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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:激突! 魔リーグ!!  〜野球編〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 ワールドカップの狂熱も冷め、日本国内も落ち着きを取り戻してきた。
 となれば、がぜん力を取り戻すのがプロ野球である。
 変則スケジュールに悩まされつつも、もうすぐオールスター戦だ。
 そしていま、ティーゲルスの監督は悩んでいた。
 札幌シリーズ三連戦。
 サイクロップスとの試合は、一勝一敗で最終戦を迎えている。
 どうも北海道はサイクロップスびいきが多くて戦いにくい。
 実力の差はほとんどないのだから、せめて勝ち越して本州に戻りたいものだ。
「おい! 明日の先発はアイツで行くぞ!」
 しばし悩んでいた監督が、ピッチングコーチに告げた。
 果たして、必勝の策があるのだろうか。




※スポーツシリーズ第二弾です。
 ついでに、コメディー挑戦二回目です。
 監督、コーチ、選手、観客、どの役柄でもかまいません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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激突! 魔リーグ!!  〜野球編〜

 上空を覆っていた低気圧が吹き払われると、蒼穹が無限の連なりを見せる。
 初夏の陽射しを照り返しつつ、羊ヶ丘に巍然とたたずむ銀灰色の半球体。
 札幌ドーム。
 北海道初の全天候型多目的球場だ。
 最大収容人員は、およそ五四〇〇〇人。
 つい先日まで、にわかサッカーファンが詰めかけていたスタンドは、別の競技を観戦する人々で溢れている。
 東京サイクロップス対大阪ディーゲルス。
 かつては伝統の一戦などといわれた対戦カードである。
 まあ、年間このカードは公式戦だけで二七試合もあるのだから、なにが伝統なんだという意見もあろう。
 とくに若い世代の人から見ると、ティーゲルスがサイクロップスのライバルとは、なかなか信じられない。
 Aクラスどころか、ここ十年で最下位以外だったことが数えるほどしかないティーゲルス。他方、自慢の重量打線で毎年のように優勝争いに絡むサイクロップス。
 好敵手を僭称するのは、烏滸がましいといえなくもない。
「‥‥しかし! 今年は違います!」
 黄色いメガホンを握りしめ、草壁さくらが気合いを入れ直した。
 三塁側アルプススタンド。
 オレンジ色の軍団に完全包囲された観客席も、ここだけは黄色と黒のティーゲルスカラーで占められている。
 半敵地ともいえる北海道にあって、心強い同志たちだ。
 もう、三強二弱一論外などと蔑まれたティーゲルスではない。
「闘将」コシノ監督を迎え、猛虎軍団は生まれ変わったのだ。
 開幕から破竹の勢いで勝利を重ね、一時期は首位をキープしたこともあった。
 昭和六〇年の再現なるか、とまでいわれたものだが、そこはそれ、厳しいプロ野球の世界である。
 現在のところ、ティーゲルスは三位にまで順位を落としている。
 むろん、不振だとか、そういうことではない。
 一三六試合に渡る長丁場だ。
 順位の変動は、ある程度しかたがないのだ。
 まして、三ゲーム差の中に四チームがひしめいている現状を考えれば、この段階で首位に拘泥する必要は些かもない。
 ないはずなのだが‥‥。
「負けられません。一つ目小僧ごときにおめおめと負け越し、どうして甲子園に帰ることが出来ましょう‥‥」
 さくらが呟く。
