コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ドゥ・サフィール

 「青」のイメージがあるサファイア。けれど本当は文字通り色々な色をしているというのは、きっとご存知だろう。紫からピンク…オレンジ…無色。赤色のものをルビーと呼ぶだけで、全てコランダムと呼ばれる鉱物の一種である。ヒンドゥにおいては階級によって色の違うサファイアを身につけることで幸運を呼ぶといわれ、キリスト教では司教が聖なる祝福を与えるために指輪に嵌め、……そして。
 ナポレオン以降、サファイアは貴族の間で愛の証とされ、贈られた人間が不実を働くと色が変わると…そう言われている。
 サファイアで恋人の心変わりを試す方法。それが「ドゥ・サフィール」。
 宝石の言葉は、誠実、貞操。

『みんなで『ナイルの星』を探そう!』
 ネット上で宝探しのヒントが出て、そしてそれを現実世界で探そうという企画が、周期的にあるのをご存知だろうか? ちなみに一番最近あったゲームはそう、ナイルの星と呼ばれる宝石を捜すものだった。HPにアクセスすると、まだその姿を見ることができるだろう。蒼緑色をした小指の爪ほどの大きさのサファイア。その色合いと、中に星状の光が見えることからナイルと星の名がついた。
 ただし、ゲームはもう終わってしまった。
 今、ナイルの星は勝者が大切に持っているはずだ。
 その光も色も、そのままに…。

ACT.1
 薄暗い店内。琥珀色のカクテルを照らし出すスポットライトが夜の雰囲気を盛り上げ、気怠るい音楽が小声で会話するお客達の声を掻き消さないボリュームで流れている。そして僕はいつもそのカウンターの内側で耳を澄ませている。淡い色のついたサングラスを掛け、ともすれば無表情。お客はそんな僕の前で色々なことを話す。街の情報、人のいざこざ、そして何気ない恋の話まで。
 でも僕の仕事はそこまで。僕は滅多なことではそこから一歩を踏み出さない。外の光は僕にとってまぶしいし、外の音は僕にとって騒がしすぎるから。
 でも、その日。
「…ナイルの星がね…。」
僕のすぐ斜め前に座っていたお客の、ふとした囁きに僕は思わず視線を上げた。「日本にあったんだそうだ。しかもどこの物好きだか知らないが、それを国内のどこかに隠して、探し出した人間に呉れてやろう…なんて企画があったらしいよ。」
「へぇ…。」
 気のりのしない相手の返事も聞こえてくる。そう、確かにその宝探しゲームは実在した。ただしもう、終わってしまったけれど…。
「近頃は何でもインターネットだな。ヒントはHPで!なんて宣伝してやがった。俺みたいに古い人間には訳がわからん話だよ。」
 酔いながらの愚痴に、けだるそうに相槌を打つ一言。
 僕はこんな時間や空間を案外愛してる。
「…飲んでみます?」
 僕は珍しく、自分からお客に話しかけた。滅多に声も出さない僕からの問いかけに、客はちょっと驚いた顔をして、それは何?と尋ね返してきた。
「『ナイルの星』…辛くも無く、甘くも無くっていうところでしょうか?」
「そんなのあるの?」
 僕は短く頷いて、客の反応を了解の印と取る。
 基本はバラライカ。氷とウォッカとコアントロー、そしてレモンジュース。そこにブルーリキュールを少々多めに。そしてシェーカーをリズミカルに振り切って、そっとグラスの縁から注ぎいれる。その上に僕はバースプーンで白いクリームを三条交差するように流した。
「…こんな宝石なんですよ、ナイルの星って。」
 そう言いながらすっと差し出したその深く蒼い色合いは、今僕の胸元にしっかりと納まっている。
 
