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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ミステリーツアーへようこそ:高原編
 ゴーストネットのとある掲示板に以下の書き込みがあった。

発信者:レイ
発言タイトル:ミステリーツアーへのお誘い

 もうすぐ夏休み、夏といえばちょっと怖い話だよね。でも、ありきたりの話しじゃキャッチーなネタとは言えないよ。だから、僕が案内するミステリースポットへ一緒に行ってみない? 場所は海、山、高原、そして都会の穴場。勿論、行く先々には必ずちょっとだけ怖い思いが出来るようになっている。危険はないからレジャー気分でほのぼのして大丈夫だよ。ただ、彼らは可哀相な人達の果てだから、参加してくれるのは彼らの為になるような事をしてくれる心優しい人がいいな。集合は新宿駅南口JR改札口前、時間は午後9時30分。翌日の昼までには戻れる様にするからね。そうだ、目的地別に集合しよう。山に行きたい人は7月1日、海は7月2日、高原は7月3日、都会の穴場へは7月4日に集まって、そうしたら僕が案内するよ。じゃあ、楽しみに待ってるからね。

勿論、行くもいなかないも自由である。

◆7月3日午後9時30分新宿駅南口:参加者集合
 平日でも休日でも新宿駅の人混みは凄まじい。ぼんやり立っていると濁流に呑み込まれた様に酷い目に遭わされる。それでも誰も見向きもしない。都会の冷たい横顔がそこにある。だから神無月征司郎(かんなづき・せいしろう)は人が流れる通路から少し離れた場所に立っていた。ここならば行き交う人を眺めながらのんびりと人待ちが出来る。待ち合わせの時間にはまだ充分に余裕があったが、松浦絵里佳(まつうら・えりか)は無惨な姿で現れた。髪はくしゃくしゃ、服はあちこち不自然に引っ張られ、汗が額に浮いている。
「あなたもツアーの参加者ですよね、一体どうしたんですか?」
 征司郎は腕で背を庇うようにして絵里佳を自分の方へ誘導する。勿論初対面のお嬢さんの身体に触れる様な無礼はしない。全てを押し流していくような人の流れから外れ、ようやく絵里佳は溜め息をついた。
「いいえ、なんでもないんです。‥‥あれ? そうじゃなくて、大変だったんですけど、何か遭ったとかいうわけではなくて‥‥」
「このお嬢さんは人にもみくちゃにされていたのですよ」
 低い笑いとともに、年輩の男が言った。蒸し暑い夜だというのに汗ひとつかいていない。ダークスーツを隙なく着こなしている。いつの間にか征司郎の横に現れていた。
「‥‥きゃ」
 短い悲鳴が絵里佳の唇から漏れる。怯えた様な視線がそのスーツの男から離れない。征司郎は男と絵里佳を交互に見た。
「お嬢さん、怖がるのは判りますがその必要はありません。私は悪霊ではない」
 鷹揚に男は自己紹介した。司幽屍(つかさ・ゆうし)と名乗った男は絵里佳の目にはどう見ても死霊であった。
「皆さん、お揃いですね」
 絵里佳の背後から声がした。聞いたことがある癖のない声。振り返るとやはりそこにはレイがいた。新宿ではありふれたシャツにGパン、リュックを背負った学生風の格好だ。「今回ツアーに参加して下さる方は、皆時間厳守で助かります」
 レイは笑顔で歩み寄る。
「あの、でも‥‥この方は‥‥」
 絵里佳は口ごもる。普通の人間と変わらないように見える幽屍を幽霊だなどと言うのは、例え相手がレイだとしてもなんとなくためらわれる。 
「良いんですよ。このツアーの参加資格はただ『可哀相な方々に優しい人』というだけですから、生きている人でもそうじゃなくてもたいした事ではありません」
「‥‥面白い方だ」
 幽屍は片頬だけの笑みを浮かべた。それはとても人間臭い表情だった。
「問題ないようでしたら、すぐに出発しましょう。ここからは電車でですか?」
 征司郎は幽屍の事は『なんでもない事』だと認識したようだ。
「あの、問題ないんですか?」
 絵里佳はじっと征司郎を見つめた。小柄な絵里佳が背の高い征司郎を見ていると、首の後ろが痛くなってきたが、それよりも今は征司郎の返答が知りたい。
「そうですね。僕には人とはっきり見える幽霊の区別はつきません。だから、司さんが幽霊でも人でもあんまり違わないのですよ」
「‥‥そんなぁ」
 屈託無く笑う征司郎に絵里佳は足の力が抜けそうになる。
「大丈夫。この方は絵里佳さんに害を及ぼす様な事はなさいませんよ。もし、ご心配なら僕が必ずあなたを守るとお約束します。それでは‥‥ご安心いただけないですか?」
 レイにそこまで言われると、絵里佳はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「わかりました」
 絵里佳は小さくうなづいた。

