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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ミステリーツアーへようこそ:都会の穴場編
 ゴーストネットのとある掲示板に以下の書き込みがあった。

発信者:レイ
発言タイトル:ミステリーツアーへのお誘い

 もうすぐ夏休み、夏といえばちょっと怖い話だよね。でも、ありきたりの話しじゃキャッチーなネタとは言えないよ。だから、僕が案内するミステリースポットへ一緒に行ってみない? 場所は海、山、高原、そして都会の穴場。勿論、行く先々には必ずちょっとだけ怖い思いが出来るようになっている。危険はないからレジャー気分でほのぼのして大丈夫だよ。ただ、彼らは可哀相な人達の果てだから、参加してくれるのは彼らの為になるような事をしてくれる心優しい人がいいな。集合は新宿駅南口JR改札口前、時間は午後9時30分。翌日の昼までには戻れる様にするからね。そうだ、目的地別に集合しよう。山に行きたい人は7月1日、海は7月2日、高原は7月3日、都会の穴場へは7月4日に集まって、そうしたら僕が案内するよ。じゃあ、楽しみに待ってるからね。

勿論、行くもいなかないも自由である。

◆新宿午後9時30分、最後の夜
 かつて、日本が『バブル絶頂』であった頃、木曜日は『花木』と呼ばれていた。『花金』は色々と予定があるからと木曜日に手軽に飲みに行ったりする者が増えてきたからだ。今はもうそんな言葉は消えつつあるのだが、曜日に関係なく新宿は賑わっている。ここ南口もその例に漏れない。田舎ならば全ての店は閉まり、街中が真っ暗になっているところもあるだろう。だが、新宿はこの東京の中でも『不夜城』の名恥じぬ『眠らない街』であった。
 最も早く集合場所にやってきたのは宝生ミナミ(ほうじょう・みなみ)であった。約束の午後9時30分まではまだ15分もある。レザーのパンツ姿だが、適度に露出のあるシャツとの組み合わせで『格好いい女の子』的服装になっている。小さなバック1つの軽装だ。すぐに他の参加者達も集まり、最後に姿を見せたのが主催者であるレイであった。
「皆さん、お早いですね」
 新宿にはありふれた学生風の男は、冴えない顔色で無理矢理笑顔を作る。
「子供の頃、10分前行動って教育されませんでした?」
 ニコリともせずにミナミが言う。
「そう言えば小学生の頃にそんな事を言われましたっけ」
 御上咲耶(みかみ・さくや)が愛想にいい笑顔を見せながら言った。視線だけはじっとレイに固定されている。
「さぁ‥‥どうでしたでしょう」
「知らんな」
 高御堂将人(たかみどう・まさと)が曖昧に答えるが、城之宮寿(しろのみや・ひさし)はそっぽを向いた。寿は触れれば切れるカミソリの様に、剣呑で物騒な雰囲気を身にまとっている。どう考えてもまっとうな仕事をしている者とは思えない。
「皆さんにはご迷惑をかけて申し訳ありません。では時間を無駄にしないよう早速出発しましょう」
 レイは青い顔に浮く汗をぬぐうと、先導して歩き始めた。今夜もまた電車ではなく自分の車を使うらしい。いつものように都庁近くの有料駐車場に黒いコンパクトカーがひっそりと主を待っていた。
「では皆さんお好きなところに坐ってください」
 レイが運転席のドアに手を掛けようとすると、強引に寿が割り込んだ。
「どけ、俺が代わる」
「そう言われても‥‥あ」
 レイの膝がカクンと折れ急にしゃがみ込む。、片手を地面についてようやく転倒を免れている様だ。
「具合が悪い様ですね。無理はいけません。ここは城之宮さんに運転を代わって貰うのが良いと思いますよ」
 将人は優しげな口調でレイに言った。
「それとも、今夜のツアーは延期にするか‥‥です」
 咲耶はレイに手を貸しながら言った。これまでのツアーの情報では、レイの行動に不審はない。最大の謎はこのツアーを企画した彼の動機であった。かつての苦い経験から、咲耶は『何かあるのではないか』と警戒していたが、具合が悪そうなレイを放っておくことは出来ない。それはまた別の問題だ。
「‥‥そうですね。この状態では涅槃にご招待してしまいそうです。ミステリーツアーが成立しなくなりますが、この場所に向かってください」
 レイは走り書きのメモを寿に渡す。返事もせずに寿はそれを見ると運転席に乗り込んだ。ミナミが助手席につき、レイをはさむようにして後部シートに将人と咲耶が乗り込んだ。
「行くぞ」
 信じられない急ハンドル急発進で、真っ黒で可愛いちっちゃな車は公道に躍り出た。

