている。
三下・大塚・宮小路の三人は遺影に線香をあげ、静かに手を合わせる。
その時、大塚が奇妙な気配を感じた。
視線のような気配のような・・・しかも、どこかで感じたことがある気配だった。
それはどうやら隣の部屋から漂ってきているようだ。
「三下さん・・・ちょっとお手洗いをお借りしてもよろしいですか?」
どうしようか思案した結果、大塚は知らずの内に司が使ったのと同じ手口で隣りを探索することに決めた。
宮小路に明日香の母親を足止めするように小声で頼み、大塚は部屋を出た。
廊下に出ると気配はますます強くなる。
(呼ばれているのか?)
そんな感じがするほど、その気配の主は自分の居場所を示しつづけている。
隣の部屋のドアノブに手をかけ、音を立てないようにそうっとそのドアを開く。
「!」
その部屋を見た途端、大塚は気配の主がはっきりとわかった。
「今日子さん・・・」
事務所であった今日子に生き写しの市松人形がそこに座っていたのだった。

「す、すみませんっ!この人形って・・・」
大塚は今日子にそっくりな市松人形を抱き上げて、宮小路たちが話をしている今に戻った。
明日香の母親と話中だった宮小路と三下も、大塚の抱いている市松人形を見てギョッとする。
「ああ、それは・・・明日香が大事にしていた人形です。」
「明日香さんの?」
「ええ。実は明日香には双子の妹が居りまして、その子は10年も前に事故で死んでしまったのですけれど、その子の代わりといってそれはその人形を大事に・・・」
明日香の母親はそう言って涙ぐみ言葉を詰まらせる。
二人の娘を二人とも失ってしまった悲しみは計り知れない。
「明日香のお棺に入れてあげようと思ったんですけれど、なんだか手放せなくて・・・」
明日香の母親は気が付いていないようだが、大塚は抱えた人形がただ者ではないことを感じ取っている。
「すみません、図々しいお願いなんですけど、このお人形をお借りできますか?」
大塚はダメもとで頼んでみた。
特別反対する理由も無かったのか、しぶしぶだったが明日香の母親も承諾した。

「どういうことなんだ・・・?」
明日香の実家を後にした三人は近くの公園に移動し、大塚の借り出した人形を眺める。
公園の街灯に照らされた人形はまるで生きているかのように生々しい気配を持っている。
「今日子さんそっくり・・・」
三下がまじまじと眺めて言う。
「明日香さんが大事にしていた人形だといってましたね。」
宮小路が人形を抱きあげる。
高さ50センチほどのお人形は、仕立てのよい着物を着て肌艶も申し分なく美しい。
「この人形が今日子さんだったのよ・・・この気配・・・間違いないわ。それに見て、これ。」
大塚はバッグの中から月光蝶の写真を取り出す。
この間目撃した時にデジカメで撮影したものをプリントアウトしてきたものだった。
「この蝶・・・着物の柄と同じなのよ。」
確かに人形が着ている着物に染められている蝶と同じだった。
「じゃぁ、このお人形がお姉さんを探してたってこと?」
三下は青い顔で言う。
『みなさん・・・』
聞き覚えのある声と共に、人形が青白い燐光を帯びる。
『ありがとうございました・・・』
宮小路が人形をそっとベンチの上に座らせると、見る間にその燐光は人の形を取り、今日子へと変わる。
「今日子さん・・・」
『はい。みなさんに明日香さんの探索をお願いしたのは私です。』
今日子はすっかり人間のようになると、深深と頭を下げて言った。
『呪詛に縛られ、身動きもとれずに苦しんでいた明日香さんを助けてくださいましてありがとうございます。』
「貴方は・・・亡くなられた今日子さんの霊・・・なのですか?」
宮小路が疑問を口にする。
今日子は静かに答える。
『いいえ、私はこの市松人形です。10年という歳月をかけてやっと人の姿をとることができるようになりました。』
「物霊だったのか・・・」
大塚がなるほどといった風に呟く。
「人間霊ほどの強さは無く・・・そして霊体だけの存在と違う存在感・・・それじゃぁ、霊感に引っかから無いはずだわ・・・」
『私はこうして姿を保つのがやっとの弱い存在です。私を大事にしてくれた明日香さんが、あんな目にあっても助けることも出来ませんでした。私に出来たのは明日香さんの居場所を示すためにこうして蝶を送ることだけ・・・』
そう言って、着物の袖を軽く振ると、着物に染められた蝶が淡い光を放って舞い上がる。
それは本当に弱々しく、月の無い夜にしか飛ぶことの出来ないはかない存在なのだった。
『しかし、皆さんのおかげで、呪詛をかけていた人物は呪詛を失いました。今ならば私でも明日香さんの仇が討てます。』
今日子はそう言うと立ち上がり、宮小路に言った。
『最後のお願いです。私をその刀で自由にしていただけますか?』
「え?」
宮小路は一瞬戸惑うが、物霊である今日子には彼が今手にしていない彼の刀の存在がわかるのだろう。
「わかりました・・・。」
そう言って小さく何事か呟くと、優雅な仕草で印を切った。
「我召喚す。『髭切』」
言葉に応じて、その手には一振りの日本刀が現れる。
宮小路はその刀をすぅっと抜くと、今日子に向けて構えた。
北辰一刀流の使い手である宮小路の構えは力強さに溢れている。
『皆様・・・本当にありがとうございました。』
今日子はもう一度深々と頭を下げ、礼をのべる。
そして、宮小路の前で姿勢を正した。
『よろしくお願いします。』
宮小路は躊躇うことなく刀をまっすぐに振り下ろした。

ざんっ・・・

刀はモノならざるものを切る。
刀が体を薙いだ瞬間、今日子は無数の蝶となって夜空に舞い上がった。
燐光を纏い、夜空に舞い上がった蝶の姿は月の無い空に高く高く消えていった。
「今夜も月が無い夜だったか・・・」
その姿を見送って、大塚は静かにそう呟いた。
地面には柄を失った無地の着物を着た市松人形が横たわっていた。

◆呪詛返し
今日子が蝶となって空に消えた翌日。
新聞は二つの事件を報道していた。

『横領で逮捕された専務・謎の死』
『内部闘争か?新興宗教教祖死亡』

横領で逮捕された田崎専務が留置所内で謎の死を遂げていたことと、とある新興宗教の教祖が自室で死亡していたのを発見されたという事件だ。
新聞はその二つを関連づけて報じることはなく、よくある事件だと世間は流してしまったが、事実を知る者たちは、あの人形が見事仇を討ち取ったことを知った。

The End.
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0795 / 大塚・忍 / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター
0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生
0095 / 久我・直親 / 男 / 27 / 陰陽師
0790 / 司・幽屍 / 男 / 50 / 幽霊

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■         ライター通信          ■
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今日は、完結編をお届けいたします。
ことの結末はこんな様子になりましたが、いかがでしたでしょうか?
明日香の身の回りを調べる・・・というところに目をつけたのは久我さんだけでした。犯人逮捕の立役者・・・ですね。ご苦労様でした。これからも頑張ってください。
またどこかでお会いできることを楽しみにお待ちしております。
それでは、しばし、お別れを。
お疲れ様でした。