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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


カラクリ遊戯─騙すヒト─

◇OPENING

「お邪魔しても宜しいでしょうか?」
 チリンという鈴の音と、澄んだ声が草間の耳に届いたのは、梅雨の中休みとかで真夏の暑さを記録した、ある日の午後のことだった。
 今草間の目の前にいるのは、和装に身を包んだ、黒髪の青年。腰くらいまである髪の毛は、緩やかに一つに纏めている。見た目、二十代前半くらいだろうか。
 その青年は汗一つかかない姿で、ソファへと緩やかな動きで腰を下ろした。
「それで、どんな依頼でしょうか?」
「はい。実は人を騙すのに長けている方を探しています」
「はっ?騙す……ですか?」
 開口一番、興信所に「騙すのが巧い人」を探しに来る人間なんているだろうか、と草間は口をぽかりと開けて尋ね返してしまう。
「あっ、いえ、少し言葉を省き過ぎました。厳密には、霊を騙して頂きたいのです」
「どういう意味ですか?」
「お恥ずかしい話しなのですが、私、どうも霊に取り憑かれやすい体質らしくて……。今も一人。男性に、取り憑かれているようなのです」
 男はそう言って、初めて出された麦茶に口を付けた。
「霊媒師とか、除霊の類は?」
「はい。頼んでみました。けれどそういう方がいらっしゃると、ふいに何処かへ消えてしまうのです。そして帰ってしまわれると、また戻ってきての繰り返しで……」
 ふぅと小さな吐息を吐き、青年は草間へ視線を向ける。
「結局、除霊出来ていない、ということですね?」
「その通りです。どうもそういう人は、察しが付いてしまうようです」
 言わんとすることが判ってきた草間は、うむと口元に手を当てて考えた。除霊するだけの力がありながら、相手にその力を悟られないような人物。彼が探しているのは、そういう人間なのだろう。
「手荒なことは、したくありません。騙し方はその方にお任せます。私と友達のように振舞って頂ければ、内容には私が合わせますので…」
 こんな依頼無理でしょうか、と青年・黒影華月─くろかげ・かづき─は俯いてしまう。此処に霊は、憑いて来ていないようだ。
 さてどうしたものか、と草間はチラリと他へ視線を向けた。

◇SCENE.7-藤咲愛/手作り中…

 ピピピッ、ピピピッ……。
 ──なんか煩いわね…──
 愛は夢現の中、ゴロリと音から逃げるように体を捩る。けれど音は止むどころか、益々音を大きくして鳴り響く。
 ──一体何よッ!──
 少しばかり意識を浮上させ、そっと薄目を開いた先には、けたたましくなる目覚まし時計が存在していた。
 取り合えず目覚まし時計を止め上半身を起こした愛は、普段は目覚ましなんて掛けたことがないのに、何故今日に限って目覚ましが鳴るのか、回らない頭で考えてみる。
 そして暫くボーッとしていると、徐々に回ってくる思考回路に、愛は自分が目覚ましを掛けた意味を思い出した。
「あ〜そうだったわ。今日は調査依頼があったのよね」
 パチンッと指を鳴らし、ベッドから抜け出す。
 昨夜はパジャマなんて面倒なものを着ないで横になったので、愛は黒いレースをあしらったセクシーな下着姿をしていた。豊満なバストに括れたウェスト。
 見る者の目を釘付けにしてしまうだろうボディも、家で晒すわけにはいかない。
「まだあの子は寝てるかしら?」
 愛は同居している弟を気遣い、シルク製のハーフガウンを羽織り、ドレッサーの前に座る。そして長い髪の毛をクルクルと捩りながら一つに束ね、バレッタで器用に止めて立ち上がった。
「さて、と。愛様特製の肉じゃがでも、作ってあげましょうか」
 そう口にして、愛は早速ジャガイモを手に取り、テキパキと材料を用意していく。手際の良さは、そこらの若い主婦よりいいだろう。ジャガイモはみるみる皮を剥いた状態になり、シンクに転がっている。お肉も切り、玉ねぎなど他の材料も下準備を終え、それらを鍋に入れてクツクツと煮出した。
 落し蓋をして三十分くらい煮ると、キッチンからは煮物の美味しそうな匂いが漂い始める。
 愛は最後にみりんを回し入れて、火を止めて完成した肉じゃがを一口頬張った。
「よし。完璧ね」
 いい出来栄えに、愛の表情は自然と口角を上げて微笑んだものとなる。
 それから弟の分を小皿に取り分け、残りをタッパーに詰め込んだ。
 そのタッパーは、今時持っているのはおばちゃんぐらいでは?、と思われる風呂敷に手際よく包まれていく。
 その間、愛は終始笑みを浮かべていた。
 今回の依頼。愛は霊を騙す為に、ある行動を取るつもりでいるのだ。
 ──フフ、どんな風にしようかしら──
 考えるだけでなく、早くその行動を取ってみたくて、肉じゃがを包んだ風呂敷を小さめの紙袋に入れ、愛は服に着替える。
 そして梅雨の晴れ間で、少しばかり暑い空気の中へと、軽やかに足を踏み出した。

