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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


笹に願いを

------<オープニング>--------------------------------------

 応接間の花瓶に、細い笹が一枝あった。
 豊かな青竹色で殺風景な事務所に華を添えている。
「悪くない」
 窓から流れる風に揺れ、さらさらと葉がなびく。草間は満足そうに目を細めた。
「どうしたんですか、それ?」
 にやけている探偵にバイトが問う。気味が悪かったらしい。むっつりとした表情が多い男だからだ。
「以前依頼を受けた人が送ってくれたんだ。何でも願いが叶うらしい」
「さすが七夕ですね」
「ああ。小さな枝だから一つきりしか叶えられないそうだが……」
 七月七日。七夕の日、探偵でも集めてみようか。
 面白いことになったら枝をくれてやっても良い−−−。
 草間はそう考え始めていた。
 毎年恒例の七夕の酒宴。メインは決まった。



 幼い頃は七夕は本当に願いを叶えてくれるものだと信じていた。高校生にもなってそれはないが、オカルトが集まる草間興信所だ。本当にご利益があるかもしれない。
 北斗の願いは決まっている。
 兄のことについてだ。
 前世の記憶を消し去るとまでは言わないが、もっと身軽にしてやりたい。見えない足枷がついているような気がしてならないのだ。
 夕方になって興信所へ行った。参加者はまだ来ていないようだ。エプロン姿のシュライン・エマが、忙しそうに料理を作っている。
 北斗は兄、啓斗と供に応接間に向った。土色の花瓶に竹の一枝が飾られている。七夕だと言うのに飾りはなく、勿論短冊もない。
 まだ誰も願いをかけていないようだ。
「どうして一個しか叶えてくれないんだろ。飾る場所はあるのに」
「竹ってしなるだろ。欲望ばっか任せたら、垂れ下がる」
 啓斗の返答に納得する。
 一瞬誰かの書いた小説を思い出した。タイトルは忘れてしまったが、地獄に蜘蛛が現れる話だ。天国から蜘蛛が糸を垂らし、亡者を天国へ導こうとする。一人だったら天国へ行けたのに、糸に亡者が群がり、重みで糸が切れてしまう。結局誰一人天国へは昇れなかった。
「本当に願いがかなうのかなぁ」
 北斗は片目を薄め、覗き込む。
「ただの竹にしか見えないな」
 兄である啓斗も疑っているようだ。
「基本的に縁起のいい植物でしょ? 竹って」
 シュラインが二人に、作りたてのから揚げが盛られた大皿を手渡す。熱が皿を通して掌に伝わってきた。
 七夕の酒宴はビルの屋上で行われるため、荷物を運ばなくてはならないのだ。エプロンで手を拭きながら、シュラインは武彦に声をかける。
「武彦さんも手伝って」
「はいはい」
 北斗は皿からから揚げをつまみ、口に入れる。熱々の肉汁を楽しみながら屋上へ続く階段を上った。落とさないでね、とシュラインの声が追ってくる。
「なんだろ、このちょっとすっぱいの」
 華やかな香りとさっぱりとした酸味が、から揚げの油っぽさを相殺している。
 聞かれて、啓斗も一つつまみ食い。
「オレンジジュースがかかってる」
「よくわかるな」
 屋上に置いてあったアウトドア用のテーブルに皿を置き、もう一つ食べた。



