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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


カラクリ遊戯─騙すヒト─

◇OPENING

「お邪魔しても宜しいでしょうか?」
 チリンという鈴の音と、澄んだ声が草間の耳に届いたのは、梅雨の中休みとかで真夏の暑さを記録した、ある日の午後のことだった。
 今草間の目の前にいるのは、和装に身を包んだ、黒髪の青年。腰くらいまである髪の毛は、緩やかに一つに纏めている。見た目、二十代前半くらいだろうか。
 その青年は汗一つかかない姿で、ソファへと緩やかな動きで腰を下ろした。
「それで、どんな依頼でしょうか?」
「はい。実は人を騙すのに長けている方を探しています」
「はっ?騙す……ですか?」
 開口一番、興信所に「騙すのが巧い人」を探しに来る人間なんているだろうか、と草間は口をぽかりと開けて尋ね返してしまう。
「あっ、いえ、少し言葉を省き過ぎました。厳密には、霊を騙して頂きたいのです」
「どういう意味ですか?」
「お恥ずかしい話しなのですが、私、どうも霊に取り憑かれやすい体質らしくて……。今も一人。男性に、取り憑かれているようなのです」
 男はそう言って、初めて出された麦茶に口を付けた。
「霊媒師とか、除霊の類は?」
「はい。頼んでみました。けれどそういう方がいらっしゃると、ふいに何処かへ消えてしまうのです。そして帰ってしまわれると、また戻ってきての繰り返しで……」
 ふぅと小さな吐息を吐き、青年は草間へ視線を向ける。
「結局、除霊出来ていない、ということですね?」
「その通りです。どうもそういう人は、察しが付いてしまうようです」
 言わんとすることが判ってきた草間は、うむと口元に手を当てて考えた。除霊するだけの力がありながら、相手にその力を悟られないような人物。彼が探しているのは、そういう人間なのだろう。
「手荒なことは、したくありません。騙し方はその方にお任せます。私と友達のように振舞って頂ければ、内容には私が合わせますので…」
 こんな依頼無理でしょうか、と青年・黒影華月─くろかげ・かづき─は俯いてしまう。此処に霊は、憑いて来ていないようだ。
 さてどうしたものか、と草間はチラリと他へ視線を向けた。

◇SCENE.4-御堂譲/準備

「困ったな」
 誰も居ない部屋で、譲は動きを止めて呟いた。
 譲の周辺には、無造作に広げられたノートや書籍で、足の踏み場もない状態になっている。
 その真ん中で腕組をし、人差し指をトントンと動かして、譲は何やら考え込んでいるらしい。
 ──一体何を持っていけばいいんだ??──
 草間興信所に行って、依頼を受けてきたのはいいが、この部分を考えていなかった。
 譲のいう『この部分』とは、広げられた書籍に混じった教科書と参考書のことだ。
「それ以前に……黒影さんって、頭いいのか?」
 家庭教師とその教え子というシチュエーションを想定したのだが、譲は何もしなくても勉強というものが出来てしまう。家で試験勉強をしたこともないし、塾などに通った経験もないのだ。
 取り合えず参考書は、学校の先輩─女性限定─などに無理矢理頂いている為、持ってはいるが開いたことがないときている。
 そんな人間相手に、依頼主である黒影華月は、家庭教師の役を演じきれるのか。
 そこまで考えて、視線を教科書達に落とした。
「……数学くらいなら出来るだろ」
 譲は広げられた中から、数学の教科書と参考書、それとルーズリーフをリュックサックに詰める。そして散らばった他の物を、机の上に片付けてから部屋の扉を開いた。
「やばいな。遅刻しちまう…」
 時計に目をやり、早足で玄関に向かう。
 が数歩行ったところで、バタバタと足音をさせて部屋に戻ってくると、譲は立て掛けてある刀を握り締めてまた部屋を出て行った。
「お前のことを忘れていたよ」
 握る刀─竜胆─に話し掛け、譲はポケットに突っ込まれている地図片手に、走る速度を速めて目的地へと向かう。
 目的地は依頼主、黒影華月の自体であった──

