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ミステリーツアーへようこそ：海編
ゴーストネットのとある掲示板に以下の書き込みがあった。
発信者：レイ
発言タイトル：ミステリーツアーへのお誘い
もうすぐ夏休み、夏といえばちょっと怖い話だよね。でも、ありきたりの話しじゃキャッチーなネタとは言えないよ。だから、僕が案内するミステリースポットへ一緒に行ってみない？ 場所は海、山、高原、そして都会の穴場。勿論、行く先々には必ずちょっとだけ怖い思いが出来るようになっている。危険はないからレジャー気分でほのぼのして大丈夫だよ。ただ、彼らは可哀相な人達の果てだから、参加してくれるのは彼らの為になるような事をしてくれる心優しい人がいいな。集合は新宿駅南口ＪＲ改札口前、時間は午後９時３０分。翌日の昼までには戻れる様にするからね。そうだ、目的地別に集合しよう。山に行きたい人は７月１日、海は７月２日、高原は７月３日、都会の穴場へは７月４日に集まって、そうしたら僕が案内するよ。じゃあ、楽しみに待ってるからね。
勿論、行くもいなかないも自由である。
◆新宿駅午後９時３０分
７月２日午後９時３０分。新宿駅南口は相変わらず沢山の人が歩き、集い、そしてどこかに去っていく。一瞬も動きを止めない濁流の様だ。今夜、ここに集まったのはゴーストネットでの書き込みを見て行動に移した者達だ。
「皆さん、もうお集まりですね。僕が最後だなんてお待たせしました」
まだ約束の時間には５分あったが、レイというハンドル以外何も知られていない男は、２０歳ぐらいの学生に見えるラフな格好で待ち合わせの場所に現れ詫びを言った。新宿ではごくありふれた人間の１人といった風だ。４人の男女がレイの指定したこの場所に来ていた。矢塚朱姫（やつか・あけひ）と神坐生守矢（かんざき・もりや）、そして久留宮千秋琴（くるみや・ちあき）と伍代吉馬（ごだい・きつま）だ。
「昨日は申し訳ありませんでした」
「いいえ。今日はよろしくお願いします」
守矢とレイは小声で短く言葉を交わした。
「準備がよろしければ、こちらにどうぞ。僕の車で現地までお連れします」
「大丈夫よ」
「僕もです」
千秋琴と吉馬がすぐに返事する。
「私も準備万端整っている」
朱姫が言うと、レイはうなづいて皆を先導して歩き始めた。甲州街道を道なりに都庁の方へと歩き出す。
「今回のミステリーツアーって『幽霊と遊んでみよう企画』って奴ですよね。なんか夏らしくて良いんじゃないですか？」
吉馬、は『吉』とハンドルで名乗ってから言った。
「ありがとう、普段彼らは寂しくしていますからきっと喜ぶと思います。‥‥確証はないんですけどね」
曖昧にレイは笑う。
「彼らの為になるのなら‥‥」
千秋琴は小さくつぶやいた。本当に自分達が海に行って、そこにいる霊を慰め鎮める事が出来るのかわからない。何よりレイの言葉はまだ信じられなかった。
「なんでも良い。とにかくおニューの水着で遊ぶのだ」
「‥‥はいはい。判っているからそう力まない」
気合いが入りまくりでぶんぶんと拳を廻る朱姫は、すぐに後ろから歩き守矢に腕をパシッと掴まれる。周りの人にも朱姫自身にも危険だからが、１日待たされた朱姫の情熱はもう収まりようがない。
「この車です。ちょっと小さいけど‥‥」
都庁近くの駐車場でレイが黒いコンパクトカーを提示すると、一目散に朱姫は助手席に陣取った。
◆ドライブは南に向かって
都庁近くから首都高速道路にのり、第３京浜から横浜駅周辺を抜けて更に南へと向かう道を使う予定であることがレイから告げられた。いずれベイブリッジとランドマークタワーの光がひときわ美しく夜景を彩るだろう。
「どこかで休憩をしましょうか？」
車は新宿を出てから小一時間走り続けている。レイは前を向いたままで車中の客達に聞いた。車は５人乗りだが、本当に５人乗るとさすがに狭く感じる。休憩も必要な頃合いだった。
「じゃあ少し休ませてください。朱姫もそろそろ起こさないとなりませんから」
守矢が苦笑混じりに言った。元気いっぱいで車に乗った朱姫はすぐに眠ってしまったのだ。
「わかりました」
レイは第３京浜の都築サービスエリアに入ることを決めた。
平日の夜なので、駐車場に停まっているのは大型の長距離トラックばかりだった。
「もうついたのか？」
「まだですよ。せっかくの休憩なんですから、外に出ましょう」
「うん」
まだ寝ぼけたままの朱姫は普段の数百倍、いや数千倍は素直で可愛い。守矢にいわれるままに車を出て休憩所へと歩いていく。
千秋琴が珈琲の自動販売機の前に向かうと先客がいた。『吉』だ。
「なんか気乗りしない様子ですね」
自分の珈琲を自動販売から取ると、『吉』は場所を千秋琴に譲った。
「そう見える？ だとしたら私もまだまだ子供ね」
千秋琴は肩をすくめてから、コインを投入する。クーラーで冷えた身体には暖かい飲み物が無性に恋しい。考えてから千秋琴はカフェオレのボタンを押した。本当は紅茶党なのだが自動販売機の紅茶は珈琲よりも味が落ちる。
「やっぱり。どうしてですか？」
買ったばかりの珈琲を一口啜って、『吉』は千秋琴に尋ねる。苦笑したまま千秋琴はレイに視線を投げた。人も少ないテーブルの１つでレイは肘をついて考え事をしている様だ。
「あの人、どうも胡散臭くて信じられないわ。今回だってどうしてこんな企画を考えついたのか‥‥可哀相な霊達をダシにしているみたいなんだもの」
