コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


笹に願いを

------<オープニング>--------------------------------------

 応接間の花瓶に、細い笹が一枝あった。
 豊かな青竹色で殺風景な事務所に華を添えている。
「悪くない」
 窓から流れる風に揺れ、さらさらと葉がなびく。草間は満足そうに目を細めた。
「どうしたんですか、それ?」
 にやけている探偵にバイトが問う。気味が悪かったらしい。むっつりとした表情が多い男だからだ。
「以前依頼を受けた人が送ってくれたんだ。何でも願いが叶うらしい」
「さすが七夕ですね」
「ああ。小さな枝だから一つきりしか叶えられないそうだが……」
 七月七日。七夕の日、探偵でも集めてみようか。
 面白いことになったら枝をくれてやっても良い−−−。
 草間はそう考え始めていた。
 毎年恒例の七夕の酒宴。メインは決まった。



 七夕と言えば、ロマンスだろうか。持参する酒を選びながら考えてしまった。
 迷いが思考能力を落とす。どれを持っていくべきか決まらない。
 店のカウンター内を行き来し、武彦が好きだと言っていたものにした。
 一年に一度しか遭えない恋人は、希望と絶望の間を行き来するに違いない。
 来年また逢える、だから今は堪えよう。来年にしか会えない、だから切ない。
 希望は始末が悪い。諦め切れないのだ。喉に刺さった小骨のように苛む。
 もう逢えないのとどちらがいいのだろう−−−。
 逢えないなら二人だけの記憶を、永遠に愛することができるかもしれない。
「……消極的だな」
 黒月焔は苦笑し、一夜酒−−−甘酒−−−は夏に売っているだろうか、と思った。冬の飲み物のようなイメージがある。
 作れないことはないが、面倒だ。どこかで探そう。
 臨時休業とのプレートを掲げ、店を出た。



 興信所の応接間に、花瓶があった。ざらついた手触りの土色のものだ。その色と竹の青さが美しいコントラストを作り出している。
「これが願いの叶う笹か」
「ロマンチックだろう」
 隣に立っていた武彦が言う。
「お前なら何を願う?」
「サマージャンボ宝くじ一等と前後賞」
 ロマンのかけらも無い。それでこそ武彦だ。しかも真剣に眉を閉じて言う。
「お前が俺の物になったら楽しいのだがな」
 焔は武彦の手をそっと取った。それからウインクをして見せる。
 一年に一回の逢瀬に、なぜ人の願いを叶えるのだろうか。幸せを分けてあげたいとでも思うのだろうか。アルタイルもベガも心が広い。自分ならばベッドから一歩も出ない。
「焔、これ持って行ってよ」
 倉庫から出してきた赤いバーベキューセットを、シュライン・エマが示す。
 七夕の酒宴はビルの屋上で行われるため、荷物を運ばなくてはならないのだ。エプロンで手を拭きながら、シュラインが続ける。
「武彦さんも手伝って」
「はいはい」
 生の肉や串に刺された野菜が盛られた皿を、武彦は受け取る。二人は狭い階段を上り、屋上へ出た。
 ひんやりとした夜風が髪の間を滑って行く。シュラインが用意したのだろう、所どころに蚊取り線香が置いてあった。気配りの達人だ。
「バーベキューをしていたら、火事だと通報されたことがあったな」
 予め消防署に連絡をしておう、と武彦が興信所へ戻って行った。
 都会のネオンが眼下に広がっていた。どれもばらばらに点滅しているのに、まとめると一つの生き物が脈打っているように見える。星空まで電気は煌々と照らし、星は見えない。
 織姫も牽牛も隠れているのだろうか。