ACT.2
 遊園地は土曜日の人手でごった返しており、その人垣の向こうに設置された壇上には背中にイベント名をプリントしたTシャツを着込んだ社員が、汗を掻き掻き大声で叫んでいた。梅雨と夏の間の炎天下。
「お集まりの皆さん、パズルの出来はいかがでしたでしょうか…などとは聞くまでもありませんね。本日はスワローランドへようこそ! ナイルの星はこの遊園地のどこかに隠されています。」
 そう、HPに掲載されていたパズルを解いて分ったのは、「ナイルの星」の隠し場所と宝探しの期日だった。つまりこれは「ナイルの星が欲しければこうして遊園地のチケットを買って入場せねばならないし、噂になればそれだけで元が取れるほどには十分な広告にもなる」という遊園地の人寄せイベントだったのだ。
「ではまずあなた方が入り口で受け取ったカードをごらん下さい。そちらは今日のみアトラクション乗り放題のプラチナチケット。しかし良く見ると数字が書かれているはずです。そしてここには500名程のお客様方。…ナイルの星を探し出すにはまず初めにこの中から連番の相手を探し出し、3名様一組のチームとなっていただきます! 早く探さないと他の人と組まれてしまいますよ! ──おっと、ご友人同士には離れた番号カードをお渡ししていますからね、ご承知ください…。」
 辺りが一斉にざわめきだした。だが司会者はそれを当然というようににっこりと微笑む。
「そして! 東京ドーム3個分に相当するこの遊園地にはアトラクションが盛り沢山。とても一日では回りきれませんね? ですからこちらでパズルクイズやヒントをご用意させていただきました。園内のどこかにあるそれらを集めれば、おのずとナイルの星のありかが分るようになっています。一番初めに見つけることが出来た方…ナイルの星はあなたのものです!!」
 流れるような司会者のトークに、会場が盛り上がっていく。
「チーム同士で探し出したヒントを交換するもよし、嘘のヒントをあげるもよし。ではこれから、日没までのゲーム…カウントダウンで始めましょう! 3…2…1スタートです!」


 そしてそんな喧騒の中、一人の青年がふらついたかと思うと人垣の隅に置かれたベンチへよろめき腰掛けた。この炎天と人いきれにやられてしまったのである。
 彼の名前は須賀原紫(スガハラ・ユカリ)。
── この中から探せって…無理に決まってるよ。
 元々物欲がなく、しかも他人と交流を持つ事を好まないタイプである上、この状態…既にもう帰ろうかという気分にさえなっていた。
 だがそんな彼の行動が逆に目立ったのだろうか。
「あなた、先程私達の前に居た方ですね?」
 と、須賀原紫に声を掛けるものが居た。須賀原が朦朧としながら顔を上げるとそこにはすっと筋の通った顔立ちの男が立っていた。
── あ…さっき入り口で会った人だ…。
 と須賀原が思ったのも無理は無い。相手はこの炎天下にトレンチコートと鹿打ち帽を被っており、入園口付近で既に大層目立っていた。しかも年齢不詳…20代のような気もするし、30代といえなくも無い、不思議な雰囲気を纏っている。須賀原も彼だけなら流石に探すことが出来たかもしれない。だが男は彼の不審そうな視線をものともせずに彼の胸元のカードを確認すると、振り返り、嬉しげに言った。
「御堂君、この方ですよ。お手柄ですね!」
「僕は一度見た人の顔なら忘れないんだ。」
 須賀原がつられるようにそちらへ目をやると、御堂と呼ばれた青年が微笑んで立っていた。高校生くらいだろうか。淡い茶色の髪に、抜けるような蒼い瞳をしている。
「だけど具合が悪そうだね、大丈夫?」
彼はそういうが早いか須賀原の前に屈みこみ、彼の脈と額に手をやって軽く頷いた。そしてちょっと待っていて伝えると、どこからか氷の入ったカップを持って戻って来る。「はいこれ。首筋に当てて。」
「え…?」
 須賀原は驚いたような顔をして、高校生くらいの相手の顔を見上げた。
「もうちょっとで熱中症だよ。首筋が一番効くから。」
 彼は黙って頷くと、カップを受け取った。

