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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


笹に願いを

------<オープニング>--------------------------------------

 応接間の花瓶に、細い笹が一枝あった。
 豊かな青竹色で殺風景な事務所に華を添えている。
「悪くない」
 窓から流れる風に揺れ、さらさらと葉がなびく。草間は満足そうに目を細めた。
「どうしたんですか、それ?」
 にやけている探偵にバイトが問う。気味が悪かったらしい。むっつりとした表情が多い男だからだ。
「以前依頼を受けた人が送ってくれたんだ。何でも願いが叶うらしい」
「さすが七夕ですね」
「ああ。小さな枝だから一つきりしか叶えられないそうだが……」
 七月七日。七夕の日、探偵でも集めてみようか。
 面白いことになったら枝をくれてやっても良い−−−。
 草間はそう考え始めていた。
 毎年恒例の七夕の酒宴。メインは決まった。



 興信所に来るのは久しぶりだ。本職のほうが忙しく、またアルバイトの桃子も居るため、ついつい顔を出さなかった。
 シュライン・エマは興信所のドアを開けた。
 今日は七夕の酒宴なのだから、自分が居なければならない。どいつもこいつも頼りにならないのだ。台所の主としては放って置けない。
「あら? 桃子ちゃんは?」
 興信所には武彦の姿しかなかった。常に探偵やら依頼人やらが行き来しているので、一人きりというのは珍しい。
「今日はハニワーズの七夕ライヴだから休むそうだ」
 何故か『ヴ』の発音だけが良い。
「ハニワーズ?」
 聞いたことがない。音楽シーンは人並みに知っているのだが。
「ライブ中に埴輪を製作することで有名なラウドロックバンドだそうだ」
「変わった志向ね」
「七夕ライブは会場が一体となって、全員で埴輪を作りながら歌うらしい。それを短冊代わりとして竹に飾るそうだ」
 立派な孟宗竹に、鈴なりの埴輪。似合わないことも……あるようだ。
 武彦が応接間にあるMDコンポを顎で示す。
 再生ボタンを押すと、メロディアスな前奏が流れる。その中に激しいビートが混じり、そして−−−。
「…………」
「………ええと……」
 とにかく変わった趣味のようだ、桃子は。
「それじゃ一人で準備するのね」
 去年と同じだと言えばそうだが、期待を裏切られた気分だ。
「美味いものを頼む」
「武彦さんも手伝うのよ」



 台所で鳥のから揚げを作っていると、ぱらぱらと参加者が現れた。腕時計を見て、七時を回っているのに気づく。
 揚げたてのから揚げに、100%のオレンジジュースを振りかけた。じゅ〜っと食欲をそそる音と供に、さわやかな柑橘系の香りが立ち上る。隠し味だ。
 大皿に持って台所を出ると、応接間にいる森崎双子が目に入った。花瓶にささった例の竹を見ている。
「本当に願いがかなうのかなぁ」
 森崎北斗は片目を薄め、覗き込む。
「ただの竹にしか見えないな」
 兄である啓斗も疑っているようだ。
「基本的に縁起のいい植物でしょ? 竹って」
 シュラインが二人に、作りたてのから揚げが盛られた大皿を手渡す。
 七夕の酒宴はビルの屋上で行われるため、荷物を運ばなくてはならないのだ。
「落とさないでね」
 から揚げをつまみながら双子は階段を上がって行く。
 次は何を作ろうかしら、と考え、素麺を茹でていないのを思い出した。せっかくの七夕なのだ、素麺がなければ。あとワラビ餅も欲しい。
 ぱたぱたと台所へ戻った。



