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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:闇に踊る影  〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

 これはこれは、いらっしゃいませ。
 たしか道警の笹山さま、でございましたね。
 本日は如何なるご用件で。
 ははあ。
 あるいは、ちまたで話題の「ホステス連続失踪事件」についてでございましょうか。
 はい。
 あれは確かに、警察が範疇を越えているような臭いがいたします。
 先月から数えて、既に八名。
 全員がススキノで働く女性。
 彼女たちに接点はなく、勤務している店もバラバラ。
 私生活面でのトラブルも特になし。
 いずれも、出勤時あるいは帰宅時に消息を絶つ。
 脅迫等の連絡もなく、営利誘拐の可能性は低い。
 まあ、今のところ判明している事は、このくらいですか。
 何も判っていない、という言い方もできますね。
 ‥‥冗談でございますよ。
 そんなに睨まないでくださいませ。
 ご心配なさらずとも、この島を守る仕事に否やはございません。
 協力させていただきましょう。
 さしあたり、警察とは別の切り口から調査した方が宜しそうですね。
 調査費用と人件費は、後ほど道警にご請求いたします。
 それとも、笹山さまご本人に請求した方が‥‥。
 はいはい。
 冗談でございますから。
 そんなに泣きそうな顔をしないでくださいませ。


※なんだか、お久しぶりの推理シナリオです。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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闇に踊る影

「いま戻ったでぇ〜」
 関西弁が戸口で響き、黒い髪の青年が上がり込んでくる。
 藤村圭一郎。
 東京で占いを生業にしている男である。
「はやかったな。どれ、冷たい麦茶でも煎れてやろう」
 言って、武神一樹が席を立ち、冷蔵庫からボトルを取り出す。
「あ、俺にもくれ」
 ちゃっかりと便乗したのは巫灰滋だ。
 四人目の男が肩をすくめる。
 いつのまにやら、この店は本州勢の根拠地にされてしまったようだ。
 札幌は中央区に存在する古ぼけた雑貨屋。
 屋号を、嘘八百屋という。
 もちろん、経営者は武神でも藤村でも巫でもない。
 先程から諦観しきった顔で彼らを見つめる四人目の男が店主である。
 家屋の所有権も主人にあるはずだが、誰ひとりとして注意を払ってくれないので、嘘八百屋は少々拗ね気味だった。
 そんな彼をよそに、藤村が和テーブルの前に腰をおろし、武神が麦茶と羊羹を運んでくる。
 羊羹?
 ‥‥それは‥‥冷蔵庫にあったヤツでしょうか‥‥?
 五勝手屋羊羹‥‥楽しみにとっておいたのですが‥‥。
「ほう。これはなかなかイケるぜ」
 主人の心の声を知らず、巫が舌鼓を打つ。
 美味しいですか? ええ。ええ。そうでしょうとも。江差から直送してもらったのですから。そこらに売っているものとはわけが違います。
 必死に、かつ卑屈に目線で訴える嘘八百屋。
 そんなに食べられるのが嫌なら、きちんと断れば良いのだ。もっとも、気前のよさをウリにする道産子の彼に、そんなことができるなら、だが。
 ともかくも、三人の客たちは超能力者ではなかったので、嘘八百屋の内心は全く伝わらず、理の当然として一顧だにされなかった。
「で、これが道警からもろてきた捜査資料や」
 ちゃぶ台の上に、占い師がファイルを投げ出す。
 それなりに厚い紙束が、乱暴な扱いに抗議するように音をたてた。
「‥‥薄いな」
 武神が呟く。