◇SCENE.5-御堂譲/黒影邸到着

 地図通り歩き、延々と続くかと思われた坂道を登りきった場所に、『この先私道のため、通行止』と書かれた看板を見つける。地図によればこの看板の奥、つまり私道を通らないと黒影邸には到着しないらしい。
「あと少しみたいだな」
 譲は「よっ」とリュックを担ぎ直し、手にした地図をくちゃりとポケットに仕舞い込むと、私道へと足を踏み入れて前進して行った。
 そこは両側に見事な竹林があり、足元には細かな砂利が敷き詰められている。竹林が陰を作っている所為か、私道は思いの他涼やかな場所になっていた。
 そして数メートル…数十メートル進んだ処で、目的地である黒影邸の門前に到着。
 依頼主の家は少し古めの日本家屋で、2階はないらしい。
 譲は再度門前に掛けられた表札に目を向け、此処が依頼主の家であることを確認すると、木で出来た引き戸を開けた。
 予定時刻より三分オーバーしているのは、この際大目にみよう。
「すみません。御堂ですけど」
 コホンと咳払いをしてから、譲は玄関を叩きながら声を掛けてみる。
 しかし中からの反応はない。
「おかしいな…」
 再度扉を叩き、「すみません」と少々大きな声で呼んでみても、やはり反応は返ってこなかった。
 ──これは遅刻したからなのか?──
 譲はたかが三分の遅刻で、怒るような気難しい相手なのかと深い溜息を付く。
 ──しかしそんな風には、見えなかったけどな…──
 玄関口でしゃがみ込み、これからどうするか、と途方に暮れていた譲だったが、ジャリという物音に視線を私道の方へ向けた。
 そこには着物姿の青年と、スーツ姿の綺麗な女性が立っている。特に注目すべき点は、青年─黒影華月─が、持ち切れない程の買い物袋を手にしていることだろうか。
「あれ、御堂君でしたよね?どうかしましたか?」
 華月はしゃがみ込んでいる譲の様子を気遣うように、優しく言葉を掛ける。
「出掛けてたのか。僕はてっきり……」
「てっきり?」
「否…なんでもないです。それよりその荷物は、どうしたんですか?いくらなんでも買い過ぎでしょう」
 持ち切れないと言われている様で、譲は華月の手から数個の袋を奪い取り手にした。その紙袋には、譲もよく知るブランド名が印刷されている。よくよく見てみれば、紙袋全てにブランド名が印刷されているようだ。
 ──これは華月さんが、買ったもんじゃないだろう?──
 隣りで手を組んで佇んでいる女性、湖影華那が買ったんだと、直感で判断する。
「けどお二人で買い物に、行ってたんですか?って華月さん。問題の霊が……」
 ”いないようですけど”と続けようとした譲だったが、霊のことを口にした瞬間、物凄い殺気を華那から感じ、慌てて言葉を濁した。
「う〜んと、そのことについては……中で少し話しましょう」
「そうですね」
「………」
 華月に続くように、譲と終始無言の華那が屋敷内へと入って行く。

