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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


カラクリ遊戯─騙すヒト─

◇OPENING

「お邪魔しても宜しいでしょうか?」
 チリンという鈴の音と、澄んだ声が草間の耳に届いたのは、梅雨の中休みとかで真夏の暑さを記録した、ある日の午後のことだった。
 今草間の目の前にいるのは、和装に身を包んだ、黒髪の青年。腰くらいまである髪の毛は、緩やかに一つに纏めている。見た目、二十代前半くらいだろうか。
 その青年は汗一つかかない姿で、ソファへと緩やかな動きで腰を下ろした。
「それで、どんな依頼でしょうか?」
「はい。実は人を騙すのに長けている方を探しています」
「はっ?騙す……ですか?」
 開口一番、興信所に「騙すのが巧い人」を探しに来る人間なんているだろうか、と草間は口をぽかりと開けて尋ね返してしまう。
「あっ、いえ、少し言葉を省き過ぎました。厳密には、霊を騙して頂きたいのです」
「どういう意味ですか?」
「お恥ずかしい話しなのですが、私、どうも霊に取り憑かれやすい体質らしくて……。今も一人。男性に、取り憑かれているようなのです」
 男はそう言って、初めて出された麦茶に口を付けた。
「霊媒師とか、除霊の類は?」
「はい。頼んでみました。けれどそういう方がいらっしゃると、ふいに何処かへ消えてしまうのです。そして帰ってしまわれると、また戻ってきての繰り返しで……」
 ふぅと小さな吐息を吐き、青年は草間へ視線を向ける。
「結局、除霊出来ていない、ということですね?」
「その通りです。どうもそういう人は、察しが付いてしまうようです」
 言わんとすることが判ってきた草間は、うむと口元に手を当てて考えた。除霊するだけの力がありながら、相手にその力を悟られないような人物。彼が探しているのは、そういう人間なのだろう。
「手荒なことは、したくありません。騙し方はその方にお任せます。私と友達のように振舞って頂ければ、内容には私が合わせますので…」
 こんな依頼無理でしょうか、と青年・黒影華月─くろかげ・かづき─は俯いてしまう。此処に霊は、憑いて来ていないようだ。
 さてどうしたものか、と草間はチラリと他へ視線を向けた。

◇SCENE.1-湖影華那/待ち合わせ

 翌日の天気は晴れ。
 少々雲は掛かっているものの、こう雨ばかりの中では、比較的出歩きやすい天候と言える。それは街を行き交う人々の多さで、立証されたと言ってもいいかもしれない。
 ふぅと手の平で陽射しを避けつつ、華那は依頼主の到着を待っていた。待っているのだが、当の依頼主・黒影華月の姿は全く見えない。
「約束した時間、間違えたかしら?」
 チラリと時計台を見上げれば、約束した時間を既に15分は過ぎている。
 ──女性を待たせるなんて、マナーのなっていない人ね──
 少しばかり苛立ちを覚え始めたその時、遠くからでもよく判る人物が、こちらに向かって歩いて来るのが視界に入った。長い黒髪を結った、着物姿の青年。
「すみません。お約束した時間を、過ぎてしまいました」
 華月はチリンと鈴の音を鳴らし、軽く頭を下げた。
「全くね。…って、例の幽霊はどうしたのよ」
 華那は華月の背後に何も見えないことに、右側へ重心を乗せた体勢で片手を腰に置く。その腰を突き出すような姿勢と、ミニスカートから覗く美脚は、華那のスタイルの良さを強調した。
 またふわりと風に乗って運ばれる香水の香りは、甘くそして妖艶なもの。
 通り過ぎる人が振り返るのは、至極当然に思われた。
「すみません。出掛けに除霊師だと名乗る方がいらして、また逃げられてしまいました」
「それって、私じゃ頼りにならなくて、草間の処以外にも依頼していたってこと」
「いえ。以前頼んだ方繋がり、みたいです」
「要は売り込みに来たわけね」
「そのようですね」
 華月はまるで他人事のように、ニコッと笑い掛ける。
 それに呆れ返りつつ、華那は「もういいわ」と話しを終わらせることにした。
「それじゃ行きましょうか。私、買いたい物があるから、付き合いなさい」
 華那は「COME ON♪」と指先で招き、颯爽と街中へ突き進んで行く。
「あっ、そうそう。私のことは”華那さん”とでも呼んでちょうだい。名字で呼ばれるの、慣れてないから」
 別に”華那様”でもいいのよ、と笑みを浮かべる華那に、さすがに華月も苦笑いを浮かべる。
「では”華那さん”で宜しいですか?」
「呼び捨ては許さないわよ」
「はい。心得ておきます」