 べつに、手に持った羊羹の厚みを気にしているわけではない。
 気になったのは資料の少なさだ。
「あまり本気で調べているわけでもなさそうだな」
「そりゃそうや。武神はん。殺人でも誘拐でもないんやからな」
 藤村が切り返す。
 現状、警察は特異家出人としての捜査しかおこなっていないのだから、資料が少ないのは当然であろう。
「特異家出人ってなんだ?」
「簡単に言うと、事件に巻き込まれた可能性のある失踪者のことです」
 巫の質問に応えたのは嘘八百屋だった。
 治安が良いとされる日本でも、年間八万人近くの人間が行方不明になっている。
 借金が返せなくなって逃亡したり、自分探しの旅に出たり、妻(または夫)に嫌気がさして姿をくらましたり。
 自動的にだろうと他動的にだろうと、自分の意志で消えたものなら、基本的に警察は介入しない。
 警察が動くのは、事件性を見出したときだ。
 たとえば、今回のケースがそれにあたる。
 消えたホステスたちの自宅から無くなったものはほとんどない。家財道具は当然として、通帳や印鑑、人によっては運転免許証や携帯電話までそのまま残されていた。
 どこに消えるにせよ、絶対に、身分を証明するものや現金は必要なのに。
 と、このように不自然な状況で失踪した人を特異家出人というのだが、これがまた、年間一万人以上いるのだ。
 いくら日本警察が優秀でも、とても虱潰しにできる数ではない。
 したがって、ホステス連続失踪事件に関して道警がおこなっているのは、街角に失踪者のポスターを貼ったり市民から情報を募ったりする程度である。
「呑気な話だぜ」
 舌打ちする浄化屋。
 悠長に情報収集などやっているうちに、最悪の事態になったらどうするのか。
「ま、そりゃ、しゃあないやん。防犯思想は金銭的に折り合いがつかんからなぁ。死体なり犯行声明なり出るまで、警察は動けへんやろ」
 藤村が辛辣なことを言う。
 武神が苦笑を浮かべた。
「記憶に新しい例でいうと、アレだな。よさこいソーラン祭りのテロ予告。どんなに荒唐無稽な話でも、実際に声明が出されている以上、警察は必ず動く。座視するわけにはいかんからな。やったヤツは冗談だったと泣き喚いたらしいが、許してもらえる類のものではないさ」
「もっともだ」
 巫も笑う。
 テロ予告はインターネット上で公開されたもので、当然の事ながら匿名で出されていた。まあ、実名を名乗ってテロを予告する人間などいるはずもない。なんにしても、警察はその人物をを特定し逮捕している。起訴になるか書類送検になるかは微妙なところだが、どちらにしても前科一犯だ。今後の人生は大きく変わる。誰を恨むわけにもいかぬだろうが。
 自分が火薬庫の隣で火遊びしていることを心得ない人間は、意外と多いものだ。
 そして気が付いたときには、既に周囲は火の海、という構図である。
「それで、だ」
 やや真剣な表情で調停者が口を開いた。
「少し考えたんだが、行方不明になったホステスたちは、どこか違う店にスカウトされた、という可能性はないか?」
 発想の転換。
 すなわち、犯罪説の否定であった。
 さすがに意表を突かれたらしく、藤村と巫が考え込んだ。
「たしかに、その可能性もなくはないと思うぜ」
 やがて自説を開陳したのは浄化屋である。
 日本は不況にあえいでいる。もちろん、水商売をはじめとした歓楽業界も同様だ。しかし、ホステスのなり手も激減しているので、結果として深刻な人手不足状態が続いている。さらに、これからの時期は繁忙期である。熾烈なスカウト合戦に情熱を傾けるのも判らなくはない。
 このあたり、やたらと業界事情に詳しい巫だった。
 伊達に何度もアルバイトしたわけではない、というところだろうか。
 それに、水商売や風俗で無断退社など珍しくない。業界用語で「飛ぶ」というが、一日で飛んだ、という話もよく耳にする。
