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フェザー・トリップ
------<オープニング>--------------------------------------
「天使薬?」
雫は揚げたてのポテトをかじりながら聞いた。
「メジャーなのはフェザー・トリップって呼び方かな。池袋あたりで売ってる薬なんだけど、けっこういいんだって」
放課後。駅前。ファーストフード。そして友達。
それらが揃えば、楽しいおしゃべりの時間だ。
今日一個目の話題は天使の薬。
「頼子ちゃんはやったことある?」
向かい側に座っていた少女は首を振った。
「興味はあるけど薬って怖そうだし……普通じゃないんだって、それ」
情報通の頼子が言うには−−−。
出回っている数自体が少ない。効果が長い。中毒・依存性が低い。
「極めつけは、やった人間が必ず同じ幻覚を見るっての」
「LSDとかも同じようなのを見るんでしょ? 脳に薬が回って」
「ちょっと違うんだ。満月の夜にだけ、天使が見えるの」
雫は首を傾げた。
「鎖につながれて、泣いてる天使が見えるんだって−−−」
「見たら呪われたりしあわせになったりするの?」
両肩を上げる頼子。
「そういうのは聞いたことない。でも可愛いんだって、綺麗っていうか……。
その天使に恋しちゃってやりまくってる人もいるってよ?」
「薬関係は怖いし、誰かに調べてもらおうかな☆」
ハンバーガーにかぶりつき、雫は微笑んだ。
黒月焔のバーは客が少ない。今夜もカウンターに大男が一人いるだけだ。
鍛え上げられた筋肉が、シワのよったワイシャツからも見てとれる。フリーライターの北城透だ。焔とは以前とある事件から顔見知りになり、通じ合うものがあったのだろう、折に触れてバーに来る。
「フェザー・トリップ?」
「ああ。没だったがな」
琥珀色の酒を一気に飲み、透は続ける。
「宗教の勧誘だとかただの噂だとか呪いだとか……色々聞く」
「初めて聞く名前だ」
都会に寄生する裏社会の情報を、知らないわけではない。焔は透の情報収集能力に舌をまいた。
「今月はきつくてな。上さんに尻叩かれちまう」
豪快に透が笑う。が、蜂蜜を取るのに失敗した熊のように見えた。むさくるしい頭がより獣らしい。
フリーのライターは収入が一定しない。奥方も大変だろう。
「読者は手近なファンタジーを求めるからな。企画としては役不足だが」
「だが?」
にやり、と焔は笑う。
「男として天使が囚われてると聞いたら、何かするべきだ」
「正論だな」
企画のために集めた資料を置いて、透は店を出て行った。
ワープロ印字や手書きのメモまで、目を通す。かなり詳細に調べているらしかった。
「上諏訪案二か。聞いたことがあるな」
なんどもその名が登場する。財界等表立った活動こそしないものの、相当の権力者だ。齢八十を過ぎても未だ現役だと聞く。
それが何故。
最近聞いた噂だと、腕の良い用心棒を連れているらしい。それが妖しげな呪術師と共謀して、何かを東京タワーで召還した。オカルト過ぎて信じがたいが。透の情報ならば調べる価値がある。
池袋『RASH!』は裏社会では有名な店だ。会員制で安心してその手の遊びをすることができる。暁文はそこに赴いた。入り口には黒服に隆々とした筋肉を隠した男たちがいる。
「上品な窓口だな」
刃物を連想させる視線を受ける。焔は少しだけサングラスを外し、男達を一瞥した。
「ようこそ」
愛想良く黒服が答える。頭の中まで筋肉なのか、あっさりと暗示に落ちた。
マジックミラーで囲まれたエレベーターを使う。最上階へ向いながら、池袋の夜景が一望できた。誰にも悟られず。芸能人や財界の客も多いと聞く、かなりの設備ようだ。