◇SCENE.2-湖影華那/ショッピング

「そういえば、ちょっと言いたいことがあるんだけど」
 目的地─華那の行きたい場所(ブランドショップ)─に向かう道すがら、急に華那の口が開いた。
「なんでしょうか?」
「あんた、名前被ってるわよ」
 ビシッと人差し指を、華月に向けたその態度は、実に尊大なものだ。長身の上に踵の高いヒールを履いている為、視線はほぼ華月と一緒。加えて持って生まれたかのような、高慢な態度が厭味に取れない姿は、普通の男性なら見惚れてしまうかもしれない。
 ただ指を指された華月は、呆けたように華那を見た後に困ったように表情を曇らせた。
「えっと、私に言われましても……」
 ……決して華那の色香に、惚けていたわけではないらしい。
「言ってみただけよ。そんな困った顔しなさんなっていうの」
「そうですか。すみません」
 華那は言ってみただけ、と言う通り、然程気にしていないのか、さっさと向きを変えてしまう。足は数十メートル先にある、ブランドショップへと真っ直ぐ動いていた。
「それで。私はあんたの友達のふりをすりゃいいわけね」
「はい。けれど華那さんは、霊とか怖くないのですか?すんなり依頼を受けて頂きましたが」
「霊?そんなもの見過ぎていて、今更驚くでもなし、興味もなし」
 きっぱりと言い切る姿は、それは清々しいものだった。
 華月はそんな華那を横目で捕らえながら、クスリと小さな笑みを零す。
 どうやら華那は、今迄頼ってきた霊媒師などとは、天と地との差があるようだ。見た目だけなら、本当に綺麗な女性だが、その中身は思ったより真が強いらしい。
「さてまずは此処からね」
 そう華月が思っている間に、華那は一つの店の前で足を止める。
 ショーウィンドゥの中には、そこのブランドのものと思われる服が、綺麗にディスプレイされていた。
「華那さん?」
「さっ、華月。あんた荷物持ちしないさいね」
 薄く微笑んで、華那はさっさと店内へと消えて行った。見上げてみれば、そこは有名なブランド店。
 すんなり店内に消える華那は、一体どんな仕事をしているのだろう、と華月は不思議に思う。
「荷物持ち……ですか?」
 それもいいでしょう、と華月は笑みに応えるように後へと続く。
 そこでは既に店員が寄って来て、華那にお辞儀をしている最中だった。
「湖影様、いらっしゃいませ」
「何か新作は入っている?」
「どうぞ、こちらです」
 華月の存在、いや依頼のことなんて忘れたように、華那は店員と奥へ行き、そこで服を試着し始めた。
 試着する服は、体の線を強調するようなスーツばかりで、次々に着ては脱いでいく。
 しかしそれら全部が華那の魅力に繋がるようで、決して服が一人歩きしていない。
 ブランドが華那に呑まれている、と言っても過言ではないだろう。
 そうして何着めかの試着をした時、
「ちょっと華月、来なさい」
 とふいに華那は、華月を呼んだ。
「なんでしょう」
 着物を着ている所為か、ゆっくりめな速度で華月が近づくと、華那はファッションモデルのような立ち姿を取る。
「どーかしら?」
 真っ赤なスーツと、手には少し大きめのケリーのようなバッグを持った華那が、何度もポーズを変えて見せた。ここにカメラがあれば、宛ら撮影会…グラビアを飾りそうだ。
 華那はそんな風に華月へ振舞いながら、意識の隅で霊の存在を探ってみる。
 元々繁華街という場所には霊が溜まりやすいもので、この店に来るまでにも関係なさそうな霊を何人か目撃していた。
 しかし華月に憑いていると思われる男の霊は、まだ現われていない。
 ──ったく、いつになったら戻ってくるのよ……。私だって暇じゃないのよ──
「何か言いましたか?」
 ボヤいたところでタイミングよく、華月が華那の視線に入ってくる。
「別に……それよりあんたから見て、これどうなのよ。似合う?」
「そうですね。とても良くお似合いです。華那さんは、何を着ても似合いそうですね」
「あら、そんなの当たり前じゃない。お世辞にもならないわ」
 アッサリとそんなことを口にして、華那はクルリと向きを変え、試着室の扉を閉じてしまった。
 が、けして怒ったわけではなく、それなりに気分はいい。
 華那がニコリと笑って消えたのが、いい証拠だろう。
 しかしそこに取り残された形となった華月と店員は、なんとも言えない雰囲気の中で、苦笑いを浮かべた。
 それから二、三分して元の服装に戻った華那が姿を現し、
「今迄試着した服、全部頂戴。あっ御代はキャッシュでね。あと………」
 と店員の笑顔を呼び、服の他にもバッグを数点選び、華月を心底驚かせた。
 そして──…
「はい、これ」
「えっ?」
 目の前に差し出される幾つもの紙袋。
「あんたが全部持つに、決まってるでしょ。さっさと持ちなさい」
 ほら、次行くわよ、と華那は手ぶらのままで、さっさと店を後にしようとする。
「あっ、待って下さい」
 手に沢山の紙袋を手にした華月が、ペコリと店員に頭を下げて店を後にした。
 それを見送っていた店員は、
 ──あの姿は姫君と、その姫に仕える執事みたいだわ──
 と思ったらしい。