◆北へ向かって
 甲州街道に沿って都庁の方角へと進む。レイが利用していた駐車場までは10分もかからなかった。レイが示した車は真っ黒なボディのコンパクトカーだった。一応5人乗りだが本当に5人乗ったら相当窮屈だろう。
「レイさんって、車の免許を持っていたんですね」
 絵里佳は意外そうな声で言った。
「普通免許ぐらい、割とみんな持っていますよ。僕も普段はあんまり運転しませんけどね」
「大丈夫ですか? なんなら僕が代わりますよ」
 征司郎が言った。都内で喫茶店『Moon−Garden』をしているので、運転が得意とは言わないが出来ないこともない。
「ありがとう。じゃあ疲れたら今夜は交代して貰おうかな」
 レイは征司郎に礼を言った。絵里佳が怖がるといけないので助手席を乗せ、征司郎と幽屍が後部座席につく。
「僕もこの車に霊を乗せるのは初めてです」
「それは得難い経験となりましたね。人は経験によって造られていくものですよ。なるべく多くの経験を積むことをお薦めしよう」
 幽屍は冗談とも本気ともつかない口調で言う。
「含蓄のある重い言葉ですね」
 征司郎が人好きのする笑顔で言うと、幽屍は視線を前方へ向ける。
「実体験からの言葉です」
 既にこの世にはいない筈の男は、失った過去を懐かしむような哀しい目で彼方を見つめていた。すぐに車は発進した。
 都庁近くから首都高速道路に入り、東北自動車道から日光・宇都宮道路へと進む。
「今夜の目的地は日光ですか?」
 幽屍は車窓を眺めながら言う。外は真っ暗だが、人ではない幽屍には見えているのかもしれない。
「これはミステリーツアーですからね。目的地は到着するまで内緒ですよ。あ、良かったらクッキーをどうぞ。一昨日皆さんでどうぞって頂いたんですけど、昨日はお出しするのを忘れちゃったなぁ」
 レイは軽口を言いながら軽快に車を走らせる。
「美味しい‥‥」
 誰も口にしないのも悪いと思って、絵里佳は試しに包みの中のクッキーを1つ食べてみた。期待していなかったのだが、とても美味しかった。
「本当ですか、それは僕も味をみておかないと‥‥」
 征司郎も1つを口にする。形や色はありきたりだったが、味は素晴らしかった。なんとなくホッとするような気さえする。
「差し入れしてくれた人もきっと喜ぶと思います」
 レイは器用に片手でクッキーをつまむと、自分も食べ始めた。
 平日夜の高速道路は相変わらず長距離のトラックが多かったがさして混んでいるわけでもなかった。数度の休憩をはさみ、途中征司郎に運転を代わって貰いながら車は日光インターチェンジから一般道へと出た。だが、市内には入らず湯滝方面へと向かう。
「三本松‥‥」
 道路標識を見ても絵里佳にはピンとこない。それは後の2人も同様だった。
「もうすぐですよ」
 レイは点滅する信号を幾つも抜けて、どんどん山の方へと向かって行った。そして真っ暗な駐車場に車を乗り入れて停める。本当は有料駐車場なので、無断使用になってしまうがレイは悪びれた風でもなくエンジンを切り外に出る。同乗してきた3人のツアー客達も久しぶりに大地を踏みしめた。
「真っ暗で判らないと思いますが、ここが戦場ヶ原、性格には光徳駐車場です」
「ここが目的地なんですね」
 征司郎が念を押すと、今度こそレイはうなづいた。
「ここからハイキングコースを辿った先、逆川橋に彷徨う霊達が集まっているのです」
 車はこれ以上入れない。40分程だが歩かなくてはならないのだ。