最上階へ行き、また上品な受け付けと会話。やっと店に入る。
店内は小さなブースに区切られ、それぞれグループの客が入っているようだった。薄い布がインテリアのように飾られ、客の姿を隠している。さながら繭のような店内だ。
街ではお目にかかれないような美人が、焔に挨拶をする。そしてソファーへと案内した。布にくるまれた個室へ案内される。個室には、両手に女を抱えた老人が座っていた。
肌も髪も油気がなく、かさかさに乾いている。だが、目だけは獰猛な耀きを称えていた。まだまだ現役のようだ。
「ほほ。こりゃ変わった客だ」
何時から気づかれたのだろう。龍眼を使った時だろうか。
女を侍らせている老人からは、特異な気配を感じない。ただの人間だ。
穏やかに老人がいい、指先で座れと合図をした。
「近隣に潜み龍……思ったより若いのう」
焔は年齢より若く見られることが多い。だが、この老人に比べたら六十の婆もお嬢ちゃんだ。
「春先に東京タワーで何かを呼んだらしいな」
化かし合いをしても仕方がない。焔は切り出した。
「ふーむ……」
値踏みをするように老人は焔の赤い髪から指先まで眺める。
「それを知ってなんとする」
「好奇心だ」
「真実とは求めようとすれば遠ざかる。女心のようなものじゃからのう」
老人の枯れ枝のような指が動いた。隣の美女がやん、と身悶える。
「ほっほっほ」
「もう、おじいちゃまったらぁ」
鼻にかかった嬌声を上げる。それからけらけらと笑った。
「その瞳で何を見てきた。そして、これから何を見るつもりだ」
「見たいものを見るだけだ」
ぱん、と老人が手を叩いた。
「わしは天使を手に入れた。あれは奇跡だ。素晴らしい力がある……」
やっと視線による暗示が届いた。老人は喋り始める。
「可愛い小鳥よ。あやつの力は満月に強くなり、新月に失われる。もっとも力が強まるときにだけ、外部に助けを求めるのだ……それ以外は適わん……」
「老人を虐めるのは酷いじゃないか」
突然、少年の声が割って入った。何時の間にか、個室の入り口近くに人影がある。焔と似た、燃え上げるような赤い髪をし鴇色の狩衣を纏っていた。近代的な店にそぐわない姿だ。
だが、美しい少年を前にすると、店が間違いを犯しているように見える。
「案二」
そっと少年が老人の名を呼ぶ。
「……む?」
たった一言で焔の精神支配が阻止される。老人はどろんとした瞳を焔に向けた。
「若造が……わしに何をした」
やばいな。
首の後ろの髪がぴりぴりする。正面からぶつかり合って勝てる相手ではない−−−この子供は。
「殺せ霽月!」
「冗談。誰に命令してるの」
けらけらと霽月と呼ばれた少年が笑う。
「行け」
焔を一瞥し、霽月は告げる。その金色の瞳に浮かんだ感情は、癪に障るものだった。
命令は嫌だから生かしてやる−−−。
地を這う蟻ほどにも割れていないのだ。プライドが血を吐きそうになる。
だが、去るしかない。
「池袋河南ビル」
少年の前を通り過ぎたとき、囁かれた。
池袋河南ビル。ビルと呼ぶには軋んでいる、ネズミ色の建物だった。深夜にも関わらず出入り口が開け放たれている。遠慮なくお邪魔することにした。
怒りが腹の中でとぐろを巻いている。あの子供め……としか言葉が出てこない。撃退する対策さえ思いつかなかった。二度と対峙したくない、悪い夢のようだ。
一階から階段を下りる。下には一室しかないようだった。コンクリート打ちっぱなしの壁には、汚れたポスターが貼られていた。
「さて……」
焔は部屋を見渡す。
殺風景な部屋だ。メタルラックと事務用の机、乱雑に置かれた書類。会社の事務室といった感じだ。
こんな所になぜ呼んだ?