 テーブルに置かれた竹が、夏風にさらさらと揺れていた。花瓶に挿されているので、どちらかというと十五夜のススキ状態である。
 七月七日は一年で一番天気が悪い日らしい。が、今回は朝から晴天。都会のネオンで星など見えないが、からっとして涼しい気温だった。
「笹の葉さらさら、牧場に揺れる〜♪」
「違うだろう」
 いい気分で歌っていた武彦を、黒月焔が止める。
 北斗の頭の中に、可愛らしい子牛が草を食んでいる風景が浮かんだ。どこまでも続く青い空、広い草原。すっくと立つ孟宗竹。似合わない。
「ん? ああ落ち葉に揺れる?」
「それも違う」
 今度は竹の枝に広葉樹の葉が茂る画面が浮かぶ。おかしい。
「想像するからやめて」
 同じ事を考えていたのだろう。シュラインが止めた。
「すまん」
 全員はつるつると素麺を食べた。素麺の入ったボウルには、星形に抜かれたスイカが浮いている。シュラインの技が光る。バーベキューセットは隣に置かれ、煙を出している。肉汁が墨に落ちるたびに、じゅっと唾液を刺激する音がする。
 未成年だが気にせずサワーを飲んでいた。喋りながら食べながらなので、気づいたらどんどん杯が進む。
 ボウルの中に、一筋だけ赤い素麺があった。理由はないが、北斗はそれが好きだ。家で食べるときも、必ず取る。
「あ、それ俺の!」
 日下部敬司が麺をすくい上げた瞬間、北斗は言った。敬司の箸に、幾筋かの素麺があり、その中に赤いものが一本だけある。
「欲しかったのか?」
「北斗、ガキじゃあるまいし」
 思わずだよ……。と北斗は思う。
「で、あの竹の使いどころだが」
「ほしい!」
 武彦の問に、北斗は手を上げた。隣に座っていた啓斗も同じ仕草をしている。
 何を願う気だろう……前世の主君が見つかりますようにとかじゃないだろうな?! 俺の願いと逆じゃないか。澄ました横顔を睨む。
 他はさすが大人というべきか、何も言わない。
「わかった。公平に決めろよ」
 二人は大人たちから少し離れ、屋上のフェンス近くに行った。啓斗の手に竹は握られている。
「悪いが、この願いは譲れない」
 啓斗がきっぱりと言う。ネオンをバックに真剣な顔つき。まるで映画のようだが、立ち上る気配から並々ならぬ決意を感じる。
「そんなに叶えたいのかよ」
 前世のことなんか忘れてしまえ。先刻までの譲歩を忘れ、北斗は唇を噛んだ。
 食事時に酒を飲んだせいだろうか。普段より思考が乱暴になっている。
「実力行使!」
 鍛えられた素早い動作で、啓斗に近づく。すれ違いざまに竹を取り上げた。
「北斗!」
 むっとして啓斗が怒る。
「お前がその気なら、眠ってもらおう」
「やれるもんならやってみやがれ」
 ははっと笑ってみせる。やはり酔っているようだ。考えている自分と行動する自分が違う人格のように思える。走ったせいかぐるぐると胃から頭にアルコールが回ってきた。
 一瞬、火花のようなものが視界に入った。直感的に北斗は右に避ける。
「……っ!」
 フェンスに小さな針が刺さった。なんらかの薬品が塗ってあるものだろう。
「物騒なもの持ち歩いてるんな!」
「忍の心がけだ!」
 むむっと二人は睨み合う。
 世界がぐるぐると回っているような……北斗は額に手を当てた。足がふらふらする。何杯飲んだっけ、と数えるが上手くいかない。
 ぐらっと世の中全部がひっくり返った。いや、足払いを食らったのだ。受身も忘れて後ろに倒れる。背中をしたたかに打った。
「痛ててっ……あ!」
 持っていた竹がない。取られたのだ。
「……前世がどうたらなんて願ったらマジ怒るからな……」
 背中の痛みか、涙が出てきた。子供じゃあるまいし、と拭おうとするが、おぼつかない。
「今までにあった悲しいことも辛いことも忘れて、一から幸せになるチャンスを貰ったってのに……なんで前世ばっか……」
 酒乱で泣き上戸かもしれない。
「そんなこと願おうなんて思ってなかった」
「え? じゃ何を?」
「勿論−−−」
 立っていた啓斗の体が左右に揺れた。そのままへたり込んでしまう。
「兄貴?」
 慌てて起き上がると、座ったまま啓斗は寝ていた。
 許容範囲以上の酒飲むと、すぐ寝る体質だということを思い出した。自分もアルコールと戦っていたのだが、啓斗もそうだったのだ。
 取り合えず応接間に戻ることにした。あそこならソファーがある。
「こいつは……どうしようかなぁ」
 兄の手の中に竹がある。
 いや、それよりも兄を運ぶ方が先だ。自分にも睡魔が襲ってきている。運べるうちに……と北斗は啓斗に肩を貸し、階段を下りた。
 一本だけ残された竹が、笹をさらさらと躍らせていた。



「頭痛てー……」
 翌朝。二日酔いのせいで頭痛もするが、変な体勢で寝たのだろう、背中や腰、肩などがぎしぎしになっている。ソファーから身を起すと、タオルケットが足元に落ちた。誰かがかけてくれたらしい。
「おはよう、学校はどうするの?」
 母親のようにシュラインが微笑み、胃腸薬とおかゆを渡してくれる。
「休みたいけど、行ったほうがいいよな」
 啓斗はまだ眠っているようだ。タオルケットの中に頭までもぐっている。
「結局竹にお願いはしたの?」
 叶ったのかどうか気になるらしい。
「え、あ……」
 ソファーの周りを見回し、両肩を上げた。
「なくしたみたいだ」
「あら」
 やっと、兄が体を起した。
「おはよう、兄貴」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0724 / 日下部・敬司 / 男性 / 44 / フリーカメラマン
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター


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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。
 七夕企画はいかがでしたでしょうか。
 無礼講ということでハジけて頂きました。
 少しでもくすっとしていただけたら幸いです。

 北斗様こんにちは。
 今回はいかがでしたでしょうか?
 どたばたを予定していたのですが、他の方のプレイングにより大人しい方向となりました。
 この後学校行けたのでしょうか?〔笑〕
 またご縁がありましたらよろしくお願いします。
 感想等はお気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。 基浦。