 それから華那は次々に店に入っては買うを繰り返し、買った品物を平然とした様子で華月に渡していく。
 しかし一向に霊が現われる気配はなかった──…

「ちょっと!なんで戻ってこないわけ!?」
「と私に訊かれても……」
 既に華月の手には、持ち切れない量の商品と共に、笑みすら零せない状態になっていた。
 そして華那の言う通り、買い物で優に1時間は過ぎている。これでは本当にショッピングをしているだけだ。
 ──私的には、どっちでもいいんだけど──
 丁度ショッピングもしたいと思っていたし、荷物持ちの人間がいつもと違うだけで、華那にしたら別に問題はない。
 問題はないのだが………。
「依頼を解決しないことには、私のプライドが許さないのよ」
 睨むというよりは、挑むような目を華月に向けて、華那の足が止まった。
「ということで、疲れたでしょ。少し休憩でもしましょうか」
「そうですね」
 華那の心遣いに華月も微笑んで、その申し出を受けることにする。
 実際疲れていたのは、華那の方だったかもしれない──…

◇SCENE.3-湖影華那/ちょっと一休み

 天気も良いということで、華那が選んだのは、イタリア風のオープンカフェがあるコーヒーショップ。パラソルが陽射しをカバーしてくれているので、幾分か風も涼しいものとなる。
 そこで二人はアイスコーヒーを頼み、歩き通しだった足を休めた。
 華月に至っては、こっそり両腕も休息させている。
 けれどそんなことはお構いなしに、華那はアイスコーヒーが運ばれてくるまでの間、暇潰しにでもなるか、と華月に質問した。
「いつもはどれくらいで戻ってくるわけ?」
「そうですねぇ……迷子になっていなければ、そろそろ戻ってきても良さそうな気がしますが」
「迷子って……あんたねぇ。野良猫の話しをしてるんじゃないのよ?」
 組んでいた足を入れ替え、華那はこの緊張感のない依頼人に対し、少しばかりの苛立ちを覗かせる。
 依頼主である華月の言葉だけを聞いていたら、取り憑かれていると思う方がおかしい。口調だけなら、困っているようには思えないのだ。
 ──態々興信所に大金を叩いて、頼むことじゃないんじゃないの?──
 華那がそんなことを思っても、間違ってはいないだろう。
 今も持ってこられたアイスコーヒーに、ミルクとガムシロップを入れて掻き混ぜていたりする。
「…まっ、いいわ」
「何がですか?」
「あんたは気にしないでいいのよ。こっちの話」
 そう言って、華那は何も入れないままアイスコーヒーを口にした。
 とその時。
 ふいに華月の周辺の空気が、下がったような感覚がする。
 体感温度が変わったのではない。
 感覚がそこだけひんやりと感じるのだ。
 漸く戻ってきたようね。
 華那はストローでクルクルとコーヒーを掻き混ぜながら、「華月」と声を掛けて微笑する。
 それが合図だった。