 ちなみに、円満退社のことは「上がる」という。
「せやけど、家にまで帰らんちゅうんはおかしないか?」
「道外、そうだな、東京などの店なら、帰りたくても帰れんだろう」
「それにしたって、引っ越しは普通にできるやろ。こないな夜逃げみたいことせんでも。それに、友達に連絡先とか教えるんやないか? 普通」
「ふむ。全員が、揃いも揃って連絡する相手すらいない、というのは流石に少し無理があるか」
「せや。それやったら、ホストクラブはまってるいう方が、まだ説得力あるで」
 もちろん、占い師の発想でも、自宅はともかくとして店に出勤しない事態を説明することはできない。
 金銭を所有していない女性を、ホストたちが相手にするはずがないからだ。
「そういえば、捜索願いってどこから出されたんだっけ?」
 浄化屋が訊ねる。
「家族からやな。そんで、一応警察が調べたところによると、ススキノからいなくなったホステスを総合すると、この二ヶ月で三七名になるそうや。そのうち二九名の居所ははっきりしとる」
「残りの八名が行方不明ってわけか。全部が全部、関連してるか微妙なとこじゃなぇか?」
「捜索願いは一通だけなのか?」
「ちゃう。全部で四通提出されとる。家族、恋人、友人、まあ出所は様々や」
 ふむ、と、武神が腕を組んだ。
 少なくとも、捜索願いが出された分は本当に行方不明だと考えて問題なかろう。
 残り四人につては、正直なところ判断の材料が足らない。他の四人と同様に行方不明なのかもしれないし、武神が推理したようにどこかに出稼ぎにでも行ったのかもしれない。この時点では、なんともいえなかった。
「よし。捜索願いの出ていない分は、この際考慮から外そう」
 暫しの思案の後、調停者が淡々と言った。
 見捨てる、という意味ではない。
 もしも、単独犯による誘拐事件だとするならば、救出できるときは全員救出できるし、しなくてはならぬ。逆に、複数の犯罪が同時に起こっているなら、一度に解決するのは不可能だ。
 余計な情報に引っ掻き回される可能性もある。
 いずれにしても、基準を設けないことには、こちらとしても動きようがない。
 このあたりの割り切りは、さすがの胆力といえるだろう。
 藤村と巫が頷く。
 武神のリーダーシップを、自然と認めているようであった。
 年齢差というのもむろんあるだろうが、それ以上に、難局に立って動じない剛毅さと柔軟な思考力に一目置かれているのだ。
「で、どうすんだ? その四人が在籍していた店の顧客名簿でも、片っ端から調べてみるか?」
 浄化屋が提案する。
 乱暴なようだが、事態の本質を捉えた意見だった。
 それぞれの店の顧客に共通点があれば、容疑者として非常に有力だ。
 ただ、
「そこまでする必要はあるまい」
 武神が提案を退ける。
 むろん、理由あってのことだ。
 水商売の顧客(おとくい)になる人間が、素直に姓名住所を教えるとも思えない。べつに公文書ではないので、嘘をついても問題ない場面だからだ。そもそも、虚飾と背徳に彩られた世界で、馬鹿正直に本名を名乗る必要もない。
 虚偽の名簿に翻弄されて時間を空費するのは、どう考えても上手くなかろう。
 それに、怪しそうな人物がいれば、既に警察が調べているはずである。
 色々と悪くいわれる日本警察だが、このあたりの地味で周到な捜査にはそれなりの技量を持っている。まず信頼して大丈夫だ。
「じゃあ、八人‥‥いや、四人の自宅や職場の霊視でもしてみるか? もし死んでるんだったら、効果はあるはずだぜ」
「なんや灰滋。えろう後ろ向きやな。それよか、次に消える女のガードした方が効率ええで」
「それが出来れば、たしかに一番効率的だろうが」
「まったくだ」
 あっけらかんと言う藤村に、調停者も巫も苦笑を浮かべる。
 次に誰が狙われるか判るなら、護衛することができる上に犯人を捕らえる好機にもなる。
