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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


リアル体験童話館

「駅前に変な建物が出来たんだ。知ってる?」
と、瀬名雫は人差し指をぴんと立ててくるくるとまわして見せた「『リアル体験童話館』って言ってね。まず入り口でゴーグルを受け取って、中に入ったらそれを掛けて……寝るの。」
 それを聞いた相手の、きょとんとした顔を見て雫は可笑しげに笑った。
「そうすれば、な、なんと夢の中で、その時上映しているおとぎばなしの登場人物になれちゃうんだよ!」
そしてそんなに面白そうで、楽しそうな出来事を雫がまだ体験していないはずが無い。「雫が行った時は『あかずきん』をやってたから、赤頭巾ちゃんになっちゃった。すっごく楽しかった〜☆」
 だが、ふと顔色を曇らせる。
「だけど今度の日曜日に上映されるっていうオリジナル童話には、用事があって行けないの。スッゴク凄く残念…誰か代わりに行って、雫にお話聞かせてくれないかなぁ…。」
と、瞳をうるうるさせながら、手のひらを組んでお願いvvポーズ。「ちなみに今回のシナリオは…『悪い魔女にこき使われているみなしごの少女が、このままじゃダメだって一念発起、近所に住むおじいさん竜を丸め込んで小遣いを稼いだ後に旅に出て、道中色んな困難に合いながらも最後に王子様とラブラブになる』っていう話だって。」
 よくある展開に、話を聞いていたゴーストネットのお客は眉をしかめる。だが、それなりに興味は持ったらしかった。周りに誰か居ないか聞いてあげよう、といって店を出て行こうとする。だが。
「あ、まって!」
雫は相手を呼び止めて、一言だけ付け加えた。「但し、リアル体験童話館の夢は、ある程度登場人物の自由に動かせるの。だからラストが変わってしまうこともあるんだよ。雫のときはね、途中から狼退治の大活劇になっちゃった。…雫、そんなにおてんばじゃないのになぁ。」