◇SCENE.6-華那・譲/屋敷内にて

 譲と華那は玄関を入り、庭先に面した廊下を渡って、一つの広間に通された。広さにして約20畳はありそうな部屋には、ぽつりと卓袱台が置かれ、床の間に掛け軸が掛かっている程度。実にあっさりとした部屋をしていた。
 二人を部屋に通してから、一度部屋を出た華月は、暫くしてお盆にお茶と、茶菓子を乗せて戻ってくる。
「お待たせしました」
「そんなことより。問題の奴は、なんでいないんですか?」
 譲は除霊目的で此処に赴いた為、至極当然の問いを華月に向けた。
「えっとですね、どう説明したらよいのか…」
 困ったように華月の目が、華那に向けられる。
 訳が判らないのは、譲一人のようだ。
 それを華那はひと睨みで一喝し、出されたお茶を無言で口にしたが、ふぅと一度深呼吸をして譲へと向き直った。
「私と会った時には、華月の後ろには誰もいなかったわ。それでショッピングしながら、戻ってくるのを待っていたのよ。そう待っていてあげたのよ、この私が」
 そう言う華那の口調は、語尾に掛けて強くなる。特に強かったのは「私」という部分。
 譲は何故華那が「私が」という部分を強調するのか、イマイチ判らなかった。
 が、続きを聞かないことには、話しが見えてこないと思い、ここでは敢えて口を開くことを避ける。
「それなのに戻ってきたと思ったら、さっさとまた逃げ出したのよ」
「逃げた?」
「華那さんの迫力に負けたようですね。とても俊敏に逃げていきました」
 はは…、と笑いながら、華月は自身が持ってきた羊羹を、一切れ口に入れた。
「なるほど…」
 話しが読めました、と譲は体に入っていた緊張の糸を解く。
 霊は一度、華月から離れていたが戻ってきた。
 しかしそこで華那の迫力というものに恐れをなして、再度離れてしまっている。
 それが今の現状ということだろう。
 華那も若干怒気を覗かせているものの、さっきよりは幾分落ち着いているようだ。
「それじゃ戻ってくる可能性もあるでしょうから、僕と華月さんは設定通りにしておいた方がいいみたいですね」
 譲は横に置いていた、リュックと竜胆を手にして立ち上がる。
「それでは奥の部屋を使いましょう。此処は華那さんが使って下さい」
「使うったって、何もないじゃない」
 ぐるりと部屋を見渡して、華那は興味をそそるものがない為に、不満を洩らした。
「買った物を着てみるのも、楽しいかもしれませんよ?」
「あのねぇ…もういいわ。私は面が割れてるから、近づかない方がいいでしょうし。適当に寛ぎながら、待ってあげる」
 言いながら華那は、手をヒラヒラさせる。
「それでは、失礼しますね」
「ちょっと行ってきます」
 譲と華月は、奥の部屋へと進んで行った。

◇SCENE.9-御堂譲/勉強会

 譲は華月の後ろを歩きながら、ふと気になったことを口にした。
「あのぉ、華月さんって頭いいですか?」
「頭ですか?」
「えぇ。一応家庭教師ってことなんで、数学教えてもらおうと思ったんですけど」
 勿論フリですけど、と譲は言葉を続ける。
 けれどいくらフリだとしても、少しくらいは教えている素振りを見せてもらわないと、意味がない。それには多少なりとも華月に、勉強を見てもらわないといけないのだ。
「う〜ん、それなりの勉強はしてきましたけど、頭はいいかと問われると微妙です」
「微妙ですか……」
「御堂君はどうですか?賢そうに見えますけど」
「賢そう??」
 譲は意外な言葉に、声を引っくり返しそうになりながら尋ね返す。
 自慢じゃないが、譲は見た目だけなら『賢そう』というより、『遊んでそう』と言われる方が多い。ブルーのカラーコンタクトを入れていることでも、それは証明できる。
 まぁ見た目に騙されて、実は非常に頭がいいのだが、それを華月が見破っているとでも言うのだろうか。
「僕って賢そうな顔してますか?」
「う〜ん顔というより雰囲気でしょうか。お馬鹿ちゃんじゃない、というのだけは判りますよ」
「そうですかぁ」
「あっこの部屋です。昔、私が使っていた勉強部屋なんですけど」
 扉を開けて、華月が招く。
 譲はその中に足を踏み入れると、手にしていた竜胆を置く場所を探して、部屋を見渡した。
 相手に気づかれるような場所では駄目だろう。かと言ってあまり離れた場所に置いたのでは、意味がない。
 部屋はこじんまりとしていて、本棚にはビッシリと本が並び、机が置かれている。
 そうして見渡したところで、譲は本棚の上段に竜胆を置けるくらいのスペースを発見。
「あそこでいいだろう」
 ボソリと呟き、譲は持っていた竜胆の気を消して、そっとそこに横たえた。
「それじゃ、華月さん。勉強教えて下さい」
 業とらしく”勉強”を強調してから椅子に座り、机の上に勉強道具を広げる。その横に椅子を持ってきた華月は、さっそく参考書をパラパラ捲り内容を確認した。
「どうですか?大丈夫そう?」
 コソリと譲が耳打ちする。
「あはははは………”ファイト、私!”ってカンジです」
「ははは……ファイト、華月さん──」
 ガクリと項垂れそうになりつつ、譲は引き攣った笑みを浮かべた。
 霊が戻ってくる気配はまだない。