**

「僕、光に弱くて。」
少し気分が良くなった様子で、須賀原紫と名乗ったその青年は言った。「っていっても目だけで、これは久々に昼間外にでたからだと思うんだけど…。」
 その言葉にウォレス・グランブラッドは心底同情したように頷いた。
「そうですか、胸中お察しします。」
 明らかに外国人の彼だが、妙に丁寧な日本語はほぼ完璧である。そして今日の服装。『なぜそんな格好を?』と誰かが直接彼に聞いたなら、彼は『私も日の光が苦手なのでね。』と苦笑しながら答えてくれただろう。だが今回、彼に直接そう聞くような勇気のある人間はおらず、他の二人は、きっと彼の頭の中にはシャーロック・ホームズが住んでいるのだろう、とおのおの解釈していた。
「で、もう大丈夫なんだ?」
 気遣い、とも気安い、とも取れない口調で御堂譲(ミドウ・ユズル)がそう言った。彼は
── こんなことになるならもっと派手な格好をしてくればよかったですねぇ。
 などと、人ごみの中で立ち尽くしていたウォレスをいち早く探し出した、なかなか見所のある青年である。
 今は、まだ少し顔色の悪い須賀原の前にしゃがみ込んで、その蒼い瞳でじっと須賀原の様子を見ているが、先程ぐったりしていた須賀原を一目見て、熱中症だと判断したのは彼だ。聞くところによると、医大を目指しているとの事。しかし明るい茶色の髪や首に掛けたシルバーアクセサリーのセンスのよさが、逆に医大を狙う高校生には見えなくて、これまた不思議な印象だった。
「ああ…うん。」
 須賀原が頷き、それからためらったように短く礼を言った。すると御堂はもう一度須賀原の脈を取り、いいと判断したのだろうか。
「そう。ならさて…どこから探せばいいかなぁ…。」
と、立ち上がって辺りを見回しはじめた。既にこの周辺には人影もまばらである。「ここでヒントを掴んだ人たちから情報を集めるって手もあるけど。」
 それを聞いたウォレスは、肩を軽くすくめてお互いの胸元につけられたカードを指差すと、さも当たり前のことといった調子でこう答えた。
「このカードはアトラクション乗り放題になるわけでしょう?ということはアトラクション内にヒントがあるということではないでしょうか?」
 と微笑んだ。

***

 そして小一時間後。
「は〜、ちょっと怖かったですねえ。」
 と、最高斜度65最大落差70mのジェットコースターから降りて一息ついた一行は、ウォレスの酷く嬉しそうな笑顔につられて彼の後をついて回っていた。
「…ちょっと…??」
 対して、御堂に抱えられた須賀原紫はやや青い顔をして呟く。どうやら彼はあまりこういうものが得意では無いらしい。ずっと眉間に皺が寄っているが、怖いのか不機嫌なのかどちらかだろう。
「ま、いいんじゃない?」
 須賀原を支えたまま御堂は彼に向かって肩を竦めた。
── やれやれ。
 内心を微笑みに隠す自分とは正反対のタイプだな、と御堂はその横顔を伺った。聞けば自分よりだいぶ年上なのだそうだが、童顔らしくとてもそうは見えない。サングラスは目が光に弱いからだと彼は言ったが、もしかしたらその童顔を隠す役目もあるのかもしれない。まあ、兎に角、御堂のセンスから見ても、色白の頬に褪せた茶色い髪が落ち掛かり、なかなか良く似合っていた。
 だが当の須賀原は、御堂にそんな風に観察されているとは思ってもおらず、ずり落ちかけたサングラスを指先で押し上げながら、苛立ったようにウォレスの背中に向かって言った。
「ねえ!これまで僕たち、色々と回ったよね? オバケ屋敷に観覧車、挙句メリーゴーランドにまで!! でもまだヒントは一つも見つからな…むぐっ!」
 御堂の手が須賀原の口元をふさぐ。
「まあまあ、時間は沢山あるんだから。…ねっ?」
 と、ウォレスに目をやると、彼もなんだか笑いを含んだからかいの目で須賀原を見て、
「じゃ、次はアレ行きましょうかね。」
 といった。そのウォレスが指差した先には…落差100メートルのフリーフォール。
 須賀原の顔色がより一層青くなり、御堂はその様子に微笑む。
── この人、からかい甲斐があるなぁ…。
「た…助けて…。」
 というか細い声が、須賀原の口から聞こえたような聞こえなかったような。
「ダメだよ須賀原さん、三人一緒がルールなんだから。」
 と言って並んだこの遊園地のフリーフォール、地上まで時速二秒とのことである。