※登場人物:悪い魔女・みなしごの少女・おじいさん竜・旅の途中で会う人[悪or善]・王子


***『不思議体験童話館へ、ようこそ!』***

昔むかしのある晴れた日のこと…
 志神みかね(シガミ・ミカネ)は大きなお屋敷の大きな大広間で、牛乳を撒き撒きせっせと床を磨いておりました。彼女は長い腰までのつやつやした黒髪と、大きくて丸い緑の瞳をしており、見るからに人に好かれそうで、見るからに可愛らしい外見をしたお嬢さんでした。ですが彼女は可哀想な事にお屋敷の立派さには似合わぬ様なぼろぼろのエプロンと穴の開いた靴を履いておりました。というのも彼女はこのお屋敷の前に捨てられていたみなしごで、こうやって働くことで一日一食のご飯を貰うだけの生活をしており、この洋服も教会で貰った物だったからです。
 けれど…
「♪お掃除お掃除たのしいな〜」
 みかねは毎日澄んだ可愛い声で歌いながら一生懸命炊事洗濯家事掃除をしています。どうやら物語のヒロインに相応しい、ひたむきな良い子のようです。…多分。
 と、その時です。
「そんなに楽しいのか?」
 広間につながる大階段の上から低い声がして、みかねは手を止めそちらを振り仰ぎました。
「あ、七森様。」
 手摺に身体を持たせかけるようにして立っていたのは、この館の主七森慎(ナナモリ・シン)です。七森はこの辺りで一番の力を持っている魔女で、黒髪を短く切って肩幅もあり声も低くはありましたが、女性です。その証拠に黒く裾の長いドレスを着て、頭の捩れた長い杖を突いています。
 さて、みかねがいつものように深々と頭を下げていると、七森は彼女の前までゆっくりと降りて来て、良く響く低い声でこう言いました。
「…さっき窓枠を指で摺ったら、こんなに埃がついて来た…。」
 その指をこれ見よがしにみかねの前に差し出します。
「あ、ご、ごめんなさいっ。」
 みかねが見てみると、しかし七森の指先にはほんのちょっっっぴりの灰色の粒が付いていただけでした。シンデ○ラも真っ青の嫌がらせっぷりです。しかし、志神みかねにはそんな嫌味は通じておりませんでした。
── なぁんだ、これだけなんですね!
 思うが早いか、ぷぅっと息を吹きかけてその埃を吹き飛ばします。埃ははらはらと舞って七森の前髪の上に着地しました。
「………。」
 七森の眉間に静かに皺が寄ります。しかし、彼…いや彼女は大変クールな性質だったので、ゆっくりと自分で埃を払い、じっとみかねを見詰めました。みかねは訳が分らない様子できょとんとしています。七森は気を取り直して尋ねました。
「ところで…その金ブラシと牛乳は何だ…かしら?」
「これですか?」
みかねは硬いブラシの先を七森の鼻先に突き付けるようにして見せました。「床は古い牛乳で磨くと艶がでるんだそうです。ブラシはトイレからお借りしてきました。」
「…それは…木製の床の場合じゃないのか? しかもブラシじゃなくて柔らかい布か新聞紙で拭くんじゃないのか?」
 七森は生活感も露に、傷だらけの大理石の床を指差しました。辺りにはなんともいえない臭気が漂っています。そして彼女は続けて尋ねました。洗濯物の色移りのこと、おやつのクッキーが塩味だったこと、家計簿の大幅赤字…などなどについて。
「そ…そんな…七森様…。」
畳み掛けるような問いに、とうとうみかねの大きな瞳に涙がせりあがり、今にも零れ落ちそうになりました。「どうして私ばっかり苛めるんですか…?」
 七森はそんなみかねを見ながら、思いました。
── それは君に家事能力が無いからだ。
 と。そして七森は思い切って今まで言わなかったそれを彼女に伝えることにしました。ですが、彼女…はみかねのような若い女の子の前では多少口下手でもありました。だから少しだけ間違ってしまいました。発するべき言葉を。
「…君はこのままじゃ嫁にはいけないな。」
 その言葉を聞いた瞬間、みかねの長年密かに溜め込んでいた鬱憤が、爆発しました。…文字通り、爆発したのです。補足になりますが、この志神みかねという少女はどういう訳か生まれつき感情が高ぶると念動力を発動するのです。
「ひ…酷いですぅ!!!」
 ちゅどーん…… ……ぱらぱらぱらぱら…

…志神みかねは、旅立つ決意をしました。このままではいけない、花嫁修業の旅にでよう…と。そしてそうせざるを得なかったのです。もう住むところもなくなってしまったことですし。