「そういえば”あのヒト”って、どんなカンジの方なんですか?」
 華月に言われた─というより自主的にやり出した─参考書の問題を解きながら、譲は相手を見ることなくペンを走らせる。譲の言う”あのヒト”とは、現在姿を現していない霊のことだ。
 こういう表現をしていれば霊が戻ってきても、自分のことを言われているとは思わないだろう。華月の恋人の話題か、知人の話だと誰でも思う。
「そうですねェ……細身の体型をしていて、何処にでもいそうなカンジでしょうか。身長も私とそう変わりないように思いましたが」
「へぇ〜、それじゃ顔は?どんな顔をしてるんですか?」
「御堂君の方が、数倍整った顔立ちをしていますよ。それは保障します」
「……えっとそういうことを聞いてるんじゃなくて──」
 どうにも的外れな答えに、譲は顔を上げて華月を見た。そこには笑顔を向けてくる、青年の姿が映り込む。
 ──駄目だ…駄目だよ、この人。絶対に”天然”だ。天然過ぎる!!──
 譲は抱え込みそうになった頭を、今度こそ項垂れるという行為で下げ、腹の底から息を吐き出した。
 それを丸っきり気にしないで、華月は「そうだ、御堂君」といきなり話し掛ける。
「どうしたんですか?」
 なんか敬語を使うのも、馬鹿馬鹿しく思い始めながら、譲は律儀(?)に言葉を返した。
 もうペンを動かす気力もない。
「実はあのヒト。少々変わっているんですよ」
 ──変わっているのは、そっちじゃないのか??──
「というと?」
「私が入浴する時だけは、絶対に離れるんです。私が浴衣を手にして部屋を出て行こうとすると、あのヒトはそこから動かないんですよ。どうしてだと思いますか?」
「さぁ……どうしてなんですか?」
「それを私が訊いているんじゃないですか」
 御堂君は面白い人ですね、と華月はクスクス笑う。
「さて…僕は勉強でもしよう」
「あっ、ちょっと見せて下さい。これでも家庭教師ですからね。ちゃんと答え合わせをしないといけません」
 譲のルーズリーフを手に取り、華月は何処から出したのか、赤ペンを手にして目を通し始めた。
 それを横目に譲の本音は「答え合わせなんて、出来るのか?」という疑問だったのは、言うまでもないだろう。
 と丁度その時、遠くから何か声が聞こえたような気がした。
「なんか声しません?」
「そうですか?」
「たぶん」
 譲はもう一度耳に神経を集中させ、声がしないか集中する。
 すると遠くから確かに女性の声で、「誰かいないの〜?」という声が聞こえてきた。
「やっぱり、誰か訪ねて来てますよ?僕達の他にも、頼んだんじゃないですか?」
「あぁ、そうでした。そろそろいらっしゃる時間ですね」
 そう口にして華月は椅子から立ち上がり、部屋を出て行こうとする。どうやらこの依頼に関係しているのは、自分を含めて三人のようだ。
 譲は自分はこれからどうしようか、と考えながら、華月を見送ることにした。
「そうそう、御堂君。問4の答え、間違っていましたよ。当てはめる公式が違うようです」
「えっ?」
「それじゃ私は行きますけど、御堂君はこちらで待っていて下さい」
 パタリと扉が閉められ、華月の姿は見えなくなった。
 それを見送っていた譲は、暫く呆然としていたが扉を閉める音で我に返り、慌ててルーズリーフを覗き込む。
 …………。
「嘘だろ?」
 華月が指摘したように、問4は確かに間違っていた。しかも当てはめる公式を間違った形で。
「何が”頑張れ、私!!”だ。充分頭いいじゃねーか」
 譲の呟きは、相手には届かなかった。