ACT.3
そして、更に小一時間後
「ああ!楽しかったですねぇ。」
 満足、と言った口調でウォレスはそう言うと、最高速度80kmのスパイラルコースターに乗っていたためにちょっとだけズレてしまった鹿打ち帽をくいと直して二人に向き直った。「…じゃ、そろそろちゃんとヒント探しに行きましょうか?」
「ええっ!?」
 須賀原の声がひっくり返る。すると御堂が可笑しげに笑って須賀原の背中をポンと叩いた。
「なに? 君本当にヒントがあんなところにあると思ってたの? 地上100メートルとか木馬の背中に?」
「でも、流石にちょっと時間を食いすぎてしまいましたかね?」
 目を白黒させる須賀原の隣で、至極真面目な顔つきをしたウォレスが顎先に手を置いた。
「だから! 僕はもうやめようって…」
「やめようって言ってたっけ?」
 言葉尻を捕らえるように、御堂が言う。
「ぐ…。」
 詰まる須賀原を脇に置き、ウォレスは御堂を振り返った。
「何かいい案ありますか?」
 御堂は何も言わずに微笑んだ。 
 
そして、30分後。
『インディアンとアブラハム。』『赤ちゃんと椅子。』『海。』
 これが3人の手に入れたヒントだった。
 いずれも御堂が女性パーティに声を掛け、聞き出したものである。滅多に彼から声を掛けることはないのだが、彼は異様に女性にモテルらしい。
「いや〜便利な人がチームに居てくれて助かりました。」
 と、自分だってその外見を生かし多少の情報を集めていたウォレスが、まだ女性陣に掴まったままの御堂の背中を見ながら感心したように言った。
「…そういうものなの?」
 ウォレスの暢気な言葉に、腹を立てすぎてもう泣きそうな顔をしている須賀原がむっつりと答える。そこへ。
「上々。けどあの中で嘘をついてる人も居たかもしれない。それが問題だね。」
 御堂が戻って来て、そう言った。どうやら、電話番号を聞かせてくれとせがまれていたらしい。
 と、須賀原が何気なく言った。
「大丈夫です。あの人たちは誰も嘘はついていませんでしたよ。」
 ウォレスと御堂はちょっと驚いたように須賀原を振り返る。
「…なんで判るんですか?…っていうのは聞いても構いませんかね?」
 すると、須賀原は少し困ったように首を振った。
「分るものは分るんです。としかいえないけど…。」
 実は、須賀原には特殊な能力がいくつかあった。人のオーラを見て思考をある程度読み取る事もその一つである。ただ彼は特にそれを人に言う気にはなれなかった。
 答えにくそうにしている須賀原に、御堂は肩をすくめて笑った。
「ま、須賀原さんがそう言うなら信じるよ。」
「…ですね。あなたは嘘をつくような子じゃないようですし。」
 ウォレスと御堂の言葉に、ともすればむっつりしてばかりの須賀原は、その時初めて照れたような顔をした。
「やあ、漸く顔色が変わりましたね。」
 と、ウォレスが言い、御堂が頷く。
「え…?」
「須賀原君、ずっと眉間に皺が。」
 にっこりと微笑んだまま、御堂がそう言って須賀原の眉根に指先を置く。
「けれど、有難うといえる子ですから。」
 ウォレスはちゃんと聞いていた。氷の礼を御堂に言った小さな一言を。だが須賀原がはっとしたような顔をした時、御堂がしれっと言った。
「でもさっき騙されてたけどね。」
「あれは君達が本気で遊ぼうと思ってたからだよ!」
 また眉間に皺を寄せる須賀原を、二人はからかうように、だが悪意無く笑い、そしてなんでもないことのように相談を始めた。
「しかしこのヒント、考えるほど訳がわからなくなってしまいますね。」
「海と、赤ちゃんと椅子、それからインディアンにアブラハム…?」
「やっぱりアトラクションに関係はあるんでしょうか?」
須賀原も気を取り直して二人の話に加わる。「ウォレスさんの言うことも間違ってなかったと思うんですよ。だってこのイベントは遊園地の宣伝企画ですし。」
「ゆりかごと赤ちゃんには関係がありそうですが…。」
 だが、ふとウォレスは御堂が少し微笑んだ表情のまま、どこかを見上げている事に気付いて話を止めた。
「? どうしました? 御堂くん?」
「……分かった。」
 御堂の口からぽつりと声が漏れた。
「分かったって…あれだけで?」
 思わず身を乗り出した須賀原に、御堂は笑って上を指差した。
「勿論。お宝はすぐそこだ。」