 だが、むろん、一万人を数えるススキノのホステスの中から、狙われる一人を特定することなど不可能だ。
「それができるやな。これが」
 不敵に笑った藤村が取りだしたのは、商売道具であるタロットカードだ。
 しばらく前にパリの「のみの市」で手に入れた、保有霊力の高い逸品である。
 とはいうものの、占いを行動の根拠とするのは、少し危険すぎないだろうか。
 胡乱げな表情の仲間たちを等分に眺め、
「ま、そんな顔しなさんな。ものは試しや」
 カードをシャッフルする。
 やがて、占い師の手が奇妙な文様をちゃぶ台の上に描いた。
「ケルト十字展開法や。ヨーロピアンタロットの中じゃあ、かなり古い占法やで。こいつらとも相性がええ」
 一応、藤村が解説してくれるが、詳しくない武神と巫にとってはなかなか理解できないであろう。
 そんな二人の反応にかまうことなく、占い師が右手を下顎にあてる。
 一般的に、タロットとはカードの配置で占うと思われている。しかし、配置されたカードそのものに、さほど深い意味はない。
 実際はカードの流れで読むのだ。
「‥‥やっぱり、次に狙われるんは、杉森(すぎもり)実業の娘やろな」
「そんなにはっきり判るのか!?」
 驚きの声をあげる巫。
 占いとは基本的に暗示だから、明確な結論はでないはずなのだが。
「ちゃうちゃう。俺が占ったんは犯人の意志や。つまり、どんな目的でホステス攫ったんかなってことが知りたかったんや」
「なぜ、それで杉森実業と結びつく?」
「占いの結果で犯人は蒐集者と出た。でもって、改めて消えた娘みると、再発見があるんちゃうか?」
 婉曲した言い回しだった。
 さすがは占い師。ストレートに解答を与えてはくれない。
「ふむ‥‥」
「どれどれ?」
 調停者と浄化屋が交互に資料を再読する。
 たしかに改めて指摘されてみると、気になる点はある。
「大手ばかりだな‥‥」
「せや」
 野田(のだ)観光にACR、青本(あおもと)商事にトンファー。
 ススキノに大きな勢力を誇るチェーンで働いていたホステスばかりが消えている。
 ところが、業界最大手ともいえる杉森実業からは、まだ一人も行方不明者が出ていないのだ。
 偶然だろうか?
 然らず。
 この場合、考えられるのは二つしかない。
 当の杉森実業が事件に関与している可能性。そして、犯人がメインディッシュを最後に残した可能性だ。
 前者は、あまりにもばかばかしすぎる。他社への妨害工作ならば、もっと効果的な方法が幾らでもあるだろう。
 となると、やはり‥‥。
「少し賭博的な要素が強いが、藤村の案に乗ってみるか‥‥」
 武神が呟いた。
 男四人がちゃぶ台を囲んで、ああでもないこうでもないと言っていても始まらない。
 爪弾いてみなくては、弦の調子を確かめることはできないのだ。
 調停者にしては大雑把な行動選択だが、むろん彼は保険をかけることを忘れなかった。
 つまり、昼間のうちに行方不明者たちの自宅を回り、霊視等の特殊能力で足跡を追う。夜は杉森実業のチェーン店を「はしご」しながら情報を集め、閉店後のガードをおこなう。
 気の遠くなりそうな作業ではあるが、現状で打てる手はそのくらいであろう。
「せやな。早速いこか?」
 藤村が立ち上がる。
 道警本部から戻ったばかりだというのに元気なことだ。
「よっしゃ! そうこなくっちゃな」
 巫も元気一杯だ。
 行動派の彼には作戦会議など似合わない。
「‥‥やっぱり私もでしょうか‥‥店もございますのに‥‥」
 渋々ながら嘘八百屋も席を立つ。
「当然や」
「頼りにしてるぜ。大蔵大臣」
「‥‥‥‥」
 財布以外の用途を期待されていない雑貨屋の主は、無言のままはらはらと涙を流していた。内心で。
 三人の様子を苦笑気味に眺めていた武神だったが、心の隅に棘が刺さるのを感じた。
 なんだろう?
