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ミステリーツー山編：小渋湖
ゴーストネットのとある掲示板に以下の書き込みがあった。
発信者：レイ
発言タイトル：ミステリーツアーへのお誘い
もうすぐ夏休み、夏といえばちょっと怖い話だよね。でも、ありきたりの話しじゃキャッチーなネタとは言えないよ。だから、僕が案内するミステリースポットへ一緒に行ってみない？ 場所は海、山、高原、そして都会の穴場。勿論、行く先々には必ずちょっとだけ怖い思いが出来るようになっている。危険はないからレジャー気分でほのぼのして大丈夫だよ。ただ、彼らは可哀相な人達の果てだから、参加してくれるのは彼らの為になるような事をしてくれる心優しい人がいいな。集合は新宿駅南口ＪＲ改札口前、時間は午後９時３０分。翌日の昼までには戻れる様にするからね。そうだ、目的地別に集合しよう。山に行きたい人は７月１日、海は７月２日、高原は７月３日、都会の穴場へは７月４日に集まって、そうしたら僕が案内するよ。じゃあ、楽しみに待ってるからね。
勿論、行くもいなかないも自由である。
◆７月１日新宿駅午後９時３０分
平日の月曜日であったが、この時間新宿駅はまだ喧噪の中にあった。レイがネットで指定した南口ＪＲ改札口は帰宅する者や待ち合わせでごった返している。それでも数時間前よりはずっと人は減っているのだ。
「よく来てくれたね」
レイは笑った言った。ありふれた服に何の変哲もないリュック。どこにでも居そうで絶対に居ない、そんな不思議な印象を与える男だ。集合場所に来たのは３人。矢塚朱姫（やつか・あけひ）と神坐生守矢（かんざき・もりや）、そして望月彩也（もちづき・さいや）であった。
「今夜は山に皆さんをお連れするんですけど、構わないですか？」
とたんに朱姫の表情が激変する。真っ白なサマードレスに身を包んだお嬢様から、猛烈な抗議があがったのだ。煌々と灯る蛍光灯の照明に金色の瞳が怒りで輝く。それはそれで充分に美しく魅せられる。
「え〜、海、海、海だ。私は海を楽しむために来たのだ。ほら、見ろ。これがおニューの水着だ。どうだ、可愛くてでも着てみるとちょっぴりセクシーなんだ」
「よ、よしなさい、朱姫さん」
バックを開いて中身をレイに見せつけるのを、あわてて守矢が止める。なんとなく、女性のバックの中は見てはならないものだと思ったのだ。女性が見せつけるのも止めた方がいいと思う。意外と古い人間なのかもと守矢は自分の事を分析した。赤く染めたような髪と銀色にけぶる瞳から派手に見えるが、朱姫の１０００倍ほどは理性的で温厚で、そして常識的で大人だと自負している。
「あの〜、私なら山じゃなくて海でも構いませんけれど」
やや控えめな様子で彩也が言った。レイはちょっとだけ考える風だったが、すぐに答えを出す。
「やはり本日は山ですから、大変申し訳ありませんがお二人は明日のこの時間にまたいらしていただけませんか？」
「え〜」
「わかりました。明日、同じ時間にまた来ます」
朱姫が何か言う前に、守矢は愛想よくそう答えるとそそくさと朱姫を連れて帰ってしまった。
後に残されたのはレイと彩也ただ２人。
「じゃ行きましょう」
「え‥‥？ あのぉ、駅から電車の乗るのではないのですか？」
甲州街道を初台方面へと歩き出すレイに、彩也はちょっとびっくりしてあわててその背を追う。新宿駅で待ち合わせたから、電車を利用するのだと思っていた。
「いいえ、僕の車で行きます。だから定員３名なんですよ、このツアーは。あ、でも今夜は２人きりでなんだかデートみたいになっちゃいましたね」
「え、あ。そんな」
レイに言われて初めてこの状況に気がつく。行き交う車のライトが彩也の綺麗な緑色の瞳と仄かに染まった頬を闇から浮かび上がらせる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと明日の昼までにはここに帰って来ますから。無理かもしれませんが、出来たら僕を信じてください」
「はい‥‥わかりました」
不思議な事になんとなく、彩也はレイの言葉を信じても良いような気がしていた。
◆真夜中のドライブ
都庁の近くから首都高速道路に入った。そして中央高速道路へと進む。レイの車は真っ黒なコンパクトカーだった。一応５人乗りだそうだが、ガタイのいい男性が５人も乗り込んだら速度が出なさそうだ。
「僕が普段使うには不自由はないんだけどね。こうしてデートするにも全然問題ない」
「あ、あのぉ‥‥私‥‥お弁当にサンドイッチを持ってきたんです」
「それは嬉しいな」
レイは楽しそうに言った。高速道路は相変わらずトラックが多かったが、渋滞もなく順調に流れていた。彩也はなんとなく不思議な気分でレイを見つめていた。レイはネットに出没する正体不明の人物だと言われている。レイと会った事がある者もいるが、とらえどころのない印象で、人間らしからぬ感性の持ち主だとも噂されている。それなのに、今はこうして彩也を載せてドライブに浮かれている様に見える。車を運転していて車も持っているということは、普通は免許を取得し車を購入していているということになる。それは至極まっとうな人間の様ではないか。
「彩也さんはどうしてこのツアーに参加してくれたんですか？ 僕みたいに、どこの誰だか判らない奴の言うことなんか、信用出来ないでしょ？」