 魔女の館の直ぐ隣、くねくねと登る坂道の上には仲良しドラゴンが二匹一緒に暮らしていました。一匹はもうろくした緑色のおじいさん竜、もう一匹は最近ここに住み着いた、まだまだ元気のいい黒龍です。
 みかねが館を崩壊させたその日、緑竜のウォレス・グランブラッドは老眼鏡を掛けてもイマイチ良く見えないその目で、坂道を一生懸命上がってくるみかねの姿を目に留め呼びかけました。
「ちょいとそこ行くプリティレディ。…こんな時間にどうしました?」」
 プリティかどうか判別できていない次点でそう話しかけているのだから困ったものです。ですが今回は大丈夫でした。みかねは確かにプリティレディでしたから。そして今から数百年前、まだウォレス竜が若かりし頃には、この呼びかけがお嬢さん竜には一番『効いた』ものでした。
「あ、おじいさん。」
 みかねは小首をかしげてウォレス竜を見上げました。彼女は時折ここにお使いに来ており、お駄賃を貰っていたので、彼がしっかり小銭を溜め込んでいることを知っていました。
「お屋敷がなくなってしまったので、私これから花嫁修業の旅に出ようと思うんです。」屋敷が無くなった原因をはしょってみかねは言いました。「でも旅のお金が無いんです。もし宜しければ貸していただけませんか?」
 ウォレス竜は快く頷きました。
「花嫁修業とは感心感心。金襴緞子に花嫁行列。…で、どなたに嫁ぐのですか?」
「えっと……。」
みかねは困ったように小首を傾げました。ここでまだ決まっていないなどといえばお金を貸してもらえなくなってしまうかもしれません。そこで彼女は答えました。「…あの山の向こうのお城に住んでいる王子様です。」
── オスロに住んでいる叔父様?
 ウォレス竜の目が丸くなりました。伸びた眉毛で隠れていた緑の瞳が露になります。
「はは〜。身内の方が見つかったのですね。それは良かった良かった。ノルウェーはいいところですよ。しかし…ハテ? 二等親以内の結婚は許されているんでしたっけ?」
 ウォレス竜は長生きしており、色々なところを旅してきました。大変な博識で有名ですが、最近ちょっと耳も遠くてボケ始めていました。
「兎も角飛行機代は都合してあげましょう。…ちなみにこんなお金に絡む老いた老人のことを世間では『因業じじい』とそう呼ぶのですよ。」
 重ねて言いますがウォレス竜はある意味どこかへ行く直前でしたので、本気になさらぬよう。
 そしてウォレス竜が懐の鱗を一枚持ち上げて、正に懐銭を出そうとしていたその時。
「ちょっとまった〜☆」
 という声が空から降ってきて、一匹と一人は上を見上げました。するとそれは今正に外出から帰って来た、黒い鱗も若々しい龍の声でした。彼はゆっくりと舞い降りながら尋ねます。
「なになに? 今『修行』とかって言葉が聞こえたけど…。」
 彼の名前は水野想司(ミズノ・ソウジ)。水野科・想司目の珍しい龍です。時折語尾に☆が付くのが特徴で、水野龍と呼ぶのが一般的です。
「おおそうだ。どうせ修行をするならば水野龍に頼むのがよいかと思われますよ。彼は一流の先生ですから。」
 と、ウォレス竜は水野龍をみかねに紹介しました。中国武術をこよなく愛する水野龍は嬉しそうに笑って答えます。
「何が習いたいの? なんでもいいよ。でもまず初めは馬歩と挨拶からね!」
「マホ…ってなんですか? …お嫁さんになるのに役に立つんですか?」
── お嫁さん…??
 それを聞いた水野龍は、微笑んだまま一瞬だけフリーズしました…が。
「もっちろん☆ 君が僕の元で修行するなら、僕は必ず君を史上最高(強)のお嫁さんにしてあ…げ…るっ♪(はぁと)」
 彼ははっきりと言い切りました。勿論騙す気も悪気はひとかけらも在りません。
「馬歩をある程度マスターしたら(一日8時間ね!)、崩拳を教えてあげるよ。これは単純な動作だから覚えるのは簡単だ。そしたら僕らの畑まで毎日崩拳で往復(16時間はかかるかな!)。これで絶対☆大丈夫!!」
 ウォレス竜は若い黒龍の生き生きとした様に、にこにこと微笑んでいます。
 そしてみかねはそんな二匹の信頼しきった様子にすっかり感激してしまったようで、胸元で手を組むと大きく頷きました。
「よろしくお願いします! 水野龍さん!!」
「ちちち…」
水野龍は鋭い爪の生えた指を左右に動かして、首を振りました。「これからは師父(シーフー)…って呼んで☆」