 華月もその微笑みの意味に気づいたように、「はい」と答えて微笑み返す。
 ここからが、『本番』みたいなものだ。
 そこで手始めに、華月が華那に話し掛けた。戻ってきたばかりの”霊”は、華那が何故一緒にいるのかは判っていないらしい。
 警戒はしてるものの、華月から離れる素振りは見せていない。
「それにしても、随分と買いましたけど、お金の方は大丈夫なのですか?」
 ドサリと置かれている紙袋の数々は、素人目にも数十万…もしくは数百万は使っているように見える。
「心配しなくても大丈夫よ。これくらい、あっという間に稼ぐから」
「へぇ。華那さんはスゴイですねぇ」
 感嘆の声を、華月が洩らした。あっという間に、という部分の意味を、あまり考えていないのだろう。そんなこと、普通のOLでは無理な話だ。
「そうでもないわ。まっ、私にお仕置きされたいって人が、世の中には沢山いるってことよ。どう?あんたも一度くらいお仕置きしてあげましょうか?」
 フフ、と笑う表情は、なんだか心の奥底を覗かれているような錯覚を起こさせた。
 それはそこにある自虐的なものを、刺激されているのかもしれない。
 華那の漂わせる空気は、そんな感じがしたのだ。
「私はちょっと…お仕置きは苦手です」
 空笑いをして、やんわりと華月が拒否した時、「あっ」と声が出る。
 その声は、二人同時に発せられた。
「………逃げてしまったようですね」
「何、のんびりした口調で、飛んでもないこと口にしてんのよ!」
 その怒りの矛先は、問答無用で華月へと向けられる。
 華那は霊の存在に気づいていることを隠す為に、一度も霊に視線を向けなかったのだ。早い話が、見えないフリをしていたということになる。
 それなのに霊が、突然華月の背後からフワリと消えてしまった。それは肩に留まっていた小鳥が、羽ばたいて空高く舞い上がったカンジ。
 霊が逃げることなど考えていなかった華那は、みすみす取り逃がす結果になってしまったのだ。
 一体、何故霊は逃げてしまったのだろうか──…
 華月は空笑いした顔を崩すことなく、
「華那さんの纏っている空気に、恐れをなしたんじゃないでしょうか。ほら”お仕置き”とか言ってましたし」
 と言い放つ。
 それにひくひくと米神をひくつかせながら、華那はバンッと勢いよく立ち上がった。
「いい度胸じゃない。この華那様から逃げられると、思ってんじゃないでしょうね」
 言って華那は、顔を華月に向ける。
 それを見る限りでは、怒りは臨界点を突破しているらしい。
「えっと…私の家にでも行きますか?そろそろ草間さんの所から、他の方もいらっしゃる頃ですし」
「当然行くに決まってんでしょ。さっさと買った物持って、案内しなさい」
「……ご自分では持たないんですね」
「何か言ったかしら〜」
「いえ、ではご案内致しましょう」
 二人はタクシーを拾い、郊外にある華月の住まいへと、場所を移動させることにした。