 明敏で犀利な頭脳を持つ金髪の美女も、ことサイクロップス戦となると、戦略的発想力は一〇光年の彼方に投擲してしまう。
 それが、ティーゲルスファンのあるべき姿だ。
 細かい計算や姑息な打算など、道頓堀にでも沈めてしまえばよい。
 サイクロップスに負け越す。
 あってはならないことだ。絶対に。
「断固として勝たせてもらいます!」
 根拠のない自信と共に言い切る。
 黄色と黒を基調にしたハチマキと同色のハッピが凛々しい。
 巨大な応援団旗が翻り、勇壮な応援歌が響く。
 数ではサイクロップスファンの二割に達しない三塁側スタンドだが、気概はけっして負けていない。
 そう。
 応援は数でするものではないのだ。
 背中に炎を背負い、ティーキチたちはプレイボールの時を待っている。


 その三塁側と対称になる位置にあるのは、当然のように一塁側スタンドである。
 圧倒的なオレンジ色の集団のなかにあって、平服で訪れている人は少数派だ。
 まあ、サイクロップスサイドに座っているからといって、必ずしもサイクロップスファンであるとは限らない。
 事情があって一塁側にいる人間もいるのだ。
 たとえば、シュライン・エマのように。
「‥‥武彦さんの馬鹿‥‥」
 ぽつりと呟く。
 盛り上がっているスタジアムで、陰気なことこの上ないが、これは仕方がない、と、いえないこともないかもしれない。
 彼女は、べつに野球に興味があるわけではなかった。
 もちろん、ルールも選手も知らない。
 にもかかわらず、どうして球場にいるかというと、恋人と喧嘩をしたためだ。
 ‥‥あまりにも飛躍した行動のため、些か状況を説明する必要があろう。
 シュラインの恋人といえば、「あの」怪奇探偵である。
 ズボラを絵に描いてコンピューターグラフィクスで動かしたような男と、彼女が喧嘩にならないわけはなかろう。
 原因など、一山単位で転がっている。
 今回の喧嘩の発端すら思い出せないほどだ。
 ただ、普段の痴話喧嘩(ラヴ・コミニュケーション?)とは異なる点が一つだけある。
 それは、怪奇探偵が楽しみにしていた試合の観戦チケットを、青い目の美女が強奪したことだ。
「やりすぎちゃったかな‥‥?」
 と、思わないこともないが、あの男に反省を促すためには、このくらいの荒療治が必要なのだろう。きっと。
 あるいは、自分にそう言い聞かせることで、罪悪感を減殺したいという心理作用があのかもしれない。
 ともかくも、奪ったチケットを返すわけにも捨てるわけにもいかず、スタジアムに来てしまった。人波に流されるまま一塁側スタンドに運ばれ、面白くもなさそうな顔で座している。
 と、これがシュラインの事情である。
 ばかばかしいといえばばかばかしいが、男女間とはそういうものだ。
「‥‥こうなったら、サイクロップスを応援してやるんだから」
 呟きは、普段の彼女に似合わず陰気なものだった。
 野球に詳しくないシュラインでも、恋人がひいきにしているチームくらいは知っている。
 ティーゲルスだ。
 この段階で、シュラインがティーゲルスを応援する理由など一グラムもない。
 坊主憎ければ袈裟まで憎い、ということで良いのだろうか。

 いま、熱戦の幕が上がる。


 両チームとも、まずまずの立ち上がりだった。
 サイクロップスの先発はクドロ。
 別のリーグで活躍した大ベテランの左腕投手である。
 さすがに昔ほどの切れはないが、安定した実力を誇る名選手だ。
 対するティーゲルスも、左のエースたるイバワを投入し、必勝の態勢で臨んでいる。
 互いに四回まで無失点。
 ヒットは許すものの、要所を押さえたピッチングで、つけいる隙を与えないクドロ。
 次々と襲いかかる重量級の打者を、持ち前の気迫と若さで抑え込んでゆくイバワ。