ざっと見回すと、不自然な闇があった。壁が続いておらず、穴が開いている。隠し扉が開いていた。
そちらに足を向けると、中はまた階段だ。足元に注意を払いながら降りて行く。
と、つま先が引っかかった。
がんごんっ、と盛大な音が立つ。
「なんだ?」
何かが階段から滑り落ちていく。地下で誰かが叫んだ。
「これはまた、立てこんだ所に」
地下室には、五人の男が居た。はっきり言って狭い。爺やむさいのや今日はついていない。
「割に合わん……」
抜き身の日本刀を持った、紺袴の男が怒鳴る。洗練された筋肉をしている、好みだ。
「誰だ、貴様」
「動物愛護者だ。店で熊が泣いてるんでね」
おどけた様子で赤両肩を上げる。
「天使を探しに来たんだが、どういう状況なんだ?」
こっちが聞きたい。
「助けてください……!」
か細い少女の声が流れる。
天使がいた。
空から隔たれていても、なお蒼い瞳。透明度の高い瞳が、焔を見た。長い睫毛が涙に濡れている。
両手を上げて、コンクリートの壁に打ち付けられていた。掌を太い釘で貫かれて、昆虫採集のような姿だ。小さな翼にはフックが突き刺さり、それが壁に鎖で繋がれている。首と足には枷がはめられていた。枷の内側には鋲があり、少しでも暴れると皮膚が傷つく。
高くても16歳程度だろう。美しい緋色がかった金の髪をしていた。
奇跡という言葉が人の形をしたら、彼女かもしれない。それほどまでに美しく可憐だった。
ジャンキーたちがはまるのも頷ける。
「わかった」
「ぬっ……?」
袴男を龍眼で縫い付ける。顔に見覚えがあった。老人の頭を覗いたとき、記憶の中に居たやつだ。筋肉がぎしぎしと鳴いているように、左右にぶれる。
我に返った細身の男がは、天使の側に駆け寄った。鎖や首輪にも施錠がなされていて、取ることができない。手も釘で打ちつけられているので、引き抜くわけにもいかなかった。
「動かないでね」
優しく少年がささやき、持っていた刀で鎖を切る。ものすごい切れ味の刃だ。
徐々に自由を取り戻し、天使が泣き出した。嬉しいのだろうか。
「小鳥、俺はお前に言ったな。俺の側以外、生き場所はないと」
「……っ」
焔の額に油汗が浮いた。霽月といい、この剣術家といい、化け物ぞろいだ。案二の力は人脈にあるのだろう。
「それでも行くか」
「……どこでも生きれます……生きてさえいれば……」
全ての戒めを解かれた天使が、立ち上がった。体重を支える筋力が弱くなっているのか、ふらふらとおぼつかない。が、しっかりとたった。
「……ふん」
つまらなそうに流が言う。
「また会おう。静」
闇に溶けるように、男は消えた。
「麻薬を作っていた? 天使が」
「微妙に違うな」
助けた礼として、焔は噂のフェザー・トリップを店に持ち帰った。透に連絡すると朝早くにも関わらずすっ飛んでくる。
グラスの隣に、布の上に置かれた水晶があった。フェザー・トリップである。
「砕いて飲むか、吸引するといいそうだ」
「使ってみたか?」
「ああ。夜更かしの疲れが吹っ飛んだ」
焔は普段よりも軽い体をひねった。
「麻薬というよりリラクゼーションのノリだな。それをダウン系として販売していたらしい。体にいいことづくめだ」
「……」
大きな肩がだんだん下がる。透はため息を吐いた。
「真実ってのは知らないほうがいいかもな。一気につまらなくなった」
「そうでもないぜ。これが量産されれば、鬱病の特効薬になる」
ぱちん! と透が指を鳴らした。
「鬱病は国民病だものな……この線で行くか……」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0527 / 今野・篤旗 / 男性 / 18 / 大学生
0213 / 張・暁文 / 男性 / 24 / サラリーマン(自称)
0588 / 御堂・譲 / 男性 / 17 / 高校生
0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター
0425 / 日刀・静 / 男性 / 19 / 魔物排除組織ニコニコ清掃社員
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■ ライター通信 ■
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和泉基浦です。
フェザートリップはいかがでしたでしょうか?
依頼を受けていただいて、ありがとうございました。
今回は男性様ばかりでちょっとびっくりです。
皆様のプレイングからハッピーエンドとなりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
感想等お気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。
忙しくて返事の書けない時もありますが、全て平伏して読ませていただいております。
焔様度々のご参加ありがとうございます。
今回は『北城の名刺』をご利用くださりありがとうございます〔笑〕
NPCを登場させていただきました。
またお会いできることを祈って。 基浦。
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