 インディアンとアブラハム、は11人の子の歌。マザーグース。
 赤ちゃんと椅子は、一つ目のヒントから、マザーグースのゆりかごの歌。
 そしてゆりかごから連想する海…

「ヴァイキングの…船!」
 三人が見上げた視線の先には、青空に大きく帆がはためいていた。
 海に面したこの遊園地の目玉商品、それがこのヴァイキングの船。北欧からそのまま運んできたという本物のふるい帆船だ。
 中は単なる博物館のようなもので、確かヴァイキングの兜や彫刻などが展示されていたはずだ。だが甲板から覗き込んだ薄暗い船内には、明かりが灯っていなかった。そして3人のほかには誰も居ない。ヒントをまだ解けずに居るのか、それともここは全く見当外れの場所なのか。
「…僕が前に来たときは、こんなじゃなかったと思うんだけど…。」
 須賀原紫は昔の記憶を引っ張り出して、そう呟きながら何気なく一歩を踏み入れた。
「ちょっとちょっと、須賀原さん…少しは警戒…。」
 その後姿に、御堂が片手を伸ばしかけた、その時だった。
「二人とも!!」
ウォレスが先を指差してそういった。彼は夜目が効く。「奥の方、何か動いていますよ?」
「え…?」
 二人が振り返ったのが早かったのか、それとも…
「う、わぁっ!!」
 須賀原紫の混乱したような叫び声が辺りに響いた。
「須賀原さん!」
御堂の足元には大きな穴が開いている。「ウォレスさん、須賀原さんが落ちた!」
「なんですって?」
 ウォレスが駆け込んで来た、その時。
 ウォレスと御堂の足元も、一気に崩れた。

「…て…痛…。」
 3人は大きなマットの上に落ちていた。辺りはすっかり薄暗い。…と思っている所に、まぶしい光が差し込んできて、3人は目を細めた。ここはどうやら展示品を地下倉庫から入れ替えるための奈落のようなものらしい。周りには木で出来た箱などが積み上げられている。
「何が起きたんですかね?」
 いち早く立ち上がった御堂の隣で、ウォレスも服の埃を払いながら立ち上がり、上を見上げると穴の縁に誰かが立っているのが目に入った。
「おめでとうございます皆さん! よくここを見つけられましたね!?」
それはあの司会者だった。どうやら奥で動いていたのは彼とスタッフだったらしい。まぶしい光は撮影用のライトだ。「所要時間たったの3時間。ヒントを手に入れるだけでも難しかったと思いますが、謎解きも早かったですね!スバラシイ!!」
 彼はマイクを握り締めて興奮気味に喋りまくる。
「しかし、あなた方は3人。穴から出てきてこの星を手にするのはお一人。偶然の出会いとはいえ、ここまでやってくるのにあなた方の間には多少なりとも協調と友情が芽生えているはずです。さあ!…いかがなさいますか?」

 3人は顔を見合わせる。
 ナイルの星を、探しに来たのは確かなのだが。
「ちょっと意地が悪くないですか?」
 腰を打ったらしくよろよろとしている須賀原に、ウォレスと御堂が手を貸すが、彼はそれが目に入っているのか居ないのか、上に立つ司会者に向かってむっつりとした視線を投げた。…尤も、サングラス越しなので、相手に通じているかどうかは謎だが。
「と、言われましてもこれが初めからの予定ですので。」
「それでも夢を売る商売なのかな。」
 御堂が微笑みながら、しかし冷えた眼差しをした。
「ですが皆さん、初めからわかってらっしゃったでしょう?」
 司会者はそう言って肩を竦めた。
「…まあ、確かにそうではありますけどね。」
ウォレスは汗一つかいていない顔を上げて、鹿打ち帽をすっ…と優雅に取り二人に手を差し伸べた。「今日は楽しかったですよ。お二人とも。」
 ふてくされたように上を見上げていた須賀原と、微笑みながらも怒りを露にしている御堂がぎょっとして振り返る。
 だがウォレスが軽く微笑むだけで、二人には十分に通じたようだ。詰め寄ろうとする二人にウォレスはあげた手の平を向ける。
「ただし、二人のどちらがナイルの星を手にするか…それはお二人で決めて下さい?」
 そのやり取りを上から眺めていた司会者が口を挟んでくる。
「という事は、残り2名様での争奪戦という事になりますね? 譲るもよし、奪うもよし!さあ、どうなさいますか!?」
「あのね…」
 ナイルの星がそれほどに欲しいわけではない。だが須賀原紫が文句を言おうとした、その時。
「…むぐっ…。」
 彼の口をまたしても御堂がふさぐ。
 そして彼を後ろから羽交い絞めし、にっこりと微笑んだままその耳元に何事かを囁いた。