 ゲームは投手戦の様相を呈してきた。
「‥‥まずいです‥‥援護がないと‥‥」
 声の限りに応援しながら、さくらの内心には暗雲が立ちのぼり始めている。
 緊迫した投手戦ともなれば、技術や体力よりも精神力が勝負を分かつ。
 投手として爆発的な成長期にあるイバワだが、長年プロ野球界を泳ぎ渡ってきた老練なクドロ相手では少々分が悪いだろう。
「‥‥それにしても、お味方も情けない、一点の援護射撃すらないとは‥‥」
 苛立ちに近い不安を感じるさくらであった。
 むろん、ティーゲルスベンチも苛立っている。
 このようなゲーム展開になると、先に点を奪った方が圧倒的に有利だ。
 専門家である監督やコーチにはそれが判る。
 判るからこそ焦りもする。
 打撃戦というのも困りものだが、神経にヤスリをかけられるような投手戦も、なかなかに厳しいものがある。
「いざとなったら、うちが行きます」
 決然というには艶やかな口調で、大麻鈴が監督に語りかけた。
 日本野球界に幾人もいない女性野球人である。
 黒い瞳が好戦的に燃え上がっていた。
 鈴は、ピッチングコーチ兼リリーフ投手だ。
 この肩書きを見るだけでも、彼女が如何にチームに貢献してきたか判るというものだろう。
 もっとも、貢献度とは裏腹に、彼女の名は時として笑い話に登場する。
 とくに、試合前におこなうアドバイスなどは有名である。
 曰く、
「このバットは、樹齢三〇〇年の杉が使われています。きっと良く飛びますよ」
「球威に押されてるようですね。この伝説のキビダンゴを食べて強くなってくださいね」
 果たして野球と何の関係があるのか判らないアドバイスばかりなのだ。役に立つかどうか、非常に疑わしい。ただ、選手たちの緊張を解す効果はあるようで、ティーゲルスの選手は、たいてい伸び伸びとプレイしている。
 と、苦笑混じりに語ったのは、闘将コシノ監督である。
 ともかくも、最少点差でも良いからリードして鈴に後事を託す。
 現状は、それしかプランの立てようがない。
 ところで、むろんサイクロップスにもクローザーは存在する。
 名を、星間信人という。
 三年ほど前から、ずっとサイクロップスの守護神として君臨する小柄な男だ。
 もともとは先発投手だったのだが、その頃の成績はあまり良くなかった。
 ストレートは一三〇キロを越える程度だし、変化球の切れも特筆に値するようなものではない。むろん、ローテーションに入ったこともない。
 だが、リリーフに転向して彼は変わった。
 大化けしたと表現しても、さして違和感は感じないだろう。
 球威や速度が向上したわけではない。
 ただ、勝負勘の良さ、打者を翻弄する投球術、そしてなにより、信じられないほどの強運。
 舞い上がった砂埃が打者の目に入り空振りを促し、ホームラン性の打球はフェンス前で失速する。
 まるで、風の女神の加護を一身に受けているようだった。
 もっとも、成功というものは、必ず嫉視の卵を産み落とすものである。
「アイツは邪神に魂を売り渡したんだよ」
 などと、悪意の噂を撒き散らされたことも一切ではない。
 このような誹謗に対して、だが、星間は怒りを現さなかった。
「運が良かっただけですから」
 と、人当たりの良い笑顔で応えるだけだった。
 アルカイックスマイルと呼ばれる穏やかな表情。
 その瞳は、今日も静かに戦況を見つめている。


 均衡が崩れたのは、七回裏である。
 ツーアウトランナーなしの場面。
 バッターはサイクロップスの主砲、今日は五番に入っているガツイ。
 甘く入ったカーブは真芯で捉えられ、白い弾道を残してスタンドに消えた。
 嫌味なほどに見事なホームランである。
 走者がいなかったことを、救いと思うしかあるまい。