 そして長く辛い修行が始まった。
「ハイ! そこで外門頂肘☆」
 水野龍の掛け声と共に、みかねは揃えた足から飛び出すように片足を踏み込み、肘で藁を打ちました。いつの間にかあの汚いエプロンは脱ぎ、格好いい薄桃色の武術着を身に纏っています。これはウォレス竜が可愛い孫…いや違った、みかねの為に夜なべをして作ったものでした。
 …どのように縫ったのか、それは謎ですが。
「ダメダメそんなんじゃ〜。それで美味しいパン生地が練れると思ってるの〜!?」
 みかねは震脚をパン練りの為、肘打ちをウエスト・二の腕ほっそり運動と言われ、毎日必死です。しかし元はか弱い乙女…
「うーん…体が柔らかいのはいいんだけど、発勁が出来るようになるにはもうちょっとかかりそうだね。」
 みかねが発勁など必要としない特殊能力の持ち主だとはまさか知らない水野龍は、彼女の練習を見ながらそう呟きました。
「ま〜、今日も畑に行っておいで! ついでに夕ご飯は牛丸焼きレアでお願い☆」
「私は年をとって来たせいか食欲が無いので、豚の丸焼きミディアムレアでお願いします。」
 眠っていた目を半分開けてウォレス竜が言いました。
 …結局、みかねはここでも家事当番。ただし相手が洗濯・掃除を必要としない竜であったのを幸い、なかなか上手くこなしておりました。
「じゃあ、行ってきますね。」
 みかねは牛と豚を捕まえるための荒縄を背中に背負って、水野龍の言いつけ通り崩拳の練習をしながら歩き出しました。最近ではこの道のりも辛くは無くなり始めています。それは慣れでもありますが……。


 畑に着いたみかねがまずした事は、土の様子を見ることでもなく、作物の実り具合を確かめるでもなく、お隣の畑に走っていくことでした。
 その畑の脇には大きな切り株がいくつかあり、その内の一つに、着古した野良着を身に纏った青年が本を読みながら腰掛けておりました。青年は本に夢中になって、みかねが走ってきたことに気付かない様子。勿論彼女が、走ってきたのとは別の理由でほんのり頬を染めているのにも、全く気付いていません。
「く・ら・ざ・ね・さん!」
 ぽん、と肩を叩かれて、倉実鈴波(クラザネ・リリナ)は心底びっくりしたように顔を上げました。どうやらすっかり本の世界に浸ってしまっていたようです。
「…あ……みかねさん。今日も畑なんだ?ご苦労様です。」
 倉実は名残惜しそうに本に栞を挟むと、みかねにまっすぐ向き合いました。彼は目も髪も黒くて特に特徴も無い顔立ちで背も標準で痩せても太ってもいない、大層普通の人です。でも、みかねはそんな倉実が、なんとなく好きでした。
「はい。今日は牛と豚をってウォレスさんも師父もおっしゃったので。」
 と、微笑んで指差した畑には、牛の木と豚の木が生えていて、牛も豚もみかねの気持ちのこもった世話のおかげでたわわに実っておりました。
「みかねさんは、動植物を育てる才能があるねぇ。」
「倉実さんは、今日はウサギ採れましたか?」
 みかねの問いに倉実は首を横に振りました。彼が何をしているかというと、目の前の切り株に森から飛び出てきたウサギが躓いて転ぶを待っているのです。いつかそんなことがあったので、味をしめたのです。勿論それ以来畑の方はほったらかしで、すっかり貧乏になっておりました。 
「そうですか…残念ですね。」
「まあしょうがないですよ。ウサギだって食べられたくないんだろうから。」
 しかし倉実のお腹は正直にグゥと鳴り、みかねはくすくすと微笑みました。
「私のお弁当、少し分けてあげますね。」
 と言いながら、彼女は背中の荒縄を下ろし倉実の隣に腰を下ろし、お弁当を開いて倉実に見せてあげました。今日のお弁当は特製牛豚弁当です。ちゃんと二人前ありました。
「いつも悪いねぇ〜。」
 倉実のほうは、悪いと言いつつも全く遠慮は見せずにみかねと弁当をナムナムと拝みます。
 倉実は思いました。このみかねと言う少女、初めて道で出会った時は「三歩歩いて二歩下がる」ような動きをしていたから凄く変だと思っていたけれど、こうして慣れてしまえばなんと言うことは無い。ただの可愛い女の子だった。
── なにか、お礼がしたいけどなぁ。
 牛豚弁当を掻き込みながら、倉実はちらりとみかねの横顔を眺めました。お昼をご馳走になるのもこれで25回目です。一宿は無いとしても25飯の恩はそろそろ返したいところ。
 頬にご飯粒をつけたまま、倉実は尋ねました。
「所でみかねさんはあの竜の巣に住んでるそうだけど…まさか苛められたりこき使われたりはしていないよね?」
 みかねは見るからに幸せそうな少女です。時折ウォレス竜や水野龍の失敗談なども話てくれます。仲がいいのは分っていました。しかしものの本のパターン的にもう少し「いたいけ」な話がなければ倉実の出番がありません。それは困ります。ですがみかねはやはり首を横に振りました。
「ウォレス竜さんも水野龍さんも、とっても親切にしてくださっています。ウォレス竜さんは色々なことを教えてくれますし、水野龍さんは私に花嫁修業をしてくださっているんです。」
「そっか〜。あ〜龍も格好いいし出番が沢山あってイイよなぁ…って、え? 花嫁修業?」
 初耳でした。なぜか倉実の心に鋭い痛みが走って、思わずご飯を食べる手が止まります。けれどみかねはそれに気付かずに、なんとなく思い出した昔のことを口にしました。
「七森魔女様のところに居たときよりも、ずっとずっと楽ですよ。」
 …と。その時でした!!