 自宅のテーブルには、弟へ向けた一枚のメッセージ。
 『冷蔵庫に肉じゃがあり。チンッして食べるように』
 心配りを残していくのは忘れない──…

◇SCENE.8-藤咲愛/手荷物抱えて

「ちょっとなんで坂道なのよ」
 漸く依頼主、黒影華月の家目前までやって来た愛は、目の前に続く妙に斜度がある坂道の前で足を止めた。60度くらいはありそうな坂道に、うんざりといったカンジだろうか。
 これが涼しい秋口とかなら、「まぁ仕方ないわね」と進むだろうが、今日はそれなりに暑い。梅雨時期とあって、ジメジメした高温多湿状態なのだ。
 出来る事なら登りたくない、と思うのは誰だって同じことだった。
 愛も例外ではない。
「坂道って言っても、もう少し緩いのないのかしら?」
 キョロキョロと辺りを見回し、脇道がないか探してみる。とそこに目の前の急な坂道とは別に、緩い坂道が脇にあるのが目に入った。
「どうやら車はこっちを使うみたいね」
 目の前の坂道は歩行者優遇なのか、車は1台くらいしか通れない細い道。反対に脇道である緩めの坂は、車線が引かれた結構広めの道。
 どれくらい時間が掛かるか判らないが、まだ約束した時間には余裕がある。
 愛はヒールを横にずらし、緩めの坂を選択した。
 コツコツと靴音を鳴らして、愛は黒影邸へと向かう。
 そして20分くらい坂道を進んで到着したのは、
「黒影流舞踊教室?」
 住所は合っているし、名前も同じなのだが、予定外な場所に辿り着いてしまったようだ。
「う〜ん…、もしかして”住まい”じゃない方みたいね」
 まぁしょうがないわよね、と自分に言い訳しつつ、愛はガラリと扉を開いた。
「すみません。どなたかいない?」
 シーン─…
「ちょっと〜。誰かいないの〜?」
 愛はさっきより大きい声で、中に声を掛ける。
 すると少しして、奥から着物姿の青年が姿を現した。チリンチリンと鈴の音が鳴るのが、まるで風鈴にも聞こえるくらい涼しい音だ。
「こちらから来るとは、思ってもみなかったものですから……」
「あんな坂道。登る気にもならないわ。それよりあんた一人っていうのは、どういうことなのかしら?」
 愛の言う”一人”とは、華月の背後にいるべき存在。霊がいないことを差していた。
「えっと、そのことについては、奥で話しましょうか」
 苦笑いを浮かべて、華月は「どうぞ」と招き入れる。
「ねぇ舞踊教室ってことは、あんた踊りを教えているの?」
「えぇ。一応日本舞踊なんかを少々」
「へぇ、だからいつも着物着てるわけね」
「流石に振袖は、着てませんけどね」
 華月なりの冗談(だと思うけど)を、愛は聞き流して歩く廊下をキョロキョロした。恐らく廊下とは逆方向にあるのが踊りの教室で、今自分が向かっているのが住まいの方なのだろう。
 正面からでは判らなかったが、華月の家は、意外に広いらしい。
 それより、今問題なのはそんなことじゃないだろう。
 愛は華月の背後に、誰もいないことが疑問だった。問題の霊らしきものが、何処にも見当たらない。話しでは霊は華月に、憑いているということなのだが……。
「さっ、こちらへどうぞ」
 華月は愛を一つの部屋に招き入れ、障子戸を閉めた。この部屋には教室側の障子戸と、住まいからの引き戸が二つ付いている仕組み。
 その部屋に招かれた愛は座布団の上に座り、持って来たものを横に置く。
「それで。どういうことなの?」
「えぇ実は……斯く斯く云々─かくかくしかじか─というわけです」
「………あんた、あたしを馬鹿にしてる?」
 ピクッと片眉を上げ、愛は握り拳を作る。
「やっぱり判りませんか?」
「判るわけないでしょう!ちゃんと説明しなさい!」
 手抜きというより漫画じゃないのよ、と「斯く斯く云々」で説明しようとした華月を睨みつけ、愛は一瞬「この人、天然!?」と思わずにはいられなかった。
 それでも華月が説明した内容を聞いて、やっと納得出来たことに溜息を付く。
「じゃあ何?他に二人此処に来ていて、そのうちの一人の迫力に負けて、逃げてる真っ最中ってこと?」
 華月の説明では、湖影華那という女性の迫力に、霊が恐れをなして逃げてしまったということらしい。
「そういうことになりますね。なので今は霊が戻ってくるのを待っている最中なんですよ」
「判ったわ」
「ところでなんで愛さんは、私の依頼を受けて下さったのですか?」
 いきなり華月が、脈略なく尋ねてくる。
「そんなこと。面白そうだからに決まってるじゃない。”霊を騙してくれ”なんて依頼、そうそう出会うものでもないし。それに……」
「それに?」
「霊に好かれる人物っていうのが、どんな人か気になっただけ」
「なるほど」
「それよりあたしはもう動いてもいいのかしら?」
 愛は挑戦的に、華月へと笑みを向けた。
「えぇ。それではお願いします」
 負けないくらいの笑みを浮かべ、華月が微笑み返す。