◇SCENE.6-華那・譲/屋敷内にて

 譲と華那は玄関を入り、庭先に面した廊下を渡って、一つの広間に通された。広さにして約20畳はありそうな部屋には、ぽつりと卓袱台が置かれ、床の間に掛け軸が掛かっている程度。実にあっさりとした部屋をしていた。
 二人を部屋に通してから、一度部屋を出た華月は、暫くしてお盆にお茶と、茶菓子を乗せて戻ってくる。
「お待たせしました」
「そんなことより。問題の奴は、なんでいないんですか?」
 譲は除霊目的で此処に赴いた為、至極当然の問いを華月に向けた。
「えっとですね、どう説明したらよいのか…」
 困ったように華月の目が、華那に向けられる。
 訳が判らないのは、譲一人のようだ。
 それを華那はひと睨みで一喝し、出されたお茶を無言で口にしたが、ふぅと一度深呼吸をして譲へと向き直った。
「私と会った時には、華月の後ろには誰もいなかったわ。それでショッピングしながら、戻ってくるのを待っていたのよ。そう待っていてあげたのよ、この私が」
 そう言う華那の口調は、語尾に掛けて強くなる。特に強かったのは「私」という部分。
 譲は何故華那が「私が」という部分を強調するのか、イマイチ判らなかった。
 が、続きを聞かないことには、話しが見えてこないと思い、ここでは敢えて口を開くことを避ける。
「それなのに戻ってきたと思ったら、さっさとまた逃げ出したのよ」
「逃げた?」
「華那さんの迫力に負けたようですね。とても俊敏に逃げていきました」
 はは…、と笑いながら、華月は自身が持ってきた羊羹を、一切れ口に入れた。
「なるほど…」
 話しが読めました、と譲は体に入っていた緊張の糸を解く。
 霊は一度、華月から離れていたが戻ってきた。
 しかしそこで華那の迫力というものに恐れをなして、再度離れてしまっている。
 それが今の現状ということだろう。
 華那も若干怒気を覗かせているものの、さっきよりは幾分落ち着いているようだ。
「それじゃ戻ってくる可能性もあるでしょうから、僕と華月さんは設定通りにしておいた方がいいみたいですね」
 譲は横に置いていた、リュックと竜胆を手にして立ち上がる。
「それでは奥の部屋を使いましょう。此処は華那さんが使って下さい」
「使うったって、何もないじゃない」
 ぐるりと部屋を見渡して、華那は興味をそそるものがない為に、不満を洩らした。
「買った物を着てみるのも、楽しいかもしれませんよ?」
「あのねぇ…もういいわ。私は面が割れてるから、近づかない方がいいでしょうし。適当に寛ぎながら、待ってあげる」
 言いながら華那は、手をヒラヒラさせる。
「それでは、失礼しますね」
「ちょっと行ってきます」
 譲と華月は、奥の部屋へと進んで行った。

「しかし暇ねぇ」
 一人残された華那はやることもなく、ぼーっと座っていた。
 華月の言う通り、買った洋服を着てみるのもいいかもしれないが、なんで人の家でそんなことをしなくてはいけないのだ。
 更に言うなら、姿見もないこの部屋でそんなことをしても、華那は一向に楽しくないだろう。
 こうなると霊を待つ時間は、とても長いものに感じられる。
「寝ようかしら」
 そんなことを口にしながら、携帯電話を弄ったりして時間を潰していると、何所からか声が聞こえた。
 けれど自分が入ってきた玄関方向ではなく、違う場所からそれは聞こえる。「誰かいないの〜?」という声がハッキリ聞こえて、華那は面倒そうに立ち上がった。
 こんな時に来るのは、もしかしたら今回の依頼に参加している人物かもしれない。
 何より──
「暇潰しの相手に、なってくれないかしらね」
 言葉に本気を滲ませて、華那はそこに出て行こうとする。
 しかし自分より先に行動に移した華月の歩く音が聞こえ、扉に掛けた手を引っ込めた。
 でも──
「暇なのよ」
 何に言い訳するでもないのだが、そう口にした華那の表情は実に楽しそうだ。
「少しぐらいなら……いいわよね」
 言って、華那は通された部屋を後にする。
 その先には、3番目に現われた人物の元へと向かっていた。
 そして歩いた先の障子戸を少しだけ開けて、覗いてみた先で繰り広げられていたのは。
「なんなの、これは」
 入るに入れない、なんとも甘い雰囲気の二人。
 そこでは華月の口へと煮物を運んでいる女性に、それを口を開けて待っている依頼主の姿があったのだ。
 まるで恋人同士の空間を、覗いてしまったようで華那は戸を閉めようとした。
 しかし見ていた先の二人の行動が視界に入り、女性の唇が華月の顔へと近づくのを見た瞬間、
 ──そこまでする!?──
 と呆気に取られつつ、障子戸を開いてしまう。