「‥‥そっか。じゃあ思いっきり楽しんじゃおうなんて思ってデジカメまで持ってきた僕なんか不謹慎もいいところですね。あの‥‥朱姫ちゃんとか」
「え？ あ‥‥そんなつもりじゃないのよ」
あわてて千秋琴は首を振った。『吉』や朱姫を責めるつもりはない。
「いいじゃないですか、来ちゃったのですから楽しみましょう。そうすることが霊達の為になるって無条件で死んじゃいましょう。ね」
「‥‥そう考えるしかないかしら。私も参加しちゃっているんだし‥‥」
千秋琴は溜め息をつくと、『吉』に説得されるのも悪くないと思った。ただそれでも、レイに対する一抹の不安はぬぐい去ることは出来なかった。
◆横須賀の海
途中でゆっくりしたからか、葉山についたときにはもう夜明けまで２時間という頃だっった。まだ町は眠っている。レイは海岸近くの道路脇に車を停めた。
「目的地はここです」
白い砂浜が続いている。真っ暗だが、低い波音が心地よく耳に響く。
「ここ‥‥ですか？」
車に残って着替えをしている朱姫を残し、守矢は砂浜へと降りた。手には神剣『夜櫻』がある。こんなところを警察に見咎められたら、駐車違反だけではなく色々と面倒なことになるだろう。守矢が砂を踏むとキュと音がした。
「そうです。ここは霊達が集まりやすい場所なんです」
「いいんじゃないですか？ 夏の思い出って事でちょっとは怖い思いしたって‥‥」
辺りをじっと見つめながら『吉』は言った。その目は普通の人には見えない物を見ることが出来る。確かに、今『吉』は３体の白い影を視認していた。霊‥‥幽霊だ。
「霊も遊びたいのだ。構わんぞ。私は誰とでもおニューの水着で水遊びが出来れば本望だ」
着替えた朱姫がビーチサンダルで走ってきた。真っ白な水着は暗い砂浜では幽霊と同じようにはっきりと浮かび上がっている。
「あ、朱姫」
守矢の心配をよそに、そのままサンダルとタオルを放り投げて波打ち際へと走る。数体の白い影が朱姫を追うように水へと集まった。
「危ないわ」
千秋琴は振り返ってレイに言った。
「いいえ、あれが朱姫さんのやり方なら、邪魔する理由は僕にはありません」
その言い方が千秋琴の気に障った。
「わかったわ」
言い捨てて千秋琴は用意してきた花火の準備をする。バケツに水を組み、ロウソクに火をつける。人工のまばゆい光が音をたてて輝き出す。
「いいですね」
「私も花火〜」
『吉』が写真を撮っていると、朱姫も海から戻ってきて一緒にやり始めた。そして徐々に霊達も集まってくる。
「ここ、お願いします」
「わかりました」
花火の管理を守矢に任せると、千秋琴は『虎杖』を取り出した。杖に心の収まった霊を載せ上へと送る。白いぼんやりした影の様だった霊は真ん丸の輝く青白い光玉となり、ゆっくりと空へ向かっていく。
「綺麗だ」
「えぇ‥‥美しい」
「そうですね。無粋なモノを使わずに済みそうで良かった」
花火をしたまま朱姫と守矢、そして『吉』は地上を離れていく魂の光をずっと見つめていた。今宵、２体のさまよえる霊が空へ昇っていった。朝が来る頃一行は再度車に戻った。守矢は用意してきた花をそっと海岸の隅に置く。哀しい霊達への手向けの花だった。
◆別れ際の２人
新宿西口電気街でレイは４人を降ろした。
「本当にお疲れさまでした。ありがとう」
まだ正午には３時間ほどある。道は混んだけれどそれも予定の範囲内だった様だ。
「ちょっと‥‥」
小声で千秋琴はレイを呼んだ。
「何ですか？」
屈託のない様子でレイが千秋琴の前に立つ。
「何故霊を利用するような事をするの？ 不謹慎だとは思わないの？」
いつもと違って千秋琴の声も口調も、そして視線も厳しかった。レイはあっさりと首を振る。
「いいえ。どうすることも出来ない霊のために利用してしまったのは皆さんの力の方です。彼らはきっと喜んでいると思いますよ」
「そうかしら？」
「えぇ」
何を言っても応えない様な顔をしてレイは笑っている。その余裕が憎らしい。
「わかったわ、もう‥‥何を言っても無駄な様ね」
プイッとそっぽを向き、そのまま千秋琴は地下への階段を降りる。背中にレイの視線を感じていたが思いっきり無視をした。そして、昨夜の出来事を知り合い達に伝えなくてはと千秋琴は携帯電話を取り出したのだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【0496／久留宮千秋琴／女／１８歳／犬神と風使い】
【0550／矢塚朱姫／女／１７歳／高校生】
【0564／神坐生守矢／男／２３歳／花屋さん】
【0083／伍代吉馬／男／２１歳／大学生】
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■ ライター通信 ■
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深紅蒼です。ミステリーツアーにご参加誠に有り難うございました。お待たせしてしまいましたが、向かったのは葉山の海でした。ここで千秋琴さんの能力により霊を上にあげています。レイとはちょっとした口論を仕掛けましたが、予想通りあまり気になっていないように見えます。この事情はお友達に伝わったとしておきます。
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