 ティーゲルスベンチは、すぐに気持ちを切り替えたが、若いイバワは集中力を途切れさせてしまった。
 ヒットとフォアボールなどで、たちまちのうちに二死満塁のピンチとなる。
 三塁側スタンドから悲鳴と絶叫が上がった。
 ここで引き離されては、かなり拙い状況になるのだ。
 祈るような気持ちのさくらの耳に、ウグイス嬢の声が聞こえる。
「ピッチャー。イバワに代わりまして、大麻」
 一瞬後、悲鳴は驚愕へと変貌を遂げた。
 まさに闘将の采配である。
 リードされている局面で、押さえの切り札を投入するとは。
 ここで鈴がマウンドに立った場合、絶対にセーブはつかない。逆転勝利を収めたとしても、増えるのは勝ち星であってセーブ数ではないからだ。むろん、セーブポイントという考え方では同じことなのだが‥‥。
 いずれにしても、それは勝った場合の話だ。
 一つ計算を違えると、リリーフエースを敗戦処理として使いかねない。
 それでも、ティーゲルスベンチは勝負にでることを選択した。
 コシノ監督が闘将と呼ばれる所以である。
 この回を最少失点で抑え、八回九回の攻撃にすべてを賭ける。
 彼女は打たれない。
 そう信じてマウンドに送りだすのだ。
 兵(選手)を信じずして戦(野球)ができようか。
「それでは行ってきます」
 黒髪をキャップに押し込め、鈴がマウンドへと向かう。
 緊急登板に臨む投手には、長々とブルペンでウォーミングアップをする時間などない。
 キャッチャーと交わす数球の練習投球で、臨戦態勢を整えるのだ。
 スタンドから、黄色い声援が乱れ飛ぶ。
 三塁側だけでなく一塁側からも。
 鈴には、異性よりもむしろ、同性のファンが多い。それも、チームの枠を越えてである。
 おそらく、ファンの女性たちは、苦しい局面で敢然と戦う彼女に、自分たちの姿を投影しているのであろう。
 夢と勇気を与える。
 それがプロ野球なのだ。
 へえ、と、シュラインが感心した。
 野球に疎い青い瞳の美女は、女性選手が存在していることすら知らなかった。
 男の世界で、小揺るぎもせず佇立する女性。
「なんか、ちょっと格好いいかも」
 思わず口に出してしながら、バッテリーに注目する。
 そして、真っ向勝負の一球目に惚れた。
 鈴の相手は、代打のキヨパラである。
 サイクロップスのパラ監督は、無失点の好投を続けるクドロに代えてキヨパラをバッターボックスに送り込んだのだ。この局面が如何に重要か、素人のシュラインでも判る。
 二球目。外角へと逃げてゆくスライダーをバットが捉える。
 大きな当たり。
 だが、三塁側のさくらは、ほっと息をついた。
 プルヒッターのキヨパラでは、外角低めの玉をヒットにすることは難しい。
 ボールは、大きく弧を描いて一塁側スタンドに入る。
 これで、ツーストライクノーボールと追い込んだ。
 次の一球。
 順当に考えれば、外して様子を伺うといったところだろうか。
 しかし、さくらの予想は大きく外れた。
 鈴の足が大きく上方に蹴りあげられたのだ。
 普通、ランナーを背負っているときはセットポジションから投球する。
 振りかぶって投げた場合、モーションを盗まれる可能性が高いからだ。まあ、いまの場面は満塁なのだから盗塁を警戒する必要はないが、それでも、クイックモーションから放るのがセオリーだろう。
 では、なぜ鈴は振りかぶったのか。
 理由は一つしかあるまい。
 この一球で決めるつもりなのだ。
 もちろん、彼女の狙いはキヨパラにも判る。
 グリップを握る拳に力がこもった。
 白球が唸りを上げ襲いかかる!
 負けじとバットを振るキヨパラ。
 プライドと技術と気迫と力が、ストライクゾーンの中で激突する。
 勝った!
 伝わる手応えを感じ、キヨパラは確信した。
 瞬間!
 確信が絶望に変わる!