 急に空が掻き曇り、暗雲が立ち込め、雷が轟き…。
「聞〜い〜た〜ぞ〜…。」
 その雲の向こうから、オドロオドロしい声が響いてきました。
「こ…この声は!!」
 みかねはお弁当を足元に落として立ち上がり、空を見上げました。
「うわ、勿体な〜。」
 倉実は落ちたお弁当に一瞬気をとられ、けれど次の瞬間には自分の役割を思い出してみかねの視線を追い、上を見ると…そこには、黒いマントで全身を包んだ「あの」七森魔女が浮かんでおりました。
「人の屋敷を全崩壊させておいて、その言い草はなんだ、志神みかね。」
「七森様…。」
「七森って…あの悪名高い東の魔女!?」
 マジで? と倉実は思いました。二匹の龍どころの話ではありません。七森魔女はその魔力でこの辺り一帯に名を馳せた、超有名な魔女なのです。
「…しかも結構美形。…俺、寝返っちゃおうかな…。」
「だ、駄目です!」
ぽつりと呟かれた言葉に、みかねが慌てたように倉実に言いました。「倉実さんは七森様の正体を知らないから…だからそう言うんでしょう? だったら…教えてあげます。七森様の正体は…っ。」
「待て!それを言ったら生かしては置けないぞ!」
 七森の手が空高く突き上げられ、その手の中に雷の杖が現れました。あれを食らったらひとたまりも無いでしょう。しかし、みかねは倉実を正気に返らせたいが一心で、ついに…ついに禁断の台詞を口にしてしまったのです。
「七森様は……実は……男性なんです!!」
「「なんだってぇ!!」」
 と、叫んだ…のは、倉実ではありませんでした。
 倉実はただ『そんなの見たら分るんだけどな〜。』と思っただけです。叫んだのは、七森の作り出した黒雲を見て、My畑(と、みかね)を心配して飛んできた水野龍とウォレス竜でした。
「よくも僕らを騙したね☆ 美人のお姉さんだと思ってお茶出しちゃったじゃあないか!」
 そう、実は先程七森魔女はみかねの消息を掴むべく竜の巣に入り込んでいたのです。
「あれは程よいコクと香りが特に素晴らしいセイロンティだったんですよ? 人を騙してまでご相伴に預かろうとは酷すぎます。」
 ウォレス竜も憤慨したように言いました。本当にとっておきの紅茶だったのでしょう。
「ふ…ふふふ…よくも我が秘密をバラしてくれたな志神みかね。…ついでだ、もう一つ教えてやろう。実は東の魔女とは世を忍ぶ仮の姿。してその正体はっ…!!」
 七森はそこで黒マントを大きく開きました。そしてその下から現れたのは。黒スーツに黒ネクタイ、黒ズボンの…
「ホスト?」
 倉実は小首を傾げました。
「違う! …王子様だ王子様!!」
「え〜…こんな王子さま〜…?」
 明らかにがっかりした様子で水野龍が羽を収めてみかねの傍に降り立ちました。
「私の記憶が正しければ、王子様と言うものはカボチャパンツに白タイツ、そして白馬に乗っていなければならなかったと思いますが。」
 ウォレス竜は言いながら、やはりみかねの傍に降り立ちます。
「そんな格好は死んでも嫌だ。」
と、七森王子は言い、みかねに向き直りました。「志神みかね…君が旅に出たのは王子の嫁になるためだと聞いた。だったらこのまま俺と来い。家事能力は最低だったが、姿かたちは可愛らしいと思っていたし、ハーレムの一人に加えてやらなくも無いからな。」
「違いますよ。みかねさんは王子様じゃなくて叔父さまのお嫁になるんですよ。」
「家事能力もほどほどにレベルアップしてるみたいだけどなぁ?」
「本当ですか? 嬉しいです倉実さん。これも師父のおかげかもしれませんね!」