◆なんとなく体育会系的乗りで‥‥
 そして真っ暗な中を一行は黙々と歩いていた。
「私、実は高原ってもっと違うイメージを持っていたんです。ひんやり涼しい避暑地っていうか、ロマンチックな星空の下でって‥‥」
 絵里佳が小声で征司郎に言った。注意して歩かないと転んでしまうので、内緒話も命がけだ。絵里佳の言葉に征司郎は何度もうなづいた。
「僕も同じです。ピクニック気分だったので、ほらこんなにサンドイッチとスコーンを準備してきたんですけど‥‥そういう感じではありませんでしたね」
 残念です、と征司郎は言った。整備された遊歩道をただどこまでも黙々と歩いていくだけなのだ。行軍といった雰囲気だ。先頭を歩くレイと幽屍は特に不満もなさそうにずんずん進んでいく。
「少し休みませんか?」
 征司郎がレイと幽屍に言った。絵里佳が疲れているのが判ったからだ。
「わかりました」
 レイは即座に止まる。幽屍もそれにならった。絵里佳はしゃがみ込む事も出来ずに膝をつく。清楚なワンピースが汚れるのも気にならない程疲れていた。
「来てますね」
 何気ない風でレイに言う。
「えぇ。今夜はこんな場所でも見えるなんて珍しい。僕達が来たことが判るのでしょうか」
「え?」
 絵里佳ははっとして顔をあげた。先ほどまでは蛍火かと思っていた小さな光の群れ。そうではない。霊だった。この沢山の光の1つ1つが全て霊だった。
「きゃ‥‥」
 思わず絵里佳は征司郎に抱きついた。
「どうしたんですか?」
「こんなに沢山‥‥嫌、‥‥駄目」
 絵里佳は狼狽していた。恐ろしい事柄から目を伏せようと征司郎の腕にすがりついて目を閉じる。
「お嬢さん、落ち着きなさい。ここの霊達は悪しきものではない。ただ、ゆくあてもなく彷徨っているだけだ」
 幽屍が手を差し伸べると、光の群れが集まってくる。乏しい光が集まり、見えない筈の征司郎にもなにやら異変が起こっている事がわかる。
「何時誰に利用されないとも限らない。上に上がりたいのなら私が手を貸そう。強く願いを込めなさい」
 幽屍は父親が子供を諭す様に、穏やかに霊達に指示を出す。数個の光が幽屍の手から零れたが、留まった光は更に明るさを増す。絵里佳にはもうまぶしくて顔を向けていることさえ出来なかった。
「はっ!」
 光は真っ直ぐに上に飛んだ。そしてここにも静寂と静謐が戻ってきた。

 同じだけの時間をかけて、皆は駐車場まで戻ってきた。
「どうぞ」
 征司郎は用意してきた夜食と暖かい珈琲を皆に配る。本職だけあって美味しかった。特に珈琲は絶品だった。
「有り難うございました」
 レイは皆に深く頭を下げた。
 帰路は随分と道路が混んで、新宿駅に戻ってきたのは丁度正午であった。新宿駅西口付近の電気街で3人を降ろす。走り去る車はすぐに見えなくなった。
「レイって人、私にはまだよくわかりません」
 人ではない存在かとも思った。だが、どうやらそうではないらしい。
「誰かを理解するにはもっと時間が必要だ。焦らない事ですよ」
 幽屍はそう言うと、2人に一礼して新宿の喧噪へと消えていった。
「僕達も帰りましょう。近くまで送ります」
「あ、ありがとうござます」
 絵里佳は明日ツアーに参加する知り合いに短いメールを携帯電話ですると、征司郎と連れだって昨日の夜集まった南口へとゆっくりと向かっていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0790/司幽屍/男/50歳/サイコゴースト】
【0489/神無月征司郎/男/26歳/喫茶店店主】
【0046/松浦絵里佳/女/15歳/女学生】
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■         ライター通信          ■
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 深紅蒼です。お待たせいたしましたが、ミステリーツアー高原編です。ご年輩のキャラクターを描かせていただくのはとても嬉しいし、楽しいです。ダンディに渋く格好良く描けたでしょうか? 色々と設定がありそうな方ですので、是非機会あればまたご一緒したいと思います。もっと軽いほのぼの系なお話になるのではないかと思っていましたが、書いてみたらちょっと違うものになりました。おつきあいありがとうございました。