◇SCENE.11-華那・譲・愛/戻ってきたヤツ

 ガラッ!
 障子戸が開く音と、扉が開く音、そしてピリリと張り詰めたものが空間に漂うのは、ほぼ同時だったに違いない。
「ちょっと、あんた達何やってんの!」
「いくらなんでもやり過ぎでしょう」
”あれ?”
 二人の居る部屋に、一人の女性《湖影華那》と一人の青年《御堂譲》が、怒鳴りながら入ってきた。入ってきたというよりは、飛び込んできたというのが、正しい表現方法だろう。その表情は怒鳴っていても、少しだけ驚いているように見える。
 しかし驚いたのは華月と一緒にいた女性、藤咲愛も一緒だ。
「えっ、ちょっと、何?」
 そんな二人に驚いたように声を上げ、愛は華月から離れて二人の前へと移動した。
 どうやらこの二人が、華月の依頼に名乗りを上げた人物達らしい。そして先ほどから感じていた気配も、きっとこの二人に違いない、と愛は思う。
「何じゃないわよ」
 華那は腰に手を当てながら訴える。
 実際していたのかは判らないが、華那が居た障子戸の方からは、愛が華月の頬にキスしているように見えたのだ。
 それは引き戸側から見ていた、譲も一緒だった。
 というのも譲の居た引き戸側は、二人の背後にあった為詳しくは判らなかったのだが、突然愛が華月の頬に顔を近づけたのは見えていた。
 それが頬にキスしているように見えたかと問われれば、譲は素直に首を縦に振るだろう。
 華那も譲も、二人に険しい表情を向ける。
 しかしこの時、今迄二人の行動がさっぱり理解出来なかった愛に、ピンッと閃くものがあった。
 二人が部屋にやって来た時のタイミングと、今自分に向けられている表情。華那と譲が居た位置から、どんな風に見えていたのか。
「ちょっと誤解しないでよ。あたしは変な気配がしたから、耳打ちしただけよ」
「変な気配?」
「耳打ち…ですか?」
「そうよ。なんか伺っているような気配がしたから、こっそり言うしかないでしょ。でもその気配はあんた達みたいだけどね」
 残念ながら、と愛は流れる髪をかき上げた。
 けれど忘れられているようだが、この部屋には一つだけ違う気配が、確かに存在しているのである。
「あのぉ。お話中、大変恐縮なんですが…」
 恐る恐る華月が三人に話し掛けた。
「どうかしたの?」
 それに応えたのは華那。
「どうやら戻っているみたいなんですが、依頼の方はどうしましょうか?」
「「「えっ!?」」」
 華月の背後へと視線を移した三人が見たのは、華月の後ろに隠れるように存在している一人の男性。厳密には幽霊である。痩せ型で気が弱そうだな、と全員が思って眺めていると、一度だけ対面(?)していた華那と霊が視線を合わせた。
”あっ!!!”
 霊は叫び声を上げるや否や、ビクリと体を震わせて動き始める。
 その動きは明らかに、逃げようとする素振りだった。
「ヤバっ!また逃げますよ!!」
 慌てて譲が叫び、手にした竜胆を鞘から指先分だけ抜いて、一歩前に出る。
 こういう状況では、少々手荒な真似になってしまっても仕方がない。
 けれどそんな譲より、先に動いた人物がいた。
 華那である。
「2度も逃げられるなんて、私のプライドが許さないのよね!」
 言葉と同時か、それとも言葉より早いか、華那は握られた鞭でシュンッと風を切り、霊に向かって伸ばしていく。そしてそれを器用に手首で操ったかと思うと、ものの見事に霊を縛り上げてしまったのだ。
「鞭……ねぇ」
 そんな華那の様子を横目に、愛はふ〜んと呟く。
「いや〜鞭なんて初めて見ました。御堂くんは見たことありますか?」
「どうだろうな。別に珍しい武器じゃないと思うけど?」
「そうですか?私は初めて見ました」
「……そりゃ、良かったですね」
 とその横では、何故かはしゃぐ華月に、竜胆を鞘に戻しながら呆れる譲。
 譲は既に敬語を使おうだとか、依頼主なんだからとかいう概念が消えていた。
 ──だってこの人、怯えてねぇもんな──
 だから自然に口から出た言葉を発すればいいんだ、と心を入れ替えている。
「そこで和んでないで、コレどうするの」
”離して下さ〜〜〜い!!離して〜〜〜”
 押さえつけている華那は、男二人にキッとキツイ眼差しを向けた。その下では霊がジタバタと暴れている。どうにかして逃げようとしているらしい。
 かなり往生際の悪い霊である。
「煩いわね。少し静かにしなさい。じゃないと……」
 言って愛が妖艶な笑みを浮かべながら、「お仕置きするわよ」と囁いた。
 するとこの言葉に、霊が何を感じ取ったのかは判らないが、ピタリと動きを止める。
 そんな霊の態度に、華那の目がスーッと細められた。
「さて…大人しくなったようだし、本題に移りましょうか」
「そうね。華月は友好的に解決したいんでしょ?ならとことん、この人と話してみたら?そうすれば今後、取り憑かれることもないでしょうし」
「そうですね。攻撃的な霊じゃないみたいだし、その方法がベストじゃないかな」
「華月もそれでいいわね」
 解決方法を決め、華那は依頼主である華月を見る。
「はい。異存はありません」
 そう言いながら微笑み、華月は同意した。