◇SCENE.10-藤咲愛/押し掛け女房

「こ・れ♪作ってきたの」
「えっ?」
 唐突に始まった行動に、華月が目を点にしたまま、愛を眺める。
 けれど愛はそんな華月を尻目に、持ってきた紙袋から風呂敷袋を取り出し、それをシュルリと解いていった。
 中から現われたのは、一つのタッパー。パカリと蓋を開ければ、まだほんのりと暖かい肉じゃがが顔を出す。
「肉じゃがですね」
「そうよ。あんたのために、作ってきてあげたの。食べてくれるわよね」
「勿論、いただきますよ。とても美味しそうですね」
「当たり前じゃないの。あたしが作ったんだから」
「それでは小鉢に移しましょう。その方が肉じゃがも美しいでしょうし」
 言って華月は、どこにあるのか判らない、キッチンへと消えて行った。
 それを見送った愛は、霊がそこらにいないか、意識を集中させて気配を探る。
「……まだ戻っていないみたいね」
 気配を探ってみても、人の気配はしても霊的な気配は感じられなかった。
 ──となると、アレを決行した方がいいわね──
 妖艶とも取れる笑みを浮て、愛は作ってきた肉じゃがの破片を口に入れる。
「冷めても美味しいわ」
「つまみ食いですか?」
「えっ?」
 小鉢とお箸を手に現われた華月が、そんな愛を見て苦笑した。自画自賛したことではなく、そんな可愛らしい姿に笑ったとでもいうのか。なんにせよ、愛の見た目とは違う動作に、違う一面を垣間見たというカンジらしい。
 けれど相手の方は、突然気配も足音もさせずに現われた華月に対し、少なからず動揺する。
 ──踊りの先生だから、足音をさせなかったのかしら?──
 と考えてみたが、別に今回の依頼に関係があるわけじゃない。今やるべきことは、いなくなった霊が、何時帰ってきても怪しまれない環境を作ることだ。
 愛はフッと、シニカルな笑みを浮かべた。
「それ貸して。あたしがやるから」
 言って愛は華月の持っている小鉢と箸を奪う。そして紅い髪をパサリと肩に垂らしながら、タッパーに詰まった肉じゃがを綺麗に器へと盛り付けていった。
「上手に盛り付けますねぇ」
「これくらい当然よ。……さてと」
 華月が感心したように声を洩らすと、愛は目の前に座った華月の横へと移動する。
「愛さん、どうかしましたか?」
「はい、華月。あ〜んvv」
「えっ!?」
 隣に座った愛は何を思ったのか、箸でじゃがいもを取るや否や、華月の口元へとそれを持っていった。それだけならまだ理解出来たかもしれないが、愛の口調は激しく変化していた。
 そうこれではまるで………。
「新婚さん……ですか?」
「違うわよ。そうねぇ……押し掛け女房ってとこかしら」
 ウィンクして「ほら食べて」と箸を少し動かし、愛は華月に肉じゃがを口にさせることに成功する。
 ──とても除霊師とは思えないほど、甘えたげるから覚悟なさい──
「まだあるの。食べてね」
 横でしな垂れる愛に、どぎまぎする華月。けれどこれも霊を騙すためなのだ。
 愛は肉じゃがを華月の口に運びながら、自分も口に入れていく。二人を取り巻く空気は、色に例えるならピンクだろう。しかもハートも飛んでいそう。
 霊が戻ってきたら、華月の背後に戻るのを躊躇うに違いない。
「着物に落とさないようにね。あっ、ちょっと待って」
 急に箸を置いて、愛が最初に座っていた場所に戻る。そこでバッグから一枚のハンカチを取り出して、また華月の横に戻ってくると、愛は徐にそれを広げた。
「愛さん、これ………」
 華月が口にするより早く、愛の手が広げたハンカチを持って、それを華月の膝の上に敷く。着物が汚れないように、という愛の心配りだった。
「ありがとうございます」
「いいのよ。それよりまだあるの。食べて」
「はい、頂きます」
 そう言って口を開く華月に、愛は「はい、あ〜ん」と言いながら口へと箸を運ぶ。
 途中で華月の口元を拭ったり、お茶を手にしたりと、甲斐甲斐しい姿を披露した。
 これでは押し掛け女房というより、新婚夫婦のようだ。
「それにしても、本当に美味しい肉じゃがです。愛さんは素敵な奥さんになれますね」
「ありがと。ねぇそれより……」
 ──なんなのよ、この気配…──
 愛は霊とは違うような気配を感じ、華月にピタリと密着する。観察されているような、監視されているような、なんとも居心地が悪い気配をビシビシ感じた。
 仕事柄、人の視線を集めるのは慣れているし、そんなものを気にしてなんかいられないのだが。
 私生活。
 しかも人様の家で、こういう視線めいたものをもらうのは、どうにも妙な気分だ。
 ──あたし、変なことしたかしら?──
 う〜ん、と愛は小首を傾げてみるが、別段気になるようなことはしてない。
 そう愛は思っていた。
「どうしました?」
 華月が不思議そうな顔を、愛へ向ける。
「なんなの。この気配…」
 愛はコソコソと耳打ちしながら辺りへと目を配った。
 そして続けざまに、居心地が悪いのよね、と小声で呟く。
 その体勢が一体どう見えるかなど、愛は考えていなった。