 何かが引っ掛かる。
 歓楽街。消える女性。二ヶ月‥‥。
 どこかで‥‥記憶層のどこかに符合する場所があるような‥‥。


 夜。
 明るい夜。
 欲望と快楽が極彩色の華を咲かせる歓楽街の夜。
 人は享楽を求めてこの街に集い、一時の悦と引き替えに金銭をばらまく。
 上品な娯楽とはいえないが、これはこれで経済として成立しているのだ。
 とはいうものの、世知辛い不景気の波はススキノにも押し寄せている。
 かつて隆盛を誇ったロンドングループやADS、マドンナチェーンなども倒産してしまったし、新興勢力も長続きしない。
 ウォータービジネスなどともてはやされたバブル期は、もはや遠い日の夢だ。
 それにしても、「客引き」の数の多さはどうであろう。
 このような時勢だけに、真っ当な商売だけではやっていけないということだろうか。
「引き屋の数は景気に反比例するって綾が言ってたなぁ」
 呟いたのは浄化屋だ。
 調査を始めて三日目。
 これといった手掛かりのないまま、時間と経費だけ積み重なっている。
 十店舗以上ある杉森実業を調査するのに、全員がまとまって行動していては効率が悪いため、単独行動中であった。
 調停者、占い師、雑貨屋、そして浄化屋。それぞれの才覚に応じて情報を集めているが、さしたる戦果は上がっていない。
 しつこさに腹を立てた巫が客引きを地に這わせたり、ギリチャ・ギリチャという店に調査に赴いた嘘八百屋が全身に数十ヶ所キスマークを貰って帰ってきたり、藤村がホステスと店外デートの約束を取り付けたり、武神が何やら美味しい目にあったりしたが、こんなものは戦果とは言わないだろう。
「今日も収穫はなしかな‥‥」
 抜群の持久力を誇る巫にも疲労の色が濃い。あるいは、どこかで致命的な失策を犯しているのかもしれない。藤村の脚本にミスがあったとしたら‥‥。
「アイツもけっこういー加減なトコあるからなぁ」
 とりあえず、責任を仲間になすりつける。
 けっして自分だけ美味しい状況にならなかったことを僻んでいるわけではない。だいたい、もしそんなことになったりしたら、恋人の怒りが怖ろしいではないか。
「細胞片単位まで千切られて大気摩擦で燃やし尽くされたりしたら、死ぬな。俺も。さすがに」
 バカなことを考えているうちに、ポケットで携帯電話が震えた。
 時刻と発信者を確かめながら通話ボタンを押す。
「どうした? 藤村」
『掛かったで』
「わかった。場所は?」
 問い返すような愚かさとは無縁な巫が端的に問う。
『いま、尾行しとる最中やから確定的なことは言えんわ。せやけど、今すぐに攫った女どうこうするつもりはないようや。車に乗せて運んどる。三六線を千歳方面に走行中や』
「了解だぜ。武神のダンナと嘘八百屋を回収してすぐに追いかける。警察にもこっちから連絡するから。一人で無茶すんなよ」
『誰に言っとるんや? 灰滋ちゃうねんで』
 えらく不本意な言葉とともに電話は切れた。
 一瞬顔をしかめた浄化屋だったが、すぐに表情を引き締めダイヤルを押し始めた。


 国道三六号線を暫く走り、月寒を経由して自動車は西岡に入った。
「なあ、おっちゃん。このまま行くとどこに出るんや?」
 料金メーターを気にしつつ、藤村が運転手に問う。
 タクシーの中である。
 あまり尾行に向いた乗り物ではないが、まさか自動車を徒歩で追いかけることもできない。
「西岡公園ですねぇ」
「西岡公園? 水源地のことかいな?」
「そうです。しばらく前、なんだか事故があったとかで立入は禁止されてるんですけど、まあ、カップルさんにそんな理屈は通じませんわ」
 泰平楽な答えだ。
 おそらく、前方を走る車に乗ってるのはカップルで、藤村のことは出歯亀だとでも思っているのだろう。あるいは、不倫カップルとそれをつけ回す探偵とか。
 どちらにしても、あまり嬉しい想像ではない。
 わざわざ誤解を解いてやるほど親切にもなれなかったので、藤村は黙然と考え込んだ。
 上手いこと考えたもんや。
 ススキノで女性を車に乗せても、誰も不思議に思わない。
 ナンパか白タクか。
 まあ、そんなところだろう。