 アウトドア用のテーブルやチェアを並べ、料理を置く。真中には主役の竹だ。花瓶に挿されているので、どちらかというと十五夜のススキ状態である。
 七月七日は一年で一番天気が悪い日らしい。だが、今回は朝から晴天。蒸さず、涼しい気温だった。
「笹の葉さらさら、牧場に揺れる〜♪」
「違う」
 いい気分で歌っていた武彦を、焔が止める。
「ん? ああ落ち葉に揺れる?」
「それも違う」
「想像するからやめて」
 かなり細部まで想像してしまったのだろう。シュラインは額を押さえた。
「すまん」
 全員はつるつると素麺を食べた。素麺の入ったボウルには、星形に抜かれたスイカが浮いている。シュラインの技が光る。バーベキューセットは隣に置かれ、煙を出している。肉汁が墨に落ちるたびに、じゅっと唾液腺を刺激する音がする。
「あ、それ俺の!」
 日下部敬司が麺をすくい上げた瞬間、守崎北斗が言った。敬司の箸に、幾筋かの素麺があり、その中に赤いものが一本だけある。
「欲しかったのか?」
「北斗、ガキじゃあるまいし」
 兄が嫌そうに注意をする。
「で、あの竹の使いどころだが」
「ほしい!」
 森崎兄弟が同時に言った。
 そんなに叶えたい願いがあるのだろうか、と聞きたくなる。二人供瞳を輝かせていた。
「わかった。公平に決めろよ」
 二人はなにやら話し合いを始める。
「笹は酒の異名だということを知っているか?」
 グラスを傾けながら、焔が星空を仰ぐ。
「商売繁盛笹持って来い、って酒のことか」
 屋上の隅のほうで双子のケンカが聞こえた。敬司は若いねぇ、と付け加える。
「じゃ俺達は何をするかな? 結局のところ七夕は竹に短冊つけるだけだからな」
 することがない−−−。
「ホストの台詞だとは思えん」
 喉の奥で笑いながら、焔が瞳を細める。
「野球拳でもするか」
「もう酔ってるの?」
 テーブルの上には干された缶が林のように立っている。既にほとんどのビールが空けてあった。ピッチが早い。他にもチューハイなどが空っぽだ。特に焔の持ってきた酒の進みが速い。気に入られたようだ。
「……やるか」
 男三人が椅子から立つ。
「ちょっと……!」
「やぁきゅうぅう〜うすぅるならぁああ〜〜」
 ビルの屋上に、異様にこぶしの回った野球拳の歌が発生する。
「ねぇったら!」
「よよいのよいっ!!!」
「出さなかったので、シュラインの負けだな」
 敬司がにやつく。
「冗談でしょ?」
「負けは負けだ」
 焔も引かない。
「わかったわよ、もう!」
 さっと髪留めをシュラインは解いた。艶やかな闇色の髪が広がる。
「ずるいぞ」
「黙りなさい」
 それから指の関節を鳴らす真似をした。
「三人まとめてむいてあげる」
 焔はふん、と鼻先で笑った。値踏みをするようにシュラインの全身を眺める。そして薄い唇を舐めた。
「悪くないな」
 再度野球拳の歌が始まる。
「よよいのよいっ!!」
「きゃあ!」
 この腕が悪いのよ、この腕がっ! グーを出してしまった指を、シュラインは睨んだ。同じく焔もグーを出している。残った武彦と敬司は再びじゃんけんに興ずる。
 変則ルールらしく、勝者が敗者を指名して脱がせるらしい。
「よし、ではシュライン」
 びしっと勝者の敬司が指をさす。負けては仕方が無い、勢い良くストッキングをを脱いだ。
「いいねぇ、生足」
 敬司が手を叩く。
「よよいのよいっ!!」
 焔と武彦は退陣、シュラインと敬司は再度じゃんけん。今度はシュラインが勝利した。お互い本気である。
「誰に脱いでもらおうかしら……」
 言いながらも心は決まっている。このバカ騒ぎの首謀者だ。
「武彦さん」
 武彦は眼鏡を取る。
「よよいのよい!」
「シュライン、脱げ!」
「よよいのよい!!」
「シュライン!」
「よよいのよいっ!!!!!」
「シュライン!!!」
「ちょっと待ってよ!!」
 素足とシャツと下着だけになっていた。シュラインはシャツをうんと下に引っ張って、太ももを隠す。ちくちくと柔肌に六個の視線が刺さる。
「集中攻撃しすぎ……焔は一回も勝ってないのに、脱いでいないし」
「俺はじゃんけん弱いからな」
 気づけば一勝もしていない。腕っ節に自信はあるが、じゃんけんは弱いらしい。新しい自分を知った気分だ。
「男の裸なんか見たくないだろ」
 敬司の言葉に、むっとする。
「誰の体が見たくないだと?」
 気合一息に、焔は上着を脱いだ。適度に引き締まった筋肉が夜の闇に浮かぶ。
「どうだ!」
「何がどうだだ!」
 素早く敬司は突っ込む。
「写真を撮りたくなっただろう?」
 フリーカメラマンである敬司に詰め寄る。
 刹那、焔の真紅の瞳が閃く。電撃が走ったように敬司は呆け、はっと頭を左右に振った。
「素晴らしい! これぞ生きる芸術っー!!」
「はっはっは!!」
 一撃で暗示に落ちた。口々に誉めながら、シャッターを切る。フラッシュが瞬き、耀くたびに焔はポーズを変えた。プロ仕様の重そうなカメラが様々な角度から焔を褒め称える。
 撮影会は深夜まで続いた。



 夢には二種類ある。
 主人公が自分の時と、夢全体を第三者の視点で見ている時だ。焔は後者の夢に漂っていた。既に夢を見ているという実感がある。世界の輪郭が曖昧なのだ。
 真っ暗な空間に、少年が座っていた。蹲って唇を噛み、泣いている。嗚咽を殺しながら、誰かの名を呼んでいる。
 諦めろ。
 死んだのだ。
 否、死んだのではない。
 あの娘は新しい命を手に入れたのだ。
 誉れ高き娘よ、儀式の−−−。
 しわがれた声が少年を包む。どれも聞き覚えの無い、怖気のする懐かしい響きだった
 あの娘は諦めろ。
 少年は細い喉を震わせ、涙を流している。声に反発することもなく、認めることもなく。ただ泣いていた。無力だった。
 名を呼んだ。失った少女の。
 だが、焔には聞こえなかった。
 蹲った少年の隣に、男が立っていた。頬に龍が走っている青年だ。
 願えば手に入ったかもしれないのに。
 星に願えば?
 笹に願えば?
 それとも−−−彼女を殺した人々に?
 少年の問に、青年は薄く笑っただけだった。



「おはよう」
 声をかけられて、目を覚ました。座っていたパイプ椅子から立ち上がると、背中や肩がぎしぎしと鳴いた。
「……朝か」
「何か飲む?」
 シュラインに頷き、もう一度椅子に座る。頭の中が疼くように痛んだ。緑茶とおかゆが乗ったお盆が運ばれた来た。
「二日酔いでしょ」
「ああ……」
「あんなに飲むからよ」
 出された胃腸薬を飲み、焔はそうだな、と笑った。
 自分がひどく滑稽に思えた。一人だったら泣いていたかも知れない。悲しくてではなく、愚かさで。
 とろとろになるまで煮込まれたおかゆに、口をつけた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生
 0724 / 日下部・敬司 / 男性 / 44 / フリーカメラマン
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 和泉基浦です。
 七夕企画はいかがでしたでしょうか。
 無礼講ということでハジけて頂きました。
 少しでもくすっとしていただけたら幸いです。

 焔様こんにちは。
 今回はいかがでしたでしょうか?
 一部すみませんって感じでしたが、笑ってお許しください。
 またご縁がありましたらよろしくお願いします。
 感想等はお気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。 基浦。