軽口の様にレイが言った。視線はヘッドライトが照らす前方のみに固定されているから、彩也には横顔しか見えない。照明のない中央高速では、追い抜いていく車のライトだけが乏しい光源なので、レイの表情はわかりにくい。
「そんなことはぁ‥‥ないです。レイさんは良い人だって思います。だってぇ、霊を助けてあげたいって優しい心の持ち主じゃないですかぁ。だから私は来たんです‥‥」
「‥‥ありがとう」
レイが微笑んでくれたようで、それだけで彩也の心は温かくなった。
談合坂と諏訪湖のサービスエリアでゆっくりと休憩して、それでも八ヶ岳サービスエリアに到着したのはまだ夜明け前だった。暗い空に星が輝いている。都会では見ることが出来ない美しい光景だ。
「ここが目的地なんですか？」
「次のインターチェンジで降りたところだよ。ダム湖が目的地なんだ」
レイは小渋湖という名を口にした。彩也が初めて聞いた名前だった。
「松川街と中川村の境にある湖でね、とってものどかで良い場所なんだけど迷ってしまった霊達がいるんだ」
「どうしてぇ‥‥迷ったんでしょう？」
「きっと哀しい事があったんだろうね。僕は見えるけど、話は出来ないからよくわからないんだ。じゃそろそろ行こうか？」
「‥‥はい」
２人はもう１度車に乗り込んだ。
◆小渋湖の幽霊
インターチェンジを抜けると、小さな街はまだ眠っていた。町の北西にあるダム湖へと車を走らせる。なんとなく２人とも無口になっていた。ヘッドライトが釣りの看板をいくつか照らし出す。レイはしばらくすると車を停めた。
「ここからは歩きなんだけど、大丈夫かな？」
「はい‥‥大丈夫ですぅ」
彩也は暗い足元に気をつけながら外に出た。風は少し肌寒い。水の匂いがした。確かに湖はすぐそこなのだろう。
「こっちだよ」
差し伸べられた手に一瞬ためらった後、彩也は自分の手を載せた。暖かい手に先導されてどんどん湖の方へと進む。きっとレイはもう何度もここに来ているのだろう。そんな風に感じるほどその足取りはキッパリとしていて迷いがなかった。
「あ‥‥」
彩也の唇から声が漏れた。薄ぼんやりとした白い影が湖を取り巻く木々の向こうをよぎって行くのが見えたのだ。
「あれ‥‥」
「そう、あれがその霊です」
レイがうなづく。頼りないふわふわとして影は、あてもなく何度も湖岸を行ったり来たりしている。
「助けてあげられますか？」
レイはまっすぐに彩也を見つめた。哀しい目だと思った。何故、こんなに哀しそうなのだろう。これはレイにとっては暇つぶしの他人事ではないのだろうか。一瞬、そんな疑念が頭をよぎったが彩也は小さく頭を振った。信じると言った自分の言葉は嘘ではない。だから今は目の前の哀しい霊をなんとかしてあげなくてはならない。
「わかりませんけどぉ、でも話を聞いてみます」
彩也はレイの手を放してその白い影に進み出た。影は彩也に気が付いたのか、移動を止めてじっとしている。なんと言ったら良いのか、だけどなにか言わなくてはならない。
「あの‥‥私、あなたの力になりたくて来たんですぅ。もし、私に出来る事があったらぁ、なんでも言って欲しいんですぅ」
影は急に彩也めがけて迫ってきた。そして、その影にすっぽりと彩也を包んでしまう。
『ありがとう』
それは声ではなかった。直接心に響くような感情だった。影は静かに薄くなっていき、やがて消滅した。辺りにはもう影はない。なんだかとっても疲れていた。立っていることも出来ないくらいだ。
「ありがとう。キミのおかげでもう苦しむ霊はいなくなった」
レイは彩也の両手をとって礼を言った。
帰り道は行きよりは混んでいたが、ラッシュ前には新宿駅に着くことが出来た。すっかり疲れてしまった彩也はほとんどずっと眠っていた。
「ここからは１人で大丈夫？」
西口の電気街でレイは彩也を降ろす。
「大丈夫ですぅ。あの‥‥これ」
彩也は小さな包みをレイに手渡した。
「中身はクッキーです。私の手造りなんですけどぉ、良かったら皆さんで食べてください」
「ありがとう」
その包みは大事そうにレイの手に渡り、助手席に置かれた。テイルランプの赤色が見えなくなるまで、ずっと彩也はレイを見送っていた。
それからほぼ２日間、家に帰った彩也はずっと眠り続けて家人を心配させるのだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【0101／望月彩也／女／１６歳／心霊治療師】
【0564／神坐生守矢／男／２３歳／花屋】
【0550／矢塚朱姫／女／１７歳／高校生】
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■ ライター通信 ■
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深紅蒼です。大変お待たせしました。ミステリーツアー山編です。なんと、山に行こうという方は彩也さんだけしかいらっしゃいませんでした。というわけで胡散臭いＮＰＣと二人っきりのデート状態となりました。１人で頑張ったので、超お疲れモードですが、すぐに回復しますのでご安心ください。では、またご一緒出来ることを楽しみにしています。
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