 だが、占い師の黒い瞳は、たしかに捉えていた。
 男がホステスに、なにかスプレーのようなものを吹きかけるのを。
「クロロホルムかハロセンあたりやろな」
 どちらも吸入麻酔薬であり、簡単に手に入るものでもないが、逆にいえば、簡単でない手段なら手に入るということだ。モラルも何もないクソ医者やゴミ薬局が垂れ流す可能性もある。
「他の女も同じ手口で攫ったんやろな。進歩のないやっちゃ」
 焦燥感を隠すため、あえて軽侮してみせる。
 ホステスが拉致されたとき、その場で助けることもできたのだ。
 そうしなかったのは、他の行方不明者も助けるためである。たとえ犯人を捕らえたとしても、女性たちの監禁場所が判らなくては救助のしようがない。それどころか、犯人が単独犯たった場合、女性たちに餓死の危険すら出てくる。
 と、これが藤村が尾行に踏み切った動機だった。
 ただ、べつの見解も成立するのだ。
 非常にネガティブな発想だが、既に攫われたホステスたちが殺害されている可能性、である。現実問題として、最初の行方不明者が出てから二ヶ月が経過している。ここまで事態が推移すると、生存の確率は残念ながら高くない。
 そもそも、犯人が新たな獲物を物色した理由は、監禁した女性を殺害したからではないのか。玩具が壊れたので新しいのに取り替える‥‥。
 想像は戦慄を孕む。
 そう考えると、今夜攫われた女性には、無用の恐怖を味わわせただけかもしれない。
 藤村ほどの男でも、自分の選択に一〇〇パーセントの自信を持つことはできなかった。
 やがて、犯人の乗用車が公園内に滑り込む。
 手近なところでタクシーを降りた藤村も、闇に紛れるような公園内に入った。
 閑静な、というより、死んだように静かな公園である。
 唾を飲み込んだ占い師が意識を研ぎ澄ました。
 霊の気配は‥‥ない。
 少なくとも、ここ最近に死んだ生々しい気配は感じられなかった。
 もちろん、これほど広大な敷地のすべてに意識を行き渡らせることなど不可能だが、多少なりとも安心して、携帯電話を取り出す。
「もしもし、俺や」
『どこにいる?』
 小声の囁きに、武神の声が応えた。
 焦れていたのだろう。単刀直入な問い方だった。
「西岡公園のキャンプ場や。あそこの小屋がアジトらしいで。場所判るか?」
『大丈夫だ。一五分で到着する』
「首長うして待っとるわ」
 ごく簡単な通話を終える。
 ちなみに、後発している仲間たちから連絡が入らなかったのにも、藤村が武神の電話に連絡を入れたのにも理由がある。
 尾行中の占い師の電話が着信メロディーを響き渡らせれば、行動自体が瓦解する。
 後発メンバーは、巫が運転する軽自動車か嘘八百屋の社用車で向かっているはずで、どちらにしても手の空いているのは調停者だけだ。
 互いに見えないところで、チームワークが発揮されているのである。
 幾度となく修羅場をくぐってきた経験であろう。
「しっかし、一五分か。短いようで長いな‥‥」
 物理法則の許す限りの速度で仲間が急いでいる事は判るが、だからといって焦燥感が無くなるわけではない。
 藤村は、巫も舌を巻くようなしなやかな動きで小屋に近づいた。
 先行偵察である。
 味方が到着する前に、ある程度の状況を掴んでおくのだ。
 幸い、といって良いかどうか、プレハブの小屋には窓がある。
 影にさえ気を付ければ中を窺うこともできよう。
 そして、彼はこの日最大の衝撃を受けることになった。
 
 意外に広い小屋の中には、裸の女性たちがいた。
 一様に縛られ、木馬のようなものに跨らされている女や、天井から吊り下げられている女もいる。
 まるで、変態ビデオの世界やな。
 と藤村は思ったが、これはさほど意外だったわけではない。
 女性を誘拐し監禁するような男が、まともな性的趣向を持っているとは思えなかったからだ。
 むろん、予想通りだったからといって、不快感が減殺されるわけでもない。
 嘔吐を堪える表情で、更に室内に視線を送る。
 そして、今度こそ驚愕した。
 室内で唯一の男性が、女性の腹にナイフを突き立てようとしていたのだ!
