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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


笹に願いを

------<オープニング>--------------------------------------

 応接間の花瓶に、細い笹が一枝あった。
 豊かな青竹色で殺風景な事務所に華を添えている。
「悪くない」
 窓から流れる風に揺れ、さらさらと葉がなびく。草間は満足そうに目を細めた。
「どうしたんですか、それ?」
 にやけている探偵にバイトが問う。気味が悪かったらしい。むっつりとした表情が多い男だからだ。
「以前依頼を受けた人が送ってくれたんだ。何でも願いが叶うらしい」
「さすが七夕ですね」
「ああ。小さな枝だから一つきりしか叶えられないそうだが……」
 七月七日。七夕の日、探偵でも集めてみようか。
 面白いことになったら枝をくれてやっても良い−−−。
 草間はそう考え始めていた。
 毎年恒例の七夕の酒宴。メインは決まった。



 エセ萩焼のような花瓶に、竹の一枝が飾られている。窓から注がれる夕日に竹の青が映え、日下部敬司はカメラのシャッターを切った。逆光の具合も中々良い。夏というよりは秋の写真に見えるだろう。
 レンズの向こう側で、笹がさらりと揺れた。普通の枝と違い品格を感じるのは、例の噂を聞いた後だからだろうか。
 何でも願い事が叶う竹−−−。
 竹とはすくすく伸びることから、縁起のいい植物とされている。松竹梅という言葉もあるぐらいだ。
 ふっと、願うとしたら何を? と考える。男女関係は祈るほどロマンチストではないし、自分の力で手に入れるものだろう。
 敬司の頭の中に、以前撮った星空が閃いた。海外の山に登ったとき、捉えたものだ。あの星空は生涯忘れられないだろう。まばゆいばかりに耀く月、無数に散らばる綺羅星。都会ではネオンに負けてしまう三等星や四等星まではっきりと見えた。
 自分が一個の生命体として、宇宙に存在している事を実感した風景だった。
 あれが都会で見れたら、とんでもなく素晴らしいだろう。
 用意に追われているシュライン・エマの持ってきた酒を渡した。どれも強いものだ。敬司はザルだが、酒を愛している。
「ほとんどの用意は終わったから、屋上に行ってくれる?」
 どうやら酒宴はビルの屋上で行われるらしい。狭く軋んだ階段を上った。