 テーブルに置かれた竹が、夏風にさらさらと揺れていた。花瓶に挿されているので、どちらかというと十五夜のススキ状態である。
 七月七日は一年で一番天気が悪い日らしい。が、今回は朝から晴天。都会のネオンで星など見えないが、からっとして涼しい気温だった。
 何もない屋上にアウトドア用のテーブルやチェアを置き、酒宴の始まりと相成った。
「笹の葉さらさら、牧場に揺れる〜♪」
「違うだろう」
 いい気分で歌っていた武彦を、黒月焔が止める。
 北斗の頭の中に、可愛らしい子牛が草を食んでいる風景が浮かんだ。どこまでも続く青い空、広い草原。そこにぽつんと生える孟宗竹。そぐわない。
「ん? ああ落ち葉に揺れる?」
「それも違う」
 今度は竹の枝に広葉樹の葉が茂る画面が浮かぶ。そぐわない。
「想像するからやめて」
 シュラインが止めた。
「すまん」
 全員はつるつると素麺を食べた。素麺の入ったボウルには、星形に抜かれたスイカが浮いている。シュラインの技が光る。バーベキューセットは隣に置かれ、煙を出している。肉汁が墨に落ちるたびに、じゅっと唾液を刺激する音がする。
 ボウルの中に、一筋だけ赤い素麺があった。理由はないが、北斗はそれが好きだ。家で食べるときも、必ず取る。
「あ、それ俺の!」
 日下部敬司が麺をすくい上げた瞬間、北斗は言った。敬司の箸に、幾筋かの素麺があり、その中に赤いものが一本だけある。
「欲しかったのか?」
「北斗、ガキじゃあるまいし」
「で、あの竹の使いどころだが」
「ほしい!」
 武彦の問に、北斗は手を上げた。隣に座っていた啓斗も同じ仕草をしている。
 他は大人と言うべきか、挙手をしない。
「わかった。公平に決めろよ」
 二人はなにやら話し合いを始める。
「笹は酒の異名だということを知っているか?」
 グラスを傾けながら、焔が星空を仰ぐ。
「商売繁盛笹持って来い、って酒のことか」
 屋上の隅のほうで双子のケンカが聞こえた。敬司は若いねぇ、と付け加える。
「じゃ俺達は何をするかな? 結局のところ七夕は竹に短冊つけるだけだからな」
 することがない−−−。
「ホストの台詞だとは思えん」
 喉の奥で笑いながら、焔が瞳を細める。
「野球拳でもするか」
「もう酔ってるの?」
 テーブルの上には干された缶が林のように立っている。既にほとんどのビールが空けてあった。ピッチが早い。他にもチューハイなどが空っぽだ。特に焔の持ってきた酒の進みが速い
「……やるか」
 男三人が椅子から立つ。
「ちょっと……!」
「やぁきゅうぅう〜うすぅるならぁああ〜〜」
 ビルの屋上に、異様にこぶしの回った野球拳の歌が発生する。
「ねぇったら!」
「よよいのよいっ!!!」
「出さなかったので、シュラインの負けだな」
 敬司がにやつく。
「冗談でしょ?」
「負けは負けだ」
 焔も引かない。
「わかったわよ、もう!」
 さっと髪留めをシュラインは解いた。艶やかな闇色の髪が広がる。
「ずるいぞ」
「黙りなさい」
 それから指の関節を鳴らす真似をした。
「三人まとめてむいてあげる」
 焔はふん、と鼻先で笑った。値踏みをするようにシュラインの全身を眺める。そして薄い唇を舐めた。
「悪くないな」
 再度野球拳の歌が始まる。
「よよいのよいっ!!」
「きゃあ!」
 この腕が悪いのよ、この腕がっ! グーを出してしまった指を、シュラインは睨んだ。同じく焔もグーを出している。残った武彦と敬司は再びじゃんけんに興ずる。
 変則ルールらしく、勝者が敗者を指名して脱がせるらしい。
「よし、ではシュライン」
 びしっと勝者の敬司が指をさす。負けては仕方が無い、勢い良くストッキングを脱いだ。
「いいねぇ、生足」
 敬司が手を叩く。
「よよいのよいっ!!」
 焔と武彦は退陣、シュラインと敬司は再度じゃんけん。今度はシュラインが勝利した。お互い本気である。
「誰に脱いでもらおうかしら……」
 言いながらも心は決まっている。このバカ騒ぎの首謀者だ。
「武彦さん」
 武彦は眼鏡を取る。
「よよいのよい!」
「シュライン、脱げ!」
「よよいのよい!!」
「シュライン!」
「よよいのよいっ!!!!!」
「シュライン!!!」
「ちょっと待ってよ!!」
 素足とシャツと下着だけになっていた。シュラインはシャツをうんと下に引っ張って、太ももを隠す。ちくちくと柔肌に六個の視線が刺さる。
「集中攻撃しすぎ……焔は一回も勝ってないのに、脱いでいないし」
「俺はじゃんけん弱いからな」
 気づけば一勝もしていない。腕っ節に自信はあるが、じゃんけんは弱いらしい。新しい自分を知った気分だ。
「男の裸なんか見たくないだろ」
 敬司の言葉に、むっとする。
「誰の体が見たくないだと?」
 気合一息に、焔は上着を脱いだ。適度に引き締まった筋肉が夜の闇に浮かぶ。
「どうだ!」
「何がどうだだ!」
 素早く敬司は突っ込む。
「写真を撮りたくなっただろう?」
 フリーカメラマンである敬司に詰め寄る。
 刹那、焔の真紅の瞳が閃く。電撃が走ったように敬司は呆け、はっと頭を左右に振った。
「素晴らしい! これぞ生きる芸術っー!!」
「はっはっは!!」
 一撃で暗示に落ちたようだ。焔は眼力で人の頭を操ることができる。
 口々に誉めながら、シャッターを切る。フラッシュが瞬き、耀くたびに焔はポーズを変えた。プロ仕様の重そうなカメラが様々な角度から焔を褒め称える。
「……ふう……」
 毒気が抜かれたのか、武彦は眼鏡をかける。
「いい格好だな」
 シュラインの平手打ちと、敬司のフラッシュが同時に閃いた。