◇SCENE.11-華那・譲・愛/戻ってきたヤツ

 ガラッ!
 障子戸が開く音と、扉が開く音、そしてピリリと張り詰めたものが空間に漂うのは、ほぼ同時だったに違いない。
「ちょっと、あんた達何やってんの!」
「いくらなんでもやり過ぎでしょう」
”あれ?”
 二人の居る部屋に、一人の女性《湖影華那》と一人の青年《御堂譲》が、怒鳴りながら入ってきた。入ってきたというよりは、飛び込んできたというのが、正しい表現方法だろう。その表情は怒鳴っていても、少しだけ驚いているように見える。
 しかし驚いたのは華月と一緒にいた女性、藤咲愛も一緒だ。
「えっ、ちょっと、何?」
 そんな二人に驚いたように声を上げ、愛は華月から離れて二人の前へと移動した。
 どうやらこの二人が、華月の依頼に名乗りを上げた人物達らしい。そして先ほどから感じていた気配も、きっとこの二人に違いない、と愛は思う。
「何じゃないわよ」
 華那は腰に手を当てながら訴える。
 実際していたのかは判らないが、華那が居た障子戸の方からは、愛が華月の頬にキスしているように見えたのだ。
 それは引き戸側から見ていた、譲も一緒だった。
 というのも譲の居た引き戸側は、二人の背後にあった為詳しくは判らなかったのだが、突然愛が華月の頬に顔を近づけたのは見えていた。
 それが頬にキスしているように見えたかと問われれば、譲は素直に首を縦に振るだろう。
 華那も譲も、二人に険しい表情を向ける。
 しかしこの時、今迄二人の行動がさっぱり理解出来なかった愛に、ピンッと閃くものがあった。
 二人が部屋にやって来た時のタイミングと、今自分に向けられている表情。華那と譲が居た位置から、どんな風に見えていたのか。
「ちょっと誤解しないでよ。あたしは変な気配がしたから、耳打ちしただけよ」
「変な気配?」
「耳打ち…ですか?」
「そうよ。なんか伺っているような気配がしたから、こっそり言うしかないでしょ。でもその気配はあんた達みたいだけどね」
 残念ながら、と愛は流れる髪をかき上げた。
 けれど忘れられているようだが、この部屋には一つだけ違う気配が、確かに存在しているのである。
「あのぉ。お話中、大変恐縮なんですが…」
 恐る恐る華月が三人に話し掛けた。
「どうかしたの?」
 それに応えたのは華那。
「どうやら戻っているみたいなんですが、依頼の方はどうしましょうか?」
「「「えっ!?」」」
 華月の背後へと視線を移した三人が見たのは、華月の後ろに隠れるように存在している一人の男性。厳密には幽霊である。痩せ型で気が弱そうだな、と全員が思って眺めていると、一度だけ対面(?)していた華那と霊が視線を合わせた。