 テーブルに置かれた竹が、夏風に踊っている。花瓶に挿されているので、どちらかというと十五夜のススキ状態である。
 七月七日は一年で一番天気が悪い日らしい。が、今回は朝から晴天。都会のネオンで星など見えないが、からっとして涼しい気温だった。
 何もない屋上にアウトドア用のテーブルやチェアを置き、酒宴の始まりと相成った。
「笹の葉さらさら、牧場に揺れる〜♪」
「違うだろう」
 いい気分で歌っていた草間武彦を、黒月焔が止める。
 敬司はぱかぱかと杯を開けるが、酔いもしない。酒は飲んでも飲まれるなというが、酔っ払うまでに時間がかかるのは問題だ。酔いやすい人間は燃費がいい。
「ん? ああ落ち葉に揺れる?」
「それも違う」
「想像するからやめて」
 シュラインが止めた。
「すまん」
 全員はつるつると素麺を食べた。素麺の入ったボウルには、星形に抜かれたスイカが浮いている。シュラインの技が光る。バーベキューセットは隣に置かれ、煙を出している。肉汁が墨に落ちるたびに、じゅっと唾液を刺激する音がする。
「あ、それ俺の!」
 敬司が麺をすくい上げた瞬間、森崎北斗が言った。敬司の箸に、幾筋かの素麺があり、その中に赤いものが一本だけある。
「欲しかったのか?」
「北斗、ガキじゃあるまいし」
 兄である啓斗が注意をする。
 思わず言ってしまっただけなのだろう。居心地の悪そうに敬司を見、苦笑した。
「で、あの竹の使いどころだが」
「ほしい!」
 武彦の問に、北斗は手を上げた。隣に座っていた啓斗も同じ仕草をしている。
 他は大人と言うべきか、挙手をしない。
「わかった。公平に決めろよ」
 二人はなにやら話し合いを始める。
「笹は酒の異名だということを知っているか?」
 グラスを傾けながら、焔が星空を仰ぐ。
「商売繁盛笹持って来い、って酒のことか」
 屋上の隅のほうで双子のケンカが聞こえた。敬司は若いねぇ、と付け加える。
「じゃ俺達は何をするかな? 結局のところ七夕は竹に短冊つけるだけだからな」
 することがない−−−。
「ホストの台詞だとは思えん」
 喉の奥で笑いながら、焔が瞳を細める。
「野球拳でもするか」
「もう酔ってるの?」
 テーブルの上には干された缶が林のように立っている。既にほとんどのビールが空けてあった。ピッチが早い。他にもチューハイなどが空っぽだ。特に焔の持ってきた酒の進みが速い
「……やるか」
 男三人が椅子から立つ。
 今日は無礼講だろう。酔ったふりでもするか。
「ちょっと……!」
「やぁきゅうぅう〜うすぅるならぁああ〜〜」
 ビルの屋上に、異様にこぶしの回った野球拳の歌が発生する。
「ねぇったら!」
「よよいのよいっ!!!」
「出さなかったので、シュラインの負けだな」
 敬司がにやつく。
「冗談でしょ?」
「負けは負けだ」
 焔も引かない。
「わかったわよ、もう!」
 さっと髪留めをシュラインは解いた。艶やかな闇色の髪が広がる。
「ずるいぞ」
「黙りなさい」
 それから指の関節を鳴らす真似をした。
「三人まとめてむいてあげる」
 焔はふん、と鼻先で笑った。値踏みをするようにシュラインの全身を眺める。そして薄い唇を舐めた。
「悪くないな」
 再度野球拳の歌が始まる。
「よよいのよいっ!!」
「きゃあ!」
 この腕が悪いのよ、この腕がっ! グーを出してしまった指を、シュラインは睨んだ。同じく焔もグーを出している。残った武彦と敬司は再びじゃんけんに興ずる。
 変則ルールらしく、勝者が敗者を指名して脱がせるらしい。
「よし、ではシュライン」
 びしっと勝者の敬司が指をさす。負けては仕方が無い、勢い良くストッキングを脱いだ。
「いいねぇ、生足」
 すらっとして艶かしい御み足だ。女らしいラインにむちっとした油が乗っていてて、まさに食べごろである。惚れた女はいるが、女体というのは被写体としても鑑賞品としても申し分ない。
 敬司が手を叩く。
「よよいのよいっ!!」
 焔と武彦は退陣、シュラインと敬司は再度じゃんけん。今度はシュラインが勝利した。お互い本気である。
「誰に脱いでもらおうかしら……」
 言いながらも心は決まっている。このバカ騒ぎの首謀者だ。
「武彦さん」
 武彦は眼鏡を取る。
「よよいのよい!」
「シュライン、脱げ!」
「よよいのよい!!」
「シュライン!」
「よよいのよいっ!!!!!」
「シュライン!!!」
「ちょっと待ってよ!!」
 素足とシャツと下着だけになっていた。シュラインはシャツをうんと下に引っ張って、太ももを隠す。先にジーンズを脱いだのだ。ちくちくと柔肌に六個の視線が刺さる。
「集中攻撃しすぎ……焔は一回も勝ってないのに、脱いでいないし」
「俺はじゃんけん弱いからな」
 気づけば一勝もしていない。腕っ節に自信はあるが、じゃんけんは弱いらしい。
「男の裸なんか見たくないだろ」
 敬司の言葉に、むっとする。
「誰の体が見たくないだと?」
 気合一息に、焔は上着を脱いだ。適度に引き締まった筋肉が夜の闇に浮かぶ。悪くない体だったが、興味をそそられない。
「どうだ!」
「何がどうだだ!」
 素早く敬司は突っ込む。
「写真を撮りたくなっただろう?」
 フリーカメラマンである敬司に詰め寄る。
 刹那、焔の真紅の瞳が閃く。ずんと甘く重い稲妻が脳内を駆け巡るのを覚えた。視界に薔薇が咲き誇るようだ。固い焔のボディ・ラインが耀きを放つ。
 ああ、この美しさに気づかなかったなんて!!
 俺は今まで何の写真を撮っていたというのだ!!
「素晴らしい! これぞ生きる芸術っー!!」
「はっはっは!!」
 一撃で暗示に落ちたようだ。焔は眼力で人の頭を操ることができる。
 口々に誉めながら、シャッターを切った。フラッシュが瞬き、耀くたびに焔はポーズを変えた。プロ仕様の重そうなカメラが様々な角度から焔を褒め称える。
 撮影会は深夜まで続いた。



 早朝、敬司は家にたどり着いた。
 不眠不休は慣れていると言え、ふかふかのベッドに倒れこみたい衝動に駆られる。商売道具であるカメラバッグを玄関に置き、服を脱ぎながら寝室へ向った。
 やはり酒宴は大騒ぎするに限る。
 自分の匂いのするベッドに飛び込み、まどろみ始めた。
 気になることがひとつ−−−。
 なぜあの男の体を、あれほど魅力的に感じたのだろう。夜が明けてから焔の寝顔を見る機会があったが、何も感じなかったというのに。
 狐につままれたか狸に化かされたか。それとも七夕マジック?
 睡魔と敬司はダンスをしながら寝返りを打つ。眠気で思考が鈍化してゆく。


 目が醒めたのは午後になってからだった。
 ダイニングのテーブルの上に、紙袋が置いてある。それは近所の写真工房のものだった。下には置手紙もある。
 敬司は紙袋の中から写真を取り出し、あっけに取られた。
 そこにはばっちりとポーズをとった黒月焔の上半身裸の写真が、大量に入っていたのである。
『変わった作風ね』
 見慣れた−−−愛しい女の−−−几帳面な文字が、手紙にはあった。
 どうやら立ち寄り、撮り終わったフィルムを見つけたのだろう。現像の腕とスピードで敬司が信頼を寄せている工房に、現像を頼んだのだろう。
 そして、この写真を見たわけだ。
 もう一眠りしようかとも思ったが、夢に裸体の焔が出てきそうなのでやめておいた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0724 / 日下部・敬司 / 男性 / 44 / フリーカメラマン
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター


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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。
 七夕企画はいかがでしたでしょうか。
 無礼講ということでハジけて頂きました。
 少しでもくすっとしていただけたら幸いです。

 敬司様こんにちは。初のご参加ありがとうございます。
 一部すみませんって感じでしたが、笑ってお許しください。
 またご縁がありましたらよろしくお願いします。
 感想等はお気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。 基浦。