◆真夜中の歌声
 首都高速は意外と混んでいた。どこかで事故渋滞でも起こしたのかも知れない。メモを見た寿が黙々と車を走らせ、そして停めた場所は佃公園だった。そろそろ日付が翌日になろうとする頃だ。隅田川の河口に浮かぶ小さな島、近年では開発が進み巨大な高層マンション群が立ち並ぶ一画もある。
「ここでいいのか」
 サイドブレーキをかけると、エンジンはまだそのままにして寿が尋ねた。淡い街灯に青い瞳が透ける様に美しく見える。
「あ‥‥すみません」
 レイは眠っていた様だ。飛び跳ねる様にして身体を起こすと、左右の窓越しに外の風景を確かめる。
「近くに住吉神社があります。そこに行って下さい。本当なら公園でくつろいでからと思いましたが、僕にも限界が近づいている様です」
 苦笑しながらレイが言と、寿は待たしても乱暴に車を発進させた。むちゃくちゃしている様だが、それなりに安全運転らしい。車にはかすり傷1つついていない。
「それ、どういう意味?」
 揺れる車内をリズム感で乗り切り、ミナミは助手席から身体をひねる様にして振りかえった。レイは屈託無く笑う。
「1日からあんまり寝てないんです」
「ツアーを始めてからですか?」
 将人の問いにも素直にうなづく。
「人間はそんなに眠らずにいられるものではありませんよ。学校の授業で習わなくても、判るでしょう」
「‥‥何を考えている? 何をしようとしているですか?」
 咲耶の真っ直ぐな視線がレイを射抜くように見つめる。黄金色の光を隠した咲耶の目と、真っ黒い深淵の様なレイの目が互いを見つめ合う。
「きゃ‥‥」
 さすがにミナミが小さな悲鳴をあげる。恐ろしく粗雑な急ブレーキで車は停車した。目的地、住吉神社だった。皆、一斉に外に降りる。濃厚に水の匂いがした。
「僕は可哀相な人を慰めたいだけですよ。ほら、ここにはこんなに集まっている」
 境内に入るまでもなかった。そこは一面の白い影に覆われていた。ただ、邪悪な波動はない。寿を苦しめる頭痛は今のところ襲って来てはいなかった。それでも疑念が払拭されたわけではない。
「これだけ集めたのはお前の差し金じゃないのか?」
 寿は単刀直入に言った。レイは笑って首を振る。
「何故? 僕が自分で霊を集めて皆さんを呼ぶ、それに何の得があるっていうんです?」
「さぁな‥‥だが、俺はお前に奥底から気に入らない波動を感じる‥‥気がする」
 一瞬で寿の手には銃があった。銃口は真っ直ぐレイを狙っている。咲耶は身構えたが、将人はさりげなく一歩引いた。
「ちょ、ちょっとどういうことかしら? いきなりそういう展開ってあたしにはついていけないんだけど‥‥」
 ミナミが寿へ1歩近寄る。
「止めるな。俺は俺のやりたいようにやる。誰の指図も受けない」
「仕方がありません。どうやら逃げても助かりそうにありませんから、お好きにどうぞ。でも、ここにいる方々を助けてあげてからにしてもらえませんか?」
 レイは溜め息混じりに言うと、ミナミと咲耶、そして将人に視線を向ける。
「皆、水の事故で亡くなった方々です。こうして自分が死んだ夏が近くなると、ここに集まってくるのです。まだ邪霊にはなっていません。今の内に助けてあげてください」
「わかったわ」
 ミナミは迷わなかった。レイがどんな人でも何が目的でも、そんなことはどうでもいい。自分のこの声とこの歌でさまよえる霊達を癒す、それがこのツアーに参加したミナミの目的だった。伴奏などないが気にならなかった。自分の身体そのものが1つの楽器になる。曲を再現し、歌詞をのせ、そしてその奥にある『思い』を託して空に放つ。バンドが後ろにいなくても、マイクとアンプで声を増幅しなくても、ミナミは歌手だった。歌で奇跡を起こす類の人間だった。昔の唱歌から夏の恋の歌、思いつくままに次から次へと歌を歌う。途切れることなく歌ったが、喉の調子は最高だった。
「今夜はこんなところにしておきましょうか?」
 ポンと肩を叩かれるまで、ミナミは忘我の境地で歌い続けていた。ふと時計をみると3時間は経っている。
「ご気分はどうですか?」
 将人が笑顔で清涼飲料水を差し出した。どこで調達したのか不思議だったが、素直に受け取り一口飲む。途端に自分が飢えていたことが判った。
「凄い歌だった。俺が送ったのはほんの数体で、後はほとんどあなたの歌で浄化され上にあがっていったよ」
 咲耶は半裸だった。ミナミに背を向けながら、ミラーに引っかかっていたシャツをとり身につける。咲耶の言葉は最大級の褒め言葉でもあった。
「ありがとう」
 短くミナミは答えたが、内心は喜びで一杯だった。見回しても、もう辺りには霊達はいない。そしてレイと寿の姿もなかった。
「あとの2人は?」
 ミナミが喉を潤した後で聞く。咲耶が車中を示すと後部シートで眠るレイの姿があった。
「城之宮さんはあなたの歌が始まると、少ししてから行ってしまいました。今まで戻ってこないところをみると、帰ってしまったのでしょう」
 将人が右手を緩やかにあげる。するとどこからともなく飛翔した式神がその腕で羽を休めた。実物よりも巨大な烏の姿をした式神は、将人が腕を降ろすともうどこにもいなかった。謎めいた瞳を笑顔で細めると、もう将人は先ほどと同じ優しげな物腰と雰囲気を身につけていた。
「帰りましょう。今度は私が運転を担当します」
 川を渡る風が南の髪を揺らす。その赤は魔を封ずる朱の色なのかもしれない。
「そうね。めいっぱいライブで歌った後みたいに心地良いから、今夜はこのまま帰りましょう」
 歌姫はもう一度住吉神社を振り返ると、思い切りの良い足取りで助手席へと向かった。