 バットを叩き折った剛球が、キャッチャーミットで白煙を燻らせていた。
 大野球弾弐号。
 鈴が誇る幾つかの魔球の一つである。
 スタンドを歓声と悲鳴が包み込んだ。
 むろん、悲鳴とは一塁側から上がっている。
 一部の例外を除いて。
「やったー! すごいすごい!!」
 立ち上がって拍手するシュラインだったが、ふと気付くと、周囲の視線が奇妙に冷たい。
 大雪原でかき氷を食べているような感じだ。
 まあ、知らないのだから無理もない。
 改めて説明すると、一塁側はホームであるサイクロップスのベンチがある。当然の事ながら、こちら側の席にティーゲルスファンは一人もいるはずがないのだ。そして、ファンにとっての憎むべきものとは、相手チームの選手よりも、敵チームを応援する人々である。
 このあたり、サッカーのサポーターに通じるだろう。
 ただ、極めて不幸なことに、シュラインはサッカーにも詳しくなかった。
 冷たい視線の集中砲火を浴びて立ち竦む。
 もっとも、サイクロップスファンは大人しいので、簀巻きに豊平川に放り込まれる、などという事態には発展する事はないだろう。せいぜい酷い目に遭ったとしても、バッグを切り裂かれたり髪を切られたりする程度だ。
 もちろんシュラインとしては、まったく嬉しくないだろうが。
「うぅ‥‥ヤダなぁ。このバッグは大切なものなんだから‥‥」
 ヴィトンのアルマを胸に抱く。
 と、その腕を何者かが掴んだ!
 悲鳴の形で口を開いたシュラインの耳に、聞き覚えのある声が届く。
「探したぜ」
「武彦さん!」
 恋人の懐かしい顔。
 なんだか、胸がいっぱいになる。
「いったいどうやって‥‥?」
「五万人の中から見つけ出せるなんて、まるで奇跡だな。やっぱ、ラヴ・テレパスィーってヤツか」
「‥‥ナニソレ?」
「おっと、こんな空気の悪い席に長居は無用だな。あばよ! 一つ目小僧ども!!」
 悪ガキのように舌を出した怪奇探偵が、シュラインの白い手を掴んで走り出す。
 とても大人のやることとは思えなかった。
 半ば引きずられるように走りながら、シュラインが苦笑を浮かべる。
 なんで喧嘩してたんだっけ?
 おかしなものだ。もう思い出せない。
「Whole lotta for TAKEHIKO‥‥」
 呟く言葉は風に千切れ、後方へと飛ばされていった。
 恋人の耳に届くことなく。


 さて、七回裏のピンチを凌ぎきったティーゲルスは、反撃の狼煙を上げたいところであったが、猛虎軍団の前に立ちふさがった男がいる。
 星間という名の小柄な青年だ。
 サイクロップスの守護神。満を持しての登場である。
 点差は一点。残すイニングは二回のみ。
 勝利の方程式は既に成っている。
 あとは、加藤清正よろしく虎どもを成敗するだけだ。
 穏やかな笑顔に自信をたたえ、淡々と投げ込む星間。
 カーブがフォークがシンカーがスクリューが打者を翻弄する。
 焦る猛虎は、黒髪の青年の落ち着いたピッチングの前に八回の攻撃を三人で終えた。
 対する鈴も力投を続け、最少失点のまま回は最終回を迎える。
 ホーム扱い、つまり後攻であるサイクロップスが表を守りきれば試合終了である。
「‥‥さして良い投手とも思えないのですが‥‥ああ‥‥こんなときに彼らが居てくれれば‥‥」
 さくらの脳裡に浮かぶのは、かつてティーゲルスを日本一へと導いた勇者たちの面影だ。
 パユミ。モカダ。カケピュ。そして、虎の神バーズ。
 彼らがいてくれたら、一つ目小僧の軟弱な守護神など一捻りなのに‥‥。
 ‥‥思い出とは美化されるものであろう。
 そもそも、一七年も前のことである。
 若い世代には、なかなか理解できない。
 まあ、その間ずっと優勝から遠ざかっているので、他に依るべき存在がない、という言い方もできる。
「今こそ! 守護神バーズのお力を!!」
『お力を!!!!』
 さくらを中心として、三塁側から鬨の声があがる。
 まるで宗教団体みたいだが、ちなみに、往年の名選手であるバーズは存命だ。
 野球界から身を退いて、故郷アメリカで農場を営んでいいるという。
 ティーキチたちから神と讃えられているときけば、さぞや驚くことだろう。
 と、人々の祈りが通じたのか、バックスクリーン近くに巨大な人影が現れた。
 身の丈八メートルはあろうか。
 そして、燦然と輝く背番号四四!