 華月が出て行って数分。
 譲はフリだった勉強を止め、椅子の背に凭れながら空を仰いでいた。
 霊の現われる気配はないし、その戻り先である華月は今此処に居ない。これでは自分が此処に居る必要は、ないような気がしていた。
 はっきり断言してしまえば、暇になってしまったのだ。
「やっぱり華月さんの傍にいないと、霊の除霊は無理だな」
 譲は持っているシャープペンシルを指先でクルクル回して、ぽつりと普段の口調で言葉を洩らす。
 どういうつもりなのかは判らないが、華月に憑いている霊は結局はそこに戻って来ている。ということはどんなに時間が経ったとしても、必ず華月の元へ戻るということだ。
 そう考えた末に、譲は本棚に置いておいた竜胆を手に取り、現在華月が居ると思われる部屋へと向かうことにした。
 ところが──
「何所だよ、その部屋は。華那さんも居なくなってるし」
 奥の部屋からまずは廊下に出て、華那が居るはずの部屋に戻ってみれば、そこは蛻の殻で人の姿はない。仕方なくまたウロウロと家の中を歩いてみるのだが、何所にも人の気配がないのだ。
 譲はチッと舌打ちしながら、もと来た方向へと戻っていく。
 するとさっきまで気づかなかった廊下の奥に、部屋があるのを発見した。
「此処か?」
 引き戸をそっと開けて中の様子を伺ってみると、そこに探していた人物、華月の後姿を見つける。
 見つけたのだが──
 何やら綺麗な女性と、仲睦まじい姿を披露しているではないか。
 ──何してんだ?あの人は──
 そう譲が思った瞬間、女性の顔がいきなり華月の顔に近づいていく。
「マジかよ……」
 呟きと同時に、譲は目の前の引き戸に手を掛けていた。

◇SCENE.11-華那・譲・愛/戻ってきたヤツ

 ガラッ!
 障子戸が開く音と、扉が開く音、そしてピリリと張り詰めたものが空間に漂うのは、ほぼ同時だったに違いない。
「ちょっと、あんた達何やってんの!」
「いくらなんでもやり過ぎでしょう」
”あれ?”
 二人の居る部屋に、一人の女性《湖影華那》と一人の青年《御堂譲》が、怒鳴りながら入ってきた。入ってきたというよりは、飛び込んできたというのが、正しい表現方法だろう。その表情は怒鳴っていても、少しだけ驚いているように見える。
 しかし驚いたのは華月と一緒にいた女性、藤咲愛も一緒だ。
「えっ、ちょっと、何?」
 そんな二人に驚いたように声を上げ、愛は華月から離れて二人の前へと移動した。
 どうやらこの二人が、華月の依頼に名乗りを上げた人物達らしい。そして先ほどから感じていた気配も、きっとこの二人に違いない、と愛は思う。
「何じゃないわよ」
 華那は腰に手を当てながら訴える。
 実際していたのかは判らないが、華那が居た障子戸の方からは、愛が華月の頬にキスしているように見えたのだ。
 それは引き戸側から見ていた、譲も一緒だった。
 というのも譲の居た引き戸側は、二人の背後にあった為詳しくは判らなかったのだが、突然愛が華月の頬に顔を近づけたのは見えていた。
 それが頬にキスしているように見えたかと問われれば、譲は素直に首を縦に振るだろう。
 華那も譲も、二人に険しい表情を向ける。
 しかしこの時、今迄二人の行動がさっぱり理解出来なかった愛に、ピンッと閃くものがあった。
 二人が部屋にやって来た時のタイミングと、今自分に向けられている表情。華那と譲が居た位置から、どんな風に見えていたのか。
「ちょっと誤解しないでよ。あたしは変な気配がしたから、耳打ちしただけよ」
「変な気配?」
「耳打ち…ですか?」
「そうよ。なんか伺っているような気配がしたから、こっそり言うしかないでしょ。でもその気配はあんた達みたいだけどね」
 残念ながら、と愛は流れる髪をかき上げた。
 けれど忘れられているようだが、この部屋には一つだけ違う気配が、確かに存在しているのである。
「あのぉ。お話中、大変恐縮なんですが…」
 恐る恐る華月が三人に話し掛けた。
「どうかしたの?」
 それに応えたのは華那。
「どうやら戻っているみたいなんですが、依頼の方はどうしましょうか?」
「「「えっ!?」」」
 華月の背後へと視線を移した三人が見たのは、華月の後ろに隠れるように存在している一人の男性。厳密には幽霊である。痩せ型で気が弱そうだな、と全員が思って眺めていると、一度だけ対面(?)していた華那と霊が視線を合わせた。
”あっ!!!”
 霊は叫び声を上げるや否や、ビクリと体を震わせて動き始める。
 その動きは明らかに、逃げようとする素振りだった。
「ヤバっ!また逃げますよ!!」
 慌てて譲が叫び、手にした竜胆を鞘から指先分だけ抜いて、一歩前に出る。
 こういう状況では、少々手荒な真似になってしまっても仕方がない。
 けれどそんな譲より、先に動いた人物がいた。
 華那である。
「2度も逃げられるなんて、私のプライドが許さないのよね!」
 言葉と同時か、それとも言葉より早いか、華那は握られた鞭でシュンッと風を切り、霊に向かって伸ばしていく。そしてそれを器用に手首で操ったかと思うと、ものの見事に霊を縛り上げてしまったのだ。
「鞭……ねぇ」
 そんな華那の様子を横目に、愛はふ〜んと呟く。
「いや〜鞭なんて初めて見ました。御堂くんは見たことありますか?」
「どうだろうな。別に珍しい武器じゃないと思うけど?」
「そうですか?私は初めて見ました」
「……そりゃ、良かったですね」
 とその横では、何故かはしゃぐ華月に、竜胆を鞘に戻しながら呆れる譲。
 譲は既に敬語を使おうだとか、依頼主なんだからとかいう概念が消えていた。
 ──だってこの人、怯えてねぇもんな──
 だから自然に口から出た言葉を発すればいいんだ、と心を入れ替えている。
「そこで和んでないで、コレどうするの」
”離して下さ〜〜〜い!!離して〜〜〜”
 押さえつけている華那は、男二人にキッとキツイ眼差しを向けた。その下では霊がジタバタと暴れている。どうにかして逃げようとしているらしい。
 かなり往生際の悪い霊である。
「煩いわね。少し静かにしなさい。じゃないと……」
 言って愛が妖艶な笑みを浮かべながら、「お仕置きするわよ」と囁いた。
 するとこの言葉に、霊が何を感じ取ったのかは判らないが、ピタリと動きを止める。
 そんな霊の態度に、華那の目がスーッと細められた。
「さて…大人しくなったようだし、本題に移りましょうか」
「そうね。華月は友好的に解決したいんでしょ?ならとことん、この人と話してみたら?そうすれば今後、取り憑かれることもないでしょうし」
「そうですね。攻撃的な霊じゃないみたいだし、その方法がベストじゃないでしょうか」
「華月もそれでいいわね」
 解決方法を決め、華那は依頼主である華月を見る。
「はい。異存はありません」
 そう言いながら微笑み、華月は同意した。