◆豹変?
 ミナミを自宅の近くまでレイの車で送った。車の持ち主は眠ったままだがガソリンには余裕があったので事後承諾をするつもりで敢行した。次に咲耶の家に向かう。
「あなたはどうするです?」
「私はレイが起きるのを待ちます。咲耶君はまだ未成年なのですから、今から徹夜で遊ぶなんて覚えてはいけませんよ」
 咲耶が同行すると言い出すのをやんわりと牽制する。
「ご家族が心配するでしょう?」
 まだ納得しない咲耶を置き去りにするようにして、将人は車を発進させた。あてもなく流していると、後部シートで人が起きあがる気配がした。
「目が醒めましたか? 他の参加者達は私が送り届けました。家を教えてくださればこのまま走りますよ」
 あくまでも礼儀正しく真面目に将人は声を掛ける。
「いいえ、そこまでしていただきては申し訳ありません」
 確かにレイの声だが、それは妙に虚ろに響いた。将人はハザードを出し、路肩へと車を停めた。ギアをニュートラルにしてサイドブレーキを引く。
「‥‥どうかしましたか?」
 レイは後部シートから誰もいない助手席の背もたれに、しがみつくようにして腕を絡め前のめりになる。ぞっとするような冷たい視線が将人の首筋を焼く。
「なんでもありませんよ」
 笑顔で将人は眼鏡を外そうとする。眼鏡の奥の瞳に今までとは違う別の光が灯りだす。
「待って!」
 激しい口調でレイが言った。顔を背けて将人の手を止める。
「すみません。今夜はこのまま帰ってください。お願いします」
 少し考えた後、将人は車の外に出た。深夜の環状道路はどの車も制限速度など無視して爆走していく。そのライトが幾重にも将人を照らし、去っていく。
「こんな場所で降りろだなんて、本当にすみません」
「いえ‥‥どうぞ気になさらずに」
 最後までレイは将人と視線を合わせなかった。ノロノロとレイの真っ黒な車は発進する。そのテイルランプが見えなくなるまで将人は面白そうに見送っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0092/高御堂将人/男/25歳/式神の主】
【0800/宝生ミナミ/女/23歳/ミュージシャン】
【0475/御上咲耶/男/18歳/高校生】
【0763/城之宮寿/男/21歳/スナイパー】
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■         ライター通信          ■
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 深紅蒼です。ミステリーツアーへようこそ最後の日、都会の穴場編です。気が付いたらツアーコンダクター役レイのへろへろでした。こんなつもりではなかったのですが、やはり4連続は彼もかなりこたえた様です。この後、将人さんはどうやって家に帰ったのでしょう。とっても気になりますが、きっと彼のことですから飄々となんとかしちゃうのではないかと安心しています。