「では、貴方に尋ねますけど。なんで華月さんに、取り憑いたりしたんですか?」
”居心地が良かったんです。この人の傍に、ずっと居たいと思ったんです”
 譲が肩膝を付いて語りかけると、消え入りそうな声で霊はポツリと呟く。
「ちょっと。まさかあんた、「華月に惚れている」なんて言わないでしょうね」
 言葉を汲み取った華那が、少し怖いことを口にした途端、霊の首が左右に振られる。
”ちっ違います。そんなんじゃなくて、本当に居心地がいいだけなんです”
「そうなんですか?」
”はい。それに……”
「それに?」
”女は皆怖いんですよ!やれ飯奢れだの、プレゼントはブランド物以外受け取らないだの、給料が良くないと僕の価値はないだの……。それにあの女達はなんなんですか!お仕置きとか言って……男をなんだと思ってるんだ〜〜〜!!”
「えっと……それは……」
 なんとなくこの霊がどんな人生を送ったのか垣間見たまま、譲は半泣き状態の霊が指差す方向へと視線を向けた。
 ──ヤバくないか?──
 見た瞬間、譲は一歩、いや三歩は後退してそう思う。
 何故ならそこには「へぇ〜」と言いながら、組んでいた腕をゆっくりと下ろしていく華那の姿と、「ふ〜ん」と言いながら霊へと歩み寄る愛の姿があったからだ。
 そして二人は冷笑を浮かべたまま、霊の前に立ち塞がった。
「あんたがどんな女にとっ捕まって、どんな死を迎えたかなんて興味ないけど」
「あんたのその根性は、少〜しばかり叩き直した方がいいみたいね」
”なっ何をする気なんだ???”
 霊が二人の顔を交互に見るが、既に手遅れだろう。
 傍に居た譲はそっと移動して華月の横に行き、何が始まるのか判らないでいる華月の肩をポンポンと叩いた。
「あっあの、どうしてこういう展開になったんでしょうか?」
「人間、口にしたらいけないこともあるんですよ。まっ、僕の出番はないでしょうけど、無事解決すると思いますから」
「そうですか?って何やら雰囲気が変わったような……」
「除霊というか、根性直し……開始ですかね」
 空笑いを浮かべる譲と華月の目の前で、除霊は開始される。