”あっ!!!”
 霊は叫び声を上げるや否や、ビクリと体を震わせて動き始める。
 その動きは明らかに、逃げようとする素振りだった。
「ヤバっ!また逃げますよ!!」
 慌てて譲が叫び、手にした竜胆を鞘から指先分だけ抜いて、一歩前に出る。
 こういう状況では、少々手荒な真似になってしまっても仕方がない。
 けれどそんな譲より、先に動いた人物がいた。
 華那である。
「2度も逃げられるなんて、私のプライドが許さないのよね!」
 言葉と同時か、それとも言葉より早いか、華那は握られた鞭でシュンッと風を切り、霊に向かって伸ばしていく。そしてそれを器用に手首で操ったかと思うと、ものの見事に霊を縛り上げてしまったのだ。
「鞭……ねぇ」
 そんな華那の様子を横目に、愛はふ〜んと呟く。
「いや〜鞭なんて初めて見ました。御堂くんは見たことありますか?」
「どうだろうな。別に珍しい武器じゃないと思うけど?」
「そうですか?私は初めて見ました」
「……そりゃ、良かったですね」
 とその横では、何故かはしゃぐ華月に、竜胆を鞘に戻しながら呆れる譲。
 譲は既に敬語を使おうだとか、依頼主なんだからとかいう概念が消えていた。
 ──だってこの人、怯えてねぇもんな──
 だから自然に口から出た言葉を発すればいいんだ、と心を入れ替えている。
「そこで和んでないで、コレどうするの」
”離して下さ〜〜〜い!!離して〜〜〜”
 押さえつけている華那は、男二人にキッとキツイ眼差しを向けた。その下では霊がジタバタと暴れている。どうにかして逃げようとしているらしい。
 かなり往生際の悪い霊である。
「煩いわね。少し静かにしなさい。じゃないと……」
 言って愛が妖艶な笑みを浮かべながら、「お仕置きするわよ」と囁いた。
 するとこの言葉に、霊が何を感じ取ったのかは判らないが、ピタリと動きを止める。
 そんな霊の態度に、華那の目がスーッと細められた。
「さて…大人しくなったようだし、本題に移りましょうか」
「そうね。華月は友好的に解決したいんでしょ?ならとことん、この人と話してみたら?そうすれば今後、取り憑かれることもないでしょうし」
「そうですね。攻撃的な霊じゃないみたいだし、その方法がベストじゃないでしょうか」
「華月もそれでいいわね」
 解決方法を決め、華那は依頼主である華月を見る。
「はい。異存はありません」
 そう言いながら微笑み、華月は同意した。