ACT.4
 仕事明けの朝、僕は通勤電車の波に揺られて東京を出た。海沿いを走るその線路はやがて山の中に入っていく。空き始めた車内でボックス席に座り変え、窓の外に流れるまぶしい風景を見ながら僕は色々と思い出していた。
 元々このナイルの星は、僕と彼女が一緒にテレビを見ていた時に、ある展示会に出品されていたものだった。彼女はそんなに宝石や貴金属を好む人ではなかったけれど、「手に取って見てみたいね。」とそう言って僕に向かって微笑んで見せたことがあった。
 僕は、彼女に殆ど何もしてあげたことが無かった。
 ヘンな力を持つせいでともすれば無表情、いつだって人と関わるのを嫌がる僕。そんな僕の元に来てくれたのが君。こんな僕だから、きっとすぐ君は去ってしまうとそう思ってたのにそれでも構わないと思っていたのに、君はずっと僕の傍に居てくれた。
 何気ない日常の風景に自然に君が居るようになったのは、いつからだっただろうか。
 君を、かけがえの無い人だと思うようになったのは。
── なのに僕は。
 遊園地の出来事を思い出して、僕は少し苦笑した。
 全然進歩していない。それでいいとも思うし、分ってもらえたのが少し嬉しくも気恥ずかしくもあった。
 電車を降りる。人気の無いホームに立つと山々の間に遠く海が光ってみえる。サングラスを掛けた僕の目には、モノクロにしか見えないけれど。
 そこから15分ほど歩いた、更に山の上に、彼女のお墓が立っている。
「今更だけど。」
 大きな木の下、涼しい風が吹いている。僕はそっとシャツの胸元からリングを取り出した。
 ナイルの星は三連リングだった。
 ここにあるのはそのうちの一連。最後に御堂君が僕の耳に囁いたのは、こうして一つ一つをみんなで分けよう、という提案だった。勿論三つを離してしまったら価値なんてずっと下がってしまう。けれど僕達はこれでいいってそう思った。
 サングラスを外すと蒼い蒼い光と木漏れ日が弱い視力に涙を誘うほどまぶしい。僕は目を細めながら土の上に片膝を付いた。
── 僕にはあんまり宝石の良し悪しなんて判らないけど、これを君にあげる。
 光の中に、温もりのある石の上に、コトリとリングを置いた。
 こんな風に、僕を少しだけ素直にしてくれた君への感謝を込めて。


<終わり>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0777/須賀原紫(スガハラ・ユカリ)/男/24/ライブハウスの店員】
【0526/ウォレス・グランブラッド/男/150/自称・英会話学校講師】
【0588/御堂譲(ミドウ・ユズル)/男/17/高校生】
※申し込み順に並べさせていただきました。
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ウォレスさん、今回も参加してくださって有難うございます。そして須賀原さん、御堂さん初めまして。ライターの蒼太と申します。数ある依頼の中から選んでくださって有難うございました。(PC名で失礼致します)
今回、男ばかりで遊園地…という事に…個別部分はシリアスに、共通部分はコメディ調になりました。「大切なものを命より大事にしていますか?」という質問の答えに寄っては全部がシリアスシナリオになっていたかもしれません。大切にしているものを書いていただいたのに、個別の方でしか生かせなかったのが少し残念ですが、皆さんのプレイングは情報として蓄積されていきますので、今後依頼していただく時には、しっかりと活用させていただきたいものだと思っています。
 プレイング500文字は難しいですが、もし隅っこが余ってしまったときなどは、何か「自分のPCはこんな癖や過去が!!」というのがありましたが書いていただけたら嬉しく思います。するとキャラクターに面白さが増すと言いますか…。ただ私が面白がっているといいますか…。
 では、またご縁がありましたら。是非ご一緒させていただきたいと思います。
 次回もどうぞよろしくお願いいたします。