「そこ! いちゃつくんじゃない!」
 びしりと七森王子は指差しました。と、そこで水野龍が痺れを切らしたように言いました。
「もう〜皆ごちゃごちゃ煩いよ。もう何でもいいじゃん、僕は先に行かせてもらうからね☆」
 言うが、早いか。彼は舞い上がってゴウッと火炎を吐きました。辺りの温度は一気に上がり、畑の牛達は騒ぎ出すし、みかねたちはよろめくしで大変です。
「ちょっと待て!なんでいきなり攻撃されなきゃならないんだ。普通はもっと後で援護、これが正しいファンタジーだろう?」
 七森王子が雷の杖で水野龍を牽制しながら慌てたように言いました。
「僕が戦いたいの! っていうか、相手しろ〜☆」
「おやおや、楽しそうですね。」
ウォレス竜は上で始まった戦いに、目を細めてうんうん頷いています。「どれ…どっこいしょ。私もたまには役にたちましょうか。ぬぅぅ…っ変・身!」
 ウォレス竜の気合と共に彼の背中の鬣が……なんと…!  …ちょっぴりだけ、伸びました。
「それ…何の意味があるんですか?」
 倉実が問うと、ウォレス竜はちょっと照れたように鋭い爪で頬を掻きました。
「三つ編みが出来るようになります。」
「きゃあ、可愛い!!」
 みかねがウォレス竜に飛びつき、ウォレス竜は幸せそうに目を細めました。ですが、その間も上空では激しい戦いが繰り広げられております。
「秘儀! 萌えよ龍〜禁断の黄色いボディスーツ!!」
「待て! それはタイトルと内容が微妙に違うぞ!」
 しかし七森のツッコミなどものともせず、水野龍は器用にも口元を「うぅわぁちょ!」の形にゆがめて突進して行きます。
 倉実は、そんな彼らを眺めながら思いました。この中で唯一脚本を守ろうとしているのは自分だけかもしれない。しかし…このまま常識を守っていては、ここでは生き残れない…と。
 けれど彼にはみかねを守れる(建前は)技も力もついでに財力もありません。彼に出来ることはただ一つ。『言葉攻め』だけ。
「七森王子!!」
倉実はウォレスと戯れるみかねを背中に庇うように、立ち上がりました。「いいか!?良く聞けよ…。」と、一呼吸置き「…大体君は今まで一体何をしてたんだ? 屋敷の崩壊で死んでおらず、みかねさんを取り戻す気ならもっと早く現れるべきだったし、それほど大きな魔力を持っているなら龍の手助けなどなくてもみかねの消息は分ったはずだ。それ以前にどうして王子が魔女に身を窶していなければならないんだ? お忍びならまだ分るけれど聞くに君は王子の癖に城にハーレムを作れるくらい実権を握っているお忍びしなくてもいいだろう! ついでにみなしごだったみかねさんを拾って育てた割りには年の差がおかしいし、紫の上計画にしては家事掃除をしつけ間違えている! 限りなく失敗に近いよこれは!」
「悪かったな、これがファンタジーなんだ! 気になるならそちらで辻褄を合わせてくれ!」
 水野龍の攻撃を受け止めながら、七森王子は必死で言い返しました。
── 全くもって、分が悪すぎる。それに大体、悪役と言うものは…。
 七森王子はちら、と腕時計に目をやりました。そろそろ「あの台詞」を言わなければならない時間です…。七森王子はこっそりと頷くと最後に水野龍の吐く炎を大きくかわして跳び退り、身体に黒マントを巻きつけて叫びました。
『今日はこのくらいにしておいてやろう!! 覚えておけ!』
 …と。そして、徐々にその姿が掻き消えて行きます…お決まりの、見事な高笑いと共に……。
 いつの間にか辺りは見事な夕焼けの中。そ…っと倉実の腕に、みかねの白い手が重なります。