「では、貴方に尋ねますけど。なんで華月さんに、取り憑いたりしたんですか?」
”居心地が良かったんです。この人の傍に、ずっと居たいと思ったんです”
 譲が肩膝を付いて語りかけると、消え入りそうな声で霊はポツリと呟く。
「ちょっと。まさかあんた、「華月に惚れている」なんて言わないでしょうね」
 言葉を汲み取った華那が、少し怖いことを口にした途端、霊の首が左右に振られる。
”ちっ違います。そんなんじゃなくて、本当に居心地がいいだけなんです”
「そうなんですか?」
”はい。それに……”
「それに?」
”女は皆怖いんですよ!やれ飯奢れだの、プレゼントはブランド物以外、受け取らないだの、給料が良くないと僕の価値はないだの……。それにあの女達はなんなんですか!お仕置きとか言って……男をなんだと思ってるんだ〜〜〜!!”
「えっと……それは……」
 なんとなくこの霊がどんな人生を送ったのか垣間見たまま、譲は半泣き状態の霊が指差す方向へと視線を向けた。
 ──なんとなくヤバくないか?──
 見た瞬間、譲は一歩、いや三歩は後退してそう思う。
 そこには「へぇ〜」と言いながら、組んでいた腕をゆっくりと下ろしていく華那の姿と、「ふ〜ん」と言いながら霊へと歩み寄る愛の姿があったからだ。
 そして二人は冷笑を浮かべたまま、霊の前に立ち塞がった。
「あんたがどんな女にとっ捕まって、どんな死を迎えたかなんて興味ないけど」
「あんたのその根性は、少〜しばかり叩き直した方がいいみたいね」
”なっ何をする気なんだ???”
 霊が二人の顔を交互に見るが、既に手遅れだろう。
 傍に居た譲はそっと移動して華月の横に行き、何が始まるのか判らないでいる華月の肩をポンポンと叩いた。
「あっあの、どうしてこういう展開に、なったんでしょうか?」
「人間、口にしたらいけないこともあるんですよ。まっ、僕の出番はないでしょうけど、無事解決すると思いますから」
「そうですか?って何やら雰囲気が変わったような……」
「除霊というか、根性直し開始…ですかね」
 譲と華月の目の前で、除霊は開始される。