「では、貴方に尋ねますけど。なんで華月さんに、取り憑いたりしたんですか?」
”居心地が良かったんです。この人の傍に、ずっと居たいと思ったんです”
 譲が肩膝を付いて語りかけると、消え入りそうな声で霊はポツリと呟く。
「ちょっと。まさかあんた、「華月に惚れている」なんて言わないでしょうね」
 言葉を汲み取った華那が、少し怖いことを口にした途端、霊の首が左右に振られる。
”ちっ違います。そんなんじゃなくて、本当に居心地がいいだけなんです”
「そうなんですか?」
”はい。それに……”
「それに?」
”女は皆怖いんですよ!やれ飯奢れだの、プレゼントはブランド物以外、受け取らないだの、給料が良くないと僕の価値はないだの……。それにあの女達はなんなんですか!お仕置きとか言って……男をなんだと思ってるんだ〜〜〜!!”
「えっと……それは……」
 なんとなくこの霊がどんな人生を送ったのか垣間見たまま、譲は半泣き状態の霊が指差す方向へと視線を向けた。
 ──なんとなくヤバくないか?──
 見た瞬間、譲は一歩、いや三歩は後退してそう思う。
 そこには「へぇ〜」と言いながら、組んでいた腕をゆっくりと下ろしていく華那の姿と、「ふ〜ん」と言いながら霊へと歩み寄る愛の姿があったからだ。
 そして二人は冷笑を浮かべたまま、霊の前に立ち塞がった。
「あんたがどんな女にとっ捕まって、どんな死を迎えたかなんて興味ないけど」
「あんたのその根性は、少〜しばかり叩き直した方がいいみたいね」
”なっ何をする気なんだ???”
 霊が二人の顔を交互に見るが、既に手遅れだろう。
 傍に居た譲はそっと移動して華月の横に行き、何が始まるのか判らないでいる華月の肩をポンポンと叩いた。
「あっあの、どうしてこういう展開に、なったんでしょうか?」
「人間、口にしたらいけないこともあるんですよ。まっ、僕の出番はないでしょうけど、無事解決すると思いますから」
「そうですか?って何やら雰囲気が変わったような……」
「除霊というか、根性直し開始…ですかね」
 譲と華月の目の前で、除霊は開始される。

「私達がなんですって」
 バチン!!
”うぎゃ〜”
「あたしに何か言いたいんでしょ。言ってごらんなさい」
”あっ♪”
「さっさと成仏するって約束しなさい」
 バチン、バチン!!
”やめて〜〜!”
「成仏しなさい」
”はい〜〜♪”
「あんた、もしかして……」
 鞭を手にした華那が、ふと横にいる人物へと視線を向けた。
「恐らく……同業者、ってとこかしらね」
 薄く笑みを浮かべて、愛が視線を送り返す。
 この絶妙なアメと鞭。二人にだけ判る、呼吸というものだろうか。
 華那が鞭を与えれば、愛がアメを与える。驚くくらい、息もピッタリだった。
 おかげでその繰り返しを数回しただけで、霊はアッサリと感服し、ふわりと消えてしまったらしい。
 どうやらこれで、霊の除霊は成功したようだ。