「私達がなんですって」
 バチ〜ン!!
”うぎゃ〜”
「あたしに何か言いたいんでしょ。言ってごらんなさい」
”あっ♪”
「さっさと成仏するって約束しなさい」
 バチン、バチン!!
”やめて〜〜!”
「成仏しなさい」
”はい〜〜♪”
「あんた、もしかして……」
 鞭を手にした華那が、ふと横にいる人物へと視線を向けた。
「恐らく……同業者、ってとこかしらね」
 薄く笑みを浮かべて、愛が視線を送り返す。
 この絶妙なアメと鞭。二人にだけ判る、呼吸というものだろうか。
 華那が鞭を与えれば、愛がアメを与える。驚くくらい、息もピッタリだった。
 おかげでその繰り返しを数回しただけで、霊はアッサリと感服し、ふわりと消えてしまったらしい。
 どうやらこれで、霊の除霊は成功したようだ。

「さっ、これで依頼は解決ね」
 シュルッと鞭を丸めながら、華那が振り返り様に華月に微笑んだ。

◇SCENE.12-湖影華那/帰り際...

 短縮に登録してある人物に電話して、待つこと数十分。
 華那の目の前に、自転車に乗った青年が一人現われた。額にうっすらと汗を掻いて、人当たりの良さそうな人物だ。
「何なんスか。いきなり呼びつけたりして」
「そんなの決まってるじゃない。あんたが呼ばれる理由なんて」
 華那はそう言って、玄関先に置いてある荷物へ視線を向けた。
 どうやらその行動だけで、相手の青年には全て理解出来てしまうようだ。「う〜」と小声で唸り声を上げている。
「ほら!さっさと持ちなさい」
「ってそんなに買ったんスか!?俺一人じゃ持ちきれないッスよ〜」
「煩い。いいから持って帰るのよ。あっ、ちょっとでも傷が付いたら、あんたに弁償させるからね」
「姉ちゃん、それだけは勘弁ッス。──あ〜〜これで三下さんとのラブラブデートが、また遠退くじゃないッスか〜〜〜!!」
 玄関口で言い合いをしている青年は、どうやら華那の弟らしい。
 華那の言い分に半泣きしながらも、自転車へと丁寧に買った物を運んでいるところから、どうにも姉には逆らえないのだろう。
 華那を見送ろうと門前に居た華月は、判りやすい上下関係に苦笑した。
 そこへ弟への命令が済んだ華那が現われる。
「あんたも、取り憑かれやすい体質してんだから、少しは対処しなさいよ。また興信所に依頼なんかしないように」
「そうですね。考えてみます」
「ちゃんと考えなさいよ。いいわね」
 それじゃ、と華那は弟の元へ進み、そのまま並んで帰路に着いた。
 姿が見えなくなるまで見送っていた華月の目には、途中頭を叩かれている弟の姿が目に映る。
 なんだかんだ言っても、きっと仲の良い姉弟なのだろう。
 そう思いつつ華月は、リンと鈴の音を鳴らし、屋敷の中へと消えて行った。

◇SCENE.13-ENDDING

 調査の終わった屋敷の中は、先程までとは打って変わって、静けさが支配していた。
「対処方法ですか……手荒なものならあるんですけどね」
 そう言って華月は、帯のところに挟んでおいた扇子を手にする。そしてそれを手にして踊る姿は、後ろから三味線の音が流れているよう。
 実に優雅な舞いである。
 しかしトントンと足を鳴らし、扇子を広げて振り下ろした瞬間、空間に漂っていた見えないものが、綺麗に二つに分割される。
 それは”うぎゃああ”という断末魔を伴っていた。

「私は手荒なことが、好きじゃないんですよ」
 パチリと扇子を閉じる音が、部屋に響き渡った──…

FIN.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0490】湖影・華那(こかげ・かな)/女/23歳
→S○クラブの女王様
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0830】藤咲・愛(ふじさき・あい)/女/26歳
→歌舞伎町の女王

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「カラクリ遊戯─騙すヒト─」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
今回の作品では女王様が二人いて、私もビックリしました。
なので除霊のシーンは、少しだけコミカルにしてみました。
またプレイングにより、文字数に若干の幅があります。
本当に申し訳ありません。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。

***湖影・華那さま
 初めてのご参加、ありがとうございます。
 と言っても龍之助くんの姉君ということで、初めてという気がしません(笑)
 そして依頼主の名前が被っていたのはビックリしました(^^;;

 それではまたお会いできるように──…