 神だ。神が降臨したのだ!
 一斉に拝跪するティーキチたち。自然と生まれる六甲おろしの大合唱。
 満足そうに、さくらも頷く。
 多少あざとくはあったが、ファンの気持ちが一つになったのは良いことだ。
 もっとも、こんなものを神とは認められないものたちもいる。
 サイクロップスの面々とファンたちだ。
 彼らにとっての神とは、かのミスターのことである。たかが虎の助っ人ごときを、神と崇めるなど片腹痛い。
「まあ、好きにやってくださいよ」
 溜息をつく星間。
 いずれにしても過去の名選手のことだ。
 それらに対する尊敬はともかくとしても、いま現在プレイしているのは現役選手なのである。
「あと三人で終わりです」
 表情を変えぬまま、投球モーションに入る。
 まずは一人。
 得意のシンカーで打ち取った。
 続くバッターは下位打線だ。さほど警戒する必要はない。
 手元で小さく落ちるスピリットフィンガーで引っかけさせる。
 が、計算が狂った。
 投球にではない。三塁手がエラーしたのだ。
 あるいは、ティーゲルスの応援席に近いため、プレッシャーがあったのかもしれない。
「ドンマイです」
 軽く手を振る。
 たいしてピンチになったわけでもない。
 まして、次の打者は相手はピッチャーで女だ。
 それとも、代打を出してくるだろうか。
 ありそうなことだが、この状況であの女を下げるわけにはゆくまい。となれば、送りバントでランナーを進めるのが順当な作戦である。
 いっそ送らせて、アウトカウントを一つ増やすか。
 慌ただしく、サインが交換される。
 この時点では、星間はやや防御的になっていたといえるだろう。
 結果として、これが勝敗を分けることになった。
 バッターボックスに入った鈴が、涼やかな目で星間を見つめる。
 そして、勝負の時!
 ストライクゾーンから逃げてゆくスローカーブ。
 けっして甘いコースではないが、鈴のバットが芯で捉えた!
 センター伸びる打球。
 入るのか!?
 スタンドが固唾を呑んで見守る。
 だが、ホームラン性の当たりは、ドーム頂上付近で急に失速した。
 また風が味方したのか。
 無風なはずのドーム球場で。
「おやおや。運が良かったですね」
 いつもの調子で微笑を浮かべる。
 平凡なセンターフライは、中堅手ガツイのグローブにすっぽりと‥‥。
 ‥‥収まらなかった。
 よりによって、この局面でエラーしたのだ。
 自分で打ったホームランを無にする大失策だった。
 転々とボールが芝を走る。
 その間に一塁ランナーが長駆してホームを狙う。
 返球。
 クロスプレー!
 主審の両手が、大きく拡げられた。
 セーフ!
 追いついたのだ!!
 一瞬の沈黙の後、スタジアムを歓声が包む。
「‥‥悪夢球‥‥運がお悪うございましたねぇ」
 セカンドベースから聞こえる、嫣然たる鈴の声。
「やられました。しかし、まだ同点です」
 自責点ゼロのまま失点した星間が、落ち着いて言い返す。
 セーブこそ消えてしまったが、彼の防御率は下がり続けている。
 まだ、戦いは終わらない。

 スタンドでは、誰かから奪った応援団旗をさくらが打ち振っている。
 そう。
 野球狂たちの祭りは、これからが本番なのだ。
 静かな丘にたたずむ半球型のドーム。
 溢れ出した熱気が夜空を焦がしていた。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0319/ 当麻・鈴     /女  /364 / 骨董屋
  (たいま・すず)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)

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■         ライター通信          ■
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たいへん長らくお待たせしました。
毎度の注文ありがとうございます。
「激突 魔リーグ! 〜野球編〜」お届けいたします。
前回とは趣向を変えて、勝敗をつけずに終わらせてみました。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。