「風邪引いたらどうしてくれるのよ……」
 ぶつぶつと文句を言いながら、シュラインは持参したタオルケットを運んでいた。応接間のソファーには、森崎双子が横になっている。
 未成年のくせに酔いつぶれるなんて、いい身分だわ。
 苦笑しながらまだ幼い寝顔を覗く。さすが双子、そっくりだ。寝返りを打つ動きも似ている。そっとタオルケットをかけ、部屋の電気を切った。
「まだ起きてたの?」
 台所に武彦が立っていた。煙草をくわえている。
「ああ、ちょっとな」
 なぜか冷蔵庫から竹の一枝を出す。
「それって啓斗たちにあげたんじゃ……」
「二枝貰ってたんだ。出なきゃ分けるか」
 やっぱり。心の中で呟く。気前がいいと思ったら。
「どうする? お前のだぞ」
「え……」
 こういう小狡さが嬉しく思えてしまう。これは末期症状かもしれない。
「好きなことを願え」
「……そう、そうねぇ……」
 悩みながら自分の髪に触れる。
 興信所のバイトが長く続いてくれることとか。
 武彦さんがもっと……とか。
 危ない事件が少なくなりますように、とか。
 いっぺんに色々な考えが浮かんでしまう。
 横目で武彦の顔を見る。
「……じゃ、興信所だけでもアレがでませんように」
「そんなのでいいのか?」
「切実よ」
 仏壇でも拝むように、シュラインは竹に両手を合わせた。
 冷蔵庫に入れてあったのは、鮮度を保つためだろう。きらきらと若竹色が耀いていた。
 耀いていると思ったら、窓から朝日が差し込んでいたのだ。
「一眠りしたらどうだ?」
 お言葉に甘えて、と言いそうになったがエプロンを付けた。
「消化にいい朝ご飯作ってからにするわ。今日平日でしょ? 双子を学校に行かせなきゃ」
 ふっと武彦は笑った。
「良い嫁になるな。式には呼んでくれ」
 もう一発お見舞いしてやろうかしら……。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0724 / 日下部・敬司 / 男性 / 44 / フリーカメラマン
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター


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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。
 七夕企画はいかがでしたでしょうか。
 無礼講ということでハジけて頂きました。
 少しでもくすっとしていただけたら幸いです。

 シュライン様こんにちは。
 今回はいかがでしたでしょうか?
 一部すみませんって感じでしたが、笑ってお許しください。
 またご縁がありましたらよろしくお願いします。
 感想等はお気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。 基浦。