「私達がなんですって」
 バチン!!
”うぎゃ〜”
「あたしに何か言いたいんでしょ。言ってごらんなさい」
”あっ♪”
「さっさと成仏するって約束しなさい」
 バチン、バチン!!
”やめて〜〜!”
「成仏するわね」
”はい〜〜♪”
「あんた、もしかして……」
 鞭を手にした華那が、ふと横にいる人物へと視線を向けた。
「恐らく……同業者、ってとこかしらね」
 薄く笑みを浮かべて、愛が視線を送り返す。
 この絶妙なアメと鞭。二人にだけ判る、呼吸というものだろうか。
 華那が鞭を与えれば、愛がアメを与える。驚くくらい、息もピッタリだった。
 おかげでその繰り返しを数回しただけで、霊はアッサリと感服し、ふわりと消えてしまったらしい。
 どうやらこれで、霊の除霊は成功したようだ。

「さっ、これで依頼は解決ね」
 シュルッと鞭を丸めながら、華那が振り返り様に華月に微笑んだ。

◇SCENE.12-御堂譲/男同士の語らい

「それにしても、僕の力は必要なかったみたいですね」
 リュックと竜胆を手にした譲は、玄関先でそう口にして苦笑いを浮かべた。
 力づくで除霊したわけじゃないが、女性二人の華やかな除霊を思い浮かべて、華月も同じように苦笑する。
「皆さんには、無理なお願いをしてしまいました」
「これで華月さんも安心じゃないですか?」
「無事除霊してもらえて、良かったです」
「無事かはよく判らないけどな。華月さんも、なんか霊に対する対処方法を、考えた方がいいんじゃないですか?」
「そうですね」
 言って華月は笑った。
 そんな相手に譲も笑みを浮かべたが、そろそろ時間だな、と腕時計を見て、リュックをもう一度担ぎ直す。
「それじゃ、僕はこれで」
「そうですね。今日は本当に、ありがとうございました」
 一礼をした華月が頭を上げると、鈴の音がチリンチリンと涼やかな音を出した。
 少しばかり世間知らず……天然な男だが、それなりに恩義は感じているらしい。
 譲はそんな依頼主に背を向けて、軽く手を振りながら来た道を戻り始める。

「今日は比較的楽だったかな」
 う〜んと背伸びをしながら、譲は茜色の空の中、自宅へと帰って行った──…

◇SCENE.13-ENDDING

 調査の終わった屋敷の中は、先程までとは打って変わって、静けさが支配していた。
「対処方法ですか……手荒なものならあるんですけどね」
 そう言って華月は、帯のところに挟んでおいた扇子を手にする。そしてそれを手にして踊る姿は、後ろから三味線の音が流れているよう。
 実に優雅な舞いである。
 しかしトントンと足を鳴らし、扇子を広げて振り下ろした瞬間、空間に漂っていた見えないものが、綺麗に二つに分割される。
 それは”うぎゃああ”という断末魔を伴っていた。

「私は手荒なことが、好きじゃないんですよ」
 パチリと扇子を閉じる音が、部屋に響き渡った──…

FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0490】湖影・華那(こかげ・かな)/女/23歳
→S○クラブの女王様
【0830】藤咲・愛(ふじさき・あい)/女/26歳
→歌舞伎町の女王

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「カラクリ遊戯─騙すヒト─」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
今回の作品では女王様が二人いて、私もビックリしました。
なので除霊のシーンは、少しだけコミカルにしてみました。
またプレイングにより、文字数に若干の幅があります。
本当に申し訳ありません。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。

***御堂・譲さま
 2回目のご参加、すごく嬉しいです。ありがとうございます。
 今回は強い(?)女性陣の中で、唯一の男性でした。
 また状況が状況だったので、御堂くんは観戦側に回って頂きました。

 それではまたお会いできるように──…