 女性の抵抗はすでにない。
 衰弱が激しすぎるのだ。
 おそらく最初に攫われたホステスだろう。
「ちっ!!」
 考えるより先に、藤村の身体が動いていた。
 窓を破って、内部に躍り込む。
 もはや、仲間の到着を悠長に待っていられない。
「英雄的行動が似合う柄やないんやがなぁ」
 それでも、内心で自分の行動にツッコミを入れるのが、藤村の藤村たる所以だった。
「誰だテメエ! あぁ!!」
 無礼な闖入者への怒りも露わに、犯人が立ち上がる。
 乱暴に突き飛ばされた女が床に転がった。
「正義と真実の使者っちゅうのはどや?」
 軽口を叩く。
 だが、犯人は乗ってくれなかった。
 無言のまま、斬撃を繰り出す。
「うわっちゃちゃ!」
 なんとか身をかわす占い師。
 その行動に苛立ったのか、犯人は怪鳥のように喚きながら、攻撃の速度を上げた。
 たちまち、藤村の身体の各所に赤い花が咲く。
 得意の氷結能力を使う隙はなかった。
 異様なまで熟達したナイフさばきである。
 ちっとばかりヤバいかもしれんで、コイツは。
「北海道にはキ○ガイ剣士しかおらんのかいな!?」
 過去の記憶を紐解きながら苦情を申し立てる。
 もちろん、事態の解決には全く役立たない。
 じつのところ、藤村にもナイフに対抗する武器があるのだが、現段階でそれを出すわけにはいかなかった。
 アレは室内戦で使うにはリーチが長すぎるし、そもそも、背中に手を回して隠しを探っている間に刺し殺されるだろう。
 とはいえ、このままというのも拙い。
 じわじわと削られ、いずれ致命的なダメージを被ってしまう。
 攻めるも守るも地獄やなぁ。
 内心で嘆息するあたり、まだ余裕があるのかもしれない。
 あるいは、犯人の注意を自分が引きつけたことで、当面、女性たちの危機が去ったことを喜んでいるのか。
 藤村の内心とは、お構いなしに犯人が斬り込んでくる。
 弱敵相手と見極め、サディスティックな性癖に火を灯したのか、ますます攻撃は苛烈さを増す。
 八方塞がりの状況が破れたのは、それから一分も経過しないうちだった。
 黒豹のような速度で窓から躍り込んだ影が、犯人の顔に一撃を浴びせる!