 辺りにはすっかりいい具合に焦げた牛豚肉の香りが漂っています。
 ウォレス竜は目をつぶり、水野龍は余った炎を吐きながらウォレス竜の元に降り立ち、オレンジ色の夕日に染まる4人の背中に…スタッフロール……。

「覚えておけって…続きがあるのか…?」

 という倉実の言葉は編集でカットされ、誰の耳にも、届くことはありませんでした。
 さよなら、リアル体験童話館…。


<ウォレス・グランブラッド>

「…なんだか、ずっと頭にもやが掛かっているような気がしました。」
 ウォレスはいまだにハッキリしない記憶に、頭をふるふると降った。老ドラゴンになりたいとは言ったが、ボケ老人になるつもりはなかった。彼が求めていたのは老賢者、姫を守り、火を噴き、空を飛ぶ…。
「あんな設定にした覚えはなかったんですけど…。」
と、ウォレスは恐ろしいことに気付いてはっと目を見開いた。「ま…まさか…。」
 自分はボケ予備軍なのだろうか、そのせいであんなモウロク竜になってしまったのだろうか。もっと年老いたら自分もああなってしまうのだろうか…。その可能性はなくもない!
 が。彼はそこではっと我に返って手のひらを打った。
「私は年をとらないんだから、ボケるわけないじゃないですか。いやですねぇ。」
 HAHAHA…! と笑う彼。
 しかし、もし不死身でボケてしまったら…いやむしろ今既にボケているのではないか…。
 それに気付かぬ彼は幸せ者である。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0565/七森慎(ナナモリ・シン)/男(今回に限り半分女性)/27/陰陽師】
【0526/ウォレス・グランブラッド/男/150/自称・英会話学校講師】
【0035/倉実鈴波(クラザネ・リリナ)/男/18/大学浪人生】
【0249/志神みかね(シガミ・ミカネ)/女/15/学生】
【0424/水野想司(ミズノ・ソウジ)/男/14/吸血鬼ハンター】
※ 申し込み順に並べさせていただきました。
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■         ライター通信          ■
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七森さん、ウォレスさん、いつも有難うございます。志神さん、水野さん、再びお会いできて嬉しいです。そして倉実さん、初めまして。ライターの蒼太と申します。この度は沢山の素敵なライターさん達の中から選んでいただけてとても光栄です。有難うございます。(PC名で失礼します。)
さて。今回は皆さんのプレイングをはははと笑いながら読み、本編もはははと笑いながら書かせていただきました。ちなみに、第一希望から外れた方はおりません。皆さんご自身のPCの性格、動きを掴みきってらっしゃる様子で、どなたもぴったりの役を選ばれましたね。壊れた方、元の性格を貫いた方、いらっしゃったかと思います。今回の依頼、夢の中の出来事のようなものですが、楽しんでいただけていたら、幸いです。ではまた、ご縁がありましたら!その時はどうぞよろしくお願いいたします。
蒼太より