「さっ、これで依頼は解決ね」
 シュルッと鞭を丸めながら、華那が振り返り様に華月に微笑んだ。

◇SCENE.12-藤咲愛/帰り際

 除霊を終え、愛は持ってきたタッパーを洗ってもらい紙袋に入れた。そして包んでいた風呂敷は、膝の上で綺麗に畳んで片付ける。
 卓袱台の上には、愛の作った肉じゃがが、まだ少し小鉢に残っていた。
「それ、ちゃんと食べなさいね。折角作ったんだから」
「あっ、これは夕飯に食べさせて頂きます。本当に美味しい肉じゃがですね」
「褒めたって、もう除霊はしないわよ」
 あんな失礼な霊は知らないわ、と愛は微笑する。
 それでもその表情に、皮肉な部分がないのは依頼が成功したからだろう。
 愛は荷物の整理を終え、さてと、と口にしながら立ち上がった。そろそろ帰る時間だ。
「お帰りですか?でしたら玄関は……」
「あ〜、いいわ。来た道から帰るから」
 言って愛は、やって来た舞踊教室の方へと歩いて行く。
 カラカラと扉を引けば、そこはオレンジ色に染まった綺麗な夕暮れが広がっていた。綺麗な夕暮れだ。
 愛はそんな外の世界へ一歩踏み出すと、クルリと振り返って華月の顔をマジマジと覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと疑問に思っていたんだけど、あんた幽霊とかじゃないでしょうね」
「私がですか?」
「少〜しばかり、浮世離れした風貌だから」
 愛の目が相手を伺うように細められ、さっき見せた笑みとは全く違う、妖艶なものを口に乗せて微笑む。
 けれど華月の方は、一度瞬きをしてから愛に近づき、その細い手を突然手に取った。
 そして愛が驚くより先に、
「ほら、私には肉体があるでしょう。ちゃんと生きてますよ」
 華月は笑って、愛の手を自身の頬を触らせる。
 愛はいきなりの行動になすがままだったが、触った華月の頬に人の持つ肉体をしっかりと感じ取った。
 多少体温が低いのか、頬は冷たかったが、あまり問題ではないだろう。
 ──そうね。生きてるみたいだわ──
 心の中で納得し、「判ったわ」と口にする。
「あっ、そうそう。今度は憑かれたりしないように、気をつけないさいよ」
「えぇ、努力はしてみます」
「期待しないでいてあげるわ」
 それじゃね、と笑って、愛は来た道を帰って行く。
 暑い空気は変わりはないが、照りつける日差しがない分、帰りは歩きやすいだろう。
 何より気持ちが軽くなった分だけ、足取りも軽くなっている。

 愛はヒールの音を響かせて、また繁華街へと戻って行った──・・・

◇SCENE.13-ENDDING

 調査の終わった屋敷の中は、先程までとは打って変わって、静けさが支配していた。
「対処方法ですか……手荒なものならあるんですけどね」
 そう言って華月は、帯のところに挟んでおいた扇子を手にする。そしてそれを手にして踊る姿は、後ろから三味線の音が流れているよう。
 実に優雅な舞いである。
 トントンと足を鳴らし、扇子を広げて振り下ろした瞬間、空間に漂っていた見えないものが、綺麗に二つに分割される。
 それは”うぎゃああ”という断末魔を伴っていた。

「私は手荒なことが、好きじゃないんですよ」
 パチリと扇子を閉じる音が、部屋に響き渡った──…

FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0830】藤咲・愛(ふじさき・あい)/女/26歳
→歌舞伎町の女王
【0490】湖影・華那(こかげ・かな)/女/23歳
→S○クラブの女王様
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「カラクリ遊戯─騙すヒト─」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
今回の作品では女王様が二人いて、私もビックリしました。
なので除霊のシーンは、少しだけコミカルにしてみました。
またプレイングにより、文字数に若干の幅があります。
本当に申し訳ありません。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。

***藤咲・愛さま
 初めてのご参加、ありがとうございます。
 押し掛け女房っぷりは、如何だったでしょうか。
 何故か新婚さんみたいでしたね(苦笑)

 それではまたお会いできるように──…