「遅いで! 灰滋!!」
「遅刻してねーだろうが!」
 一五分と言ったいた仲間が、僅か七分ほどで駆けつけてくれたのだ。
「俺的には遅刻や! レディーを待たせるもんやないで!!」
 冗談を飛ばしながら、藤村は背中から剣を取りだした。
 秘剣グラム。
 ‥‥の、レプリカである。
「おいおい。持ち出してたのか?」
「こんな事もあろうかと、店の棚からパクっといたんや」
 ぬけぬけと言って、細剣を鞘走らす。
 所有者たる嘘八百屋が聞けば、また怒濤の涙を流すことだろう。
「さて、そろそろ本気で行こか」
 切っ先を犯人に向ける藤村と、油断なく身構える巫。
 戦力差は二対一。
 そして占い師も浄化屋も一角の戦士だ。
 勝敗の帰趨など、論ずるに値しない。
 と、犯人が動いた。
 敵に向かってではなく、窓へと向かって。
「逃がすかい!?」
 振るった藤村のグラムは、犯人の影を切り裂いたにとどまる。
「ご愁傷さまだな」
 巫の言葉は、占い師に向けられたものではなかった。
「なるほど。外には‥‥」
「武神のダンナと嘘八百屋が待機してる。逃げ道はないさ」
「‥‥助かったで‥‥実際、もう戦う力なんぞ残っとらんのや」
 言って、藤村がどっかりと床に腰をおろした。
 巫が苦笑を浮かべる。
「だろうと思ったから、わざと敵の退路を残したんだ。気が利くだろ?」
「‥‥‥‥」
「ま、少し休んでな。俺は女の娘たちの拘束を解くから」
「‥‥なんか、美味しいトコ持ってかれたような気がするで」
「言ってろ」
 流しながら、捕らわれた五人のホステスたちを解放してゆく浄化屋。
「‥‥入院するんやったら、せめて、この娘たちと同室がええなぁ」
「‥‥そんな病院はない」
 せっかく相棒がツッコミを入れてくれたのに、藤村は聞いていなかった。
 無数の小さな傷と疲労のため、意識が闇に落ちていったからである。
 やれやれと、巫が肩をすくめ、窓の外に視線を投げる。
 もう、終幕が間近に迫っているだった。


 窓から飛び出した犯人は、逃亡の成功を確信した。
 だが、その確信は一秒半の寿命しか持たなかった。
「どこへ逃げて傷心を慰めるつもりだ? 小悪党」
 前方で闇が動く。
 やがて、その闇は人の形を取った。
 武神である。
 ナイフを構える犯人。
「お粗末なジャック・ザ・リッパーだったな。本物は捕まらなかったぞ」
 淡々と調停者が言い放つ。
 事件の全体像は、すでに彼の脳裡に浮かんでいた。
 模倣犯だったのだ。
 一八八八年。ロンドンを震撼させる事件が起こった。
 切り裂きジャック。
 二ヶ月間に五人の娼婦を惨殺した殺人鬼。
 結局、最後まで犯人は逮捕されず、当然の事ながら殺人鬼の正体は謎のままである。
「いまの日本では、これをそっくり真似ることは不可能だ。一九世紀とは違うのだからな。それで予めホステスを攫い、殺した後で名乗りを上げるつもりだったのだろうが、詰めが甘すぎたな‥‥」
 せっかくの講釈も、犯人には最後まで拝聴するつもりはないようだった。
 ナイフを突き出して突進する。
 と、犯人の視界が上下逆転した。
 投げ飛ばされたのだと気付くことはできたであろうか。
「残念だが、女子供にしか向けられぬ卑劣な刃で俺を切ることはできん」
 悶絶する犯人を、嘘八百屋が手早く縛り上げる。
 この時、ようやくサイレンの音が聞こえてきた。
「やれやれ。やっと警察の到着でございますな。武神さま」
 笑いながら言う旧知の人物に、
「べつに遅すぎたわけでもない。幕引きには間に合ったのだからな。上出来な方だろう」
 珍しく皮肉で応えて、夜空を振り仰ぐ武神。
 東京より幾分澄んだ空に、満天の星々が輝いている。
 卑小で愚かな人間の営みを、ただ無言で見つめながら。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)    with秘剣グラム
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)


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■         ライター通信          ■
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たいへん長らくお待たせしました。
「闇に踊る影」お届けいたします。
ちょっと取材に時間が掛かりすぎてしまい、完成時期が遅かったですね。
申し訳ありません。
お客さまの推理は当たりましたか?(これを言うのも久しぶりです☆)
楽しんでいただけたら幸いです。

では、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ&予告☆

※7月11日(木曜日)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みいたします。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
※7月15日(月曜日)の新作は、邪神シリーズ第8話を予定しております。
お楽しみに☆